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チートだったら神さまになれるって本当ですか?  作者: 上野史華
チートだったら略奪できるって本当ですか?
26/33

手を差し伸べるという事

発足宣言の次の朝。今日こそは自分でネクタイを締めなさいとイレアに言われてしまい、不恰好なネクタイを首元に下げながら登校する。

私って、実は不器用なのでは…?ネクタイも上手く結べないなんて…。いつもと違う首元をいじりながらいつもの場所に向かう。


いつもの場所を見るとやっぱりマイが先にいた。昨日だって発足宣言の前誰よりも先に来てたしなぁ。その高校生と思えない良識のある行動に毎度毎度さすがという言葉が出てくる。

…今日は、どうだろう。

最近少しずつ朝の立ち姿でマイの様子がわかってきた気がする。

今日は本を読んでないんだ。

あの日と一緒。私がマイに不用意に踏み込んでしまった日と。もしかしたら何かあったのかも。

私にわかるのはここまでだ。なんとなくわかってきたマイの様子もなんでそうなのかまではわからない。わかるのは、何かあったかもしれないから踏み込まないようにした方がいいという事だけ。

そのわからないという事実に胸がチリッと痛む。それを隠そうと、できるだけ柔らかく微笑みながらマイに挨拶をする。

「マイー、おはよう。今日も待たせちゃったね。」

「おはよう。いいの。私が早く来たいだけだから。」

ゆっくりこちらを視界に入れながらマイが淡々と挨拶をする。マイの目線が一瞬首元で止まった気がした。

「ん?」

「…なんでもないわ。」

「そっか。」

そう言って微笑むと、マイは視線を逸らす。

朝からそんな顔。その寂しそうな顔を見ると、どうしたの?私にできる事ある?そう聞きたくなってしまう。

でも、そんな無責任な手の差し伸べ方、相手を期待させるだけだ。

何度も研究室で味わってきた。

人は相手の優しさに過剰に期待してしまう。ここから助けてくれるかもしれないそう思って、伝えても何も変わらなかった。あの人たちは悪くない。期待しすぎる私がいけなかった。

それでも、その期待は私を落ち込ませるには充分で、その度に何度も自分を励まし、納得させてきた。

問題が大きければ大きいほど、差し伸べた手の責任は大きい。もし解決できなかった時、マイにあの想いを味合わせてしまう。

マイにそんな想いをして欲しくない。この子を傷つけないように、今は見守るのがいいだろう。

できるだけ優しく微笑みながらマイに伝える。

「マイ、行こう?」

「ええ。」


パンを買い、校門をくぐるといつもと違う雰囲気を感じた。

なんだ?なんか、いつもと違うんだけど…。周りを見渡すとその理由がなんとなくわかった。

私たちの周りに人がいないんだ。もちろん他の学生が登校はしてる。けれどなぜか私たちの近くによらないように、距離を空け、こちらを見ている。

なんだ…?首を傾げ不思議そうにしているとマイが私を不思議そうに見つめていた。


「アマミさん?変よ?」

言い方よ。オブラートに包んで欲しいかな。てか、マイは相変わらず周りの様子が変だと気付いてないのね…。

呆れながらマイを見つめ、言い訳をする。

「いやさ、なんか、みんな遠巻きにこっち見てる気がしてさ。」

「みんな?」

「ほら、周り見てみてよ。」

その言葉にマイが周りを見渡すと、目があったのか女子生徒からきゃっと言う小さな声が聞こえた。

「ね?」

「…本当ね。」

「なんだろう。なんか私へん?」

マイが私をジーッと見つめて一言。

「ネクタイ。」

それはわかってんのよ。自分でやったから変なんだけど。どストレートに指摘されるとちょっと傷つくよ?

「…うん、それはね、不器用で申し訳ないとは思ってるんだけど。でも、みんなが遠巻きで見るほど変?大注目されるほどのとんでもネクタイになってはないでしょ?」

「それは、そうね。」

教室に行ったらネクタイ結び直そ。そんな事を思っていたら後ろから呼び止められた。

「あのっ!」

振り返ると桜色の髪をした女の子が緊張した面持ちで立っていた。制服を見るとグリーンに縁取られていて、同じ学年だとわかった。

あ、この子。ジルさんの事件の時、中庭で魔物に襲われて泣いていた…。

「あ、中庭のときの。」

そう言えば名前を聞き忘れていた。何さんなんだろう。同じクラスではないけど。

「覚えてて…。」

驚いたように言葉が口からこぼれ落ちていた。

そんなに驚かなくても…。その様子におかしくって笑ってしまった。

「覚えてるよー。どうしたの?」

「…!あ、あの!昨日の発足宣言…!」

頬を赤くして、言葉を詰まらせるその様子に、再び首を傾げてしまう。

「うん?」

「かっ…、すっ…!」

「カス?」

え?とんでもない暴言吐かれた?えっと、んーー?

