エピローグ
週が明け、また今日から学校が始まる。
金曜日は色々ありすぎたから…ていうか、入学してからまだ1週間も経ってないの?気持ちは3ヶ月くらいだけど。
いつも通り通学路を歩きながら時間の進みの遅さにびっくりしているとマイと待ち合わせしているパン屋の手前まで来ていた。
手前の木に佇んでいつも通り本を読んでいる彼女を見つけた。その姿を見るとなんだかホッとする。マイが本を読みながら待ってくれる。それが日常になっているのがわかる。
「おはよう、マイ。」
その言葉に本を閉じながら、長いまつ毛がこちらを見るためにゆったりと上げられる。
「おはよう。」
マイと合流し、無事パンをかって学校に向かう。道中バックの中のあるものを手探りする。ゴソゴソしている私を一瞥してマイが口を開く。
「…体は大丈夫なの?」
「ん?」
何探してるの?とかじゃないんだ。脈絡のない質問に少し戸惑う。まぁ、マイって脈略のないことが多いんだけど。
「あぁ、あのぐらいだったら大丈夫だよ。流石に次の日は体がだるくって寝てるか食べてるかしかしてないけど。」
「あのぐらいって…」
マイが訝しげにみつめてくる。
「腕を噛まれて、腹部を刺されてあれぐらいなのね。」
「えっと、まぁ、そうだね。」
その目線が攻めるようで、目を逸らす。マイがフゥと小さなあきれるようなため息をつく。
「アリストタリアきっての才女も考えものね。」
おっしゃる通りで、あははと笑って誤魔化す。その反応を見て、目線が何かを思い出すかのように下に動き、少し苦しそうな表情を浮かべていた。マイがそんな顔しているのが、なんだか嫌で話題を変えようと話し出した。
「その次の日なんだけど、割と体の調子も戻ったから奈月に買い物付き合ってもらってさ」
「…ええ。」
いきなり話を変えたからか、間を置いて反応した。切り出し方が下手くそすぎて次の言葉を紡ぐのに自分の中のハードルが上がった。
「えっと、これ、マイに。」
「私に?」
差し出した小さな巾着型のラッピングを不思議そうに受け取る。なんだか気恥ずかしい。
「その、ハンカチを汚しちゃったから。」
マイはキョトンとしてその巾着袋を見つめていた。思い出されるのは血と汗に汚れたマイのハンカチだった。
「開けてみても?」
「あ、うん!もちろん!」
その細く長い指が器用にリボンを解き、巾着を開ける。出てきたのは奈月と一緒に買いに行った、ラベンダー色のハンカチだった。マイはそのハンカチをじっと見つめる。え?その反応どっち?やだった?こんなの持たないわよ的な?
「趣味じゃなかったらごめん、でもなんか、マイ持ってそうだなぁとか思って…。」
何故か言い訳がましく伝えてしまう。
「アマミさんが選んでくれたの?」
「あ、うん。奈月にも聞いたんだけど、私知らないからってあんたが選びなさいって…。」
「そう。」
そう言って、そのラベンダー色のハンカチを胸のところに持って行く。
「嬉しいわ。ありがとう。」
そういういってマイは、アーモンド型の大きな瞳を細め、形のいい唇を持ち上げる。白く透き通るような肌は朝日に照らされて少し色がついているようで、その美しすぎる笑顔につい見惚れてしまった。
「あ…どういたしまして!」
どうやらそのハンカチをいたく気に入ってくれたみたいで、嬉しそうに眺めていた。よかったぁ。そんなに喜んでくれたら、悩んだ甲斐もあったってもんだよ。プレゼントはちゃんと渡せたよって後で奈月に報告しないと。
午前の授業が終わり、お楽しみの昼休みだった。今日はチーズパンに、コロッケパン、チョココロネだった。マイは今日も塩パンだったけど多分目の前に置いてあったからだと思う。
「おっひる、おっひる、うれっしいなぁー!!」
今日もカシアは元気みたいだ。4人で机を囲みつつ、各々昼ごはんを出す。思い思いにご飯を食べていると、マイの視線がチラチラ私の手元に注がれるのに気がついた。え?なんだろう。手の中にある食べかけのチーズパンをみる。
『そしたら、来週一口あげるよ!』
自分の言葉が蘇ってくる。あ、思い出した。マイがチーズパンに興味を示して、謎の責任感から一口あげるって言ったんだった。
「あ、マイ、ごめん。食べかけでも良い?」
「えー?なになに?半分この予定だったの?」
カシアが楽しそうに聞いてくる。
「いや、一口あげるって言ったんだけど、さっきまで忘れてて…」
「でも、そこ1番美味しいところだよねぇ。」
アーリアがうっとり言う。確かに逆に良いのかも。
「そうだね!マイがよかったらだけど食べる?」
「悪いから、端でいいわ。」
そうかそうかと、まだ口をつけていない所を差し出そうとパンを透明なビニールから出す。カシアが元気よく手を上げて言葉を発する。
「じゃあ、その1番良いところカシアが食べたいー!!」
「あ、良いよ。じゃあ、はい。」
先にカシアにあげようと、カシアの方に手を伸ばそうとした。その時、細く長い指が私の手首を掴んで、優しく方向を変える。マイの方にパンが差し出され、手首を掴んだままパンを食べようと口を開き、頭を傾ける。髪の毛がパンにつかないよう耳にかけ、パクりと一口食べた。口の端についたクリームチーズを親指で掬い上げ、口に運ぶ。
「確かに、美味しいわね。」
もぐもぐと咀嚼している、マイはなんだか勝ち誇ったように微笑み、嬉しそうにしていた。
なんか、なんか…!!その仕草に、表情に顔が熱くなるのを感じ、込み上がってくるこの感情がなんなのか突き止めてはいけない気がした。
