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チートだったら神さまになれるって本当ですか?  作者: 上野史華
チートだったら生徒会長になれるって本当ですか?
17/33

恵まれた世界

エルネストを抱えて、氷の橋から地上へ着地する。ミーア駅はパニックに陥っていた。地下からは多くの人が我先に逃げていき、子供は泣き叫んでいた。怪我をしている人もあちらこちらにいて、まさにパニック状態だった。

逃げてきたであろう男性が息を切らして地面に座っていた。その目には動揺が広がっており目の奥が揺れているようだった。

「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ…。急に…。」

「急に?」

「急に、魔物が現れて、必死に逃げてきたんだ…」

「そうなんですね…。中にまだ人は?」

「逃げれてない人も怪我している人もたくさんいた…なんでこんなこと…執行部隊はなにしてんだ…!!」

日常が壊されて、怒りを向けることしか精神を保っていられないのだろう。怯えた表情から怒りに変わっていった。


エルネストと目を合わせ、地下鉄のホームを見つめる。

「私は中に入るね。」

「何言ってんの、私も行くわよ。」

その返答ははいつものやる気ない言葉ではなく、重く真剣な返答だった。

「怪我してる人もいるって言ってたでしょ。まだ、あんたより私の方が治療はできるわよ。」

「そうだね。じゃあ一緒に行こう。必ず私の後ろにいてね。」

「ええ。絶対私を守りなさいよ。」

…ん?

「…こう言う時って私の事は気にしないで!とかじゃないの?」

「は?私の肌に怪我させたら許さないわよ?」

「…はい。」

そのつもりだからいいんだけど…。いいんだけどなぁ…。なぜか腑に落ちないまま改めて地下鉄の入り口を見つめる。

「じゃあ、行こっか。」

「ええ。」


エルネストを抱え、宙を滑りながら地下に入る。そこには惨状が広がっていた。壁は大きく抉られ、床はタイルが大きく破壊されていた。魔物が人を襲い、逃げ遅れた人があちこちに追い詰められている。能力を使いどうにか抵抗してる人もいれば、恐怖でパニックになっている人もいる。


日常が簡単に壊されていた。


「…っ!」

ここの魔物を殲滅させないと…!

空間の物質を把握。人と魔物、物、空間全てのモノを認識。魔物だけを掬い上げて人のいない空間に投げ入れるように集める。

「エルネスト。降ろすよ。」

「…ええ。」

目線を魔物から外さず、抱えていたエルネストを下ろし、地面を蹴り上げる。魔物の元に行き、地面と天井の物質を使って、他の人との塀を作る。

「…スイ!」

塀が完成する直前、エルネストの心配する声が聞こえた。

「大丈夫。」

もう届かないであろう言葉を発して、複数の魔物と対峙する。

「人に見られない方がやりやすいから。」

魔物は興奮しているのか大きな声でこちらを威嚇する。

「ギャャャ!!」

「オォォォ!!」

「…うっさ。」

勢いよく向かってくる魔物達をそれぞれ認識。右手を左に振り、全ての魔物を左の壁に叩きつける。抵抗して足掻いている魔物を、壁の物質を刃の形に突起させ貫く。

「ギッ!!」

まだ動いている魔物を認識。刃で切り裂くように魔物を動かす。壮絶な断末魔がそれらから聞こえてくる。研究室で聞き慣れた音だった。しばらくすると生命の終わりが訪れ、沈黙がやってくる。断末魔と沈黙により胸の奥がすり減るような感覚を覚えながら塀を崩す。


「アマミさん!」

どうやらマイたちが到着したらしい。

「あ、マイ。」

「血が…!」

私の体で切れてるところはない。全部返り血だった。真紅の液体がアイボリーの制服を鮮烈に染め上げていた。頬についたそれを袖で拭いながら大丈夫だと伝える。

「これは魔物のだから、大丈夫。それより怪我人は?」

「今、エルネストが治療してくれてるわ。」

エルネストを見ると、一人一人治療を始めていた。傍にはマチルダが怪我人に優しい言葉をかけてあげている。周りを見渡し、電話の相手がいないことに気がつく。

「アルバードさんはいないね…。」

「ええ…。」

マイが心配そうに目を細める。探そうと伝えようとした時、唸り声によって遮られた。

「グゥゥゥウ!!」

「ギャァァァァ!!!」

奥の方から魔物の大群がかけてくる。40〜50体はいるだろうか。アビリティチェックの時とは違い、高台から見下ろさず、同じ目線で見ると迫力がある。その場にいる人々から動揺と恐怖の声が聞こえる。

バッチを通じて咄嗟にメンバーに指示を出す。

「エルネストはそのまま治療を続けて。マチルダはエルネストの警護を。マイ、フィルマン、マリウスいける?」

「ええ。」

「大丈夫だ。」

「おうよ!」

思い思いの返事を聞き、心強くなる。

「よし。じゃあ、私とマリウスで斬り込む。マイ、フィルマンは援護をお願い。」

「「「了解」」」

その返事と同時に私とマリウスは地面を蹴り上げ、魔物の大群へ突っ込む。私は氷の刃を生成、向かってくる魔物たちを切り捨てる。マリウスはフィルマンによって作られたツバのない日本刀のような鉄の刃を振りかざし切り裂いていく。

マリウスは熟練された剣術を生かしバッタバッタと倒して行き、私は刃と手足を使って切っては蹴り上げ、切っては殴り飛ばす。

モーションの合間に襲ってくる魔物は風が私の横を吹き抜け見えない刃で切り裂かれる。マイが私の動きに合わせて援護してくれるのがわかる。

ちらっとマリウスの様子を見ると、ただ真っ直ぐを見つめて向かってくる魔物を切り裂いていく。横から上からくる魔物はさまざまな鉄の武器が雨のように降り注ぎマリウスに近づけさせない。フィルマンがマリウスの動きを把握しているのだろう、槍がマリウスのスレスレに降り注ぐ。マリウスもフィルマンのことを信頼しているのかスレスレに横切る鉄の槍も気にすることなく動き続けている。


最後の一体をマリウスが切り捨て、私たち4人の他に動くものは無くなっていた。


「…すごい。」

後方から声が漏れる。振り返るとエルネストに治療されていた人達がこちらを見つめ驚いているようだった。

返事をする代わりに笑顔を返しておく。


「それにしてもすごい数だなぁ。」

フィルマンが疲れたように呟く。

「恐らく、まだいるはずよ。」

バッチを通じてイレアの声が届く。

「イレア。」

「みんな怪我はない?」

「今の所みんな無事だよ。エルネストが怪我してた人たちを治療してくれてる。」

「良かったわ。エルネスト、無理しないように。」

「わかってるわ。」

そう返事をするエルネストの額にはうっすら汗が滲み出ていた。マチルダがエルネストを真剣な眼差し見つめ、様子を伺っている。無理しそうならマチルダが止めてくれるだろう。

「さっき、イヴァン連隊長に事情を説明して、イヴァン隊と一緒に向かってくれることになったわ。」

「おっさんが来るのね。」

あのやる気のないおっさんでも実力は確かだ。それに執行部隊が来るなら治療や、事態の収集もそちらに任せればいいだろう。

「ええ。今、魔物は何体ぐらい倒したの?」

イレアがバッチを通じて状況を把握しようと聞いてくる。

「大体50体ぐらいかな?」

「そう。イヴァン隊長を通じて聞いた未使用なはずだった捕獲用の縮小ボールは150個程なくなってたそうよ。」

「はぁ!?そんなに!?」

フィルマンが驚きの声を上げる。確かに、そんなに無くなるなんて普通気が付かないものなのだろうか…。

「ええ。管理はジル中佐が任されていて、未使用なものは2,000を超えるらしいわ。その中の150はわざわざ調べないと気づかないでしょうし、捕獲済みのものは目視でも確認していたそうだけど、未使用なものはデータ管理。それがジル中佐にやって改竄されてた形跡があったそうよ。」