理解できず笑顔を貼り付ける。私の様子に慌てながら口をパクパク動かす。

「違くて…!」

耳まで赤く染め上げ、俯き、手をいじって落ち着かない様子の彼女に近づく。

「えっと?大丈夫?」

「…っ!」

どうしたのだろう。あの時みたいに背中をさすり、落ち着かせるように声をかける。

「ゆっくりで良いよ?」

できるだけ優しく声をかけて微笑む。こちらをチラッとみて、無言で頷く。スーハーと深呼吸が聞こえて、落ち着いたのかこちらをゆっくり見つめる。紅葉色の瞳が潤みながら私を映し、ゆっくり口が開く。

「発足宣言、かっこよくて、素敵でした…。」

言い終わったその口は恥ずかしさに耐えるように結ばれ、紅葉色の瞳は先ほどよりも潤んでいた。

予想外の言葉に目を瞬かせる。

「わざわざそれを?」

そう聞くとすごい勢いで首を縦に振る。

それを伝えるためにこんなに…。嬉しくてなんだか愛おしかった。

「ありがとう、頑張った甲斐があった。」

それを伝えると、彼女は目をぱちくりさせ、両手で口を押さえる。心なしか頬が先ほどよりも赤い。

「だい…」

大丈夫かと聞こうとした時、今まで遠巻きで見ていた人たちがバタバタと押し寄せる。


「私も!アマミさん!かっこよかったです!」

「いや!可愛かっただろ!!めっちゃ可愛かったです!」

「馬鹿野郎!どっちもだわ!!好きです!」

「私の方が好きですけどね!」

…急にどうしたの?