「マイー!端っこでいいって言ったじゃん!」
「それは、アマミさんが食べるならって話よ。カシアが食べるなら話が別だわ。」
カシアがブーブー文句を言うのをアーリアがなだめる。
「ほら、カシア、元々マイがもらう予定だったんだから。カシアにはこの特製肉団子をあげようー。」
「やったーー!」
切り替えはやっ。ていうか扱い上手っ。驚いてアーリアを見つめるとカシアに肉団子を餌付けのようにあたえた後、マイを優しく見つめる。
「マイが楽しそうで嬉しいわぁ。」
いつか言っていたカシアの言葉をなぞるようにアーリアが呟く。またこの幼馴染達は私とは違うマイが見れているのか。それがちょっと羨ましく感じる。マイを見ると肯定も否定もせずに塩パンを頬張っていた。
授業が終わり、二人で生徒会室に入るとイレアとおっさんが向かい合うように座っていた。何度か見た光景だが、その傍にはもうジルさんはいなかった。その事実に少し胸が痛む。
「おっさん、またきてんの?」
「相変わらず辛辣よねぇ。今日は君たちお待ちかねの取調べの報告をしにきたんだわ。」
取り調べ…。ジルさんのか。確かに気かがりなことが多くて、気になってはいた。おっさんは手を後ろで組み天井を仰ぎながらはなしだす。
「才女のおかげか、ジルくんスラスラ取調べに答えてくれてさ。順調も順調なんだけど。」
「けど?」
こちらに目線を向け、真剣な眼差しで答える。
「ジルくんすら知らないことがあったりするのよ。あの事件。」
「ジルさんすら知らないこと?」
「まずは中央生徒会発足について。ジルくん曰く業務連絡で通達されて、目的は執行部隊との交代。」
「執行部隊との交代?」
マイが珍しくおっさんに質問をする。
「元々中央生徒会は学生に関わる行事の運営や広報活動がメインのはずです。ましてやこの人数で執行部隊と役割を交代するなんてできるはずがないと思いますが…。」
「そうなのよねぇ。しかも、中央生徒会発足については管理本部の数名と執行部隊の連隊長しか知らないはずなんだよなぁ。」
「それが先にもれてたってこと?」
「うんにゃ、正しくは故意にもらしたってところだろーな。」
故意にもらした。それもジルさんが触れてほしくないところを掻き立てて、行動に移させた。おそらくそいつが今回の真犯人なんだろう。
「それと、魔物捕獲用縮小ボールだってそうだ。」
「それね。おかしいと思ってた。イレアから報告されたの残り70前後のはずなのに少なくとも100体は軽く超えていたでしょ。」
「お、さすが才女。そうなんだわ。無くなったボールの数と出てきた魔物の数が到底合わないんだなぁ。ジルくんも電車から出てきた分なんて知らないっていってるし。」
「あれはジルさんが仕掛けたんじゃなかったんだ。」
「らしーよ。」
おっさんのやる気ない返事に沈黙がゆっくり訪れる。おそらく各々可能性を探っているんだろう。
「ま、おっさんはその報告と事件の謝罪をしにきたってわけ。」
「謝罪なら電車の時にしてもらったけど?」
「才女にはね。でも、オルネラスだったり中央生徒会に公式に謝らないといけないもんなのよ。」
執行部隊の中佐が起こした事件となると対外的に色々まずいんだろう。一応おっさん執行部隊のトップだし。
「なるほど、おっさんも仕事する時はするんだ。」
「ちょっと?おっさん仕事してる時しかなくない?」
「あ、そうだったの?」
「才女…。おっさんこんなに頑張ってるのに!!」
大盛り上がりのおっさんをそっと無視をする。グッと睨みつけていたが諦めたように話し始める。
「まぁ、だからおっさんの仕事はこれで終わり。またなんかあったら協力しましょ。」
イレアに手を伸ばし握手を求める。先ほどまで私たちのやりとりを呆れるようにみていたイレアがそれに反応して柔らかい笑顔を作りそれに応えようとする。なんとなく邪魔をしたくなっておっさんの手を私が掴む。
「…才女?」
「スイ?」
「…会長は私でしょ?」
その一言におっさんが目をぱちくりさせ、にやっと笑う。
「そうだったなぁ。それは失礼しました。」
「…。」
その笑みにむかつきを覚えながらも手を離す。
「才女、あんまりイレアちゃんを束縛しちゃダメよ?」
束縛という単語に目がぴくっと自然と反応する。
「束縛じゃない。おっさんがイレアに触れようとするのがやだっただけだし。」
「そーれが束縛なのよ。イレアちゃんだってもうちゃんと大人よ?才女に守ってもらわなくてもねぇ?」
変わらずニヤつくおっさんはイレアに問いかける。
「まぁ、そうね。私も24よ?」
イレアまで…!
「そうだけど…!」
確か前にマイにも言われた気がする。やはり私はやりすぎなのだろうか…?そのマイもこちらを観察するようにじっと見ているし…。そう不安に駆られている隙におっさんがイレアに問いかける。
「それはそれとして、イレアちゃん今度おっさんとご飯でもどう?」
「なっ!!」
それはそれとしてない!!咄嗟にイレアの顔を見るとイレアもこちらを見つめていた。私の反応がおかしいのがクスッと嬉しそうに笑い、頭を撫でる。安心しなさいと言ってるようなその仕草に安堵する。残念だったなおっさん。
イレアがゆっくり口を開く。
「ええ。是非。」
「ぜひ?」
ぜひってなんだっけ?絶対拒否の略かな?うん。違うね。是非行きましょうの是非だね。
その言葉をやっとのことで咀嚼して、驚きに目が見開かれ口もポカーンと開いてしまった。え、イレア…?本当におっさんがタイプなの?