「…ってことはあと100体はいる感じ…?」

フィルマンが恐る恐るイレアに問いかける。

「東の森の時と、オルネラス襲撃と考えると70体ほどじゃないかしら?」

それでも結構いるなぁ。フィルマンがうっと嫌な顔をしていた。マイの顔がさらに歪む。きっとアルバードさんを心配しているのだろう。

「イレア、アルバードさんが見つからないんだ。」

「…。少し待って。衛生情報を遡って、空からミーア駅の1番振動が大きかった場所を特定するわ。」

バッチを通してイレアが忙しなくビジョンを叩いている音が聞こえる。

「おそらく、ホームね。今いる改札から奥に進んでホームで最初の振動が検知されたわ。」

「わかった。じゃあ、私とマイはそっちにいくよ。いい?」

「…ええ。きっとそこにジル中佐もいるはずよ。」

「うん。ついでに捕まえてくるよ。」

「ついでって、あなたね…。」

呆れるイレアの声に、ごめんごめんと謝り、マイを見る。

こちらをまっすぐ見るラベンダーの瞳はいつもとは違い熱い温度をはらんでいた。

「じゃあ、フィルマンとマリウスはここでみんなの警護と魔物退治をお願い。マチルダはエルネストの側に。無理しそうだったら止めてね。」

「ええ。任せてください。」

マチルダが芯の通った返事をする。それに満足し、エルネストを見る。

「エルネスト、マチルダの言うことちゃんと聞くんだよ?」

「わかってるわよ。」

ノールックであしらわれる。心配してんだけどなぁ。今は怪我した人に集中したいんだろう、エルネストはマチルダに任せて私たちはアルバードさんを探しにこう。

「マイ、行こう。」

「ええ。」


奥に進むにつれて施設の破壊が酷くなっている。現場の悲惨さが垣間見える。どこに捕獲用のボールが仕掛けられてるかわからないため空間を認識しながら歩いていく。

「マイ、すぐ後ろに着いてきてね。」

「わかったわ。」

歩みを進めると床にそのボールが転がってることに気がつく。

「床に10個。それと…」

奥から地響きがする。奥まで認識を広げる。

「大群がおそらく…30!」

マイが風を纏うのを肌で感じる。応戦体制に入ったようだ。

「できるだけ数を減らそう。フィルマンたちの負担が減るように。」

「ええ。」

先に出てきたのは床に散らばっていた捕獲ボールからだった。来るとわかっていればどうってことない。

氷の雨で出てきたところを突き刺し、動き出す前に片付ける。その間にマイが複数の風の刃で向かってくる大群の数を減らす。その風を追いかけるように、駆け出す。マイの風が開けた大群の間を入りその中心に立つ。地中や空気中の水を集め、一気に周りへ放つ。水の弾丸で撃ち抜かれ、魔物が倒れる。数体ほど、出口の方に逃げるように向かい、マイが何体か倒すのを見る。

「怪我はないー?」

少し離れているマイに確認する。

「ええ、4体ほど逃してしまったけれど。」

「まぁ、そのぐらいだったら二人がどうにかしてくれるよ。」

マイがこちらに歩みを進めてる間にまた、空間の認識を広がる。この辺にはボール配置されてないかな…。

さっきまで床に転がってるだけだったボールが一つ壁にめり込まれてるのに気がつく。その横をマイが通り過ぎようとした時ボールが弾け、壁から魔物が生えてきたかのようにマイへ襲いかかる。

マイが目を見開きそちらを見つめる。マイの綺麗な黒髪がサラサラと踊るのがゆっくりと感じられた。

自分でも理解してない間にマイのそばまで体が動いていた。マイを魔物から引き離すように左手で抱えるように遠ざけ、右手を魔物に差し出す。

肉を食い切るための犬歯が私の腕にめり込み、皮膚を切り裂き骨を砕く。


「ーっ!!」

痛みに顔が歪むのを感じる。床を使い、槍を下から作り上げて魔物を突き上げる。

「ギャッ!!」

短い断末魔を上げ、目から光が消える。魔物は槍によって貫かれ宙に浮いたまま私の腕を離すことはなく力尽きた。

やっば…いったい…。これ、しっかり骨までいってるよ…。痛みで声が出そうなのを必死に抑え、呼吸が荒くなる。汗が滲むのを感じる。

マイを掴んでいた左手を離し、魔物の上口を上に押し口を開かせる。グチョという音とともにゆっくりと皮膚から歯が抜けるのを感じる。痛みがさらに鮮烈になる。唇を噛み、その痛みを背ける。右腕を挙げて、下の歯から腕を抜く。

「っっー!」

刺さっていたものが抜けたことによって血が溢れてくる。痛みの認識が増えて、さらに痛みを鮮烈に感じる。


耐えられず、右腕を抱えてしゃがみ込む。

マイが慌ててこちらを覗き込む。

「アマミさん…!!」

普段は温度のないマイの声に表情がつき、心配そうな声が聞こえる。あぁ、そんな声をさせたくないのに…。とりあえずこれ治そう…。痛すぎて声も出ない…。

腕に認識を集める。骨の砕かれ方、皮膚の欠損の仕方。それらを細胞や骨の再生機能を使って無理やり短時間で治す。皮膚はを治すのはそんなに痛くないんだけど、骨は毎回痛いんだなぁ。

骨が治ったのを感じ、皮膚の再生に移る。

ちらっとマイを見るとラベンダーの瞳が罪悪感と心配で揺れているようだった。いつも涼しげなその瞳が、動揺しているのを見ると申し訳ない気持ちになる。


「マイ、大丈夫。もう少しで治るから。」

まだ痛みを感じ、笑顔が情けなく歪むのがわかる。

「ごめんなさい…!」

眉尻が下がり、マイらしくない表情をする。この顔…。よくイレアが研究室で作っていた表情だ。罪悪感に押しつぶされそうな顔。

「ううん。今度は怪我させなくてよかったよ。自分治す方が楽だし。」

ヘラっと笑ってみせる。それでもその表情は拭えない。本当に強い人だったらこの人たちにこんな表情させないのにな。自分の弱さが情けなくなる。

皮膚が治り、痛みがなくなる。

「ほら!もう治った!」

いつも通りの皮膚を見せ、大丈夫だと伝える。それでもマイはその顔をやめない。また、私はこの人たちにそんな顔をさせてしまう。

「ごめんね、私がもっとちゃんと認識してれば危ない目に遭わせなかったのに…。」

「っ!そんなことないわ!私こそアマミさんに守ってもらってばかりで…。」

「ううん。さっきから助けてもらってるし、一緒に戦ってくれるだけで心強いよ。傷も治ったし、そんな顔しないで。」

ね?と微笑むと、マイが目を見開き、そうねとつぶやく。目を閉じて、ゆっくりその長いまつ毛を持ち上げる。真っ直ぐこちらを見るその瞳はいつもの冷静な眼差しだった。

「ごめんなさい。もう、大丈夫。」

いつも通りの表情に戻ったのを確認して微笑み、頷く。

「良かった。じゃあ、進もう。アルバードさんが待ってるよ。」

「ええ。」


階段をさらに降りてホームに向かう。階段では視界が天井で遮られ、先まで認識を広げる。この先にジルがいるかもしれない…。

ホームの床に人が倒れているのを認識する。もしかして…。階段を降り切る前に目視でアルバードさんが倒れてるのを確認する。うつ伏せで倒れている背中は鮮烈な赤で染められていた。

「アル!」

マイがアルバードさんに駆け寄る。ぐったりと力なくうつ伏せで倒れているのをマイが抱え上げる。

アルバードさんの肩に触れ体の損傷を確認する。無数の傷に打撲。そして何より背中の傷が深い。

「マイ、私がアルバードさんを治療するから、周りの護衛をお願いできる?」

「ええ、お願い…!」

「うん。じゃあ変わるね。」

マイからアルバードさんを預かり、目を閉じて、彼の体に集中する。一昨日、マイにやったように。さっき自分の体を治したように。

脈を感じる。細胞を感じる。彼の生命を感じる。

その感覚を自分の体に落とす。

まずは、背中の出血から…。治療を始めると、脳がフル回転してるのがわかる。自然と汗が出てくる。集中。集中。集中。

突然風が頬を撫でる。

目を開けると魔物に囲まれていた。

マイが風を吹き荒らし、投げ飛ばし切り裂いていた。

「マイ!」

「こちらは問題ないわ!」

「おーけー!もし何かあれば呼んで!」

「わかったわ!」

再びアルバードさんの体に意識を落とす。


治療が進み背中の傷が塞がろうとしていた時、マイから私に向かって音が発せられた。

「スイ!!」

バッと顔を上げ、声のした方向を見ると魔物がこちらに向かって走ってきていた。マイが風を送ろうとするがきっと間に合わない。

アルバードの体から認識を空気中の水分に変え、氷柱を作り出し魔物を貫く。集中していた認識を無理矢理引き剥がしたせいか殴られたような頭痛が走る。咄嗟に顔を下げ、痛みに反応した表情を隠す。

「スイ!!」

「ーっ!だぃじょうぶ!あとちょっとだからお願いできる?」

「ええ!」

再びアルバードの治療に移る。



あらかたの傷を塞ぎ治療を終え、顔を上げるとマイの顔がすぐそばにあった。魔物を倒し終わったのか、こちらの様子を見ていたようだった。綺麗なラベンダーの瞳に目を見開いた自分が写っていた。マイがこちらを見つめ、おもむろに私に向かって手を伸ばしてくる。どうしていいかわからず固まっていたら、フワッと柔らかな感覚が頬に感じる。

