中央生徒会伝説の演舞
発足宣言当日。活動着を身に纏いイレアの車に乗り込む。
「この服、動きやすいね。」
コートのストレッチを確認しながら運転をしているイレアに話しかける。袖を捲っているイレアの腕には小さな時計がキラキラと反射していた。
「みんなが動きやすいように柔らかく作ってもらったのよ。」
「あ、なに、イレアがオーダーしたの?」
「ええ。」
「やけにセンスが良いわけだわ。」
チャコールグレーを選ぶ感じ、イレアって感じ。男女問わず使いやすい色味だもんね。
うんうんとコートとネクタイを見つめる。昨日エルネストに注意されたからか、結んでくれなかったけれど、あまりにも不恰好だったらしく、結局イレアにやってもらった。
「毎回毎回、アイボリーの制服を血で汚されたらたまったもんじゃないもの。」
「…はい。そうでしたね。」
この話題はよろしくない。スッと前を向き話題をかわす。そんな話をしているとビジョンがなった。見てみるとマイからメッセージが届いていた。
『着いた。昨日車停めた所にいるわ。』
それを見て返信を打つ。
「マイ着いたって。昨日停めた所にいるってさ。」
「早いわね。あと5分ぐらいで着くって伝えておいて。」
みんなを待たせないように予定より30分ほど前に家を出たけど、やはりマイはそれを上回ってくる。
「おっけー。」
しばらくして、車が国立競技場の駐車場につきマイを探す。キョロキョロとしていると活動着を身につけたマイが誰かと話していた。
「ゲッ。」
「あ、イヴァンさんね。」
隣にいたのはおっさんだった。
何か饒舌に話しているおっさんに、マイが心底めんどくさそうに目を向けている。
イレアとまじまじとその姿を見つめてそっと呟く。
「…マイ、嫌そうだね。」
「…凄く、嫌そうね。」
そんなに顔に出すことある?って言うぐらい嫌そうだった。私も大概だと思ってたけどあそこまでではないと思うの。
イレアが車を近くに停め、車を降りる。イレアはバックなりコートなりを取るのに後部座席で準備していたが、それを待ってるとマイがおっさんに暴風をお見舞いする気がするので先にマイの元に向かう。
「マイ、おはよう。」
「アマミさん。」
マイがこちらに気付き少し表情を和らげ、歩み寄る。
「おーう、そんなあからさまに態度変えないでよぉ。副会長さん。」
「おっさん、マイに変なちょっかい出さないでよ。」
おっさんをジッと睨みつける。その目線にやれやれと言うようにおっさんが話す。
「ちょっかいというより、お互いがんばろーぜーって励まし合ってただけなんだけど。」
「どう見てもおっさんが一人で話してるようにしか見えなかったけど?」
あんなにあからさまな表情をされててよくこのおっさんはめげないな。少し感心する。
「おはようございます。イヴァンさん。」
イレアが身だしなみを整えて合流する。
「おはようー。イレアちゃん。その格好いつもと違っていいね。いつもの格好も素敵でおっさん好きだけど。」
ここぞとばかりにおっさんが優しく微笑む。やっぱりなんかイラッとすんだよなぁ。
「イレアは美人だからなんでも似合うんだよ。」
「やだ、才女また嫉妬?」
「…。」
わざと驚いたように揶揄うおっさんにイラつきが加速する。
「…イレア、演舞のリハーサルはもう一度していいんだっけ?」
「…才女?聞いたよ。ドラゴンとゴーレム作って魔物食べさせたんでしょ?」
「うん。」
「…勘弁してください。」
「…スイ、落ち着きなさい。」
イレアが呆れるように諌める。イレアがおっさんを見て申し訳なさそうに微笑み言葉を紡ぐ。
「イヴァンさん今日は一日お願いしますね。」
「お!おっさんイレアちゃんにそんなに言われたらもう必死に頑張っちゃうよ!」
ふざけるようにニッと笑うおっさんを、イレアが信頼してるように微笑む。
「ええ。お願いします。」
なんだこの空気。何故か腹の虫が治らない。
「おっさんがいなくてもいいけどね。」
拗ねるように呟くと、おっさんがケラケラ笑い始める。
「そりゃそうだわ。才女がいたんじゃおっさん出る幕無いな。」
想像に反して肯定されると少し戸惑ってしまう。拗ねるようにそっぽを向く。
その様子をひとしきり笑い終えたおっさんが私の頭をポンと撫で、笑い涙を片手で拭う。
「と、言うことで式は頼んだ。おっさんはレセプションに専念させてもらうわ。」
「は?」
突然の業務放棄宣言に眉間に皺が寄る。
「そんな顔しなさんな。元々レセプションの方に警備を集中させてんのさ。会場に来る一般客が狙われる確率と、うじゃうじゃ官僚やら国のトップやら、大企業のお偉いさんやらくるレセプションだったら、まぁ、レセプションの方が狙いたい放題よな。」
「ほぉー、一般人より、重役の方が大切と?」
「ま、そう言うことかな?」
皮肉るように伝えた言葉をおっさんはなんの抵抗なく肯定する。
あぁ、そうだったらこのおっさんは、すでに割り切ってる人だった。
「それに、この競技場だったら才女、存分に能力使いたい放題でしょ?」
…確かに屋根のないこの競技場は障害がないから物質を掴みやすい。それにこの広い会場だったら満席になっても人口密度が少ない分、断然動きやすいのだ。逆に言うと細かい人海戦術ができる執行部隊はレセプション警備の方が向いているのだろう。
「まぁ、ね。」
「才女がいるなら俺らいらんでしょ。」
な?と気の抜けた笑いをこちらに向ける。その笑顔に素直に応えるのが癪でむぅと目線をそらす。
「まぁ、最低限はもちろん配置するさ。だから拗ねんなって。」
おっさんがチラッとイレアを見る。
「と言うことで良いんだよね?イレアちゃん?」
「ええ。そうお願いしたのは私ですから。」
あ、そうなの?
