リハーサル
朝、いつものようにマイとパンを買って学校に向かう。
昨日は心ここに在らずって感じで変だったけど、今日は今日でこちらをじっと見つめたり、チラチラ見ていたり変だった。
昨日マイを傷つけないように見守ろうと思っていたけれど…。流石に気になってしまう。
「…マイ?私なんか変?」
「アマミさん?別に普通だと思うけれど?」
私の問いかけにキョトンと不思議そうに答える。不思議なのはこちらなんですけど…。
「いや、朝から凄く見られてる気がして。」
「…また、目線を感じるの?」
マイが真剣な眼差しでこちらを見つめる。
あ、まさかこの子無自覚?マイってしっかりしてるけど抜けてるところあるよなぁ…。吐息が小さなため息に変わる。
「うん。主にマイから。」
「私?」
「うん、会った時もじーっと見つめられたし、パン買う時も、今だってチラチラこっちみてたでしょ?」
私の言葉にマイが少し驚いたように目を丸める。
凄い、この子のほんとに自覚無しかぁ。
苦笑いを浮かべながら、何か考え始めるマイを横目で見つめる。しばらくしてマイがゆっくり口を開く。
「16禁ってなんだったの?」
「ブッ!!!」
チラッとマイを見ると私の反応に驚いたのかアーモンド型の大きな瞳をパチクリ瞬かせ、そのラベンダー色の瞳を惜しげもなく見開いていた。
まさかマイからそのくだらないフレーズが出てこようとは。フィルマンの笑顔が脳裏によぎる。とんでもフレーズを作り上げて…。恨めしげにフィルマンを思う。
なんて説明をしようか…。そう思案している時にもマイはこちらをジーッと見つめる。その目に弱いんだなぁ。目を泳がせその瞳から逃れる。
そうしていると後ろから呼ぶ声が聞こえた。
「マイ!」
この爽やかな声は…。
「アル。」
オルネラスのプリンスことアルバードさんがその綺麗な金髪と碧眼を輝かせて走ってくる。ありがとう。王子。君のおかげでクィーンから逃れられそうだよ。
「スイちゃんもおはよう。」
「アルバードさん、おはようございます。」
とびっきりの笑顔で挨拶をする。間違いなく今日のMVPになっただろう。アルバードさんが少し不思議そうに微笑むと私に向かって言葉を紡ぐ。
「スイちゃん、先日はありがとう。助けてもらったのにお礼を言えてなくて気がかりだったんだ。」
少し申し訳なさそうに眉尻を下げ言葉を紡ぐ。
アルバードさんは前回の事件で背中に大きな傷を負った。それを私が治したのだが、あれはきっと犯人のジルさんが私の能力を使わせようとして彼を傷つけた。彼は私のせいで巻き込まれただけだった。
「いえ、あのぐらいは全然。むしろ巻き込んでしまって…。」
胸の奥がギリッと引っ掻かれたように痛む。
彼は負わなくていい傷を負ってしまった。その罪悪感に胸が締め付けられる。
「詳しくはわからないけど、スイちゃんが治してくれたんだろ?」
「ええ、まぁ。」
「それだったら、ありがとうであってるよ。巻き込まれたかどうかはわからないけど、いけないのは犯人で君がそんな顔する必要はないだろ?」
そう言ってアルバードさんは、柔らかそうな頬を持ち上げ、優しく微笑む。あまりにも完璧な微笑に目を奪われた。
本当に王子様みたいだなぁ。
その優しい言葉になんとか返事をしようと口を開くと、袖がクイッと引っ張られた。
細く長い指が控えめに袖を掴んでいた。
「…マイ?」
名前を呼ばれてハッとこちらを見つめる。やっぱり昨日今日のマイはおかしい気がする。
どうしたのかわからず、マイに向かって微笑むとマイの視線がサッと逸らされアルバードさんへ目を向ける。言い訳をするようにマイが早口で言葉を話す。
「アマミさん、相当能力使って治してくれてたわ。」
「あぁ、だからお礼を言っているんだけど。」
アルバードさんが呆れるように言い返す。
「足りないわよ。」
「…それ、マイが言うことかい?」
アルバードさんは、はぁとため息をついて呆れるように笑う。その目は困った子供を見るように少し嬉しそうで、寂しそうだった。マイはいじけた子供のようにグッと黙り込み、アルバードさんに睨みをきかせていた。
「マイ?私は十分だから。」
幼馴染特有のピリつきが気まずくって苦笑いが出てしまう。マイが、そう、不服そうにと呟く。
「それはそうと、昨日ルエダさんが学生棟まで来てたんだって?」
その言葉にマイの表情が固まる。私自身が勝手に禁句にしたその話題を幼馴染のアルバードさんが踏み抜く。彼はマイの様子を観察するように見つめていた。
「…何かあったのかい?」
「何もないわ。」
