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チートだったら神さまになれるって本当ですか?  作者: 上野史華
チートだったら略奪できるって本当ですか?
32/33

責任

目を開くと、見慣れない天井が私を見下ろしていた。

あぁ、そうだ。昨日アマミさんの家に泊まったのだった。

少しずつ起きて行く身体を感じながら身じろぎをすると枕や布団から優しい匂いがした。太陽の香りと少し甘い香りが混ざったアマミさんの匂い。

見慣れない景色に安心しようと布団を被り直し、枕に鼻を埋める。この匂いが優しい香りだと思うのは、きっと彼女がいつも微笑んで、手を差し伸べてくれるから。彼女の温かさが胸に流れ込んできた時、冷たい罪悪感がそれを堰き止めた。


昨日はそんな彼女が私のせいで傷つきそうになっていた。


危なかった。あの時生徒会長室に行かなかったら、アーリアに会わなかったら、私は自分を許せなかった。

それなのにアマミさんは昨日の一件で自分が私の将来を壊したと言っていた。そして、同時に私は何が大切でどうしたいか、考えて欲しいとも。


前にアマミさんと話している時、オルネラスの理事長になる事は私にとって大切なんだと彼女に言われた。

その時、私は素直にそうだと頷けなかった。私にとって理事長になるということは、フェルバーグ家にとって当たり前のことで、私と父を捨てた母への反抗の手立てだった。それを“大切”と煌めく宝石みたいな言葉にしまっていいのか私にはわからなかった。


だからこそ昨日アマミさんに言われた事は、私にとっては何よりも難問だった。

理事長になろうと思ってから今まで、それが大切かなんて考えていなかった。いや、考えることから逃げてきた。

それで構わないと思っていた。周りが、自分が、それを望でいる事だから、大切かなんて別に必要じゃなかった。選択肢としてそれ以外なかったから。

そこに選択肢が増えてしまった。私が本当に大切なこと、どうしたいのか。彼女は何が何でもそれを叶えると言ってくれた。きっとその約束は果たされる。だからこそ答えを出せない。

考えが堂々巡りに入った頃、リビングで何かが動き出したのがわかった。


きっとアマミさんが起きたのね。

その物音に反応して扉を開ける。

アマミさんと目が合い、へにゃりとその顔が柔らかく微笑む。

「マイ、おはよう。よく眠れた?」

「…ええ。」

心なしか覇気がない気がする。そんな彼女を見ていると大きな口を開けてあくびをするのを見た。

「眠れなかったの?」

私の問いかけに眉毛を上げ眠そうな瞳を無理やりこじ開けながら答える。

「違う違う、寝起きが良くないの。」

そう言ってアマミさんはあくびをしながら、引き締まったお腹をかく。

…なるほど。髪を元気に跳ねさせるその姿を見て納得する。

そんなことを思っていたらチャイムが鳴った。

一瞬アマミさんの動きが止まったように見えたが、それを隠すようにすぐに返事をして玄関に向かう。

廊下から戻ってきたアマミさんの後ろにはイレアがいた。

「マイ、おはよう。ちゃんと眠れた?」

「ええ。イレアありがとう。」

その会話を横目にアマミさんがソファにぽすんと座る。その様子にイレアが呆れたように見つめる。

「スイ、準備しないとお迎え来るわよ。」

「…わかってるよぉ。」

再びあくびをしながら元気にあちらこちらを向いている髪の毛をかきながら洗面台に向かう。

全く…とため息混じりに呟くイレアを見るとその瞳の奥では心配がゆらゆらと揺れていた。その様子を見ていた私に気がついたのか微笑を浮かべながら言葉を紡ぐ。

「何となく、心配なのよ。これだけ普通の生活に馴染んできたあの子がまた研究室に行くのが。」

「そう…よね。」

私のせいで…。

そう思うと朝から居座っている罪悪感が胸をちくりちくりと弄ぶ。

そんな私を眉毛を垂らし、困ったような呆れたような表情を浮かべてイレアが優しく見つめる。何かを言おうとして口をつぐみ、フッと微笑む。

「朝ごはんはパンでいいかしら?」

「…ええ。」

そう言うとイレアは朝ごはんの準備をしてくれる。

何をしていいのかわからず椅子に腰掛け、イレアの様子を見つめる。

トースターにパンをセットして、ドリッパーにコーヒーの粉を入れる。沸かせていたお湯を注ぎ、少し蒸らす。パンが焼けるまでゆっくりコーヒーを淹れる。

そんな様子を見ながらふと外を見つめる。


今日もいい天気だった。

まだ白さの残る光がレースのカーテンをすり抜けて儚げな光を部屋に入れる。

まるで普通の日。昨日の事がなかったかのように穏やかな時間が流れる。今日も世界では日常が繰り返されているのに、私だけが違うところにいるようだった。


今、私は、私の日常は、変わり始めてる。変化の真っ只中にいるはずなのに、ゆっくりとした時間が流れる。二人がそうしてくれてるんだろう。

そんな優しい時間を尊く感じて、五感に焼き付ける。コーヒーと焼けた小麦の香り。洗面台から聞こえる水音とキッチンから食器の当たる音が聞こえる。朝日のゆらめきと暮らしの中にいる二人の背中が眩しい。

