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チートだったら神さまになれるって本当ですか?  作者: 上野史華
チートだったら略奪できるって本当ですか?
28/33

お買い物

しばらくして、フィルマンとマリウスも生徒会室に集まった。

何故かフィルマンが澄まし顔で入ってきて、私とマチルダは二人してキョトンとしてしまった。

エルネストとイレアはゴミを見る目だったけども。

マイはもはやチラッと見て、よっぽど興味ないのか机の傷を眺めていたけども。

「フィル?どうしたのですか?何か良いことでも?」

あまりにも聞いて欲しそうなその顔に、マチルダが天使のような微笑みを浮かべ聞いてあげていた。

「マチィ、聞いちゃう?俺らの朝からの人気者ぶりを。」

短い髪の毛をサラッと後ろに流すような仕草をして、フィルマンがこれでもかというぐらいドヤっていた。

朝からの…。あぁ、やっぱりみんなのところもあんな感じになったんだ。登校時に囲まれたことを思い出す。なかなかに恥ずかしかったけどね。

「やっぱりフィルマン達も?」

「あぁ、エンジェルも?」

フィルマンは変わらずドヤ顔でこちらを見つめる。余りのドヤり方に苦笑いが漏れる。

「あ、うん、マイと登校中に昨日の発足宣言見たって人から囲まれて、マイを連れて教室に逃げ込んだんだよね。」

思い出すようにマイに笑いかけると、ええ、と同意してくれた。

「マイは慣れてたみたいでありがとうとか普通に言ってたんだけど、私は恥ずかしくて疲れちゃって。」

照れるように言うと、フィルマンはドヤ顔のままフリーズしていた。

「囲まれて…?」

「うん?」

フィルマンの感情が読み取れない。ただこれぞドヤ顔という顔をキープしたまま固まっていた。

「俺らは囲まれてないもんな。」

マリウスがサラッと言い放ち、続ける。

「普通に教室に入って、普通に席について、仲間内からすげーよって言われたぐらいだもんな。仲良い女子からスイの事とか他のメンバーのことを興奮気味に聞かれただけだもんな。」

止まらないマリウスの告白にフィルマンは葬式みたいな空気を醸し出す。どうやら朝の出来事を自慢しようと思っていたみたいだった。申し訳なさを感じて口を開こうとした時、追い立てるようにマイが話す。