突然囲まれてただ、ただ目をぱちくりさせるだけだった。

わけもわからず、マイの方を見ると同じように囲まれて熱烈な愛を伝えられていた。

「あんなに大きな場でいつもと変わらずクールでさすがです!!」

「マイ様!!一生あなたについていきます!!」

「さいっこうに綺麗で麗しくて美しくてビューティフルでした!!」

「やっぱりマイ様が一番です!!愛してます!」

そんな熱狂の中心のマイはいつもと変わらず淡々とありがとうと伝えるだけだった。ファン達はそれでも大満足らしく悲鳴のように喜びの声を上げる。


…なるほど、昨日の発足宣言でみんな様子がおかしいのか。きっとエルネスト達もフィルマン達も同じようになってるのかな。

そんな事を考えながら、伝えてくれるストレートな言葉に少し照れながら答える。

「ありがとう、なんか、恥ずかしいね。」

恥ずかしさに手持ち無沙汰になった手で頬をかきながら伝える。


「は?照れるとかやっば…。超絶可愛んですけど。ウチの推し最高すぎ。」

「あんなにすごいのに、普通すぎて好き。」

「なんならネクタイ上手く結べてなくて好き。」

普通すぎてって褒めてるのかは謎だけど、ネクタイ上手く結べてないは全然褒めてないけど、なんだか褒められすぎて逃げ出したくなった。助けを求めてマイの方を見る。


「マイ様…!首元、怪我したんですか?!」

「本当だ!!絆創膏…!!」

その言葉にマイの首元を見るとワイシャツの襟から少し絆創膏が見えた気がした。

…え?確か昨日は何にもなかったはず。ドレスを着ていた時も何もなっていなかった。きっと帰ってから…。

そう思ってマイを見つめると、それを隠すように手で覆い、不快そうに目を細める。

あ、ダメだ。そこは踏み込んじゃいけないところ。

頭の中で警報が鳴り、人混みを掻き分けてマイの所に向かい、どうにかその手を掴むことができた。

「ごめん、そろそろ行かないと遅刻しちゃいそうだから!」

マイの熱狂的ファンと目を合わせないようにマイの手を引き逃げるようにその場を離れる。

何を言われるかわからない…。できれば耳を塞ぎながらいきたかった。

「キング…!ヤキモチかしら…!?」

「やばい、あのカップリング最高…。」

「どうしようこの気持ち…!最高だけど、ジェラシー…!」

…誰か耳当てをください。いや、できれば、耳栓がいいです。


逃げるように教室に入り、席に着く。

「ふぅ、びっくりしたぁ。」

疲れてしまって、机に突っ伏す。

「おはよーー、マイースイッチー。」

カシアの声が聞こえ、顔を上げる。疲れて頬に力が入らない。

カシアにゲンナリとした顔を向ける。

「うお、スイッチ、朝から疲れてるね。」

「…うん、ちょっとねぇ。」

朝からあんなに褒められるなんて、慣れない。慣れなすぎて疲れた…。

「…アマミさん、ありがとう。」

マイが申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。

また、苦しそうにして…。頬を机につけながら、大したことないとニヘラと情けなく微笑む。

「ううん。私が恥ずかしくて逃げ出したかったから。」

そう伝えるとマイが目を細め、そう、と呟く。

「おはよぉー。二人とも朝からすごかったねぇ。」

アーリアがおっとりと登校してくる。どうやら一連のアレを見てたらしい。なになにとカシアがアーリアに興味津々そうに聞いていた。アーリアが事情を説明してあげていると、教室のドアのところで桜色の頭が見えた。

