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チートだったら神さまになれるって本当ですか?  作者: 上野史華
チートだったら生徒会長になれるって本当ですか?
8/33

頑固親父と無愛想な彼氏の初対面

久々の再会をお互いに噛み締め、ゆっくりお互い顔を見る。少女らしさが抜け、大人っぽくなったけど奈月は奈月だった。奈月も私を確認して嬉しそうに微笑む。大人っぽくなったね、でも変わらないよって伝えたい。口をゆっくり開く。

「…なつ…」

「おぉ、熱い抱擁」

「うわっびっくりした。え?なに?ドラマ?」

どちらも奈月の声でも、私の声でもなかった。あまりにも熱い抱擁に周りが茶化すように話しているのにやっと気がついた。

お互い顔が熱くなって、とりあえずこの場を離れたかった。奈月も同じ気持ちだったのか、慌てて近くの駅ビルに行こうと私の手を引いて歩き出した。


その行動が6年前と変わらず口元が綻ぶ。


まって、誰よ、今「エンダーーイヤーー」って言ったの。まさにすぎてやめなさいよ。


駅ビルに入って人混みに紛れることができ、やっと顔の熱が引いたように感じた。

「ごめん、翠、見つけたら勝手に体が動いてて…周り全く見てなかった…」

照れるように奈月がボソボソと謝罪を述べる。そんな奈月がおかしくてノドがコロコロ鳴る。

「奈月がやってなかったら私が走り出してたよ。それにしても良くすぐわかったね。」

「わかるわよ。身長は伸びてるけどまんま翠だもん。翠はわからなかった?」

「すぐわかったよ。」

「ほら、そんなもんよ。ていうか、あそこで誰かエンダーーイヤーーとかいってなかった?」

奈月は笑いを堪えきれず語尾は言葉が震えていた。その話題のチョイスに興奮する。

「いってた!」

「うるさいわ!ピッタリすぎだわ!ってなった!」

奈月が思い出して笑い始める。それにつられて私も笑いが抑えられず二人で顔を近づけて笑い合う。

やっぱり奈月だったらあそこで同じこと思ってくれると思った。その感覚も懐かしく、でもそれはたった今、現在の出来事でそれがたまらなく嬉しかった。


ひとしきり笑い終えて手持ち無沙汰になり奈月に聞く。

「何も決めないで集まっちゃったけど、なにする?」

「そうだなーー昼ごはん食べた?」

「まだ!お腹すいた!」

「じゃあまずご飯食べよう。あそこから選ぼ。」

館内の案内が書いている大きなビジョンを指差し奈月が歩き出す。マップを見ながらレストランを探す。

「せーのにする?」

「そうだね。」

せーのとは小さい頃から何かに悩んだらとりあえず自分たちの好きなものを指差し、選択肢を2択にする方法だ。時たま1つになる時もあるけど…

「せーの!」

奈月は家系のラーメン屋、私はカフェを選んだ。

「えぇ、カフェ??」

奈月はそれはないわーと言いたそうに眉間に皺を寄せて怪訝そうに見てくる。

「いやだって、久々に会ったんだからゆっくり話したいじゃん。ラーメンって食べることに必死になってあんまり喋れないじゃん。」

こちらもラーメン屋は反対というスタンスを主張する。

「確かに…じゃあ間をとって定食屋は?」

奈月が妥協案を提示してくる。なるほど、しっかり食べれて、ゆっくりできるところですね。

「まぁ、悪くないでしょう。」

「よろしいですか?」

「はい、ではそちらで可決いたします。」

「ありがとうございます。ではこちらでございます。」

奈月にふざけながら案内され、定食屋に入り、席についた。

注文を終え、やっと落ち着いて話せるようになり、奈月がずっと気になってたであろう質問を投げかけてきた。

「…こんな言い方合ってるかわからないけど、どうしてあの研究室を出れたの?」

まっすぐこちらを写す瞳には不安がチロチロ揺れていた。もらったお冷を両手でつかみ、少し強く握っているのか指先は白くなっている。そうだよねいきなり閉じ込めたと思ったらいきなり出てくるんだもんね。

「なんかね、今年から中央生徒会っていうのを立ち上げるらしくて、それの会長をやれって。」

「あぁ、中央生徒会…あれに翠が選ばれたのね…」

奈月の目線が斜め下に動く、思い当たる節がある顔だ。

「あ、知ってるの?」

「私も誘われたのよ。断ったけど。」

「え?!断ったの!?なんで!?」

正義感の強い奈月だったら二つ返事で参加するかと思った…

「なんでも何も…6年前親友を奪ったこの国を助ける理由がないわ。」

呆れたように、突き放すように奈月が言う。そうだった。私たちはこの国に日常を取り上げられたんだった。

「あ、そっか…」

「そっかじゃないわよ。こっちが断ったのに当の本人がやるって…。」

まったくと呆れるように目線を私に向ける。グッと言葉が詰まり、言い訳ように言葉を放つ。

「だって、それが外に出る条件だったから…」

「本当に、この国はやること汚いわね。」

侮蔑する目線を手の中のコップに注ぎ嫌悪感をあらわにする。やっぱり奈月は6年前からこの国を恨んでいたんだ。奈月をこんな顔にさせているのは私のせいでもあるんだ。

「奈月…ごめん。」

「なんであんたが謝るのよ。ごめんは私の方よ。私はあの時何にもできなかった。逃げようって手を引いたのに、結局翠に守ってもらっていたんでしょ。」

守ってもらっていたんでしょ?あの時は奈月気絶していたはずじゃないっけ?