その問いかけに拒絶するようピシャリと否定する。きっと彼女は彼の心配の声色を感じ取っていない。アルバードさんはマイが大切なんだなぁ。はたから見ていてもしっかり伝わる。
「そうかい?ならいいけど。」
寂しそうに、心配そうに呟くアルバードさんはプリンスの影もなく、ただ一人幼馴染を心配している男の子だった。そんな影をすぐに隠してアルバードさんが明るく話す。
「じゃあ、二人とも明日の発足宣言頑張って!レセプションも招待されて両親と行くことになってるから、楽しみにしているよ。」
そうやって微笑む彼は完璧な王子だった。アルバードさんと別れ、自分たちの教室に向かう。
授業が終わり、放課後、生徒会室に向かっていた。
「そー言えば、今日もチーズパン食べてたね。気に入ったの?」
「…ええ。まぁ。」
昼休み、マイは今日もチーズパンを食べていた。前あげたのが気に入ったのか二日連続チーズパン。二日連続カシア餌付けタイムが開催されていた。
「カシアちゃん喜んでたね。」
目をキラッキラに輝かせてパンを頬張る姿は本当に小動物のようで可愛かった。思い出すとおかしくって笑えてくる。
「そうね。カシアは食いしん坊だから。」
そう言うとマイが柔らかく微笑む。幼馴染の変わらない行動が嬉しいんだろう。私も奈月が想像通りの反応したらそんな顔になる。なんだか昨日よりもマイの温度が感じられて嬉しかった。
生徒会室に入るとイレアがいつもよりパリッとしてた。何かと言うと服装がフォーマルでカッコよかった。チャコールグレーのスラックスに、白いシャツ、チャコールグレーの薄手のテーラードコート。首元にはタイが締められていた。
いつもと格好のテイストが違って少し戸惑いつつも、やっぱり美人はなんでも似合うなぁと感心する。
「…イレア、お疲れ。」
「あぁ、スイ、マイお疲れ様。」
今日も今日とてビジョンを割れんばかり何かを打ち込んで、手を止めずこちらをチラッと見る。
「その格好、かっこいいね。似合ってるよ。」
「そう?私には少しかっこよすぎる気がするけど。二人の分ももう用意されてるわよ。」
「え?私たちの分も?」
「…スイ、資料見てないでしょ?」
ジロリとイレアがこちらを睨む。その批難の眼から逃げるように目線を逸らし、笑顔で誤魔化す。
「えっとー、ごめんね?」
「ったく。生徒会の活動服よ。前回みたいに制服で活動すると血だらけのボロボロになっちゃうでしょ。」
呆れたように説明してくれる、イレアの言葉の端々に非難が込められていた。それを笑顔で中和しようと照れたように微笑む。
ま、確かに毎回ボロボロになってたらいつか着る服がなくなってしまう。そんなことを考えているとイレアが気を取り直してくれたのかまぁ、いいわと続ける。
「二人とエルネスト、マチルダの分は予備も含めて生徒会長室の棚に入れてあるわ。外での活動がある時は女子はそっちで着替えてちょうだい。それぞれ名前が書いてあるから確認して。」
「生徒会長室が女子更衣室になるわけね。そしたら、生徒会長業務がてら着替えてくるよ。」
「ええ、そうして。エルネストたちが来たら生徒会長室にいくよう伝えるわ。」
「うん、わかったー。」
イレアにそう伝えて生徒会長室にマイと二人で入る。昨日一昨日で黙々と二人で業務を終わらせたおかげで、今週分の量はおそらく今日で終わるだろう。
「先に業務終わらせちゃおうか?」
「ええ、そうしましょう。」
私の問いかけにマイが準備しながら応える。
「よぉーし、早く終わらせて、ファッションショーしよう!」
「…ファッションショー?」
なんのことかと首を傾けるマイに棚を指差し伝える。
「活動服だよ!マイ絶対似合うと思うし、早く終わらせて着替えよう。」
「あぁ、着替えをファッションショーと言っているのね。そうね、早く着替えなくてはいけないわね。」
そう淡々と理解されるとなんだか馬鹿みたいに感じる。なんとなく立つ瀬がなくなって小声になる。
「…あ、うん。じゃ、やろっか。」
「ええ。」
二人で黙々と作業を進め、夢中で資料を確認する。あっという間に資料の束はなくなり、最後の一枚をチェックする。最後の一行まで目を通して、承認印を押す。全て終えたことを確認して、高まっていた集中力を息を吐きながら緩める。
「マイー、終わったよーー。」
真横で作業していたマイを見るとバッチリ目があった。何度目かの視線の衝突に慣れることなく動きを止める。
「あ、ごめん、終わってたね?」
なんとなくそのまっすぐな目線に戸惑い、伺うように聞いてしまう。
