表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Hack The World  作者: Hide
第三章 毒蛇篇
17/39

ep.17 Irreversible Commit

 目を覚ますと、あたしは見知ったホテルの天井を見上げていた。


 視界はぼやけていて、天井の照明が滲んでいる。喉がひどく乾いていた。体の芯に、鉛を流し込まれたみたいな重さが残っている。


 ゆっくりと首を横に動かすと、窓際のカーテンの隙間から橙色の街の光が滲み出していた。すっかり日が暮れている。


「意識が戻ったか、彩子」


 声の方に目を向けると、トオルがベッドの横の椅子に座っていた。肘を膝に乗せて、こちらをまっすぐ見ている。


「......トオル」


 声を出した瞬間、喉が掠れた。トオルは無言でペットボトルを差し出す。キャップは既に開いていた。受け取って、一口飲む。冷たい水が喉を通り、焼けついていた内側をゆっくりと冷ましていく。


「祈は隣の部屋で休んでいる。張り詰めていたものが切れたんだろう」


「そっか......」


 体を起こそうとして、軽い眩暈が走る。頭の奥がまだ鈍い。


「無理するな。麻酔を長時間入れられていた影響が残ってる」


「......ねぇ」


 あたしは、少しだけ間を置いてから聞いた。


「第3位はあの後どうなったの?」


 トオルはポケットからUSBを取り出す。


「殺してUSBを奪取した。これが奴のUSB――TIMEだ。時間を操ることができる」


 あたしはしばらくそれを見つめた後、口を開いた。


「......トオル、なんであたしに埋め込まれた爆発装置を起動しなかったの」


 自分でも、なぜこんな質問をしているのか分からなかった。でも、ずっと引っかかっていた。


「起爆していれば、確実に第3位を仕留められたはずでしょ」


 トオルの目が、わずかに細くなる。


「オレたちは仲間だろ」


「......え?」


「お前を犠牲にして手に入れる世界なんて、オレにはいらない」


 平坦な口調なのに、その言葉だけがやけに重く響いた。


「それに、あの装置は不意を突くために仕込んだ。お前ごと敵を吹き飛ばすためじゃない」


「そう、だったんだ......」


「ああ」


 短い沈黙が流れた。トオルがTIMEをあたしの方へ差し出す。


「このUSBはお前が使え」


「あたしが......?」


「オレは既に三個取り入れている。これ以上は扱いきれない。それに、SPEEDとの相性も悪くないはずだ」


 あたしは目を伏せた。


「でも......あたしは......」


「裏切りを目論んでいたことが、後ろめたいのか」


「ッ......!」


 心臓を直接掴まれたみたいに跳ねた。


「図星だったようだな」


「......見抜いていたなら、尚更なんで助けたの!?」


 声が荒れる。抑えようとしても、抑えきれない。


「仲間だからだ」


 即答だった。


「初めて出会った時、オレはお前の後頭部を殴って、手足をロープで縛り、拘束した。あの段階で純粋な仲間という関係になれるとは考えていない」


 トオルは淡々と続ける。


「共に戦って、助け合って、その積み重ねの先にようやく本物の信頼が生まれる。オレはそう思っている」


 トオルが右手を差し出した。


「改めて仲間になってくれないか。三人で一人も欠けずに、世界の管理者になる。それを目標として」


 あたしは黙って、その手を見つめた。


 ちゃんとした言葉が、出てこない。喉の奥に引っかかって、どうしても形にならない。


 沈黙が流れる。心臓の音だけがやけに大きい。


 やがてトオルが小さく息を吐き、差し出した手を引こうとした――


 その指先を、あたしは掴んだ。


 体がベッドから前に傾く。気づいたときにはもう、あたしはトオルに唇を重ねていた。


挿絵(By みてみん)


 互いの距離が一瞬で消える。唇から確かな熱が伝わってきた。


 やがて、あたしはゆっくりと離れた。長いようで、ほんの一瞬だった。


「......もうあたしは迷わない。命を救ってくれたトオルのことを、信じ続ける」


「オレも同じ気持ちだ」


 再び距離が縮まる。互いの呼吸が混ざる寸前――


 扉の開く音がした。


「透さん、彩子さんの様子は――」


「ッ!」


 祈が顔を出した瞬間、頭が真っ白になった。危機回避と同じ反射でSPEEDが暴発する。感情に引っ張られて制御が利かないまま、後方へ仰け反り、背中が壁に叩きつけられた。


「いっっっったぁぁぁ!!!」


「彩子さん!? 大丈夫ですか!?」


 祈が慌てて駆け寄ってくる。あたしはベッドの上でのたうち回りながら、なんとか笑顔を取り繕った。


「ヘーキヘーキ! ちょっと書き換えミスっただけだから!」


「顔も赤いですし、やっぱり安静に――」


「これは久々にUSB使えて興奮してるだけ! 気にしないで!」


「これだけ動けるなら問題ないだろう」


 トオルが平然と言う。


「透さんがそう言うなら......」


 祈はまだ少し疑いの目を向けながらも、一応納得したように頷いた。



「三人揃ったところで、今後の話をする」


 オレが口を開くと、彩子と祈が自然とこちらへ向いた。


「明俊の死に際に出てきた名前――毒蛇の龍頭、巳厲鋒。彩子を地下施設で拘束したUSB所持者はこいつの可能性が高い。ちなみに彩子、襲われる前の状況は覚えているか?」


「ごめん......地下施設に入ってから先、記憶が飛んでる」


「謝ることはない。長期間の全身麻酔による弊害だ」


「TIMEについても確認してある。死体は戻らない。明俊が生き返る可能性はゼロだ」


「相変わらず、抜かりないね~」


「オレたちはこの二日間で体内バッテリーを大量に消費している。焦る必要はない。厲鋒の情報を地道に集めながら体力を回復させればいい。高く見積もっても5位以下だ、今すぐ脅威にはならない」


「既に私たちはUSBを六個確保しています。余裕を持っていきましょう」


「ああ」


 三人の意識が一致した、その瞬間――


 鈍い発射音が外から響いた。


 轟音と共に、ホテルの一角が吹き飛んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