イレアをおずおずと見つめる。イレアと目が合い困った子を見るように眉尻を下げて微笑みかける。
「スイがいるから大丈夫だと言ったのは私よ。だから拗ねないの。」
そう言ってイレアは私の拗ねて膨らんだ頬を人差し指の背中で撫でる。
もう、腹たってるのか、拗ねてるのか、信頼されて嬉しいのかわからなくてマイの後ろに隠れる。
「マイ…。助けて。」
「…どうすれば助けられるの?」
「わからない…。」
そのやりとりに大人二人は楽しそうに笑っていた。気を取り直したようにおっさんが活動着をまじまじ見つめて呟く。
「それにしてもイレアちゃんも副会長もその服よく似合ってるけど、才女、ダントツで似合ってんな。」
「今更、おだてても無駄だよ?」
「いや、まじよ。銀髪とそのグレーのコートがいい感じにクールだぜ?な?副会長?」
突然話を振られて驚いているのかマイの肩がビクッと揺れた。
「…。」
マイがその言葉に反応をしないため、なんとなくしゅんとする。そんなに何も言えないぐらい似合ってないかな…?割と気に入ってたんだけど…。そう思っているとマイが言葉を紡ぐ。
「良く、似合ってると、思うわ。」
途切れ途切れに紡がれた言葉はマイがなんとか絞り出したものだった。
なんか、…ごめん。
「マイ…。ありがとう。」
マイの精一杯の気遣いに感謝を伝える。ふとイレアを見ると少し驚いたようにマイを見つめ、おっさんは笑いを堪えられないようにニヤついていた。マイの後ろに立っているとなんでそんな顔をしているのかわからず、その顔を覗こうとする。
「マイ?」
名前を呼ぶと再び肩がビクッと揺れた。マイの形のいい耳が赤くなっている気がした。
マイがサッとイレアの後ろに隠れる。
「え?」
その行動の意図がわからず動揺が口から漏れる。
「やーい、やーい、才女、副会長に避けられてやんのー。」
なんだこのおっさん。
年甲斐もなく人をむかつかせる才能に溢れたおっさんを睨みつける。それに反応しておっさんが顔を引き攣らせる。
「いや、そんなに怒らなくていいじゃないの…。」
「演舞の…。」
「ダメだって!ごめんて!」
ジトーと睨みつけると観念したようにおっさんが項垂れ、悪かったって、と呟く。
「そろそろほんとに演舞をされそうな気がするからおっさん行くわ。」
「そうですね。では警備お願いします。」
イレアが苦笑いを浮かべおっさんにお願いする。
「任されました。」
イレアにむかっておっさんがニコリと微笑む。それをジーッと見ていると、おっさんがあ、そうそうと振り返る。まだなんかあるのか。
「才女、服、褒められてどうだった?」
「褒められてって、おっさんに?」
「いや、おっさんに褒められてもなんも感じないだろ、才女。」
「まぁね。」
しっかり肯定するとおっさんがあははと苦笑いを浮かべる。おっさんはふぅとため息をつきながら言葉を発する。
「副会長にだよ。」
「マイに?」
何を言ってるんだ?意味がわからず眉間に皺を寄せて怪訝そうに見つめる。
「そうそう。いいから。深く考えないで。」
おっさんがそう言ってヘラっと笑う。なんとなくマイの方を見るとイレアに隠れていた。
なんなんだ…?てか、あれは褒められていたのか?精一杯のお世辞だったのでは…?
疑問ばかりの脳内を一旦止めて、深く考えないでマイに褒められたと思おう。
「…嬉しいよ?マイに褒められて嬉しくないわけないでしょ?」
「ヒューー。お熱いなぁ!」
なんだこのおっさん。今回ばかりはほんとに意味がわからず疑問の眼差しで見つめる。私の目線に気がついたおっさんが目をぱちくりさせて、マジか…と呟く。
「…才女、本当に凄いな。」
「何が?」
「いやこっちの話。ま、いいや。とりあえずおっさん行くわ。才女なんかあったり、やばいって思ったら近くにいる俺の部下にちゃんと言えよ。おっさん余裕があれば駆けつけるから。」
「余裕があればね。」
「あったり前じゃない。ま、とにかく無理すんなよ。」
おっさんはいつも最後に無理すんなって言う。きっと昔オーバースキルの発作を見たからだろうけど。なんだかその心配がむず痒くぼそっと呟くように返事をする。
「わかってるよ。」
「ならいいんだけどな。じゃあ、イレアちゃん本当に行くね。今日一日頑張ってなー。」
「ええ。ありがとうございます。」
そう言うとイレアは優しく微笑む。その微笑みがイレアの心からの笑顔だと私は知っていた。
おっさん…。まさか、本当に…。…侮れない…。
その後ろ姿を警戒心マックスで見送る。
ふと、イレアの後ろに隠れていたマイを見る。そこからふぅーと大きく息が吐き出されるのが聞こえた。きっと音を抑えてるつもりだろうけど、性能のいい私の耳が微かに拾い上げてしまい耳を澄ませてしまった。なんだ?ここ最近のマイは様子がいつも違う。不思議そうに見つめる私に、イレアが呆れたようにため息をつく。
「スイ、多分エルネストたちはもう中に居るかもしれないから、ちょっと見てきてもらえる?」
「え?あ、うん?」
「私たちはここでマリウスたちを待つから。」
「あ、そう言うこと?わかったよ。」
そう言って会場の中に向かう。
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スイが会場に入っていくのを確認して、後ろに隠れている彼女に話しかける。
「…マイ、大丈夫?」
そう言って振り向くとマイの頬はまだうっすらと赤みを帯びていた。
「…ええ。イレア、ありがとう。」
そう言う彼女はいつもの冷静で淡々としている姿からは想像つかないほど温度を放っていた。全く、イヴァンさんはこの子に何を言ったの…。
「イヴァンさんに何か言われたの?」
その言葉に色々思い出しているのか目を見開き、再び頬を染める。唇をきゅっと噛み、言葉を選ぶようにゆっくり口を開く。
「二人が来る前に、イヴァン連隊長にあって。その、彼はそもそも勘違いをしていて。」
マイらしくない話し方をしてる、そう思った。彼女は淡々と少ない言葉で物事を伝える。それなのに言い淀んだり、言葉の順番が遠回りだったり。
「私がアマミさんの事を好きだと…。」
絞り出すように放たれた言葉は、私がなんとなく予想していた事柄だった。ただ、それがマイから言われると思っていなかったため驚き、目を見開く。
…イヴァンさん、良くこの子に言えたわね…。
呆れるようにひとりごちる。
「それで、この活動着アマミさんに似合いそうだって、どう思ったか?とか聞かれてしまって。正直、よく似合ってると思っていたからそう伝えると、ドキッてした?って揶揄うように言われて。」
「ドキッとしたの?」
私の問いかけに目を見開き、恥ずかしがるように地面に目線を這わす。
「わからないわ…。ただ、彼女に目を奪われる事は多かったから。それを思い出して言い淀んでしまって。余計揶揄われて。めんどくさいと睨んだんだけれど、事細かにそう思った理由を説明されてそれが当てはまることも多くて…。」