「凄い汗。」

その手にはハンカチが握られており、汗を拭ってくれていた。それがなんだか恥ずかしくて、申し訳なくて顔が余計に熱くなる。

「いや、汚いから良いよ!」

顔を横に向けてハンカチから離れる。

「…いいから。」

首筋にタオルの柔らかい感触が当たる。対抗する術がなく、なされるがまま、受け入れた。恥ずかしい…。

「あれ…?そういえばさっき、スイって?」

「ええ。アマミさんだと長くて。」

「まぁ、2文字ですしね。」

そんな理由でも名前を呼ばれるのが嬉しかった。頬が緩むのを感じる。

「アルは?」

「うん、あらかた治療は終わったよ。打撲とかは治せてないけど、傷は塞いだから失血の心配はないと思う。」

「そう。良かったわ。」

マイが変わらず淡々と応える。さっきまでの心配をアルバードさんに見せてあげたいところだけど…。ふと、ある人物が姿を見せないのを思い出す。


「…ジルさんがいないね。」

「そうね…。」

アルバードさんには様々な打撲痕と擦り傷を負っていた。ただ、アルバードさんが倒れていた床は比較的綺麗だった。つまりアルバードさんが体を打ち付けられたり、傷をつけられたのは別のどこか。わざわざここに運んできたんだ。それが意味することは…。


「マイ、アルバードさんをみんな所へ連れて行ってくれる?」

「…アマミさんは?」

また戻ってる。戦ってる時しか言ってくれないのね…。苦笑いが出てしまう。

「私はちょっとこの辺ジルさんを探してみるよ。」

「危ないわ。私も一緒に…。」

「ううん。動けないアルバードさんがいる方が危ないよ?」

「そうしたら、アマミさんも一度戻るべきよ。」

「ジルさんが逃げちゃうよ?」

「だけど…」

「大丈夫だから。ね?」

笑顔を作り、お願いする。マイが眉間に皺をよせ、苦しそうに、攻めるようにこちらを見つめる。その瞳に困ったように微笑むと目線を下にそらし、唇を噛みながらこちらを再度見つめる。

「…わかったわ。」

「ごめんね。ありがとう。」

マイがアルバードさんを抱えるようにして、風を取り巻く。風の力でアルバードさんを持ち上げ、ボソっと呟く。

「…すぐ戻るから。」

「うん。」

そう返事をすると、マイが風を操り宙を舞って行く。

「さてと…。」

少し先に止まっている電車の方を向き、まっすぐその車両を見つめる。動き出した直後にこの事件が起きたのだろう、車体は凹み、窓ガラスは砂で汚れている。そこには人の気配がした。きっと彼だろう。

迷いのない足取りでその車両の前に行くと、私を待っていたかのようにドアが開いた。招かれたその車両に一歩踏み出す。

座席に姿勢よくかけていたのはこの一連の犯人。


「ジルさん。」

精神統一をしてるかのように目を閉じていた。それがゆっくりと開かれ強い眼差しが光を得る。

「いい判断です。足手纏いを離脱させる。戦闘の基本です。」

戦闘の基本か…。6年前おっさんも同じようなこと言ってたな。

「…。怪我人を安全なところに返すって言ってくれません?」

「失礼しました。」

この事態を招いた人間とは思えないほど礼儀正しく、眼差しがまっすぐだった。彼を見れば見るほど疑問が深まる。

「なんでこんなこと…。」

「何故ですか…。」

そうですねとポツリと呟きながら腰を上げ、その手に握られていた細い刀を正しく握りしめる。

「この世界はいつだって不公平だとは思いませんか?」

「不公平?」

「はい。先ほど傷つき連れられた彼も、連れて行った彼女も名家の子供。この駅の入り口で治療を行なってるのも大企業の娘。ランクアルファになる子供たちはほとんどが恵まれた子供たちです。恵まれた環境でそれをただ享受している子供達がいる一方で、学校と名ばかりの施設に押し込まれ、授業さえろくに受けれない子供達もいる。同じスタート地点にすら立てない子供達です。」

それを言うジルさんの表情は苦く、傷ついたような顔をしていた。

「生まれた家、国、関係なく同じ教育のもと育てられた子供たちはきっと公平に、平等に成長できるはず。私はずっとそう思って来ました。そしてそれと同時に現在の環境の差に非難の気持ちが浮かんでくるのです。」

この国の教育機関は確かに偏っている。国の貧富によって初等教育の質が変わり、その環境に左右されて自分の進路、キャリアが決まっていく。それでも。

「でも、私も奈月も出身は裕福な国じゃない。マリウスだってフィルマンだって国立の高校だ。それでも、高位ランクになれてる。」

ジルさんのまっすぐな瞳が私を写す。

「ええ。でも、他の方はどうなんでしょうか?」

天を仰ぎ思い出すように語り続ける。

「オルネラス…。あそこはいい学校ですね。施設も教師もいい。通ってる生徒も伸び伸びしている。ただ、その環境に甘んじてる生徒がいる一方で、過酷な環境で必死に努力しなければならない生徒がいる。結果として、同じランクと測定されてもその努力の差は違うでしょう。」

ジルさんの顔がまた、傷ついたように顔が歪む。固く目を閉じ、パッと開いた瞳はあまりにもまっすぐで、他のものを受け付けないようなそんな狂気すら感じた。


「努力は努力の分だけ報われるべきです。」

握っていた細い刀身の柄を強く握りゆっくりとその姿をみせる。その刀を中央に構え、戦闘体制をとる。それに対応するように氷の刃を生成し固く握る。

「恵まれた世界のあなたたちにはわからないでしょう…!恵みを得なかった私たちの悔しさが!私たちは無い設備で多くの努力を強いられ、あなたたちは恵まれた環境でただ自分の能力と向き合えばいい!!多くのお膳立ての上に立ってることも気づかずに!まるで全てあなた達の努力の結果だと言う顔をして!!」

話しながらその細い刀身に何かが纏われるのがわかった。認識できない…。ジルさんのアビリティだろう。

「あなたたちを差し置いてやっとここまで来たと思った…!それが中央生徒会だと?恵まれた世界の奴らがまた!!僕の世界を虐げようとさげすもうとする!!僕はそれを許さない!!」

ジルが床を蹴り距離を詰め、振りかざしていたその細い刀身がこちらに向かってくる。氷の刃で受けるように構える。氷の刃に触れようとした瞬間、氷が何かにあたり、いとも簡単に砕け、刃が折れてしまった。咄嗟に後ろに飛び刃を避ける。

「さすがに避けますか。」

「…その刀、何を纏っているの?」

「それはご自身でお考えください。」

そう言うとまた距離を詰めて斬撃を繰り出してくる。避けながら観察するが目視では確認できそうにない。なら…。繰り出された斬撃に当たるように電車の手すりを変形させる。

鉄の手すりにも関わらず先程の氷の刃と同じように刀身に当たる前に簡単に切られてしまう。鉄よりも硬いのか…!

ジルが何かを腰から取り出すのがわかった。こちらに素早く向けられたのは銃口だった。その引き金が引かれるのを確認し、その直線上から体を逃す。私に当たらず、宙を撃ち抜いた弾丸は床を貫き、機材に当たる前に透明な何かに堰き止められた。貫かれた床は弾丸が当たったにしては不自然に大きい穴が空いていた。

「弾丸すら避けますか。」

「一応、フィジカルアビリティで入学してますから。」

「ええ。知ってますよ。アリストタリア第一位、スイ・アマミさん。」

こちらを冷酷に見つめるその瞳には私への軽蔑がはらんであった。ジルは言葉を続ける。

「この国初のダブルアビリティでこの国きっての才女。入学からすでにランクアルファ。小学校3年生でメンタルアビリティの存在を確認。執行部隊100人体制で確保を試み、オーバースキルにより確保されるが執行部隊をほぼ壊滅状態にさせた。後にこの国トップの研究機関、研究室へ入り6年間あなた専用の研究と訓練が国によって施され、現在は中央生徒会、生徒会長として活動している。」

「うわぉ。なに?私のファンだったりするの?」

ウィキ○ディアかよ。あまりにつらつら言うものだから、少し恐怖を感じる。

「面白い表現ですね。その表現で言うとアンチ、になるのでしょうか?」

ジルが口元の端を持ち上げる。

「そんなにストレートに言われると清々しいね。」

「それはよかった。スイ・アマミ。人類の宝。人類の進歩。成長の希望。神からの贈り物。あなたを表す言葉はどれも希望に満ち溢れていますね。非常羨ましい限りです。」

「それはどうも。」

その言葉とは裏腹に淡々と紡ぐ言葉は全く羨ましそうにしてなかった。

「ええ。あなたはただ生まれただけで、それだけの幸運に恵まれて。そちらの世界の中でも、群を抜いて恵まれた人間。僕はあなたの存在を認めたくない。僕はあなたの存在を否定する。」

その瞳はまっすぐこちらに向けられて、その視線で射抜かれてしまいそうだった。殺意のこもった銃口がこちらに向けられる。

うん。私は知ってる。この人が初めてじゃない。私の才能を疎ましく思う人は多くいる。彼が顕著なだけ。その事実を目の前に置かれ、ただ冷静になる。

「そう。それは残念だよ。でも、あなたに認められなくても私はこの世界を生きたい。この愛すべき世界で。」

大切な人が次々できるこの世界で。美しいものに溢れるこの世界で。まだ見ぬ幸せがあるこの世界で。私は生きたい。

「愛すべき世界…。やはり、私たちの見る世界とあなたたちの見る世界は違うんですね。そんな世界、見てみたいものです。ただ、僕はその世界を生きられない。その事実を受け止めるたびにさらに辛く苦しくなるのです。」

ジルの指先に力が籠るのを感じる。

「やはりあなたを肯定できない。僕が僕自身の事を肯定するためにはあなたを認めることができない。僕は僕の存在をかけてあなたを否定します!」

引き金が引かれて火薬と共に銃弾が飛び出してくる。それを目で確認し、避けていく。弾丸を避けたと思っても、見えない何かが頬をかすめる。避け続けるが、電車内が直線のため避けきれない。ここじゃ武が悪い。ホームに移動しよう。

攻撃の隙を狙って、電車のドアを蹴り飛ばし、ドアを破壊して外に出ようとした。

「!?」

ドアはびくともしないどころか、ドアに触れることすらできず、固い何かが私の蹴りを防いだ。予想外の妨げにより動きが鈍くなる。放たれた銃弾が私の胸へ一直線に駆けてくる。避けられない…!