「アマミさんは放課後呼び出されてたわ。」

マイってちゃんとトドメ刺すタイプだよね。

あまりの無慈悲にきっと同じ気持ちのエルネストとシラーとした目線を送る。

「…エンジェル、楽しいか?僕を弄んでっ!!」

やっと動き出したフィルマンが涙目で訴えてくる。

この人、すごい弄ぶって言ってくるけど、一回も弄んだつもりないのよ。

「…いや、フィルマン、落ち着いて?」

「落ち着けるかっ!!放課後呼び出しって…!お父さん許しませんよっ!!!」

あ、何、お父さん的な目線なんだ。暴走中のフィルマンをなんとも言えない気持ちで見つめる。

「まぁ、まぁ、フィル?スイさんは会長さんで、スピーチもしてましたから。」

マチルダが優しくなだめ、フィルマンがそれを訝しげに聞き返す。

「じゃあ、マチィ達はスムーズに教室に行ったんだよな?」

「ええ、もちろん!」

自信満々にマチルダが答え、その返答に顔がパァと晴れていく。

「マチィ…!やっぱりマチィだけ…」

「私たちは他の生徒が管理してくれてるから。朝も囲まれそうになったのを整理してくれてたのよ。お陰で歩きながらスムーズにお礼を言えたわ。」

エルネストがピシャリと言い放ち、その言葉にフィルマンがピタリと動きを止める。

想像できるなー、ファンの列の真ん中を堂々と歩くエルネストと上品にお礼を言うマチルダ。

感心していると、とうとうフィルマンの目元からキラリと輝く何かがこぼれ落ちた。

「マリウス…!やっぱり俺にはお前しかいない…!!」

そう言ってフィルマンはマリウスに抱きついて黙り込んでしまった。

「もう良いかしら?」

その姿をマチルダと困ったように見つめていたら、イレアがスパッと言葉を放つ。

さすが。元祖しごでき。元祖無慈悲。

イレアの言葉にみんな生徒会モードに切り替わる。

…マリウスに抱きついたままのフィルマンを置いて。


「昨日の発足宣言の襲撃についてだけど。さっき管理局に直接出向いて取り調べの様子を直接見てきたわ。」

「あの人たちはなんだったの?」

私の質問にイレアがビジョンを叩きながら、もとい、打ち込みながら答える。

犯人と思われる複数人の写真がビジョンに映し出され、上部にはこう書かれていた。

「シントニア…?」

「そう、大陸の少数民族シントニアの部族よ。彼らは海を越えた大陸のリギュウル共和国の民族の一つ。彼らの特徴は特殊な声帯で魔物を操ること。」

「特殊な声帯で魔物を…。確かにあの時も変な声出したと思ったらワイバーンが飛んできたもんね。」

「ええ。あれですぐにシントニアだとわかったわ。」

「まるで魔物と会話できるメンタルアビリティみたいだな。」

マリウスがボソッと呟く。

「そうね。でもあれはアビリティじゃないわ。アビリティは一人に一つ備わってる特化した能力。あれはシントニアに伝わる魔物の調教術に近いから。」

「一人に一つねぇ。」

イレアの説明に何か含みを持たせながら呟くのはエルネストだった。

「…例外は一件あるけれど。」

その一件をみんなが思い想いの目線を投げかける。

…例外はなんとなく居心地が悪いです。

みんなの目線から逃げるように苦笑いを浮かべて斜め下を向く。

「…話を戻すわね。リギュウル共和国にはまだ私たちの知らない技術が伝承されてると言われているわ。」

「なんでも、祈祷や占い、呪いとか本気でできるとか聞いたことあるぜ。」

フィルマンがやっと生徒会モードに入ったのかマリウスから離れて会話に参加してきた。

「は?あんた何言ってんの?」

「…冷たくない?流石に冷たくないかエルネスト。」

「あーゆーのは形式的にやることが重要で、できるとかできないとかじゃないでしょ?てか、呪いとか、恨んで誰かをどうにかできるんだったらみんな不幸になってるわよ。」

「…ごもっともですけども?どうだろう?こうも全力で否定されてしまって、どうだろう?僕の気持ちはどうだろう?」

余りに立つ瀬がなさすぎて瞳孔開きまくってるフィルマンに見つめられ、エルネストもちょっと引いてた。


「犯行の目的は?」

マイが淡々とイレアに向かって質問し、それにイレアが画面を読み上げるように答える。

「目的は“我が国を侵略しようとしている悪魔を抹殺するため”だそうよ。」

おっと?思ったよりも思想が強い気がするけど?戸惑いそのままに口が動く。

「…侵略?しようと?している?悪魔?…って誰?」

余りにも想定外の犯行動機に?マークが乱立する。

「…彼ら曰く、スイ、あなたみたいよ。」

「えーー?」

まぁ、なんとなく予想してましたけどね。

漏れ出る声は驚きではなく不満の色が強かった。

「私、中央生徒会を発足します。頑張ります。って言っただけだよ?なんでそんなことになってるかなぁ。」

なんならまだ言ってないぐらいだと思うけど。

「シントニアの長にリギュウルの役人が言ったみたい。どうやらアリストタリアの最高傑作が世に出るらしい。きっとまだ加盟していないこの国を侵略しにくるって。」

「…ずいぶんな妄想だね。」

「ええ。」

苦笑いを浮かべる私にイレアが同意してくれた。

「でも、実際アリストタリア第一位が6年ぶりに外に出て、中央生徒会の会長になった。」

マイが呟くように話し、エルネストが続く。

「…そのリギュウルの役人はいつそれを言ったの?あんな量のミサイルとワイバーン言われてすぐに用意できないでしょ。」

「…シントニアの長が言うには年明けの挨拶で聞いたそうよ。」

「年明けって…まだ私外に出てないよね。」

「ええ。それどころか、研究室でさえまだあなたを外に出すのを反対している人だっていた時期よ。」

その答えに先日の事件が重なる。

「…ジルさんの事件もそうだったよね。私の情報が漏れて、それも誤って伝えられてた。」

「その情報は事実も含まれているのが厄介ね。そこの副会長も言っていたけれど、本当にあんたが外に出て中央生徒会が発足したのだもの。」

エルネストが親指と人差し指を擦りながら話す。どうやらこれがエルネストが考えるときの癖みたいだ。

「まぁ、そうなってくると、本当に悪魔が侵略してくるかもってなっちゃうのか。」

なるほどと納得するように話す私とは反対にイレアは心配そうに私を見つめていた。

私の様子にエルネストが怪訝そうに質問する。

「スイ、あんた命を狙われてたのよ?」

「そうだけどさ、実際大丈夫だったし、みんな怪我してないしさ。何より他の誰でもない私だったらそっちの方がいいと思うんだよ。」

「…よくないわよ。」

「私ならアビリティでなんとかできるし、怪我してもある程度なら…」

「よくないって言ってんの…!」

エルネストの怒りの声が私の言葉を遮る。

慌ててエルネストをみるとそのピンクの瞳が怒ったように苦しむに細められていた。

「あ…ごめん。」

「…反省しなさい。」

「…うん。」

エルネストに叱られてシュンとしているとイレアが安心したような、困ったようなそのちょうど中間の顔をしているのが見えた。


「その役人は見つかったの?」

「…いいえ。」

マイの質問にイレアがもどかしそうに答える。その回答では満足しなかったようでマイは続けて質問する。

「リギュウルには捜査依頼を?話が拗れればテロ行為として戦争になりかねないわ。」

「戦争?!ちょっと大袈裟じゃ…。」

慌てるフィルマンにマチルダが言いにくそうに説明する。

「スイさんが気づいて対処したので大事になりませんでしたが、もしあのままミサイルが会場を爆破したり、ワイバーンが観客を怪我をさせたりしていたらと考えると…。怪我人がでなかったとはいえ戦闘行為事態は行われていたので、大袈裟でないのですよ…。」

「もし、リギュウルが誠意のない対応をとったら、アリストタリアが良くても加盟国が許さないだろうな。」

「ええ、自国の子供達が預けられているのですから。」

マリウスの呟きにマチルダが同意する。

そんな物騒な話、嫌だな。フィルマンも同じ気持ちなのかいつもはつらつとしてる彼の表情も曇っていた。

「イレア…。」

助けを求めるようにイレアの言葉を待つ。

イレアは私をみて、少し苦しそうに眉間に皺を寄せる。珍しく言葉に悩んでいるようだった。

「リギュウルには捜査依頼はしたわ。そして、捜査も終わった。」

「なのに見つかってないってどう言うこと?」

フィルマンが訳がわからないと首を傾ける。

イレアが私からそっと目を逸らした。その行動に胸がざわつく。

「リギュウルはそんな人間居なかった。シントニアの長が勝手に作り出した話でリギュウルは関係ないと主張しているわ。」

「リギュウルは誠意を見せなかったんだな。」

マリウスが呟き、その言葉の意味に一同が黙る。

「そうじゃないわ。リギュウルは誠意を見せたの。非加盟国の大国リギュウルとしてもアビリティ保持者が多くいるアリストタリア、ひいてはその加盟国と戦争はしたくないのよ。」

