ep.17 Irreversible Commit
目を覚ますと、あたしは見知ったホテルの天井を見上げていた。
視界はぼやけていて、天井の照明が滲んでいる。喉がひどく乾いていた。体の芯に、鉛を流し込まれたみたいな重さが残っている。
ゆっくりと首を横に動かすと、窓際のカーテンの隙間から橙色の街の光が滲み出していた。すっかり日が暮れている。
「意識が戻ったか、彩子」
声の方に目を向けると、トオルがベッドの横の椅子に座っていた。肘を膝に乗せて、こちらをまっすぐ見ている。
「......トオル」
声を出した瞬間、喉が掠れた。トオルは無言でペットボトルを差し出す。キャップは既に開いていた。受け取って、一口飲む。冷たい水が喉を通り、焼けついていた内側をゆっくりと冷ましていく。
「祈は隣の部屋で休んでいる。張り詰めていたものが切れたんだろう」
「そっか......」
体を起こそうとして、軽い眩暈が走る。頭の奥がまだ鈍い。
「無理するな。麻酔を長時間入れられていた影響が残ってる」
「......ねぇ」
あたしは、少しだけ間を置いてから聞いた。
「第3位はあの後どうなったの?」
トオルはポケットからUSBを取り出す。
「殺してUSBを奪取した。これが奴のUSB――TIMEだ。時間を操ることができる」
あたしはしばらくそれを見つめた後、口を開いた。
「......トオル、なんであたしに埋め込まれた爆発装置を起動しなかったの」
自分でも、なぜこんな質問をしているのか分からなかった。でも、ずっと引っかかっていた。
「起爆していれば、確実に第3位を仕留められたはずでしょ」
トオルの目が、わずかに細くなる。
「オレたちは仲間だろ」
「......え?」
「お前を犠牲にして手に入れる世界なんて、オレにはいらない」
平坦な口調なのに、その言葉だけがやけに重く響いた。
「それに、あの装置は不意を突くために仕込んだ。お前ごと敵を吹き飛ばすためじゃない」
「そう、だったんだ......」
「ああ」
短い沈黙が流れた。トオルがTIMEをあたしの方へ差し出す。
「このUSBはお前が使え」
「あたしが......?」
「オレは既に三個取り入れている。これ以上は扱いきれない。それに、SPEEDとの相性も悪くないはずだ」
あたしは目を伏せた。
「でも......あたしは......」
「裏切りを目論んでいたことが、後ろめたいのか」
「ッ......!」
心臓を直接掴まれたみたいに跳ねた。
「図星だったようだな」
「......見抜いていたなら、尚更なんで助けたの!?」
声が荒れる。抑えようとしても、抑えきれない。
「仲間だからだ」
即答だった。
「初めて出会った時、オレはお前の後頭部を殴って、手足をロープで縛り、拘束した。あの段階で純粋な仲間という関係になれるとは考えていない」
トオルは淡々と続ける。
「共に戦って、助け合って、その積み重ねの先にようやく本物の信頼が生まれる。オレはそう思っている」
トオルが右手を差し出した。
「改めて仲間になってくれないか。三人で一人も欠けずに、世界の管理者になる。それを目標として」
あたしは黙って、その手を見つめた。
ちゃんとした言葉が、出てこない。喉の奥に引っかかって、どうしても形にならない。
沈黙が流れる。心臓の音だけがやけに大きい。
やがてトオルが小さく息を吐き、差し出した手を引こうとした――
その指先を、あたしは掴んだ。
体がベッドから前に傾く。気づいたときにはもう、あたしはトオルに唇を重ねていた。
互いの距離が一瞬で消える。唇から確かな熱が伝わってきた。
やがて、あたしはゆっくりと離れた。長いようで、ほんの一瞬だった。
「......もうあたしは迷わない。命を救ってくれたトオルのことを、信じ続ける」
「オレも同じ気持ちだ」
再び距離が縮まる。互いの呼吸が混ざる寸前――
扉の開く音がした。
「透さん、彩子さんの様子は――」
「ッ!」
祈が顔を出した瞬間、頭が真っ白になった。危機回避と同じ反射でSPEEDが暴発する。感情に引っ張られて制御が利かないまま、後方へ仰け反り、背中が壁に叩きつけられた。
「いっっっったぁぁぁ!!!」
「彩子さん!? 大丈夫ですか!?」
祈が慌てて駆け寄ってくる。あたしはベッドの上でのたうち回りながら、なんとか笑顔を取り繕った。
「ヘーキヘーキ! ちょっと書き換えミスっただけだから!」
「顔も赤いですし、やっぱり安静に――」
「これは久々にUSB使えて興奮してるだけ! 気にしないで!」
「これだけ動けるなら問題ないだろう」
トオルが平然と言う。
「透さんがそう言うなら......」
祈はまだ少し疑いの目を向けながらも、一応納得したように頷いた。
*
「三人揃ったところで、今後の話をする」
オレが口を開くと、彩子と祈が自然とこちらへ向いた。
「明俊の死に際に出てきた名前――毒蛇の龍頭、巳厲鋒。彩子を地下施設で拘束したUSB所持者はこいつの可能性が高い。ちなみに彩子、襲われる前の状況は覚えているか?」
「ごめん......地下施設に入ってから先、記憶が飛んでる」
「謝ることはない。長期間の全身麻酔による弊害だ」
「TIMEについても確認してある。死体は戻らない。明俊が生き返る可能性はゼロだ」
「相変わらず、抜かりないね~」
「オレたちはこの二日間で体内バッテリーを大量に消費している。焦る必要はない。厲鋒の情報を地道に集めながら体力を回復させればいい。高く見積もっても5位以下だ、今すぐ脅威にはならない」
「既に私たちはUSBを六個確保しています。余裕を持っていきましょう」
「ああ」
三人の意識が一致した、その瞬間――
鈍い発射音が外から響いた。
轟音と共に、ホテルの一角が吹き飛んだ。