熱い痛みが体に走る。弾丸が身体を貫き、鮮烈な赤い液体が吹き出る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

アマミさんと別れて、アルを抱えて生徒会メンバーのいる入り口を目指す。早く彼女の元に戻らなければ。そう思うと焦り、無駄に手足に力が入ってしまう。

アルが不自然に床に倒れていた。おそらく状況からどこか別のところで襲撃を受けたのにも関わらず、わざわざ目立つあそこに移動させアマミさんに治させた。…恐らくジル中佐は知っていたのだろう。アマミさんが他人の体を治すのに力を大量に消費するのを。思い出すのは、アルを治したあとの大量に汗をかいたアマミさんの姿。綺麗な銀色の髪が汗で肌に張り付き、透明感あふれる柔らかな肌は熱を帯び、熟されてるようだった。


ジル中佐は本気でアマミさんを倒すつもりだ。私を狙ったように魔物を配置させたのも、アマミさんに私を治させるためだったのだろう。それに関しては、アマミさんが私を庇って右腕を負傷してしまったが…。痛みに顔を歪め、右腕を抱えてしゃがみ込み震えるていた彼女は私を心配させまいと困ったように微笑んでいた。

私は誰かに守られ、支えられることに慣れてないと自負している。大抵のことは一人でできるようにしてきたし、手助けされるよりする方が多かった。だから今日のように一方的に誰かに守られたり、気を遣われるのがどうしていいのか困ってしまう。早く彼女を助けられるように…。この関係が対等になるように風を纏いスピードを上げる。


「…マイ…?」

腕の中から掠れた声が聞こえた。アルが目を覚ましたようだった。

「アル、体はどう?」

「体…。…そうだな、ところどころ痛いところはあるけど、大したことはないと思う。」

「そう、よかったわ。アマミさんが治してくれたのよ。」

「アマミさんが…?」

「ええ、汗だくになりながら必死にアルを助けようとしてたわ。」

「そうなんだね。アマミさんにお礼を言わなきゃな。彼女は?」

その質問につい腕の力が籠ってしまう。

「…今は奥で、多分犯人と戦ってるわ。」

アルをお願いされた時、きっと彼女もわかっていたのだろう。アルが傷つけられた意味とそこに移動させられた意味が。わかった上で1人でジル中佐を探すと提案をしてきた。それが、どれだけ危険なことか理解してそれでも、私にアルを託して1人で戦う事に決めた。私は、それが悔しくてその判断を責めたくなるぐらい心配だった。彼女は私が心配すると困ったように微笑む。それを見ると心配しているだけではいけないと思わされる。きっと彼女の判断は間違っていない。私にできるのはアルを安全なところに届けて、一刻も早く彼女の元に戻ること。


「マイがそんな顔をするなんて珍しいね。」

アルがポツリと呟く。

「そんな顔?」

「険しくて、何か強く想う顔。最近のマイはいつだって冷静で、涼しげだからさ。」

強く想う…。そうね、日々をただ捌くようにこなしていた中学時代を思い出す。高校になってからアマミさんと言う壁ができたと思ったらその人に振り回されて、沢山の感情が思い出されるように動き出していた。流石に幼馴染は良くわかるものだ。

「そうね。自分でもらしくなくて驚いてるわ。」

その言葉と同時に頬が柔らかく持ち上げられるのがわかる。アルがこちらを黙って見つめてくる。

「なによ?」

「いや…なんでも?」

「そう。」

そんなやりとりをしていると前から団体が進んでくるのが目に入った。近づき、やっとイヴァン連隊長だと分かった。いつものゆるい雰囲気が一切なくそこにいるのは執行部隊連隊長のイヴァン・ウルキオラだった。イヴァン連隊長がこちらを確認し、左手を挙げ、部隊を停止させる。

「副会長さん。怪我はないかい?」

言葉を発すると彼の緩い雰囲気が取り戻される。きっと私に気を遣って、あえてそうしているのだろう。

「ええ。私は大丈夫です。ただ、この彼が。」

地面に降り、アルをおろす。アルがよたつきながら立ち、支えようと手を差し伸べようとしたら、部隊の隊員がすぐさま駆け寄り支える。イヴァンがアルを上から下まで観察する。

「服の破け具合の割に、傷は少ないな。」

「アマミさんが治したんです。」

「才女、そんなこともできるようになったったの?」

大袈裟に驚きを表現していたが、すぐに真剣な顔でこちらに聞いてくる。

「…才女は?」

「…ジルさんを探して一人で奥に残ってます。」

「で副会長さんには彼を連れて外に行くように言ったってとこか。カァァ!カッコつけすぎだよ才女ぉ。」

その言葉につい頷きそうになってしまう。アルはこの人たちに任せて私は早く彼女の元に戻らなければ。

「では、アルのことをお願いします。」

返事を待たずに踵を返して風を纏う。

「副会長さん!ここからはおっさん達が任されたから、彼と一緒に出口に!」

イヴァン連隊長が私のまとった風達に吹かれながら声を張る。

「いえ。彼女のサポートは私の役目なので。」

「マイ!危険だから執行部隊にお願いした方がいい!」

アルが支えられながらもなんとか声を張り上げてる。その顔はどこか切実で、なぜか縋るような目線をしていた。

確かにそうなのだろう。訓練と経験のある執行部隊に任せてもいいのだろう。でも、私は。

「アル、イヴァン連隊長。すみません。アマミさんにすぐ戻ると伝えてしまっているので。」

彼女の元に戻りたい。その想いが風を強くさせ、私を奥まで連れて行こうと背中を押してくれた。

「マイ!」

アルの声が遠くになっていくのを感じながら宙を駆ける。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

迫り来る弾丸を避けようと、ドアを思いっきり蹴り体をそらす。ギリギリのところで直線上から胸を逸らし肩にその弾丸を受け止める。

熱い痛みが体に走る。弾丸が身体を貫き、鮮烈な赤い液体が吹き出る。

肩を抑え、痛みに顔を歪ませながらジルさんを見つめる。

「やっと一発当たりましたね。」

「…っ。そうだね。おめでとう。」

皮肉るように精一杯の笑顔を作る。

「ジルさんのアビリティは、鉄のコーティングってところかな…。」

ジルさんはその言葉に目を見開き、大袈裟に褒める。

「さすが第一位。よく分かりましたね。」

「それはどうも…。氷が刀身にあたる前に砕けたのも、床の弾痕が大きくなっていたのも全て鉄をコーティングしたから。おそらくそのコーティングは鉄の手すりが簡単に切られらぐらい、鉄より固くなる。だから、普通だったら蹴り開けれる鉄の扉もびくともしなかった。」

その言葉に満足そうに頷く。

「正解ですよ、スイ・アマミさん。この短時間でよく理解できましたね。」

「だから車両で待ってたのね。」

嬉しそうに目を細め、自慢するように言葉を放つ。

「素晴らしい。そうです。電車の車両であれば鉄の牢屋になるわけです。ガラスも砂鉄を張り付けていますのでどこからも出れませんよ。」

「だからガラスも不自然に汚れてるわけか。」

「ええ。」

会話の間に肩の傷を塞ごうと認識を傷に移す。私を観察するように握った拳銃を顎のところへ持っていき、考えるように言葉を発する。

「なるほど、傷を塞ごうとしているのですね。あなたのメンタルアビリティは本当に便利ですね。」

「わかってるなら、もっと攻撃した方がいいんじゃない?」

「ご心配なく。あなたを倒すのはもう時間の問題ですから。」

やっぱり。この人の狙いは。

「この数日あなたを観察して、過去のデータと照らし合わせ何が1番あなたにダメージを与えられるか考えたのです。こういうのはやはり過去に習うのが1番ベターですので。」

ニヤリと不敵に笑い、過去私が倒れた現象の名前を口にする。

「オーバースキル。あなたを殺すにはこれが1番安全だと判断しました。あなたはあなたの能力で殺される。」

「…。」

その笑顔を、歪んだ笑みを浮かべる彼に悲しみを抱きながら見つめる。私の表情につまらなそうな顔をして冷たい目でを投げかけてくる。

「なんですか、その顔は。」

「…なぜそんなに歪んでしまったの?」

「は?」

「誰かを殺すのをそんなに楽しそうにする。歪んでるとしか私には思えない。」

その言葉にジルさんの表情がみるみる強張り、怒りに色を染めていく。

「歪んでる…?誰のせいでこうなったと思ってるんだ…!お前らがのうのうと生きてる間僕たちは…汚い教室に押し込まれ!教師という奴らから罵倒を浴び!体罰を受けてきた!!もがき、苦しんでやっとこの地位を手に入れたんだ!!仲間たちは脱落して、負け犬になったままだった!彼らもお前らと同じ環境だったらそんなことにならなかった!」

