記憶の隙間
「ふぁ~~~ぁ……っと。……ああ、もう朝か」
眠気眼に差し込む朝日を片手で遮り、ゆっくりと上体を起こす。
「天気が良くて何より。さて、今日も母ちゃんにせっつかれる前に起き――ん?」
フと窓の外に違和感を感じ、張り付くようにして外を見る。
「え……雪?」
そう、夏だというのに所々で雪が積もっているんだ。いや、積もっていると言うより溶けかかっていると言ったほうが正しいか?
まさか夜のうちに雪が降った? だとしたら異常だ、帝都中が大騒ぎに違いない。
だが……
「おかしい、通行人や馬車が何事もないかのように通り過ぎていく――クシュン!」
う"~さびぃ。この寒さなら雪が降るのも納得――出来るかっての! 夏なのにおかしいだろっつうの!
だいたい昨日の夜にグラスフォード兄さんを出迎えた時でさえ外から熱風が入り込んでたんだぞ? それなのに……
「あれ? 何か重要なことを忘れてるような気が……」
「そうだよ、俺は昨日の夜に気絶したんじゃないか!」
道理でお腹が空いてると思った。三食しっかり食べる俺にとって飯抜きは死刑宣告に等しい。そりゃもう母ちゃんからケツを叩かれるより泣けるってもんよ。
「まずは腹拵えを――」
コンコン――ガチャ!
「失礼しますぞバースト坊っちゃま。本日のお着替えの時間で――んおおおお!?」
「おう?」
「バババ――バースト坊っちゃまが目を覚まされているぅぅぅぅぅぅ!」
「おう……」
「のんびりはしておれぬ、急いで旦那様に報告を――」
「どあっとぉ! ちょっとまてぃぃぃ!」
「は、はい!?」
どう見ても執事にしか見えない執事の腕を掴み、強引に引き止める。何せその人には見覚えがなかったんでね。
「貴方は誰? 新人さん?」
「…………」
そう尋ねた途端、執事の顔がみるみるうちに青ざめていき……
「バババ――バースト坊っちゃまがご乱心ですぞぉぉぉぉぉぉ!」
「え……」
えらく取り乱し、部屋を飛び出してしまった。おかしな事は尋ねちゃいない、ただ確認しただけなんだけどな。けれどあの執事は家族を引き連れ大急ぎで戻って来た。
「バーストォ! 半年振りに目覚めたと思えば、執事の顔を忘れたのかぁぁぁ!」
「ちょ、父上!?」
「医者からは原因不明の病と言われてたから素直に喜びたいところだけど、こりゃしばらくは様子見だねぇ」
「母ちゃんも!」
「う~ん、いくら貴族とは言え、やはり執事を付き人として同行させるのは止めとくべきだったかなぁ……」
「グラスフォード兄さんまで」
しかし、今の短い会話の中で無視できないものが多数含まれていた。
1つ目、俺は半年間寝ていたこと。
2つ目、医者から原因不明の病だと診断されていたこと。
3つ目、この執事はグラスフォード兄さんの遠征に同行していたこと。
1つ目と2つ目はまだいい、病により気絶したとギリ言えるだろう。問題は3つ目、これだけは絶対に有り得ない。ここには執事なんて存在はなかった。強いて言えばメイド長が執事を兼任していたとも言えるからだ。
しかし現状を把握しないことには落ち着かないし、上手く話を合わせつつ情報を引き出そう。
「あ~そうか、半年も寝たきりだったのか。そのせいで執事の記憶がブッ飛んだらしい」
「おお、なんという悲劇か! このロードブル、バースト坊っちゃまの置かれた境遇に胸が締め付けられる思いですぞ!」
ふむ、執事の名前はロードブルか。感情的で涙もろい性格っと。
「よし、今日も登城するつもりだったが取り止めだ。快気祝いと行こうじゃないか!」
「お待ちください父上。バーストの安全のため、もう一度医者に見てもらうべきです」
