獅子の強撃
「では父上母上、行って参ります」
「うむ、存分に腕を振るって参れ」
「油断するんじゃないよ」
あれから3日後。いつもなら待機を命じられている時期のはずが、何故か遠征命令が下されたグラスフォード兄さん。どこか不穏な動きを感じつつも爽やか笑顔で俺たち家族に見送られていく。
「イルフィーナにグレイバム、お前たちも頼むぞ? 妹や弟たちをしっかりと護ってやってくれ」
「おやおや、グラス兄さんともあろう御方が私の実力を知らないわけでもあるまいに」
「そうだぜ兄貴、俺たちなら問題ねぇって」
「フフ、年々頼もしくなっていくな。次に手合わせをしたら負かされそうだ。生きて帰れればだが。では達者でな」
それだけ言ってグラス兄さんは軽快な足取りで邸を後にした。そんなグラス兄さんの背中を眺めつつ、アゼリアがボソリと呟く。
「生きて帰れればだと? フン、あやつを死に至らしめるような相手が早々居るわけあるまいに」
「まぁそこは同感だよ」
古代竜のアゼリアを驚かせたくらいだ、簡単には死なないだろう。
「おっし、俺も負けてられねぇ。少しでもグラス兄に近付くためにも討伐依頼をこなしてくるぜ!」
「はぁ、朝っぱらから元気なことだ」
「グレイバム兄さんらしいね」
「それも同感」
何かに触発されたグレイバムことグレ兄が燃えている。俺たち三兄弟はそれを冷ややかな表情で見つめるのであった。めでたしめでたし。
「はぁ? 何言ってんだ、お前らも行くだろ? 一緒にいい汗流そうぜ!」
「「「は?」」」
朝っぱらから肉体労働? そいつはちょっと勘弁だね。
「遠慮する。我輩はまだまだ若輩者。邸で剣術鍛練をさせてもらおう」
「ボクもパスかなぁ。装備品の手入れをしなきゃいけないし」
アド兄とルドラスはさっさと退散。俺も中に戻ろうとしたところで首根っこを掴まれ……
「お前は行くだろバースト?」
「何で?」
「いやほら、学校もまだ休みだろ? 暇そうだし――」
「あ~思い出した、遠征先のグラス兄さんに労いの手紙を書かなきゃならないんだった。つ~わけで――」
「待てっての! 手紙早すぎ、どう考えても早すぎ、下手すりゃ手紙が先に着くっつ~の! だいたい何でみんなして俺との行動を拒むんだよ! 一緒に汗水流した冒険、楽しいだろうが!」
「何でって……」
そりゃグレ兄に振り回されたくないからだよ。だいたいグレ兄の剣撃範囲が広すぎて近くに居ると危ないんだよなぁ。
そんな俺の反応を見たアゼリアが助け船を出してくれた。
「ふむ、ならば妾が同行してやろう」
「ホントか? いやぁ助か――」
「こ~ら、ダメよアゼリアちゃん。これからみんなでお出かけするって言ったでしょ?」
ラミエルことラミ姉ちゃんが手を掴んで引き寄せる。どうやらエリーとファーナも連れた4姉妹で買い物に行くらしい。もっともアゼリアにとって買い物は退屈なだけで不満だろうが、強引に連れてかれそうだ。
「それじゃみんな、行くわよ~!」
「こらぁ! 子供みたいに脇を抱えて連行するでない!」
というわけで、助け船(←助けになってなかった気もするが)が無駄になったところで俺もグレ兄に連れてかれることが決定した。
★★★★★
着いた先はもちろん冒険者ギルド――だが、今回は北支部のほうだ。グレ兄の所属するクランが拠点にしてるからな。俺とグレ兄はロビーの空いていたテーブルを挟み、他のメンバーが来るのを待っているところだ。
「どうしたバースト? 嬉しくなさそうだなぁ?」
「そりゃあ……ねぇ」
同じ労働ならアイリのトレジャーハントに付き合ったほうが数倍マシだからな。あっちなら魔石がゲットできるかもだし。その点こっちは知らない面子とパーティだろ? やりにくくて仕方がない。
「しかし何だって今日は強引なんだ? いつもなら1人で向かうだろ?」
「そりゃ1人で行ったら護衛できないだろ。今日は俺が担当だからな」
「ああ……」
そういう家族制度がありましたね。
「最近はグラス兄貴やアゼリアに任せきりだったからな。今日はしっかりと付いてこいよ?」
付いてこいって……。これもうどっちが護衛か分かんねぇなぁ。
そう脳裏で呟いている時だった。ギルドに入ってきた体格の良い男女3人がまっすぐに俺たちの方へと向かって来ると、その中の1人がグレ兄の背中をバンッと叩いて豪快に笑い出した。
「よぉグレイバム、久し振りのお勤めじゃないか!」