きっと二人の日常はこうなのだろう。それに私が存在しているだけ。それが嬉しかった。

アマミさんは準備が終わったのかやっと椅子に腰掛け、ちょうどイレアがパンとコーヒーを目の前に置く。アマミさんのマグカップにはミルクが入れられているのかブラウンの液体が芳ばしい香りを放っていた。

「マイ、ミルクとお砂糖は?」

イレアの言葉に私も確かにここいるのだと安心する。

「大丈夫よ。」

「ブラックでいけるの?大人だなぁ。」

私の返事に感心したように呟くのはアマミさんだった。

「ブラックの方が好きなの。お腹にたまらないし。」

「…逆に?」

アマミさんの言葉に首を傾げる。

「…なにの?」

「お腹、満たしたくない?常に満たしておきたくない?」

「気持ち悪くないかしら?」

「ない。」

はっきりと答えるアマミさんを感心するように見ていると、イレアが呆れたように呟く。

「子供と大人の会話ね。」

「待って、私は年相応だから呆れられることはないと思うの。」

イレアの呟きにすぐさまアマミさんが抗議を入れるが、見事に無視をされていた。

アマミさんは、なんだよ、もうと不貞腐れながらもイレアの準備してくれた朝食を食べ進める。

イレアがビジョンを見ながら作業をして、アマミさんが朝食を食べる。平凡な朝だった。

それを崩したのは訪問者を知らせるチャイムの音だった。

イレアの時と同じようにアマミさんが一瞬動きを止める。イレアは無言で立ち上がりモニターを確認して、応対ボタンを押す。

「今行くわ。」

「お待ちしております。」

こちらからはモニターがうまく見えなかったが、きっと研究室の職員だろう。アマミさんを見ると残ったパンを皿に置き、パン屑がついた手をお皿の上でサッと払う。

「ごめん、イレア、パンもういいや。」

「…わかった。片付けておくわ。」

「悪いねぇ。」

ニヘラと気の抜けたような笑顔を作り、立ち上がる。

アマミさんは玄関に向かう途中こちらに振り返り、真剣な面持ちでこちらを見つめる。

「マイ、今日は絶対に学校に行かないこと。研究室からじゃ駆けつけられないから。」

その真剣な眼差しを受け止めるように頷き、返事をする。

「…わかったわ。ここでアマミさんが帰ってくるのを待ってる。」

私の言葉に虚を突かれたように軽く目を開き、春の陽射しのように暖かな笑顔を見せる。

「…うん。行ってくるね。」

「いってらっしゃい。」

そう言ってアマミさんは部屋を出ていき、それに着いていくようにイレアの背中も見えなくなっていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