…あぁ、おっさんが余計なこと言ったのか…あいつ…背の高いヘラヘラした男を思い出し、腹が立つ。

「守ったとかじゃないよ、私も能力使いすぎて捕まっちゃったし。それにあの時、奈月に怪我させちゃったし…私さえ捕まってれば、あの人たちは奈月を傷つける必要はなかったんだもん。」

「それでも、力になれなかったのは事実で、逃げようって言ったのは私。翠は悪くない。謝る必要ないの。」

きっと何度も何度も繰り返し思ったんだろう。奈月の言葉は澱みなく真っ直ぐ私に届く。

「…あれから私はもっと力を使えるように勉強して、練習した。翠の力になれるように。翠をあの施設から出せるように。」

奈月の目線が熱くなる。奥に宿った固い決意を表すかのように。

奈月は小さい頃から考え方が変わらないなぁ…自分のことを甘やかさない。できないこと、足りないことを理解して努力を積み重ねる。私のヒーローは6年経ってさらに強くかっこよくなっていた。

「…と思ったら突然その本人から連絡が来て正直ビビったわよ。夢か勘違いか何度も何度も確認したわ。」

拍子抜けというふうにさっきまでの真剣な口調が崩れて、茶化すように話す。昨日の夜奈月からの返信が遅くて胸が締め付けられたのを思い出す。

「あぁ、だから返信遅かったのね。もう忘れられたのかと思ったさ。」

「そんなわけないじゃない。嘘かと思って電話したのよ。そしたらちゃんと翠の声が聞こえて、もっとビビったわ。」

呆れたようにやれやれと言う。びびったって感じじゃなかったけどね。そういうと奈月は必死になって否定するんだろうから心にしまっておこう。

奈月、ずっと忘れずにいてくれたんだ。忘れずに助けようとまだしてくれていた。そんなずっと変わらずいてくれたこの友人に言う言葉はごめんじゃなかったんだ。


「奈月、ありがとうね。」


「何がよ。」

「覚えてくれて、助けようとしてくれて。」

「当たり前でしょ。」

奈月は目を逸らし何言ってんのよと照れながら言う。その頬は少し赤みを帯びていた。6年間感じてたことを奈月に伝えれる。それが嬉しかった。

「奈月にとっては当たり前かもしれないけど、奈月が研究室に攻撃するたびに、あぁ、覚えてくれてるんだ、助けようとしてくれてるんだって、外に私の居場所まだあるんだって言ってくれてるようで…すごく助けられた。本当にありがとう。」

「私が襲撃してた事しってたんだ…」

「うん、ある人が教えてくれて…」

そうだった…。イレアのこと忘れてた…いつかは奈月も知ることになる。まだ研究室の研究員が近くにいること。ちゃんと説明しないとって思ったばっかなのに、何にも考えないできちゃった…。

まずいと思ったら、すぐに奈月に見破られる。顔に出ないように表情を固めたのに、逆効果だったらしい。

私の表情を凝視して、ニコッと笑い問いかけてくる。

「翠ちゃん?何を隠してるの?」

「えっと…」

こちらも何故か笑顔になってしまう。こわいよ!その笑顔怖いよ奈月!!

変な汗をかき始めた時、注文していた料理が届いた。

「ミックスフライ定食のお客様ぁ。」

「あ、はい、私です。」

小さく手を上げて奈月が答える。いや、わんぱくメニューだな。美味しいに間違いないけど。

それぞれの料理をおいそーとか、それちょうだいとか言いながら話しが変わり、胸を撫で下ろす。話題を逸らしてくれたミックスフライ定食に感謝。

昼を食べ終わり、フラーっと洋服を見たりする。

「奈月はよく服かうの?」

「いやー、普段は制服だからね。でもこうやってふらっと見るのは好きかも。」

キャップを試しに被りながら言う。

「めっちゃそれ合ってるよ。」

「ね。」

奈月の格好は真っ白なスウェットに、鮮やかなオレンジのパンツ、レオパード柄のスニーカーだった。

「奈月小さい頃"私はパンが好きです"って他の国の言葉で書いてあった服着てたのに…おしゃれさんになっちゃって…」

「やめなさいよ!翠だってジャージばっかりだったじゃない!」

「あれが1番動きやすくていいんだよねぇ。」

「あんたねぇ…でもそのデニムジャケットかわいいじゃん。」

奈月がなんとなしに褒めてくれる。それを横目で聞きながら、気になる服を手に取る。ハンガーを持ち上げディテールを確認する。

「そうそう、目に止まったし、トレンドだとかイレアが言うから…」

「イレア?」

後ろから奈月の疑問の声が聞こえる。

またも表情が固まる。え、私ってバカなのかな?