だからあの時、すごく嫌そうな顔をしていたのね。思い出すと少しおかしくて笑いそうになってしまう。きっと笑ったらこの子はほんとに怒るだろう。そう思ってどうにか笑わないように取り繕う。
「そう、それで動揺してたのね。」
「…ええ。」
イヴァンさんにスイの話を振られた時、マイは頬を紅潮させ、目を見開いていた。らしくない表情にこちらがびっくりさせられてしまった。
いつもは淡々としていて大人びている彼女がスイのことで年相応になっている。
それがなんだか嬉しく思う。
そっとマイの頭を撫でる。パチクリと目を瞬かせてこちらを見つめる。
「マイ、別にすぐに答えを出さなくていいと思うの。スイは時たまこの世のものじゃないみたいに美しく感じる時がある。それは私も思うことよ?スイは自分では気づいてないけれど。」
その言葉に、マイがコクリと頷く。ぼそっと呟くようにマイが言葉を紡ぐ。
「確かにアマミさんは、自分のことをわかって無さすぎるわ。」
不満げにつぶやく言葉は思いっきりブーメランになっていたけれど今はそのままでいいだろう。その幼さに安心して頬が緩む。
しばらくしてスイがエルネストとマチルダを連れてやってくる。何やら3人で楽しそうに笑い合っている。それが普通の高校生で、それをスイができていることがたまらなく嬉しかった。この子はあの暗く辛い研究室から出ることができたんだ。それを実感した。
こちらに近づいてくると、スイが少し心配そうにマイを見つめる。その目線を向けられ、マイは大丈夫なのかとそちらを見るといつもの冷静な表情をしていた。この子も大人の世界にいることが多いからかしら、もっと年相応にしててもいいのに…。
冷静で大人びているこの子を甘やかしてしまいたくなる。
「二人連れてきたよー。」
スイが気の抜けた声で伝えてくる。
「ええ。ありがとう。ふたりともおはよう。」
「おはようございます。」
「おはよう。」
相変わらずマチルダは愛想が良く、エルネストは気だるげに挨拶を返す。
「あとは、マリウスとフィルマンね。」
「そうだね。」
そう返事をするスイはチラ、チラ、とマイの方を見る。気になるなら話しかければ良いのに。この子は本当に変なところで臆病になる。
でもそれがこの子の優しさだと私は知ってる。踏み込んで傷つけたくない、だから様子を見てしまう。その下手くそな優しさに気づける人がスイの大切な人になって欲しい。そんな親心に似た感情にふっと口元を緩める。
エルネストがスイの様子をみて私のそばに寄り、呟くように話しかけてきた。
「なに?なんかあったの?」
私とエルネストの目線はほかの3人に注がれ、スイがマイにヘラッと話しかけている姿を見つめる。マチルダがいるからなんとか上手いことしてくれるだろう。そう思って安心して見守る。
「まぁ、スイがまた、鈍感だったってだけよ。」
ため息混じりに話すその言葉は、つい慈しみと笑いが混ざってしまった。
「あーまた?懲りないわねぇ。」
呆れるように笑い混じりで答えるエルネストをチラッと見る。
「エルネストも悪かったわね。一昨日、スイがからかいすぎたみたいで。」
「本当よ?どんな教育してんの?」
「それは本当に苦戦しているのよ。」
「イレアに手を焼かせるなんて本当大したものよね、あの子。」
エルネストはどことなく嬉しそうに話す。なんとなく彼女のその姿が珍しく会話を広げる。
「でも、最初はエルネストからだったんでしょう?」
「そうだけど。倍返しも3-4倍返しぐらいになって返ってきたのよ?」
思い出しているのか目がジトーとなり、ため息がこぼれ落ちていた。
「そんなに?」
「聞いてないの?」
エルネストが怪訝そうにこちらを見つめる。
「聞いたわよ?スイが耳元で囁いたんでしょ?」
「…まぁ、そうね。」
思い出すと恥ずかしいのか拗ねるように目を地面に這わせる。エルネストがボソボソと話を続ける。
「いつもはあんなに人畜無害みたいな顔でヘラヘラしてるのに。その時は、なんていうか、悪い顔してたのよ。それに驚いてたら髪を触られてそれを耳にサッとかけられるの。わかる?そのギャップ。」
いつものように、皮肉を言うような口ぶりだが、恥ずかしさを隠しきれていなかった。
「で耳元で囁かれるの。私とイチャイチャしてくれる?って。逃げようとしたら被さるように止められるのよ?あの顔で、真剣な顔して、ゆっくり近づいてきて。ほんとどうなってんのよ。」
ずっと誰かに愚痴りたかったのだろう、やっと吐き出せたと言う感じでエルネストが大きなため息を吐く。
「それは、本当に、ご愁傷様としか言えないわね。」
想像しただけで申し訳ない気持ちになる。全く、本当にあの子は自分のことを客観的に見れないんだから。そんなことを思いながら3人で楽しそうにしているあの子を見る。コロコロ変わる表情についつい微笑んでしまう。
そうしていると、待っていた2人がやってくるのを見つけた。集合時間10分前。みんな優秀ね。
「おはよう!みんな!」
フィルマンの明るい声にスイが嬉しそうに反応する。
「おはよう、フィルマン、マリウス。」
「おはよう。」
マリウスが落ち着いて挨拶を返す。
「みんな揃ったわね。じゃあ中に入りましょうか。」
その言葉に全員が思い思いの返事をする。
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会場は最終リハーサルを終えて、後は開始時刻を待つだけだった。続々と観客席が埋まっていくのをぼーっと見つめていた。
「それにしても、すごい席数だねぇ。埋まるのかな?」
その疑問にマチルダがおっとりと微笑みながら返してくれる。
「数日でチケットは完売したと報告を受けてますよ。発足宣言がこの祝日に開かれるって発表されたのは入学式の日だったみたいですけどね。」
「うえぇ、なんで?」
なんでそんなことになってるの?中央生徒会って何?って感じじゃないの?
「都市伝説の第一位様が、アビリティチェックであんなに鮮烈なデビューをしたら話題にもなるわよ。少なくとも世間に興味ない人以外はあなたの存在が気になるんでしょ」
エルネストが観客席をやる気なく見つめながらサラッと答える。
「…なるほど。」
私のせいなのか。観客席を見渡すとなんだかぞわぁと背筋が震える。
「ちなみにこの会場だけじゃないわよ?アリストタリア全国放送はもちろん、加盟国にも一斉放送されるんだから。」
追い立てるようなエルネストの言葉にグッと息を呑む。
「…なんだか緊張してきた。」
背中を丸める私にマチルダが優しくさすってくれる。
「大丈夫ですよ。スイさんはできます。」
微笑みながら、まっすぐ伝えてくれるその言葉に背中を優しく押され、丸まった背筋が伸ばされる。
マチルダはきっとわかってるんだろう。緊張した人を励ます方法を。きっと近くで何度もその人を支えてきたんだろう。ちらっとその人を見ると横目でこちらを見ていた。
「エルネスト、ヤキモチ?」
