自分のしたい事
昨日エルネストと話している時に思い出したことがあった。
確か入学して早々、奈月に料理下手をマイにリークされて、謎にマイが興味津々だった事。
今度作ってあげると言った時、マイは嬉しそうに笑っていたはず…。こんなことで元気なるかはわからないけど、何もやらないよりは良いと思うから。
朝、寝過ぎないようにセットした目覚ましが鳴り、目を覚ます。
いつものようにリビングにいくと、いつものようにイレアが朝ごはんの用意をしてくれていた。
「スイ、おはよう。」
「……おはよ。」
「…寝ぼけてるの?不貞腐れてるの?」
「……どっちも。」
不服そうに答える私に、イレアがため息で返事をする。その様子に拗ねるようにリビングを後にして洗面台に向かう。
昨日帰った後、一連の流れをイレアに伝えると、じゃあと言っておっさんに連絡をとり始めた。何事かと見ていたら、珍しく笑顔で「明日夜ご飯、イヴァンさんと食べることになったから。」と伝えてきた。
確かに、確かにさ、今度ご飯行きましょう的な約束してたのは知ってたけど?何もさ、別に今日じゃなくても…。
顔を洗い歯を磨いてリビングに戻る。
「目は覚めた?」
「覚めたけど、ご機嫌は治りませんよ。」
ジトーとイレアを見つめると早くも本日2発目のため息をいただく。
「いいじゃない。今日だったらマイが一緒にご飯食べてくれるんでしょ?」
「そうだけど…。」
「あなたを一人にして、イヴァンさんとご飯行くのは流石に忍びないから今日にしたのよ?」
「…。」
確かに一人にされて、おっさんとイレアが楽しくご飯食べてるのなんて考えただけでもそわそわする。でもね、それはそれ、これはこれってやつだよ。
「むぅ…。」
残念ながらその抗議は、言葉にならない。自分のボキャブラリーの少なさを恨む。
その様子に3発目のため息を吐きながらイレアが呆れるように言葉を放つ。
「もう不貞腐れててもいいから、早く食べなさい。メディカルチェックとトレーニング行くわよ。」
「むぅ。」
「それで返事しないの。」
朝のルーティンを終わらせて、今日の予定を確認する。確かマイは今日夕方までセミナーが入ってるらしいから、買い物は昼間に済ませておいておこう。
冷蔵庫を見てオムライスに足りない材料を確認する。
…うん。オッケー、ほぼ全てだね。この冷蔵庫には調味料と飲み物ぐらいしか入ってないもんね。
必要なものをビジョンにメモしていると報告作業中のイレアが話しかけてきた。
「材料少し多めに買ってきてくれてもいいわ。」
「え?何で?イレア料理するの?」
「私じゃないわ。スイが。」
「ん??」
するけど?今日。だから買いに行くんだけど?
「今日食べられないから、また今度私にも作ってちょうだい。」
ビジョンから目を離さずにお願いしてくるイレアに少しの反抗心が芽生えた。
「…やだ。今日食べれなくなった人がいけないんだもん。」
「…そう、残念ね。」
変わらずビジョンから目を離さないで受け応えするイレアに再びジトーと見つめるが、ものともしなかった。
イレアといいエルネストといい、ものともしなすぎでしょ。私の抗議の目線の弱さに逆にびっくりだよ。
悔しいのか、悲しいのかわからない感情が湧き上がり反抗するように言葉を放つ。
「いいもん、買い物してくるから。」
「いってらっしゃい。」
あまりにも普通に送り出されて私の反抗心は不完全燃焼を起こした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
スイが拗ねるように買い物に出かけて、ドアが閉まる音が聞こえた。手を止めて、あの子が部屋にいないことを確認する。
「…まったく、あの子は…。」
珍しく相当拗ねてるわね…。
昨日スイの話を聞いた時、その場に私はいない方が良いと思った。マイを元気付けたいなら、二人きりにしてあげた方がマイは素直になれる。
スイといるマイはマイらしくない。常に大人に囲まれ、いつしか気を張ることが当たり前になったあの子が、スイの前だと年相応に笑ったり、冗談を言う。ましてや、下手だと言われた料理を食べたいと言っていたなんて。そんなマイらしくない振る舞いをスイはきっとわかって無いのだろうけど。
そう思って、前からご飯に誘われていたイヴァンさんに連絡したら快く承諾してくれた。急な誘いなのにありがたかったが、それがスイの琴線に触れてしまったらしい。
「…私だって、あなたの作る料理食べたかったわよ…。」
子供のように呟く言葉は、伝えたい相手には届くはずもなくただ部屋に浮遊するだけだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「まったく、イレアは…!」
不完全燃焼がプスプスと腹の底から熱を放つ。
そんな熱にうなされて不貞腐れてしまったが、正直、何むかついてるかわからない。別に、イレアが誰と過ごそうがイレアの自由なのに。子供みたいに拗ねて、あんな態度とって、ダメだと、良く無いとわかっているけど、それでもこの熱はなかなか冷めそうになかった。
溜まってしまった熱気を吐き出すようにため息をつく。
「ずいぶん大きなため息だね。」
「あ…アルバードさん。」
いつもの爽やかな微笑を浮かべて、爽やかに話かけてくれたのは、爽やかな私服に身を包んだ我らがプリンスだった。
ブラウンのステンカラーコートにライトグレーのカットソー、ネイビーのテーパードパンツ。シンプルだけどシルエットの拾わないサイズ感とテーパードパンツのシワを作らない丈感が絶妙におしゃれだ。さすがプリンス。
「今日は、買い物かな?」
私のまだ何も入っていないバックをチラッと見て微笑みながら聞いてくる。その目線にバックを持ち上げる笑顔で応える。
「そうです。今日、マイがご飯食べにきてくれることになってて。」
「へぇ、マイが。あれ?今日経営学セミナーじゃなかったかな?」
今日言ってたセミナーって経営学なんだ…。将来、理事長になるって大変なんだなぁ。
「そうみたいですね。だから夕方ごろ約束してるんです。」
「だいぶ早い時間から準備をするんだね。」
アルバードさんが時計をみて感心したように呟く。そりゃそうだまだ12時少しすぎたぐらいで、夜ご飯の買い物をするにはだいぶ早い時間だ。
「買い物は早めに済ませようかなぁって思ったのと、ちょっと色々あって、勢いで出てきちゃって…。」
先ほどの子供っぽい感情を思い出して、苦笑いを浮かべる。
「そうなんだ。色々あるんだね。」
アルバードさんは、私の苦笑いに同情するように笑いかけ、なにか考えるように目線を逸らした。
「じゃあ今時間あるのかな?」
「まぁ、割と、たっぷり目に。」
「そっか、じゃあ一緒にランチでもどうかな?朝から課題をやってて、昼ご飯を食べようと思ってふらついてたんだ。」
「いいんですか?」
「もちろん。アマミさんとは一度ゆっくり話したいと思っていたし。」
そう言って爽やかな微笑みを浮かべるアルバードさんはただのプリンスだった。この笑顔に落とされた人は何人いるだろう。お手本みたいな笑顔に、そんなくだらない事を思いながら、是非と微笑む。
「じゃあ、そこのパスタ屋さんなんてどうかな?凄く美味しそうなんだ。」
窓ガラスからパスタを食べる人たちがのぞける。テーブルに乗っているパスタはアルバードさんが言うようにどれも美味しそうだった。
「確かに…。そこにしましょうか。」
私の返事に良かったと微笑みながら、お店に入る。
注文を終えて、入学してどうだとか、管理棟まで行くのはどの道を通ると早いとかそんなたわいのない話をしていたら、注文したパスタが届いた。
作りたてのパスタから湯気が香りを纏って立ち上がる。注文した海のトマトパスタはトマトと魚介の出汁の香りがしてとても食欲をそそられる。