「私もさっき終わったばかりよ。すごく集中していたから、見入ってしまって。」
「あー、夢中でやってたから…。」
なんだかくすぐったくて、照れるように頬が持ち上がる。
「そうね。見ていて気持ちよかったわ。」
「何その感覚。」
自分が抱いたことのない感覚を聞いて、おかしくて喉がなる。
「スラスラと文字を追っていって、承認を押して、確認する。また違う資料を手にとって、同じように進めていって、それが流れるようで。」
「そんなに見てたの?」
「ええ。」
そんなに見られてたとは気づいてなかった…。驚きと恥ずかしさに耳が少し熱くなる。真っ直ぐこちらを見つめるその瞳から逃げるように立ちあがり、棚を指差す。
「えっと、無事終わったことだし、着替えちゃおうよ!」
慌てる私にマイはいつもと変わらない様子で返事をする。棚を開くと等間隔に洋服がかかっていた。なんとなく1番右のコートを手に取り、裏地を見ると自分の名前が刺繍されていた。
「これが、私のか。」
コートとパンツを一旦寄せ、マイのものを探す。
「マイのは…。」
「多分すぐ後ろじゃないかしら。」
その言葉に応えるように後ろにかかっていたコートの裏地を見ると予想通りマイの名前が刺繍されていた。
「これだね。」
コートとパンツをマイに渡して、棚の引き出しを開けると大量のシャツが入っていた。S-Mサイズのシャツを2枚取ると後ろから小さな声が漏れる。それに反応しその声の本人をどうしたのかと見つめる。
「私はもう一つ大きいサイズにしておくわ。」
「え?マイ、私と身長そんなに変わらないでしょ?」
純粋な疑問は口からぽろっとこぼれ落ちていた。自分でも無神経なことを言ったと思った。
「…アマミさんはスラっとしているからいいと思うわ。」
「いやいや、マイだって…。」
そう、マイだってスラっとしている。その長く白い手足も、肩も華奢で女性特有の細さをその身で表現している。
否定の言葉を途中で止めたのはあるものが目に入ったからだった。
ただ、マイが併せ持っているのは細さだけではないかった。そう、女性特有の細さと、そこから緩やかにカーブするその膨らみ。その膨らみを見つめ、自分のその部分を見る。“スラっと”していた。少し遮る程度の山は障害にすらならず、自分の足元がはっきりと見える。悔しくも、悲しくもなかった。ただ、あったのは虚無だった。
「…うん。ごめん。こっちにしよう。」
「ありがとう。」
私の虚無感を表現したような、淡々とした会話だった。
長椅子にシャツとネクタイ、スラックスをバサっと置いて、ブレザーから脱いでいく。
マイは丁寧にシャツのボタンまで開けて、ソッと長椅子の背もたれにそれらを着替えやすいように置いていく。
何をやるにも考えながらやるもんだとその横顔を眺めながらネクタイをとり、シャツのボタンを外していく。
「明後日、やることないわね。」
その横顔が淡々と言葉を紡いだ。
「あぁ、今日全部終わったからね。明日学校は休みなのに1日活動だから、生徒会自体、明後日早く終わるんじゃない?」
「そうかもしれないわね。あとでイレアに聞いてみようかしら。」
「明後日何かあるの?」
「特に何もないけれど、オルネラスの生徒会に顔を出せていないから。オルネラスのことを知っておきたいの。」
その言葉を聞きながら着替えを進める。
シャツを脱ぎ、スカートのホックを外しチャックを下す。スカートを下ろし、長椅子に軽く畳んで置いておく。プリーツが前の折り目についていくように形を保ったまま半分に折られる。
オルネラスの事か。マイは本当にこの学園が大切なんだと節々で感じる。彼女はなんでここまでこの学園に思い入れがあるのだろう。あのエレベーターの一件が脳裏にチラついてその疑問を言葉にすることはできなかった。
「そう。アルバードさん喜ぶね。」
浮かんだ疑問が漏れないようにいつものように会話を続ける。
「アルが?」
その言葉にマイがこちらを向くのがわかった。着替えるシャツのボタンを取りながら言葉を発する。新しいシャツはボタンがまだ固くてなかなかに苦戦してしまう。
「うん。ほら、アルバードさん、マイのこと大好きだから。」
アルバードさんが見せるマイに対する反応とその目線。その好意の意味は幼馴染に対してなのか、年下の不器用な後輩に対してなのか、もっと踏み込んだことなのか私には明確にわかるわけではないけど。でもなんとなく、1番最後に挙げたそれだと私の中の誰かが囁いている。ゴシップかのように囃し立てるのは良くないと理性がそれを諌める。
…あれ?