「ハハ、相変わらずだなバン。それにグロッサとビリーも元気そうじゃないか」
なるほど。この3人がパーティメンバーなわけか。いずれも筋肉モリモリで接近戦が得意そうだ。グロッサという女の人も強そうだな。腕が太くて胸もデカ――っと、いらん場所に目が行ってしまった。
「それで、そっちのちっこいのがグレイバムの弟か?」
「え……は、はい、バーストって言います。宜しくお願いします」
「おう、俺はバンって言うんだ。宜しくなちっこいの」
あれ? 自己紹介したよな? うん、確かにしたはず。多分アレだ、素で右から左に流れてったんだな、うん。(←それはそれで大問題だが)
「しっかし聞いてた通りに非力そうだなぁ? こりゃグレイバムも保護者気取りなわけだ、ガッハッハッハッ!」
「ちょ、ちょっとバン、失礼よ? そんな笑い方して」
「え……そ、そうか?」
「っとにもぅ。あ、騒がしくてゴメンね? あたしはグロッサで、こっちが……」
「ビリーだ。ったく、下品な笑いは止めろと前から言ってるだろう。すまんなバースト、品は無いが悪い奴じゃないんだ」
それはよく分かる。グレ兄と似てるからな。
「いえ、大丈夫ですよ」
「ほ、ほら、本人もこう言ってることだしさ……」
「「お前は反省しろ!」」
うん、絵に描いたような脳筋キャラで御座いますなぁ。特にこのバンって人。
「まぁまぁ、バンのデリカシーの無さは今に始まったことじゃないだろ」
「グレイバム、お前には言われたくなかった……」
「そうか? それでな――」
「スルーかよ! お前のほうが絶対にデリカシー無ぇって!」
いやどっちもどっちだから。――という台詞を言いたそうにしていたグロッサさんとビリーさんを脳裏で代弁してみる。
「それでな、久々に体を動かそうと思ってお前らが来るのを待ってたんだよ」
「おう! なら一丁討伐依頼でも引き受けようぜ!」
「――と言いたいところだけどな」
「どうかしたのかビリー?」
「前に話しただろ、クランリーダーと一部のメンバーが揉めてるんだよ。なんでもクランの方針を変えるとかどうとか。それで今日は集まるよう言われたんだろ」
「「そうだっけ?」」
「お前ら……」
重要なことが頭から抜け落ちているグレ兄とバンさんに呆れるビリーさん。安心してください、俺も呆れてます。
「それなら俺は席を外したほうがいいですよね? クランメンバーじゃないし」
「う~ん、そうねぇ……」
せっかく来たのにごめんなさいね? という顔をしているグロッサさん。ホント不出来な兄ですみませんね。
そんな感じで俺は解放された――と思ったのも束の間、また別のクランメンバーが現れたことで状況が一変する。
「よぉグレイバム、最近見なかったからくたばったのかと思ったぜ!」
「……ドルガーか」
4人組の男が現れ、うち1人のゴツい男が話しかけてきた。グレ兄の表情からして歓迎できる相手じゃなさそうだ。
「で、こっちの小僧は例の非力だっつ~弟か? 子守りしながらとは恐れ入るぜ。そこまで過保護なら冒険者なんざ向いてねぇぜ? さっさと引退しちまえよ」
「…………」
「なんだぁ? 都合の悪いことは喋らねぇってか? ハッ、これだから貴族って奴ぁよぉ――」
ドルガーという無礼すぎる男のウザ絡みが終わらない。それに原因が俺だという点も納得いかないな。ここは1つ……
「さっきから聞いてれば言いたい放題ですね? くだらない話をグチグチと」
「あ? なんだぁ小僧……」
「俺に護衛は必要ありませんよ。護られるほど弱くはないので。見た目と態度がデカイだけの男よりは余程戦えますね」
「なっ!?」
俺が言い返すとは思わなかったのか、ドルガーの顔がヒクヒクと引き吊る。グレ兄は言っちまったか~みたいな顔で苦笑いをし、グロッサさんとビリーさんはオロオロし始めた。
「テ、テメェ、この俺をバカにしやがったな? そこまで言うなら見せてもらおうじゃねぇか!」
「ちょっと、止めなさいよみっともない。子供相手にそんな――」
「大丈夫ですよグロッサさん。戦いは慣れてるんで、口先だけの輩には負ける気がしません」
俺も立ち上がりドルガーに対して不適な笑みを浮かべ、静かに臨戦態勢を整え……
パキッ……バチッバチッ……ミシミシミシ……
「な! パールランタンが砕けたぞ!?」
「ボクのマジックハットが焦げついてく!」
「う、嘘でしょ!? 買ったばかりのロッドにヒビが!」
