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Hack The World  作者: Hide
第三章 毒蛇篇
14/39

ep.14 Eclipse

挿絵(By みてみん)


 振り返ると、一人の男が立っていた。


 黒い打掛のようなロングコート。紫の裏地に蛇の刺繍。夜色の髪は後ろで一本に編まれ、肩から垂れている。細身の体躯。露わになった肩には、蛇を模した刺青が這っていた。


 静かすぎる存在感だった。黒曜石のような瞳がオレを捉えている。


「初めまして。黒瀬透さん」


 男が口を開く。


「僕は夜明俊(イエ・ミンジュン)と申します。貴方の一つ下の順位です」


 第3位――eclipse(エクリプス)か。


 オレは荒い息をつきながら、視線だけを動かして周囲を確認する。退路、障害物、距離。この男以外の気配はない。


「どうやってオレの名を知った」


「単純な話ですよ。貴方が住んでいたアパートの管轄区域の住民票を入手して、ハンドルネームであるclearと照合しました」


 明俊は淡々と続ける。


「第1位、albedoが貴方の本名を送らなかったのは、切り札として温存するためでしょう」


「先ほど貴方が戦った相手は第7位、沈鴻志(シェン・ホンジー)です。格下とはいえ、元素操作には手を焼かれたことでしょう」


 オレは唇に鉄の味を感じた。鼻血が出ていた。舌で舐め取る。


「......そうか」


 拳銃を向け、引き金を引いた。飛び出した弾丸をSIZEで砲弾サイズへ肥大化させる。


 だが――


 明俊へ直撃する寸前、鉛の塊が形を保てないまま崩れた。


 床へ散らばった灰色の粉末を、明俊は静かに見下ろす。


「万物全てが辿る末路。これが僕の持つUSB――DECAY(腐敗)です」


「随分とおしゃべりなんだな」


「貴方ほどの実力者ならば、どうせすぐ見破られますからね」


 薄く笑う。


「それに、こちらだけが情報を得るのはアンフェアと思いまして」


「......全部見ていたのか」


「はい」


 静かな声だった。


「貴方はSIZEとMOVE、彩子さんはSPEED。GRAVITYのお仲間は地下施設と相性が悪くてお留守番、というところでしょう」


 能力だけじゃない。戦力構成ごと分析されている。


「......オレはお前が用意した舞台へ乗せられたということか」


 明俊は否定しない。


「偽の地図を送った情報屋もお前だろ」


「もしその仮説が正しかったとしたら――」


 口角がわずかに上がった。


「彩子さんが()()なのでは?」


 その瞬間、ポケットの中でスマホが鳴った。


「どうぞ。不意打ちなんて無粋な真似は致しません」


 オレはスマホを取り出す素振りを見せながら、同時にMOVEを発動した。


 爆発で散乱していたコンクリート片を、明俊の頭上へ転移。SIZEで巨岩サイズまで膨張させる。


 重力と質量を伴ったまま、真上から叩き潰す。


「無粋ですねぇ」


 明俊が視線を上げた。


 次の瞬間、巨岩が崩壊する。表面から崩れ、粉塵となって降り注ぐ。明俊は鼻先へ飛んできた粉を、右手で軽く払う。


「おや」


 そのまま空を仰ぐ。


「今夜はいい月ですね」


 先ほどの戦闘で崩れた天井。その裂け目の向こうに、満月が浮かんでいた。瓦礫と炎の中、青白い月光が一条だけ差し込んでいた。


 スマホが依然として鳴り響いていた。


「お仲間が呼んでいますよ。僕はしばらくこの月を見ていますので、お構いなく」


 オレは目を細めながら通話に出た。


「どうした」


『大変です!』


 祈の声だった。ノイズ混じりで、焦っている。


『彩子さんのGPSが突然消えました! 電話も繋がりません!』


「......わかった。すぐ戻る」


 通話を切り、明俊へ向き直る。


「どうやら、僕の予想が当たってしまったようですねぇ」


 口元が吊り上がる。


「明俊――」


 再度、銃口を向ける。だが、明俊は両手を軽く上げた。


「焦る必要はありません」


 一歩、後退する。


「近いうち、我々はまた顔を合わせることになりますから」


 引き金を引くと同時に、明俊の足元が崩落した。床そのものが腐り落ちるように侵食され、巨大な縦穴が口を開く。


 オレが駆け寄った時には、既に姿は消えていた。


 穴を見下ろす。底が見えない。地層そのものが侵食され、黒い奈落のように続いている。


 奈落の底で、既に何も動いていない。


「......一旦戻るか」


 MOVEを発動し、祈の待つホテルへ転移した。

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