香りを楽しんでいたら、アルバードさんがクスッと笑いながらスプーンとフォークを渡してきてくれた。
「すごくいい顔をするね。」
「あ、すみません…。」
何だか恥ずかしくなって、照れ笑いを浮かべる。
いただきますとパスタを食べ始めるとアルバードさんがおもむろに聞いてきた。
「最近、マイは元気かい?」
なんとなく、私をランチに誘った意味がわかった。
これを聞きたかったんだなぁ。マイ、大切にされてるなぁ。
…にしても元気かと言われるとなかなか答えずらい。アルバードさんはきっとマイの事を大切に思っている。そんなマイが許嫁と上手くいってなさそうだって言われたら、どう思うんだろう…。
「…うーんと。」
返答に悩みかねていると、アルバードさんの方から口を開く。
「君の前でも元気がなく見えるんだね。」
言い淀む私の様子に、思案するように目線を下げるアルバードさんに質問する。
「元気がなかったんですか?マイ。」
パッと目線を上げ、ハッとしたようにこちらを見つめる。困ったように笑いながら言葉を紡ぐ。
「元気がなかったというよりも、少し傷ついているようだったかな?僕が聞いてもあの子はなんでもないって言うだけだからさ。」
「そうなんですね…。」
きっと昨日のことだろう。帰り際はいつも通りに戻っていたと思ったけど、幼馴染からしたらそんなことはなかったんだ。
「多分、ルエダさんと揉めてるんだろうけどね。」
「え?」
知っていたのかと顔を上げると、その表情に複雑な微笑みが浮かんでいた。
「気を遣ってくれたんだね。でも、マイとルエダさんがうまく行ってないのは中学生の頃からだからさ。」
「あ、そうなんですね。」
「あぁ、マイがルエダさんと一緒に住み始めたのはその頃だったんだ。それまではマイは特にルエダさんを気にしてる素振りはなくて、ただ“許嫁”というものができた程度に捉えていたんだ。」
「…マイらしいですね。許嫁って言ったら、結婚相手なんだから興味を持ってもいいと思いますけど…。」
苦笑いを浮かべると、同じような苦笑いを浮かべてアルバードさんが答える。
「ね。でも、マイにとって許嫁はオルネスラスに必要なものでしかなかったんだと思う。きっとマイの感覚でルエダさんにとっても自分はそうだと思っているんだよ。」
アルバードさんの瞳が少しぐらついて見えた。それを隠すように瞼がゆっくり閉じられ、続けるように言葉を放つ。
「でも、ルエダさんはマイが良かったんだ。許嫁が欲しかったんじゃなくて、マイが欲しかった。」
微笑みを湛えたまま、その瞳だけは悲しみの色を放っていた。
「その気持ちのすれ違いが、お互い傷つけ合ってるんだよ、きっと。」
その困ったように笑うその姿に胸が締め付けられる。この人は今どんな気持ちでその事を話しているんだろう。自分の気持ちを抑えたまま、大切な人の今を何もできずに見守る。
そんな状況を、辛さをアルバードさんがどうにもできないのはきっと、マイのオルネラスへの気持ちをわかっているから。
「…マイは何でそんなにオルネラスにこだわっているんですか?」
「そうだな…。多分、お父さんのことを尊敬していて、お母さんに反発しているからだ思うよ。」
「お母さん?」
そういえばマイのお父さんは何度か会ったことあるけど、お母さんには会ったことがない。一昨日のレセプションも出ていなかったし…。
「あぁ、マイのお母さんアンナ・フェルバーグさんって聞いたことはないかい?」
聞き覚えのない名前にとらえず曖昧な微笑みを浮かべてみる。
「…えっと。」
「無いんだね。」
優しさ溢れる苦笑いを浮かべ、細く説明をしてくれる。
「アンナ・フェルバーグさんはルミリア女学園の理事長をしているんだ。」
「え?ルミリアって奈月とか、エルネストとかが行ってる?」
「そうだね。その二人が通ってるのは有名かな。ルミリアはそれだけじゃなくて、ランクベータの生徒数がこのアリストタリアで一番多かったり、アビリティ教育の他にマナー、品性などの教育も行き届いているから自然とお嬢様が集まるんだ。」
「へぇ、ルミリアってそんなすごい学校なんですね。というよりマイの両親、二人とも理事長なんて凄いなぁ。教育界のエリート家族だぁ。」
ホゲーと感心しているとアルバードさんが、それもそうなんだけどと苦い顔をする。
「ただね、フェルバーグ家の人達は代々、アリストタリア1の学園、オルネラス学園を守ってきた家系なんだ。だから、アンナさんがルミリアの理事長になるってなった時はすごい揉めてたよ。」
「あ…そういうものなんですね。フェルバーグ家なのにオルネラスではなくルミリアに加担するとは何事か、的な感じですか?」
「うん、そうだね。一族総出で止めたんだけど、アンナさんは止まらなくて…。特にマイのおじいさんとは相当揉めてたかな。」
「おぉ、マイのお母さんって意思が強いんですね。何だかマイに似てる。」
その共通点にさすが親子だと何だか少しおかしく思った。クツリと鳴る喉に、アルバートさんが共感するように微笑む。
「本当に。でも、その一件でアンナさんとおじさん、えっと、リーアスさんは別居するようになって、マイもアンナさんがフェルバーグを捨てたと思うようになったんだ。」
「その反発でオルネラスにこだわるようになったと…。」
アルバートさんはあぁ、と返事をしながらフォークをお皿に置き、紅茶を口に運ぶ。その目線が少し揺らいだ。
「だから、許嫁とうまくいっていなくともそれをマイから破棄することはない。…きっと、ルエダさんも。」
傷ついているのを隠すように微笑むアルバードさんに胸が淡く痛む。その様子になんて声をかけていいのか言葉が見つからない。
私の様子に優しく微笑み言葉を続ける。
「ルエダさんはマイのことをちゃんと好きなんだ。だから、マイのことを離せない気持ち、少しわかってしまうんだよ。」
困ったように笑う目の前のこの人は、何でこんなことを言えるんだろう。どうして優しすぎるんだろう。
そのやるせなさから胸が苦しくなってつい気持ちが溢れる。
「…なら、何で上手くいかないんですかね。マイは、ルエダさんとの関係で辛そうにする事が多い。」
「それは、きっと…。」
アルバードさんの顔に影が落ちる。その綺麗な碧眼が淀んだように見えた。
「マイの感情が戻ってきたから。」
振り絞るように紡がれた言葉の意味がわからなかった。
「感情が?」
聞き返すとアルバードさんはハッとするように顔をあげ、いつものプリンスの笑顔を見せる。
「高校生になってからマイは良く感情を出すようになったんだよ。中学生の頃はいつもつまんなそうにただ冷静に物事を見つめているだけだったから。」
今もマイは感情表現は少ない気がする。でも、よく見ると笑ったり、拗ねたり、照れたりたくさんの感情を見せている。私にわかってアルバードさんにわからないことはないんだろう。
そうなると、きっと、本当に中学生のマイは今よりも感情表現が無かったんだ。
「そう、だったんですね。」
「あぁ、だから、マイの感情を自分で動かせるのが嬉しいんだと思う。アマミさんにちょっかいかけるのも、マイの表情が変わるのが嬉しいのかなって。」
「私?」
「そうだよ。レセプションの時もちょっかいかけられていただろう?」
「え?」
…そうだったかな?アビリティがどうこう言ってた気がするけど、マイが怒っていたことの方が印象的で覚えていない。
でも、そうかぁ。そう言う感情の動きを見たくてマイに変な構い方をしちゃうのか…。
そんなことを思っていたらアルバードさんが困ったように笑っていた。
「アマミさんって天然なのか、大物なのか…。大物ではあるか。」
「え??」
「大丈夫。こちらの話だから。」
そう言って微笑むプリンスは完璧なプリンスだった。
やだぁ、綺麗な笑顔。きっと、なんか隠してる笑顔だぁ。その隠し事は聞いてはいけない気がしてるのでそっとしておきますけどもね?