あ、あの子だ。

そーっと覗くその子に手を振る。びっくりしたように肩を上げる。その様子がなんだかおかしくてまた笑ってしまう。

失礼しますとその子が入ってきて、こちらに近寄る。

「あの、さっきはすみません…。私のせいで囲まれてしまって…。」

どうやら自分がいけないと思っているようで、私とマイに頭を下げる。

「全然大丈夫だよー。えっと、ごめん、名前聞いてなかったよね?」

「あ、ルーナです!1-3のルーナ・ヘイスカリです!」

「ルーナね。気にしないで。まだ、こういうのに慣れないだけだから。」

マイに向けたようにまた、情けなく微笑む。その姿にルーナが何か決意するように頷き、こちらを真っ直ぐ見つめる。

「アマミさん、放課後少し時間いただけませんか?」

「放課後?えっと…。」

確か生徒会の活動はあるけど、生徒会長業務は終わってるから大丈夫だと思う。そう思って確認しようとマイの方を見るとラベンダーの瞳と衝突する。

あまりに熱をはらんだ目線がこちらに注がれていた。眉間に皺を寄せ、大きな目を歪めている。どこか苦しそうで、縋るようなその瞳に戸惑い、どうしたのかと目を瞬かせる。

「マイ?」

名前を呼ぶとハッとその苦しそうな瞳が逃げるようにそらされた。

「放課後なんだけど…」

「大丈夫よ。生徒会長業務は終わっているし、私もルエダに呼び出されているから。」

遮るように紡がれた言葉は、これ以上触れてくれるなと言っているようだった。

「そっか、ありがとう。」

大丈夫。踏み込まないよ、その意思が伝わるように微笑みながらお礼を言う。ルーナに向き直りその緊張した面持ちの彼女に返事をする。

「そうみたいだから、大丈夫だよ。」

その返事に顔を安心したように綻ばせ、胸を撫で下ろす。

「良かったです。そうしたら、また放課後迎えに来ます。」

「うん、お願い。」

「では!」

嬉しそうに小走りで帰っていくルーナの背中を手を振りながら見送る。横目でマイを見るといつものように授業の準備を始めていた。

良かった。さっきまでの変な感じは無くなっていた。少し安心して、アーリアとカシアを見ると、マイを心配そうに見つめていた。

…また、二人にはマイの感情がわかるのか。何度目かの事実に胸がガリっと引っ掻かれたようだった。


放課後になり、鞄に教科書を詰め終えルーナを待つ。手持ち無沙汰になり、今日何度目かのネクタイの結び直しをする。

表の方を伸ばすと長さのバランス悪くなるし、短くすると結び目が太くなったりなかなか上手くいかないもんだなぁと悪戦苦闘しているとマイが席を立つ。

ネクタイを結びながらマイに話しかける。

「ルエダさんと待ち合わせしてるんだっけ?」

「…ええ。先に生徒会室に行ってるわ。」

「うん。私も用が終わったらすぐ行くー。あ、そういえば、イレアは今日管理局で直接話を聞いてくるらしいから集合時間ギリギリになるって。」

「わかったわ。」

マイはカバンを肩にかけて、席を離れようと歩き出しながら私をチラッと見る。

「ネクタイ、苦手なのね。」

「んー、そうみたい。もしかしたら私、不器用なのかも。」

「…慣れよ。そんなに大層な事じゃないわ。」

マイなりの励ましかな?なんだかおかしくて笑いながら言葉を返す。

「そうかな?今日は上手く結べそうにないけど。」

「来週には上手くなってるわ。」

「おぉ、急成長を目指して頑張るよ。」

そう伝えるとマイは先に行くわねと教室を出る。ネクタイから目線を外し、バレないようにその横顔を見送る。

…昨日何かあったのかな。

首元の絆創膏に朝の様子。きっと何かあったんだ。でもそれを私が聞くのはマイは望んでない。聞いても苦しそうになんでもないと言われるだけだ。

もどかしさが肺に溜まってしまい、吐き出そうと大きなため息が出る。

「アマミさんっ!」

教室のドアから、跳ねるような声がした。その声に振り向くとルーナが私を呼んでいた。慌ててきたのか少し息が切れてる気がする。

立ち上がり、ルーナに歩み寄る。

「ごめんなさい…!ホームルームが長引いてしまって…。」

「ううん。ぜーんぜん大丈夫。そんなに待ってないよ。」

「よかった…。あの、教室だとアレなので、外でも良いですか?」

「あ、うん。私まだこの学校の事わからないから、ルーナのお好きなところへ。」

「はい!」

じゃあ!とルーナが案内してくれる。

彼女の桜色の髪の毛をイレアと同じ髪色だなとなんとなしに見つめる。その後ろ姿について行くと中庭を通り過ぎ、大木が視界の端に入る。

ここ…。初めてオルネラスに来た時、私が寝てしまった場所。大きな木陰に座ると、風が心地よくてうとうとしちゃったんだった。あの時初めてマイに出会った。なんだか儚いけど凛々しい。そんな不思議な子だと思った。それは今も変わらない。

時折見せる辛そうな顔。縋るような瞳。それでもその弱さを吐き出さずに背筋を伸ばして歩んでいく。私から見たマイはそんな子。

もし、その弱さを抱えきれなくなったら私は手伝えるのだろうか。マイは私にその重荷を分けてくれるのだろうか。

きっとそれは私が決めることじゃない。その時にならないとわからない事だった。その不確定な未来に胸の奥がサワサワと揺れる。

「ここでもいいですか?」

ルーナの言葉に現実に引き戻された。


見渡すと多くの花が咲き誇っている所だった。薔薇やポピーが花を咲かし、花壇を彩っていた。

「うわぁ。綺麗なところだね。」

手入れの行き届いたその庭に息が漏れる。鼻から入る空気はその香りを連れてきてくれた。

「ありがとうございます。」

ルーナが頬を赤らめ微笑んでいた。

「ここは私たち園芸部が手入れをしている花壇で、薔薇なんかは花を咲かせるのに世話が結構大変で…。」

そっと薔薇の花を優しく触れ、その紅葉色の瞳で愛しむように見つめる。

この子は花が好きなんだなぁ。その目線が物語っていた。

「そうなんだ。私お花とかわからないけど、ここの花がすっごく綺麗なのはわかるよ。」

可愛らしく咲いているポピーの花をそっと触れ、鼻を近づけて香りを嗅ぐ。先ほどより濃く華やかな香りが鼻腔を満たす。

「…良い香り。」

外の世界は、多くの刺激に溢れている。目が眩むような色とりどりの色彩、鼻を沸かす華やかな香り、頬を温める日の光。自然がそれを作り、人がそれを守る。

世界はこんなにも刺激的で美しい。

そんな想いが胸を一杯にする。自然と頬が緩み、目を細める。ルーナにここが素敵だと伝えたい。一杯になりすぎた感情を誰かに伝えたかった。

「ルーナ。本当に素敵な所。連れてきてくれてありがとう。」

「…っ!」

ルーナは驚いたように目を見開き、逃げるように俯く。

ルーナって恥ずかしがり屋なんだなぁ。耳まで赤くなってる様子に微笑んでしまう。

恥ずかしさが落ち着いたのか、オズオズとこちらを見つめる。

そういえば、何の用なんだろう。ここを見せたかったとか?