部屋を出てスイとエレベーターを待つ。スイは先ほどからしきりに両手を握り合わせ、自分の存在を確かめるように力を入れては、緩めを繰り返していた。

「…大丈夫?」

私の言葉に顔をあげて、困ったように微笑む。

「大丈夫、大丈夫。ちょっと久々だから緊張してるだけ。」

「そう。」

久しぶりにその笑顔を見た。研究室にいた時は何度もその笑顔を作り私を安心させてようとしていた。

エレベーターが来て、それに乗り込む。ボタンを押し、何気なくスイを見るとまた手を握り合わせていた。

またこの子は一人で耐えようとしている。

その姿に、そしてそれを今も何もできないもどかしさが胸の中で重く渦巻く。

「イレア。」

名前を呼ばれて振り向くとスイが困ったような笑顔を浮かべながら私を見つめる。

「心配かけてごめん。」

「…っ。」

その表情に、言葉に胸が締め付けられ、息が漏れる。

「勝手なことした。また、イレアにそんな顔をさせちゃった。」

伏せ目がちにつぶやくように紡がれる言葉に、耐えるように唇に歯を立てる。

この子はまたそんなことを気にしている。本当は怖くて、自分の事でいっぱいいっぱいなのに。

昨日叩いた左手を責めるように握りしめる。

「そんなこと、気にしなくていいの。ただ、ちゃんと帰ってきてくれればいいから。」

「うん。帰ってくるよ。イレアのところに。」

噛み締めるように呟かれた言葉は、自分に言い聞かせるようでも、願いのようでもあった。

スイの固く握りしめられている両手にそっと触れ、その我慢が少しでも楽にならないかと私に肩代わりできないかと思った。

「スイ、やっぱり私も…。」

「ううん。無理矢理着いてきたらイレアの立場が悪くなるでしょ?そうしたら本当に一緒に居れなくなっちゃうかもしれないから。」

固く握られていた両手がぎこちなく解かれ、私の手を包み握りしめる。

吐き出された息は湿りをはらみ、震えていた。

「…それが1番怖い。」

私の手を包み込んだその両手は細かく震え縋り付くようだった。

「だから、一人で大丈夫。イレアはマイをよろしく。」

そう言って困ったように微笑むスイに私は絞り出すように返事をする事しかできなかった。

エレベーターが地上につき、扉が開く。

ロータリーまで進むとネイビーの見覚えのある車が止まっていた。その前にはビートが時計を確認しながら待っていた。

「待たせたわね。」

そう声をかけるとスイをちらっとみて、気にも留めないようにこちらを見る。

「イレアさん。おはようございます。今回は私が監督者になりますので、よろしくお願いします。」

挨拶する相手も、よろしくする相手も私ではないのに彼は気づいているのだろうか。いや、気づいていてもこの人ならきっと気にしない。

それにつっかかる事は時間の無駄だとわかっている。きっと彼は考えを改めないし、最悪スイに飛び火しかねない。

「…よろしく。」

「はい。」

そう言って微笑みを浮かべるその表情に嫌悪感を抱きながら後部座席のドアを開きスイを乗せる。

「スイ、夜になっても帰って来なかったら私も研究室に行くから。」

「うん。じゃ、行ってくるね。」

「ええ。いってらっしゃい。」

そう言ってお互いに作り笑いを浮かべる。お互いがお互いに安心して欲しいと思っているんだろう。同じこと考えていると思うと本当の微笑みが溢れ、愛おしさからスイの白銀の髪をサラッと撫でる。

スイも照れたように笑ったのを確認して、ドアを閉め車が出るのを見守る。

離れていくその車をただ見送ることしかできない事が、虚しくて、胸の中に穴が空いたようだった。


部屋に戻るとマイがコーヒーカップを両手で包み込み、じっとテーブルを見つめていた。心配なのか不安なのか、それとも罪悪感なのかマイの表情は硬く、それでいてすぐ壊れてしまいそうだった。そんな彼女を壊さないようにできるだけ柔らかく声をかける。

「マイ、ただいま。」

「…おかえりなさい。」

目を細めて痛みに耐えるように、顔が苦痛の色に染まる。

マイが薄く口を開く。

「アマミさんは大丈夫かしら…?」

紡がれた声は震えながらか細く私に届く。その回答をどう表現すれば良いのか、事実を伝えるべきなのか、励ますように希望的観測を伝えるべきなのか悩んでしまう。

思案しているとマイが話し始めた。

「ジル中佐の事件の時、アマミさんは説得するために研究室の話をしていたわ。」

ぽつりぽつりとどうにか紡がれる言葉には心配と罪悪感が共存していた。

紡ぎ続けるマイを見つめる。マイは躊躇うように、恐るように薄く息をする。

「手足を切断されたり、潰されたり…。生殖活動を強要されたと…。」

その言葉にあの研究室での日常が勝手に再生される。

響き渡るスイの絶叫。痛みに耐えることができず目を見開き、身をそり返す。脂汗は止まらず吐き出し、生理的な涙が溢れる。

自分のアビリティを使いその傷や欠損を直した後、力無く震えながら呼吸をしていた。汗や涙でぐちゃぐちゃになったまま、いつもの宝石のような瞳は濁り虚空を映していた。

そんなスイに駆け寄ることもせず、ただただ映し出された結果を熱い目線で大勢の研究員は見つめる。そして嬉々として話す。今回の結果はどうだとか、次はこの検証をすべきだと。

無機質な部屋に入り混じる、苦痛と喜悦。

そんな狂気な箱にスイは今一人で向かっている。

こびりついたあの光景が私を責め立てる。お前もその一員だと。今回は見なくてよかったなと。

それに言い返すこともできずに、唇を強く噛む。

「イレア…。」

マイの声に現実に戻される。

私の様子に、マイは眉間に皺を寄せ、紫色の瞳が罪悪感で満たされていた。自分を責めるように目線を下げ、マグカップを握る指先は白くなり耐えるように力が込められているのがわかる。

この子にまで、それを背負わせたくない。それは、私の罪だから。

「マイ、あなたは悪くないわ。」

「そんなことない。私のせいでアマミさんは研究室に行った。私が一人で耐えれていれば、アマミさんに縋らなければ、あの人は今も普通に学校に行っていたのに…。」

懺悔のような言葉を喉を鳴らしながら呟く。

一人で耐えていれば…ね。やっぱりこの子は我慢していたのね。それにスイは気がついていた。そういうことには敏感な子だから。

自分を責めて傷ついて崩れてしまいそうなそんなこの子にできるだけ優しい声で言葉を紡ぐ。

「たとえ、それが昨日でなくとも、いつかはこうなっていたわ。」

私の言葉にマイが顔を上げる。

「あの子はね、意外と敏感なの。人の痛みとか、感情とかに。マイがそれを出さなくても、勝手に読み取って昨日みたいな行動をしていたはずよ。」

マイは眉尻を垂らし、唇を噛む。

「スイは、人の痛みをわかっていて離れていけるほど、大人になりきれない。それをすることでどうなるのか、自分のエゴだとわかった上で行動する。あの子は大人になりきれないけど、子供ほど無責任になりきれない。」

