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Hack The World  作者: Hide
第三章 毒蛇篇
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ep.15 Silent Drop Protocol

 ホテルへ戻ると、祈がすぐに駆け寄ってきた。


「彩子さんの行方は......!」


 息を切らしながら詰め寄る祈の瞳には、不安と焦燥が滲んでいた。


「結論から話すと、オレたちは嵌められた」


 短く言い切る。


「非現実的な金塊の取引は、オレたちを誘き寄せるための罠だ。すべて仕組まれていた......第3位に」


「第3位......eclipse......」


 祈の表情が強張る。


「彩子がどうなったかはまだ分からない。ただ、彩子のGPSを無効化した者がいるのは確かだ」


「そんな......」


 祈の声が震えた。


「まだ殺されたと決まったわけじゃない。すぐに情報を――」


 言いかけた瞬間、視界が揺れた。足元がふらつき、オレは咄嗟に床へ手をつく。


「透さん!」


 祈が支えようと手を伸ばす。


「無理はしないでください。毒蛇との抗争で、脳内バッテリーが著しく低下しています。情報収集は私が担います。透さんは横になってください」


「......悪いな、祈」


 ソファへ体を投げ出す。意識が沈む。そのまま、泥のように眠りに落ちた。



 目を覚ましたのは午前七時だった。


 重い体を起こすと、部屋の明かりはまだ点いたままだった。


「おはようございます、透さん」


 振り返ると、祈がノートパソコンの前に座っていた。目の下に濃いクマが浮かび、疲労が色濃く刻まれている。


「祈、お前も休め。昨日から一睡もしていないだろ」


「ですが......一刻も早く、彩子さんを――」


 唇を噛み、視線を逸らさない。しかし、感情と判断は別の話だ。


「焦る気持ちはわかる」


 オレは静かに言った。


「だが、もし彩子が捕らえられているなら、そこは必ず毒蛇の管轄内だ。寝不足の状態で、第3位に勝てるか?」


「それは......」


 言葉が詰まる。


「調査はオレが代わる。必ず助け出す」


 数秒の沈黙の後、祈はゆっくりと頷いた。


「......わかりました。四時間、休眠を取ります」


「ああ。ゆっくり休め」



 四時間後、祈が目を覚ました。


 その後も調査は続いたが、決定的な手掛かりは掴めないまま、時間だけが過ぎていく。


 そして――午後四時。


「透さん!」


 突然、祈が声を上げた。


「彩子さんのGPSが復活しました!」


 オレは即座に立ち上がる。


「位置情報は」


 祈が地図アプリを開く。


「砂漠です。周囲に建造物はほとんどありませんが、小屋らしき建物が一つあります」


「彩子はその小屋に監禁されている」


「なら、早く助けに――」


「待て。THBのアカウントにメッセージが来ている」


「送り主は......?」


「第3位。明俊だ」


 画面を開く。そこに表示されていたのは、短く明確な文章だった。


『黒瀬透さん。取引をしましょう』


 続く文面に、祈の息が詰まる。


『貴方の持つMOVEとSIZE、お仲間の持つGRAVITY。そして、彩子さんのSPEEDを僕に譲渡してください』


『そうすれば、彩子さんの命は保証いたします』


「こいつ......」


 オレは低く呟いた。


「透さん......私は、仲間を見殺しにしてまで世界の管理者になりたくありません」


「安心しろ。助けない選択肢はない」


 祈が顔を上げる。


「しかも、この交渉はオレたちに有利だ」


「......有利、ですか?」


「ああ」


 オレは静かに笑った。



 車を走らせること三時間。砂漠の中にぽつんと建つ小屋の前に、オレたちは到着した。


 ドアを開けると、内部は無機質な空間だった。中央に大型モニター。天井には監視カメラ。台の上には手のひらサイズの搬送容器と、地下へ続く投入口。


「この容器にUSBを入れろということか......」


 その呟きに応えるように、モニターが点灯する。


「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。ここは元々、人質と金銭を交換するための場所でしてね」


 映し出されたのは明俊。その隣に――


「彩子さん......!」


 目隠しをされ、拘束椅子に縛り付けられた彩子の姿。力なく項垂れ、呼吸も浅い。


『......の......っち......』


 掠れた声が漏れる。


『静脈麻酔薬を常時投与して、能力を発動させないようにしています。早めに救出しなければ、重篤な副作用が残ることになりますよ』


「随分と医療に詳しいな」


『ええ。ハッカー兼闇医者でもあるので』


 明俊は淡々と続ける。


『目の前の容器にUSBを収め、そのまま投入口へ入れてください。そうすれば彩子さんを解放し、小屋裏のエレベーターからそちらへ渡します』


 間を置いて、オレはゆっくりと口を開いた。


「お前は一つ、大きな勘違いをしている」


『ほう?』


「交渉の場に立たされたのはオレじゃない」


 視線をまっすぐ画面へ向ける。


「お前だ、明俊」


 明俊の目が、わずかに細まる。


『......理解しかねますね。貴方のお仲間の命を握っているのは僕です。なぜ僕が不利になるのでしょうか』


「彩子の左手に、携帯電話の着信をトリガーとした即席爆発装置(IED)が埋め込まれている」


 祈が息を呑む。モニター越しに、明俊の動きが止まった。


『......そういうことですか』


「理解が早くて助かる。オレたちは日本を発つ前、不測の事態に備えて左手にSIZEで一ミリまで縮小した爆発装置を埋め込んだ」


 オレはスマホを取り出す。


「SIZEで元の大きさの十倍の装置にすれば、確実にお前を殺せる」


『残念ながら不可能です。ここは地下です。電波は届きません』


「地下で通信が遮断されているなら、どうやって位置情報を外に送った?」


 沈黙。それが答えだった。


「選択肢は二つだ」


 発信画面をカメラに向ける。


「彩子を渡すか。共に死ぬか。一分以内に選べ」


 親指を、緑のボタンへ近づける。


『......良いんですか? 後者を選べば、彩子さんが死にますよ』


「問題ない」


 一切の迷いなく言い切る。


「お前を殺せるなら、それでいい」


「......本気ですか」


「試してみるか?」


 親指を沈める。


『......わかりました』


 明俊が小さく息を吐いた。


『彩子さんを返します』



 数分後、小屋裏のエレベーターが開く。


 中には車椅子に乗せられた彩子の姿。


「彩子さん......!」


 祈が駆け寄る。オレは彩子を抱え上げ、車椅子に罠が仕掛けられているのを危惧し、SIZEで寸法を一ミリ未満にしてアンダーフローを起こさせ、存在ごと消す。


「と......おる......」


 それだけ言い残し、彩子は意識を失った。


「早くここを離れるぞ」


 車へ向かう。ドアに手をかけようとした、その瞬間――


 車体が崩れ、赤錆となって音もなく崩れ落ちた。


 その先に、明俊が立っていた。


「このまま無事に帰れるとお思いで?」


 柔らかな口調と相反し、瞳には明確な殺意がこもっていた。

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