「そんなとぼけが誠意になるとは思えない。」

「ええ。だから、ちゃんと責任を取らせたの。」

イレアの言葉が静かに響くようだった。マリウスの表情が険しくなる。

イレアが再び私を心配そうに見つめる。その黄色の瞳がいつもより弱々しく感じた。


「シントニアの長を処刑する事で、アリストタリアとその加盟国に誠意を見せた。」

浅く息を呑んだ。

処刑?それって、つまり…

「殺したってこと…?」

その残酷な問いかけにイレアは黙って頷くだけだった。

「なんで?私は大丈夫だよ?命を狙われても防げるし、確かに私はアビリティを持ちすぎてるから。狙われても仕方ないと思う。」

「エンジェル、狙われて仕方ないなんて言うなよ。」

フィルマンが苦しそうに呟く。優しい彼には申し訳ないけど、でも、本当のことだと思うから。

「私の脅威は私が1番知ってる。私は別に気にしない。狙われたからって犯人を殺して欲しいなんて思わない。」

「スイさん…。」

マチルダが同情するように名前を呼ぶ。

人が死んだ。私を殺そうとして。

その事実は私に重く降りかかっていた。

「スイ、そういうことじゃないの。あんたが望むとか望まないとかじゃない。国が…世界が許さないのよ。」

エルネストが真っ直ぐな瞳で私を見つめる。

その瞳は全てを知っているようで、私は子供のように目を逸らしてしまった。


張り詰めた沈黙が部屋を満たす。

それを破ったのは意外にもマイだった。

「…きっと、ジル中佐の事件も、今回の事件も同じ誰かが糸を引いてる。」

「ええ。真相はきっと違うと思うわ。恐らく本当にシントニアの長は誰かに吹き込まれた。」

エルネストが答える。エルネストとマイの瞳は同じように真っ直ぐ前を向いていた。

「それを見つけない限り、アマミさんは命を狙われ続ける。」

マイのラベンダー色の瞳がこちらをまっすぐ射抜き、目を逸らさない。

「…私は大丈夫だって。」

もう、それしか言えなかった。

そんな子供みたいな呟きに、隣から呆れるように大きな息が吐かれた。

それに反応してそちらを向くと、そっと手が頭に乗せられた。

「私は、じゃないわよ。あんただから心配なのよ。」

優しく撫でるその手に驚いて、その人を見つめると仕方ない子供を見るような優しい目でこちらをみていた。

「エルネスト…。」

「あんたは…。」

あれ、撫でる手がなんだか激しさを増してる気がする…。

「前科が…。」

あ、これ、気がするじゃない、確実に強い。

「あるでしょ?」

「いだい!いだい!いだい!!」

しまいには頭をぐりぐりと押さえつけられ、なんなら説教までされた。

その手から逃げて、涙目でエルネストを見つめると満足そうに微笑んでる女神がいた。

「そうね。アマミさんは自分からお腹を刺される癖があるから。」

「マイ?あれは癖じゃないんだよ?」

「そうだったの?自分から刺されに行っていたからそうなのかと。」

「…マイ?結構根に持つね?」

抗議の目線を送るとマイはシラーっと目線を逸らす。

「エンジェル!大丈夫だ!エンジェルは俺が守るし、エンジェルのことを悪魔だなんて言う奴は俺が一人一人引っ叩いてやる!!」

フィルマンが元気を取り戻したようにはつらつな笑顔で言ってくれる。

フィルマンの笑顔って元気になるよなぁ。

その笑顔に釣られて、口角が上がる。

「ファルマン、ありがとう。」

イレアが安心したようにふっと頬を和らげたのがわかった。

多分この話を私がどう受け止めるのか心配してくれてたんだ。その心配と予想通り駄々こねてしまった自分がまだまだ子供なんだと少し悔しかった。

「今日の話は以上よ。イヴァンさんもマイとエルネストと同じことを言っていたから捜査は秘密裏に行ってくれるみたいだから、みんなは変なことをしないように。」

「…変なこと?」

「特にスイ、真犯人を探そうなんて思わないで。」

イレアの瞳が私をじっと見つめる。

「わ、わかってるよ。手がかりも少ないし…。」

「多くてもよ。約束よ?」

「う、うん。」

その目があまりにも真剣で圧倒されてしまった。

本当かとジッと見つめてこちらの様子を伺って、納得したように頷く。

「ならいいわ。これで今日の生徒会活動は以上にします。スイ、私は資料をまとめるから先に帰ってちょうだい。」

「あ、うん。」

「マイはオルネラスの生徒会にいくのよね?」

「ええ、まだアルもいると思うから、寄っていくわ。」

「さすがクィーン熱心だなぁ。」

フィルマンが感心するように呟くが、マイはガンスルーをかます。もはや慣れてしまったのか、フィルマンを見ると『やられちゃったぜ☆』の勢いでウィンクしてくる。

あぁ、今日もフィルマンのメンタルが鍛えられていく…。

「マティ、久々だからショッピングにでも行くわよ。」

「エル、言いませんでしたか?これから会議が入ってまして…。」

「…私と会議どちらが大切なのかしら?」

「エルの会社の新商品検討会の方が大切ですよ?」

エルネストの睨みにマチルダが一歩も引かずににこやかに答える。さすが、次期幹部…。

「…わかったわよ。スイ、あんたこれから予定ないわよね?」

なぜ確定してる言い方なのかな?まぁないんだけど…。

「ないよ。」

「付き合いなさい。」

「買い物?」

「ショッピングよ。」

…何が違うんだろう。そんなこと言ったら分かってないわねとエルネストに色々言われそうだから黙っておくけど…。

「いいよ。」

「よろしい。」

エルネストは満足そうに頷き荷物を持って立ち上がる。

「エルネスト?俺も予定ないけど?」

フィルマンが優しく微笑みながら語りかける。

「そうなの。マリウス、フィルマンが遊んで欲しいみたいよ?」

「エルネスト?」

変わらない笑顔でフィルマンが呼びかける。

「マリウス?」

それに負けない笑顔でエルネストがマリウスの方を向く。

「フィルマン、諦めろ。」

大きなため息を吐きながらマリウスが降伏するように伝える。

「…今回だけだからな!!!」

これ以上ないほどの遠吠えを上げながらファルマンがマリウスを連れて部屋から出て行く。

先ほどの微笑みがどこに消えてしまったのか、フンッと鼻を鳴らしその姿を見送る。

エルネスト…やはり恐ろしい子だわ…。

「全く…エルは…。」

呆れるように見つめるマチルダの目は少し楽しそうだった。

「…さっ、行くわよ。」

エルネストに置いてかれないように後を追いながらみんなに挨拶をする。

「じゃ、また来週!」

「はい、スイさん、エルをお願いします。」

そう微笑むマチルダは綺麗で少し目を奪われてしまった。

「何見てんのよ。行くわよ。」

「いだだだだ!」

思いっきり手の甲をつねあげられて強制的にエレベーターホールまで連れて行かれた。

「痛いよぉ、エルネスト。」

「あんたがマティに変な気をやろうとしてたからでしょ。」

「変な気とかないよぉ…。」

「そう?つい見とれてたのかとおもったけど?」

「…その、変な気はないのよぉ…。」

「…必死ね。」

…エルネストをお願いするマチルダがあまりにも優しくてびっくりしただけだから。変な気とかないから。そう言うとエルネストがムキになるって最近わかり始めたんだから。言わないんだから。