マイの瞳に薄く膜が張るのがわかった。

「今回はマイの未来を変えてしまうけど、あなたがこれからも傷ついて支配されていくのは許せなかった。だから、自分の身体を使ってそれを阻止した。その責任をスイは、研究室に行くこと、あなたの夢を応援することで果たそうとしている。」

今にも折れてしまいそうなマイに近づき、肩に触れる。

「スイはマイが大切なのよ。傷ついてほしくないと、未来のあなたを守ろうと思うほどに。そこに責任を感じなくていいのよ。」

触れた肩が細かく震え始める。張った膜が瞳いっぱいに溜まっている。

「それでも…。アマミさんを危ない目に合わせて、今も一人で研究室に行かせてしまっている。私は、私のせいでアマミさんを傷つけてしまうのが、許せない…。」

吐き出すように紡がれた言葉が、マイの痛みを伝える。

あの子をこんなにも想ってくれる。それが嬉しかった。

そっと頭を撫でて、いつもは大人のように冷静なこの子を労わる。

両手で顔を覆い、肩を大きく揺らす。すすり上げるような息遣い。瞳に張っていた膜が決壊してしまったのだろう。

「…マイ、私、昨日スイを叩いてしまったの。」

私の言葉に頷きで相槌を打ってくれる。

「その時は、何でこの子は自分をそんな使い方するのか、どうして大切にしてくれないのか、すごく腹が立ったの。」

できるだけ穏やかに、この痛みをこの子に伝えないように、語りかけるように話す。

「でも、あの子が自分のことをそう使うようになったのは、自分を蔑ろにするのは、私のせいだと気づいたのよ。」

マイの両手が顔から外れ、潤んだ瞳で私を捉える。その揺れる瞳を安心させるように微笑む。

研究室での毎日を思い出すように、その時のスイの背中を見つめるように遠くを見つめる。自分の頬から微笑みが消えてしまったのに気がつく。せめてこの痛みを見せないように顔をこわばらせないように言葉を紡ぐ。

「あの子は、研究室で人として扱われなかった。言葉では人類の進歩だとか、神からの贈り物だとか奉るような表現をするのに、実際はおもちゃのように扱っていた。実験を繰り返して、その結果に興奮して、また違う仮説を立てる。どんなにスイに痛みがあっても、尊厳を蔑ろにしてもそんな事は関係なく、次々に繰り返されていった。」

思い出されるのは無機質な空間での異常な興奮。そしてこれが人類のためと嬉々として実験に勤しむ人々。何より、あの子を守ることも、実験を止めることもできない私がいた。

「そんな中でスイは“普通”の感覚が変わっていった。どんな痛みも、虐げもスイにとっては“普通”で、大きな問題じゃなくなってしまったのよ。」

こちらを見上げる、マイを見る。その紫色の瞳には、情けない大人が映っていた。

恥ずかしさを持て余して、困ったように微笑む。

「だからね、マイ。スイが自分の身体を利用しようとしたのも、今一人で研究室に行っているのもスイの“普通”を守れなかった私の責任なの。」

マイの頭を撫でる。その痛みを拭い取れる訳ではいと思うけれど、少しでも和らげることができれば。

「だから、あまり自分を責めないで。」

もしかしたら、私は今、残酷な事をしているのかもしれない。自分を責めることで、マイは自分に罰を与えているのかもしれない。それを取り上げると、その罪悪感のやり場がなくなる。それでも、あなたの罪と思っているものは、私が作ってしまったものだから。それを引き取るのは私の責任だから。

マイは悩むように眉間に皺を寄せる。きっと何を言っても彼女の罪悪感を綺麗に取り除くことはできない。そんなことは私が1番わかっている。

マイは目線を下げ、口を開く。表情が見えなくなったマイを見つめる。

「…イレア、ありがとう。」

「お礼を言われることじゃないわ。」

泣き止んだマイを見つめ微笑む。

「スイの帰りを待ちましょう。」

「ええ。」

そう返事をするマイの瞳はいつものように真っ直ぐこちらを見つめていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

アマミさんが部屋を出てから数時間が経った。いつもなら放課後になり、生徒会室に向かっている時間。

日は沈んでおらず、まだ一日は終わらないことを教えてくれる。

あれからイレアはアマミさんの資料を作ったり、仕事をこなしていた。しきりに時計を見ていたのは彼女の帰りを気にしているからだろう。

私もやることがないと永遠に自分を責めてしまうからと、イレアに休んだ分予習を進めるよう言われた。自分を責めることは、罪の償いになっていた。そんな事をしてもアマミさんは喜ばない。きっと彼女はそれよりも、私の大切なこと、イレアは夢と呼んだけれど、それを考えて欲しいと思っている。