「そんなんじゃないわよ。私が教えたんだからちゃんとやるのよ。」
自信満々なその姿に喉がコロコロと鳴る。私はエルネストに教わった。いつも多くの人に伝えてきた彼女が、見つけてきた方法を。
『たくさんの目線に囲まれると怖くなる?』
『うん…前も言ったけど、研究室でのことを思い出しちゃって…。入学式の時はまだみんな私のこと知らなかったから大丈夫だったんだけど、探るようきじっと見られると思い出すんだよね…。』
『で、怖くなるのね。』
『うん…。』
こんなことを言われても困るよなぁ。申し訳なさでエルネストの様子を伺う。
その表情はいつもと違い、真剣そのものだった。親指と人差し指を擦るように右手を動かし、伏せ目がちに前を見つめる。
こんなに真剣に考えてくれるんだ。エルネストの人望の理由がわかった気がした。そんなことを思っていると、エルネストが何か思いついたかのようにゆっくりこちらを見つめる。
『みんなに見られてるって思うからいけないのよ。』
『見られてるって思うから?』
『そう。見られてる、話さなきゃってなるとどうしてもその目線が気になるから、この人に伝えたいって一人の人に伝える事に集中すれば気にならないんじゃない?』
『なるほど、目線を気にしてないで、伝えるって事に集中するのか…。』
『そう。それも一人。みんなにってなるとたくさんの目が気になるから、あなたをそう言う目で見ない人に伝えるつもりで。』
『…確かに。良いかも。』
『できそう?』
『うん。頑張れそう。』
なんとなく伝えることに夢中になる自分が想像できた。そのイメージに頷き、エルネストを見ると少し安心したように頬を緩めていた。
『よかったわ。じゃあ当日は私に伝えるつもりで話しなさい。』
『うん。そうするよ。ありがとうエルネスト。』
『大したことしてないわ。』
そうぶっきらぼうに答える彼女は目を逸らし、緩んだ口元を隠すように唇に力を入れていた。
「エルネスト、見てて。頑張るから。」
エルネストをまっすぐ見つめると、エルネストが少し驚いたように目を見開く。ふっと息を吐き、頬を緩め微笑みながら返事をしてくれる。
「…ええ。」
それだけの返事にまた勇気をもらう。
「ただ今より、中央生徒会発足宣言を執り行います。みなさま席にご着席ください。」
アナウンスが流れ、式が開催される。
司会により滞りなく式は進んでいく。そろそろスピーチになるだろう。
ふと空を見上げる。青い空に薄く雲がいくつか浮かんでいる。花の香りがする。まだ少しだけ冷たい春の風が頬を撫でる。目を閉じて、鼻から息を吸い、風を、温度を、体に入れる。
私は外にいる。その感覚が、あの感動が私の中でまだ息づいている。これを守るために、やれることをやろう。
目をゆっくり開き変わらずそこにある青を見つめる。
「よし。」
イレアがこちらを見つめる。その目には心配の色がゆらめいてた。
「緊張しているの?」
「そりゃね。でも、大丈夫だよ。エルネストに色々教わったし。」
「そう。…無理しちゃダメよ。」
「ありがとう。」
イレアの優しいやりとりに緊張がほぐされる。きっと目線に怯えないか心配なのだろう。でも今日は大丈夫だと思う。なんとなく自信が湧く。
…こうやってあの日常を少しずつ乗り越えていこう。いつかきっとあの日々を笑い話にできるように。
「中央生徒会長挨拶です。中央生徒会長スイ・アマミさんよろしくお願いします。」
その言葉に席を立ち、登壇する。
舞台上に立つと周りがよく見える。たくさんの頭がこちらを向いているのがわかる。一瞬、目を閉じて、集中する。
エルネストに届ける。エルネストに伝える。…よし。
「この度、中央生徒会長を仰せつかりましたスイ・アマミです。…」
話し始めてしまえばあっという間だった。息をするタイミング、立ち居振る舞い、表情の作り方。エルネストに教わったことを、なぞるように行う。
「…今後生徒会一同、一致団結してアリストタリア発展のため専心努力致す所存でございます。尚一層のご支援を賜りますようお願い申し上げます。」
一歩下がり礼をして、降壇する。みんなの元に帰るとエルネストがこちらをみて微笑む。
「やるじゃない。」
その一言がたまらなく嬉しかった。あぁ、この人は本当に人たらしなんだなぁ。胸がぎゅぅと熱くなる。その微笑みにその熱が溢れ出たような満面の笑みで返す。
「ありがとう。」
エルネストにそう伝えて着席すると隣から視線を感じた。予想通りマイがそのラベンダー色の瞳をこちらに向けていた。無表情でじーっと見つめるマイにいつものように問いかける。
「マイ?」
「…凄く良かったわ。」
「何事かと思ったよ。ありがとう。」
相変わらず読めない表情に笑いがこぼる。私の言葉に不思議そうにキョトンとこちらを見ているマイにまたクスクスと笑ってしまう。
「アマミさん?」
「ごめん、ごめん、なんでもないよ。演舞がんばろ。」
笑い涙を拭い笑顔で伝える。マイは不思議そうな顔をしていたけれど、ええ、と答え再び前を向く。
式は順調に進み、演舞の時間になる。司会の案内によってみんなでフィールド上に向かう。
ふと、ぐるりと全体を見渡す。たくさんの人の中に等間隔にキョロキョロと周りを監視するように見てる同じ服を着た人たちがいた。
執行部隊の人達かな?そう思いながら再び会場を眺めると、楽しそうな顔をしている人たちの中に真剣な、それもこちらを睨みつけるようにじっと捉えてる人達がいた。違和感を感じてなんだろうと見つめると隣から声が聞こえた。
「どうしたの?」
その声に反応してそちらを見るとマイがこちらを見つめていた。そのラベンダー色の瞳は真っ直ぐに私を映す。
「いや、なんか、すごい真剣に見てくれてる人がいてさ。あまりにも真剣すぎてなんか、違和感があって…。」
「真剣すぎて?」
「うん。見てるって言うより観察してる?って感じ。」
マイが口を開こうとした時、追い越し気味にフィルマンが言葉を紡ぐ。
「…それだけ注目されてるってことじゃ…?うぅーー緊張するぜぇ。」
両手で自分を抱きしめるように震え上がっている。その姿を見てクスリと笑いが溢れる。
「意外と緊張とかするんだ。」
「フィルマンは小心者だからな。」
マリウスがボソッと呟く。それに特に反論せず、フィルマンは大きく頷く。
「そうなんだよぉ。俺って縁の下の力持ちタイプだからさぁ。」
眉間に皺を寄せ、眉尻を垂らして情けない顔をこれでもかと主張する。その取り繕わない姿に親しみと笑いが溢れる。
「そうなんだ。大丈夫だよ。フィルマン頑張って。」
私の言葉にファルマンが勢いよくこちらに振り、やけに目を輝かせて、俊敏な動きで近づいてくる。私の手を取り、目を瞬かせて言葉を発する。
「エンジェルがそう言うなら、俺、20体全部倒しちゃう。」
その勢いに自然と出ていた笑顔が引き攣る。
「それだとみんなの演舞にならないかな…。」
「みんなじゃない!俺だけを見てくれ!エンジェル!!」
出た。爆速変態モード。追いつかないのよ。その切り替わり方に。