そんな疑問を口にしようとした時、ルーナがゆっくりと口を開く。

「アマミさん。あの時、助けてくれてありがとうございます。」

「あぁ、中庭でのこと?怖い目に合わせちゃったし、お礼言われるような…。」

笑いながら言葉を続けようとした時、ルーナの瞳が真っ直ぐ私に向かっていた。何かを決めた目だった。あまりにも真剣な眼差しに言葉が途切れる。

「確かに、怖かったけど、アマミさんが助けてくれて、大丈夫だよって、ずっと背中をさすってくれて。私はあの時、あなたに助けてもらえて嬉しかったです。」

その瞳は潤んで、頬は赤く染まっていく。感情が破裂してしまいそうなそんな表情だった。それでも言葉を続けようとする彼女に黙って耳を傾ける。

「あの日から、私は。」

息を吸う。次の言葉を正しく届けようとしているのがわかる。

「あなたのことが好きになってしまいました。」

真っ直ぐすぎるその言葉は、彼女の想い通りにきっと私に正しく届いた。

言い切った彼女はスカートを握り締め、まっすぐ落ちるプリーツにシワを作っていた。その手は震えていて、瞳はもうこぼれ落ちてしまいそうなぐらい潤んでいた。

あぁ、怖いんだ。きっと拒絶されるのが。こんなに頑張ってくれてる彼女を傷つけたくない。私が今彼女にできることはまっすぐな言葉に真摯に応える事だけだった。

「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい。」

好意を伝えてもらえる。それも勇気を出して。これがどれだけのことか、私にはまだわからない。でも、ルーナの震える手とその瞳と表情を見れば簡単な事じゃないのはわかる。

安心させられるように笑顔を向ける。伝わってくれたようで、その強張った頬は少し和らいでいった。ルーナが再び口を開く。

「アマミさん…。私、あなたの…。」

ここまできたらなんとなく紡がれる言葉はわかる。そしてその返事も決まってる。胸の奥がギュッと締め付けられる。それを隠しながら、うん、と微笑む。


「ファンクラブを作りたいです。」

「んーーー??」

あっれれ?うん??あれ??うん?

先ほどの微笑みが残って、笑顔のまま困惑する。

そんな私を置いてルーナは熱意の眼差しを向けたまま話を続ける。

「発足宣言を見て思ったんです。あなたの魅力がきっとすぐに多くの人に伝わるって。そうしたら無秩序なあなたのファン達が今日みたいにあなたに迷惑をかけてしまう。それを友人と危惧して、それなら私達が公式にファンクラブを作ってルールを決めてあなたを応援する組織を作ろうと思ったんです。」

「はあ。」

「なので、私たちの活動を公式に認めてもらえませんか…?」

…。なるほど。うん、なるほどね。えっと、そっか。うん、うん、そうだよね。


恥ずかしい。


できればこの場から走って逃げてしまいたいぐらい恥ずかしい。

ここまできたら?なんとなく?紡がれる?言葉が?わかる???

30秒前の私に言ってやりたい。自惚れるなと。ちょっとチヤホヤされて自惚れているんじゃないと。あまりの恥ずかしさに自然と手が顔を覆う。

「アマミさん?!」

「大丈夫、大丈夫だから。自分で自分を叱ってる最中だから。」

「え、なんで?」

「…。」

言えるわけないでしょう!告白されると思ったなんて!!