「まぁ、だから上手くいってなくてもルエダさんはマイを離さないし、マイもオルネラスのために許嫁を辞めることはしない。このまま二人は一緒に過ごしていくんだと思う。僕たちにできるのは、できるだけ二人の仲を取り持つことぐらいなんだ。」
諦めに近いその言葉は何度も発せられたようにスラスラ紡がれた。
「そう言うことなんですね。」
「だから、今日、アマミさんがマイとご飯を食べるって聞いて嬉しかったんだ。休みの日に友人と過ごすなんて久々だろうから。」
優しく微笑むその表情に良かったです、と私も笑顔で応える。
「じゃあ、そろそろ…。」
アルバードさんが立ちあがろうとした時、少し驚いてしまった。
「え?まだ残ってますよ?」
「あぁ、結構量が多いからね。申し訳ないけど残すことにしたんだ。」
「…え?じゃあ、もうこれは?」
「えっと?残すのだけれど…だめだろうか?」
「だめかだめじゃないかと言われればダメだと思いますけど、食べれないなら仕方ないと思いますので、私がいただきます。」
ひと息で言い終えた私に、あぁ、と圧倒されながらアルバードさんはお皿を差し出す。
アルバードさんが食べてたカルボナーラも美味そうだなーって思ってたのよぉ。
濃厚なクリームとチーズの味わいを楽しみ、満足した私はアルバードさんに笑顔で伝える。
「ごちそうさまでした。行きましょうか。」
「あ…。うん。」
アルバードさんは少し驚いたように頷くと、クスクスと漏れ出すように笑い出す。落ち着きを取り戻すようにあー、と声を漏らすと微笑みながらこちらに話す。
「行こうか。」
その笑顔はいつものプリンスの笑顔よりも少し幼さを感じさせた。
お店を出てアルバードさんに別れを告げ、買い物に向かう。
メモしていた通りに買い物を行うだけなのに、卵はどれが良いか、飲み物はどうしようか、チーズ入れても美味しいのでは??とか余計なことを考えたせいで遅くなってしまった。
部屋に帰ったらもうイレアの姿はなかった。誰もいないリビングを見て自分の朝の態度を思い出す。罪悪感で胸が引っ掻かれたような痛みを感じる。
…でも、イレアは気にしてなさそうだったし。私が出かける時も、普通そうだったし。
その痛みに目を背けるように、いくつか言い訳をしながら買ったものを冷蔵庫に入れる。
マイが来る前にある程度終わらせておこ。
そう思って失敗はしないであろうサラダから手をつける。
奈月が教えてくれた通りに作って行くと、玄関の呼び鈴が鳴る。
え??もうそんな時間?
マイが来たのかと思い慌てて時間を見ても、まだ約束の時間にもなってなければ、マイから早く終わったような連絡も来ていない。
え???だれ??
玄関をそぉーっと開けると、濃紺の襟フリルのワンピースを上品に纏ったイレアが立っていた。
「あ、イレアか、誰かと思った。」
「誰かもわからないのにドア開くのやめなさい。」
いさめるように眉間に皺を寄せて注意する。
「わかったよ…。」
何となく今朝の勢いで素直に受け止められない。少し拗ねるように呟いてしまった。
イレアはそんな私をジッと見て、口を開く。
「…中に入っても?」
「いいよ。」
扉を開けて、中にむかい入れる。イレアが颯爽と中に入り、ドレスに合わせたネイビーのパンプスを脱ぐ。
通り過ぎるイレアからいつもと違う匂いがする。いつもの柔らかい花の香りじゃない。人工物特有の鼻に残る匂い。
きっとなんかブランドの香水なんだろうな。
何だかその香りとその服装がイレアをイレアじゃなくしているようだった。そんなわけないんだけど、何だか遠い存在に感じられた。
「もう作り始めてるのね。」
作りかけのチキンライスをサッと見やり、ただその事実を読み上げるようにツラツラと言う。
「うん。マイを待たせるのも悪いしね。」
私の返答に、そうとだけ答える。感情が読み取れないまま、イレアがテーブルに紙を置く。
「これ、今日の夜のトレーニング内容と最低限のアビリティチェック項目よ。あなた一人でもできるように機器の設定はしておいたから、21時までには終わらせて。」
感情なく、ただ指示を出すイレアがまた遠く感じてしまう。
そっか、そういうこともできるのか。イレアがいなくても毎日のルーティンをこなす方法。逆にそれができなければ本当に毎日イレアは私の世話をしなきゃいけないもんね。てか、今までが異常だったのか。
「うん。わかった。」
流石に不貞腐れるのも、素直に笑顔で取り繕うのも違う気がして、何となく声が上ずった気がする。居心地の悪いこの感情を持て余してイレアから目を逸らす。
「じゃあ、行くわ。マイ、喜んでくれると良いわね。」
そう言って笑いかけるイレアはドレスのせいかいつもよりもずっと大人のように見えた。
玄関に向かうイレアを見ているとあぁ、遠くにいくんだなぁ。何となくそう思った。
咄嗟にイレアのドレスをの端を掴む。
「…材料、多めに買ったから。」
その…と言い淀む私をイレアはその場で待ってくれる。
違う、先に言わないといけないのはそれじゃない。喉に張り付いていた言葉をどうにか紡ぐ。
「朝は、変な態度とってごめん。」
気まずさにイレアの顔を見ることもできず、そっとドレスを離す。
「また今度イレアに作るよ。オムライス。意地悪言ってごめんね。」
言わないと後悔すると思った。もし、遠くに行くのだとしても、前向きな理由で行ってほしい。その人が好きだからとか、一緒にいたいからとか。そんな理由がいい。
「だから、その、ちゃんと楽しんできて。」
「…いいの?」
「悪いわけない。子供みたいな事してごめん。」
何度目かの謝罪を伝える。イレアは今どんな顔をしているんだろう。きっと怒ってない。でも、自分のした事の幼さ、愚かさがわかればわかるほど私の背中にのしかかり、顔を上げることができなかった。
「それはそれで、物足りないわね。」
イレアの優しい声が耳に響く。
髪の毛がサラサラと撫でられ、その感触を確かめる。
ゆっくりと顔を上げると、呆れたような安心したような微笑みを浮かべるイレアがいた。
「行かないでって言うと思った。」
「言わないよ。」
「言ってもいいのよ?」
「ダメだよ。」
「そんな事ないわ。」
「そんな事ある。」
そう。そんなこと言って良いわけない。
だって、いま、私たちは外にいるんだから。
外に出たい。6年間で何度も願ったこと。
色んなものに触れたい、見たい、感じたい。そして、たくさんの人と出会いたい。その願いはちゃんと叶っている。
もう私たちは二人だけじゃない。マイがいて、エルネストがいて、みんながいて、おっさんだっている。
それは喜ぶことで、不貞腐れるようなことじゃない。
全部が全部思い通りにはならない。そんな当たり前のこと、幸せすぎて忘れていた。
この幸せは、もちろんあなたにも感じてほしいんだ。イレアだけじゃない、私の周りにいる人達にも。だからちゃんと楽しんできてほしい。
「もう、二人だけじゃないから。ね?」
そう言って笑顔を作る。
イレアの手が止まった。目線が逃げるように逸らされ、そうねとぽつり言葉が落ちる。
困ったような自嘲するような微笑みを浮かべて、撫でていたその手を離す。その手を庇うように、もう片方の腕がギュッと握りしめる。
「また今度、作るから。今日は気にせず楽しんできて?」
ね?と問いかけると、黄色の瞳が私を捉える。困った笑顔はそのままにありがとうと言うイレアの瞳は揺らいでいるように見えた。
「…じゃあ、もう行くわね。マイによろしく伝えといて。」
「うん!いってらっしゃい。」
そう言ってその背中を扉が閉まるまで見送った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
