ep.16 Temporal Hijack
さっきまで地下にいたはずの明俊が、まるで最初からそこにいたかのように、オレたちの前に立っている。
......隠し通路か。地下から反対側へ抜け、そのまま地上に上がってきたな。
「祈、彩子を頼む。こいつはオレが処理する」
「わかりました」
オレは彩子の体を祈に預ける。祈はすぐに支え、距離を取った。
明俊が、ゆっくりと口を開く。
「黒瀬透さん。貴方は、僕がこの盤面に上がってきたことを悪手だと思うでしょう」
「砂は腐敗しないからな」
視線を逸らさず、言い切る。
「悪手だと知って、なぜ上がってきた」
一瞬の沈黙のあと、明俊の口角が楽しげに吊り上がった。周囲の空気が、わずかに歪む。
「その理由は――僕の持つUSBが、DECAYではなく、TIMEだからです」
世界が、反転した。
乾いた砂の感触が消え、足元に湿った土の重みが戻る。視界を覆っていた地平線は消え、代わりに密度の高い原生林が、視界を埋め尽くしていた。成長しきった巨木が林立し、枝葉が頭上を覆い尽くしている。
「時をつかさどる異能――これが僕の真の力です」
明俊が両手を軽く広げる。その光景を見て、祈が息を呑んだ。だが視線は透へ向けられていた。
的中している......透さんの読み通りだ......。
*
八時間前。祈が休眠から目を覚ました直後のこと。
「そういえば、金塊を生成していたランカーは、何のUSBを所持していたんですか?」
「ELEMENTだ」
オレは壁際の石柱に手を触れる。
「元素記号を書き換えることで、物質そのものを別物に変える。このように――」
石柱の表面が、内側から光を帯びるように変質し、黄金色へと変わった。
「本当に、石が金に......」
「構造ごと書き換えてるからな」
祈の驚愕を横目に、オレは続ける。
「第3位――明俊は、自分のUSBがDECAYだと開示している。実際に、弾丸やコンクリートを崩壊させていた」
「......それが能力なんじゃないんですか?」
「いや」
オレは首を振る。
「奴のUSBは、別物だ」
「なぜですか?」
祈が一歩踏み込む。
「弾丸が腐食した場合、表面は酸化して青緑色に変色し、湿った質感になる」
オレの記憶に焼き付いた光景を引き出す。
「だが、オレが見たのは違う。灰色で、乾いた粉だった」
「......」
「弾丸の主成分は鉛だ。つまり、あれは腐食じゃない。時間を巻き戻して、原材料に戻したんだ」
祈の瞳が見開かれる。
「奴のUSBは――TIMEだ」
「ですが......一つ疑問があります」
祈が思考を巡らせながら言う。
「時間を経過させて腐食させればいいのでは? なぜ巻き戻す必要が......」
「弾丸が腐食で粉になるまでには数百年単位の時間が必要だ。それだけの時間を書き換えれば、脳内バッテリーの消費は桁違いになる。現実的じゃない。だから奴は巻き戻すしかない」
「......なるほど」
祈が小さく頷いた。
「その理屈なら、確かに辻褄が合います」
さらに、その5時間後。明俊から交渉メッセージが届いたタイミングで。
「透さん。この砂漠――地図アプリで三年前に遡ると、森林だったみたいです」
「......ほう」
「強い干ばつと過剰伐採で、砂漠化したという記録があります」
オレはわずかに笑う。
「なるほどな。盤面を戻す前提で、この場所を選んだか。有利な環境を、後出しで作るつもりだ」
「だが、それはこちらが能力を誤認していることが前提の不意打ちだ。ならば、それを逆手に取る」
*
現在。予想通り、フィールドは三年前の森林へと巻き戻されている。
目の前に、幹回り数メートルはある巨木がそびえ立つ。
明俊はその根元の地表から露出した支持構造の前面だけを狙い、TIMEを発動させた。三年分の時間を経過させ、音もなく消失した。
支えを失った巨木がゆっくりと傾き始める。そのまま倒れれば、オレを直撃する。だが落下の直前、MOVEを発動させ、巨木ごと明俊の頭上へ転移させた。
「芸がないですね」
明俊が視線を上げると同時に、巨木が消失した。TIMEによる巻き戻し。巨木に意識を割いた、その一瞬で十分だ。
オレは右手をポケットに滑り込ませ、スマホの発信ボタンを押した。
直後、明俊の足元の地中深くで、くぐもった轟音が弾けた。湿った土壌内部で発生した圧力が逃げ場を失い、一点へ集中する。水分が瞬時に蒸発し、膨張した蒸気が衝撃波となって炸裂した。
「がハッ――!」
爆風に叩き上げられた明俊の体が、そのまま背後の巨木へ叩きつけられる。幹にめり込み、そのまま落下した。
オレは歩み寄る。
「さっき見せた発信先は彩子の携帯じゃない。オレの手に埋め込んだ携帯だ。お前が森林に戻した瞬間、MOVEで地中に転移させた。その後SIZEで元の大きさの十倍に拡張し、内部エネルギーごと増幅して起爆した」
足元の土を軽く蹴る。
「砂と違って、土壌は水分を含み、密閉に近い。爆発効率が跳ね上がる」
「......すべて......見抜いていたのですね......」
「当然だ」
明俊の周囲に、炎が広がっていく。木々が次々と火を拾う。
「そして、森林は燃料の塊だ」
明俊が、喉の奥で笑う。
「......クク......これで終わると......? 毒蛇の龍頭......巳 厲鋒が......必ず貴方たちを......」
「そうか」
オレは拳銃を抜き、引き金を引いた。乾いた破裂音が、燃える森に吸い込まれた。弾丸が頭部を貫通し、明俊の体が力を失って崩れ落ちる。その左手からUSBが排出され、地面を転がった。
オレは縮小させた耐熱型の運搬用ドローンを元のサイズに戻し、USBを回収させて静かに受け取る。刻印には、TIMEの文字があった。
オレは祈たちの元へ戻る。
「お疲れ様です。透さん」
「予備の車、持ってきて正解だったな」
縮小していた車を元の大きさに戻した。
「ここを離れるぞ、急げ」
背後では森林が炎に包まれ、黒煙が空を覆い、枝が崩れ落ちる音が続いていた。オレたちは車に乗り込み、その場を離脱した。燃え上がる森をバックミラー越しに見送りながら、オレはアクセルを踏み込んだ。