「ううむ……そ、そうだな。すぐにエドモンド先生を!」
アド兄の助言によりすぐに医者が呼び出され、俺への診察が始まった。そこで俺は【混乱を避けるため】というもっともらしい理由をつけて家族を部屋から出し、サイレンスの魔法で音をシャットアウトした上で医者から情報を引き出すことにした。
「ふむふむ、恐ろしいことに全くと言っていいほど命に別状はないですねぇ。初めて診察した時には予測出来ませんでしたし、いやはや凄まじい回復力と言ってよいでしょう」
猫耳? いや犬耳かもしれない獣人の若い男の先生が感心したように頷く。そりゃ半年も眠ってりゃそういう反応になるか。
「ありがとう御座います。という事はエドモンド先生がボクを助けたくれたと?」
「いえ、ボクは何もしてませんよ。そもそも何も出来なかったと言うべきでしょうなぁ。外傷無しで目を覚まさない、どんな薬も効果なし、もうお手上げ状態でしたよ。当然ながら魔法士にも依頼したみたいですよ? 結果は言わずもがだったでしょうが。それでも呼吸は止まらずだったので、魔力投与で食事だけは与え続けてましたがね」
魔力投与……魔力と一緒に水や食べ物を体内に送り込む方法だ。必要最低限のものしか摂取出来ていないから、強烈な空腹を訴えていたんだな。
「ところで先生、俺が倒れた時ってどんな様子でしたか? できれば家族の様子を」
「え、ご家族の様子……ですか? そりゃ心配そうでしたよ。知らせに来た執事の方、え~と……オードブルさんでしたか?(←美味そうだなおい)あの方の慌てっぷりは天変地異にでも遭遇したかのような顔でしたからねぇ」
執事が知らせに? うん、やはりおかしい。俺が気絶した直後から真実がねじ曲げられているかのようだ。
「それでもどうにか落ち着かせて対応しましたよ。家には朝起きられない姉がいますんでね、アレを叩き起こすよりかは簡単です」
「へ~ぇ、毎日お姉さんを起こしてるんですか」
「ええ、冒険者ギルドの職員ですからね、遅れては大変です」
ん? ギルド職員で獣人の姉? もしかしてこの人……
「あの~、そのお姉さんって、ハレーさんだったりします?」
「おや、うちの愚姉をご存知で? 外面だけは良いみたいで、ギルドでは大変良くしてもらっているそうで」
やっぱりか。でもハレーさん、弟のことを暴力的で酒飲みで挙げ句に金まで取るとか言ってたような……
「はぁ……。察するにボクのことを悪く吹聴しているようですね。どうせ暴力的で酒飲みで挙げ句に金まで取るとか言っていたんでしょう?」
「え、まぁ……」
「言葉だけで表現すると正しいのでしょうが、真実は違いますよ? 暴力的なのは朝になっても起きないから無理やり起こすのであって、酒飲みに関しては医療用のアルコールを多く含むためで、同居しているのに言わないと生活費を出さない姑息なところがあるから多少強引にでも徴収しているだけです。ご理解いただけましたか?」
「まぁ……はい」
ハレー姉ちゃん意外とポンコツだったんだなぁ。大変な苦労をしてるというのが大いに伝わってきたよ。特に問題を起こす姉という部分には共感すら覚える。
「アホな姉を持つとお互い苦労しますね」
「ええ、本当に」
「「はぁ……」」
なんだかしんみりしてしまったが、それどころじゃないんだよな。もっと情報を集めないと。
「おっと、もうこんな時間ですか。快気祝いに参加したかったのですが生憎と薬の調合をしなければなりません。今日のところはこの辺で失礼致しますね」
「あ、はい……」
もっと色々と聞きたかったんだけどな。予定があるのに引き止めちゃ悪いか。
バタン!