苦笑いを浮かべながら困っているといつもの如くマリウスがフィルマンの首を締め上げ、後ろに下がる。
「お前、いつまでやってんだよ。俺ら先頭だぞ。」
「だとしても…。エンジェル…!」
私に手を伸ばすもマリウスによってどんどん距離をあけられる。頑張ってと伝えながら手を振ると、コートの肘の部分をツンツンと引っ張られる。振り向くとマイがこちらをじっと見つめていた。
「どうしたの?」
「…私も。」
「マイも?」
なんのことかわからず首を傾げると、マイが考えるように目線を下に落とす。ぼそっと言葉を落とす。
「…なんでもないわ。」
「…うん?」
そう言うと前にスタスタ歩いて行ってしまった。なんだったのだろう…。不思議に思いマイを見つめていると後ろから声がした。
「ほんと、ここまで来ると尊敬するわ。」
振り返るとため息混じりにつぶやいたエルネストと苦笑いを浮かべるマチルダがいた。
「え?何?」
その問いかけに二人は目を合わせ、エルネストがマチルダに何かを許可するように頷く。それに応えるようにマチルダが言葉を紡ぐ。
「えっと、マイさんはスイさんに頑張ってって言って欲しかったんじゃないでしょうか?」
「え?なんで?」
「なんでと言われましても…?」
マチルダが頬に手を当てて優雅に悩む。…確かに応援されて嬉しいのに理由なんてないのか…。なるほどと納得をする。
そんなことを話しているうちに司会が式を進める。
「それでは、中央生徒会による演舞を行います。フィールド上には20体の魔物が放たれ、中央生徒会が各アビリティで討伐いたします。みなさまぜひご覧ください。」
リハーサルと同様そのアナウンスとともに魔物が放たれる。エルネストが支援のアビリティをかけ、マリウスとフィルマンが動き出す。
それをじっと見ているマイに近づき、先ほどマチルダに教えてもらった事を伝えようと隣に並ぶ。マイがそれに気がつき、不思議そうにこちらを見つめる。
前を見るとマリウスとフィルマンがバッタバタと魔物を順調に倒していく。すぐにマイとマチルダの番になるだろう。
いざ改めて言おうとすると気恥ずかしくて言葉が喉を通らない。咳払いをして、チラッとマイを見ると不思議そうを通り越して怪訝そうな顔をしていた。こっちは応援しようとしているのに。なんだかおかしくなってクスクスと笑ってしまう。とうとう我慢できなくなったのかマイが口を開く。
「どうしたの?」
「なんだか照れ臭くて、ちょっと待ってね。」
笑いながらそういうと、マイが眉間に皺を寄せて待ってくれる。あー、と息を吐きながら笑い涙を拭う。笑ったおかげで喉でつっかえていた言葉がすっと出てきた。
「マイ、頑張って。」
その言葉を咀嚼するように瞳を瞬かせていた。やっと飲み込むことができたのか、温度の少ないその表情を柔らげ、目を細める。
「ええ。」
たったそれだけの返事だったけれど、マイの感情を表すにはそれで十分だった。その笑顔に釣られてこちらも笑顔になる。ボソボソと後ろから声が聞こえる。
「マティ。あんたあの変態に影響受けすぎよ…。」
「エル…。これはもう、誰がどうとかの話ではないです。」
きっとマチルダが目を爛々とさせて、エルネストが死んだ目をしているんだろう。今、振り返るのはやめておこう。
マイがその微笑みを浮かべたまま、少し寂しそうに伏せ目がちに言葉を紡ぐ。
「じゃあ、行ってくるわ。」
「うん。いってらっしゃい。」
「はぁ…っ!」
後ろから思わず息を呑む音が聞こえる。
「マティ、ちゃんとするのよ。」
エルネストが呆れながら話す。
「任せてください!」
やる気満々のマチルダの声が後ろから聞こえ、ズンズンと横を通り過ぎて行く。こちらにバッと体ごと向けて、やはり爛々としていた瞳でこちらを捉える。
「スイさん!ありがとうございます!」
しっかり立派な変態になっちゃって…。顔を引き攣らせて返事をする。
「とんでも、ないです…?」
「頑張りますね!」
「あ、うん。」
そんなこともお構いなしに、マチルダが前に進み、マイに頑張りましょうね!と意気込む。マイは不思議そうに、ええ、と頭にはてなマークを浮かべながら頷く。
その二人の背中を眺めているとエルネストが横に来る。
「うちの子、あんまりそっちの世界に巻き込まないでくれない
?」
「…私がいけない感じ?」
「他に誰がいんのよ?」
「…。」
私なのか…?フィルマンじゃないの?考えてもいい方には転がらない事は目に見えていたので、そっと思考を止める。
なんとなく、先ほどの真剣な人たちが気になり、観客席を見るとそこには誰もいなかった。
あれ…?どこに行ったんだ…?
そう思って探してみると観客席後方にそれぞれが立ち、何かを口元で押さえて一人でに言葉を発しているようだった。
あの人たちやっぱり変だ…。そう思い、観察を続けるとその人たちが一斉に同じ方向を向く。
何かと思い、視力を上げ、その目線の先を見つめると、何やら小さいものが見えた。
視力を最大限に発揮し、目を凝らす。あれは…鉄の塊…?すごい勢いで向かってくるのを1.2.3.4…。どんどん視界に入るその鉄の塊に頭で警報が鳴り、咄嗟に身体が動く。
「エルネスト!なんか来る!」
「なんかって…!」
エルネストの疑問を置き去りにして、フィールドを強く蹴り、そちらに駆け出す。フィールドの端まで近づき、4メートルは上に設置されている観客席をめがけてジャンプする。空中で一回転し、手すりのところにスピードを落として着地する。
観客達がみんな驚いたように目を見開いてこちらを見つめている。なんだか気まずくってあははと笑って誤魔化し、観客席のさらに奥、鉄の塊が向かってくる方へ駆ける。会場の一番端につき目を凝らすと、円錐形の何かが次々とこちらに向かってきてる。おそらくあれは…。
「スイ…!どうしたの?!」
コートに着けていたバッチからイレアの声がする。周りに聞こえないように、思いっきりジャンプし、会場の外側、空中でイレアに返事をする。
「多分、ミサイルかな?少なくとも数十機は飛んできてる。」
重力に従い落ちていく中でミサイルをジッと確認する。
「観客席後方に5人ぐらい変な人がいたの。それぞれ等間隔に立ってる。その人たちが一斉に同じ方向を見たから何かと思ったら…。すごいなこれ。」
ミサイルが我先にと猛スピードで向かってくる。太陽に照らされキラキラと反射するそれはさながら流星群のようだった。ただその流星群は敵意を持ってこちらに向かってくる。ロマンチックなことを言ってられない。
「イレア、私はこれ片付けるから、演舞の方は任せてもいい?」
「…ええ。怪我しないようにして。」
先日の会話が思い出される。このぐらいだったら大丈夫だろう。イレアを安心させるために返事をする。
「うん。大丈夫だよ。」
「…マイはスイの援護に。マチルダはエルネストと一緒に観客席へ。何かあった時に障壁と怪我人の手当を。フィルマンとマリウスは魔物の討伐をお願い。」