その難問を、私の中で見つける。私が大切だと思うこと。思い出の中から探そうとも、知識の中から見つけ出そうともうまく行かなかった。

私は、何が大切だと思うのか…。

そう考えているとチャイムが鳴る。咄嗟にイレアと同時にモニターを見る。イレアが立ち上がり、モニターのボタンを押すと画面から声が流れる。

「スイ・アマミの検査が終わりましたので、届けに来ました。」

「…今すぐ降りるわ。」

イレアが部屋を出ようとするのを追いかける。

「私も行くわ。」

イレアは振り返り、私を見つめる。少し思案するように目線を動かしたが、そうねと呟き承諾してくれる。


エレベーターを降りて、エントランスを出るとネイビーの車が停まっており、その前に男性が二人立っていた。一人は確かレセプションの時にすれ違った男。もう一人はガタイのいい大きな男だった。

大きな男の方は何やら後部座席に屈むように何かをしていた。

「ビート。」

イレアが呻るように名前を呼ぶ。それに反応したのはレセプションの時にいた男だった。

「イレアさん。お疲れ様です。検査が終わりましたので、お返ししますね。」

イレアに向かって微笑むその人は、私を一瞥し、興味がなさそうに目を逸らす。私はその微笑みを知っている。人を拐かそうとする微笑みの仮面。ルエダと同じものだ。それだけのことで彼に警戒心を抱いてしまう。

「…スイは?」

イレアの声が低く、責めるようだった。どうやらあの時の私の警戒心は間違っていないようだと思った。

「…あぁ、検査の途中で寝てしまったので今、彼に運ばせます。」

男性は急につまらないことを聞かれたように、声から温度がなくなる。

「寝て…?」

イレアからボソッと呟きにもならない言葉がこぼれ落ちる。警戒と疑惑の声色。その音に胸がざわつく。

大きな男が、後部座席から上半身を出して、立ち上がる。寝ているのか抱え込むように持ち上げられたアマミさんは大きな背中に隠れて足しか見えない。

何故か自分の鼓動が耳に響く。アマミさんの顔を、あの笑った顔を見たい。そうすればその走る鼓動も落ち着くはずだから。

急かすようにその男を見つめる。


その男が振り返ると、アマミさんが“寝ている”のではないと気がついた。

振り返った反動で、アマミさんの腕はずり落ちるようにぶら下がる。力なくぶら下がる指先は覆うように包帯が巻かれ、それは服の中にも続いていく。手も足も力なく、いつもは溢れ出す生気が感じられなかった。何よりも異質だったのは、アマミさんの瞳を隠すように巻かれた包帯だった。

その姿に、その衝撃に息を浅く飲む。

「ビートっ!どういう事…!今回は異常値の検査だったはずよ!何でスイがこんなに傷ついているの!?」

言葉を継いだせたのはイレアだった。怒りと戸惑いに満ちた声。

その声に鼓動が早くなり、私はただその風景を見つめることしかできなかった。イレアが放つ言葉が水の中にいるみたいにうまく耳に届かない。全てがぼやあと膜がかかったように聞こえ、理解ができない。ただ、先ほどから聞こえる鼓動がどんどん早く大きくなる。

イレアの様子に全く動揺せずにビートと呼ばれる男は微笑みを浮かべたまま口を開く。

「同時に現状の能力検査を行いました。その結果が良かったので室長もお喜びになっていましたよ。」

まるで喜ばしいことを伝えるように話す男に恐怖を感じた。これだけイレアが怒りをあらわにしているのに、動揺することのない様子。きっと研究室では何度もこんなやりとりが行われていたのだろう。

「…っ!そんなの聞いてはないわ…!それにアビリティチェックは先日やったばかりでしょう!スパンが短すぎるわ…!」

「アビリティチェックの後、イレアさんの報告から能力の著しい向上が見られたとの事ですので、数値で残しておくべきと判断しました。それに、それを相談する義務はありませんので。現在イレアさんはこれの監督者であって保護者ではありませんよ?」

呆れたように微笑むビートをイレアが刺すように睨みつける。

「それに、これも珍しく素直に従っていましたし。室長もその様子と結果に大変喜ばれて、ご褒美を与えなければとおっしゃっていました。」

“これ”というのはアマミさんのことを指しているのだろう。イレアは言っていた、アマミさんは人として扱われていなかったと。それを顕著に表す言葉にお腹の奥底から熱が湧き上がり、胸のところに冷たい空気が生まれるのを感じた。きっと怒りと軽蔑。彼に対しての感情が生み出された所だった。