「おっ、うれしいねぇ。じゃあまた連絡するわ。」
「ええ。お願いします。」
お願いしちゃったよ。イレアは柔らかい笑顔で返事をして、おっさんは嬉しそうにじゃーねーとエレベーターにのり手を振り去っていった。あっけに取られやっと口が動いたのはおっさんがいなくなってからだった。
「え、イレア?本当におっさんとご飯行くの?」
「ええ、行くわよ?何か問題でも?」
「え?いや、問題は…ないんだろうけど…」
ここで全力で止めたら本当に束縛になるのがわかる。それに止めたら行かないでくれるのも知ってる。それはそれでやなんだ。自分の中の矛盾が大きくなり言い淀む。
その姿を見てイレアが再び優しく微笑みながら頭を撫でる。
「何も心配することないわよ。スイのことを疎かにするつもりはないわ。」
「あ…別に…!そういうわけじゃないんだけど…。」
逆に疎かにされるなんて思ってもなかった。ただ、おっさん相手っていうのが気に食わないだけで…。そっか、イレアにお付き合いする人ができたらそっちが優先になるのか…。胸から何かが抜けてしまうかのような寂しさを感じ、センチメンタルになる。ただこれを言うのは本当に束縛だ。どう言い訳をしよう…。
思ったよりシュンとなっている私を心配したのかイレアがゆっくり口を開く。
「ス…」
「アマミさん、今日は業務をやらないの?」
被せるようにマイが言葉を放つ。イレアが驚いたようにマイを見つめ、私もマイに目線を送る。いつも通り冷静で温度のない表情をしているマイがいた。
「あ、うん!やろう。」
「じゃあ、行きましょう。」
マイが私の手を取って生徒会長室に連れて行ってくれる。イレアが撫でていた手を指で絡ませるように押さえ、曖昧な微笑みを浮かべ言葉を紡ぐ。
「みんな集まったら呼ぶわね。」
「うん!お願い!」
パタンとドアが閉まり、マイと二人っきりの空間になる。
「マイ?もしかして、気を遣ってくれた?」
「…返答に困ってるようだったから。」
やっぱり、マイはいつも困ってると助けてくれる。それが強引な時もあるけど、嬉しいし、安心する。表情が綻ぶ。
「そっか、ありがとう。」
私の方をチラッとみて、すぐに目線を戻して淡々と答える。
「別に、たいしたことないわ。それに…。」
「ん?」
語尾あたりが珍しく声が小さくて聞き取れなかった。
「アマミさんの反応みて嬉しそうだったのが気になったのよ…」
「え?なんて?」
全然聞こえない、本気出せば聞こえるんだろうけど、マイがそんなに言い淀むのなんて初めてだったから集中してなかった。
「なんでもないわ。週明けだと量が多いの。早くやらないと明日も大変よ?」
「え?そうなの?」
確かに置かれてる書類の量も、届いてるメールの量も多い気がする…。
「ひぇー。こりゃ毎週月曜が嫌になってしまいますなぁ。」
「慣れるわよ。」
「そうかなぁ。そんな気がしないなぁ。」
「やらないと慣れないわ。さ、やりましょう。」
さすがしごでき予備軍。むしろ本軍。ええ、やりますとも大将。
必死に書類と格闘しながらいつのまにか時間が過ぎていたらしい。イレアがノックをして、みんなが揃ったことを伝えてくれた。
「ふぅーなんとか捌けたんじゃない?」
「そうね。明日にまわさなくて良いぐらいには減ったわね。」
そんなことを話しながら生徒会室に入るとお決まりの位置にお決まりのメンバーが座っていた。
もうフィルマンは諦めたらしく笑顔で手を振ってくるだけだった。流石にそれは許すらしく、私も笑顔で返す。
「アマミさん、お身体は大丈夫ですか?」
マチルダが心配そうに聞いてきてくれる。
「あ、うん!休んだからすっかり元通りだよ!心配かけてごめんね。」
「いえいえ、エルも心配してたんですよ。あんなにヘトヘトになるまで能力使うなんてって。」
いつも通り気怠そうに座っていたエルネストが突然自分に振られて、それに反応するかのように背筋がピンと伸びた。
「ちょ、マティ!心配はしてないわ。へんな誤解をうまないで?」
「心配してたじゃないですか。オーバースキルで前倒れたことあるのにって。」
「それは学ばない奴ねって皮肉をいっただけで…!」
「はいはい。素直じゃないんですから。」
全くもうと呆れるようにマチルダが呟き、それにエルネストがこっちのセリフよとジト目で返していた。うん、今日も仲良しだね。
「なにより、お元気になってよかったです。」
お上品な笑みを浮かべて、労ってくれる。
「ありがとう。エルネストもなんか、ありがとう。」
マチルダが微笑みで返し、エルネストがそっぽを向いて返事をする。
「エンジェル。心配してたのはその二人だけじゃないぜ。俺もエンジェルちゃんに会えなかったこの2日間…!来る日も!来る日も!君のことを思って胸を焦がして!すぐ走って君の元にっ!!」
「じゃあ、中央生徒会をはじめるわ。」
盛り上がるフィルマンをイレアが何事もないように遮る。
「え、ちょっと、イレアさん?」
「今日は先日の事件の報告よ。」
ガン無視で進むイレアにフィルマンが負けじと声を上げる。
「ちょっとぉ!無視は良くないと思い…!」
その言葉の途中でマリウスがフィルマンの首を絞め言葉を物理的に遮る。イレアがちらっとそちらを見てマリウスにお礼を言う。
「助かるわ。」
「いえ。スイ、元気になってよかった。」
締め上げたまま、顔だけこちらに向けて労ってくれる。
「マリウス、ありがとう。えっと、フィルマンも心配させちゃってごめんね?」
フィルマンが顔を青ざめさせながら、手を横にふり大丈夫と伝えてくれてるらしいけど。今の状況は全然大丈夫じゃなさそうだよ?
「続けるわね。」
それもお構いなくイレアが続ける。スパルタの時スパルタなのよねぇイレアって。
「さっき、イヴァン連隊長から取り調べの報告を受けたわ。」
イレアが先ほどのおっさんとの会話を要点で伝え、疑問が残る2点、差出人不明のメールと捕獲用ボールの誤差についてつたえる。
先ほどのように一同沈黙し、思考を巡らせる。それを破ったのはフィルマンだった。
「わからないことは多いけどさ、でも、まぁ、よく説得できたよなぁ。エンジェル。」
感心するようにこちらを見るフィルマンに、珍しく同意見なエルネストが続ける。
「そうね。あそこまでの事件を一人で起こすような思い込みの激しいタイプは話を聞かせるのでさえ一苦労よ?」
経験者は語るぐらいの勢いで言うのは、会社経営で色んな人と関わるからだろうか。褒めてくれてはいるみたいだからなんて返そう。言葉より先に表情が照れるように頬を緩める。
「いやーなんだろう。聞いて欲しいっていう思いを真っ直ぐ伝えるって言うか。」
「ええ、刀でまっすぐ突き刺されて言ってたものね。」
「は?」
…。マイさん?それわざわざ言わなくて良いのよ?もう空気がドン引きの空気だし、イレアに関しては『は?』の声が重すぎだよ。怒られるよ。絶対これ。照れた笑顔がフリーズする。
「マイ、どういうこと?」
イレアが恐ろしいぐらい冷静にマイに質問する。私じゃなくてマイにってところがガチだよねぇ。
「おそらく、耳を傾けてくれないジル中佐を止めるためにわざと刺されたのかなと。特段他に怪我もなかったようですし。」
「へぇ。」
そう声をもらすイレアの表情は冷たく、声まで凍てついてるように冷ややかだった。怒り通り越してキレてる。やばいやばい。頭の中は緊急事態を知らせるように警鐘が鳴り響いて、張り付いた笑顔は取れず、汗だけ大量に吹き出してくる。
「説得しながら、ジル中佐に近寄るのでどんどん傷が広がっていって、最後には頬に触れながら優しく諭すように説得してました。」
マイ?すごいちゃんと説明してくれるね?いいのよ?そんなに説明してくれなくて?
