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Hack The World  作者: Hide
第三章 毒蛇篇
13/39

ep.13 Man in the Middle

 午前零時。


 ガスマスクのストラップを引いて、フィット感を確かめる。密閉は完璧だ。


 湿った夜気の中、彩子とオレは地下施設の鉄扉の前に並んでいた。


「準備はいいか?」


「いつでもオーケー!」


 オレはドア内部のデッドボルトへ意識を向けた。数センチあった金属棒が、SIZEによって一瞬で半分以下へ圧縮される。固定を失った扉を押し開ける。


「最奥の部屋までのルートを直進するぞ」


 直後、奥の警備灯が赤く点滅した。


「だ、誰だお前は!? 組織の人間じゃねえな!?」


 複数の構成員が一斉に銃を構える。乾いた銃声。


「タイムストップ!」


 彩子のSPEEDが弾丸の速度をゼロへ変換する。空中に静止した三発の金属塊を指先で弾き、構成員たちの頭部へ正確に打ち込む。血飛沫と共に男たちが崩れ落ちた。


「ナイスショット」


「これがFPS最上位の実力だよ、トオル☆」


 さらに奥から増援が現れる。


「侵入者だァ!!」


 今度はショットガン。通路を埋め尽くす散弾が一斉に迫る。


「うわ、数多っ――!」


 オレは床へ転がっていた薬莢へ視線を向け、SIZEを発動する。


 薬莢がドラム缶サイズまで肥大化し、高速で飛来していた散弾が巨大薬莢へ衝突して軌道を逸らされる。


 彩子の姿が視界から掻き消える。気づいた時には、構成員の背後へ回り込んでいた。首筋へ拳銃を押し当て発砲する。


 血飛沫が散るより早く、彩子は男のショットガンを奪い取り、そのまま通路を高速で駆け抜けながら引き金を連続で引いた。放たれた散弾が狭い通路の壁と天井へ叩き込まれ、跳弾した鉛片が遮蔽物裏の構成員たちを次々に撃ち抜いていく。だが、奥から防弾盾を持った部隊が現れた。


「防御班、前へ出ろ!!」


 分厚い盾が通路を封鎖する。彩子が足を止めた。


「うわ、これ嫌いなんだけど」


「問題ない」


 オレは床へ落ちていたボルトナットを拾い上げた。


「伏せろ彩子」


「了解っ!」


 オレはナットを全力で投げる。そして空中でSIZEを発動した。手のひらサイズだった金属塊が、砲弾サイズまで膨張する。


 轟音と共に巨大化したナットが、盾ごと敵を吹き飛ばす。壁へ叩きつけられた構成員たちの骨が潰れ、通路が赤く染まった。


「相変わらず、えげつない使い方するよねぇ」


「効率重視だ」


 十数分で第二区画まで抜けた。さらに奥へ進む。


 だが――


「ん?」


 通路が二手に分かれていた。


 地図を脳内で照合する。この分岐は載っていない。増設か、あるいは意図的に情報が省かれていたか。


「どうするの? トオル?」


「本来なら二人で所持者と戦う手筈だったが、仕方ない。彩子は左へ。オレは右に進む。危険だと判断したら即座に退け」


「あたし一人でも余裕で倒せるから、任しといてよ! そっちの方こそ気を付けてよね」


「ああ」


 彩子の足音が左の通路へ消える。ここからは単独で相手することになるな。


 右の通路を進む。照明が一段と落ちる。湿度が高く、空調の音がしない。


「いたぞ! 侵入者だ!」


 一直線の通路に四人。間隔を詰めて横一列に広がっている。通り抜けさせない配置だ。


 オレは引き金を引いた。放たれた弾丸をSIZEで即座に肥大化させる。直径数センチの鉛の塊が、一瞬で砲弾に近いサイズへ膨張しながら通路を塞ぐように飛ぶ。四人が吹き飛んだ。


 次の区画。また三人。今度は天井から降ってきた。オレは頭上のパイプをSIZEで太く膨らませ、降下してきた一人の頭部に激突させる。残り二人は通常通り射撃で処理した。


 オレは息を整え、最奥部へ続く重厚な扉を見上げた。


 地図の記憶と照合する。この扉の先が最奥の部屋――所持者の居る部屋だ。


 オレはデッドボルトを圧縮して扉を開け、中へ侵入する。



 薄暗い部屋だった。


 天井照明はほとんど落ちており、床付近には白い霧のようなものが漂っている。


 ガスマスク越しでも分かった。空気が異様に重い。


 オレは足を止めた。


 ......待て。この霧は視界妨害じゃない。


 奥で「カチ」と乾いた音が鳴る。ガスライターの点火音に近い。


 次の瞬間、床の霧が爆発的に燃焼した。轟音とともに赤熱した炎が通路を一直線に駆け抜け、壁面を黒く灼いていく。オレは反射的にMOVEを発動し、数メートル横へ転移した。熱風が頬を掠める。