おっといかん、怒りのボルテージが上がり過ぎて過剰な魔力を放出してしまった。無関係な人たちよ、マジでゴメン。その憎しみはドルガーとやらに振り分けておくよ。
「待った!」
「――っとと、誰?」
どこからか待ったがかかり、急速に勢いが削がれる。そして兄たちが一斉に声を上げた。
「「「アンカムさん!」」」
アンカムって、確かグレ兄が所属するクランのリーダーだったはず。その人が俺とドルガーの間に入り、俺に向かって頭を下げてきた。
「ウチのメンバーがすまないね。なんでも力で解決しないようにと常日頃から言い聞かせてはいるんだが」
「ハッ、力で解決して何が悪い? 弱い者は淘汰されて強い者が生き残る。当たり前な世の中だろうが。なぁ?」
ドルガーの取り巻きも「そうだそうだ」と反発する。どうもこの男、リーダーとは上手くいってないようだ。
「やはり考えを改める気はないようだな」
「ったりめぇだ! どこの世界にクソザコなガキに頭下げる奴が居る!? 今度の戦争だってそうだ。黙って軍に従えば大金が舞い込むんだぜ? それを断るような腰抜けがリーダーじゃお先真っ暗だ。俺は抜けさせてもらうぜ!」
さんざん悪態をついたドルガーと取り巻きがギルドを出ていく。それを見送ったアンカムさんがタメ息をついてグレ兄たちに釈明した。
「以前にも話した通り、彼とその仲間たちがクランの方針に不満を持っていたんだ。他のメンバーの意見も聞くためにキミたちを含む全てのパーティを召集したんだが……どうやら話し合いは不要みたいだ」
「ならリーダー、今日は好きな依頼を受けてもいいか?」
「その前に連携を確認してからな。下の訓練施設で他のメンバーが待っている。グレイバムたちは先に行っててくれ」
「リーダーは?」
「彼と少し話したい。借りてもいいだろうか?」
「まぁ……変な気を起こさないなら」
「それだけは断じてない!」
兄たちをギルドに残し、危うく同姓好きにされるところだったアンカムさんと共にギルドから少し離れた路地裏へと移動。何を聞かれるのかと思えば……
「バーストくん――でよかったかな?」
「あ、はい」
「さっきの現象なんだが……」
「現象?」
「うん。魔力を込められた武器やアイテムが突然壊れかけたり……」
マジかよ。気付いてたのかこの人。
「あ~、確かに俺の影響ですね。感情的になると制御が甘くなるみたいでして」
「やはりか。では1つ質問したい。その強大な魔力、キミは何の為に使う?」
何のため――か。そんなに深く考えてはこなかったなぁ。でも聞かれてるんだから答えないとな。さて、何て言おう……
「う~ん、上手くは言えないですけれど、家族みんなが笑って過ごせる日々を送るためって感じかな? 降りかかる火の粉は払いのける! みたいな」
「ふむ……」
「例えば今だとグロリア帝国やアスタロト共和国が不審な動きをしてますよね? 俺は家族も大事だし祖国を捨てるのも考えられません。絶対に負けたりはしませんよ」
大袈裟だったかな? でも俺の考えは伝わったようで……
「ありがとう、とても参考になったよ。実のところ迷っていたんだ。ランタールに留まればクランメンバーが危険に晒される――とね。でも考えてみたら冒険者をやっている限り危険は付きもの。ならば祖国のために命を懸けるのも間違ってはいないと」
少しでも多くのクランがランタールに留まれば、それだけ危険から遠ざかる。去る者は追わずだし、留まってくれて良かった。
「へッ、相変わらず綺麗事かよ。結局は金だろうが、なぁリーダーさんよぉ?」
「ドルガー!」
さっきの野郎が仲間を増やして戻ってきたようだ。男が10人近く、人気の無い場所。何も起こらないはずもなく……
「アンカムさん、兄が言ったように男だらけで変な気を」
「「それだけは断じてない!」」
これにはドルガーも慌てて否定。よかった、最悪の事態は避けられたようだ。
「……コホン。それでドルガー、今さら何の用だ?」
「それなんだけどよ、クランを抜けて1から作るってんじゃ先が長ぇ。だったら俺がリーダーになってやろうと思ってな。さすがのテメェもこの人数じゃ手も足も出ないだろ? おまけ程度のガキが1人居たところで何にもならねぇ。大人しくリーダーの座を明け渡しな!」
「ドルガー、貴様……」
さすが力に訴える男。まるで状況を理解していない。
「俺が居ても変わらないって? なら試してやるよ」
「あん? 何言ってやが――」
ブフゥゥゥゥゥゥ!