一人で拗ねていると、エレベーターホールにマイも来た。

いつも通り落ち着いているようで良かった。少しだけ安堵が広がる。

「オルネラスの生徒会ってこの一個下だっけ?」

「ええ。」

「アルバードさん、まだいるといいけど。」

「そうね。」

…。いつもを通り越して落ち着きすぎてる気がするけど。

エレベーターホールに居心地悪い沈黙が流れる。

なんとなくソワソワしてしまい、エルネストを見ると気にしてないようで腕を組みエレベーターを待っていた。

「…どこに買い物にいくの?」

意外にも沈黙を破ったのはまたもやマイだった。

マイの問いかけにエルネストがチラッとマイの方を見て無愛想に答える。

「スリーオーバーよ。」

「…そう。」

スリーオーバーって高級ブランドが入ってる大手百貨店だった気がする。高校生が行くところなのかは疑問だけど…。

「…一緒にきたいの?」

エルネストがマイを観察するように横まで見る。

「…。」

マイが口を開けようとした時、遮るようにエレベーターが迎えに来た。

さっきまでの会話が無かったようにマイもエルネストもエレベーターに乗り込み、マイは23階のボタンを押した。

閉じたと思った扉は少し下に進むとすぐに止まり、マイの希望通り23階の扉が開かれた。

「あ、えっと、また来週!」

なんとなく挨拶しないといけない気がして降りていくマイに声をかける。

マイが身体をこちらに傾けてその形のいい口を開く。

「ええ、また。」

「うん!」

扉が閉まるまで、笑顔で手を振りマイの背中を見送る。

離れていくマイの背中がなんだか弱々しい思えて、胸が締め付けられる。

再び扉が閉まり、下降していく。

「あんた達、よくわからないわよね。」

「ん?」

「仲良いのか、悪いのか。」

あぁ。

なんとなくエルネストの言葉に納得してしまう。

どう回答していいかわからず困りながらも言葉を紡ぐ。

「私はマイのこと好きだし、知りたいと思うし困ってたら助けたいんだけど、マイがそれを望んでないんだよね。多分。」

「なるほど、びびってんのね。」

「…エルネスト?」

ここ最近の私の苦悩を“びびってんのね”で片付けたよ。この人。

抗議の眼をエルネストに向けて、訂正を促す。

エルネストは私をチラッとみたあと、私の目線をものともせずに口を開く。

「だってそうじゃない。あんたは副会長と仲良くなりたいけど、嫌われたくないから踏み出せないって話でしょ?」

「いや、そんな簡単な話じゃ…。」

「じゃあどう言う話よ?」

…簡単にまとめるとそうなんだけどさ。そうなんだけどさ。

ザ・正論さんに言っても叩き返されるだけな気がして、口を尖らせ微かに抵抗する。

そんな事していたらエレベーターが1階についたことを告げる。

拗ねてんじゃないわよ…と呆れ気味にエルネストが呟きながら外に出て、その後を置いていかれないように口を尖らせたままついていく。

校門まで行くとお馴染みの黒塗りお金持ち車が主人を迎えに来ていた。

当たり前のようにエルネストが近づき、乗り込む。

エルネストにとっては、当たり前なんだろうけど、なんか少し圧倒されてしまい乗り込むのを躊躇ってしまう。

「何してんのよ?」

「いや、なんか、やっぱりすごい車だなって…。」

「…仕方ないでしょ、社用車は全部これなんだから。変なこと言ってないで早く乗りなさい。」

そう言うエルネストは少し不服そうな顔をしていた。

エルネスト、ちょっとやなんだろうな、ザ・高級車。

エルネストの言う通り、車に乗り込むと運転手さんがよろしいですかと微笑んで聞いてきてくれた。その優しい微笑み応じて目元のシワが深くなるのを見ると大体40代ぐらいなのだろうか。柔らかな雰囲気の中に律儀さも感じさせるそんな女性だった。

「あ、はい!待たせてすみません。」

「いえ、とんでもございません。お嬢様、今日はどちらに?」

「スリーオーバーにお願い。」

「かしこまりました。」

そう言うと車がゆっくりと発車する。

お嬢様と呼ばれて当たり前のように応えるエルネストに、本当にお嬢様なんだぁとまじまじと見つめてしまう。

その目線に気がついたらしい、エルネストがいつも通り怪訝そうな顔を浮かべる。

「あ、いえ、何でもないです。」

「まだ何も言ってないわよ。」

さらに眉間に皺を寄せながらエルネストが睨みつけてくる。

その目線にえへへと笑って誤魔化していると運転手さんが話しかけてくれた。

「失礼ですが、スイ・アマミ様でしょうか?」

「あ、はい。」

ありがとうございます、そのままだとお店に着くまでずっと睨まれてたと思いますから…。心の中で感謝を伝えながら受け答えする。

「昨日の発足宣言はお見事でした。スピーチも堂々としていらして、素晴らしかったです。」

「あ、いえ、あれはエルネストに色々教えてもらって…。」

「左様でございますか。それでもあの場であれだけのスピーチができる方はなかなかいませんよ。」

優しく優雅に紡がれる声に褒められて、何だか凄く肯定感が上がっている気がする。エルネストの周りはマチルダといい、人の事を上手に褒められる人が多いもんだなぁ。良いリーダーにらいい人材が集まるとかそう言うやつなのだろうかね?