「聞いたぜバースト、何も問題ないんだってな!?」
「だから言ったろう、バーストなら心配いらぬと」
「そういうアド兄さんが一番不安そうだったけどね」
エドモンド先生が帰った後、兄たちが一斉になだれ込んできた。会話を遮断してたから不安だったんだろう。
「こ~ら男子ども、バーストは病み上がりなんだから程々におし。ほら、さっさと出た出た」
色々と聞きたそうな兄たちを母ちゃんが追い出す。
「バーストも無理するんじゃないよ? 朝食は用意しとくから大丈夫そうなら下りてきなさい」
「うん、ありがとう母ちゃん。そう言えば姉さんたちは?」
「ああ、最初は聞き耳を立ててたけど全然聞こえないからって諦めてったよ。大方性に関する話だろうから聞かれたくないんだろってね」
「は? 性?」
「ハハ! 隠すな隠すな、アンタくらいの年齢なら誰だって夢精の1つや2つ――」
「違ぇぇぇぇぇぇ! んな話はしてねぇっつうの!」
「ま、そういう事にしとくさ」
「だから違うって!」
そう笑いながら母ちゃんは部屋を出ていく。ホント下品な母ちゃんですみませんね皆さん。(←誰に言ってんだ)
「さぁてと、静かになったところで癒しを求めに行こうか」
向かう先? んなもんエリーの部屋に決まってる。今日はまだ顔を見てないからな。
そういや執事から話は聞いてるだろうに部屋には来てないのな。まぁいいけど。
んじゃお隣さんのエリーの部屋に……
「おはようエリー! どうやら俺は半年も寝てたらしいぞ! 今日から完全復活したからよろしくな!」
「おお、ようやく来たか。あまりにも遅いから待ちくたびれたぞ」
「ああ、お待た――――せ!?」
ベッドに腰掛けている赤髪サイドテールの少女を見て俺の身体が硬直する。あの金髪でホワホワした少女の面影が跡形もなく消え去ってるじゃないか! もしかしてイメチェンした? それにしては声も違う気がする。
「あの~、エリー……なのか?」
「違うわバカタレ。見て分からんのか?」
「分かんねぇよ! 少なくとも同世代にお前みたいな知り合いはいない!」
「なんじゃ、本当に忘れとるのか。妾じゃよ妾。ほれ、古代竜の」
古代竜? どこかで聞いたような……
「あ~~~! 夢に出てきた女!!」
「ふむ、思い出してくれたようじゃの」
今になって思い出す。夢の中でコイツはいつか違う形で会うことになるとか言ってたっけ。つまりグラスフォード兄さんが帰宅した時、隣に立っていたのはコイツだったんだ。
「では改めて名乗るとしよう。古代竜のアゼリアじゃ、今後ともよろしくな」
「あ、ああ」
差し出された手を反射的に握り返す。手の感触からはとても竜とは思えず、見た目も人間とほぼ一緒。正体がバレて騒がれることはなさそうだ。
「さっそくだけどアゼリア、色々と聞きたいことがあるんだが」
「まぁそうなるのは自然よのぅ。順を追って話とだな、いつかお主を間近で観察したいと思うておった妾は半年前にこの邸を訪れたのじゃ」
「それは覚えてる。その直後に俺は意識を失ったんだろ?」
「左様。かなり危険な状態だったのでな、空間を歪めて一時的に隔離したのじゃよ」
空間を歪めた時点で突拍子もない話なんだが、続く内容は更に現実離れしたものだった。
「気絶したのは妾との急接近が原因であると思われる。いきなりの接触で心臓麻痺に近い症状が出たのじゃろうな。そこで隔離した空間で半年かけてお主の身体を慣らしたのじゃ」
「慣れたのを確認して隔離から戻したと?」
「左様。だがそうなると現実世界に支障をきたす。半年間もお主の所在が不明のままとは行くまい。そこでお主と親しい人物の記憶を全て書き換え、妾にとって都合の良いものにしたのだ」
「じゃあ知らない執事が居たのも……」
「記憶変換の一環じゃ。半年間も寝た切りのお主を四六時中看病している存在が必要だったのでな、以前エドウィン・オルノーゼとかいう奴の邸にいた執事をこちらに呼び寄せたのじゃ」
「…………」
俺氏、思わず絶句。いやもう、それしか言いようがないんだって。無茶苦茶なことを言ってるけど、現に無茶苦茶なことが起こってるんだからな。
「現実世界ではロードブルに看病される日々を、だが別の空間では身体を慣らすために虚無とも言える時間を過ごしておった。それが今日を持って終了し、新たな門出を迎えたのじゃ」
「…………」
とぉっっっても頭が痛くなってきた、難しく考えるのは止そう。今の俺は受け入れるしかない。(←思考停止とも言う)
「置かれてる状況は分かった。でも記憶違いでボロが連発したりしないだろうな?」
「そのために妾が居るのじゃ。サポートは任せよ。ちなみに妾はお主の許嫁という立ち位置になっておる」
「へ?」
「没落したオルノーゼ家は1人の幼子を残して散り散りになった。不憫に思ったキルロード家のバーストは、許嫁として妾を引き取ることを決断した。完璧じゃろ?」
「いや、どこが!」
勝手にストーリーを作られて良いわけがない。しかも弱みに漬け込んで住まわせてるみたいじゃないか。これ、姉さんたちから白い目で見られるの確定やん!