スイの部屋を出て、自室に戻る。玄関の扉が閉まり切ったのを音で確認してもたれかかり、力が抜けていくようにズルズルとしゃがみ込む。
「これじゃ、どっちが子供かわからないわね。」
両腕を抱きながら、自嘲気味に呟く。
あの子はいつもそう。
ついさっきまで子供みたいに振る舞っていたのに、どこかで大人になる。理性のスイッチが突然入り、私を置き去りにする。
『もう、二人だけじゃないから。』
その言葉がスイから放たれた。目の前に突然現実を突きつけられたようだった。
わかっていた、認識していたその事実があの子の口から紡がれた時、胸が酷く傷んだ。
ずっと、ずっと願ってたこと。スイが研究室をでて、普通の子供に戻ること。普通の子みたいに、友達と遊んで、笑い合う。望んでいたはずなのに、6年間という歳月が真逆の“独占欲”を育んでしまっていたらしい。
本当に私はあの子の隣にいて良いのだろうか。
…今、考えてもしかたないわ。もう、約束の時間になる。
せめて、隣にいても良い口実くらいは自分で作っていかなくては。
スイ?あなたはイヴァンさんとご飯に行くと言った時、拗ねてたわね。でもね、あなたが思っているようなことじゃないのよ。一連の事件、オフィシャルな場で話せないことを聞きに行く。あなたを狙うのが誰なのか。私は何があっても見つけ出す。
もう、あなたにこれ以上、無理して笑ってほしくないから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あらかた準備を終えて、あとはメインの工程を行うだけ。
そう、卵を焼くだけだ。
そろそろマイのセミナーも終わる頃な気がする。ビジョンを覗くとちょうどマイから連絡が入っていた。
[今、終わったわ。いつものところに向かうわね。]
「こんな時間まで、本当にがんばるなぁ。」
一人でしみじみ呟き、返信する。
[おっけー。わたしもむかうねー。]
ビジョンを閉じて手ぶらで家を出る。
いつもの道のりを私服で歩いていると変な気分になる。吹き抜ける風も日差しもいつもの朝のものではない。柔らかな暖かさをはらんでいる風が頬を撫でる。道だけがいつも通り。
何だか落ち着かなくて周りの景色を見渡す。そよぐ木々も何故かよそよそしか感じた。
しばらくしていつもの待ち合わせの場所に近づく。いつもの木の下で本を読みながら待ってくれてるマイがいた。
サラサラと風に撫でられる風を耳にかけ、その静かな瞳は文字を追うように上から下へ動いている。瞼が下がるたびにその長く上に伸びているまつ毛がゆったりと下げられる。
いつものマイだった。それが何だかすごくたまらなく嬉しくて、安心した。自然と頬が上がり、声が弾む。
「マイ!お疲れ。」
本から視線をあげ、そのラベンダー色の瞳が私を映す。本をしまいこちらに向かってきてくれる。歩くたび淡いブルーのスカートが揺れ、柔らかなシフォンプリーツに波を起こす。少し透け感のあるホワイトのハイネックに厚手のアイボリーのカーディガンが、マイの儚い雰囲気によく似合っている。
私服を着ることによってマイの美少女感がより強調されている気がする。いや、制服でもちゃんと美少女なんだけど。
「お待たせ。セミナーどうだった?疲れてない?」
「大丈夫。すごくわかりやすい講義だったから、あっという間に終わってしまったわ。」
「そっか。あ、うちの家こっちだから。」
案内するように先に歩みを進める。マイがその隣に並び、ついてきてくれる。
「休みの日まで勉強するなんて、偉いね。」
「休みの日だから勉強するのよ。」
当たり前のように帰ってきた言葉に自分との圧倒的な違いを感じる。
休みの日ならゆっくりしてたいじゃないの。友達と遊びたいじゃないの。そんな言葉を飲み込みながら納得するように頷いてみせる。
「なるほど。確かに、そうだね。」
「思ってないでしょう?」
チラリとこちらをみて淡々と嘘を暴かれてしまった。何となく責めるような雰囲気に言い訳がましく言葉が出てくる。
「だって、休みなら友達と遊んだり、ダラダラしたいなーって思っちゃったんだもん。」
「別に悪いことじゃないと思うわ。私はアマミさんが言うような過ごし方より、今日みたいな過ごし方の方が向いているというだけよ。」
「向いてる?」
何となく違和感のある言い回しだった。私の問いかけに表情を変えずに淡々と答える。
「ええ。家で何もせずに過ごすのは、少し焦ってしまうの。何かしてないと、目的が果たせないんじゃないかって。」
目的。きっとオルネラスの後継のことなんだろう。今日アルバードさんから聞いた話を思い出す。お父さんへの尊敬とお母さんへの反発か…。
「その目的ってマイにとって大切なことなんだね。」
「大切…。」
言葉を転がすように復唱し、考えるように黙り込む。
「違うの?」
「…わからないわ。ずっとそのために生きてきたから。重要ではあるけれど、大切という感覚かはわかはない。」
その言葉達は何の纏もなく紡がれる。本心で本当にわからないんだろうな。マイの悩むような表情の奥の方に少し苦しみを見る。
「マイはさ、大切なものって何がある?」
こちらを見て考えるように軽く握った手を顎のところに持っていく。また悩み始めてしまった。
そんな姿をみて少し可愛らしく思えて、自然とクスッと笑ってしまった。
「ごめんね。そんなに悩ませるつもりはなかったんだけど。そんなに頑張ってる事が大切かわからないなら、マイにとって大切なものって何かなって。」
「大切なもの…。」
まだ悩んでるマイに笑いかけながら言葉を紡ぐ。
「私はね、沢山できたよ。イレアにもらったブレスレット、奈月とお揃いのキャップに、友達にもらったマグカップ。」
指を折り曲げながら数えていく。
「モノだけじゃない。奈月と6年ぶりに話した会話とか、昨日エルネストといったお買い物とか、マイに生徒会長業務を教わったこととか、目線が怖かった時マイが守ってくれたこと。多分、今日も大切な思い出になる。」
ね、とマイを見るとマイがこちらを真っ直ぐ見つめていた。
「アマミさんは、きっと、心が豊かなのね。私は探そうとしてもそんなに多くは見つけられない。」
そんな真っ直ぐな瞳で言われると流石に照れてしまう。
「そんなことないと思うけど…。多分ね、他の人より持ってなかったから、沢山目につくんだと思う。」
「持ってなかった?」
「うん、研究室に入った時、一度無くなったから。友達との繋がりも自由も。」
何となく言った言葉に、マイの瞳が悲しげに下げられたのに気がついた。慌てて言葉を続ける。
「でも、大切な思い出は無くならなかったし、研究室に入ったからイレアとも出会えた。全部が全部嫌な事ばかりじゃなかったんだよ。研究室に入ったから今の私がいる。こうやってマイといれるのもそのおかげかもしれないしね。」
そう言って笑いかけるとマイは驚いたように少し目を見開いてこちらを見つめる。フッと力が抜けるように頬を緩め、目を細める。優しい瞳だった。
「そうね。」
その声も、瞳も全部が優しくて、昨日の傷ついた表情はそこに残っていなかった。
それが嬉しくて私も釣られて口角が上がる。
「よーし、オムライス頑張ってつくるぞぉ。」
「すごく楽しみだわ。」
「なんとなく、今日ならうまく行く気がする。もしちゃんとしたオムライスになったらごめんね?」
何だこの謝罪。心の中でつっこんでいるとマイが真剣な眼差しでこちらを見つめる。
「期待しているわ。」
「え?どっちの意味で?」
「…期待しているわ。」
「…マイ?」
マイの瞳の奥底が見えなかった。え、なに、この子。怖いんだけど。
と、とりあえず頑張って作ればいいんだよ!きっと!上手くいたほうが本当はいいんだから!!