イレアがマイから話を聞き、こちらに顔を向ける。その表情は温度がなく、いつも呆れたように微笑むその口元は固く結ばれ、優しい眼差しを向けてくれるその瞳は鋭く尖っていた。その表情にうっと圧倒され、つい目線を逸らしてしまう。
「スイ。私はその報告受けてませんが?」
あえて敬語を使って一線を引いて聞いてくるイレアに、戸惑いながら答える。
「いや、その、戦っていくうちに、流れで、そうなっちゃって…。その、イレアには、戦いで負傷したって、伝えた感じなんだけど…。」
曖昧な笑顔をなんとか保ったままなんとか言葉にする。完全に言い訳だった。もう言い方も内容も全部言い訳。360度どこから見ても言い訳。ある意味完璧な言い訳だった。
「マイの報告では、避けれたことだと感じますが?」
怖い…!詰められるってこう言う事なんだなと他人事のように納得する。イレアの言葉に、再びうっと言葉が詰まる。上手い言い訳が全く浮かばず、その時の事を抽象的に伝える。
「えっと、まぁ、避けちゃいけないかなっていうか…。」
「は?」
怖い、怖いよ。敬語からの重い『は?』怖いよぉ。もう限界だった。誰かに助けを求めたくて隣にいるミス正論様に縋る。
「エルネストぉ。」
今にも泣き出しそうな顔でいつもの気だるそうな顔を見つめ、腕に縋り付く。流石に可哀想だと思っているのか気まずそうに顔を引き攣らせる。
「あんたが悪いわ。残念だけど、素直に怒られなさい。」
そういうとすがった手を、申し訳なさそうにそっと離す。あぁ、見放された。向き直るとオーラから怒りが冷たく放たれるイレアと仕返しとばかり我関せずのマイがいた。
「マイ…なんで…?」
裏切りの理由を教えてくださいブルータス。
「わざわざあんなにボロボロになって。見ているこっちのみにもなって。」
マイが目線を合わせずに少し不服そうに言葉を紡ぐ。心配かけたのに怒ってるの…?でも、あの時、マイがいたなんて思ってなかったから…。
「だって、マイが見てるなんて…。って、いつから見てたの?」
あれ、待ってあの時。研究室の話もしたはず…。
「ジル中佐の事が羨ましいっていうところかしら。」
あぁ、じゃあほぼ全部だ。
「じゃあ、その、研究室のくだりも…?」
「…ええ。」
そっかぁ。マイは聞いちゃったんだ。あの研究室で行われたことも、私がこの能力について思ってることも。自分が言ったことなんだけど。他の人には言いたくないこと、ずっと内緒にしてたことそれを聞いた人が目の前にいる。衝撃だった。ただ、マイにだったらいいかという感覚があった。実験の内容があまりにも尊厳を踏み躙るもので奈月にさえ知られるのが抵抗があった事だった。でも、なんだろう、マイだったら、知っておいて欲しい。そんな思いすら浮かぶ。
「…そっか。」
気になるのはそれを聞いてマイはどう思ったんだろう。可哀想な人と思ったのか、当たり前だと思ったのか、軽蔑しただろうか。その答えはここでは聞けない。一同が私の反応に疑問を抱いているのがわかった。おどけるように笑顔をつくる。
「いやー、これが結構な熱弁だったからさぁ。ちょっと恥ずかしいわぁ。」
「俺も聞きたかったぜぇ。エンジェルの熱弁!ちょー心に染みるんだろうなー!」
フィルマンが先程までの空気を明るく吹き飛ばしてくれる。私が困ってるのを冗談で包んでくれる。やっぱり気の利く人だなぁ。感心してフィルマンを見ると目があってニコッと笑顔でこちらを見つめてくる。この人ほんとはモテるんじゃないか?ここではこんな扱いだけど…。それに答えるように微笑み返すとファルマンが両手を口のところに持ってきてとても乙女チックな仕草をして話し出す。
「やだ!ちょっと!マリウスの奥さん!みた!?天使が微笑みをくれたわ!!」
「誰が奥さんだよ。嫁いでねぇわ。」
…こういうとこがなければ素直にモテたんだと思う。でもこれもフィルマンの素敵なところか。そう思いながらマリウスに小突かれてるフィルマンを眺める。
「スイ。忘れてないわよね?」
イレアの冷ややかな声が耳を掠める。…ええ、そうでした。はい、そうでした。
「忘れてません。イレアさん。」
嘘です。忘れてました。すっかり忘れてました。認めることは失礼にあたると思いますので、しっかり真正面から嘘をつきました。
「帰ったら、話があります。」
「…はい。」
刑の執行を待つ気分です。シュンと小さくなり、会長とは思えない程の肩身の狭さで会議を聞いていた。今後の連絡事項をイレアが伝え生徒会は幕を下ろした。
校門のところでみんなと別れて、イレアと帰路につく。帰り際、心配そうにフィルマンとマチルダがこちらを見てくれたけど。
「…。」
沈黙がこんなに重たいのは久々だった。いつもは気にならないのに、怒ってると思うとこの沈黙が息苦しい。謝罪をしてこの沈黙から逃れたい。でも、帰ったらって言ってたし…。チラチラ、イレアの様子を伺っても、表情が固く、張り詰めた空気を醸し出し、とてもじゃないけど声をかけられる雰囲気ではなかった。一人であーでもない、こーでもないと考えているとイレアが口を開く。
「今日、あなたの部屋泊まっても?」
やっと向けられた言葉はそっけなく、その言葉の意味は楽しいものではないと理解した。一晩中説教ですね…。その言葉に身構えるとイレアが視線を前に向けつぶやくように続ける。
「嫌ならやめておくわ。」
「嫌とかじゃないけど…。大ボリュームだなって…。」
「当たり前でしょ?嘘つかれてたんだから。」
「嘘と言いますか、言葉のあやといいますか…。」
「本気でいってるの?」
その言葉がよく響いた。その切実な響きは私の態度を諌めるものだった。イレアのその表情は怒ってるようにも傷ついているようにも見え、二つの感情のちょうど真ん中に立っているのだろうと思った。私だけ、どうにか逃げようとしてる。イレアはちゃんと向き合ってくれてるのに。また、あの時みたいにすれ違ってしまう。