マイから反応がなく、不味いことを言った気がした。弁解しようと口を開きながら、咄嗟にマイの方を向く。
珍しくそのラベンダー色の瞳と衝突しなかった。マイは私の脚から上に向かって観察するようにその大きな瞳を動かしていた。
「…マイさん?」
名前を呼ばれてやっとその瞳が私の顔を見つめる。なんだか恥ずかしく、苦笑いを浮かべてとりあえずどうしたのか聞いてみる。
「えっと?」
「ごめんなさい。隣を見たら、下着姿だったからついびっくりして。」
申し訳ないと思ったのか、目を逸らし、自分のシャツのボタンを素早く外していく。その長く白い指が踊るようにボタンを外していくのを、それは悪いことをしたなぁと呑気に思いながら見ていた。
「あ、なんか、ごめん。そうだよね、順番に着替えろよって感じか。」
まぁ、確かに下着姿で堂々とされてもってことだよね。シャツ脱いだらシャツ着ろや。スカート脱いだらスラックス着ろやってことだよね。公正猥褻ってやつやろがいってことだよね。
「まぁ、そう言えばそうなのだけれど。」
その言葉を聞きながら、とりあえず慌ててスラックスを履く。失礼しましたぁ。
「…アマミさん」
マイに名前を呼ばれて、やっと全てのボタンが外れたシャツを羽織りながらそちらを向く。
「ん?」
ボタンを留めようとしていた手が、その細い指に制止される。
「待って。」
留めかかっていたボタンを外され、上半身の素肌が再び晒される。さっきまでは特に気にしていなかったのにそうされるとなんだか気恥ずかしい。
何事かとマイを見るとそのラベンダー色の瞳がなぞるように私の腹部を見つめていた。本格的に恥ずかしくなって、シャツを前で重なるように素肌を隠す。
「ちょっ、どうしたの?」
「見せて。」
その静かに発せられたその言葉は私の耳を掠める。シャツを重ねるように掴んでいた手をマイが掴み再び開かせ、その白い指が私の手首を押さえる。ラベンダー色の瞳が観察するように私の腹部を撫でる。何を気にしてるのかわからずマイの謎に真剣な顔を見つめる。あまりにも真剣に見るものだから羞恥心がゴソゴソと動き出す。体の体温が上がり、頬を赤く染めるのがわかる。
「…きれいね。」
その声は囁くように呟き、私の耳の中で優しく反響する。
「な、な、な…!!」
羞恥心が最高まで達し、マイから距離を取ろうと脚が後ろに一歩下がった時、長椅子がそれを阻止した。足がガンと長椅子あたりバランスを崩す。床ではなく、長椅子に倒れ込もうとバランスをどうにか制御する。その時、両腕がまだマイに掴まれてることに気がついた。ただそれをどうすることもできず、マイも私につられ、覆い被さるように長椅子に倒れ込む。なんとなくお互い事態を理解できずにパチクリと目を合わせて、沈黙する。
突然バランスを崩したからか私を掴んでいた手は強く握られ、自然とマイの顔が近くにあり、その息遣いが耳を掠める。マイの綺麗な黒髪が私の頬を撫でる。ごめんなさいと囁き上半身を持ち上げ、私の上にまたがるようにトンと腰を下ろす。
え、いや、軽っ。
「…マイ、急にどうしたの…?」
今だに残る羞恥心の中どうにか言葉を発する。マイも事態に少し動揺しているのか言葉の意味が理解できないようにじっと見つめられる。
…もう勘弁して。煽られた羞恥心がクタクタになり限界を告げる。その瞳を見つめていられず、つい横を向いてしまう。しばらくしてやっと意味を理解したマイが言葉を紡ぐ。
「…前の事件でお腹を刺されていたでしょう?」
「…うん。」
「それで、傷とか大丈夫なのかと思って。」
…言葉足らずも程があるわ。そう言ってよ…。なんだか、一人でワタワタしちゃったじゃん…。
大きなため息が肺の底から吐き出される。
「それにしても、本当に綺麗なお腹ね。」
淡々と言うその言葉に疲れた羞恥心は何も反応しなかった。お腹が綺麗ってどうなのだろうか。やはり綺麗と言われてるんだから良いことなのだろうけど、疲れ切った頭では判断がつかなかった。半ばヤケクソで返事をする。
「そう?」
「ええ、肌も綺麗で、引き締まっていて。」
その細く白い綺麗な指が腹部の中心を縦をなぞるように触れる。うっすら入っている筋をなぞったのだろう。普段他人にそんなふうに触れられないところを優しく刺激され、動揺して唇を噛む。
「ーっ!!」
「入るわよー。」
気だるげな言葉が室内に放り投げられ、同時にドアが開かれる。
デジャブ?いや、違うな。昨日は私がマイで、エルネストが私で、イレアがエルネストだった。