「…アマミさん。凄い…。」
マイの目がこんなに爛々と輝くのを初めて見た。そのラベンダー色の瞳にはチキンライスの上に鎮座する立派な厚焼き卵が写っていた。
「何の工程も間違えていないのに…!どうしたらこんなことに…!」
世界の不思議を発見した科学者ばりに興奮している。すごい失礼なことを言っている自覚はあるのかな??
「本当に凄い…。」
「まって?褒められる事ではないのよ。」
「天才的だわ。さすがアリストタリア第1位…。」
「やめて??そのための称号じゃないのよ。」
「どんな練習をしたらこの出来に…?」
「逆だよ?練習しないからこの出来なのよ。」
マイの怒涛のボケ?に訂正を入れつつ、我が傑作を見る。前回より巻きの回数が多くなってる気がする。その方面で見たらうまくいってるのだろうけど、ゴールが全然違うのよ。
自分の傑作に溜息を吐きつつ、マイを見るとまだ興奮しているように目を輝かせている。
ま、本来の目的が達成できたならそれでいいか。その表情に安心して胸を撫で下ろす。
「じゃあ、私のはマイがやってみてよ。」
「私が?」
キョトンとこちらを見るマイに卵を割ながら応える。
「うん。マイ料理好きなんでしょ?カシアちゃんが言ってたじゃん。」
「でも…アマミさんみたいにできないわ…。」
流石にバカにしてるのかと思って、ジトーと目線を送ったけど真摯に不安がってて、あ、まじだと思った。まじで言ってんだこの子。恐ろしい子。
「…私みたいだとダメなのよ。世間一般的に。」
「そんなことないわ。」
やだ、凄い、真っ直ぐな瞳。どうしよう。この曇りなき目。
「…わかったから。私はマイが作ったやつが食べたいの。」
「…そう。じゃあ、私がやるわ。」
「お願い。」
そう言って卵の入ったボールを渡すとあれよあれよと手際よく作っていく。フライパンを巧みに動かして、箸を器用に使う。液体と固体の中間のフルフル感を存分にアピールしながらチキンライスの上に不安定に鎮座する。
完璧なオムライスが出来上がっていた。
「…アマミさんみたいにいかないわね…。」
何残念がってるのよ。方向性が間違っていることに気づいて??
「いいんだよ?これが正解なんだよ?」
「どうやったら、あの出来に…」
また軽く手を握り顎の下に持っていく。マイの考える時の癖だ。その様子に少し呆れ気味に息を吐く。
「マイ、食べよう?冷めちゃうよ。」
その言葉に顔をあげてそうねとつぶやく。
テーブルにはサラダとミネストローネ、それぞれの形をしたオムライスが並んだ。
ええ、これは奈月が教えてくれたままのラインナップ。料理下手は特定の物しか繰り出しませんので。
席について、じゃあと言おうとマイを見ると瞳だけが爛々と輝きながらオムライス(厚焼き)を凝視している。少しは落ち着きを見せてるのだろうけど、目が口ほどに物言っちゃってんのよ。何ならスプーンをすでに握ってるし。
何も言わない私を急かすように、こちらを見る。
「アマミさん?」
「あ、うん、食べようか。」
「「いただきます」」
握っていたスプーンをゆっくりオムライス(厚焼き)に差し込み器用にチキンライスも掬い上げる。その断面をキラキラとした瞳で見つめて口に運ぶ。何度か咀嚼したあと爛々とした瞳で再びオムライス(厚焼き)を見つめ、興奮気味に言葉を紡ぐ。
「すごい…。普通の味がするわ。」
「褒めてないね?」
「褒めてるわ。こんな見た目なのにオムライスの味がするのよ?見た目だけが変なの。工程も味もオムライスなのに見た目だけ…。凄いことだわ。」
「凄いのかな…?」
「凄いわ。」
そう断言するマイに圧倒されながら頬を引き攣らせる。
私は私でマイが作ってくれたオムライスにスプーンで切り込みを入れる。横にスーっとスプーンを運び、卵をスプーンで軽くこづくとチキンライスにそうように卵がペラっと広がる。トロトロの中身が重力に逆らえずゆっくりと滑り落ちていく。
「うまそっ…。」
チキンライスと一緒に口に運ぶと卵の優しい味とケチャップの酸味、チキンライスの甘さが口いっぱいに広がる。
「…うまぁぁ。」
自然と手がほっぺたを支えるように包む。美味しいモノを食べた時にほっぺ落ちるって最初言った人、尊敬する。本当に落ちる。あなたが言い始めなかったら私が言い始めたんじゃないかってレベルで共感できる。
「マイ、すごい。すんごい美味しい!!」
興奮気味にマイに伝えると少し驚いたように目を見開き、ぱちくりさせ、口を開く。
「そんなにじゃないわ。アマミさんのオムライスの方が凄いわ。」
いや、凄いの方向性が違うんだけどね。その言葉に苦笑いを浮かべる。
「凄いことには凄いんだろうけど…。確実にマイが作ってくれたオムライスの方が美味しいよ。それ食べたことないけど。」
「ないの?」
マイはそう言って再びオムライス(厚焼き)に目を向ける。無言のまま器用に卵とチキンライスをスプーンの乗せ、こちらに差し出す。
「食べてみたほうがいいわ。感動するから。」
「感動…。するかな?」
苦笑い浮かべてもマイは何も言わずにスプーンを差し出す。
口を開き、スプーンを咥える。
…なんかすごい、層を感じる。そして卵を感じる。
「…なんか、すごいね。」
「普通なのに凄いわ。」
「感動はしないけど。」
「なぜ?」
まっすぐすぎる疑問に何も言えず苦笑いで応える。大層不思議そうな顔をして首を傾げるマイをそっとしながら完璧なオムライスを頬張ると、やっぱりこっちの方がいいなと自分の普通な感性にホッとする。
「このオムライスはソメヤさんが食べたの?」
「いやー、そっちはイレアだね。奈月はスクランブルエッグ系だったな。」
「イレアが…。イレアは感動してなかったの?」
「あ、うん、美味しいとは言ってくれてたけど、マイみたいに爛々としてはなかったかな?」
「爛々?」
自覚なしかぁ。写真撮って送りつけてやりたいぐらい爛々としてたよ?