 酸素濃度が異常だ。元素組成を書き換えている。


「避けたか」


 暗闇の奥から男の声が響いた。


「座標転移系か」


 姿は見えない。だが空気が変わっている。炎の色、霧の流れ、金属棚の焼け方――すべてが人工的だ。


「ようこそ、THBランカー」


 右側で燃えていた炎が突然消えた。二酸化炭素濃度を上げたのか。代わりに左側では、酸素過多区域へ流れ込んだ可燃性ガスが激しく燃え上がっている。


 空間ごとに元素比率を変えている。完全な化学迷路だ。


「どうした? 転移しないのか?」


 オレは答えず、ゆっくり視線を巡らせた。霧の濃度、火炎色、蒸気の流れを観察する。


 ......見えた。


 部屋左側の火炎色が青い。酸素過多区域だ。逆に奥側は火が弱く、二酸化炭素が滞留している。そして、床付近には可燃性ガスが溜まっていた。


「なるほどな」


「ほう?」


「この霧、気体濃度を視覚化してるのか」


 数秒の沈黙。男が笑った。


「さすが第2位だ」


 左側で爆発が起きた。酸素過多区域へ火花が飛んだのか、爆炎が壁を這って走る。オレはMOVEを発動した。長距離転移はしない。1メートル、2メートル――安全確認済み区域だけを刻んで移動する。


 足元の霧の中で、青白い火花が弾けた。空気中へ散布されていた金属粉が酸素過多区域で急速に酸化し、可燃性ガスへ引火する。


「ッ!」


 転移先を読まれていた。床が燃え上がる寸前、背後へ転移して熱風をかわす。


「学習したな」


「そっちこそ」


 オレは床へ転がっていた薬莢を拾い上げ、部屋奥へ向けて叩き込むように投げた。


 空中でSIZEを発動する。掌サイズだった薬莢がサッカーボールサイズまで膨張し、重量を伴ったまま可燃性ガスの滞留層へ突っ込んだ。


 壁への激突。火花が散り、ガスに引火した爆炎が部屋を赤く染め上げる。


 その炎の向こう側に、白衣の男が立っていた。ガスマスク越しの目が、炎越しにこちらを見ている。男の周囲だけ炎が揺れていない。局所的に空気組成を書き換えている。


挿絵(By みてみん)


ELEMENT(元素)か」


「正解だ」


 男が指を鳴らした。それだけで部屋の空気が変わる。燃えていた炎が弱まり、二酸化炭素濃度が上がって火が死んでいく。だが奥では、酸素過多区域へ流れ込んだ可燃性ガスが不安定に揺らいでいた。


 こいつはオレを攻撃していない。オレの周囲環境そのものを、致死的な盤面に変えている。


 違和感が走った。


 ......風?


 視線を上げる。無数の配管、換気ダクト、大型送風設備。霧の流れが一定方向へ固定されている。


 空気を循環させて元素分布を維持しているのか。


 なるほど。つまり、こいつは空間全体を自由に操っているわけじゃない。送風設備を利用して、設置した元素領域を維持している。


 だったら()()ごと壊す。


 拳銃を構えると、男の目が細まった。


「無駄だ。この部屋で火器は――」


 発砲と同時にSIZEを発動。9mm弾頭が砲弾サイズへ膨張し、天井へ突き刺さる。


 地下施設全体を揺らす爆音が響く。送風ダクトが破裂し、換気設備が停止した。空気流動が乱れ、維持されていた元素分布が崩壊する。酸素区域と二酸化炭素区域、可燃性ガスの滞留層が混ざり合い、部屋全体が制御不能な乱流へ変わっていく。


「何を......!」


 初めて男の声が揺れた。


「盤面を壊されたら困るだろ、お前」


 部屋中央で爆発が起きた。男が構築していた可燃区域が暴走し、可燃性ガスが酸素偏在区域へ流れ込んで爆燃が連鎖する。男は咄嗟にELEMENTを発動するが、もう遅い。乱流の中では空気流動を制御できなかった。


「くそっ――!」


 誘爆。可燃区域、酸素過多区域、刺激性ガス区域――それらが無秩序に混ざり合い、男を守っていた安全区域が崩壊する。


 火花が散り、暴走した元素反応が男を飲み込んだ。


「がァぁぁぁッ!!」


 壁へ吹き飛ぶ。砕けたガスマスクから火花混じりの煙が漏れ、男は床へ崩れ落ちた。


「化学を戦場に持ち込んだのは見事だった。だが、盤面を作り込みすぎた」


 複雑な能力ほど環境依存が強くなる。環境を利用する能力は、環境そのものを壊されると脆い。


「終わりだ」


 オレは拳銃を構え、男の頭部へ一発撃ち込んだ。


 右手からUSBが排出される。表面に刻まれた文字——ELEMENT。オレはそれを手の甲から取り入れた。


 背後に気配を感じたのは、その直後だった。


 ――いつからいた。


「初めまして。黒瀬透さん」

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