「ぎぃゃぁぁぁあああ!? 焼ける、焼けるぅぅぅ!」
「ヒィ、ヒィギェェェェェェ!」
「おぉぉぉ! あっぢぃ、これあっぢぃ、マジあっぢぃ!」
ちょっと喉がイライラしてたんでファイヤーブレスを吹き掛けてやった。
「なっ!? テメェ何を!」
「ファイヤーブレスってやつさ。敢えてお前は避けてやったんだ、感謝しろよ?」
「野郎、ふざけやがって!」
ガキン!
「クッ! 剣が弾かれた……だと!?」
「魔力障壁だよ。いつ斬りかかられても防げるようにしてるのさ。まぁ俺にダメージを与えたきゃ高価なマジックウェポンでも持ってくれば? 手に入ればだけどな」
「グ、ググ……クソガァァァ!」
最後は自棄になり掴みかかってきた。もちろん想定内だ。
「ウォーターナックル」
「ブゴォ!?」
まさか真っ正面から迫ってくるとは思わなかったようで、水の拳がドルガーの顔面にクリーンヒット。大量の水を撒き散らして壁に激突。お仲間たちは水を浴びたお陰でようやく火ダルマ状態から完全脱却。辛うじて命を繋ぎ止めていた。
「討伐完了っと。あ、魔物や賊じゃないから討伐って言うのも変か」
「いや、卑怯な手を使おうとした時点で外道に落ちたも同然さ。助かったよバーストくん」
「いえ、それほどでも」
「しかし人間がファイヤーブレスを使うとは思わなかった。ひょっとして……」
「人間です!」
危うく別の疑惑が持ち上がりそうになるのであった。
登場人物の紹介
名前:アンカム
性別:男
年齢:36歳
種族:人間
備考:冒険者クラン【ブレイキングKO】のクランリーダー。口調は穏やかながらも自分の意見はキチンと発言する性格。周辺国との戦争に巻き込まれる懸念からリーダーとしての立ち振舞いに悩んでいたが、バーストとの出会いを切っ掛けに覚悟を決めた。
名前:バン
性別:男
年齢:20歳
種族:獣人
備考:【ブレイキングKO】のメンバーで筋肉マッチョな馬獣人の青年。愛用の大金槌を背負っている姿は奇縁があり、20歳に見られないことが多い。似た者同士のグレイバムとは馬が合うようだ。
名前:グロッサ
性別:女
年齢:23歳
種族:獣人
備考:【ブレイキングKO】のメンバーで筋肉ムッチムチな兎獣人の女性。女だからと下に見られるのを嫌い、鍛練の末に強靭な肉体を手に入れた努力家。最近は酒の席でうっかりグラスを壊してしまうのが悩み。
名前:ビリー
性別:男
年齢:25歳
種族:人間
備考:【ブレイキングKO】のメンバーで筋肉ムキムキな青年。グレイバム、バン、グロッサと自分を含めた面子でパーティを組むことが多く、その際は自身がリーダーを努めている。お調子者の2人、グレイバムとバンにはいつも頭を悩ませているとか。
名前:ドルガー
性別:男
年齢:33歳
種族:人間
備考:【ブレイキングKO】のメンバーで小肥り気味の中年男。大剣の腕にかなりの自信があるが、実際はそれほどでもない。若くして活躍するグレイバムのパーティを妬み、何かと嫌みを言うことが多かった。一度はクランを去ろうとするも逆にリーダーを力ずくで追い出してやろうと画策。しかしバーストの反撃に合い何もできずに騎士団に突き出された。