感心しながらエルネストを見つめる。

「さすが、エルネスト。」

「いや、今あんたが褒められてたのよ?」

呆れるように息を吐くエルネストにミラー越しで運転手さんが微笑む。

「お嬢様はアマミ様なら大丈夫だとおっしゃっていましたよね。」

「あ、そうなの?」

エルネストに聞くと目を逸らされ、運転手さんの方を不満げに見つめる。

「ヘルナ、余計なこと言わないで。」

「失礼しました。マチルダさんがアマミ様の心配している際にお嬢様が珍しく大丈夫だと断言していらしたので。」

「ヘルナ?何よ今日は。」

「いえ、いつも通り不器用なお嬢様の手助けができればと。」

「そんな手助け必要ないわよ…!」

照れるように睨みつけるエルネストを愛おしく想い、にっこりと微笑む。

「あんたはあんたでそんな顔してんじゃないわよ!」

そんな照れた顔で怒られても怖くないよ、エルネスト。言ったらすごく怒るだろうから、それは流石に怖いから言わないよ、エルネスト。

「お嬢様、もう到着します。」

ヘルナさんの言う通り豪華な建物が視界に入ってきた。

「おぉ、これがスリーオーバー。」

「何よ、初めて見たみたいな反応して。」

「初めてではないけど、久々だからさ。小さい頃も一回通り過ぎたぐらいだから、ほぼ初めてって感じかな。」

「そうなの、じゃあ中に入るのは?」

「完全に初めて。楽しみだなぁ。」

窓に張り付いてその建物をまじまじ観察する。やっぱり初めてくるところはワクワクして、自然と頬が持ち上げられる。

クスッと音がして振り返るとエルネストが笑っていた。その様子に首を傾げるとエルネストが口を開く。

「子供みたいな反応だと思って。」

「いや、だって初めての場所だから楽しくってさ。」

「そう、それはよかったわね。」

眉尻を垂れ、呆れたような、困ったような、それでいて嬉しいそうな微笑みを湛えて私を見るエルネストに少しこそばゆく感じて再び窓の外をみる。

しばらくしてロータリーに停まり、ヘルナさんが扉を開けてくれた。

「あ、ありがとうございます。」

「とんでもございません。お嬢様、私は車を停めてお待ちしておりますので、お帰りの際はご連絡ください。お迎えに上がります。」

「ええ、ありがとう、ヘルナ。」

「いえ、では、アマミ様も楽しんできてください。」

優雅な微笑みを浮かべるヘルナさんにありがとうございますと伝えてからエルネストについていくように中に入る。

中は私たちがよく行くような街のショッピングセンターとは違い壁や床が石でできているようで、それだけで高級感が出ていた。ショーウィンドウも様々なブランドで優雅に演出されており、全てが特別なものに感じた。

「うわぁ、やっぱ全部がキラキラしてるねぇ。」

「なによそれ。まぁ、言いたいことはわかるけど。」

「あ、わかるの?」

「わかるわよ。空間の使い方と商品の見せ方、館としての演出もそうだけれど各ブランドの特徴も立っていて全てに豪華さを感じさせるわよね。」

「あ、そう、そんな感じかな?」

…そんなに具体的には思ってなかったけど。すごーい、なんか雰囲気あるぅてぐらいだったけど。…さすがエルネスト。

曖昧な返事にエルネストの白けた目線をもらいつつ歩みを進めると黒のスーツを綺麗に着こなした男性がエルネストに話しかける。

「エルネストさま。いらっしゃいませ。お越しくださりありがとうございます。本日は何をお探しでしょうか?」

「今日はドレスとバックを見たいの。」

「かしこまりました。ではカルーナから新作のドレスが出ていますのでそちらからご案内差し上げます。」

…あ、なるほど?エルネストにもなるとコンシェルジュがつくの?え、あ、なるほど??

戸惑いのままに着いていき、戸惑いのままにお店に入る。店員と思われる人がまたエルネストに話しかけてどう言うのが良いのか、新作の紹介や似合いそうな商品の提案をつきっきりで行う。

自分の知っているショッピングと違いすぎてただただそのやり取りを眺めていた。

「…ちょっと、スイ、聞いてんの?」

「うえ?」

「これとこれどっちが良いと思う?」

エルネストが指差す二つには赤いドレスと緑のドレスがあった。

「あぁ。エルネストに似合うのはどっちって?」

「ええ。」

「んーーー。」

その両方を見てエルネストが来ている姿を連想する。

「赤は前のレセプションで着ててすごく似合ってて、捨て難いけども…緑かなー。」

「そう?」

「なんか、エルネストって言ったら緑って感じするんだよね。あと、細かいところにゴールドの刺繍が入ってて、エルネストの髪の毛ともよく合うしこっちの方がいいと思うなー。」

「…わかった、じゃあこちらを。」

エルネストの言葉に店員さんがありがとうございますと上品に頷く。

「え?そんな感じで決めて大丈夫?」

「だってこっちの方が私に似合いそうなんでしょ?」

「そうだけど…。」

「じゃあ、決まりよ。」

そう言いながら黒いカードを出して店員さんに渡す。微笑みを浮かべた店員さんが何人もテキパキとお会計を終わらせ、紙袋を持ってくる。それをエルネストには渡さずに先ほどのスーツの男性に渡す。