「この目の包帯はなに…?今までそんな検査はしたことなかったでしょう?」

先ほどまでの烈火の如く責め立てていた言葉遣いと打って変わって、静かな怒りを孕んだ言葉だった。

「これは手足の回復が目ざましく、もっと繊細な部分で検査を行おうとしただけです。安心してください。包帯は巻いてますが自力で回復できていたので。」

安心させるように微笑むその姿が胸を逆撫でさせる。

イレアは怒りに言葉を詰まらせ、手を強く握っていた。

「イレアさん、室長からの伝言もありますので、先にこれを運ばせてしまって良いですか?」

その瞳はイレアしか見ていなかった。私はもちろん、アマミさんでさえも彼の目には入っていなかった。

イレアは煮え切るような怒りを露わにしながら、彼を見つめる。唇を噛み、アマミさんを苦しそうに見つめ、絞り出すように息を吐く。

「わかったわ。マイ、スイをお願い。」

苛立ちを隠すことはできずに、イレアが彼を射抜くように睨みつけながら呟く。

「…ええ。」

自分から出た返事のか細さに驚く。気づけば手も細かく震えていた。予想していた目の前の事実が受け止めきれていないのだ。

大きな男がアマミさんを抱えながら私に近づく。どうやら部屋まで運んでくれるらしい。

ありがたかった。今彼女を渡されても、力が入らず支えることができないだろうから。いや、それ以前に私が、この人に触れていいのか、そんな権利が私にあるのか。私のせいで傷つききった彼女を。

案内するようにマンションに入り、エレベーターに乗り込む。部屋の階につき、彼女の部屋のドアに触れる。彼女が持たせてくれた小さな鍵に反応して、鍵が開く。

部屋に入り、リビングまで案内すると大きな男はおもむろに彼女をソファに座らせる。器用なのか不器用なのかわからないが、脱力した彼女を膝掛けと背もたれに寄り掛からせ、絶妙なバランスでそこにとどまる。

それを確認した後、大きな男は私を見やり、小さく口を開く。

「では。」

そう言って部屋を後にするその大きな背中をただ見つめていた。

目線を帰ってきてくれた痛々しい姿の彼女に戻す。胸が切り付けられたように痛む。耐えるように自分の腕を握りしめる。

すると絶妙な位置で座らせられていた彼女がバランスをゆっくりと崩していく。背もたれを擦るように倒れ始める彼女を慌てて支える。

重い。脱力した人の重さを感じる。その重さに罪を感じる。

ソファに腰掛け、倒れ込んだ彼女の頭を自分の膝にゆっくりと乗せる。

いつもは柔らかく微笑む頬も、私を映す透き通る瞳もそこには無かった。膝の上に乗せた彼女の頬に触れる。指先が彼女の薄い皮膚に触り、沈ませる。彼女の鼻から息が漏れるのを指先で感じる。


生きてる。


その事実が、実感に変わり、胸がじわっと熱くなる。彼女の姿を見て怯え、冷えてしまった胸が解かれるようだった。

つい息が漏れる。目の奥が熱をはらむのを感じる。

彼女の手に触れる。いつもは安心させてくれる大きな手も包帯で触れることはできずに、ザラつく布をゆっくりと確かめるように撫でる。いつもの暖かさは包帯に隠され、生暖かい熱が指先に触れる。

その触感に責め立てられ、唇に歯を突き立てる。

彼女の瞳を覆う包帯に水滴が落ちる。気づけば自分の瞳から涙が滑り落ちていた。

安堵と罪悪感が混ざった涙だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ふ…っ。う…っ。」

耳に触れる震える息遣いに目を覚ます。確かに目を覚ましたはずなのに、瞼が開かない。どういう状況なのか、記憶を辿る。


あぁ、そうだ。研究室にいったんだ。そこで、事情聴取と検査をした。事情聴取はただ、起こったことを話した。

友人と許嫁の間に入ったらこのようなことになったと。危ないところを友人が助けてくれ、そしてその友人が中央生徒会副会長だということも。

そうすると何か察したようなあの人がいつもの微笑みを湛えてこちらに近づいてきた。リヒル・パトルシオ。あの研究室の長は、察しがいい。きっと私の企みも気づいたんだろう。

彼は微笑みを湛えたまま、私に声をかける。

「確か、その友人をあなたは何度かアビリティで治療していますね?」

彼に話しかけられるたび、胸の奥が冷たくなるようで、何か削られてるようだった。

「はい。」

その怯えを隠すように短い言葉で返事をする。

「そうですか。では、あなたのアビリティの成長に一役かってくれた人物なのですね。」

微笑みを崩さず、親指と人差し指で顎を擦りながらこちらを観察する。

私はその目が怖い。細められた瞳は強い生を感じる。まるで楽しみが目の前に来たような、そんな瞳。わからないことを、知らないことを知りたいと言う人間の本能的欲求。その眼は言葉を使わずそれを私に伝えてくる。

彼は突然微笑みを崩す。さらなる笑顔がその微笑みを覆った。

「スイ・アマミ。これから身体回復の能力検査を行います。その成長を見れば、その友人がどれほどあなたに影響を与える人物かわかるでしょう。」

息が止まる。

身体回復の能力検査。それは私が一番苦手とするもの。いや、恐怖するものだった。激しい痛みを伴い、また能力も多く使う。何度も植え付けられたトラウマが私の体を細かく揺らす。