そんなことを思ったとき、昼間のアルバードさんとの会話を思い出す。
『マイの感情が戻ってきたから。』
そう呟くアルバードさんはどこか影があってどこか寂しそうだった。感情が出てくるのは良いことだと思うけど、アルバードさんにはまた別の何かが感じ取れてるのかな…。
「アマミさん?」
マイの声に引き戻される。
「あぁ、ごめん。考え事。」
「…そういえば、イレアは?隣にいるの?」
マイは何か探るように問いかけてきた。
「イレア?」
「ええ、隣に住んでいるんでしょう?」
確かそんな話もしたかな?
マイの質問に答えようと思ったら胸の奥がざわついた。そんな子供ぽいざわつきを見せまいと平常心を装いながら言葉を紡ぐ。
「イレアはおっさんとご飯にいってるよ。」
私の返答に考え込むように、そうと呟き、ゆっくりと口を開く。
「…浮気?されてるの?」
喉を通り過ぎようとしていたジュースが、その言葉に急停止した。
「グッ!フッ!」
危ないー。出るところだったー。ナイスー私の口。
何とか飲み込み乱れた呼吸を整える。
「マイって時たま暴力的な言葉を放つよね。」
「そうかしら?」
やだぁ、もうこの子ほんとに真っ直ぐな目をするのよ。悪意はないのよぉ。
悪びれもせずに言葉を紡ぐ。
「アマミさんだったら妬きそうだなと思っただけよ。」
「表現よ。浮気ではないでしょ。」
「…それもそうね。」
「確かにスネはしたけど…。」
「やっぱり。」
予想通りだったらしく、先ほどまで爛々と食べていたオムライスを淡々と口に運ぶ。
ごめんなさいね、予想通り子供で…。
拗ねるように口を尖らせながら言い訳がましく話す。
「だって、マイと約束したって言ったらすぐにおっさんに電話かけて、笑顔で夜ご飯の約束したって言うから…。」
「そう。」
「なんか、ここぞとばかりって感じがしたんだよ。待ってましたって感じだったから。」
「そうなの。」
淡々と相槌を打つマイに何だか責められてるような気がしてしまう。何となく居心地が悪くなってオムライスを口に運ぶ。うまぁ。
「きっと、イレアは、気を使ってくれたのよ。」
マイの呟きに聞き返す。
「え?」
「何でもないわ。」
マイの様子に首を傾げながらオムライスを口に運ぶ。うまぁ。
マイがクスッと笑いを漏らす。
「アマミさんってすぐ顔にでるわね。」
「え?そう?」
「ええ。良かったわ、美味しいなら。」
そう言って微笑むマイは月が瞬いたような眩しさを放っていた。
その眩しさに胸が高揚する。
マイが笑ってくれると嬉しい。元気でいてくれると嬉しい。そんな純粋な気持ちを溢れさせるような笑顔だった。
「うん!美味しい!」
喜びのまま答えると、そうと笑顔でマイは応えてくれた。
ご飯を食べ終えて少しゆっくりしたあと、時計を見るともう良い時間になっていた。
「もうこんな時間なんだ。そろそろ帰らないと家の人が心配しちゃうね。」
そうマイに言うと目線を逸らしながら、ええと答える。
その姿に何だか胸が締め付けられる。何か言わないと。そんな焦りを感じさせるような表情だった。
「また!ご飯食べにきてよ!次はさ、マイが料理教えて!」
「…ええ。私もまたアマミさんの料理食べたい。」
そう言って微笑むマイはどこか儚げでもどかしかった。
その儚さをそっと抱きしめて安心させてあげたい。
…そんなことを私なんかが思っちゃいけない。アルバードさんはもっともっと強く思っているはずなのに。
「途中まで送るよ、もう暗いから。」
「大丈夫よ。」
「たいじょばない。」
そう言って羽織を着るとマイがボソッと呟く。
「ありがとう。」
「いーえー。」
ニヘラと笑ってみせると、マイも笑ってくれた。
外に出ると昼間の暖かさは冷まされて肌寒い風が吹き抜ける。
私はこの空気が好きだ。息を吸うと肺に温度が入ってくる。熱を冷ますようなそんな涼しい感覚。
「…イレアと喧嘩したの?」
「へ?」
突然の質問にまた何事かと聞き返す。マイの脈絡のなさはいつものことだけど…。
「拗ねたんでしょ?」
「あー、今日のこと?」
「そう。」
マイを見るとただまっすぐ前を向いて歩いていた。その表情から感情が読み取れない。
「喧嘩ってわけじゃないよ。私が勝手に不貞腐れて、イレアがそれに呆れてただけ。イレアが出かける前にちゃんと謝ったし多分もう何ともないと思う。」
「そう。よかった。」
淡々と応えるマイによくわからないまま、うん、とだけ返す。
「ここまでで良いわ。もうそこが屋敷だから。」
「あ、そうなの?」
「ええ。今日はありがとう。すごく楽しかったわ。」
「ううん。私も楽しかったし、美味しかった。ありがとう。」
じゃあと言いかけた時、マイが口を開く。
「イレアに、ありがとうと伝えておいて。」
「え?イレア?」
「ええ。」
「うん?」
最後の最後でよくわからないけど、まぁ、伝えておきますか。
「じゃあ、また学校で。」
そう言って歩みを進めるマイの背中にまたねと伝えて、家に帰る。
帰宅して、イレアに言われた通りメディカルチェックとトレーニングを済ませる。メディカルチェックはいつもやってる簡易版みたいなモノだったけど、特に問題なく終わったと思う。
…イレアに言われた時間は少し過ぎてしまったけれど。ま、遅い時はもっと遅いから大丈夫でしょと一人で言い訳をする。
数値を測ったら自動的にイレアと研究室にデータとして送られるようになっているらしい。
確かにこれだったらイレアがいなくてもできる。そのことが嬉しかったり、寂しかったりするけど、これができたと言ってイレアがいなくなるわけじゃないんだからと自分に言い聞かせる。
シャワーを浴びてもう寝る準備をする。やることもないから、早く寝よう。そう思って布団に入るとイレアからもらったブレスレットが青い光を滑らかに放つ。
これは着信だ。イレアから?メディカルチェックが実は上手くいってなかったとか?
「イレア?ごめん、メディカルチェックできてなかった?」
「…ちょ、まって…。」
「イレア?」
「…才女?」
……………。
この声…。
「…おっさん?」
「…才女、あの、イレアちゃんが凄くって…。」
「…は?」
「いや、まって、怒らないで、おねが…。」
「どこいんの?」
「まって、声低っ。おっさ…」
「どこいんの?」
「…えっと…」
おっさんから場所を聞き出して、すぐにバルコニーから飛び出す。
イレアが…。どうなってるのか聞かずに飛び出してしまった。余計に不安が煽りアビリティを使って氷のボードで急いでイレアの元に向かう。
ボードをひねるようにスピードを緩め、言われたあたりの空に止まると濃紺のワンピースに桜色の髪の毛を見つけた。慌ててボードを消して重力のまま落ちていく。
地面を歪めて衝撃を吸収させながら着地する。
「イレア!」
顔を上げるとおっさんの首に腕を回して支えられるように立っているイレアがいた。私の到着におっさんが情けない顔をして情けない声を出す。
「さいじょぉ。」
…どういう状況??
