ep.14 Eclipse
振り返ると、一人の男が立っていた。
黒い打掛のようなロングコート。紫の裏地に蛇の刺繍。夜色の髪は後ろで一本に編まれ、肩から垂れている。細身の体躯。露わになった肩には、蛇を模した刺青が這っていた。
静かすぎる存在感だった。黒曜石のような瞳がオレを捉えている。
「初めまして。黒瀬透さん」
男が口を開く。
「僕は夜明俊と申します。貴方の一つ下の順位です」
第3位――eclipseか。
オレは荒い息をつきながら、視線だけを動かして周囲を確認する。退路、障害物、距離。この男以外の気配はない。
「どうやってオレの名を知った」
「単純な話ですよ。貴方が住んでいたアパートの管轄区域の住民票を入手して、ハンドルネームであるclearと照合しました」
明俊は淡々と続ける。
「第1位、albedoが貴方の本名を送らなかったのは、切り札として温存するためでしょう」
「先ほど貴方が戦った相手は第7位、沈鴻志です。格下とはいえ、元素操作には手を焼かれたことでしょう」
オレは唇に鉄の味を感じた。鼻血が出ていた。舌で舐め取る。
「......そうか」
拳銃を向け、引き金を引いた。飛び出した弾丸をSIZEで砲弾サイズへ肥大化させる。
だが――
明俊へ直撃する寸前、鉛の塊が形を保てないまま崩れた。
床へ散らばった灰色の粉末を、明俊は静かに見下ろす。
「万物全てが辿る末路。これが僕の持つUSB――DECAYです」
「随分とおしゃべりなんだな」
「貴方ほどの実力者ならば、どうせすぐ見破られますからね」
薄く笑う。
「それに、こちらだけが情報を得るのはアンフェアと思いまして」
「......全部見ていたのか」
「はい」
静かな声だった。
「貴方はSIZEとMOVE、彩子さんはSPEED。GRAVITYのお仲間は地下施設と相性が悪くてお留守番、というところでしょう」
能力だけじゃない。戦力構成ごと分析されている。
「......オレはお前が用意した舞台へ乗せられたということか」
明俊は否定しない。
「偽の地図を送った情報屋もお前だろ」
「もしその仮説が正しかったとしたら――」
口角がわずかに上がった。
「彩子さんが危険なのでは?」
その瞬間、ポケットの中でスマホが鳴った。
「どうぞ。不意打ちなんて無粋な真似は致しません」
オレはスマホを取り出す素振りを見せながら、同時にMOVEを発動した。
爆発で散乱していたコンクリート片を、明俊の頭上へ転移。SIZEで巨岩サイズまで膨張させる。
重力と質量を伴ったまま、真上から叩き潰す。
「無粋ですねぇ」
明俊が視線を上げた。
次の瞬間、巨岩が崩壊する。表面から崩れ、粉塵となって降り注ぐ。明俊は鼻先へ飛んできた粉を、右手で軽く払う。
「おや」
そのまま空を仰ぐ。
「今夜はいい月ですね」
先ほどの戦闘で崩れた天井。その裂け目の向こうに、満月が浮かんでいた。瓦礫と炎の中、青白い月光が一条だけ差し込んでいた。
スマホが依然として鳴り響いていた。
「お仲間が呼んでいますよ。僕はしばらくこの月を見ていますので、お構いなく」
オレは目を細めながら通話に出た。
「どうした」
『大変です!』
祈の声だった。ノイズ混じりで、焦っている。
『彩子さんのGPSが突然消えました! 電話も繋がりません!』
「......わかった。すぐ戻る」
通話を切り、明俊へ向き直る。
「どうやら、僕の予想が当たってしまったようですねぇ」
口元が吊り上がる。
「明俊――」
再度、銃口を向ける。だが、明俊は両手を軽く上げた。
「焦る必要はありません」
一歩、後退する。
「近いうち、我々はまた顔を合わせることになりますから」
引き金を引くと同時に、明俊の足元が崩落した。床そのものが腐り落ちるように侵食され、巨大な縦穴が口を開く。
オレが駆け寄った時には、既に姿は消えていた。
穴を見下ろす。底が見えない。地層そのものが侵食され、黒い奈落のように続いている。
奈落の底で、既に何も動いていない。
「......一旦戻るか」
MOVEを発動し、祈の待つホテルへ転移した。