その様子を不思議そうに見ているとエルネストが説明してくれる。

「先に車に持っていってくれるのよ。」

「そうなの?私全然持ってるよ?」

そう言ってコンシェルジュに近づこうとするとエルネストが遮る。

「やめなさい。人の仕事のリズムを壊してはいけないわ。」

その言葉にコンシェルジュの男性がにこやかに答える。

「お気になさらないでください。お客様に心からお買い物を楽しんでいただくことが私の喜びですから。」

「あ、ごめんなさい。」

何だか悪いことをしようとした気がして申し訳ない気持ちになる。

その様子にエルネストが困ったように微笑み、背中をトンと叩く。

「別に悪いことじゃないからそんなにシュンとしなくて良いわ。ほら、次行くわよ。」

「アマミさま、お気遣いありがとうございます。」

「あ、いえ…!」

戸惑いながら応える様子に、エルネストが頬をやわらげ、歩きながらコンシェルジュに伝える。

「次は、メルビスがみたいわ。」


あれから何軒かブランドを周り、エルネストのお買い物、もといショッピングに付き合った。

「結構買ったわね。」

「結構と言うよりだいぶだけどね。」

きっと今、車のトランクで沢山の高級ブランドの紙袋達が肩を寄せ合って並んでいることだろう。

「いつもこんな感じなの?」

「流石にいつもじゃないわ。ちょっと今日は買いすぎなぐらいよ。」

エルネストが満足そうにフゥと息を吐き、コンシェルジュに向けて言う。

「少し疲れたわ。お茶がしたいのだけど。」

「かしこまりました。では本日はお天気も良いのでテラス席のあるカフェはいかがでしょうか?」

「良いわね。そこにお願い。」

「では、こちらです。」

にこやかな微笑みのコンシェルジュを見つめながら既視感を覚える。

…この会話。どこかで…。あ、奈月とやったんだ。久々の再会をした時にふざけて。

奈月?私は今ふざけてない本物の世界に来てるよ。奈月?今私は自分がすごく恥ずかしいよ。

心の中で、私を案内する奈月に語りかけながら押し黙ってエルネストについていく。絶対にこの二人には知られたくない。

「どうしたのよ?」

「…なにが?」

「急に黙り込んで。」

「私と奈月がどれだけ庶民なのか実感してただけだから。そっとしておいて。」

「ソメヤさん?何で急にソメヤさんが…」

不思議そうに眉間に皺を寄せるエルネストの言葉を遮る。

「そっとしておいて。エルネスト。そっとしておいて。」

絶対にあのチープなやりとりを知られたくない。何があっても。なけなしのプライドにかけて。

「わ、わかったわよ。」

顔を引き攣らせながらエルネストが珍しく引き下がってくれた。


テラス席に着き注文を終えて、やたら細長いメニューをウェイターに返す。

「で?どうだったの?初めてのスリーオーバーは。」

「すーんごい楽しかった。」

「そう、良かったわね。」

頬杖をついて優しく頬をやわらげるエルネストが大人っぽくて、同い年なのに歳上に見えた。先ほどまでの事を思い出すように目線を下げ、置かれた水のグラスを両手で包む。

「奈月といつも行ってるような買い物と違くて、集中して買い物したーって感じ。色々考えて、これエルネストに似合いそうとか、このバックもってこのドレス合わせたエルネスト絶対カッコいいなとか。マチルダは何着るのかな、合わせた方が良いよねとかまで考えて、真剣に買い物したなぁって感じ。」

ついさっきまでの事を思い出して、頬が上がってしまうのはきっと楽しかったから。ちゃんと楽しい思い出になってくれたから。その思い出を考えると胸の中がほわっと暖かくなる。

無意識にグラスを撫で、親指に水滴が溜まるのを見つめる。

「…そんなに考えていたのね。」

「うん、凄い楽しかった。」

目線を上げてエルネストを見ると、心なしか頬が色づいているように見えた。外をみると日差しがもう夕暮れの顔になっていた。夕日がエルネストの頬を照らしていて、きっとそれのせいだと一人で納得した。

目の前に友達がいて、夕日が世界を優しく包み込む。その景色が尊いものだと思った。あぁ、今日も世界は綺麗なんだと目を細める。

エルネストが呟くように話し出す。

「…スイ、これからはあなたのこれが普通になっていくのよ。研究室からでて普通に学校に行って、普通に放課後遊ぶ。そんな思い出にもならないような楽しいを積み重ねていくの。」

何となくだけど、エルネストの言葉が、声が、イレアと重なる。エルネストとイレアの声は似ているわけではない。ただ、何故だか、その優しい口調と言葉がイレアと似ていると思った。

その理由を知るのは、きっと昨日ビートが漏らしたことなんだろう。

「エルネスト、私たち、前に会った事…」

話している途中でウェイターが近づいてくるのに気がつき、言葉を遮る。

「お待たせ致しました。ローズヒップティーとカフェ・オ・レ、ショコラパフェをお待ちいたしました。」

安定感抜群のバランスでリザーブされる飲み物とビジュアルの強いパフェに目を奪われる。

「お、お、おいしそう…。」

「そんなに動揺するんじゃないわよ。」

苦笑いを浮かべながらエルネストがなだめる。

「だってこんな絶妙なバランスのパフェ初めて見たよ…。何でこんな置き方するのよ。アイスもまさかこんなバランスの悪いところに置かれると思ってなかったと思うよ…?オシャレすぎだし、おいしそう…。」

やたら長いスプーンを使ってアイスをすくい、口に運ぶ。濃いカカオの香りが口に広がる。

「うまぁ…。」

「良かったわね…。」

エルネストは呆れたように微笑むとローズヒップティを口にふくむ。その目線が思案するように、一瞬、地を這うように下げられたを見た。

そんな表情を見ると、さっきの問いかけについて踏み込むべきか悩んでしまう。

「そんなに美味しいなら一口よこしなさい。」

エルネストは先ほどの目線を隠すように挑発的に口角を上げる。

「そんな言い方しなくても、一口頂戴って言えばあげるのに。」

「良いから、ん。」

そう言ってエルネストは口を開く。

何となく意図を理解して、アイスをすくい、エルネストの口に運ぶ。ぷっくりとした柔らかそうなエルネストの唇がスプーンを挟み、アイスを口の中に閉じ込める。唇の端に少しついた深い茶色のアイスをナプキンで拭き取るあたり、お育ちの良さを感じる。

「確かに、美味しいわね。」

満足そうに微笑むエルネストに、何だか釣られて頬がやわらげられる。

「ね。」

そう言って自分の口ににも運んでパフェを楽しむ。

エルネストが話を逸らしたなら、無理に聞くことはない。エルネストが言うべきじゃないと思うならきっとそうなんだ。イレアもきっとエルネストの事を何か知ってる。それでも隠してるなら、二人が言うべきじゃないと思ってるなら、私はそれに従おうと思う。優しくて、頭のいい二人がそうするなら。

