変化の予兆
「ねぇ、聞いた?うちにアリストタリア代表の生徒会ができるらしいよ。」
「代表の生徒会?」
「学校問わず優秀な生徒を集めて、生徒会の中の生徒会をつくるんだって。」
「なにそれ。生徒会の中の生徒会って。なにする人たちなの?」
女子生徒達はお互いにクスクス笑いながら話し続ける。
「アリストタリアの行事とか企画したり、問題解決する生徒の組織なんだって」
「そーなんだ。まぁ、生徒会の中の生徒会だったら会長はあの子じゃないの?うちの生徒会長のマイ・フェルバーク」
「それがさぁ…」
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3月。中学生活も終わりを迎えようとしている。
特に感慨深いものはなく、もう気持ちは次の高校生活に向けられている。
高校が終われば大学。それが終われば私の、マイ・フェルバークの目指すところに辿り着ける。
私の家、フェルバーク家はこのアリストタリアの中でも最大の学園、オルネラス学園を運営している。
古くよりフェルバーク家の人間はオルネラス学園を守り続けてきた。その役目を正しく次の世代に繋げること、これがフェルバーク家に生まれたものの使命だと教え込まれてきた。
そのために、フェルバーク家の者はこのオルネラス学園を存続させるために人生を全うする。これがフェルバーク家の当たり前だった。
しかし、まだ私はフェルバーク家の者としてオルネラスにたずさわれる程知識も経験もない。それが私にはもどかしく、焦燥感に苛まれる。
高校でどれだけの事ができるだろうか。早く、多くのことを学び、習得したい。早く、オルネラスに関わりたい。
オルネラスへ関わることのできてない私は、人生をまだ始めることすらできていないのだから。
そんな中、現理事長の父リーアス・フェルバークに呼び出された。進学についての話だろうか。それとも学園の手伝いをさせてもらえるのだろうか。そんなことを考えながら学園の中心に位置する管理棟に向かった。
学園の管理棟につき、理事長室へ向かっていると理事長室から女子生徒2人と教師らしき初老の男性が出てきた。
「はぁ…正直、面倒ごとはごめんなんだけど。」
「クルーズさん、そんな言い方してはいけませんよ。」
金髪の女子生徒の心底めんどくさそうな呟きに、教師らしき男性が諫める。
このクルーズと呼ばれた女子生徒に見覚えがあった。彼女を説得するようにもう一人の女子生徒も話し始めた。
「そうですよ。エル。光栄なことなんですから。」
「マティまでそんなこと言うの?だって本当じゃない。普通はやらなくて良いことなのよ?」
「そうですが…きっと、エルに期待してお願いしているのですよ?」
「じゃあマティもお願いされたってことは、あなたも期待されるってことね。期待に応えられるように私の分まで頑張ってちょうだい。」
「そんなこと言わず、エルも一緒に頑張りましょうよ…。」
この女子生徒はエルネスト・クルーズ。アビリティチェックでこの何年間か一緒になっている。確か彼女はお嬢様学校と名高いルミリア女学園に在籍しており同学園の高校に進学がきまってるはずだった。
なぜオルネラスに?しかも理事長室から?そんな疑問を持ちながら、挨拶をしてすれ違う。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「ご機嫌よう。」
「…ご機嫌よう。」
教師らしき男性とマティと呼ばれた生徒は愛想良く微笑みながら、顔を向けて返してくれた。エルネストは目だけこちらにやり、観察するように見ていた。
遠くになっていく話し声はマティと呼ばれる生徒がエルネストの態度を諫めるものだった。
理事長室の前につき、近くの姿見で身だしなみを整える。鏡には長い黒髪の女子生徒が紫色の瞳を冷たくこちらにむけていた。鏡に映った自分が肩にかかった黒髪を正すように手櫛ですく。
父親といえど、現理事長の前に立つには身だしなみと心の準備が必要になる。もう一度鏡でおかしなところがないか確認する。呼吸を整えるように息をゆっくり吸い、背筋をのばしノックをする。
「失礼します。中等部3年1組マイ・フェルバークです。」
「入りなさい。」
「失礼します。」
ドアを開く。部屋の主の威厳を表すかのような大きな机に、その人が向かっていた。
「お呼びでしょうか、理事長。」
その言葉に手を止め、こちらを向く。
白髪が混じったグレーヘアの男性。清潔感のあるオールバックに髪型を決め、スーツもシワひとつ許さない。体つきもよくまだ鍛えているのも伺える。この人が私の父であり、現理事長リーアス・フェルバークだ。
「呼び立ててすまなかった。マイ・フェルバークくん。君に話がある。」
父であるこの人は、私が学園に入学したと同時にいち生徒として扱うようになった。私もそれに応えるように父ではなく理事長として接している。
「はい。」
その返事に満足そうに話し始める。
「現在、アリストタリアでは中央生徒会を設置する取り組みがあるのだが、その中央生徒会をこのオルネラスに置く事がきまった。」