洋服から目線を奈月に移すため、振り返ろうと首を回す。恐る恐る振り返るもんだから、首からギギギッと音が鳴りそうなぐらい不自然に動く。

満面の笑みの奈月がいた。


怖すぎる。怖すぎるよ奈月さん。


「さっきも隠したよね?翠ちゃん??」

「あ、いやーー、そういうわけではないんだけども?」

自然と声が上ずる。隠すの下手くそじゃないの、私。

「うん、待ってて、これ買ってくるから、終わったらカフェ行こう??」

変わらず満面の笑みの奈月さんは被ったキャップを手に取り、にこやかな声で話す。カフェ行くって尋問スタートの合図だね?有無を言わさない笑顔の圧で思わず無言で首を縦に振る。

満足そうに買ったキャップを被りながら奈月は笑顔で

「じゃあ、いこっか。」

という。

「はい…」

としか言えない私は、奈月の後ろをただついていくしかなかった。


カフェに入り、奈月刑事の尋問がスタートした。

「で?何を隠してるの?」

笑顔の尋問官は単刀直入に聞いてきた。

「いや、隠してるつもりはないんだけどね!」

こちらも笑顔で答える。

「そうなんだ、で?イレアって誰?」

笑顔を崩さず追求する。緊張から喉が異常に渇き、アイスラテを飲もうと手を伸ばした。

奈月が私のアイスラテを自分の方に引き、私から遠ざける。

「ダメだよ?これ飲んだら言葉も飲み込むでしょ?」

張り付いた笑顔と言葉の温度が違いすぎる。本物のそれになってきてるじゃん…。

これは言うまで許してくれないな…。ここは、素直に言った方がいい…。幼馴染の勘が伝えてくる。

「えっとね、イレアっていうのは研究室の研究員で、今私のあれこれをやってくれてる人。今隣に住んでいて、メディカルチェックとか私の能力値の解析をして研究室に報告するのが仕事なの。」

ちゃんと、誤解のないように伝えないと。言わなければならないことを順番に伝えていく。

「…監視付きってこと?ていうか、あの施設のやつが近くに居るの?」

さっきまで笑顔だった表情が冷たく変わる。言葉の端から、表情から敵意が伝わる。

「名目は監視役だけど、イレアは悪い人じゃなくて…」

「悪い人じゃないのにあの施設にいたの?」

感情を出さないように淡々と質問を投げかけてくるが、言葉の節々に嫌悪の感情が読み取れる。

「翠…私研究室を襲撃する前に調べたの。あそこで何が行われてるか。もしかしたら、翠にとって必要なことをやってるのかもって。そこを襲撃するのは本当に私のエゴになるから。」

奈月のまつ毛がゆるりと下がる。思い出すように、辿るように目線が地を這う。

「でも、違った。あの施設は翠を傷つけるものでしかなかった。翠を人として扱ってなかった…!」

奈月の瞳が真っ直ぐ私に向けられる。

苦しむようなその目線は私に絡みついて問いかける。

「そんな施設の人間が悪い人じゃないの…?」


奈月、あの研究内容を知っているんだ。どこまで知っているんだろう。…正直、あんまり知られたくなかった。人としての尊厳を踏み躙られた事、親友に、あなたに知られたくなかった。


つい奈月から目を逸らしてしまう。

その事実より、すべきことがある。ちゃんと説明するって決めたんだ。

「イレアはね、ずっと反対してくれてたの。そんな研究しなくていい、するべきじゃないって。でもね、一人の意見じゃ沢山の意見の前には太刀打ちできなかった。ずっとイレアはごめんなさいって辛そうにしてた。」

「辛そうにしてたって、やった事実は変わらないわ。」

奈月が冷たく言い放つ。確かに結果を見ればそうなのかもしれない。でも、イレアは何があっても私のそばにいてくれた。それがどれだけ私の救いになったことか。

「そうだね。でも、イレアのおかげなくなった実験もあるし、何より、イレアが味方でいてくれたから、そばにいてくれたから私は壊れずに済んだんだよ。それもイレアの事実。」

たくさん辛いこと、嫌なこと、言葉で表せない人として蹂躙される感覚。耐えがたいものが溢れてたあの研究室でイレアは希望だった。すがることができる微かな光だった。あの光を思い出すと自然と安堵で頬が緩む。

「…。」

奈月が黙り込む。悩んでいるんだ、その人がどういう人なのか、自分の中でどういう立ち位置になるのか。

「イレアが、一緒に外についてきてくれて自由が手に入った。イレアは私に好きな人と好きなように過ごしていいって、奈月の連絡先を手に入れてくれたのはイレアなんだよ。自分しか知らない自分を持っていいって言ってくれた。変わってしまった私の感覚を普通にするのが自分の役目だって言ってくれた。」

この思いが真っ直ぐ奈月に伝わるように、奈月の目をとらえて離さない。

「奈月、私はイレアが大切で大好きなの。奈月にもイレアの良いところを知ってほしい。無理にとは言わないけど、奈月にもイレアのこと好きになってほしいんだよ。」

私の言葉を咀嚼するように奈月の目がゆっくり伏せられる。やがて観念したように目を開け微笑む。

「わかったわよ。つまりそのイレアって人を責めないでって言ってるんでしょ?」

「…そうだね。」

「だったらそう言いなさいよ。私、翠の大切な物傷つける気なんて無いんだから。」

そういう奈月の笑顔は少し大人びていて胸の奥がきゅっと締め付けられた。知らぬ間に奈月が理解のある大人になっていた。その切なさを目の当たりにさせる笑顔だった。

「ありがとう…。」

「当たり前じゃない、私あんたの親友よ?」

そうニコッと笑い形のいい歯を見せる姿は幼い頃の奈月のままで、少し安心する。

「でその人は今家で仕事したり、ご飯作って待ってたりするの?」

あれ?なんか、違う品定めが始まった?