…この人は今、マイを人質に取っている。結果を出せばマイが私の側にいる理由ができる。でなければ、その許嫁ごと、私から取り除けばいいだけ。

自分にとってのマイの利用価値を測る。私がマイといる事で能力が伸びるのかそれが、彼にとっての利用価値なのだから。

私の思惑を全て分かった上での脅し。彼は発破をかけるその程度にしかとらえてないのだろうけど。

この人を利用しようとした、それを私は甘く見積もっていた。

「スイ・アマミ。ぜひ頑張ってください。」

ニコリと微笑むその表情は狂気色に満ちていた。

その言葉に、声が出ずに頷きで返すと、彼は満足そうに微笑みビートに準備を、と端的に指示を出す。

大人たちが準備している姿をただ眺める。いつもならイレアがそばに来てくれて、私を気にかけてくれる。罪悪感に満ちた瞳で見つめられると、つい強がって大丈夫だよと言ってしまう。そう言うとイレアはまた罪悪感の色を強くしていた。

イレアがそばに来てくれるだけで支えられていた。私のことを人だと扱ってくれる人がいる。それだけで嬉しかった。

だから、イレアには自分を責めてほしくなかった。でもその強がりはイレアを追い詰めていたんだ。これは外に出て、イレアを知っていくうちにわかったこと。

早く終わらせて帰ろう。イレアとマイが待ってくれてる。

「準備ができました。スイ・アマミ、こちらに。」

研究員が呼びにくる。何度も横たわったことのある、その手術台のような台に向かう。

ほんとマットサイエンティストの必需品って感じの台だよなぁ。

どこか他人事の自分が揶揄うように呟く。いつもここに立ち、五体を拘束する器具を見つめると、そう揶揄う自分が出てくる。きっと私なりの現実逃避だった。

そこに横たわると、研究員がテキパキとセッティングしていく。視界に入るのは私の足を切断するための刃物と、私の腕を押しつぶすための錘だった。

コイツらに何度痛い目に遭わされたか…。文字通り痛いしね。

そんな現実逃避を行いながらその時を待つ。

「では、スイ・アマミ。準備は良いでしょうか?」

マイク越しに室長のにこやかな声が聞こえる。

「はい。」

胸の奥に隠していた恐怖が今か今かと出てこようとする。

「それでは、はじめ。」

その声が響く。刃物と錘が私に向かって動き出す。

隠れていた恐怖が今この時と全身に駆け巡る。体は強張り、汗が吹き出る。何もしていないのに息は荒れる。

それらが私の肌にゆっくり触れ、痛みを伝える。

喉が開き、紡ぐつもりのない叫びが出て行く。

痛い、熱い、痛い、わからない、わからない、わからない。

激しい痛みに情報が処理できない。

足を、足をくっつけないと…。痛みの中で意識を足へ向かわす。切断面を自分のアビリティを使って引き寄せ、細胞を刺激する。

その時自分の中に微かな余裕を感じた。いつもなら、それで精一杯なのに。その余白を埋めるように腕にも意識を向ける。

私の腕の形は…。成型するように肉片と骨を組み立てる。

手足が戻ったのを確認すると、スピーカーが私に語りかける。

「スイ・アマミ。素晴らしいですね。以前より5分も短縮しています。」

その声が思ったよりも興奮していなかった。何となくもっと喜んでいるかと思ったけれど。汗にまみれながら、息を整える。流れる汗を拭えないのは気持ち悪い。早くこの拘束を解いて欲しい、そんなことを思っていたら、スピーカーがまた語りかけてくる。

「アビリティはまだ使えますね?」

どういう問いかけなのかわからなかった。その意図を図りかねながら、曖昧に答える。

「…ええ、まぁ。」

「それはよかった。」

喜びを孕む言葉。私の恐怖心がまた疼く。

「では続けます。手足は大きな部分でしたから、少し繊細な部位を試してみようと思います。」

うまく言葉が理解できない。耳に入る言葉は頭で処理が追いつかない。

「眼球で検査を行います。スイ・アマミ、眼球の構造は理解していますね?」

整えた息が、浅く連続して吐き出される。恐怖がまた私を支配し始める。

「…スイ・アマミ。多少時間が短縮された程度ではわざわざその友人をそばに置く必要はありません。その程度の影響であれば、友人があなたに負わせたリスクと釣り合いませんから。」

温度なく言い放たれる言葉に、頷く以外の選択肢はなかった。

「よろしいですね。では準備をお願いします。」

そういうと、研究員が頭と瞼の固定をはじめる。鋭い針のようなものが視界に入る。これが私の視界を覆うのか。身体が恐怖から逃れなれない。

研究員が外れ、準備が終わったことを知る。

「では、はじめます。」

スピーカーから放たれた言葉に応えるように、その針が私めがけて降りてくる。

痛み、恐怖。それだけだった。夢中で眼球に意識を向ける。検査だからではなく、ただその痛みから逃れたい一心だった。

その痛みが引いた頃、汗と血でまみれた体を気持ち悪いと思いながら意識を手放した。


そうか、それで目が開かないんだ。きっと無意味な包帯をまた巻いているのだろう。そう思って、包帯の巻いてない手で目の周りを触れるとざらつく包帯の感触と濡れたような感覚。それを確かめるように触れると手の甲にまた、ポツリと何か触れる。