イレアの指示にそれぞれが返事をする。
「さて、この量、どうしよっかな。」
空から落ち続ける中で思考を巡らせるとふと雲が視界に入った。
「…演舞の続きとしましょうか。」
手を天に伸ばし雲を握る。水たまりに戻して、形作る。
会場からどよめきが聞こえる。やっぱりこの演出は好評らしい。褒められたように感じて、頬がついつい持ち上がる。
氷のドラゴンがこちらに向かい私を掬い上げる。そのドラゴンの肩に乗り、ミサイルを待ち構える。
スッと目を閉じ、迫り来るミサイルの位置と数を把握。ミサイル自体の火薬を刺激して、会場に激突する手前で爆発させる。
手を正面にまっすぐ伸ばし、薙ぎ倒すイメージで思いっきり左に振る。
右から左の順にミサイルが波のように爆発していく。その光と温度を頬に浴びながら目を凝らす。まだ来るか…。会場のあの人たちも気になるし、ここはこの子にお願いしよう。
ドラゴンを一撫して、トンと軽く後ろにステップし再び宙に落ちる。足元に氷の板を作り上げてスノーボードのように空を駆ける。
会場へ再び戻るとちょうどマイと合流した。まっすぐ向けられるそのラベンダー色の瞳を受け止める。その瞳は少し慌てているように心配の色がうっすらと色づいていた。
「アマミさん!怪我は?」
「してないよ。」
できるだけ優しく微笑む。前回の件で心配させてしまっているのだろう。申し訳なさから眉尻が垂れる。
「…突然一人で行ってしまうから、驚いたわ。」
「ごめん、緊急事態だったから…。」
「そうね。仕方ないと思うわ。」
眉間に皺を寄せ、目を逸らしながら紡ぐその言葉は全くそう思ってなさそうだった。どうしようと悩んだけれど、今はあの人たちを…。そう思って見渡すとその人たちが何かしら取り出し、観客席へ小さなシルバーの球体を上へ投げていた。
私はあれを知っている。前の事件で恐ろしいほどの量を見たのだから。
「マチルダ!観客席の上ギリギリに障壁を!!」
バッチを通して指示を出すが、この広い観客席を覆うほどできるのだろうか…。
その不安を拭うような緑の光が見えたと思った瞬間、オレンジの障壁が駆けるように一気に広がる。それはシルバーの物体が空中で弾けるギリギリ前に観客席を覆うように展開された。
シルバーの球体から出てきた赤褐色の分厚い肌のそれはその大きさを主張するように羽を広げ、雄叫びを上げる。
「ワイバーン…。」
マイがポツリと呟く。
「ワイバーン?」
「手懐けることができる魔物の一種よ。民族によってはそれに乗って移動する人たちもいるわ。」
なるほど、普通の魔物より扱いやすいってことか。
指示をされているからか、観客席に向かって一斉に炎を放つ。もちろんマチルダの障壁によって塞がれるが、観客席からは悲鳴が聞こえる。
「マチルダ、今からワイバーンをフィールド上空の中心に集めるから、観客席の障壁をなくして、閉じ込められる?」
「大丈夫です!」
マチルダから頼もしい返事が返ってくる。
「ありがとう、じゃあ行くよ。」
観客席を襲うワイバーンの皮膚を物質として認識。それを全て、1箇所に…。
両手を広げ、全てのワイバーンを認識。集めるようにパンッと手を合わせて、ワイバーンの身体を引っ張る。その様子に観客席の障壁がサーっと消えていく。抵抗しながらも集まったワイバーンの群れをオレンジの障壁が囲い込む。
「マイ。」
「わかってるわ。」
マイが囲いに手を伸ばし、空気を掴むのを横目で見ながら、先ほどの人たちを探すと出入り口に向かって駆け出していた。
「お、すごい逃げようとするじゃん。」
出入り口を能力で塞ごうとした時、黒い服を着た人たちが逃げようとする人を妨げる。執行部隊か…。そんなに配置してないって言ってたけど、的確に位置を把握して捕獲しようとしてくれてる。ジルさんもだけど、あの適当なおっさんの部下たちとは思えないなぁ。
観察していると、何やら一人苦戦している人がいる。相手が大柄でなかなか取り押さえるのに力がいりそうだった。
「マイ、ちょっと手伝ってくるね。」
「え?」
マイにそう伝え、駆け出す。走りながら争っている2人の動きを確認する。
首のところ切り揃えた深紅の髪を跳ねさせながら捕獲に奮闘している彼女を見る。取り押さえようと警棒らしき黒い棒を振るっているが、相手は刃物で応対しているため警戒からかうまく踏み込めずにいる。観客は周りから避難しているため慌てることはないが、力負けしてしまっているこの状態だと怪我しかねない。
悪いけど、手伝うしかないよね。近くまでつき、犯人の背後から様子を伺う。助けようと一歩踏み出そうとしたら、その深い赤色の瞳がこちらを捉え、慌てたように声を上げる。
「君!危ないから下がって!」
…あ、私?
驚いていると、先に犯人と思わしき大柄の男が彼女の間合いに踏み込み、警棒を跳ね上げる。警棒は回転しながら宙に舞い、彼女の正面から姿を消した。チャンスとばかりに大柄の男が短剣を振り落とす。
ダメダメ、助けに来たのに。
床を思いっきり蹴り、彼女に飛びつく。短剣が振り落とされる瞬間、抱きしめるように頭と腰を抱えて勢いを殺さずその場から避ける。最前の手すりに両足で着地するように勢いを足で吸収する。
タンッと手すりを蹴り上げ宙を一回転するように体を回す。空中で大柄の男を視界に捉え、その床の物質を認識する。床から4本の柱を伸ばし、手足を包み、拘束する。大男の真後ろに着地し、チョップでその短剣を落とす。
「ふぅ。」
ひやひやしたぁ。背中にドンドンと衝撃を受ける。この深紅の髪をした彼女が叩いて抵抗していたのだった。頭を押さえ、肩のところに顔を押し付けていたから、苦しいのだろう。慌てててをはなす。
「あ、すみません!」
「すみませんじゃないわよ!危ないでしょ!」
烈火の如く怒りをぶつけその勢いにううっと引いてしまう。そんな彼女はハッと思い出したように振り返り、私を遠ざけるように片手で私の体を押す。
「…あれ?」
拘束されていることに気がつき強張っていた体の力が抜ける。
「これ…、え?なんで?」
不思議そうに目を丸め、状況を理解しようとしている。なんて説明すればいいのかわからず、彼女を見つめると、突然拘束した男が口を大きく開け不思議な音を発する。
悲鳴のような高い声。言葉になっていないのに何故か意思を感じさせる音だった。
「これは…どうなさった感じ?」
突然の行動に素直な疑問が口から溢れ出る。それに応えたのは深紅の髪の女性だった。
「これはコール…。」
目を見開き、驚いたようにポツリと言葉を紡ぐ。
「コール?」
「…少数民族が使えるものだけど、遠くにいる魔物を呼び寄せているの。」
「…てことは。」
「ここに魔物が来るわ。」
その言葉を聞き認識を広げる。
南東は氷のドラゴンがミサイルを刺激して爆発させている。この子はこのまま操るとして…。
いた。南の方角から翼を広げて向かってくる大群がこちらに向かっている。バッチに触れ、全員に連絡する。
