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Hack The World  作者: Hide
第二章 幸福同期教団篇

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11/11

ep.11 Deepfake Authority

 祈の最初の記憶は、父の葬儀だった。


 3歳の私には何が起きているのかよく分からなかった。ただ、父の横に並んだ白い花の群れと、母の泣いている横顔だけが、やけにくっきりと焼きついている。


 母子家庭になってからの暮らしは、貧しかった。それでも母は、私に不憫な思いをさせまいとした。か細い体に鞭を打って、昼も夜も休まず働いた。5歳の私は、そんな母の力添えになりたくて、父が生前使っていたパソコンを引っ張り出した。ブログを立ち上げ、アフィリエイトを始めた。収入は月5,000円と雀の涙ほどだったが、それでも母は喜んでくれた。あの笑顔が、私は好きだった。


 破滅は、唐突に訪れた。


 母がステージ4の末期がんになった。抗がん剤の副作用でまともに働けなくなり、医療費で借金だけが増えていった。そんなある日、池田(イケダ)という母の旧友が病室に現れた。経済的に追い詰められた人を助ける組織がある、と彼は言った。自由な時間に働けて、たくさんのお金がもらえる。会員を集めるだけでいい。母にぴったりの仕事だ、と。母は泣きながら彼に感謝した。


 ――実態は、マルチだった。


 借金は減るどころか倍にまで膨れ上がった。家を売り払い、病院併設の宿泊施設で私が暮らすようになったころ。心身ともに限界を迎えた母は、自らの命を絶った。


 お金、家、家族。すべてを失った私に声をかけてきた人物。


「救われたいでしょう」


 ――それが、神代先生だった。



 翌朝、私は神代先生に呼び出された。


「よくやった祈。これで悪は消え去った」


「お役に立てて何よりです」


 廊下を歩きながら、繰り返し自分に言い聞かせる。あのサイトの情報はすべてでたらめだ。そうに違いない。先生は私たちを救ってくださった。それだけが事実だ。


 角を曲がったところで、男にぶつかった。


「すいません」


 男は軽く頭を下げ、そのまま去っていく。その瞬間、衝撃のせいか、何かが床に落ちた。拾い上げてみると、青白く光るUSBメモリだった。


「まさかこれは――Unreal USB......!」


 しかし、手に取ってよく見ると、「Unreal USB」という文字はどこにも刻まれていなかった。市販のUSBメモリに青いLEDを埋め込んだだけのものだ。裏返すと、小さな文字でこう記されていた。


『母の死の真実が知りたければ、中庭の倉庫に来い』


 廊下の先で、男の背中が遠ざかっていく。


 ――あの男は間違いなくTHWランカーだ。直近の侵入工作員疑惑の女と、教団を貶めるサイトの出現。状況を並べれば、あの男が関与している可能性は非常に高い。


 だが、疑問がある。私が所持者だと気づいているなら、なぜ今すぐ奪わないのか。廊下では目立つから倉庫で始末しようとしているのか。いや、それならこんな回りくどい手順を踏む必要はない。


 そして何より――あの男は、母が亡くなっていることを知っている。


 何か別の目的があるとしたら。


 私は、倉庫に向かった。



 礼拝の時間が近い。


 神代は窓の外を眺めながら、今日の浮遊パフォーマンスの段取りを頭の中で組み立てていた。


 あのサイト騒動の火消しも兼ねて、信者どもに派手なところを見せてやる。


 ワタシは携帯電話を手に取り、祈を呼び出した。


 三分後、扉が開いた。


 祈と共に、見知らぬ男が入ってきた。


「な――!? 祈、誰だこの男は!?」


「いけないなぁ......先生。信者の顔はちゃんと覚えとかないと教祖様失格だ」


「失敬な! 祈! 早くこの無礼な男をつまみ出せ!」


「......」


「おい! なぜ黙っている! つまみ出せと言っているだろ!」


「神代。今の状況の理由は、この映像を見れば分かる」


 男はおもむろに鞄からノートパソコンを取り出し、画面をこちらへ向けて動画を再生した。


「こ......これは......!」


『それでは皆様、無事我々の活動を邪魔するサイトが閉鎖したことを祝して、乾杯!』


『『乾杯!!!』』


 昨夜、MLM組織の幹部たちとオンライン飲み会をした映像だった。


「貴様、どこでこの映像を手に入れた!」


「いいから黙って最後まで見ろ」


『しかし、先生。どのような方法であのサイトを閉鎖に追い込んだのですか?』


『ああ、それは祈というワタシの忠実な犬に命令させた。覚えていないか、池田? お前が十二年前に勧誘して破滅に追い込んだ、天音(アマネ)千依(チエ)の娘だ』


『あ! 思い出しましたよ! まさか、あの千依の娘だったとは......』


『ガハハハハ! 無理もない。あのバカで間抜けな母親からこんな優秀な娘が生まれてくるとは思いもせん』


『まぁしかし、千依は祈という我々にとって有用な道具を生んでくれた。娘に遺した保険金もすべて回収できて、正に一石二鳥だな! ガハハハハ!』


「これで動画は終了だ」


「惑わされるな祈! これは悪質な作り物だ!」


「お前はさっき『どこでこの映像を手に入れた』と言っていたよな。作り物なら、開口一番にその言葉は出ない」


「それにオレは、あらかじめこの部屋に監視カメラを設置しておいた。酒で自分の発言を忘れたなら、見返してみるか?」


「ぐ......!」


「ただし、お前の『作り物』という発言。一部は正解だ」


「......どういう意味だ」


「オレは幹部たちの個人情報を洗い、祈の母親と接点を持つ人間を絞り込んだ。次に祈の母親が通っていた大学のOB名簿を入手し、リストと照合した。一致したのが池田という男だった。奴のSNSアカウントを足掛かりに、過去に流出した情報や使い回されていた認証情報を辿り、紐づくサービスから生活圏を特定する。そこから自宅を割り出した」


