ep.12 Supply Chain
祈を仲間に引き入れてから、一週間が経とうとしていた。
幸福同期教団教祖・神代隆真の死は、建物の構造的欠陥によるものと警察は判断した。天井と床のパネルが同時に崩落するという異常な現象については、老朽化による偶発的事故という結論で処理された。
一部の信者の間では、神代自身の念力が暴走した結果だという解釈も広まっていたが、いずれにせよ捜査が深追いされることはなかった。
幸福同期教団はオレがリークした情報によりMLM組織との癒着が暴かれ、崩壊した。資金の流れ、勧誘の実態、幹部の個人情報――全て匿名経由で複数のジャーナリストに流した。三日で週刊誌が動き、五日で当局が動いた。解散まで一週間もかからなかった。
彩子は最初こそ祈に対して露骨に距離を置いていた。食事の席でも視線を合わせず、会話も最小限だった。しかし、一週間も同じ空間で生活していれば距離感は変わる。ある朝、気づいたら二人でスマホの画面を覗き込んで笑っていた。
そんなある夜。オレはダークウェブマーケットの流通ログを解析していた。
すると、一つの異常な取引履歴が目に入る。通常ではあり得ない量の金塊。しかも、採掘工程へ繋がる物流記録が存在しない。精製工場の稼働履歴も見当たらない。完成した金塊だけが裏市場へ流れている。
まるで、金そのものがこの世に生成されたみたいに。
「彩子、祈。ちょっと集まってくれ」
オレはリビングから二人を呼び出した。
「どうかされましたか? 透さん」
「なになに! 次のターゲット決まった?」
二人がノートパソコンを覗き込む。画面には、香港の港湾地帯を示す衛星写真と、大量の取引ログ。
「Unreal USBがTHBランカーの手に渡った6月10日以降、異常な速度で勢力を拡大している組織がある」
オレは一枚のファイルを開いた。そこに表示されたエンブレムは、黒い蛇が絡み合った紋章。
「中国マフィア――毒蛇」
「香港を拠点に活動する巨大犯罪組織だ。構成員は約一万人」
「以前は人身売買や違法薬物で資金を稼いでいたが、最近は金塊取引にシフトチェンジしている」
彩子が眉をひそめる。
「金塊?」
「ああ。しかも量が異常だ。世界中の裏市場へ、短期間で非現実的な数を流している」
オレは取引グラフを拡大した。
「普通なら、こんな供給量は成立しない。金鉱石の採掘工程を完全に無視している」
「となると......」
祈が小さく呟く。
「錬金術の類でしょうか?」
「ああ。その可能性が高い」
オレは頷いた。
「もし本当に金を生成しているなら、能力は元素変換。あるいは核操作系統だ」
空気が少しだけ重くなる。USBの能力の中でも、物質そのものへ干渉するタイプは別格だ。MOVEやSIZEのような物理操作系統とは危険度が違う。
「ふーん」
彩子はソファの背にもたれながら足を組んだ。
「で、その金製造マンの居場所は?」
「今、情報屋に当たってる」
「ねえトオル!」
彩子の目が急に輝く。
「もし場所わかったら、中国行くってことだよね!?」
「まあ、そうなるな」
「あたし前から本場の中国料理食べてみたかったんだよね~。北京ダックに上海ガニにフカヒレに小籠包に......」
指を折りながら数え始める彩子。
「おい。オレたちは観光で行くわけじゃない」
「えー、せっかく異国に行くなら文化も楽しまなきゃ損じゃん」
「実は......」
祈がおずおずと手を挙げた。
「私も、中国の寺院や教会には少し興味が......」
「ほら! イノリっちもこう言ってるし!」
彩子が祈の肩に腕を回す。
「多数決で決まりね!」
イノリっち――いつからそんな呼び方になった。
「わかったよ。任務が片付いたら、多少は観光に付き合ってやる。ただし、相手のUSB所持者が一人とは限らない。油断するなよ」
「はーい! やったね、イノリっち☆」
「はい! 彩子さん!」
妙に意気投合している二人をよそに、オレは情報を集めていった。
*
数時間後。画面右下に、一通の暗号化メッセージが表示された。
『Payment confirmed』
続いて送られてきた添付ファイルを開く。
「来たか」
それは、毒蛇が金塊を製造している地下施設の住所と、内部の地図だった。施設の規模、警備の配置、出入り口の数――必要なものは一通り揃っていた。
「みんな、製造場所が割れた」
二人が同時に顔を上げる。
「明日の朝、中国へ出発する」
「オーケー!」
「わかりました!」
*
飛行機に乗ること三時間。オレたちは中国へ到着した。
巨大都市の夜景が窓の外に広がっている。ネオン、高層ビル、絶え間ない車列。そして、街全体を覆う湿った空気。
「おお~」
彩子が窓に張り付く。
「ガチで海外来ちゃった......」
「彩子さん、はしゃぎすぎです」
「イノリっちだってちょっとテンション上がってるでしょ?」
「......少しだけ」
地下施設付近のホテルへ到着すると、オレたちは三人部屋のスイートルームへ入った。
カーテンを閉めると、オレはノートパソコンを開いた。ホテルのローカルネットワークへ接続し、周辺通信をスキャンする。未知の端末反応はなし。少なくとも、素人レベルの盗聴は仕掛けられていない。
「今夜の作戦概要を説明する」
二人の表情が切り替わる。
「この地下施設は、元々違法薬物の製造工場だったらしい。だから念のためガスマスクを装備する」
バッグから三つのガスマスクを取り出す。
「それと、山小屋にあった銃火器、爆発物、監視カメラ、ドローンなどはSIZEで縮小してある」
オレはテーブルの上に復元した拳銃と弾倉を並べた。
「情報屋から受け取った地図によると――」
オレは地下施設の図面を開く。
「この最奥区画。ここが実際に金塊を生成している部屋だ」
赤いマーカーが表示される。
「オレと彩子でここまで侵入する」
「了解」
「祈、お前はここで待機だ」
「......私、戦力になりませんか?」
「違う」
オレは首を振った。
「重力操作は地下施設と相性が悪い。天井崩落を誘発する可能性がある。それに、保険役は必要だ」
祈は少しだけ黙り込んだあと、小さく頷いた。
「承知いたしました」
「もしオレたちのスマホのGPSが途絶えたら、その時は援護に来てくれ」
「はい」
オレは拳銃のスライドを引く。金属音が静かな部屋に響いた。
「相手は犯罪組織だ。殺しに躊躇しない。こちらも覚悟は決めろ」
「必ずUSBを奪取する」
部屋に沈黙が流れた。
彩子はテーブルの上の拳銃をじっと見ていた。その表情には緊張も恐怖もなかった。ただ、静かな集中があった。
祈は目を閉じていた。何かを祈っているのか、それとも単純に思考を整理しているのかは、オレには判断できなかった。
窓の外、香港のネオンが蛇のように揺れて見えた。