姉さん、ノックしてよ。そんな八つ当たりに近い不満は心の中で吐き出されるだけだった。
「…。」
「…。」
「…。」
「…まぁ!」
2人ともシャツをフルオープンにして、マイが私に馬乗りになっている。マイは私のお腹にヒタリと手を乗せ、私は顔を熱くして耐えるように唇を噛んでいる。まぁ、どう見ても生徒会長業務をやってるようにも、お着替えをしてるようにも見えない。
昨日より状況が悪化したその光景をエルネストが死んだ目で見つめる。ちなみに最後の上品な感嘆はもちろんマチルダによるものです。
「え?!なになに!?また、16禁!?」
後ろからフィルマンのやけに興奮した声が聞こえた。後ろからバタバタと足音が聞こえる。
マズイ…。目の前の美少女は自分のシャツがフルオープンになっていることを忘れているのだろう。ただ感情のない瞳で入口を写していた。
まったく、この子は…!慌ててマイのシャツを留めて、そのネイビーに包まれた大きな曲線を隠す。それに気づいたのかこちらを見つめ、ハタと何かに気づき、背もたれにかかっていた私が脱いだシャツを私に被せる。
「フィル!!だめですよ!!もはや18禁です!!」
マチルダがフィルマンを制止する。助かるけど、あってるけど、なんだろう何かが明確に失われた気がする。
「え!?」
マチルダの制止が少し遅かったのか、動揺の声ととともにフィルマンが顔を覗かせる。
「…ちょ、まじ…じゃん…。」
そういうとフィルマンが自分の目を覆い、ウブな様子で頬を赤らめる。やめてよその反応。ガチじゃん。違うのよ。みんなが思ってるやつと違うのよ。まじではないのよ。
一歩後退り、フィルマンは生徒会室に戻っていく。
「マチィ、俺の分まで…しっかり目に焼き付けてくれ…。」
「フィル…!!」
「チラリズム…サイ…コウ…。」
なんだこの変態の絆。フィル…!!じゃないのよ。…!!じゃないのよ。グッ…じゃないの。どうやら同じ気持ちなのかエルネストか二人を死んだ目で見つめる。
「なにしてんのよ?」
満を辞してイレアが呆れたように顔を覗かせる。事態を見つめ、ため息を吐く。ジロリと私を睨み言葉を発する。
「…スイ?」
「違うのイレア。お願いだから弁明させてください。」
「昨日の話聞いていなかったの?」
「イレア、お願い聞いて。」
「あなたは、本当にわかってないみたいね。」
全く聞いてくれないイレアにグスンと涙目になる。
エルネストが説教を遮るように大きなため息をついて部屋に入ってくる。
「もういいかしら?着替えても?」
「エルネストぉ。」
「勘違いしないで、あんたはそっちでイレアに怒られるの。」
隣の長椅子を親指で指差し、冷ややかな目線を浴びる。
「で?あんたはいつまでそいつに跨ってんのよ?」
冷ややかな目線をマイに移す。その言葉にやっと思い出したかのようにマイが立ち上がる。下腹部にマイの温度が残滓のように残っていて、なんだか恥ずかしくてたまらなくなった。
マチルダとイレアも生徒会長室に入りドアが閉められる。おそらくフィルマンとマリウスがあちらで着替えるのだろう。
とりあえずシャツを締めるように言われて、ボタンを留め、シャツをスラックスの中に入れる。言われるがまま長椅子に正座し、イレアの説教を賜る。
反対側では女子たちが着替えを終えて、似合ってるだとか、袖のところがどうだとか、一人一人違う模様を見つけては楽しそうに話していた。いいなぁ。私は純粋にあれがしたかったんだけど…。そちらに目を向けているとイレアがジロリと睨み聞いているのかと問いかけてくる。ごめんなさいと応えて再び説教を賜る。
あらかた言い終えたのかイレアがまぁ、いいわとため息をつく。
「スイも早く着替え終えなさい。」
「はい…。」
そう言ってネクタイと取り結ぼうと思案しているとイレアがため息混じりに言葉を発する。
「貸して。」
「…うん。」
いつものように後ろからネクタイを結んでくれる。イレアの耳に付いているピアスがゆっくり揺れている。
「そろそろできるようにならないと。」
「そうですね…。」
そういうと、何やら目線を感じた。女子会を開いていた3人がこちらを見つめていた。エルネストはまた死んだ目を、マチルダは目を爛々とさせながら、マイは何を考えているのか読み取れない目でこちらを映していた。
「…イレア、あんたもなかなかよ?」
エルネストが呆れるよう呟き、イレアが目を見開き頬を染める。
「…確かに、そうね…。」
エルネストの指摘にイレアが恥ずかしそうに目を伏せ、みんなの目線から逃れるように手を口元に持っていく。