心からの叫びだったのだろう言い終わった彼は息を切らしていた。

「誰のせいでもないよ。」

彼との言葉の温度差を激しく感じながら言葉を発する。

その言葉にジルさんが目を見開き瞳孔が広がる。拳銃をしまい、刀を握り直す。その手には力が強く込められていた。

「あなたに何がわかるって言うんだ…。恵まれた世界で生きているあなたに…。」

声を震わせながら呟き、恨みを孕んだ目線が私に降り注ぐ。

「オーバースキルではダメですね。あなたは僕がこの手で殺す。」

刀を顔の横へ持ち上げ、突きの体制をとる。刀身が先ほどより太くなるのを感じる。

一歩踏み込むために、ジルさんの体重が前に移動するのがわかる。勢いよく踏み込みその刀がまっすぐこちらに向かってくる。


動かずにただ腹部にその刃を受け入れる。焼けるように熱く感じ、危険信号が激しく灯るように痛みが体に訴えかける。

刃が車両の先頭にあたり足を止める。

「ー、カハッ」

体が痛みを理解するように息と一緒に口から血が溢れ出てくる。ボトボトと粘着質なその赤い液体が刀を通じ地面に落ちていく。

「あははは!!諦めてたのか!!僕に早く殺して欲しかったんだろう?」

ジルさんから醜い笑い声が聞こえる。彼の刃をそっと包むように両手で触れる。

「…違うよ…?聞いて、欲しかったんだ…。」

痛みで力なく微笑むことしかできなかったけど、彼に精一杯の愛を、私なりの優しさを向ける。

ジルさんが私の言葉に眉間に皺を寄せる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


急いで先ほどのホームへ戻る。そこに彼女の姿はなかった。

アマミさんはどこに…。そう思っていると少し先に止まっている電車から笑い声が聞こえた。この状況にはあってない愉快そうな笑い声。背筋がその声によって撫でられるような、不快で恐ろしい感覚。急いでその声の元に向かう。


「っ!!!」


目に映ったのは楽しそうに笑うジル中佐と、その手に握られた刀よって腹部を貫かれ吐血しているアマミさんだった。

心臓がバクンと膨れ上がったように危険を告げる。


「アマミさん!!」


肺から咄嗟に彼女の名前が吐き出された。大声で名前を呼んでも気が付かない。電車に入ろうと風を集めた時、アマミさんが微笑んだのがわかった。その微笑みに動きが止まる。

「ジルさん…あなたは私が羨ましいって、私もだよ…?」

痛みに耐えながら、吐き出すようにアマミさんが言葉を紡ぐ。

「私からしたら、あなたが、羨ましいな…。」

その言葉はジル中佐の逆鱗に触れ、先ほどまで愉快に笑っていた彼の表情が憎悪に染まっていく。

「何を…!それだけの才能!!それだけの特別扱い!!馬鹿にするものいい加減に…!」

険しい表情でジル中佐がアマミさんを睨みつける。

「してない。」

アマミさんが優しく否定する。その言葉にジル中佐が自分の言葉を飲み込む。その様子を優しく微笑みながら見つめ、語りかける。

「本当に羨ましいと思ってるんだよ。ジルさん、あなたは自由でしょ?私は、それが、1番欲しいんだ。何をするのも、誰の許可も、いらない。そんな自由が羨ましい…。」

穏やかで、温かいその瞳は寂しげに何かを探すように地を這う。ジル中佐は目を歪ませ苦しそうに言い返す。

「そんなもの…何にもならないだろう…!」

「そんな事ない。その自由は、選択は、思い出になって、経験になって、私になる。私を形作るんだ。」

「…あなただって、今は自由だろう!何を今更!そんなことでこちら側に来たような事を言うな…!」

戸惑うようにジル中佐が言葉を発する。

「どうだろう?確かに今は外に出て、自由かもね。でもいつ、これが、また取り上げられるかわからないんだなぁ。」

諭すように、困ったように語りかけるその顔はあまりにも悲しみを帯びていた。


「だとしても!!私たちの悲しみは!苦しみは!あなたには理解されない!!自由じゃないからなんなんだ!!だったら変わってくれよ!!その才能に溢れた体を僕によこせよ!!」

そう言うジル中佐の表情も悲痛に溢れ、駄々をこねる少年のようだった。

「この体かぁ。できればあげたいなぁ。」

アマミさんが困ったように、慈しむようにジル中佐を見つめる。息を浅く吸い、吐き出すように言葉を落とす。

「こんな才能、私はいらない。」

その言葉に自然と息を呑んだ。誰もが羨む才能の持ち主。それを本人はいらないと言う。これが人類の宝と言われる少女の本音なのか。

「たくさんの人の努力を、踏み躙るほどの才能…。世界に注目されすぎる、才能…。」

贅沢だと、持つものが言うセリフだと、激怒されても仕方ない言葉をジル中佐は息を呑んで何も言わない。きっとそれはアマミさんの語る姿があまりに切実で傷つききっていたから。その瞳の奥は傷つき、悲しみがこびりついて取れなくなっているようだった。

「ねぇ、ジルさん?」

まっすぐ、それでいて傷にまみれ、不安定な瞳はジル中佐を捉えて離さない。

「…この身体あげたら、私の代わりに、研究室に行くことになるよ?研究と称して、身体の隅々まで、調べ尽くされて。人類の進歩が、どこまで進んだのか、実験されるんだ。だから、あんまりお勧めしないなぁ。」

おどけたように、駄々をこねる子供をあやすように微笑みかける。

「…っ!そのぐらい!!その才能の代価だろう?!」

やっとのことで返したら言葉は、先ほどまでの怒りよりも焦りを感じた。恵まれたと、幸せだとそう断定してた人がそうではなかったその焦りが彼から出ていた。

ジル中佐の言葉に思わしげに、彼女の長く綺麗なまつ毛がゆったりと下げられる。思い出すかのように、言葉を紡いでいく。

「…そうかもね。力の限度を調べるために、腕をちぎられるのも、足を潰されるのも、その代価。6年間監禁されて、来る日も来る日も次はどこを調べるか、壊すか、大人たちの楽しそうに話す会話を聞いて。人類の宝を増やすために…生殖活動を強いられるのも。その代価。」

ゆっくり紡がれる、研究室での残酷すぎる日々は想像を超えていた。彼女が時折パニックになる理由があまりにも壮絶で、呼吸を忘れ、唇の薄い皮に歯を突き立て、その衝撃にたえる。

イレアとソメヤさんが時折見せるアマミさんを想う辛そうな表情。その内容が、体を弄ばれ、生殖行為を強要される事。それも6年間。


恵まれすぎる才能の代償がその行為。


人類の進歩という正義のもとで軽んじられたその人権。あまりにも行きすぎてるこの国の“正義”に強烈に戸惑い、怒りが置いていかれる。

この戸惑いは私だけではなかった。まっすぐ言葉を向けられているジル中佐も驚きを隠すことができずに目を見開いていた。彼も想像していなかったのだろう。先ほどの焦りはすでに捉えられ、逃げ場が無くなっていた。


ただ、それを語る彼女だけがその事実を受け止め前を向く。

「でもね、いらなくても、逃げたくても、この才能は私のものなの。誰を恨んでも、羨んでもその事実は変わらないんだ。だからね?この体はあげられない。」

きっと彼女は6年間ずっと考えていたのだろう。なぜ私なのかと。こんな才能欲しくなかったと。何度も何度も考えても現実は変わらなかった。だから彼女は困ったように微笑む。