「…ごめん。」
「…ちゃんとスイから報告して。今日そっちの部屋に行ってもいいかしら?」
「うん。」
「わかったわ。とりあえずメディカルチェックを終えてからにしましょう。」
「うん。」
また沈黙が訪れる。でも、先ほどの抑えつけられるものとは違う沈黙。お互いの感情を理解し、言葉にはしないだけの間。ちゃんと、話し合いをしなければならない。そんな沈黙だった。
トレーニングとメディカルチェックを終えて、シャワーを浴びに自室に戻った。イレアは泊まりの準備をしてくるらしい。
あーあ、またやっちゃったかぁ。思わずため息が出る。完全に私がいけないのがわかってる。とりあえず、シャワーを浴びよ。
シャワーを浴びてる時もずっと、どこがいけなかったのか何度も何度も考えて、もう答えは出切ってるのに本当に間違えてないか考え直す。結論付けるたびにため息を吐き、自分の行動を責める。髪の毛を乾かし、リビングに戻るとイレアがビジョンを忙しなく打ち込んでいた。こちらに気付きビジョンを閉じる。こちらを見つめ言葉を発する。
「話いいかしら?」
「うん。」
イレアの前の席にすわる。雑音が無く、椅子を引く音、それに腰掛ける音が響き、張り詰められた空気がその場をいつもと違う空間にさせていた。
「もう一度、先日の事件の正しい報告が欲しいのだけれど。」
イレアが淡々と言葉を発する。
「うん…。えっと、ほとんどマイが言ってた事になるんだけど。ジル中佐が、恵まれた環境の高位能力者だったり、ダブルアビリティの私に対して強い嫌悪感を抱いていて、まともに話を聞いてくれない状況だったから、攻撃を受け止めて話を聞いてもらおうと思ったんだ。」
「わざとその攻撃を受けたのね。」
表情を変えずに聞き返すイレアは、冷静だった。
「うん。」
「それが腹部に大きな損傷を与えた。」
「…そう。」
肯定の言葉に表情は変えていなかったが、イレアの目がゆらめいた気がした。
「…続けて。」
「あ、うん。それで説得するうちに、ジル中佐が自分のことを責め始めて。その感情に飲み込まれちゃいけないって、安心させたくて触れたかったから…。近寄って行ったんだ。」
「傷が深くなっていくのに?」
「…うん。」
その返事にとうとう張り付いていた冷静な表情が崩れた。眉間に皺を寄せ、額に手を当て肺の底から大きなため息をついた。やるせない、そんな表情だった。
「おかしいと思っていたの。あなたがなんでそんなに動けなくなるまで能力を使ったのか。イヴァンさんも言ってたわ。なんであなたはジルさんを全力で倒さなかったのかって。いくら能力で鉄がコーティングされてたとしても、鉄自体形を変えられるあなたならなんとでもないはずなのにって。」
弱々しく吐き出す疑問は全て当たっていた。おっさんまでわかっていたのか…。イレアの言葉に言い返すこともできず、ただまた困らせてしまっているという事実だけが胸にギリっと引っかかる。
「スイ…なんで?自分がそんなに傷つくのにその方法を選んだの…?」
表情は力無く、その瞳は酷く傷ついたようによろめきながら、私を不安気に映していた。その姿に罪悪感を抱き、つい目を逸らす。お行儀よく膝の上に置かれてる自分の両手を見つめる。
「…意味がないと思ったから。」
「…なにが?」
「恵まれた環境、才能を憎んでるジルさんを私が倒すのじゃなんの解決にもならないと思ったんだ。」
ちゃんと伝えないと。今度はまっすぐ私の想いを、考えをイレアに。笑って誤魔化すんじゃなくて。イレアに伝わるように、伝えれるようにその瞳をまっすぐ見つめる。イレアが変わらず見続けてくれる。目線はすれ違うことなくしっかりお互いを見つめていた。
「たとえ、力尽くで捕まえてもずっと世界を恨み続けるだけだと思ったから。出てきても同じことが繰り返されるだけだろうし。だったらちゃんと止めないとって。それに、ジルさんはまっすぐで努力のできる素敵な人だから。そんな人が誰かを恨んで僻んでそれに支配されるなんてもったいないって。そう思ったから話を聞いて欲しかった。」
イレアは最後まで黙って聞いてくれていた。そう、と一言呟くとふぅと息を吐いた。
「スイの言いたいことはわかったわ。」
目を閉じて私の言葉を咀嚼するように、考えているようだった。ゆっくり目が開き、こちらを捉える目は怒りでも、不安でも無かった。いつものイレアの優しい目。困った子供を見つめるようなそんな瞳。
「…スイらしいって言えばスイらしいのかしら。人が好きで、どんな人にも優しくしてしまう。確かにスイはいつでもそうだったわね。」
イレアはどこか安心したようだったが、その瞳の奥は見え隠れするようにチロチロと悲しみが揺れていた。イレアが立ち上がり座っている私のそばまでゆっくり歩み寄る。
「でもね、スイ。」
イレアの声が上から降り注ぐ。彼女を仰ぐようにイレアの瞳をじっと見つめ、その言葉の続きを黙って待つ。
「あなたの優しさは、あなたを傷つける事が多くある。スイの中でスイの優先順位が低すぎるの。私はそれがもどかしい。」
イレアが大切なものに触れるように優しく撫でるように頬を包む。
「ごめん、イレア。」
私が上手くできないからあなたをまた傷つけてしまった。でもね、全部が全部うまく行くことなんてないでしょ?だったら、順位をつけるしかない。私は私を治せる。痛みにも我慢できる。ただ、目の前の誰かを失うこと、守れないことに慣れてない。私の中の順位は怖いこと順。あなたは優しいというけど、違うんだ。私はただ怖い。これ以上痛みの種類が増えるのが。だから、ごめん。