コートを手に持って、生徒会室に移るといつもはだらしなく制服を着崩している二人が綺麗に活動服を身に纏っていた。二人とも高身長なためよく似合っていたし、なんだか絵になっていた。
「二人ともかっこいいね。」
素直な感想を二人に伝える。
「ありがとう、スイも似合ってる。」
マリウスがサラッと微笑みながら返答する。おぉ。寡黙なのにちゃんとそう言うことが言えるタイプだったのかマリウス。なんだか感動してしまう。
「…そんなこと言って…。俺をキュンキュンさせて…。クィーンとあんなことしてたのに…!!」
突然のアクセル全開のフィルマンをなんとも言えない気持ちで見つめる。やめてよ。あんなこととか言うの。事故なのよ。
「なんか、ごめん。」
「気にしないでくれ。変態の発作だ。すぐ忘れる。」
マリウスがフィルマンを死んだ目で見つめる。目をうるうるさせているフィルマンはマチルダに肩をそっと手を置かれて同情されている。彼に対して私は酷いことをしたらしい。そんな時はミス正論さんを見つめる。
ちゃんと死んだ目をしていた。その目はフィルマンではなくマチルダに向かっていて、どこか哀愁を感じた。
「ほら、ふざけてないで会場に向かうわよ。」
荷物を持ってイレアがみんなのことを急かす。思い思いに返事をしてみんなで車に向かった。
「明日は直接ここ集合だから。間違えないで。」
車を降りながらイレアが伝える。
「生徒会室に向かったらアウトだね。」
「確かに。あ、でもマリウスならギリ間に合うんじゃね?」
機嫌を取り直してくれたフィルマンと取り留めのない会話を広げる。それに対してマリウスも参戦する。
「だったらスイも間に合うだろ。」
「それもそうだ。エンジェルもフィジカルアビリティでどうにでもなるな。」
「でも、私はイレアと行くから間違えないよ?」
「あ、そっか。じゃあ、俺達が間違えて生徒会室に行っちゃったらマリウスにおぶって向かってもらって、他のメンバーが間違えたらエンジェルがここから猛スピードで迎えにいくって事でどうだろ?」
そんなくだらない会話をエルネストがため息混じりに突っ込む。
「間違えなきゃいいでしょ。」
「「「確かに。」」」
ピッタリ3人の返答が被りなんとなく3人で微笑み合う。それをイレアとエルネストが呆れるように見つめる。
会場に入ると既にステージが出来上がり、多くの人があちらこちらで指示を飛ばしていた。
エルネストを見ると会場のスタッフが小走りで挨拶にくる。
「エルネストさん、マチルダさん。お疲れ様です。」
「お疲れ、ウィン。準備は?」
「滞りなく。すぐにリハーサルを始められます。」
「ありがとう。」
エルネストがテキパキと状況確認をして、ちらっとイレアを見る。
「こっちがイレア・ユーリアル。基本的に生徒会業務は彼女を中心に進めていくわ。」
「イレアです。よろしく。」
「ウィン・ボナパルトです。よろしくお願いします。」
20代後半ぐらいのからは爽やかな笑顔で挨拶をする。
「うちのイベント会社のプロジェクトリーダーよ。若い割に優秀だから、なんでも言ってちょうだい。」
15歳のエルネストに言われて嬉しいのもなのか、そう思ったけれどウィンは少し照れたように頬を赤らめる。
「エルネストさんに言われるなんて…。恐縮です…!」
エルネストの人望に舌を巻いていると続けて私たちの紹介をしていく。
「この子が生徒会長のスイ・アマミよ。明日、主に話すのはこの子。隣がマイ・フェルバーグ。副会長でレセプション挨拶は彼女の担当。マティはいいとして。その隣がマリウス。一番端のそれがフィルマンよ。スイ、マリウス、フィルマンはこう言うのに慣れてないから困ってたら声をかけてあげて。」
それ呼ばわりのフィルマンは少し不服そうな顔をしていたけど、さすがに空気を読んで抗議をしなかった。
「はい。皆さんよろしくお願いします。」
また、爽やかな笑顔でこちらに向かって挨拶してくれる。
「それでは流れの確認をしたいのでイレアさん、こちらに良いですか?」
「はい。みんなは演舞の準備をしておいて。」
そういうとイレアは打ち合わせに向かった。
コート姿のみんなを見ると、若干デザインが違うことに気がついた。
「腕のところラインがちょっと違うんだね。」
私のコートの左腕のところには一周するようにワインレッドのラインが引かれていた。マイのはそれが右腕。エルネストは左腕に2本のライン。マチルダは右腕。マリウスは左腕に3本。フィルマンは右腕に3本だった。