「私も、みんなが、羨ましい。みんなきっと、隣の芝生は青く見える。でもね、どんなに羨ましくても、青く見えても、その芝生に、無断で手を伸ばしちゃ、いけない。」

ゆっくりとアマミさんがジル中佐に歩み寄る。一歩踏み出すたびにジル中佐の刀が深く刺さっていくにもかかわらず。

「ーっ!ハァッ!ジルさん、あなたは、あなたと同じランクの人より、努力したんだね。それが目に見えないから、許せないんだよね…?」

また一歩踏み出す。その瞳が痛みに細められ、息遣いは荒れる。

「っツーっ…。でも、あなたの努力は、あなたを形創ったんだよ。だから、おっさんに、信頼されてたんだと思うよ…?」

力なく微笑み、歩みを止めない。顔が歪むのを下を向いて隠す。その姿が儚く、弱々しく、でもどこか力強い。

「…っ!…あなたの努力は、ちゃんと報われてたんだ。」

その言葉にジル中佐が眉頭を下げ、息を呑む。瞳が揺らぎ動揺していた。

「ん゛っ!っつぅ…。だから、誰かを恨むんじゃなくて、環境を嘆くんじゃなくて、今の自分を認めてあげれば良いんだよ。頑張ったのは自分が1番見てたでしょ…?」

着実にジル中佐との距離が詰まり、歩みを進めた痕跡がその刀身にベットリと赤く着いている。

ジル中佐が縋るようにアマミさんを見つめる。その握られていた刀は力無く、添えられているだけだった。先ほどまでアマミさんに真っ直ぐ向けられた目線はなくなり、彼女に助けを求めるような、そんな弱々しい瞳になっていた。

「…もう、台無しです。僕は、連隊長の信頼を、裏切ってしまった…!僕自身の努力を僕が壊してしまった…!!」

最後の一歩。腹部が鍔の近くまで行き、アマミさんとジル中佐の距離は手を伸ばせばすぐ触れる近さになっていた。

「…大丈夫。」

変わらず微笑むアマミさんは慈しむような目を、彼に向けた。その腹部の痛みを与えている張本人に優しく語りかける。

「また、ここから、あなたを形創ればいいんだよ…。今日の事も、過去の事も、これからの事も、全て、あなたの一部になる。あなたがあなたを諦めなければ、あなたの努力は失われない…。」

アマミさんがゆっくり手を伸ばし、ジル中佐の頬を優しく触れる。その慈しむ瞳は、エメラルドグリーンが透き通るように輝き、愛すら感じさせた。

「ジルさん…よく頑張ったねぇ…。私はあなたの味方でいるよ。」


あぁ、こんなにも美しい光景があるのかと思った。その美しさに、尊さに、目を奪われる。その姿があまりにも儚く、胸が高まるのを感じた。胸を思いっきり抱きしめられたように苦しく、熱くなった。


血まみれで服も赤く染まり、埃がつき、汚れていた。それでも、その表情と振る舞いがあまりにも浮世離れしていて、天使が人間を救うようなそんな尊い瞬間にを見てしまったようだった。

その言葉にジル中佐の顔が情けなく歪み、瞳から雫が溢れた。

「だから、今はおとなしく捕まってくれないかな?」

その問いかけに、ジル中佐がゆっくりと頷く。

「…はい。…これが新たな僕を形造るものだと信じて。」

その瞳はいつものようにまっすぐ見つめていたが、どこか清々しさを感じさせた。

「ありがとう。おっさんたちに乱暴されないように、今は少し眠っていて?」

「はい。」

そう言うジル中佐は柔らかく微笑み、今まで見た強張った表情は微塵も感じられなかった。

「…スイ・アマミさん。必ず会いに行きます。あなたに信頼してもらえるような人間になって。」

「うん。待ってる。」

そう微笑みかけて、アマミさんはジル中佐の眼を隠すように頬から手を伸ばし、彼の動きを止めた。


彼がたったまま眠るように目を閉じて、動かないことを確認すると、糸が切れたようにガタンとアマミさんが倒れた。


「アマミさん…!」

慌てて電車のドアを両手でこじ開ける。倒れたアマミさんの元へ駆け寄ると、虚な目をした彼女が弱々しく息をしていた。これだけの出血平気なはずがない。先ほどまであまりにも優しく語りかけていたから忘れてしまっていた。

「ぁ…マイ…。」

私が心配してるのを見て、また困ったように微笑む。

「ごめん…マイ…、これ、抜いてくれる…?」

腹部に刺さった刀を指して、申し訳なさそうに言う。

「…!大丈夫なの…?」

「うん…、抜かないと治せないからさ…。」

「…わかったわ。」

刀の柄に触れる。人の体から、それも知り合いの体から刃物を抜く。その怖さに手が震える。震える手に血まみれの手がそっと触れられる。

「大丈夫…。一緒に。」

「…いいわ。私一人で。」

こんなにボロボロな彼女にこれ以上背負わせたくない。柄を力強く握る。アマミさんと目が合い、お互い頷き、一気に刀を抜く。グチャという音と、重たい刀が人から抜いているのだと実感させる。

「ガッ!アッ!!」

アマミさんが目を見開き痛みに耐えかねる表情をする。

ガランと刀が私の手から落ちる。その手は私の意志とは切り離されたように先ほどより大きく震えていた。動揺で冷たくなった指先を温もりが包み込んだ。アマミさんの手がそっと添えられていた。痛みで声が出ないのか、ただこちらを見つめ苦しそうに微笑んでいた。


何故彼女は他の人ばかり気にかけるのだろう。自分が1番傷ついているのに。1番辛いはずなのに。そんな彼女をもどかしく思い、その手をキュッと握り返した。少し驚いたように目を開き嬉しそうに微笑む。これはきっとさっきまでの、私の為の笑顔じゃない。それが胸を熱くさせ、嬉しかった。

彼女の傷が少しずつ癒えていくのがわかった。もうしばらくこのままでいれば完全に塞がるだろう。そうしたら彼女を生徒会メンバーのいるところへ連れて帰ろう。彼女を大切な日常に返そう。そう考えていたら、何が床を転がるのか見えた。

それは銀の球、捕獲用の縮小ボールだった。堰を切ったように座席の下から無数の銀の球が転がり落ちてきた。視界に入るだけでも50個ほどはあるだろうか。

まずい。その警告音が頭の中で鳴り響いていた。アマミさんをみるとまだ動ける状態ではなく、ジル中佐にいたってはアマミさんによって動きを止められている。この二人を抱えてこの数から逃げるのは現実的ではない。ここで応戦して、イヴァン隊を待つのが1番確率が高いだろう…。

覚悟を決めて、立ちあがろうとアマミさんの手を離した時。添えられていただけのその手が私の手に絡みついて力を込める。その行動の意図がわからずアマミさんに目を向ける。その間にも捕獲用のボールが破裂し魔物たちがリリースされる。

「マイ、ジルさん連れてホームに行って。」

この人は…!

「かっこつけるのもいい加減にして。私が応戦するわ。その間にイヴァン隊がくるはずよ。」

「…応戦ってこの数を?私達庇いながら?」

「ええ。やってみせるわ。」

「危ないよ。」

「アマミさんにだけは心配されたくないわ。」

彼女の手を引き離し、魔物の方へ向く。車両いっぱいに魔物が蠢いていた。その迫力と禍々しさに唾を飲み込む。

怖気付いていられない。自分を奮い立たせるように風を纏う。


「ごめん、マイ。」

後ろからぽつりと紡がれた言葉に反応した時には体が宙に浮いていた。電車の扉が勢いよく開かれ、私とジル中佐は吸い込まれるように外の世界へ飛び出した。この感覚。東の森でも、突然魔物に襲われた時にアマミさんによって引っ張られたのと同じ感覚だった。恐らくアマミさんが私たちの体を物質として移動させたのだろう。地面につき、咄嗟に車両に戻ろうとした時、天井と床が変形し、車両とホームを分断させるように大きな塀が作られた。おそらくこれもアマミさんが作ったのだろう。その塀を思いっきり叩き、彼女の名前を呼ぶ。

「アマミさん!!何やってるの!!これをどけなさい!!」

その言葉に塀は反応することなく、私の言葉だけが響き渡っていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「いやー…、なかなか大勢ですなぁ…。」

自ら作った塀によって薄暗くなった車両で、まだ塞ぎ切ってない傷をできるだけ動かさないように体を起こし、車掌室の壁に寄りかかる。

おそらく全てのボールが弾けたようで、車両は魔物でいっぱいになっていた。蠢いているその数に見合う唸り声と獣臭。数の圧迫とたった1匹の獲物に集中する殺気。一匹がこちらに吠えると続けざまに威嚇が始まる。相まって地響きのように車両を揺らした。

「おぉ、大迫力。」

先頭の一匹が飛びかかるため、一歩引き準備を行う。

「あとちょっと、待ってくんない?あとちょっとで治りそうなんだよ。」

当たり前だが、その言葉を理解するそぶりはなく、その一匹目が地面を蹴り、私に向かって飛びかかる。後続が次々に飛びかかり、黒い波のようだった。凄い、なんだか映画みたいだなぁなんて他人事のように感じた。腹部の痛みが遠のくのを感じ、"あとちょっと"が終わったと理解できた。

「ごめん、余裕ないから酷い倒し方しかできないや。」

目を閉じて黒い波を一体ずつ感じる。48体か。

私のアビリティを使って、1番簡単な相手の倒し方。それは床を使って貫くのでも、氷で切り裂くのでもない。相手を認識して相手を直接弄る。それだけだった。ただ、あまりにも惨く、命の尊厳を欠くやり方。その弄る感覚も鮮烈に残り苦手だった。でもごめん。私はこの世界でまだ生きたいんだ。この罪も背負って生きていくから。


黒い波の先頭が私まであと数十センチのところで、手を伸ばす。命をつかむように、手のひらを柔らかく曲げ、思いっきり握りつぶす。

48体全ての身体がひしゃげるように潰れ、黒い波が赤い波に変わりこの長方形の空間を襲う。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「アマミさん!!」

塀を叩いてもびくともしない。無数の唸り声が聞こえ、中の様子が切迫しているのがわかる。焦燥感に駆られ塀を叩く力が籠る。

「副会長さん?」

階段から降りてきたイヴァン連隊長が私の様子をみて、顔を強張らせてこちらに駆け寄る。ホームに倒れてるジル中佐が眠るように動かない姿をみて、部下に拘束を指示し自分は私の元へくる。

「才女は?」

「アマミさんはこの中…!突然捕獲用のボールがたくさん出てきて車両が魔物に埋め尽くされたと思ったら、アマミさんが私とジル中佐を外に追いやって…!」

「全く、あいつは…!」

状況説明をしていると、大きく魔物の唸り声が聞こえた。あまりにも多くの声が一斉に出されたため塀まで揺れていた。その声に事態が動いているのを理解する。

早くこの塀を壊さないと…!