「中央生徒会ですか?」
初耳だった。生徒会といえば各校に設置されており、その学校の生徒代表として文化祭や体育祭、部活動など学生生活に関わる事を組織して運営していくものだ。その中央となるとアリストタリア全体の行事などの運営だろうか。その疑問に応えるようにリーアス理事長が続ける。
「あぁ、アリストタリアの生徒代表として、対外的な活動をしていく組織だ。具体的には、アリストタリア全体で行う学術発表やアビリティを用いた広報活動を行い、加盟国を増やしていくのが目的になる。その中央生徒会を国内最大の学園である我校に設置するようアリストタリアから要請があった。」
「そうなのですね。非常に光栄なことかと。」
「そうだな。」
この話はこのオルネラス学園として名実ともにアリストタリアの顔として認められる喜ばしいことなはずだが、彼からはその感情が読み取れない。
リーアス理事長がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ここまでが表向きの話だ。」
なるほど。手放しで喜べない理由があるのか。冷静に情報を理解しようと、無言で耳を傾ける。
「現在、魔物の活発化や、アリストタリアに反発する諸国が活動を強めているのは知っているか?」
「はい。ニュースなどで見ている程度ですが。」
最近はアリストタリアの塀の外、魔物が活発化し塀に損傷を与えたり、外出するアリストタリア国民を襲ったなどのニュースが多く流れてくる。また、他国では研究大国であるアリストタリアを危険視しアリストタリア解体を主張するデモが行われている。
「この脅威に対策を打とうと組織されたのが、中央生徒会だ。」
「生徒に対処させるということですか?」
「そうだ。」
理事長ははっきりと肯定した。その一言が私の中に深く沈むように響く。自分一人で決めたことではなく、国として決めたことの返答。その一言に責任の重みを感じさせる。
「事実、この国の大きな戦力は現在学生である君たちだ。最高位であるランクアルファ12名のうち8名は学生なのだから。」
ランクアルファ。これはアビリティの最高位を表す言葉だ。星座の明るさと同じ等級でランクを表され、アルファ、ベータ、ガンマと続いていく。
人には2種類の才能、フィジカルアビィリティとメンタルアビリティのどちらかの才能を保有していると言われている。
身体的な能力が元々高く、開発により超人と言われるほどの身体能力を身につけるフィジカルアビリティ。
アリストタリアが開発したプログラムを受け、通常では感じ取れないモノを認識し、それを操ることのできるメンタルアビィリティ。
元々フィジカルアビリティを保有している人は、メンタルアビィリティの開発プログラムを受けても何の効果もえられない。それどころか、身体に不調を訴える人がほとんどだ。そのため、最初の開発プログラムで体調不良になったものや効果が出なかったものはフィジカルアビリティの開発を受けることになる。
各アビリティをアルファからゼータまでの6段階に設定し能力をランク付けをしている。それぞれ能力によって基準が変わるがランクアルファと判断されたものはほとんどが自然災害ランクの能力者だ。
他国からすれば、とんでもない兵器を生み出しており、それを危険視する国があるのも当然だ。
「そのランクアルファを集めて中央生徒会にすると?」
「いや、全員がランクアルファではない。チームバランスを鑑みてメンバー選定を行なった。」
「もうメンバーは決まっているのですね。」
「あぁ、だから君を呼んだんだ。マイ・フェルバークくん、この中央生徒会のメンバーに君が選出された。君はオルネラスのトップ、アリストタリア第4位のランクアルファ。声がかかるのも不思議ではない。」
なるほど、納得した。先ほどすれ違ったエルネストはアリストタリア第8位のメンタルアビィリティを保有している。彼女もこの話をされたのだ。
「それに君はこの学園の生徒会長を務めている。表向きの中央生徒会の活動にも尽力してくれるのではないかという期待もある。だが、危険があるのも確かだ。無理にとは言わない。その上でこの話、受けてくれるだろうか?」
答えなんて私には1つしかない。オルネラスの価値が揺るぎないものになり、私がオルネラスに役立てる初の機会。私の人生が始まるかもしれない機会。
「喜んでお受けいたします。産み落とされた時からオルネラスと人生を共にする身。フェルバークの名に恥じぬよう精進してまいります。」
理事長は私の言葉を聞き、一瞬表情が固まった。私の返事を咀嚼するように目を閉じ、ゆっくりとこちらを見る。
「…わかった。よろしく頼む。」
「はい。」
「君は中央生徒会副会長として務めることになる。オルネラス学園の名に恥じぬよう邁進してくれ。」
「承知いたしました。」
自分が副会長と言われた瞬間、素朴な疑問を抱いてしまった。
「オルネラスに中央生徒会を設置するのに会長はオルネラス学園のものではないのですね。」
少し考えるように目線を落としゆっくりと口を開く。
「…いや、オルネラスの者になる。」
ーえ?