イレアにはその謝罪の意味が伝わったのだろう。揺れていた悲しみは大きくなり、眉尻を下げ、困ったように私を見つめていた。その手だけはただ優しく、温もりを私に渡していた。
「…あなたは謝らなくていいの。本当にいけないのはあなたをそんな環境にしか居させられない私だから。」
その言葉に咄嗟に体が反応する。イレアの手首を掴み、口を開く。
「違う!イレアは悪くない!」
イレアはその言葉を穏やかに優しく微笑む。その表情があまりにも慈しみに溢れていて、戸惑う。なんでそんなに優しい顔をしているの…?勢いよく出た言葉に続くものはなかった。
「あなたは私が傷つきそうになると必死に否定してくれる。それと一緒よ?私もスイが傷つきそうになるのが怖いの。」
イレアは私の反応がわかっていたんだ。私が必死に否定するってわかってて、自分を責めた。私をわからせるために。
「だから、お願い。自分を大切にして?あなたが傷つくと私が傷つくわ。」
ずるいよ…。そんなこと言われたら、頷くしかないじゃない。
言葉なくゆっくり頷く。それを見たイレアが眉尻を下げて困った子を見るように少し呆れを見せながら、私の頭を抱き寄せた。その返答に今は満足してくれてるようだった。
私が傷つかないようにすること。私の中でどこの順位に来るのだろうか。イレアがその事で傷ついてしまうとわかっていても、優先順位は上がるのだろうか。それはきっと判断を迫られた時にしかその答えは来ないのだろう。
少しして、満足したのかイレアがいつも通りの冷静さで言葉を紡ぐ。
「話も終わった事だし、ご飯を食べましょうか?」
「うん。」
「ご飯は今セットしているから、シャワー浴びてくるわね。」
昨日奈月が作ってくれたカレーが残っていた。私がシャワーを浴びてる間に、ご飯を準備をしてくれていたらしい。なるほど、だからどこからか白米の煮立った香りがしていたのか。どことなく甘く安心する香り。小さい頃奈月のお母さんが夕方になるとこの香りの中でご飯を作っていた。その懐かしい記憶をただぼーっと思い出しているとイレアがシャワーを浴びに行った音がした。
しばらくしてお米が炊けたことを伝える電子音が流れる。安く軽い音楽に報されて炊飯器を開ける。シャワシャワシャワとお米が音を立てて迎えてくれる。炊き立ての白米の甘い香りが鼻腔をくすぐる。しゃもじでその白い輝きの海をかき混ぜ、余分な水分を飛ばし、蓋を閉め蒸らす。奈月のお母さんによくお願いされた事を一人でに、辿るようにやってみる。
あの頃は何にも難しくなかった。何をするのも自由で、ただ楽しいことを奈月と二人で探して、奈月の家に帰って、おばさんのご飯を食べる。それでみんな幸せだった。
今はいろんな人の、いろんな価値観、生活、私の基準だけで判断するにはあまりにも複雑に絡み合い、難しくする。できれば、みんなハッピーエンドで終わりたい。でもハッピーエンドの形もさまざまで、私が良かれと思ったことは、イレアにとってはそうじゃなかった。
難しいなぁ。
一人、あまりにも複雑な問題を目の前に立ち尽くすしかなかった。きっとこの問題にベストはないんだろう。あるのは無数のベターだけ。それを自分の価値観で、責任で選び取るしかない。せめて、自分が選びたい選択を選べるようにしよう。
ただ今も昔も一緒なことがあった。私や奈月が危ない目にあうと奈月のお母さんが私たちを叱った。なんでこんな事するの、怪我したらどうするのって。
今は、それをイレアがやってくれる。順位づけがより細かくなって難しく感じるようになったけど、今も昔も私のために怒って、心配して、傷ついてくれる人がいる。その存在がいることに私は慣れすぎてしまった。だから、その人たちに心配かけないように、傷つかないように取り繕うのが上手になっていったんだ。彼女に本当に贈らなきゃいけない言葉を伝えないで。
洗面所の扉が開き、シャンプーの香りが湯気にのって漂う。イレアがシャワーから出てきた。今回はちゃんと髪が乾かされており、タンクトップに羽織るようにグレーのカーデガンのようなパジャマを着ていた。
炊飯器の前に立ち尽くしている私を不思議そうに見て、言葉を放つ。
「…もしかして、炊けてなかった?」
まさかと、眉間に皺を寄せ、やってしまったのかと考えるイレアを見て、もれるようにクスッと笑いがでる。
「ううん、炊けてた。」
ゆっくりイレアに近づき、その細く柔らかな曲線を描く腰に手を回す。イレアの鎖骨あたりに顔を埋める。イレアの肌から花の香りがして、彼女の好きなボディクリームの香りだということに気がつく。この匂いがいつもそばに居てくれて、守ってくれて、支えてくれる。私の1番安心する匂い。
イレアは私の突然の行動に戸惑いながら受け入れてくれる。
「ねぇ、イレア。」
「…どうしたの?」
彼女に本当に贈らないといけない言葉を伝えないと。上を向いてイレアの顔を見つめる。イレアは不思議そうに首を傾け、ん?と微笑む。
「ありがとう。」
精一杯の気持ちを込めて、あなたに伝えたいんだ。いつも一緒にいてくれて、私のことをたくさん考えてくれて、心配してくれてありがとう。この笑顔は取り繕ったものじゃなくて、心の底からあなたに向けてのもの。伝わってくれると良いんだけど。
イレアは驚いたように目を丸くし、意味を理解したのか、困った子供を見るように眉尻を下げ微笑んでいた。シャワーから上がったばかりだからか、その頬は高潮しているようだった。
「急にどうしたの?」
イレアが困ったように微笑み、照れ隠しのように言葉を紡ぐ。
「ちゃんと伝えてないなって。一緒にいてくれて、支えてくれて、心配してくれてるのに言い訳したり、謝ったりはしてたけど、ありがとうって言ってないなって。」
「本当よ、言い訳ばかりして…。」
ジト目で見つめてくるその顔は少しからかいをはらんで、その頬の赤みを隠していた。