「あ、うん、仕事してる。24歳なんだけどエリートだから、結構信頼されてるみたい。」

「まぁ、あんたの監視役に任命されるぐらいだもんね。」

「そうそう!」

「で、家事の方は?」

頑固親父ってより、姑って感じになってきたな…。

「掃除とか整理整頓とかは得意だと思う。いつもデスク綺麗にしてたし。料理はしないみたいだけど…」

「そう、仕事してるとそうなるか。」

あ、意外と理解ある姑じゃん。奈月がで?と続ける。

「ご飯はどうするの?」

「大体出前か、惣菜みたいだけど、食べない時もあるみたい。あ、私はお腹空いちゃうから何かしら買うつもりだけど。」

「結局惣菜じゃない。今日は?」

「今日は私がスーパーで惣菜を買うつもり。」

「わかったわ。」

奈月が何か理解したらしい。こういう時の奈月は少し危険だ。戸惑いながら奈月に聞く。

「え、なにが?」

「今日は私が私とイレアさん分作るわ。あんたは自分の分を作りなさい。そして教えるから一人で作れるようになるのよ。」

…??料理を教えてくれるって事だよね?奈月が奈月とイレアのを作って…ってことは…。

「え?今日来るってこと?」

「そうよ?」

「イレアは…?」

「もちろん、一緒にご飯食べるわよ。何かまずいの?」

やましいことがなければ行ってもいいでしょ?という圧を感じる。やましいことなんて万に一つもありませんけども…イレアが、ちょっと、大丈夫かな…


「ちょっとイレアに聞いてもいい…?」

「もちろん。」

上機嫌に返事をする奈月を怪しがりながら、リングを起動してイレアに呼びかける。


『あのーイレア、今大丈夫?』

呼びかけると少ししてイレアからの返事が聞こえる。

『大丈夫よ。どうしたの?』

『今日の夜ご飯なんだけど…』

『あぁ、友達と食べることになった?』

『まぁ、そうっちゃあそうなんだけど…』

言い淀む私にイレアが一拍置いて、次の言葉を急かす。

『何よ?』

『私の家でイレアも含めて3人で食べようって、今から家に行っていいかって…』

『…。』

『嫌だったら上手く断るよ??』

この一瞬で色々なことを考えたんだろう。きっと悪い想像も含めて。イレアがやだったら合わせるべきでないなと思い提案をする。

『そんな事できないでしょう…良いわよ3人で食べましょう。』

呆れるように呟き、何かを決めたように承諾した。それが少し気がかりで確認する。

『本当に大丈夫?』

『大丈夫よ。』

『わかった。用意できたらまた連絡するね。』

『ええ、よろしく。』

通信を切ると、両肘をテーブルにつけて両手で頬を包んでニヤつきながら奈月が待っていた。

「なんだって?」

「いいって…」

「さすが!じゃあ材料買って翠の家行くわよ!」

「うん…」

楽しそうに笑う奈月に対してジト目で見つめる私。全く何を考えてるんだろう…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あらかた準備が終わり後はメインの大物だけになっていた。


あと残すはオムライスの卵を焼くだけだ。奈月にあーでもないこーでもない言われながらミネストローネとチキンライスを作り終わった頃には正直もうへとへとだった。


「ここらからが本番と言っても過言ではないわ。」

気合を入れて奈月が言う。

「フライパンを温めて、卵を流し込む。焦げ付かないよう素早くかき混ぜ、ある程度焼かれたら形を整えるようにフライパンのハジでひっくり返す。形が崩れないことを確認したらチキンライスの上に置いて真ん中をぱっくりきる。そうしたらとろとろオムライスの完成よ!!」

あまりの勢いに釣られてしまう。

「はい!!」

「手本を見せるのでちゃんと見るように!!」

「はい!!!」

もはや料理教室というよりも軍隊の勢いだけどね…。そんな事真面目にやってる奈月に言えずにただ見つめていた。


熱したフライパンに手をかざし、こんなもんかと卵を流し込む。ジュゥッ卵が熱に当てられ声をあげる。素早く掻き回しとろとろオムライスのとろとろを作っていく。そこからはあっという間だった、綺麗形を整えたらそっと、でもすばやくチキンライスの上に乗せる。オムライスの卵は焼き目がついておらず綺麗な黄色だった。