困惑しているルーナに少し時間をもらって羞恥心を納める。

「ふぅ。ごめんね。えっと、ファンクラブでしたっけ?」

「え、ええ。許可をもらえれば早速今日から活動したいと思っていますけど…、アマミさん、本当に大丈夫で…?」

「大丈夫だから。大丈夫。もう、触れないで。」

心配そうに私を見つめるルーナにそっとしておいてくれと言葉を遮る。

目をぱちくりさせながら、はあ、と不思議そうにルーナはこちらを見つめる。

その目線を気付かないふりをして話を進める。

「ファンクラブかぁ。そんなに大層なものいるかなぁ?発足宣言後だから話題になってるだけだと思うけど。」

「そんな事ありません!!アビリティチェックの時からすでにあなたのファンは着実に増えていって、今日だって校内なのにあれだけの人に囲まれたじゃないですか!」

突然勢いをましたルーナに圧倒され、一歩後ろに引いてしまう。そんなまっすぐで切実なその瞳に気圧されてしまったら、残されている選択肢は一つしかない。

「わ、わかった。お願いするよ。ルーナに公式なファンクラブの管理を。」

「ーっ!良いんですか!?私で!!」

興奮しているのか顔を赤らめ、両手をギュッと握りしめている。その様子にまた笑いが溢れてしまう。

「あははっ。ルーナがお願いしてきたんじゃん。むしろ今更私じゃ無理って言われても困るし。」

「ーっ!!無理じゃないです!!頑張ります!!」

「うん。よろしく頼むよ。」

「はい!!」

小さくガッツポーズをして、よしっ、よしっ!と呟く彼女を少し呆れながら微笑ましく見つめてしまう。

ルーナがハッっとしたようにこちらを勢いよく見つめ、口を開く。

「じゃ、じゃあ私がファンクラブの会長でいいんですか…?」

「え、わからないけど、良いんじゃない?その辺もルーナに任せるよ。」

「はい!!私、頑張ります!」

終始興奮気味のルーナに気圧されながらそれでも自分の事でこんなに喜んでくれるのが嬉しくて微笑んでしまう。

そろそろ行かないとみんなが集まってくる頃だ。

「ルーナ、話は終わりかな?」

「はい。あ、あと…。」

「ん?」

「もしよかったらネクタイ直しましょうか…?」

「…やっぱり変?」

「ちょっとだけ…。ちょっとだけなんですけど、結び目が大きい割に短くて、曲がってます。」

うん、だとしたらネクタイの全ての箇所がダメだね。

「…お願いしても良い…?」

「…はい。」

ネクタイを解いて、ルーナに結び直してもらう。イレアはいつも後ろからやるけど、ルーナは前から結べるらしい。イレア曰く、自分がやる方向からじゃないと慣れないからとか言ってたけど。すぐに手際よくスルスルと結んでくれて、キュッと最後首元を締める。

「できました。」

ネクタイを触り、自分がやったのより結び目が適度な大きさになってるのを感じる。

「おぉ、ありがとうー。完璧だね。いつお嫁に行って旦那さんを送り出しても大丈夫だね。」

「大袈裟です…。」

「そう?定番じゃない?」

「そうですけど…。」

目を細めこちらをシラーと見るルーナの頬は少し赤くなってる気もして、どうしたのかと思ったけど本当にそろそろ向かった方が良さそうな時間だった。

ルーナはファンクラブが公式になった事を教室に待たせてる友達に報告するとかで校舎に向かうそうだった。別れようとした時、今日一日言おうと思ってた事を思い出した。

「あ、ルーナ。ずっと気になってたけど、同じ学年なんだから敬語はいらないよ。誰に対しても敬語ならそれはそれで良いけど。」

マチルダみたいなパターンがあるからね。

「そういうわけじゃないですけど…。」

おずおずと否定するルーナに、笑いながらそれを伝える。

「じゃあ無しね。」

「え、いや、えっと…。…ゎかった。」

頑張って敬語を外す姿にまた笑いが溢れる。

「うん、よろしいね。じゃあ、これからよろしく。」

「ぅ、うん!また!」

お互いに手を振ってルーナとわかれ、生徒会室に向かう。


時計を見るといつもよりは遅いけど、まだみんなは集まってないぐらいの時間だった。

ちょっと早かったか。マイ、もう来てるかな?ルエダさんと用事があるって言ってたけど…。

思い返してみれば、マイが心を閉ざしたり、冷たくなったり、苦しそうにする時はルエダさんが関わってる。マイはルエダさんと上手く行ってないのかなぁ。でも、許嫁ってことは将来結婚するって事でしょ?今上手くいってないってお互い大変なんじゃないかな。

…いや、やめよう。根拠が想像に過ぎない。マイが何か私に言うまで、私は余計な詮索はよしておこう。

そんな事を思っていたらエレベーターが生徒会室についた事を知らせる。生徒会室に入り、まだイレアも来てない事に気がつく。

管理局に行くって言ってたけど、管理局って確か執行部隊の大枠だよね…?つまりおっさんもいるって事か…。

あの気の抜けた笑いを思い出して何故か腹の底がムカッとする。みんなイレアに固執しすぎと言いたいんだろうけど、相手がおっさんって事もあるからだと思うの。なんか、あのおっさん、人をむかつかせる才能に溢れてるんだよなぁ。