動揺で自分の目がピクッと動いたのを感じた。この学園にはもう一名ランクアルファがいるが、順位は私より下だったはず。そんな思考を読み取ったかのように理事長は話し続ける。
「この4月よりオルネラス高等部に入学してくるランクアルファがいる。その生徒は君より順位が高い。その生徒が生徒会長になる。」
胸の奥が凍るように冷たくなる。オルネラスで私がトップで無くなる。それだけの事がとても恐ろしかった。
オルネラスを守るフェルバークの者として相応しいよう、この学園でトップになるということ。この学園に入学する時に決めた私の枷。
それは、フェルバーク家の一員として存在を認められるのに相違なかった。それを他の者も望んでいた。
そのために学園入学とともに努力してきた。それが実り、優秀な生徒があつまるオルネラスでランクアルファの最高順位者になれた。
それが、今私が持っているフェルバーク家であるたった一つの証明だった。それが誇らしかった、それに縋るしか今はできなかった。
しかし、それが崩されてしまった。
まるでフェルバーク家失格と言われたようで、将来に傷を与えられたようで、怖かった。しっかり立ってたその場所がなくなってしまったようなそんな衝撃だった。
そんな衝撃が表情に出ていたのか、理事長は眼鏡を外し、肩の力を抜くように息をついた。
「マイ、落ち込むことはない。お前のしてきた努力は間違っていない。それは私が保証する。」
父だ。目の前にずっといたのに、久々に父から声をかけてもらえた気がした。その表情は子供の頃に見慣れた優しい父の顔だった。
「でも、私はフェルバークの人間なのに、オルネラスでトップでいられないなんて…。」
言葉にすると余計胸が締め付けられ、喉が苦しくなり表情が歪む。子供のように泣き出してしまいそうになった。
「マイ、大丈夫だ。気にすることはない。それに…」
父の言葉をグッと待つ。さっきまでの優しい表情が消え、過去の出来事を見ているように目線が遠くに行く。
「あれは、人類の成長の最先端。あれは別格なんだ。」
沈黙の後、父は眼鏡を掛け直し、机に向き直る。
「話は以上だ。4月からその生徒は入学してくる。わからないことも多い。助けてやってくれ。」
父の姿はなくなり、目の前には理事長のリーアス・フェルバークがいた。
「…はい。では、失礼します。」
理事長室を後にする。
父があんな風に言うのは初めてだった。とても嫌だった。
普段、彼は私に諦めるように、なだめるように話すことはない。常に課題をどう解決するか、乗り越えるか考えろと教わってきた。
それなのにお前じゃ無理だ、敵わない。そう言われてようだった。
この胸にこびりついた劣等感と失望感を整理できないまま、荷物のある教室に戻ろうと管理棟をでて中庭を歩いていた。
中庭には大きな木が立っている。私はその木が好きだった。昔からあり、ずっと見守ってくれてるようなその大きな木。入学前はよくここで母と一緒に父を待っていた。木の足元に行くと木陰が心地よく、風が吹くと土と緑の香りが優しく薫る。
この感情を鎮めるために、この場所に来た。
しかし、そこには先客がいた。
首のあたりに短く切り揃えられた、青みがかった綺麗な銀髪は風に煽られふわふわとゆれていた。長いまつ毛は眠っているのか伏せられており、まるで日に当たってこなかったような青白い肌は夕日を優しく受け止めていた。
この世のものではないような、そんな存在に目を離せなかった。
何故か鼓動がはっきり聞こえる。
今にも消えてしまいそうで、でも圧倒的に存在感を放つその人は、まつ毛をゆるりと持ち上げ、伏せられていた瞳で朧げにこちらを映す。
「イレア…?」
眠たそうに、目を開けポツリと呟く。
目の前に立っていた私を見上げるように、私を捉える。彼女の目は宝石を思わせるようなエメラルドグリーンだった。
「…うわ、綺麗な子だなぁ…。」
寝起きで意識がはっきりしていないのか、彼女の言葉が口から落ちるように出てくる。神秘的な見た目から世俗的な言葉が放たれ違和感を感じた。
「ここで何を?」
衝動を抑えられず問いかける。
「んー、人を待ってるの、ちょっと待っててって言われたから。ここで、風に当たって土と木と夕暮れを感じてたんだ。」
「夕暮れを?」
「そう、朝とは違う、オレンジの光と風が持ってきてくれる香りと、温度。綺麗だなぁ、気持ちいいなぁって。でも、これはちょっと寒いのかな?とか、外にいるだけでいろんな刺激をもらえて楽しいなぁって。」
そういう彼女の表情は愛おしいものを見るような優しいもので、天使のように尊い物に思えた。
「…外にいるだけでそんなに感じれるなんて凄いわね。」
「そう?楽しいよ?一緒に座る?」
微笑みながらそう言う彼女の誘いはとても魅力的だった。
この子はきっと、私では感じ取れなくなってしまった事も感じとり、新しい世界の見方を教えてくれるのだろう。
しかし、今の私には新しい世界を受け入れる余裕がない。
「…遠慮しておくわ。早くお迎え来てくれると良いわね。」
「そっか、ありがとう。」
不思議な子だった。外にいるということだけで刺激を得られていた。色、香り、温度一つ一つを捉えていた。
そんな彼女との出会いのおかげで、抱いていたあの嫌な感情はどこか遠くへ飛ばされていったようだった。