「えへへ、ごめんね。」
微笑み、イレアからゆっくり離れる。自分からしたんだけど、この空気がなんだか恥ずかしくて、私も照れ隠しに頬をかきながら空気を変えようと言葉を放つ。
「ご飯、ちゃんと炊けてたから、よそっちゃうね!」
「ええ、お願い。」
奈月が作ってくれたカレーをよそいながら、その食欲をそそり過ぎる香りを堪能する。
「やばい、昨日も美味かったけど、今日もめっちゃ美味そう。」
「ええ、彼女は料理の才能にも溢れてるのね。」
二人して真剣に感想を述べる。二人分をよそいおわり、席に着く。先ほど席についた時のような重たい空気はなく、なごやかな空気だった。それがなんだか嬉しくて笑みが溢れる。
「「いただきます」」
二人で食べ始める。一口頬張るとパッと二人で顔を見合わせた。
「うんまぁーーー」
「ええ、美味しいわね。」
イレアが上品に口に手を当てて感想を言う一方で、私は抑えることなく全力で気持ちを吐き出していた。美味しい料理を大切な人と楽しく食べれる。その事実があまりにも幸せで胸がいっぱいになる。日常の中で忘れてしまわないように、この気持ちを何かに詰めておければ良いのに。そう思った。
「そう言えば、生徒会の時、スイ、フィルマンをじっと見つめてたでしょ?」
イレアが思い出したかのように話し始める。
「ん?フィルマンを?…あぁ!あの時!私がイレアに絶賛問い詰められてマイになんで言うのぉ?ってなってた時ね!」
「ええ、あなたの嘘が露呈されて、マイを責めてた時。」
「うん?言い方?言い方が悪意あるよ?」
「事実よ?」
イレアはサラっと何事もないように、スプーンにご飯とカレーをすくい小さなカレーライスを作り口に運ぶ。これ根に持つな…。まぁ、私がいけないから我慢しましょう。
「…。あ、でファルマンがどうしたの?」
私も同じようにカレーを口に運ぶ。そのさらに食欲を刺激する味に舌鼓を打つ。本当奈月って料理上手なんだなぁ。奈月は『カレーなんて誰が作っても一緒よ?』とか言ってたけど、そんなことはないと思う。そんなのことを考えながらイレアの言葉を待つ。
「好きなの?」
「ゴホッ!!!」
突然の疑問に柔らかな米が喉に突き刺さり、くっつく。
「ゴホッ!!ゴホッゴホッ!!」
張り付いた米がなかなか取れずにもがいた。何を言ってるのこの人は?ていうか、マイもそうだけど、結構みなさんそういう話題好きよね?
「…大丈夫?」
ちょっと引き気味にイレアが聞いてくる。いや、誰のせいでこうなってると思ってるの??恨みを込めて目線をイレアに向ける。
「…大丈夫。」
「そう?よかったわ。」
悪びれもせずにイレアが言葉を続ける。
「こちらが怒ってるのに、スイがフィルマンをじっと見つめていたから。てっきり好きなのかと思って。」
「はぁ!?あれはただ、フィルマンって空気読めるし、なんやかんや気遣いができるからモテそうだなぁって感心してたの!」
「モテそうだなぁって、心配になったの?」
「なってないよ!ただそう思って見てただけだよ!」
「心配になってないのね。」
「ないって!」
なんでそんなことで好きだと思われるの!みんな多感すぎるよ!!イレアは否定の言葉に満足気にそうと呟きカレーライスを口に運ぶ。
「…なんなのさ。」
「いえ、ただ、まだ好きになるにはフィルマンの事を知らなすぎるんじゃないと思っただけよ?たった1週間しか経ってないのにその人のことを好きになるなんてその人に妄想しているだけじゃないかしらと心配になって。」
「妄想?」
「きっとこの人はこういう人なんだとか、これやってくれたから優しい人なんだとか、都合よく妄想して勝手にその人を作り上げて現実と乖離したその人を好きになってないかしらって。」
「…ずいぶんな言い方をするね?でも、フィルマンはいい人だと思うよ?」
「悪い子じゃないのは同意見だけれど、まだ、早いわ。」
子供に大人が何かを止めるようにイレアが言う。なんだかそれが不服で不満げにイレアを見つめる。それを気に留めずカレーを口に運ぶ。
「…過保護だ。」
その言葉にイレアがちらっとこちらを見て、すぐに手元に目線を戻す。
「それは過保護にもなるわよ。ただでさえ、人を見る目がなくて、誰でも良い人とか言っちゃう子よ?しかも挙げ句の果てに何かあれば隠そうとして過保護にならない方がおかしいわ。」
つらつらと紡がれる言葉にぐうの音も出ずに、目で抗議するしかなかった。カレーが本当に美味しいらしく珍しくおかわりをイレアがよそいに行った。
私も、とイレアの横に立って一緒によそってもらった。また席につき食べ始める。
イレアがまた口を開き、言葉を紡ぐ。
「マイは?」
「ん?」
スプーンを咥えたまま、その質問の意図を聞き返す。様子を観察するようにまっすぐイレアがこちらを見ていた。
「好きなの?」
またそれか。もう、咳き込むこともなくちゃんとカレーとお米が喉を通過していく。
「さっきから、なんなの?そんなに私好意を振り撒いてる?」
「ええ。」
凄い、ちゃんとした肯定。紛うことなき肯定。あ、私そんな感じですか?
「で?どうなの?好きなの?」
こうもちゃんと聞かれるとなんだか恥ずかしい。なんか、茶化してくれた方がいいんだけど。おーいー好きなのかよぉとか。…ないか。それをやっているイレアが想像つかず却下した。
マイのことは好きだけど…。思い出されたのは、マイの様々な姿だった。数日前の生徒会長室で嬉しそうに微笑む姿、ハンカチを渡して嬉しそうにしている姿、パンをかじり勝ち誇ったように微笑む姿、そして困った時に手を引いてくれる後ろ姿だった。どの姿も胸の奥がキュッと狭くなり、熱を感じる。いやいや、あれはマイが美少女だから、みんなそうなるから。てかもう、そうなってくると好きってなに?