「奈月、凄い!!めっちゃ綺麗!!」

「まだまだ、ここからよ。」

得意げに言いながらナイフをサッと真ん中に通す。

CMのようにトロっと中が溢れてくる。

「凄いです!先生!!」

「やめなさい、こんなことで」

満更でもない様子で手を軽く上げ賞賛を抑える。


「では翠くんやってみなさい。」

「はい!」

火加減を確認して、卵を入れ、焦げ付かないように素早くかき混ぜる。あら不思議、見事なスクランブルエッグの完成です。


「先生??」

「形作りなさいよ。」

「作ろうとしたんだけど…形にならなかったかな??」

「かな?じゃないわよ…それ私が食べるから、もう一回作りなさい。」

「はい!!」

火加減を確認して、卵を入れる。焦げ付かないように素早くかき混ぜたら、形を作る、フライパンの端で形を整えたら、あら不思議、綺麗な厚焼き卵の完成です。


「…先生??」

「早く乗せなさいよ。」

「なんか、崩れてしまいそうでのせられなかったかな??」

「かな?じゃないって…それはあんたが食べなさい。」

「はい…」

「じゃあできたからイレアさん呼んで。」

こんな失敗作見せるの恥ずかしいけど…冷めちゃうしね…


『イレアーーご飯できたよーー』

『今行くわ。』


少ししてベルがなった。

パタパタと玄関にいきドアを開ける。律儀にイレアが待っていた。合鍵を持っているけれど朝の話の通り、気を遣って入って来ないのだろう。


「イレア!ごめんね、お待たせ!」

「全然。こっちこそご飯作ってもらって悪いわね。」

「ううん!もうできてるから中にどうぞー」

「ええ。」

心なしかイレアの様子がいつもと違う。観察してるような、探っているような。きっと奈月を探しているんだろうな。

どうしよう。どんな感じになるんだろう。私の中で燻ってた不安が大きくなる。


玄関から少し歩きリビングのドアを開ける。


リビングに行くと奈月がお茶を用意してくれていた。ドアの開く音に反応した奈月が半身をこちらに向けて笑顔で挨拶する。


「あ!はじめまして、染谷奈月です。」

「はじめまして、イレア・ユーリアルです。」

お互いに初対面の挨拶を無難に済ませる。ただ、笑顔の奈月に対して、真顔のイレアにドキドキする。イレア無愛想だからなぁ、そんなことで怒る奈月じゃないけど、なんだか怖いよぉ。一人で戦慄しながら2人を見守る。


テーブルには作ったミネストローネとオムライス、サラダがそれぞれ置いてある。

奈月が作った綺麗なオムライスの隣には厚焼き卵オムライスが置いてあり、より厚焼きたまご感が際立っていた。


それを目の前にしたイレアが厚焼き卵とスクランブルエッグを凝視し、最後にオムライスをみて聞いてきた。


「…スイ、今日のご飯はオムライスかしら?」

「…うん、そうだよ??全部オムライスだよ??」

「…そうね。美味しそうだわ。」

イレアは全く心がこもってない言葉をツラツラ並べる。否定せずにいてくれるだけいいか…。

そのやりとりに奈月は顔をそらして笑いを堪えてる。先生、そこはフォローしてくれるところじゃないですか?

「イレアはここね。」

イレアには奈月作のトロトロオムライスの席を案内した。流石に、1番いいのを食べさせてあげたい。

席に付かずイレアが個性豊かなオムライス達を眺めて聞いてくる。

「…これとこれはスイが作ったの?で、これがソメヤさんの?」

「すぐわかるのやめてよ。」

的確に正解を言い当てる。もはや恥ずかしさすら浮かばないほどスラスラ当ててきた。

「…ぷっ!」

奈月が笑いを堪えられず吹き出した。先生、ひどいです。

「そしたら、私ここでいいわ。」

イレアが座ったのは厚焼き卵が置かれてる席だった。

「えっ!!ちゃんとしたやつ食べなよ!」

「あなた、これがちゃんとしてない自覚はあるのね。」

的を得た指摘にえへへと照れたように笑うとイレアがシラーとした目線を送ってくる。はぁ、と呆れたようにため息を吐き諭すように話す。

「スイがちゃんとしたものを食べなさい。それに自分が作ったのを食べるより誰かに作ってもらったのを食べた方が美味しく感じるわよ。」

確かに奈月が作ってくれたものの方が嬉しいし美味しいと思う。実力的にも。

「それもそうか…じゃあお言葉に甘えて、トロトロオムライスは私がいただきます!」

「ソメヤさんも大丈夫?スクランブルエッグのになってしまったけど。」

奈月は笑いを堪えすぎて、涙を指で拭きながら答える。

「ええ、元々そのつもりでしたし、イレアさんの理論でいくとスクランブルか厚焼きかなのでスクランブルの方がまだオムライス感ありますし。」

「ちょっと、まだって何?」

眉間に皺を寄せて不服だとアピールする。

「まだって、ねぇ?」

奈月がイレアに目配せする。

「まぁ、そうね。」

「イレアまで!!」

さっきまでこっちは二人が仲良くできるか不安だったのに!!徒党を組むなんて…!

「まぁ、これから上手くなればいいじゃない!早く食べないと冷めちゃう!」

奈月が気を取り直したように言う。それもそうかと席に着く。

「じゃあ、いただきます。」

「いただきます!」

「いただきます。」


各々好きなものから食べ始める。

イレアがオムライス(厚焼き)にスプーンをいれ、器用にチキンライスと卵を一緒に乗せる。それを落とさないようにゆっくり口に運ぶ。何回かの咀嚼の後、飲み込む。


「…どう?」

恐る恐る聞く。人にご飯を食べてもらう経験なんて皆無に等しく、緊張してしまう。

「そんなに見られてると食べずらいわ。」

「そういうことを聞いてるんじゃないよ!」

イレアが意地悪そうにクスッと笑う。こちらの方を向き、口を綻ばせた。

「凄く美味しいわ。」

その言葉に自然と口角が上がり、喜びと安堵が一緒に出てくる。

「よかったぁ。」

「良かったわね、翠。」

奈月が優しく言う。昔から奈月はしっかり者でお姉さん気質が強かった。今もそれは変わらないらしくお姉さんのように言葉を紡いだ。関係性が変わってない証拠のようでそれが嬉しかった。