一人でおっさんについて腹を立てていたら生徒会長室の扉が閉まってる事に気がついた。

あ、マイやっぱりもう来てるんだ。

そう思って、生徒会長室のドアをノックして、扉を開く。

「マイー、お待た…。」

部屋を覗きながら声をかけていたが、視界に入ったものに動揺して、身体全ての動きが急停止した。言葉、呼吸、手、足、思考まで。

想像してない瞬間に出会うと人はどうして良いかわからず、全てが止まってしまうんだなぁと空から見てる自分がしみじみ思っていた。


扉を開いた先にはマイとルエダさんがいた。もちろんそれだけでは驚かない。

二人の距離はなく、唇を合わせていた。

そう、キスをしていた。

許嫁だとわかっていても、そういうこともしているのだとわかっていても、直接見るとやっぱり戸惑ってしまう。

と、いうより、いけないものを見たという感覚とお邪魔してしまったという焦りでとりあえず扉を閉めようとした瞬間。

風が頬を素早く触れる。その風に閉める手を止め、再び生徒会長室を見ると風に押されてルエダさんがローテーブルに腰をついていた。

「何するの…!」

マイの声色が怒りに染まっていた。口元を隠すように手を当て、目を細め、突き刺すような目線をルエダさんに送り、風を纏っている。

そんなことも気に留めないようにルエダさんはマイに爽やかな笑顔を向けて言葉を返す。

「何って、いつもやってるじゃないか。そんな怒るようなことでもないだろう?」

なぜか大袈裟にルエダさんは私にも聞こえるように大きな声で話しているようだった。

その逆撫でするような言葉と振る舞いにマイがさらに怒りの色を強める。また風が強く動くのを感じた。

まずい…。

咄嗟に二人の間に入り、マイを止める。

「ちょ、マイ!そんな力、人に向けたら危ないよ!」

マイのラベンダー色の瞳が怒りに染まり、何か苦しそうに顔を歪める。

「アマミさん、どいて。」

「どかないよ!マイ、落ち着いて!」

マイが私を睨みつける。怖いけど、どこか縋るような目だった。

マイ、どうしたの…。困惑していると後ろから声が聞こえた。

「アマミさん、ありがとう。きっとマイは恥ずかしがっているんだよ。」

ルエダさんが相変わらず笑顔で言う。

いや、とてもそんなふうには見えないんだけど…。疑問の眼差しをルエダさんに送ると、彼の口元がいつもより上がった気がした。

「だって、マイ?昨日だってあんなに愛し合ったじゃないか。マイは恥ずかしがり屋だから、その証を絆創膏で隠しているみたいだけど。」

絆創膏、そうか、今日マイが首元にしている絆創膏は怪我じゃないんだ。昨日そういう事をしたと、ルエダさんにつけられたものを隠すための絆創膏。

「…あなた…!!」

その声に慌ててマイを見る。もう、怒りを通り過ぎ、憎悪まで感じた。

もうかける言葉が見つからない。なんでルエダさんはマイを怒らせるようなことばかり…!

荒れる風からルエダさんを隠すように立つ。マイにそんな理由で力を使わせたくない。どうにか落ち着いてもらえるように声をかける。

「マイ、お願い。能力を使わないで。この事、誰にも言わないし、なにもなかった事にするから。」

「そういう事じゃ…!」

目を細めマイが辛そうに吐き出す。

「わかってるけど、怒ってマイが誰かを傷つける瞬間なんて見たくないよ。」

もどかしそうにマイの眉毛がハの字に歪み、唇を噛む。どうやら怒りを収めようとしてくれてるようだ。

その姿に申し訳なさと安堵が広がる。少し胸を撫で下ろした時、肩にポンと重みを感じた。

「アマミさん、優しいなぁ。」

ルエダさんが私の肩に両手を乗っけていた。

この人…。あんなにマイに睨まれてよくそんな呑気でいられるよな…。さすがに一つ文句言っても怒られないだろう。そう思い、口を開く。

「この人に触らないで…!」

発したのは私じゃなかった。気づいたら力強く手を引かれて思わず体をマイに預ける。

抱きつくような形でマイの肩に顔をうずめ、ルエダさんから距離が取られる。

どういう状況かまたわからなくなる。

この張り詰めた状況に合わない笑い声が聞こえた。

「ハハっ!マイ!逆じゃないか?マイが嫉妬するのはアマミさんだろ?なんで許嫁の僕が嫉妬されてるみたいなんだ?」

いつもの爽やかな声が、どこか歪んで聞こえる。まるで揶揄うような、馬鹿にしているようなそんな話し方。

なんとなく、ルエダさんの声を始めて聞いたようだった。きっとこれが本当のルエダさん。

「マイ、忘れてきているのかな?僕はオルネラスを支援してるヴェメール社の次期社長だよ?今年の春、巨額の支援を行ったのはどこの会社だった?支援を行ってこの学園に何がきた?」

「…っ!」

その言葉にマイが苦しそうに息を呑むのがわかった。

春?この学園に来た何か?それって…。

「わかるだろう?君が今、僕から離したその子はタダじゃない。その子を元に組織された中央生徒会もだ。ルミリアではなくオルネラスがそれを手に入れたのはヴェメール家のおかげ、許嫁の僕がいるから支援をした。それを忘れてしまっているんじゃないか?」