あまりにも熟考している私にイレアが畳み掛ける。
「好きなのね。」
「!?なんでそうなるの!」
「違うの?」
「違うよ!!」
「そうなの?マイって歳の割に落ち着いてるし、顔もスタイルも良いから好きになってもおかしくないと思うわよ?」
そうそう、マイって顔だけじゃなくて胸も大きいんだよねぇ。着替えている時のマイを思い出して、そうそうと頷き、良心が止める。ダメよ。しみじみ思い出しちゃだめ。確かに突然色っぽい感じになったりするけど、そう、今日パン食べた時みたいな…。ダメよ!!やめなさい!!私!!最低!!
一人で必死に思考と喧嘩をして、疲れてしまう。イレアを見ると観察するようにこちらを見ていた。なんだかそれが恥ずかしくて睨みつける。
「なに?」
「いや、一人でしみじみしたり、首振ったり、顔赤くしたり、首を激しく振ったり何してるのかしらと思って。」
「本当、異常者の行動じゃん。」
「ええ、まさに。」
あまりにも100%の肯定に何も言い返せず、主題について答える。
「好きとか好きじゃないとかよくわからないけど、マイって許嫁がいるんでしょ?どっちにしろだよ。」
「否定しないのね。」
「否定はさっきしたでしょ?イレアが納得してなかったみたいだから。」
話が少し落ち着き、カレーを頬張る。なんか、疲れた。
「いや、それに、マイって女の子だし。」
「そうね。でも彼女、女の子からも人気あるみたいよ?」
あー確かにそんなこと言ってたなぁ。さすが、美少女完璧しごでき大将。
「まぁ、マイだったら納得だね。」
「あなただって、そうじゃない?」
「え?そうじゃないよ?」
イレアがこちらをじっと見つめて、そうだったと呆れるように呟いた。
「それはもう良いわ。あなただったら女の子でも問題ないじゃない。」
「問題?」
「ええ、問題。」
問題?なんの問題?不思議そうに考えているとイレアが口を開く。
「子作…」
「ストーップ!!ちょっと!!何言おうとしたの!?」
「いやだから、子作…」
「ごめん!!言わなくて良いから!!やめて!!何言ってんのこの人!!ご飯中だよ!?」
思わず立ち上がり必死に言葉を遮る。この人は本当に急に倫理というものが…ていうか、私たちの年齢でそんなことまだ考えないでしょ!!
「もう、この話終わり!!これ以上聞いたら怒るよ!」
顔が熱を放っているのを感じながら、これ以上はやめてくれとイレアに伝える。必死な私と反対にイレアはコロコロと喉を鳴らし楽しそうにしている。
「わかったわ。変なこと聞いて悪かったわ。」
思ってない…。この人絶対思ってないよ…。そう思いながらイレアをジト目で見つめる。
カレーをたらふく食べ終え、私はテレビをみて、イレアはメディカルチェックの報告をして、良い時間になったので寝ることにした。
寝室に向かい、二人で寝ても余裕があるベットに入る。ベットは広くても枕が一つしかないから自然と近くで寝ることになる。今度買い物する時枕買っとこ。そう思っていたら瞼が重くなってきた。近くに安心する香りがするからか、眠気が襲ってくる。
「イレア…おやすみ…。」
「スイ、おやすみなさい。」
ギリギリの意識の中でなんとか挨拶をして、眠りにつく。遠くにイレアの声を聞きながら。
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ベットに入るとスイはすぐ寝てしまった。スースーと規則正しい寝息を立てて寝てる姿は年相応の子供で愛おしかった。そのふわふわなら髪の毛を撫でながら、マイとスイの会話を思い出す。
『じゃあ、その、研究室のくだりも…?』
『…ええ。』
きっと二人の雰囲気から察するに研究室で起こったことをマイは聞いたんだろう。あの最悪な実験の数々。スイはあのことを他の人に知られるのを嫌がっていた。それはそうだろう。自分の尊厳をあまりにも軽く踏み躙られた事、誰かに知ってほしいことではない。
でも、あの時スイは嫌がっても傷ついてもいなかった。マイが知った、その事実を受け入れて不思議そうにしていた。彼女もその感覚が不思議だったんだろう。それだけスイは知らない間にマイを信頼していた。きっとそれだけのことがまだこの子にはわからない。それがまだスイが子供という証拠のようで嬉しかった。そんな汚い歓喜を自分の中で軽蔑しながら、スイの柔らかな頬に触れる。
「スイ、あなたはあなたがまだよくわかってないのね。フィルマンの時より、マイの時の方がすごく真剣に悩んでるようにみえたわよ?」
聞いていないであろうこの子を起こさないように小声で伝える。
「それに、今日あなたを生徒会長室に連れて行くマイは、やきもち妬いてるようだったわ。」
思い出されるのは言葉を遮られ、マイに手を引かれるスイの姿。スイの反応が可愛くって嬉しくって少し意地悪をしすぎてしまった。それにマイが少し腹を立てていた。マイの反応に少し驚いたけれど、マイに引っ張られていくスイが、私の手から離れていくようで胸が締め付けられた。子供が自分の手を離れる時、きっとこんな感じなんだろう。嬉しいようなでもやっぱりすごく寂しい。せめてあなたの感覚を離さないように撫でていた手を握ってしまった。
変わらずスースー寝息を立てているこの子がまだそばに居る。それが嬉しい。でも、あなたがあなたの世界を広げているそれもちゃんと嬉しいのよ?ただ少し寂しさがいるだけ。
この瞬間はずっと続かない。だから儚く愛おしい。願うことなら、ずっとあなたが幸せにいてくれる、そこに私も居たい。それだけよ。
「う…。」
少し声をもらし、寝返りをうちこちらに体を寄せる。甘えるようなその姿はまだほんの15歳の子供で、あの実験なんてなかったかのようだった。ふわふわの髪が乱れその綺麗な顔を隠していた。特に意味が無いとわかっていながらも髪を整え、起こさないようにそっと抱きしめる。
「スイ、おやすみ。」
返事はなく、規則正しい寝息だけが返ってくる。その愛しさに胸が絆される。これからもこの子の側で、この子の成長を見守って行きたい。そう思いながら心地いい眠気に意識を手放した。