「南から魔物が30体かな?くるよ。」
「わかったわ。マイ、スイ向かって。」
イレアの声がする。それに反応するようにフィルマンが声を上げる。
「俺らも終わったところだから迎えるぜぇ」
「わかったわ、スイ、途中で拾える?」
「うん。じゃあ向かうね。」
通信を切り、隣で目を瞬かせている深紅の髪の彼女にぺこりと頭を下げて駆け出し、最前のフェンスに飛び移る。フェンスを壊さない程度に蹴り上げ空にダイブする。
風が頬を優しく撫でる。ふと横を見たらマイがその白く細長い指をこちらに伸ばしていた。
「アマミさん。」
その伸ばされる指を折ってしまわないように優しく触れる。一緒に戦ってくれる。そんな存在がいるだけでこんなにも心強く感じるのか。その嬉しさが胸をギュゥっと締め付ける。その喜びを噛み締めてたまらなく笑顔になってしまう。
「行こう。マイ。」
「ええ。」
マイも眼を細め微笑む。その真っ白な頬が青い空に当てられ雲のようだと思った。触れようとしたら形を変えて居なくなってまうようで。綺麗で儚い。
そんなことを思っていた時、風が私たちを巻き込み南へ運ぶ。フィールドを見るとフィルマンが大きく手を振り、マリウスがこちらを見ていた。
二人の体を認識、優しく持ち上げる。
「うぉ!すげぇな!」
フィルマンが興奮気味に目を輝かせる。この人は本当に表情豊かだなぁ。クスリと笑う。
南の方角、競技場の端に着くと、私とマリウスが目を凝らす。
「あと…1キロってところかな?」
「そうだな。」
マリウスと確認をしているとバッチから声が聞こえた。
「マチルダに足場を作ってもらうわ。マリウスはそれを使って。」
「わかりました。」
マリウスが律儀に返事をする。
「お、来たね。」
バッサバッサと30体ほどのワイバーンがこちらに向かってくる。戦闘体制をとると同時に空中にオレンジの障壁が床のように広がる。マリウスと共にその障壁に足を伸ばす。
「じゃあ、行ってくるね。」
振り返り、マイとフィルマンにそう伝える。フィルマンがニカッと笑い口を開く。
「おうよ!サポートは任せてな!」
「うん。ありがとう。」
笑顔で答え、前を向く。翼で風を掴みこちらへ向かってくる大群を見つめ、距離を図る。
「マリウス、行こう。」
「ああ。」
マリウスと同時に動き出す。氷の刃を握りしめ、オレンジの障壁を思いっきり蹴り空へ駆け出す。ワイバーンめがけて、体を捻らせ氷の刃を振るう。氷の刃は翼に深く入り、苦しそうな悲鳴をあげてバランスを崩し、地上へ落下していく。ワイバーンの群れは私が飛び込んで来たのを興奮気味に威嚇しながら取り囲む。空気中の水分を操り、私の周りに水流の輪を作る。2本の水流をクロスさせるように組み合わせ輪を広げる。勢いよく襲いかかるワイバーンはその水流に触れ、皮膚が裂かれる。
「気をつけて、水のカッターみたいなもんだから。」
重力に従い、落下しながら氷の刃を水に戻し、それを振るう。自在に形を変える水は鞭のようにしなり、ターゲットの届く距離までその先を伸ばす。
あら、落下し過ぎて地面がこんなに近くに…。倒すのに夢中になってた。
空に上がろうと足元に氷の板を作ろうとした時、風が下から頬を撫でた。それに気がつき氷の板を作るのをやめ、それを待つ。風が私を取り巻く。グンと上空に持ち上げられ、その風がそっと私を離す。バク宙するように勢いをいなしながら、競技場の方を見るとマイがこちらを確認するように見つめていた。目が合い、ありがとうと微笑む。
マイが目を逸らし、真っ正面を向き手を伸ばす。風の刃が無数に飛び交いワイバーンを墜落させていく。
ちらっとマリウスの方を確認する。次々現れるオレンジの障壁に飛び移りながら攻撃していく。マリウスの周りには鉄の武器が用意されており、それを次々使い、切っては刺して、武器ごと落下させていく。マリウスが攻撃を受けそうになった時はその武器が一人でにそれを防ぐ。マイの隣、フィルマンが真剣な顔でそれを操っている。今日も今日とてナイスコンビネーション。さすがベストパートナー。
気を取り直し、ワイバーンの背中に着地し、飛び移りながら切り裂いていく。
最後の一体を背中に飛び乗って氷の刃で貫き、その背中を蹴り、後ろへ飛ぶ。オレンジの障壁に着地して、すでに戻っていたマリウスとフィルマン、マイの元へ歩み寄る。
「ふぅ、これで終わりだよね?」
「おそらくね。」
マイが淡々と答える。フィルマンが腰に手を当ててふぅーと息を吐き、気の抜けた顔で言葉を放つ。
「いやーなかなか疲れたなぁ。空中戦って360度気を張らないと行けないから結構疲れんのな。」
「確かに、フィルマン珍しく真面目な顔してたもんね。」
そう言うと少し驚いたように眉毛を上げて目を丸くする。
「エンジェルよく見てるなぁ。流石に余裕が違いますわ。」
感心と少しからかいをはらんで言葉を発する。それに少し抗議の表情を浮かべながら言い返す。
「みんな大丈夫かなぁってしんぱ…」
突然、南東でミサイルの処理をしていたドラゴンが強制的に形を崩された。
「エンジェル?」
フィルマンの言葉にハッとして、観客席に戻り、南東の空を見る。そこには鉄のドラゴンが空を支配していた。
「え?」
空を覆うようなその大きな鉄の翼を羽ばたかせ、その鋭い爪で氷のドラゴンを捉えて首元に噛み付いていた。その光景がもはやアニメの世界の出来事のようで目を大きく見開く。まさかねと恐る恐る振り返り、フィルマンを見る。これでもかと目を大きく丸め、口をあんぐり開けている彼がそこにいた。
あ、違いますよね。鉄だからついフィルマンかなと思っちゃったけど、絶対違いますね。驚愕の表情を浮かべてる彼に疑念を抱くことはできなかった。
とりあえず、流石にあれで最後だと願おう。
「フィルマン。」
「お、俺じゃないよ!?」
あまりにも慌てて否定する姿に呆れながら言葉を返す。
「わかってるよ…。」
まだ驚きが引かないのか目をぱちくりさせながら、そうなんだよとうんうんと頷く。
「フィルマン、槍投げの棒ぐらいの鉄の槍作れる?」
「あ、あぁ。」
何をお願いされてるのかわかってないだろうけど、空間がガタガタと揺れ、小さな鉄の塊がどこからともなく生み出され、それがどんどん形を変えていく。
リクエストしたくらいの大きさになり、それに手を伸ばす。
「おっも。」
流石に鉄だと氷の槍とは全然重さが違う。でも、それじゃないとこの距離であれは仕留められない。
バッチを使いマチルダにお願いをする。
「マチルダ、まだ障壁作れそう?」
「ええ、問題ないですよ。」
「めちゃくちゃ強力な足場を作って欲しいんだけど。」
「硬い足場ですね。承知しました!」
その言葉のすぐ後に観客席上空に濃いオレンジの足場が作られた。
「ありがとう。結構踏ん張るから衝撃くるかも。」
「わかりました、耐えられるよう努力します。」
「うん。ごめんね。」
そう言って通信を切り、マチルダが作ってくれた足場に飛び乗る。鉄の槍を強く握り、トン、トンとその場で軽くジャンプする。後ろに誰か来たのを感じとる。振り返ると、マイがいた。