「なんじゃ、名案だと思ったのにそんなに嫌か?」
「嫌ってわけじゃないけど、他にも気になる娘が居たりとか――ああ! そう言えばエリーは!?」
驚愕の事実に流されっぱなしだったけど思い出したよ。俺はエリーの顔を見に来たんだ!
「エリーか。この部屋の住人じゃったな。彼女は……」
「おい、何だよその悲しげな顔は。まさかエリーの身に何かあったのか!?」
「むぅ、そんなに知りたいなら仕方あるまい。よいか、心して聞くがいい。エリーはのぅ……」
ゴクリ……
「近隣の森で逞しく生き延びておるぞぃ」
「はい~?」
あのか弱かったエリーが森で生活を?
「正確にはお主と出会う前に戻ったと言うべきか? 里を追い出されたまでは同じなのじゃが、すでにバンビーボールを得ているエリーは西の森で悠々自適な生活をしておる」
「ええ? じゃあエリーは俺のことを……」
「知るわけなかろう。出会う前なのじゃからな」
「マジかよ!」
こりゃ一大事だ、いや既に一大事なのは承知の事実だけれども! あの天使の笑顔が失われてるなんて堪えられるか!
「ちなみに他のクラスメイトたちも違う境遇に置かれておる。ま、どうするかはお主が決めるとよい」
他もかよ。だが俺の行動は決まってる。またあの仲間たちと楽しい学校生活を送りたいじゃないか。
そのためにはまず……
「ファーストミッションだ。エリーを迎えに行くぞ!」
「ふむ、まぁ頑張るがよい」
「お前も手伝うんだよ!」
「メンドイのぅ……」
朝食の後、俺はアゼリアを引き連れて西の森へと向かうのであった。
登場人物紹介
名前:バースト・J・キルロード
性別:男
年齢:14歳
種族:人間
備考:本作の主人公。武家であるキルロード家の末子。生まれつき身体の弱い非力な男児であったが、宝物庫に有った古代竜の血を飲んだ影響で驚異的な魔力を有するようになる。血の持ち主であるアゼリアと現実世界で再会したため、更に波乱に満ちた生活が予想される。
名前:グラスフォード:J:キルロード
性別:男
年齢:24歳
種族:人間
備考:バーストの10歳上の兄でキルロード家の長男。末子のバーストをいつも案じている。遠征から帰還して半年、再び遠征に駆り出される日が近いらしい。バースト曰く勤勉で物知りらしく、何故か異世界の情報に詳しいとか。
名前:アゼリア
性別:女
年齢:14歳?
種族:古代竜
備考:血を与えた人間を間近で観察するためバーストの元へと訪れた古代竜。普段は赤髪サイドテールの少女に扮しており、一見すると人間にしか見えない。バーストを補佐しつつも自身の目的を忘れて地上の生活を楽しんでいる光景が多々見られるかも……。
名前:ロードブル
性別:男
年齢:53歳
種族:人間
備考:キルロード家の執事。短く整えた黒髪に広いデコが特徴。グラスフォードの遠征に側近として同行していた。帰還後は寝た切りだったバーストの看病を懸命に行った。真面目な性格で当主であるラインハルトからの信頼も厚い。
名前:エドモンド
性別:男
年齢:21歳
種族:獣人
備考:若くして医学の知識に手を伸ばし医者になった青年。薬の調合を趣味と実益を兼ねて積極的に行っている。ロードブルの依頼により寝た切りのバーストを治療しようとしたが失敗。自身の無力さを実感し、より調合に力を注ぐようになる。姉のハレーは冒険者ギルドの職員として働いている。