「ペアごとわかりやすいようにしたみたいですよ?」
「あ、そうなんだ。」
確かに一人ずつ同じデザインだといちいち確認するの面倒だし、わかりやすくしてくれるのは助かる。マイがじっと、右腕のそのラインを見つめ、私のラインを見つめる。なんだかその行動が面白くて笑いかける。
「一緒だね。」
「ええ。」
そう言うとマイは珍しく素直に目を細め、微笑む。お互い微笑みあっていると、目線が刺さってきた。
フィルマンとマチルダが目を爛々と輝かせ、両手で口を押さえている。
「あのクィーンが微笑んでる…!」
「ええ…!スイさんに向かって微笑んでます…!」
変態達が感動を噛み締めているとき、両保護者は残念そうな目を各変態に向けている。
「エンジェルはクィーン微笑みを見て驚かないのか!?」
フィルマンは興奮した様子で、目を大きく開けてこちらに問いかける。突然の質問に戸惑いながら答える。
「あ、まぁ、綺麗だなぁって思うけど、驚きはしないかな…?流石に何回か見たら慣れてきたし…。」
「何回か見たの!?」
フィルマンがもう何か弾けるのではないかと言うぐらい興奮して言う。もう一人の変態を見ると目を閉じて何か感じていた。
「あぁ、なんて素敵な。私達の知らない表情をスイさんには見せていたんですね…。」
「あぁ、神よ。その尊さをこの地上に送り届けてくださってありがとうございます…。」
フィルマンも何故か祈るように目を瞑っている。保護者にどうにかしてくれと言う目線を送るが、二人とも疲れたように首を振るだけだった。
打ち合わせが終わったのかイレアが戻ってきて、この状況を一瞥する。死んだ目で二人を見つめ、私を見る。慌てて首を振り説教を回避する。ため息をつきながらイレアは私たちに指示を出す。
「リハーサルを始めるわ。初めから通しで。スイはスピーチの準備を。他のみんなは移動の流れと演舞の準備をお願い。」
思い思いに返事をして、席に向かう。
リハーサルが始まり、スピーチを終わらせて席に戻るとマイがお疲れ様と声をかけてくれる。
「ありがとう。どうだった?」
「堂々としててよかったわ。話し方も伝わりやすいし。」
「エルネストの指導のおかげだね。」
マイ越しにエルネストを見ると、話を聞いていたのか真っ直ぐ前を向いたまま言葉を放つ。
「当たり前でしょ。」
エルネストらしいその返事にクスッと笑いが溢れる。
リハーサルは順調に進み演舞の準備のためフィールドに行く。
「それでは、中央生徒会による演舞を行います。フィールド上には20体の魔物が放たれ、中央生徒会が各アビリティで討伐いたします。みなさまぜひご覧ください。」
司会の言葉によって魔物が放たれ、私たちの方に向かってくる。エルネストが緑の光を空に投げ、それが太陽の光のように私たちを包み込む。体が軽くなった。昨日やった疲労回復と似ているけど通常より体の力が入れやすくなったようだった。
動き出す順番は昨日決めた通り、マリウスとフィルマンが動き出す。フィルマンの鉄のアビリティが様々な武器に変わり、魔物に降り注ぐ。降り注ぐ鉄の雨の一本をマリウスが掴み魔物を切り捨てる。周りに魔物が少なくなったのを見て、マリウスがフィルマンを小脇に抱え退散する。
マイとマチルダが前に歩み出す。自然と残されたのは私とエルネストになった。
「二人どんな感じにするんだろ?」
少し心配しながら二人を見つめる。私とマイの時は大体前方後方に分かれてマイがサポートしてくれるけど。マチルダは障壁のメンタルアビリティ。どちらかと言うと後方支援型だ。基本的にエルネストを守るために使われるアビリティのため、想像がつかなかった。
「マティがやるなら心配無いわ。上手いことやるから。」
その絶大な信頼は何気なく放たれ、その背中に向かっていく。きっと言葉では届いてないだろう。でも、きっとマチルダはそれをわかっている。そんな気がした。
「二人は、なんか羨ましいね。」
「何がよ?」
「お互いに信じきれてて。」
それがいかに難しいことか私は知ってる。つい最近までイレアでさえ信じることができなかった。誰かを信じて、信じられる。その危うい関係を保つことができる。それがどれだけ勇気と強さが必要か。それを二人は当たり前にできてる。それが尊くて羨ましい。
「まぁ、マティだから信じられるのよ。」
その横顔はいつもの呆れ顔を取り繕っていたが、その瞳は優しくその後ろ姿を眺めていた。
それにつられて二人を見る。マティだからか…。その隣の背中を見つめる。いつかは私もマイのこと理解して、心から信じてもらえる日は来るのだろうか。そんなことを思ってその凛とした背中を見つめる。