「うん!奈月は?どう?」

「私は作ってる過程見てたから、あれだけど、ちゃんと美味しいわよ。」

「良かったー!同じようにやってるつもりだけど全然同じじゃないんだもん、不安になったよー。」

困ったように話す私に奈月がクスクス笑う。

「まぁ、練習すればできるようになるわよ。」

「そんなもんかな?でも、奈月の作ってくれたオムライスすっごく美味しいよ!凄い練習したんだね!」

「そうね、結構失敗したりしたけど、厚焼き卵にはならなかったわ。」

また、笑いを堪えるようにほっぺを膨らませる。

これは結構引きずられるな…こうなった奈月はしつこい。話を変えよう。

「そういえば、なんで料理なんてしようと思ったの?さっき聞いたら奈月の学校寮だよね?」

「…っ!いっ、いいじゃない別に!」

あ、この反応は…ついついニヤリとしてしまう。

「え?なぁに?もしかして、好きな人に作ってあげようとしたの?」

「なっ!!」

奈月の顔がみるみるあかくなる。わっかりやすいなぁ。可愛い親友をニタニタ見つめる。

「図星かぁ、愛ですなぁ。」

「う、うっさい!!別に!自分で食べたかったから作っただけで!食べたいっていうからついでに作ってあげただけで!」

壮絶な言い訳をするなぁ。そんなに恥ずかしいのかぁ。そうかぁ。そんなに好きかぁ。

「へぇ、なに?もう付き合ってるの?」

揶揄うように聞くと、奈月の表情の温度が少し下がったように頬が落ちた。

「いや、まだ…」

下を向いた奈月の顔から赤みが薄らいでいく。

「あら、ご飯を作ってあげるような仲なのに付き合ってないのね?」

特に興味を示してなかったイレアが突然入ってくる。料理を作るような仲って結構深い仲なのですね!

「まぁ、はい…」

初対面のイレアには反抗できない奈月は素直に答える。

「何?告白待ちなの?奈月らしくない!自分からガンガン行こうぜ!」

興奮のあまり謎のテンションになった私に奈月とイレアから冷ややかな目線を貰う。コイツは…という目線をしっかりいただいたのでしばらく黙っておきます。

「告白はしてもらってて…私がちゃんと答えられてなくて…」

「え?なんで?好きじゃないの?」

黙っておこうと思った矢先思ったことが口から出ていた。

イレアが冷たい目線をこちらに向けている。黙ってなさい、そう言っていた。ごめんて…。

「いや、そういうんじゃなくて…」

じゃあなんだっていうの!!そう言おうとしたらイレアの目線がさらに冷たくなって私を黙らせる。

「整理がつかないことがあったりするものね。」

イレアが大人の発言をする。

「え、イレアはわかるの?」

「わかるわよ。大人だから。」

そういうイレアの横顔は奈月を優しく見つめていた。なんだかその眼は奈月を慰めるように向けられている。

「…私の方が奈月のこと知ってるんだからね。」

なんだか奈月を取られたようで悔しくて負け惜しみを言った。

「わかってるわよ。」

なだめるように、私の頭を撫でる。なんだか今日のイレアは一段と大人だ…。


そんなやりとりを奈月が観察するように見つめていた。やっぱり、奈月、イレアがどんな人かチェックしにきたんだ。奈月も心配性だなぁ。


ご飯も食べ終えて、時刻は20時を回ろうとしていた。

「そろそろ奈月帰らないとまずいんじゃない?」

「あ、ほんとだ。一応21時が門限になってるからそろそろ帰ろうかな。」

「じゃあ…」

送っていくよと言おうとした時、イレアが割り込むように話し出した。

「スイ、そろそろメディカルチェックもしなきゃいけないから着替えてきなさい。」

「え?今?」

「何度も上がったら下がったり面倒でしょう?」

「まぁ、それはそうだけど…」


一階下がるだけだから別にそこまで手間じゃないけど…


「着替えてきなさい。」

「わかったよ…」

エリートは無駄な行動が嫌いなのか…渋々着替えに向かう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

スイが着替えに向かったのを確認して、ソメヤさんに目線を向ける。

「スイが気になって、告白を受けれなかったの?」

突然さっきの話に戻り、ソメヤさんは目をぱちくりさせ、ああ、あの話かと思い出したようだった。

「はい…スイが辛い目に遭ってるのに私だけ幸せになっていいのかなって…まぁ、料理の練習したり、デートしたりしてたので言ってるだけって感じですけど…」

曖昧な笑顔を取り繕って話す姿はスイにそっくりだった。相手を気まずくさせないように、深刻にさせないように作る笑顔。

自分を責めているのねこの子は。スイを守れなかった自分が、あそこから助けられない自分が許せない。


私と一緒だ。


スイが決してそれを望まないとわかっていても、自分が許せない。幸せにならないことが償いにならないとわかっていてもそれを望めない。この罪を償いたい、罰を受けて楽になりたい。いつのまにか大切になっていた彼女を助けることができない、それが1番の罰で1番の罪だった。

「でも、もうスイは外の世界に戻りつつある。確かに中央生徒会をやらなきゃいけないけど、スイなら問題ないわ。」

「そうですか…?危ないことも多いと聞きました。」

「そうね、でもスイに足りないものは私が補うわ。あの研究室に戻らせない。それが私ができるあの子への精一杯。」

ソメヤさんは考えるように目を伏せ、その意志の強さを表してるような瞳が真っ直ぐこちらにむけられた。

「…そうですね、私も協力します。」

その言葉には、もう二度と罪を重ねない。あの子を奪わせないそんな意志がはらまれていた。その様子に頬が緩む。自分の大切な子を同じくらい大切にしてくれる人。その存在が心強い。