理解できず二人を見る。
どちらも綺麗な格好をしている。イレアはキレイメなワンピースに、おっさんはジャケットスタイル。でもここは繁華街。居酒屋が立ち並んでいてその服装と合っているとは言い難い。
「…う…ん。」
イレアが寝てるようで目を閉じておっさんにもたれかかっている。無意識におっさんの方に首をもたげ、額をおっさんの首に擦り付ける。その仕草に胸がドキッと慌てる。
「ちょっ!!!」
「さいじょ!!助けて!!おっさん理性がやばい!!」
何だそれ!!心の中で突っ込みつつイレアをおっさんから引き離すように腕を引っ張る。
勢いのままイレアは私の方に抱き寄せられ、倒れないように背中に腕を回す。イレアはイレアでちょうど良い場所を見つけたのか首のところに顔を埋める。
ゼェーゼェーとお互いに息を吸って、とりあえず息を整える。
スースーと寝息を立てるイレアを間近で見て気がつく。
「酒臭っ!」
「やめなさいよ!レディに向かって!」
おっさんが全力のツッコミを入れてくる。
イレアの顔を見ると少し紅潮してるようだし、こりゃ酔っ払って寝てしまったのか。
「…どんだけ飲ましたの…?」
ギロリと睨みつけるとおっさんが怯えるように首を振りまくる。
「違うのよ!!途中まではホテルで優雅にディナーしてたんだけど、イレアちゃんがまだ帰るのは早いかもって言ってたから二軒目に誘ったら居酒屋がいいって。意外と庶民的で良いなーなんて思って…。」
「何の話?」
「ごめんなさい。」
即座に謝るおっさんを冷ややかに見つめながら説明を求める。
「で?」
「そうしたらですね。イレアちゃん少し元気なかったようですので、話を聞いたら、才女が今日不貞腐れてたとか?何とか?そこからお酒のペースが早くなっていってですね。止める頃にはもうこんな感じで。」
……………。
私か…。私の不貞腐れがこれを招いたのか…。
紅潮しているイレアの顔を見つめながら、何と言ったら良いかと思案する。
「この子危ないよ。酔っ払ったら色気がすごくて。もうおっさん理性との戦いよ?」
「…。」
言葉にならない怒りを目線に乗せる。
「待って、誘惑に打ち勝ったおっさんを褒めてくれても良いけど、今にも襲いかかりそうなその目はおかしいと思うの。」
確かに…。私を呼んだのは変なことをしてないという証拠でもある。こんな状態のイレア、確かに色んな意味で危ない。
「確かに。それは偉い。」
「でしょ?」
良いのか、このおっさん。女子高生に偉いって言われてまんざらじゃないけど、良いのか?腐っても執行部隊連隊長でしょ?
いつもとは違う自分が有利な状況に酔っているのか、ただ単純にアルコールに酔っているのかおっさんは饒舌に続ける。
「ほんとはね、ディナーの後にいい雰囲気になった時用にホテルの一部屋借りてたんだけ…」
「は?」
饒舌に動いていた口がぴたりと止まり、その表情も固まる。私の怒りの感情を読み取れるぐらいには、意識はしっかりしてるらしい。
「…いや、ほら、大人の嗜みっていうかね?いやでしょ?段取りの悪い男。」
「…。」
私の目線が今日1番に鋭くなったことに気がついたらしい。おっさんが汗を大量にかき始める。
やっぱりこのおっさんは…。イレアに回している腕の力を強くする。
「う…。」
首元に埋まっていたイレアから声がする。きつくしてしまったかと思って慌ててイレアを見ると、目を覚ましたようで、ぼーっと目を開けていた。
あまりにも珍しい姿に、目をぱちくりさせてしまう。
「イレア…?大丈夫?」
酔いのせいで潤んだ瞳、紅潮した頬、漏れる吐息。
確かに…!危ない…!
その色気に胸が強制的に爆音を立て始める。
潤んだ瞳が私をボーっと写し、理解したのか、いつもの大人の微笑みとは違う腑抜けた笑顔を作る。
「スイー…。」
そう言って甘えるように頬を首元に擦り付ける。イレアの髪からいつもとは違う、香水の匂いがする。
「ちょっ、イレア、おっさんが…。」
この一連の流れおっさんは両手で顔を隠して見ないようにしている。いや、ちょくちょく見てるけど。
「なに…?」
私の制止にイレアが寂しそうに見つめてくる。
やめてよ…!その目…!
グッと口に溜まった唾液を飲み込む。
「いや、その…。」
「いや…?」
甘えるように、悲しそうに言うイレアにひどく揺さぶられ、頬が熱くなるのを感じる。
やめてぇ。やめてよぉ。
その瞳に耐えきれずおっさんを見ると、な!!ほら!!な!!って顔をしてくる。
やめて?仲間にしないで?わかるけど。理性との戦いの意味が今わかったけど。
そう思いながらおっさんをジトーと見ていると、頬が触れられる。無理やり手で顔の向きを変えられ、イレアの顔が目の前にくる。
「こっち見て…?」
耳を掠める声は甘くどこか縋るようで、潤んだ黄色い瞳はいつもの冷静な眼差しではなく酷く熱を帯びたようだった。その熱が、瞳が何を言いたいのかわからず、ただ頬が熱くなるのを感じていた。
耐えきれず目線を逸らす。
「スイ…?」
無理だよ。こんなの。心臓が持ちません。胸の中で祭りでもやってるのかな?って思うぐらい鼓動がうるさいもの。
「いれ…」
唇が何かに触れ、紡いでた言葉が遮られてしまった。
何が起こっているかわからないまま、静止していると、舌が何かに触れた。
待って、まって、まって。
パニックを起こしながら感覚を確かめる。頬を包むイレアの両手、頬骨を掠めるイレアの鼻、触れる唇と、入っているイレアの…。
「イレアちゃん!!才女が沸騰する!!」
その言葉と共にイレアが離れていく。
胸がバクバク音を立てて、何もしていないのに息が荒くなる。
咄嗟に唇を隠す。
「さ、さいじょ、だ、大丈夫か?」
「だ、だい、じょ、ばない…。」
耳までとんでもなく熱くなってる。もう誰かと目を合わせられる精神状態ではなくなってしまった。
「スイ…?」
おっさんに腕を引っ張られ、ふらつきながら立つイレアは不思議そうな心配そうな顔をしていた。
心配そうな顔したって、あなたのせいですけど!?
