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Hack The World  作者: Hide
第三章 毒蛇篇
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ep.16 Temporal Hijack

 さっきまで地下にいたはずの明俊が、まるで最初からそこにいたかのように、オレたちの前に立っている。


 ......隠し通路か。地下から反対側へ抜け、そのまま地上に上がってきたな。


「祈、彩子を頼む。こいつはオレが処理する」


「わかりました」


 オレは彩子の体を祈に預ける。祈はすぐに支え、距離を取った。


 明俊が、ゆっくりと口を開く。


「黒瀬透さん。貴方は、僕がこの盤面に上がってきたことを悪手だと思うでしょう」


「砂は腐敗しないからな」


 視線を逸らさず、言い切る。


「悪手だと知って、なぜ上がってきた」


 一瞬の沈黙のあと、明俊の口角が楽しげに吊り上がった。周囲の空気が、わずかに歪む。


「その理由は――僕の持つUSBが、DECAY(腐敗)ではなく、TIME(時間)だからです」


 世界が、反転した。


 乾いた砂の感触が消え、足元に湿った土の重みが戻る。視界を覆っていた地平線は消え、代わりに密度の高い原生林が、視界を埋め尽くしていた。成長しきった巨木が林立し、枝葉が頭上を覆い尽くしている。


「時をつかさどる異能――これが僕の真の力です」


 明俊が両手を軽く広げる。その光景を見て、祈が息を呑んだ。だが視線は透へ向けられていた。


 的中している......透さんの読み通りだ......。



 八時間前。祈が休眠から目を覚ました直後のこと。


「そういえば、金塊を生成していたランカーは、何のUSBを所持していたんですか?」


「ELEMENTだ」


 オレは壁際の石柱に手を触れる。


「元素記号を書き換えることで、物質そのものを別物に変える。このように――」


 石柱の表面が、内側から光を帯びるように変質し、黄金色へと変わった。


「本当に、石が金に......」


「構造ごと書き換えてるからな」


 祈の驚愕を横目に、オレは続ける。


「第3位――明俊は、自分のUSBがDECAYだと開示している。実際に、弾丸やコンクリートを崩壊させていた」


「......それが能力なんじゃないんですか?」


「いや」


 オレは首を振る。


「奴のUSBは、別物だ」


「なぜですか?」


 祈が一歩踏み込む。


「弾丸が腐食した場合、表面は酸化して青緑色に変色し、湿った質感になる」


 オレの記憶に焼き付いた光景を引き出す。


「だが、オレが見たのは違う。灰色で、乾いた粉だった」


「......」


「弾丸の主成分は(なまり)だ。つまり、あれは腐食じゃない。時間を巻き戻して、原材料に戻したんだ」


 祈の瞳が見開かれる。


「奴のUSBは――TIMEだ」


「ですが......一つ疑問があります」


 祈が思考を巡らせながら言う。


「時間を経過させて腐食させればいいのでは? なぜ巻き戻す必要が......」


「弾丸が腐食で粉になるまでには数百年単位の時間が必要だ。それだけの時間を書き換えれば、脳内バッテリーの消費は桁違いになる。現実的じゃない。だから奴は巻き戻すしかない」


「......なるほど」


 祈が小さく頷いた。


「その理屈なら、確かに辻褄が合います」


 さらに、その5時間後。明俊から交渉メッセージが届いたタイミングで。


「透さん。この砂漠――地図アプリで三年前に遡ると、森林だったみたいです」


「......ほう」


「強い干ばつと過剰伐採で、砂漠化したという記録があります」


 オレはわずかに笑う。


「なるほどな。盤面を戻す前提で、この場所を選んだか。有利な環境を、後出しで作るつもりだ」


「だが、それはこちらが能力を誤認していることが前提の不意打ちだ。ならば、それを逆手に取る」



 現在。予想通り、フィールドは三年前の森林へと巻き戻されている。


 目の前に、幹回り数メートルはある巨木がそびえ立つ。


 明俊はその根元の地表から露出した支持構造の前面だけを狙い、TIMEを発動させた。三年分の時間を経過させ、音もなく消失した。


 支えを失った巨木がゆっくりと傾き始める。そのまま倒れれば、オレを直撃する。だが落下の直前、MOVEを発動させ、巨木ごと明俊の頭上へ転移させた。


「芸がないですね」


 明俊が視線を上げると同時に、巨木が消失した。TIMEによる巻き戻し。巨木に意識を割いた、その一瞬で十分だ。


 オレは右手をポケットに滑り込ませ、スマホの発信ボタンを押した。


 直後、明俊の足元の地中深くで、くぐもった轟音が弾けた。湿った土壌内部で発生した圧力が逃げ場を失い、一点へ集中する。水分が瞬時に蒸発し、膨張した蒸気が衝撃波となって炸裂した。


「がハッ――!」


 爆風に叩き上げられた明俊の体が、そのまま背後の巨木へ叩きつけられる。幹にめり込み、そのまま落下した。


 オレは歩み寄る。


「さっき見せた発信先は彩子の携帯じゃない。オレの手に埋め込んだ携帯だ。お前が森林に戻した瞬間、MOVEで地中に転移させた。その後SIZEで元の大きさの十倍に拡張し、内部エネルギーごと増幅して起爆した」


 足元の土を軽く蹴る。


「砂と違って、土壌は水分を含み、密閉に近い。爆発効率が跳ね上がる」


「......すべて......見抜いていたのですね......」


「当然だ」


 明俊の周囲に、炎が広がっていく。木々が次々と火を拾う。


「そして、森林は燃料の塊だ」


 明俊が、喉の奥で笑う。


「......クク......これで終わると......? 毒蛇の龍頭(トップ)......巳 厲鋒(シ―・リーフォン)が......必ず貴方たちを......」


「そうか」


 オレは拳銃を抜き、引き金を引いた。乾いた破裂音が、燃える森に吸い込まれた。弾丸が頭部を貫通し、明俊の体が力を失って崩れ落ちる。その左手からUSBが排出され、地面を転がった。


 オレは縮小させた耐熱型の運搬用ドローンを元のサイズに戻し、USBを回収させて静かに受け取る。刻印には、TIMEの文字があった。


 オレは祈たちの元へ戻る。


「お疲れ様です。透さん」


「予備の車、持ってきて正解だったな」


 縮小していた車を元の大きさに戻した。


「ここを離れるぞ、急げ」


 背後では森林が炎に包まれ、黒煙が空を覆い、枝が崩れ落ちる音が続いていた。オレたちは車に乗り込み、その場を離脱した。燃え上がる森をバックミラー越しに見送りながら、オレはアクセルを踏み込んだ。

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