「マイ、危ないから離れててね。」
「…ええ、ここで見てるわ。」
その言葉に笑顔を作り、こくりと頷く。まっすぐその鉄のドラゴンを見つめる。氷のドラゴンを捕食しようとバリバリとそれを噛み砕く。
あーあ、やってくれるなぁ。
心の底が冷たく冷えついてくるのを感じる。目を閉じて感覚を研ぎ澄まし、体の動きを確認する。風が肌に触れるのがわかる。夕暮れの光が頬を温めるのがわかる。春の風が冷たくなり、鼻腔を覚ます。眉間に集中を集め、無駄な力を抜く。
ーよし。
目をゆっくり開き、的を捉える。
氷のドラゴンを水に戻し、鉄の翼を、爪を、首を、水に拘束させる。
槍を肩の高さまで持ってきて、フッと息を吐く。
その的を瞳に捕らえたまま、リズムよく駆け出し、振りかぶる。最後の一歩、思いっきり体重移動を行い、強く握り締めたそれを全ての筋肉を使い、的に向かい全力で投げつける。
指先から離れた槍は、その勢いを受け継ぎ巨大な弾丸のように空を切り裂き轟音をあげながらそれに向かう。
夕陽の光が反射しているのか、光の弾丸が美しく一直線に鉄のドラゴンを駆け抜ける。大きな風穴を開け、その弾丸を追うように風が吹き荒れる。
バチバチと音を上げて、火花が散り、その火は大きくなり、爆発を招く。大きな鉄の塊が爆発しながら落下する。
それを確認して、振り返り、マイに話しかける。
「流石にこれで終わりで…」
その瞬間、私の足元にヒビが入り、パキッパキッと悲鳴を上げながら崩れ落ちる。
「うぉあ!」
急に足場がなくなり、バランスを崩して、観客席に落ちていく。やっば。咄嗟に手を伸ばすと、細く白い指が私の手を強く掴み、体をひっぱる。抱き寄せるように頭と腰に手を回され、マイの体温が近くになる。
風が私たちを優しく包み、人のいないところの地べたに座り込む形でそっと着地する。マイの手がそっとはなれ、その細い首筋に埋めていた顔を離す。いつもは冷たく感じるマイの体温が顔に少し残り、なんだかくすぐったく感じる。マイをみつめ、恥ずかしさから二ヘラと崩れたような微笑みを作り口を開く。
「えへへ、ありがとう。」
その言葉にピクッと瞼を持ち上げ、やがて頬を緩め微笑み返してくれる。
「いいえ、アマミさん、お疲れ様。」
その笑顔はやっぱり青空に映える真っ白な雲みたいな存在感だった。その綺麗で儚い笑顔が向けられているのがたまらなく嬉しかった。
「おおおぉぉぉ!!!」
「きゃーーーー!!!」
突然上がる無数の声にマイと見つめ合いながら二人とも目を丸くする。え、なに、まだ何か?
咄嗟に周りを見渡すと観客からの視線を一身に受けているのは私たちだった。高揚に当てられた熱をはらむその視線はあの探るような目線ではなく、どちらかと言うと、そう、これは、マチルダとフィルマンのあの爛々とした目線に近かった。状況が飲み込めずパチパチと目を瞬かせる。
「これがキング!アリストタリア伝説の第一位!やべぇよ!!」
「飛んだり、走ったり、切ったり、投げたり!全ての瞬間がキング!!」
「それを支えるのがクィーンてのが萌える!!」
なんとなく状況が掴めてきた…。でも、この状況を頭で理解するのはあまりにも恥ずかしすぎて、目の前にいる一緒に騒がれてる彼女を見る。大きなアーモンド型の綺麗な瞳をパチクリさせ、不思議そうに首を傾げている。
…なんとなく予想してたよ…クィーンさん…。
苦笑いでマイを見つめているとバッチから通信が聞こえる。
「二人とも一旦フィールドに戻ってきてちょうだい。」
「あ、うん、イレア、今行く。」
なんならすぐ行く。この場から去れるならどこにだっていくさ。サッと立ち上がり、まだ不思議そうにしているマイに手を伸ばす。
「マイ、イレアが…。」
「キングがクィーンに手を差し伸べたわ!!」
「キョトン顔のクィーン可愛すぎだろ!」
「クィーン、たまんねぇな!」
ここから早く逃げなければ…。てか、たまんねぇなとかやめなさいよ。羞恥心と本能が訴えてくる。ゆっくりと伸ばされる手をこちらから掴み上げ、抱き抱えるように走り出す。できるだけ彼女の顔が見られないように抱き寄せる。
「キングが嫉妬した!!」
「キング私もそれして!」
もうさ、楽しんでるよね。フェスみたいな感じで大盛り上がりだよね。学生が多いアリストタリアは盛り上がると手がつけられない。一心不乱に楽しさを追求し始める。
そこから逃げるようにフェンスを蹴り、フィールドにジャンプする。みんなの元に駆け寄り、恥ずかしさから頬が熱くなっているのを感じていた。いまだに会場は歓喜の声が溢れていて私の羞恥心をくすぐる。グッとその恥ずかしさから耐えるように口を結ぶ。
その時頬にひんやりとした何かが触れた。何事かと下を見つめるとマイのラベンダー色をした瞳がこちらを観察するように見つめていた。その手は私の頬に添えられていた。
「…疲れているの?頬が赤くてあつい。」
その瞳は純粋な心配が浮かんでいて、なんだか申し訳ない気持ちが出てきた。
「マイ、ちが…」
「ぎゃぁぁあぁ!!!!」
フィールドを取り囲む観客席から割れんばかりの悲鳴。今日1番の盛り上がり。細かい言葉は聞き取れないし、聞こうともしないけれど、この盛り上がりがマイの行動に対してのものというのはすぐわかった。あまりの恥ずかしさに下を向き、しゃがみ込む。頬の熱が今にも火になって出てきてしまうのではないかと思うほど熱く熟しているようだった。
もう、ここにいる人みんな変態気質なの?それとも雰囲気にのってたのしんでるの?
そんなことをひとりごちり、この発狂の原因を覗き見ると、不思議そうに目を丸めその状況を理解できないでいた。やがてこちらを見つめ、説明を求めるように目をぱちくりさせる。
その様子に深いため息をつき、無駄であろう文句をいう。
「マイ…もう、勘弁して…。」
「アマミさん?」
「マイ、そのぐらいにしてあげて。」
イレアが同情するようにマイに語りかける。助けを差し伸べてくれたイレアを縋るようにみる。イレアは少し呆れたような顔をして私を見つめていた。
「スイさん…すみません、障壁が耐えきれず…。」
申し訳なさそうに放たれた言葉に反応してそちらを向くと、とてもじゃないが申し訳ないという表情じゃない彼女がいた。
恍惚。
その2文字がぴったりだった。その状況をシラーと見つめていたらエルネストが説明するように話す。
「障壁が耐えられなかったのは本当よ?そこからあなたたちがイチャイチャし始めて、こうなったの。」
イチャイチャしてるつもりはないんだけどね…。もう言葉も出ずにエルネストとマチルダを見つめる。視界の脇にフィルマンが恍惚の表情をしているのに気がついたが、見なかったことにする。
「とりあえず、式を締めるわよ。マチルダ、司会に連絡。みんなは席に戻って。」
イレアが疲れたように話し、マチルダがその言葉に秘書の顔に戻る。よかった戻ってきてくれて…。