心の中で叫びながらため息をつく。胸の爆音を聴きつつ、おっさんにこれまでの介抱を労おうと思った。
「おっさん、これは、そう、よく耐えたね。」
「いや、おっさん、ここまでの事はされてないよ?」
「…されてたらおっさん潰してたかも。」
「…恐ろしいこと言うのやめて?」
ジトーと目線を送ってくるおっさんをシレーと無視していると、おっさんがしみじみと話す。
「…才女の束縛すごいなって思ってたけど、イレアちゃんの方が凄いかもね。」
「うっさい。」
拗ねるように、照れるように呟くとおっさんがため息混じりに呟く。
「これじゃイレアちゃんと良い感じになるのもまだ先かぁ。」
「…何言ってんの?」
「いやー、だってあんな熱烈キスシーンを見せられたらねぇ?」
「ちょっ…絶対他の人に言わないでよ…?」
「言わないさー。そんなデリカシーのないこと。僕紳士だからね。」
はぁーとため息をつくおっさんに疑惑の目線を送る。
「どうだか…。ホテルまで取ってたんでしょ?」
「おうよ。段取りのいい紳士だろ?」
「どこか紳士なの?」
「紳士でしょーよ。連れ込めるホテルに連れ込まないで迎えを呼ぶのよ?こんな紳士他にいる?」
腹が立つけど。たしかにその通りではある。グッと黙り込むといつもの力の抜けたような笑顔を作り、頭を撫でてくる。
「大丈夫よ。ちゃーんとそこら辺は良識ある大人だから。イレアちゃんが振り向いてくれるまで変なことはしないさ。」
それはそれで…。その時が来たらイレアはおっさんのこと…。胸がギリっと痛む。その痛みに、束縛、確かにそうかもしれないと納得してしまう。そんな痛みを隠すように、揶揄うように言葉を紡ぐ。
「じゃあ、おっさん、ずっと変なことできないね。」
「なにを!!」
そのやりとりをぼーっと見ていたイレアがおっさんの手を掴む。不愉快そうにおっさんを見つめて、呟く。
「あんまりスイにベタベタ触らないで。」
「イレアちゃんまで!!」
そんな叫びを聞いて、クスクス笑っているとイレアがまた背中に腕を回しぎゅっと抱きしめてくる。
「どうしたの?」
「愛しくて。」
そう言うイレアの笑顔はいつもより幼くて、ただ本音が漏れてるようだった。
…もう疲れたよ。ドキドキ疲れ?ドキ!っていうの疲れるのよねぇ。ため息でその熱を吐き出してイレアに微笑みかける。
「うん、ありがとう。イレア、帰ろっか。」
「ええ。」
そう言って微笑むイレアは幸せそうで何よりだった。
「…変なことするなよ?」
おっさんが無粋なことを囁いてきたけど、睨みつけて無視をする。
イレアの背中と足を抱えて、持ち上げる。
「じゃ、おっさん、気をつけて帰って。」
「へい、へい。才女もな、気をつけろよ、色々。」
その言葉に含みを感じる。きっとジルさんのこと、発足宣言のことそれらを言っているんだろう。
「うん。…ありがと。」
「素直でよろしいな。イレアちゃん、あんまり困らせるなよ。」
なんか、最後の最後に大人っぽく振る舞われて、何となく腹が立つ。まぁ、イレアがこんなになったのも私のせいらしいから何とも言えないけど…。
そんなことを思ってイレアを見ると、いつの間にかスースー寝息をたてて眠っていた。
今日はイレアの新しい一面を見た気がする。自然とクスッと笑いが溢れてしまった。
「じゃ、ほんとに帰るから。」
「おうよ。」
そう言っておっさんがやる気なく手を挙げるのを見て、氷のボードを作り、夜空を駆ける。
バルコニーについて部屋のドアを開けると、イレアが目を覚ました。
「あれ…?」
ぼーっとしてるイレアに説明をする。
「帰ってきたよ。水、のむ?」
「…ええ。」
まだ酔いが覚めてないのか、ボーッとしているイレアをベットの上に座らせ、靴を脱がせる。
玄関に靴を置いて、水をコップに入れる。
「はい。溢さないようにね。」
「…ありがとう。」
素直に返事をして、気をつけて水を飲むイレアがなんだか子供みたいで可愛く思えた。空になったコップを受け取り、まだ飲むかと聞いたら首を横に振っていた。
コップを受け取り、キッチンに置きにいく。
お風呂は…入れる状態じゃないか。とりあえず着替えさせて…。そう思って寝室に行くと髪をほどき、ワンピースを脱ぎ始めているイレアがいた。
「邪魔…。」
袖のところのボタンがきついようで、悪戦苦闘していた。
「ボタン取れちゃうよ。」
そう言ってイレアの手を取って代わりにボタンを外す。
あとは…。首の後ろか…。
「イレア、首、ボタン取るから。」
「ええ。」
そう言って頭を下げて首の後ろをこちらに差し出す。解いたばかりの髪の毛が乱雑にボタンを隠す。イレアの桜色の髪を引っ張らないように避けて、ボタンを外し、チャックを下げる。
「取れたよ。」
「ありがとう。」
そういうと、イレアはおもむろに立ち上がり、まだ足元がおぼつかないのか、ふらっとよろめく。イレアが転ばないように慌てて手を掴む。
「危ないから。」
「…ん。」
イレアが手を握り返すのがわかる。感触を確かめるように、触れられる。
ワンピースを脱ごうと肩から落とし、袖を抜く。全て脱ぎ終えて、先程まで上品に纏われていたワンピースが乱雑に倒れ込む。
シワにならないように拾い上げて、軽く畳む。一旦机の上にでも置いておこう、そう思って、机の方に行こうとした時、腕を掴まれた。
「どこに行くの…?」
「あ、いや、これ置きに…。」
そう言いながら振り向くと、下着姿のイレアが縋るように見つめていた。乱れた髪に、淡いグリーンの上下合わせた下着。
…これは…!…危ない…!!
今日何度目かのドキ!を感じながら、あ、耐性ついたかもとどこか冷静な自分がいた。
「いい…。」
「なにがっ!」
腕を強く引かれて、ベッドに倒れ込む。ボフンとベッドが私を優しく包み込む。
私の顔の横に手をついて、覆い被さるようにイレアが乗る。乱れた髪に、イレアの肌によく合う淡いグリーンの下着、潤んだ瞳に紅潮した頬。私が見てきた中で一番艶やかな景色だと思った。
「スイ…。」
ぽつりと紡がれたのは私の名前。
どうしたの?と言う言葉は喉に張り付いて出てこなかった。
顔を近づけ、瞳を閉じるイレアに再び鼓動が大きくなる。
何が耐性ついたのよ。全然無理。全然爆音。全然お祭り騒ぎ。
またーっ…!
そう思って目を閉じると、トンと胸のところに重さを感じた。
んえ?うすら目を開けると、イレアが私の上にうつ伏せに寝転ぶように乗っかり、確かめるように頬を私の胸に擦り付けていた。
何だかその姿が甘えてるようで、胸の奥がこそばゆくなった。
全く…。このお騒がせ美人は…。心の中でひとりごちる。
イレアの乱れた髪の毛を解くように撫でると、心地良さそうに微笑む。イレアの腕が背中に周り、抱きつくような形で力が込められる。
「スイ…。」
寝ぼけているイレアに笑いかけながら返事をする。
「ん?」
「…今度こそ、私が…。」
「うん。」
「…守るわ…。」
「…っ。」
胸が締め付けられた。この甘く苦しい痛みは、喜びに耐えきれず漏れてたもの。
大切な人が大切にしてくれる。そんな奇跡のような日常をイレアはずっと私にくれる。
イレア、私はあなたが大切。大切すぎて今日みたいに拗ねたり、反発したりしちゃうんだ。頑張ってすぐ大人になるから、今日みたいにイレアを悩ませたりしないから、だから、ずっと一緒に。
そんなことを思いながらイレアの髪を撫でる。イレアは心地良さそうに寝息をたて、それを聞きながら私も意識を手放す。