「で?マイ・フェルバーグとどう仲良くなるかだったかしら?」

「…ん??」

「仲良くなりたいけど、ビビってるって話でしょ?」

…その話、続いてたんだ。てか

「ビビってるとかじゃないし…。」

「はいはい。で?何が気になってんのよ?」

私の微かな抵抗もサラッと流されて少し不満を覚えるけど、エルネストだったら良いアドバイスをくれそうな気がする。

「…マイが元気ないんだ。」

「そんなのいつもじゃない。」

ピシャリと言い捨てるエルネストに抗議の目線を送る。

「違くて…。多分許嫁とうまくいってないんだと思うんだけど、私がアドバイスできる問題でもないし、ましてや間に入ってどうこうってレベルの話でもないし…。」

「マイ・フェルバーグの許嫁って確か、ヴェメール家のバカ息子よね?」

…人の許嫁捕まえてバカ息子って。さすがだよエルネスト。

ため息をつきながらエルネストの問いかけに応える。

「ルエダ・ヴェメールさんだよ。」

「ああ、やっぱり。」

心底興味なさそうに納得するエルネストに流石に言い返す。

「ちょっと、ルエダさん、良い人だよ?確かに少し大胆な節はあるけど…。」

思い出されるのは生徒会長室での一件。マイとルエダさんの衝撃的なキスシーン、その後のすごく怒ったマイの顔と、少し傷ついた様な様子。

「…あんた知ってんの?」

「知ってるってほどじゃないんだけど、最初マイといるところを話しかけられて…。」

そう言えば、最初ルエダさんは私を探していたんだった。あれは何だったんだろう…。そんな事も聞かずにいるのはエルネストの言う通りビビってるんだと思う。聞いてマイを困らせてしまうのが、また、あの傷ついた顔をさせてしまうのが。

「大胆っていうのは?」

エルネストが親指と人差し指をこすりながら探るように聞いてくる。この癖は、真剣に何か考えてる時の癖だ。

ただその問いかけに素直に答えて良いものか…。マイにはあの日の出来事は無かったことにするって言っているし…。

「何か見ちゃいけないものを見たの?」

「え!」

その図星な問いかけにエルネストの顔を見つめる。その顔はまだ観察者の顔をしていた。

「なるほど、そういうことね。」

嵌められた…。再び指を擦り合わせ始めるエルネストをジトーと見つめるが、考察モードに入ったエルネストに効くわけもなかった。

「それって、もしかしてわざとあんたに見せたんじゃないの?」

「え…?」

わざと?なんで?

「…聞きた方を変えるわ。そのあとマイ・フェルバーグはすごく怒ってたんじゃない?」

「…怒ってたし、少し悲しそうな顔をしてたかな。」

「そう。」

そう呟くとエルネストは思案するように目線を下げ、指を擦り合わせる。

思い出すと胸が締め付けられる。マイにあんな顔して欲しくない。

考えがまとまったのかエルネストが目線を上げ、私を見て呆れたように微笑む。

「あんたまでそんな顔してんじゃないわよ。」

そういうと、エルネストは私の手からスプーンを奪い、バニラアイスを掬う。その長いスプーンを活かし、私の口元まで持ってくる。

それに従い口を開け、そのアイスを口に含む。

アイスというよりジェラートに近いような口触り。バニラの香りが口の中に広がり、その美味しさに少し胸が軽くなる。

「美味しい?」

「うん。」

エルネストの問いかけに頬を緩めながら応える。その様子にエルネストは満足そうに微笑む。

「…こういう気持ちなのね。」

エルネストが独り言に近いような呟きを放つ。

「何が?」

「あんたは、マイ・フェルバーグに悲しい顔をして欲しくないってことでしょ?」

「うん。できれば笑っていてほしいかな。」

「マイ・フェルバーグがニコニコしてても寒気がするけど…。でも、元気がないならあんたが元気つければいいんじゃない?」

「私が?」

「そうよ。」

簡単な事を言うようにエルネストは呟き、ローズヒップティを口に運ぶ。

「それがわからないんだよぉ。許嫁の問題なんて私にはハイレベルすぎる問題だよぉ。」

全力の弱音をエルネストにぶつけ、ため息を吐く。

そんな私の様子に呆れたようにエルネストが話す。

「そんな大事をすぐに解決しようなんておこがましいのよ。ただ単純にマイ・フェルバーグが喜ぶ事をして元気付ければいいのよ。」

「マイが喜ぶ事?」

「そうよ。なんかないの?」

なんかって…。なんかあったっけ?