「イヴァン連隊長、ジル中佐と部下の皆さんを階段まで移動させてください!」

指示を出しながら今日1番風を集める。風が階段から駆け降りてき、イヴァン隊が必死に耐える。

「おうよ!頼んだ、副会長!」

彼らが移動するのを確認して何層も風を纏い、そのスピードを上げる。風同士がぶつかり合い、空間が歪むようだった。縦長の竜巻が出来上がり、龍のように唸る。龍を操るように手を横にかざして、塀に向かって手を前へ向ける。空駆けるようにまっすぐ塀へぶつかり、亀裂がはいる。

無機質な塀がボロボロと崩れていき、天に帰るように竜巻を解散させ、車両を確認する。先ほどまでは砂や埃によって黒ずんでいた窓ガラスが赤に染まっていた。

「…っ!」

その姿に動揺し、身体が硬直する。ここにアマミさんが…。胸が嫌な高鳴りをする。恐る恐る一歩、その車両に近づこうとした時、肩を掴まれるのを感じた。

「副会長よくやったよ。ここからは大人のお仕事だから。」

イヴァン連隊長が諭すように柔らかく話す。

「でも…。」

ここに彼女がいるなら、行くのが私の役目だから。そう言葉を紡ごうとしたが、その言葉はうまく喉を通り過ぎず、空気が漏れるだけだった。

「君たちは少しは大人を頼りなさい。」

そう言って、肩をギュッと掴み、微笑む。

イヴァン連隊長は車両を見つめ迷いなくドアに近づく。ドアの隙間に指を入れ、スライド式のドアを開ける。その途端、車両が傷を負ったかのように血が溢れ出てくる。

その光景に息を呑む。自分の腕を掴み、震えを抑えようとするが、うまくいかない。腕から手へ移動させ、ついさっきまでそっと触れてくれていたあの温もりを思い出す。残滓も残っていない温度を忘れないように手をきゅぅっと握る。そうしたら、あの温もりでこの震えも止まるのではないか、そう思った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

先ほどと変わらず車掌室の壁に背をつけ力なくもたれかかる。変わったのは自分の体の汚れと目の前の光景だった。ドロッドロだ。目線を自分の身体に向けるとアイボリーだったはずの制服が余すところなく赤に染まっており、目の前の光景がどこを切り取っても地獄のようだった。一面血の海で、魔物の身体だったものはその形跡を少し残しつつありえない方向に曲がり、歪んでいた。

流石のこの光景はあの子には見せれない。

「…マイ、怒ってるかなぁ…。」

日常の一コマまでのような言葉は、この異様な空間に馴染まず漂った。背中が壁にくっついてしまったかのように重たい。

流石に疲れた。身体を動かす気力がなく、ぼーっとその血の海を眺めていた。突然塀がとてつもない衝撃を受け、破壊される。

「えぇ、ちょっともう、無理だよ?」

外は…そろそろおっさんが着く頃か。じゃあマイは大丈夫だろう。あれでいて一応強いし。

破壊されたところから光が入り、ただその光を眺めていた。車両の扉が開き血の海が流れ出す。あらかた流れ出したところで、扉を開いた人物が顔を覗かせる。中を観察したあと、魔物が生きてないことを確認したのか入ってくる。何か探しているのか、首を動かしながら慎重に歩いてくる。

「…おっさん。」

「うおあ!!」

めっちゃびびるじゃん。よかったね部下いなくて。おっさんがこちらを見つけてヘラっと笑ってくる。

「おーおー、なんともとんでもなく汚れちゃって。」

「仕方ないでしょ、結構いっぱいいっぱいだったんだから。」

「そうっぽいわね。」

周りを興味なさそうにサラーっと見渡す。一応これで軍人だからこの残酷でグロテスクな風景も気に留めてないようで安心した。

「たっくー、おたくの副会長めちゃめちゃ心配してたわよ?必死すぎて竜巻起こしちゃって巻き込まれるかと思ったわ。」

あの衝撃はマイだったのか。あのマイが必死になっていたのか。ちょっと見たかったけど、そんなことより絶対怒っている。

「マイ、怒ってた?」

おっさんが目を見開きキョトンとする。その言葉の意味を理解したのかクックックと笑いながらこちらに近づき目線を合わせるようにしゃがみ込む。私の前髪をオールバックにするようにかきあげ、頭を撫でる。普段だったら全力で抵抗するけど、腕が鉛のように重く、されるがままだった。

「怒ってないさ。すごく心配してたけど。」

「そう…」

「才女でも年相応な心配とかすんのな。」

変わらずクックと笑う、何故かその顔は嬉しそうだった。

「私をなんだと思ってんの…。」

「んー人類の宝とか?」

揶揄うように紡いだ一言は、ジルさんとの会話を思い出される言葉だった。いつもは言い返すところだったが、彼のことを思うとグッと言葉が詰まる。その様子におっさんが真剣な眼差しでこちらを見つめる。

「ジルのこと。すまなかった。」

その表情にいつものゆるい雰囲気はなく、ただ真剣に謝罪を伝えている。おっさんはずるいと思う。いつもゆるいから、ちょっと真剣な顔したらそれだけで異常にかしこまる。その雰囲気が居心地が悪くボソボソと呟く。

「…おっさんのせいじゃないでしょ。ジルさんが全部悪いわけでもないと思うし。」

その言葉におっさんが、眉間に皺を寄せる。

「才女はちょっと優しすぎるわ。誰かを責めても良いと思うぜ?」

「いいの。本当にそう思ってんだから。それに誰かを責めたり、恨んだりするの最後は自分の心を息苦しくするだけだから。いちいち恨んでたら一生がすぐ終わっちゃう。」

虚を突かれたように目をパチクリさせ、フッと笑う。

「確かに。才女が誰かを恨むってなったらすごい数の人数になるわな。」

とんでもないブラックジョークじゃん。そうなんだけど。多分恨み始めたらこの国の人たちほとんどの事を恨まなきゃいけなくなる。不機嫌そうに目を逸らすとすまんすまんと頭を撫でてくる。

「そろそろいくか、副会長がまた心配してここに入ってきかねない勢いよ?流石にこの光景は見せたくないべさ?」

「うん…。」

私が作ったこの光景をマイが見たらどんな反応が返ってくるんだろうか。軽蔑されるのだろうか、怯えられるだろうか。想像はいい方に転がらない。そう考えているとおっさんが手を伸ばし私の顔を擦る。

「せめて、顔だけでも綺麗にしてと。」

目を細めて、黙って拭かれる。

「才女、立てんの?」

「全然無理。」

「仕方ない、腰痛持ちのおっさんが頑張っておんぶしてやろう。」

「変なとこ触ったら、潰すから。」

「その風景の中でそのジョークは笑えないわ、才女。」

おっさんはそう言って、口の端を無理やり持ち上げる下手な笑顔をつくる。私の手を掴んで、自分の首元に回し、持ち上げる。

「よっこらせ。」

流石に軍人なのか、私を軽々と背中におぶる。

「…才女、大きくなったもんだなぁ。」

しみじみ語るおっさんが、ほんとにおっさんぽくて哀愁がすごい。

「…何言ってんの?」

「いやさ、6年前は軽々手の中に収まるぐらいだったのに、こう、背中の重みがさ。」

「そりゃ小3だったからねあの時。すっかり成長期も終わったでしょ。」

「そうかーー。おっさんたちの6年と才女達の6年は濃さが違うもんだ。」

しみじみ語るおっさんが、どういう顔をしているのかわからない。ただきっとその顔を見ても私はうまく返答ができないんだと思った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

イヴァン連隊長が車両に入ってからどのぐらい時間がたっただろう。しばらく時間がだった気がするし、まだ入ったばかりな気もする。動き出すことのない車両を穴が開くほど見つめる。誰かをじっと待つのがこれほどもどかしいものかと自分の手を握る力がこもった。