「…ふっ。く…っ。」

押し殺す声と漏れる息。

この声は…

「…マイ?」

息を呑む音がした。返事が無い。

さっきの息遣い、触れた感触。今どういう状況か容易に想像できた。

包帯の中で無理やり薄く目を開き、ちゃんと動くかを確認する。

大丈夫そうだ。多分これならびっくりさせない。

顔に巻かれた包帯を緩め、首のところまでずらす。ゆっくり目を開けると手のひらで顔を覆い、体を震わせるマイの姿があった。

「マイ、大丈夫だよ。ちょっと大袈裟に巻かれちゃっただけだから。」

「…っ。でもっ…。」

言葉を紡ごうとしても、息がそれを阻むのだろう。顔を横に振るばかりで言葉は出てこなかった。

どうすれば安心してくれるのだろうか。

震える、細く長い指に触れる。

折れてしまいそうだと思った。

「心配かけちゃったね。ごめん。」

マイも、イレアも私といると辛そうな顔をする。

わかっている。私のこの行動が周りの人を傷つけていることも。それでも、やめられないのはそれ以外の方法が見つからないから。やめたくないのは、諦めたくない未来があるから。

今回はマイが支配されない未来を。いつもはイレアと一緒にいれる未来を。私はそれを諦めたくない。それと比べると、この痛みは大したことない。

…大したことないは言い過ぎだけど。

「…アマミさんは…悪くないでしょう…?」

途切れ途切れに紡ぐ言葉に彼女の優しさを感じる。

泣いてるマイをみて笑うのは良くないとわかっていながら、それでもその優しさに頬が緩んでしまう。

「だとしたらマイも悪くないよ。だから、泣かないで?」

私の言葉に首を横に振り応える。息を吸う音が漏れる。

「私がわかってて選んだことだから。」

その言葉に顔を覆っていた指先が離れ、瞳を乱暴に拭う。

「それでも…っ。私が、あなたに縋らなければ…っ!」

悲痛な瞳だった。そのラベンダー色の綺麗な瞳はそんな表情をしてほしくなかった。

擦った皮膚がジワリとピンクに染まる。その色にそっと触れる。しっとりとしていて、少し暑い。

「私はね、嬉しかったよ?マイに頼ってもらって。」

マイの眉毛がハの字になり、唇は耐えるように浅く噛まれる。

首を振ることで否定をするマイに、微笑む。

「辛かったんでしょ?一人で我慢してたんでしょ?だから、私の名前を呼んでくれたんでしょ?」

耐えきれないように涙がボロボロと流れ落ちる。

この子は人に頼ることを知らないんだ。そんな様子につい愛おしさを感じる。

「私はね、マイが好きだよ?だから、笑っていて欲しいし、自由に生きてほしい。我慢しすぎないで、好きなことを好きだって、嫌なことを嫌だっていって欲しい。これは私の望みだから。マイは何も悪くない。むしろ、嬉しかった。マイが頼ってくれたってそれだけで。」

ね?と安心させようと微笑むけれどその涙で前が見えてるのかはわからない。

「それに、マイが朝、待っててくれるって言ったの。嬉しかった。帰るのがここだって思えて。私の帰る場所は研究室じゃなくて、ここでいいんだって。」

私の居場所。外に出て、新たにできた居場所。この部屋じゃない。マイとイレアと奈月とエルネストとみんながいるここに、私の居場所ができた。それが嬉しかった。

「だからね、私は私の世界を守りたいだけなんだ。独りよがりの誰のものでもない行動なんだよ?だからさ、マイはそんな顔しないで。」

その綺麗な瞳から流れる涙を固めると宝石になるんじゃないか、そんなくだらないことをおもった。綺麗な心を持ってる人は綺麗な涙を流すんだ。

その宝石の原液を触れながら、そのラベンダー色の瞳を見つめる。

堪えるように目を細めるマイの頭をそっと触れる。

この子は一人でどれだけの我慢と努力をしてきたんだろう。それを何にもない顔をして過ごす。これからはどうかそうじゃないで欲しい。

「これからは私も一緒にいるから。」

マイの口からうっと声が漏れる。こんな時でさえ我慢しようとするマイの不器用さに微笑む。

そっとその頭を抱き寄せる。

「マイ、よく頑張ったね。」

溜まっていた我慢が溢れるように涙が溢れ、背中に回された指は縋るように私の服を掴む。擦り付けるように顔を、私の胸に埋め、鳴き声を上げて感情を表すマイに安心しながら、その艶やかな髪の毛を撫でる。どうか、この子がこんなにも抱え込まないように。どうか、これからも頼ってくれるように。

そんなことを思いながらその髪に触れる。

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