全ての答えがルエダさんから放たれ、その言葉に恐る恐るマイを見つめる。

苦しそうに目を歪め、その瞳には悔恨が揺れていた。

事実なんだとそう突きつけられたようだった。

今度こそかける言葉が見つからない。わからなかった彼女を苦しめている原因。それは私だった。

また…。また、私は大切な人を苦しめる。イレアの次はマイ。その事実が胸を鮮烈に切り裂く。


「全く。マイは世話が焼けるなぁ。まぁ、いつも最後にはわかってくれるから良いんだけどね。」

ルエダさんは呆れたように呟くと扉に手をかけ、思い出したように振り返り、私を意味深に見つめる。

「アマミさん。くれぐれもマイをよろしく。」

そういう彼の表情はいつも通り爽やかな微笑みに飾られていた。その言葉を残して彼は生徒会室から帰って行った。


部屋を沈黙と動揺が埋め尽くしていた。

二人のことを見守ろうと思ったのに、また踏み込んでしまった。

いや、それだけじゃない。

聞いてはいけないことまで、触れてはいけないところまで触れてしまった気がした。

どうすれば良いのかわからない。どう声をかければ良いのか。戸惑っているとマイの腕が私を引き離す。

「ごめんなさい。」

紡いだのはマイだった。私から離れた腕は自分を支えるようにもう片方の腕を強く握りしめていた。

「あなたを巻き込んでしまって。」

低く小さく紡がれた言葉は後悔と懺悔の色をしていた。

その姿が儚く、あまりにもいたたまれなかった。

「私は、大丈夫。私こそ、変なタイミングで入っちゃってごめん。」

「アマミさんは悪くないわ。」

傷ついたように目を細め、握る手が掴んだ制服の皺を深める。


なんとなくわかった。マイのどこか儚く感じるそれは、この子の自信のなさだ。ルエダさんに、ヴェメール家に頼ってる自分、オルネラスに貢献できてない自分、この状況をどうにもできない自分。それらの事がマイはよくわかってる。だから、自信がない。フェルバーク家として強くあろうとする自分と、わかってしまってる自分の弱さ。それがマイを不思議な子にしている原因。

どうか、この子を自由にしたい。そんな衝動に駆られる。

…ただ、そんな無責任なことは、できない。

それは彼女が積み上げてきたもの、我慢してきたものを否定することだから。

衝動を理性が抑えながら、マイに微笑みかける。

「じゃあ、マイも悪くないよ。」

「そんな事ないわ。私がルエダをここに連れて来てしまったから。」

「んー、まぁ、いた時はびっくりしたけど、そこからはルエダさんの暴走でしょ?まさか示し合わせてた?」

おどけて、大袈裟に驚いたように聞いてみる。マイは苦しそうに歪めてた顔を少し和らげ否定する。

「そんなことはないけれど…。」

その様子に少し安心して、自分の口角が少し上がるのがわかった。

「じゃあ、そういう事で。それにさっきのことは無かった事にするって言ったしね。」

そう言うと、マイは申し訳なさそうに目線を逸らし、頷いてくれた。

「じゃあ、部屋、片付けようか?」

マイの風に煽られて資料なら本やらが散らばってしまった。その光景を笑いながら眺める。

「…ごめんなさい。」

今日何度目かの謝罪。今日1番恥ずかしそうな謝罪だった。そんな姿にまた笑いが出る。

「あははっ。良いよ、一緒に片付けよう?」

そう言って二人であらかた片付け終わった頃、マイの目線が私の首元にあるのに気がついた。

「ネクタイ。」

「うん?あぁ、綺麗に結べてるでしょ。」

「ええ、さっきの不格好のとは全然違うわ。」

…不格好って思ってたんだ。ま、そうなんだけど、そうなんだけどね。あまりのストレートさに悔しさと切なさがこんにちはしてるよ。

「…ルーナがやってくれたんだ。さっき。少し変だからって。」

ルーナも優しく全否定してたけどね。

その言葉にマイが何か考えるように黙り、数秒後に、そう、とだけつぶやいた。

そこは、ごめんなさいではないのね。良いけど。下手くそなのは事実だから。良いけど。

それでも少し抗議の目線を送りながら彼女を見つめていると扉がノックされた。


「スイ?もういるの?」

ドアの外からイレアの声が聞こえた。どうやらイレアが管理局から帰ってきたらしい。

ドアを開け、イレアの問いかけに答える。

「いるよー。マイもいるよー。」

「そう。そろそろ、みんな集まる頃だから。」

イレアがそう言って生徒会室に私たちを招くように扉を大きく開く。

それに従うように移動するとちょうどエルネスト達が入ってきた。

「あ、エルネスト、マチルダ、おはよー。」

「もうおはようって時間じゃないけど。」

もちろん言い返してくるのはエルネストだった。そんなエルネストを諌めながらマチルダが上品にごきげんようと挨拶をしてくれる。

「なるほど。ごきげんよう。」

満面の笑みで初ごきげんようをかましてみるとエルネストがうさんくさっと言い捨てる。

ひどいなーと笑っていると、マイが何事もないかのようにソファーに座るのが見えた。

良かった、いつも通りだ。その姿に安堵して、すでに定位置化してる場所に腰掛け、メンズ二人を待った。

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