車両の扉が少し動いたように見え、思わず一歩踏み出す。イヴァン連隊長が屈んだような体勢で歩いてくるのがわかった。その肩からは手が伸びており、その手は車両を埋め尽くした赤色に染まって、それが滴っていた。

胸がギリっと押さえつけられたような痛みを感じ、鼓動が早まる。色んな想像が一気に溢れる。それはどれも良くない事。それを否定も肯定も自分の中でできないまま、その手の持ち主がこちらに戻ってくるのを動くことができずに待つ。

車両から出てきた彼の肩には綺麗な銀髪が血で濡れ、ところどころ赤くなっているあの人の頭が見えた。無事なのか確認できず、鼓動がおさまらない。なんとか足を前に出しゆっくり近づく。声をかけるために唾を飲み込み、喉を動かす。それでも声は弱々しく紡がれた。

「…アマミさん…?」

イヴァン連隊長の肩に乗っていた銀髪が揺れ、彼女の顔がこちらを向く。その目は疲労によって弱々しくこちらを見つめるが、いつもの宝石のようなエメラルドグリーンの色をしていた。私を見てまた困ったように柔らかく微笑み、言葉を紡ぐ。

「マイ、さっきは…」

名前を呼ばれた瞬間、胸の痛みがスッとなくなり、温かな安堵が広がった。この温度だ。先ほどまで思い出そうとしていたその温もりが胸に広がる。咄嗟に彼女の手を両手で包む。血でぬめっと滑るが、この温もりだった。この温もりを忘れないように、自分にうつるように頬にその手を当てる。

「マイ?汚れちゃうよ。」

「良いの。」

その言葉にどうして良いかわからないのか、黙り込んでしまった。言いづらそうに言葉を絞り出しながら話す。

「あのね、マイ、さっきはごめんね?」

「え?」

「投げ飛ばして。」

キョトンと目が開かれるのを感じる。この人はそんなことを気にしてるのか。この後に及んでも、人のことばかり。きっとそういう性格なんだろう。それが愛おしくて、おかしくて頬が緩む。

「ええ。許さないわ。」

アマミさんが驚いたように目を見開き、ゆっくり微笑む。

「困ったな。」

その笑顔は、先ほどの困った顔ではなく、照れたような底から漏れ出たような笑顔だった。それをみてまた胸の温度が優しく上がるのを感じる。


「ほらー少女たち、おっさん挟んでいちゃつかないの。」

イヴァン連隊長がジト目で訴えてくる。

「いちゃついてないでしょ。」

「いーや、いちゃついてるもんな。な?」

イヴァン隊に問いかけ、部下達が揃ったように頷く。

「ずいぶん、教育が行き届いているようだね…。」

アマミさんが苦々しく呟く。そんないつも通りのやり取りがこの一件が終わった証拠のように感じた。安心感から、彼女の手から離れ、その手を見つめた。柔らかく曲げられた指は、そこにあったものを形取るかのようだった。滴っていた赤い粘着質の液体は薄くなり、私の頬が少し引き取ったのだろうと感じた。ハンカチを出して、汚れてしまったその手を拭く。アマミさんがハンカチの感触に気がついたのかこちらを見つめる。

「マイ、ハンカチダメになっちゃうから…。」

「…こんなに汚れてたらイレア心配して倒れるわよ?」

その言葉に返すことがないのかぐぅと押し黙る。

「え?なに?イレアちゃんそんな感じなの?才女の一方的な束縛じゃないの?」

「…おっさん。疲れてるからって言いたい放題だね?」

「へぇーてっきりおっさん、才女がイレアちゃんに固執してんのかと思ってたよ!」

「…。」

イヴァン連隊長はアマミさんを背負ってるから気づいてないのだろうけど、とんでもない目線を送っている。それはもう許さないと目がいってるようで。きっと次あったらこの人はとんでもない目に合うんだろう。気づかないふりして手を拭き終わる。ハンカチが赤い液体で染まり、もう使い物にならない。

「…拭き終わったわ。イレア達のところに戻りましょう。」

「…うん。マイ、ありがとう。」

ハンカチをチラッとみて、アマミさんが申し訳なさそうにお礼を言う。気にしないようにハンカチを隠し、大したことないと伝える。アマミさんがまた困ったように微笑み、出口の方に目線を向ける。

「じゃ、帰りましょうか。」

「ええ。」


地下鉄の出口付近に近づくと、生徒会の面々がこちらを目を凝らしてみていた。こちらに気づいて何やら話しているようだった。こちらに気づいた途端走りだし、一人こちらに駆け寄る人物がいた。

らしくないほど、不安に顔を強張らせ、目線はイヴァン連隊長の肩に乗ってる、ところどころ赤く染まった銀髪を怯えながら見つめていた。足音に気が付き、頭を上げる。アマミさんが彼女を見て安心したように頬を緩める。

「イレア、ただいま。」

イレアがそっと両手をアマミさんの頬を包むようにあてる。それは愛おしそうに、慈しむように優しく触れどうしようもないほど嬉しそうに微笑む。

「おかえりなさい。」

イヴァン連隊長が気を利かせて、アマミさんをイレアに託すように下ろす。イレアが抱きしめるようにアマミさんを支え、アマミさんもイレアに寄りかかるようになんとか立つ。アマミさんの制服の血が、イレアの服に静かに染み込む。まるでお互いの安堵が広がっているのを表現するようだった。

隣に立っていたイヴァン連隊長が小声で話しかけてくる。

「確かに。イレアちゃん、才女の事とんでもなく愛してるわね。」

「ええ。」

「こんなむせ返るほどの愛を見せつけられたら、流石のおっさんも太刀打ちできないわぁ。」

イヴァン蓮隊長は呆れるように二人を見つめ、ため息をつく。何か怒られてるのか、キョロキョロと目を動かし言い訳をしているアマミさんと、ジッと問い詰めるように見つめるイレアを見ながらふと、前のやりとりを思い出した。

「…でも、付き合ってるとかそういうんじゃないみたいです。あの二人。」

「え?副会長さん、それ聞いたの?」

「?はい?」

驚いたように目を見開いているイヴァン連隊長を不思議そうに見つめる。何度かまばたきをしたあと、やっと咀嚼できたのかなるほどぉとつぶやいた。

「多様性なのかそうじゃないのかわからんなぁ」

ぼそっと呟いた後こちらに向き、肩にポンと手を乗せる。

「おっさん、めげずに生きていこうと思うよ。」

「はあ?」

「お互い頑張ろうな。」

…私は何を頑張るのだろうか?彼の謎の真剣な目線に疑問を投げつける。

「何をでしょうか…?」

「才女のことでしょーが。」

「?」

「?」

お互いに首を傾げ、あれれ?とイヴァン連隊長が聞いてくる。

「副会長、才女のこと好きなんじゃないの?」

「私が、アマミさんを?」

好き?好きというのは…?上手く彼の言葉が理解できずにいるとイヴァン連隊長が補足してくる。

「え?だって、電車から出た時、駆け寄ってきた副会長さんの顔と、さっきのイレアちゃんと顔同じ顔してたよ?」

私があの顔を…。らしくなく不安で表情を染め上げ、心配そうに彼女を見つめるイレアの顔が思い出される。大切で愛しい存在を失うのではないかという不安。確かに、あの温もりを失ってしまうのかと…不安で心配で…。胸がドクリと動く。いや違う。あれは、ただ、知り合いがいなくなってしまうかもしれないと言う不安だ。胸に走った衝撃を確かめることもせずに目を逸らす。

「あれは…違います。副会長として役目をまっとうできなかったかもしれないという不安です。」

「そうなの?副会長からみてイレアちゃんは役目のために心配してるように見える?」

「いえ…」

「おっさんからみて、あれとおんなじ顔だったけど?」

この人は…。アマミさんがあたりを強くする理由がわかる。ぐっと黙り、いつのまにか集まっていた生徒会メンバーと話しているアマミさんを見つめる。

その視線に気がついたのか、アマミさんがこちらを見る。それに少し驚き目を見張る。さっとその目から逃げるように目線を外す。その様子にアマミさんが怒ったように呟く。

「…おっさん。次はマイにちょっかい出してんの…?」

「…へ?」

「…さっき、私に言ったこと忘れてないでしょうね?」

「…。」

「…次、覚悟しておきなさい。」

「…いやだ。」

「…拒否権はありません。執行は確定事項です。」

イヴァン連隊長が縋るようにこちらを見つめるが、気づかないふりをする。グスンと音が聞こえる。そんなイヴァン連隊長の元に執行部隊が駆け寄り指示を仰ぐ。すぐさま切り替えるように指示を出す。さっきまでの情けないおじさんはいなく、そこには管理部執行部隊連隊長イヴァン・ウルキオラがいた。

その切り替えに一同が呆気にとられ、アマミさんが疲れたように溜息をつく。思い出すように天を仰ぎ吐き出すように呟く。

「今日も一日、色々あったなぁ。」

その言葉に頬を緩め、面々が頷く。

「じゃ、みんなで帰ろうか。」

そう言って私たちは通常の高校生にもどる。

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