「あら、ありがたいわ。アリストタリア第2位が第1位をサポートするなんてまさに鬼に金棒ね。」

私の言葉に目を丸くさせる。

「知ってたんですね。」

「さっき名前。ナツキ・ソメヤと言ったらこの国で知らない人はいない有名人じゃない。それに、あの襲撃の威力をみたり、能力をみればね。」

「その節は、お邪魔しました。」

「本当よ。毎回、大騒動だったんだから。」

えへへと笑って誤魔化している。

全く、この子もスイも危ないこと平気でやるから怖いのよ。

でも、まぁ。

「だから、あなたも幸せになっていいの。スイの生活は私が支えるし、あなたも手伝ってくれるのでしょう?心置きなく彼にいい返事を聞かせてあげて。」

頬を赤らめて動揺したように目が泳いでいるが、何か考えた後こちらを見つめていった。

「はい。ありがとうございます。スイのこと、よろしくお願いします。」

「ええ、こちらこそ。」

きっとこれは契り。お互いの大切なものをお互いに全力で守ろうという約束。


一人であの子を、あの子の世界を守れるだろうか、正直あの施設から出た時からこの不安を抱えていた。でも、いまは一人じゃない。これほど頼りになる味方はいないだろう。胸がゆっくりと暖かくなっていく。久しぶりの安堵を感じた。


「お待たせー。着替えたよーー。」

話題の中心が帰ってきた。

着替えたまま髪の毛をとかさないで来たようだ。綺麗な銀髪が不自然な方向に流れてる。

まったく、この子は…


「髪、はねてるわよ。」

手で軽く整える。スイの髪は柔らかくふわふわで、ついつい触りたくなってしまう。

スイは照れたようにえへへと笑いお礼を言ってくる。

その仕草は年相応の女の子で、世界から重すぎる期待を一身に背負うにはやはり過重で、そこから逃れて普通に生活して欲しいと心から思う。


しかし、それはまだ叶わない。


世界がそれを許さない。せめて、私のできること、守れる範囲でこの子を大切にしたい。そう思わせるほどに、彼女を傷つけるものが多すぎる。彼女が我慢しなくていい世界になるまで、私が支え続ける。これは私の中の絶対的な決意。


私の様子がおかしいと思ったのかスイが顔を覗き込むように見つめてくる。大きく綺麗なエメラルドグリーンの瞳、ふわふわの銀髪、キメが細かい柔らかな肌、神様が作ったような整った顔立ちが心配そうな表情をしている。


「イレア?」


「あぁ、ごめんなさい、髪の毛がふわふわで小さい頃飼ってた犬を思い出して。」

「ちょっと!心配して損した!!」

適当な嘘に、まったくもう!と怒っている姿を見て安心感を覚える。彼女は今日常の中にいるのだ。

ソメヤさんがやり取りを微笑ましく見ている。きっと私も同じ表情をしているんだろう。


そろそろ彼女を帰らさないといけない時間だ。


「じゃあ、下に向かいましょうか、車で送るわ。」

「え、悪いですよ。元々能力で飛んで帰るつもりでしたし。」

「ナツキそんなこともできるようになったの?」

「そうよ、スイがいない間でも進化してるんだから。」

そういう彼女は自慢げに胸を張る。スイはソメヤさんが第2位だという事を知らないのね。ソメヤさんを見ても特に気にしてないように、私の目線を不思議がっていた。スイもそうだった。この子達は自分の能力に重きを置いてないのだろう。自分を構成する一つにすぎない。それをわざわざ言わないのだ。


「さすがナツキだなぁ。そしたら、じゃあバルコニーから出た方がいいのかな?」

「そうね、一回降りると飛ぶのちょっと力いるのよね。」

「わかる、わかる。じゃあすぐそこだけど送るよ。」

同種類のアビリティ保持者にしかわからない会話を交わしながら、二人はバルコニーに向かう。

「あ、イレアは準備があるよね?寒いし、私が送るから大丈夫だよ。」

気遣いだけではない含みを感じる。きっと何か話したいことがあるのだろう。

「そう。そしたらお言葉に甘えるわ。ソメヤさん、今日はありがとう。会えて嬉しかったわ。」

「ええ、こちらこそ、会えて良かったです。これからよろしくお願いします。」

屈託のない笑顔をこちらに向けてソメヤさんは手を振る。こちらも手を振りかえす。今日一日でこの子とスイが友達な理由がわかった気がした。


スイが私たちの顔をチラチラと見ているのに気がつく。スイはスイで私たち二人の関係を気にしていたんだろう。


スイ、あなたが思ってたよりずっと私たちはすぐに分かり合えたわよ。そもそも心配なんていらなかったのよ。


だって、大切に思うものが一緒なんだから。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

部屋から出てバルコニーの外に向かう。

20階の外ということもあって風が強く感じる。


「流石にまだ寒いねぇ。」

「そうね。まぁ、私は火が使えるからあんまり関係ないけど。」

「あ、そっか、でもこの風だと飛ぶのは大変でしょ?」

「まぁね。でも、そんなに大したことないわ。」

奈月がなんの気も無しに言う。奈月の肩まで伸びている髪の毛は風に弄ばれていたが、奈月はそれを気にしてる様子はなかった。

「で、イレアはどうだった?」

「なんの話?」

「とぼけるのやめてよ。イレアを見にきたんでしょ?」

「やっぱりバレてたかぁ」

えへっととぼけたように笑う。そんな奈月をジトーと睨む。

「ごめんて。」

困ったように笑って謝罪をする奈月に、もう、と呆れたように微笑む。

「想像してたより数倍良い人だったよ。翠の事もちゃんと考えいるし、きっと私と考え方が似ていると思う。」

そう言う奈月はいつのまにか闇に包まれていた空をまっすぐ見つめていた。その横顔はなんだか、大人っぽくて、言葉以上に色んなことを考えているようだった。

「だから言ったじゃん、良い人だよって」

奈月ばっかり大人になっているようで、拗ねるように言ってしまった。

その様子を見て、仕方ないなと困ったように笑う。

「だって翠、昔から人を見る目ないから、すぐ人のこと良い人って言うじゃない。それに、研究室って独特の空間にいたから良いも悪いも判断が難しいし、騙されてないかなぁって自分の目で見たかったのよ。」

