ep.15 Silent Drop Protocol
ホテルへ戻ると、祈がすぐに駆け寄ってきた。
「彩子さんの行方は......!」
息を切らしながら詰め寄る祈の瞳には、不安と焦燥が滲んでいた。
「結論から話すと、オレたちは嵌められた」
短く言い切る。
「非現実的な金塊の取引は、オレたちを誘き寄せるための罠だ。すべて仕組まれていた......第3位に」
「第3位......eclipse......」
祈の表情が強張る。
「彩子がどうなったかはまだ分からない。ただ、彩子のGPSを無効化した者がいるのは確かだ」
「そんな......」
祈の声が震えた。
「まだ殺されたと決まったわけじゃない。すぐに情報を――」
言いかけた瞬間、視界が揺れた。足元がふらつき、オレは咄嗟に床へ手をつく。
「透さん!」
祈が支えようと手を伸ばす。
「無理はしないでください。毒蛇との抗争で、脳内バッテリーが著しく低下しています。情報収集は私が担います。透さんは横になってください」
「......悪いな、祈」
ソファへ体を投げ出す。意識が沈む。そのまま、泥のように眠りに落ちた。
*
目を覚ましたのは午前七時だった。
重い体を起こすと、部屋の明かりはまだ点いたままだった。
「おはようございます、透さん」
振り返ると、祈がノートパソコンの前に座っていた。目の下に濃いクマが浮かび、疲労が色濃く刻まれている。
「祈、お前も休め。昨日から一睡もしていないだろ」
「ですが......一刻も早く、彩子さんを――」
唇を噛み、視線を逸らさない。しかし、感情と判断は別の話だ。
「焦る気持ちはわかる」
オレは静かに言った。
「だが、もし彩子が捕らえられているなら、そこは必ず毒蛇の管轄内だ。寝不足の状態で、第3位に勝てるか?」
「それは......」
言葉が詰まる。
「調査はオレが代わる。必ず助け出す」
数秒の沈黙の後、祈はゆっくりと頷いた。
「......わかりました。四時間、休眠を取ります」
「ああ。ゆっくり休め」
*
四時間後、祈が目を覚ました。
その後も調査は続いたが、決定的な手掛かりは掴めないまま、時間だけが過ぎていく。
そして――午後四時。
「透さん!」
突然、祈が声を上げた。
「彩子さんのGPSが復活しました!」
オレは即座に立ち上がる。
「位置情報は」
祈が地図アプリを開く。
「砂漠です。周囲に建造物はほとんどありませんが、小屋らしき建物が一つあります」
「彩子はその小屋に監禁されている」
「なら、早く助けに――」
「待て。THBのアカウントにメッセージが来ている」
「送り主は......?」
「第3位。明俊だ」
画面を開く。そこに表示されていたのは、短く明確な文章だった。
『黒瀬透さん。取引をしましょう』
続く文面に、祈の息が詰まる。
『貴方の持つMOVEとSIZE、お仲間の持つGRAVITY。そして、彩子さんのSPEEDを僕に譲渡してください』
『そうすれば、彩子さんの命は保証いたします』
「こいつ......」
オレは低く呟いた。
「透さん......私は、仲間を見殺しにしてまで世界の管理者になりたくありません」
「安心しろ。助けない選択肢はない」
祈が顔を上げる。
「しかも、この交渉はオレたちに有利だ」
「......有利、ですか?」
「ああ」
オレは静かに笑った。
*
車を走らせること三時間。砂漠の中にぽつんと建つ小屋の前に、オレたちは到着した。
ドアを開けると、内部は無機質な空間だった。中央に大型モニター。天井には監視カメラ。台の上には手のひらサイズの搬送容器と、地下へ続く投入口。
「この容器にUSBを入れろということか......」
その呟きに応えるように、モニターが点灯する。
「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。ここは元々、人質と金銭を交換するための場所でしてね」
映し出されたのは明俊。その隣に――
「彩子さん......!」
目隠しをされ、拘束椅子に縛り付けられた彩子の姿。力なく項垂れ、呼吸も浅い。
『......の......っち......』
掠れた声が漏れる。
『静脈麻酔薬を常時投与して、能力を発動させないようにしています。早めに救出しなければ、重篤な副作用が残ることになりますよ』
「随分と医療に詳しいな」
『ええ。ハッカー兼闇医者でもあるので』
明俊は淡々と続ける。
『目の前の容器にUSBを収め、そのまま投入口へ入れてください。そうすれば彩子さんを解放し、小屋裏のエレベーターからそちらへ渡します』
間を置いて、オレはゆっくりと口を開いた。
「お前は一つ、大きな勘違いをしている」
『ほう?』
「交渉の場に立たされたのはオレじゃない」
視線をまっすぐ画面へ向ける。
「お前だ、明俊」
明俊の目が、わずかに細まる。
『......理解しかねますね。貴方のお仲間の命を握っているのは僕です。なぜ僕が不利になるのでしょうか』
「彩子の左手に、携帯電話の着信をトリガーとした即席爆発装置が埋め込まれている」
祈が息を呑む。モニター越しに、明俊の動きが止まった。
『......そういうことですか』
「理解が早くて助かる。オレたちは日本を発つ前、不測の事態に備えて左手にSIZEで一ミリまで縮小した爆発装置を埋め込んだ」
オレはスマホを取り出す。
「SIZEで元の大きさの十倍の装置にすれば、確実にお前を殺せる」
『残念ながら不可能です。ここは地下です。電波は届きません』
「地下で通信が遮断されているなら、どうやって位置情報を外に送った?」
沈黙。それが答えだった。
「選択肢は二つだ」
発信画面をカメラに向ける。
「彩子を渡すか。共に死ぬか。一分以内に選べ」
親指を、緑のボタンへ近づける。
『......良いんですか? 後者を選べば、彩子さんが死にますよ』
「問題ない」
一切の迷いなく言い切る。
「お前を殺せるなら、それでいい」
「......本気ですか」
「試してみるか?」
親指を沈める。
『......わかりました』
明俊が小さく息を吐いた。
『彩子さんを返します』
*
数分後、小屋裏のエレベーターが開く。
中には車椅子に乗せられた彩子の姿。
「彩子さん......!」
祈が駆け寄る。オレは彩子を抱え上げ、車椅子に罠が仕掛けられているのを危惧し、SIZEで寸法を一ミリ未満にしてアンダーフローを起こさせ、存在ごと消す。
「と......おる......」
それだけ言い残し、彩子は意識を失った。
「早くここを離れるぞ」
車へ向かう。ドアに手をかけようとした、その瞬間――
車体が崩れ、赤錆となって音もなく崩れ落ちた。
その先に、明俊が立っていた。
「このまま無事に帰れるとお思いで?」
柔らかな口調と相反し、瞳には明確な殺意がこもっていた。