「オレは池田の家に向かい、奴を殺した。それから部屋を漁っていると、MLM組織の内部チャットにアクセスできる端末が見つかった。ログを遡ると、毎週金曜日の午後九時にオンライン飲み会を開いている記録があった。次の開催は昨夜だった」


「自宅にあった彼のセミナー動画をAIに学習させて、本物そっくりの顔と声を作り上げた。そして昨夜、池田として飲み会に参加した」


「な!? では、昨夜ワタシが話した池田は......」


「オレだ」


 神代の顔が引きつった。


「祈よ......こんな人殺しにこれ以上耳を傾ける必要はない。お前はこの男に騙されている」


「何を言っている? お前たちはこれまで私利私欲のため、どれだけの弱者を騙してきた? どれだけの弱者を地獄に落とした?」


「すでに祈には、倉庫内でこの動画と共に、これまで食い物にされてきた人たちの記録を見せてある。いい加減、観念しろ」


 沈黙がしばらく続いた。


「......ハ」


 神代の口元が歪んだ。


「ハハハハ......ガハハハハ!」


 狂ったように笑い声が弾ける。


「お前こそさっきから何を言っている? 騙されるバカがいるから世に悪が蔓延るのだよ! すべての罪は弱者にある! ワタシは悪くない!」


 その言葉を聞いた瞬間、祈の中で何かが完全に切り離された。


「もういいだろう」


 オレは神代から視線を外し、祈の方を向いた。


「神代を殺すんだ。お前の手で、不幸の連鎖を断ち切れ」


「......」


「神代の頭上にある天井パネルに重力をかけるんだ。それで奴は押しつぶれて死ぬ」


 祈が、ゆっくりと神代に近づいていく。


「お、おい! 本気で殺す気か!? ワタシはお前を拾ってやった! 衣服も与えた! 食事も与えた! 住む場所も与えた! その恩をあだで返す気かああああ!!!」


「幸福同期教団......弱者を救済する組織だと、信じていた」


「でも実際は、弱者を食い物にする犯罪組織」


「ま、まて――」


「さよなら」


 その瞬間。神代の頭上の天井パネルに下向きの重力が加わると同時に、足元の床パネルが下から突き上げる重力に引っ張られた。


 神代は天井と床のパネルにサンドイッチされ、声を出す間もなく、肉片と化した。



「これでお前は神代の鎖から解き放たれた」


 祈はしばらく床の一点を見つめていた。それからゆっくりと顔を上げ、両手でUSBを差し出してきた。


「どうぞ」


「世界の管理者になりたいとは思わないのか?」


「私一人には、荷が重すぎます」


「じゃあ、こういうのはどうだ」


 オレは少しだけ笑う。


「一人じゃなくていい」


「え......?」


「仲間の一人が管理者になって、後から残りの全員に管理者権限を付与する。そうすれば、複数人で世界を管理することができる」


「......そんなこと、思いもしなかった」


「事実、オレには既に仲間が一人いる。教団内で指名手配されたあの女だ」


「オレたちで、誰もが平等に幸福を得られる世界を築き上げるんだ。弱者を生み出す構造そのものを、書き換える」


 祈はゆっくりと目を細めた。それから、静かに頷いた。


「はい......!」


 オレはゆっくりと手を差し出した。祈の手がその上に重なった。



 山小屋の扉が開く。


「おかえり~トオル――って、誰!? その女!?」


「神代に洗脳されていた所持者だ。新しく仲間に加えた」


「へ、へえ......」


 なんかよくわかんないけど複雑な気分。私だけじゃ心細いってこと......? 違う、そういう話じゃない、きっと。


「彩子に改めて自己紹介してくれ」


「はい、透さん」


 女が一歩前に出る。


「私はTHWランキング第6位、天音祈です。所持しているUSBはGRAVITY(重力)です。これからよろしくお願いします」


「......第4位。西園寺彩子。しくよろー」


「適当すぎないか」


「自己紹介なんてこれくらいで十分でしょ」


 彩子が複雑そうな顔をしているのは分かっていた。自分だけだった仲間が増えた。それだけのことだが、人間はそういう些細なことで揺れる。


 USBの総数はMOVE、SIZE、SPEED、GRAVITY――4つ。残りは12。


 彩子は裏切りを考えている。それは初めから気づいていた。だが今は泳がせておく方が都合がいい。


 祈はまだ洗脳の残滓を引きずっているかもしれない。それも時間が解決する。


 手札は、揃いつつある。

ep.7~ep.11の主要登場人物紹介


挿絵(By みてみん)

名前:黒瀬(クロセ) (トオル)

THWランキング:第2位

ハンドルネーム:clear(クリア)

所持Unreal USB:MOVE(移動)SIZE(寸法)

年齢:21歳

身長:175cm

体重:53kg


挿絵(By みてみん)

名前:西園寺(サイオンジ) 彩子(アヤコ)

THWランキング:第4位

ハンドルネーム:ayako(アヤコ)

所持Unreal USB:SPEED(速度)

年齢:18歳

身長:155cm

体重:38kg


挿絵(By みてみん)

名前:天音(アマネ) (イノリ)

THWランキング:第6位

ハンドルネーム:hymn(ヒム)

所持Unreal USB:GRAVITY(重力)

年齢:19歳

身長:160cm

体重:50kg


挿絵(By みてみん)

名前:神代(カミシロ) 隆真(リュウシン)

THWランキング:圏外

身長:160cm

体重:88kg

年齢:60歳

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