騙されてか…胸の奥がガリっと引っ掻かれた痛みが走る。

「騙されてないよ。」

大丈夫。私は正しくイレアを理解できてる。

「イレアが優しくて、責任感が強い事も知ってる。一緒にいてくれるのも、優しくしてくれるのも、イレアの罪悪感と責任感からだってわかってる。なんでもない私にそんなに感じてくれる。やっぱりイレアは優しくて良い人だよ。」

言ってると胸に痛みが走り、その感覚がジワァと広がっていく。喉が締め付けられ、その軽い痛みからついつい下を向いてしまう。


「あんた、それ、本気で言ってんの?」

奈月の声が重く響く。奈月少し怒ってる。

「うん、そうだよ。」

怒っている奈月に怯まずまっすぐ応える。

「翠、あんた、やっぱり人を見る目ないわ。」

奈月は、はぁぁと深いため息を吐くと呆れたような目線を送って一言。

「イレアさん、可哀想っ。」

「なにそれ。私イレアと6年間一緒にいたんだよ?奈月よりイレアのこと知ってるよ。」

カチンと来た。イレアを1日でとられたようでムキになって言い返す。

「知っててもわかってないのよ。でも、まぁ、仕方ないか。」

「仕方ないって何。」

「私とイレアさんは状況が似てるもの。いやでも気持ちがわかるのよ。」

「似てる?」

「そうよ、大切な人を守れないもどかしさを知ってるの。」

奈月が私のおでこに人差し指を突き立てて言う。その顔は苦しそうに微笑む。

「で、あんたはそれを知らない。」

ピンっとおでこをはねられる。

「正直、本当のところはわからないわ。でも、イレアさんは今、あんたを大切にしてる。その事実だけは素直に受け取りなさいよ。」

はねられたおでこを抑え、奈月の言った意味を考える。

大切にしてくれてる事を、ただ受け止める。確かにそうしたら胸の痛みは無くなっていった。余計なことを考えても、それは憶測にしかならないと言いたんだろう。

「わかった?」

諭すように聞いてくる奈月に、子供のように答える。

「…うん。」

「素直でよろしい!」

満足そうに笑う奈月が月に照らされて、なんだか本当に宝石のようで、無くさないように大切にしまっておきたくなった。

「じゃあ、また暇な時連絡して!学校始まったら放課後遊びに行くわよ!」

カラッとしたその口調は幼い時と同じだった。変わらない事も変わった事もある。その当たり前が少し胸を締め付けた。

「うん。今日は本当にありがとう!気をつけて帰って!」

「うん!お休み!」

そう言って奈月はマンションから飛び降りて手のひらに炎を灯し飛んで行った。


部屋に戻るとイレアが準備を終えて待っていた。

「ずいぶん長いお見送りだったわね。」

「あ、ごめん、待たせたよね。」

「私は待ってないわ、外寒かったでしょ。身体冷えてない?」

イレアの優しさにさっきの会話を思い出す。罪悪感と責任感だと言った私に奈月はイレアが可哀想だといった。


そしたら、じゃあ、純粋に私を大切に思ってくれてるの?


その甘い期待に縋るにはあまりにも甘美で、否定された時の恐怖が大きすぎて手を伸ばせない。それに縋らない自分が情けなくて胸が痛くなる。

『イレアさんは今、あんたを大切にしてる。その事実だけは素直に受け取りなさいよ。』

また、奈月の言葉を思い出す。この事実だけを受け止める。そうしたら痛くないし怖くない。やっぱり奈月は凄いなぁ。


「スイ?どうかした?」

ぼーっとした私にイレアが心配そうに聞いてくる。

それもなんだか嬉しくて、それを言葉にすることができなくて、ただイレアにそっと抱きつくことしかできなかった。


イレアはびっくりしたのか最初は固まっていたけど、私の頭と肩に手を伸ばし、包み込むように優しく抱きしめてくれた。

イレアの匂いがする。少し甘くて柔らかい匂い。優しい匂い。安心する匂い。


「どうしたの?」

いつもと違う様子に、優しく問いかけてくる。その優しい響きが耳の中で反響する。


「…イレア、いつもありがとう。」

全然返答になってない。でも今はそれで許してほしい。あまりにも甘すぎる期待をするにはまだ私は臆病で、その真相をイレアに問いかける勇気もない。

「急に何よ。」

言葉とは裏腹に優しく呟く。

「…なんだかイレアと奈月が仲良くなってて、私にはわからないことわかりあってて、二人が二人に取られちゃいそうで。」

嘘じゃないけど、本当の理由じゃない。そんな様子を見てイレアは追求をやめた。

「やっぱり意外と独占欲強いのね、スイ。」

「…うっさい。」

いつか、その甘い期待を確かめれる日は来るのだろうか。その日はもっと私が強くならないときっと訪れない。人を信じれるように、勇気を持てるように。そうなればきっと、私はイレアに真実を聞けるんだろう。

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