色々思い返してみると、まだマイと知り合って一ヶ月ぐらいしか経ってないんだ。たったそれだけの期間でいつのまにかこんなに大切になっていたんだ。

それに気がつくと頬が緩まる。

マイの存在が、友達になってくれたことが嬉しい。だからこそマイが傷つくのは嫌なんだ。本当は困ってる事自体を解決してあげたいけど…。

確かにエルネストの言う通り、そんな大事を解決しようなんておこがましい。せめてマイが笑ってくれるような…。

「あ、あった。」

「そう、ならそれをすればいいと思うわ。」

「急に放任主義じゃん。」

「私は元から放任主義よ?」

そう言ってエルネストはまたローズヒップティを口に含む。その飄々とした様子にまたシラーとした目線を送るけど例の如くエルネストはものともしなかった。

「…じゃあ、週明け誘ってみようかなぁ。」

「何言ってんの?できることがあるならすぐ実行よ。」

「え?」

「いつでもできるなんて思ってたらだめよ。今日にでも連絡して、明日実行しなさい。」

「いや早くない?」

「時は待ってくれないのよ?」

…さすが。クルーズグループ次期当主。決して後回しにしないんだから。

「わかったよ。」

「よろしい。それに、きっと今日来たかったんだと思うわ。」

「そうなのかな?」

「目が行きたいって言ってたわよ?でもオルネラスの生徒会に行かなきゃいけないから、断ることも、行きたいと言うこともできなかったんでしょ?」

サラサラ話すその様子に感心する。前にも確かこんなことあったよね。

「…エルネストってマイのこと良くわかるよね。」

「…あんたが鈍感なだけでしょ?」

呆れたようにため息をつかれる。その言葉は人生の中で何度か言われてきた言葉だったから、言い返す言葉も見つからない。エルネストがチラッとこちらを見て口を開く。

「多分あれは、めんどくさい女よ?」

「うん?」

「忠告しておいてあげてるの。」

「…エルネストってマイに辛辣だよね?」

マイの事めんどくさいなんて思ったこと無いからエルネストの忠告は現実味がなかった。

「腹が立つのよ。不器用すぎて。やりたい事とやらなきゃいけない事の線引きがわからないから、どんどん自分の首を絞めていく。見ていて、素直になれば良いのにってイラつくのよ。」

「素直に?」

「そうよ。今日だって行きたいって言えばいいのにそれすらできないのよ?不器用すぎるわ。」

エルネストは馬鹿にしたように話すけど…。それってつまり。

「マイと一緒に遊びたかったの?」

「何でそこになるのよ!!」

「え?違うの?」

凄い勢いでツッコまれて素直に聞き直してしまった。大きな声を出すエルネストに今日初めてこの場に似合わないなと思った。そんなこと言ったらもう2度と連れてきてくれないだろうから黙っておくけど。

「違うわよ…。別に来たいって言うなら断らなかったけど。」

「エルネストって…、面倒見いいよね。」

「そんなんじゃないわよ…。」

疲れたようにつぶやくエルネストに、ついつい頬が緩まる。優しいなぁ。今日だってきっとマイの事を気にしてた私の相談に乗ってくれたんだ。

「エルネスト、ありがとう。」

「何よ、急に。」

また、エルネストの頬が色づいているように見えた。それもきっとこの夕日のせいだな。そう言うことにしておこう。

拗ねるようにそっぽむくエルネストの横顔が朱色に優しく染め上げられ、綺麗な金髪がキラキラと光る。

あぁ、今日も本当に世界は綺麗なんだと目を細める。



お茶を終えて、エルネストの車で家の近くまで送ってもらうことになった。遠回りだし飛んで帰れるから大丈夫だと伝えたけれど、エルネストに良いからと半ば強制的に車に乗せられた。

「ちゃんとマイ・フェルバーグに連絡したの?」

エルネストがおもむろに口を開く。

「うん。明日夕方からなら空いてるっていうから会う約束したよ。」

「そう。」

まるで仕事の確認をするように返事をするエルネストを見つめる。

エルネストなら、マイの悩んでることを解決できるんじゃないかな。そんなことを思いながら見ていると、目線に気がついたのか、何よといつものように不機嫌そうに聞いてくる。

「いや、エルネストだったらマイの悩み事解決してあげられるのかなーって。」

「無理よ。」

食い気味に放たれた否定に戸惑う。

「え、即答じゃん。なんでなの?」

チラッとこちらを見て、つまんない事を言うように答える。

「解決してあげたいと思ってないから。」

「とんでもなく素直な理由だね。」

つい頬が引き攣り、苦笑いになる。

「そんなもんでしょ。正直私はマイ・フェルバーグの悩みがどれほどかわからないもの。」

「どれほどか?」

「そう。緊急性がどれほどあるのか。解決できる可能性がどれほどあるのか。解決した時のリスクがどれほどあるのか。それらを考えるほど私はマイ・フェルバーグと関わってないし、関わろうと思ってない。」

「…なるほど。」

私も一緒だ。

マイのことを知らないから、どうすればいいのかわからない。マイの悩みがマイの中でどれほど大きい問題なのか測れない。マイの大切なことに踏み込んで傷つけてしまうかもしれない。

でもそれらを知った時、私はマイに何かできるのだろうか。私の行動が正しいと自信を持って、最後まで手を差し伸べられるのだろうか。

「…大丈夫よ。」

「え?」

「あんたが焦ってマイ・フェルバーグの事をどうにかしようとしてないなら、まだ大丈夫なのよ。」

エルネストは車のドアに頬杖をついて、窓の外を眺めながら呟く。

「どうにかしないといけないって思ったら、きっと悩まずに手を差し伸べるわよ。あんたは。」

「エルネスト…。」

何か辿るように呟くエルネストに投げかける言葉は見つからなかった。

「というより、無理やりにでも手を引っ張り上げるの方が正しいわね。」

そう言って思い出すように笑いかけるエルネストは幼く感じた。その珍しい屈託の無い笑顔に目を奪われ、既視感を覚える。

あぁ、きっと私はエルネストと会ったことがあるんだ。何かの理由で覚えていないんだろうけど、何度もエルネストに感じる既視感はその考えに確信を持たせる。

「アマミさま。到着しました。」

ヘルナさんの声に現実に戻される。外を見るといつのまにかマンションに着いていた。

「あ、本当だ。ありがとうございます。」

「へぇ、ここがあんたの家なのね。」

「そうそう、今度遊びに来てよ。」

「そうね。暇だったら。」

「エルネストの暇だったらって本気なんだよね。」

どういう意味よと不機嫌に呟くエルネストを笑顔でいなしながら車のドアを開ける。社長とか次期当主とかお忙しいでしょって意味で他意はないんだけどね。

「スイ。」

車の中から呼び止められ、振り返る。

「…今日は楽しかったわ。ありがとう。」

また、エルネストの頬が色づいていた。流石に夕日は沈んでいるから、そのせいじゃないと思うけど。

その不器用な姿に笑顔が溢れる。

「私の方こそありがとう。すんごい楽しかった。また行こうね。」

「ええ。」

その返事に満足してドアを閉め、車を見送る。

さて、家に帰りますか。


「お嬢様。楽しそうでなによりです。」

「何よ。」

「言葉のままですが。」

「うるさいわね。」

「では、寮までお送りします。」

「…お願い。」

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