マイとマチルダに向かってくる群が雄叫びを上げながら地面を蹴る。マチルダが両手の人差し指と親指で四角形を作りその群れを覗き込む。オレンジの障壁がその群れを捉えて大きな四角形の空間を作り出す。進もうとしていた魔物たちは突然現れたその枠に急ブレーキをかける。訳がわからず止まった魔物は、本能のままその障壁に体当たりを行うがびくともしない。マイがその空間に向けて片手を伸ばし、風を掴む。その空間に小さな渦ができたと思ったら次の瞬間暴風を起こして竜巻が唸りをあげて巻き起こる。それがやむころには中にいた魔物たちは動きを止めていた。
ナイスコンビネーションとしか言いようが無い華麗なる討伐劇だった。
「ほら。心配ないでしょ?」
エルネストの自慢げな言葉に息を吐くように微笑む。
「ホントだね。」
二人が振り返りこちらに戻ってくるのを見つめる。
「次あんたの番でしょ。…頑張んなさい。」
エルネストが珍しく応援してくれた。なんだかびっくりしてエルネストの方を見ると軽く首を曲げて顔が見えないようにしていた。恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。オレンジになり始めた太陽の光にエルネストの金髪がキラキラと反応している。きっと頬が少しオレンジ色なのも夕日のせいだろう。クスッと笑ってお礼を言う。
「ありがとう。頑張ってくるね。」
戻ってくる二人とすれ違う。
「スイさん、頑張ってください。」
「うん。二人ともお疲れ様。凄いいいコンビネーションだったよ。」
「ありがとう。アマミさんも残りお願いするわ。」
「おっけー。任されたよぉ。」
フィールドに立つと残りの魔物がよく見える。演舞って言うんだから、見ていて刺激があるものがいいよなぁ。
魔物が一人前に出てきた獲物に向かって我先にと駆けてくる。
あ、いいこと考えた。
空間の水と地面を認識。空に浮かぶ水の塊。雲を強制的に水溜りに戻す。地面を10メートル程隆起させる。それぞれを想像した形になるようにいじくる。
「できた。」
空には氷のドラゴンと地面には岩のゴーレムを作り出す。
魔物たちが足を止める。生命の危機を感じたのか慌てて引き返す。
だめだよ、自分達が最初に襲おうとしたんでしょ?
ドラゴンとゴーレムは易々とその魔物たちに追いつき、捕食する。
全てが終えたことを確認して、土と水を自然に返す。
「以上で中央生徒会による演舞を終了いたします。」
リハーサルが無事終わり、イレアがウィンさんと打ち合わせをしている。
「それにしても、エンジェル、毎度毎度驚かされるけどほんとすごいよなぁ。」
フィルマンが手を自分の頭に回しながら、感心したように話す。それにマチルダがうんうんと頷きながら同意する。
「ほんとですね。ドラゴンとゴーレムなんて初めて見ました。」
「そう?初めてだったけど喜んでもらえたならよかったよ。」
「迫力がな!男のロマンだったぜ?」
フィルマンが楽しそうに話し、珍しくマリウスがうんうんと頷いていた。
「自分で言うのもあれだけど、かっこよかったよね。」
「ああ。」
マリウスが渋く頷く。
「マリウスなんてあれが出来上がった時、眼めっちゃキラキラさせてたぜ?」
笑いながらフィルマンが揶揄うように伝える。マリウスがそれを気にしないように頷きながらまた言葉を放つ。
「あれは仕方ない。ロマンだ。」
「マリウス、わかってるね。」
「ああ。」
手を伸ばしマリウスに握手を求めると、それに快く応えてくれ大きな手のひらが私の右手を掴む。
イレアが戻ってきて、打ち合わせの結果を伝える。
「みんなお疲れ。みんなのおかげで滞りなくリハーサルが終わったわ。修正点はいくつかあるけれど、あなたたちはそのまま本番に向けて調整してちょうだい。この後はレセプションのリハーサルをやるけれど、挨拶のあるマイと乾杯をするスイだけでいいわ。エルネストとマチルダは会社の人とやり取りしてくれてていいし、マリウスとフィルマンは車に戻ってくれて良いわ。スイ、マイはこっちに。」
イレアの指示通り私とマイだけレセプションのリハーサルを行い、他の4人は思い思いに過ごしたそうだった。エルネストとマチルダはイレアの言ったように会社の人と何かしら話していたし、マリウスとフィルマンは国立競技場を探検していたらしい。
レセプションのリハーサルも問題なく終わり、明日に向けて帰ることになった。




