初めての活動
奈月をルミリアの送迎バスまで見送ろうと歩いていると、前に見覚えのある後ろ姿があった。
「あ、エルネストたちじゃない?」
朝登場した時と同じように団体でゾロゾロと歩いていた。
ちらっと奈月をみるとゲッと嫌な顔をしていた。
「…奈月、エルネスト達と仲悪いの?」
奈月のその顔は苦手なものを見るときの顔だったから。
「仲悪いってわけじゃないけど…あの子もランクアルファでしょ?何かと対立させられそうになってめんどくさいのよ…。」
「対立させられそう?」
はぁと心底めんどくさそうにため息をつく。
「誰がどっち派だとか、私の方がどうだとか、エルネストさんの方がどうだとか。色々と巻き込まれそうになるのよ。」
なるほど、ルミリアの中で本人たちは張り合ってないのに周りがどっちのランクアルファが良いか二分しそうになっているのか。確かにめんどくさそう…。
「なんか、お嬢様学校って大変そうだね…。」
「ほんとよね…」
奈月が遠い目をしてまたため息をつく。
「まぁ、今度どっか遊びに行こう?」
疲れ切っている親友にかけれる言葉はこのぐらいだった。
「ええ、あんた達の活動って平日?」
「うん!でも早く終わる日は放課後遊びにいけるし、土日は一応休みになってるみたい!」
「ただ、内容が内容なだけに土日も突然お願いすることもあるけど。」
イレアが捕捉する。
「まぁ、その時はその時ね。忙しそうだったら翠んち泊まりでもいいし。まぁ、また連絡するわ!」
「うん!そうして!」
バスに乗り込む奈月を見送る。
「じゃ、また!」
「うん!またね!」
そういうと、奈月はバスの中に入って行った。
「じゃあ、教室に戻ろうか。」
マイに言うとええと淡々と答えてくれる。
「私は先に生徒会室にいるわね。」
「あ、うん!またね!イレア!」
そういうとイレアは学生棟に向かって行った。
イレアと別れて教室に戻るとなかなか大変だった。
どうやらランクアルファ、ベータのアビリティチェックは参考のため各校で放送されていたらしく、教室に入った途端質問攻めにあった。
突然きた編入生がどういうやつなのか疑問に思っていた生徒は少なくなかった中で、今日、しっかりお披露目されたらまぁ、ききたいことが山ほどありますよね。
なんのアビリティなのか、さっきのアビリティはどう使ったのか、どうやって習得したのか矢継ぎ早にくる質問に釈明会見かと思いながら必死に答えていた。マイが「そろそろ着替えてもいいかしら?」と釈明会見を強制終了させた。
「マイ、ありがとう。」
やっと息をつくことができてホッとする。
「隣であれだけ騒がれたら着替えづらいもの。」
マイは着替えながら淡々と話す。
そう、着替えながら。
体操服を脱ぎふぅと軽く息をつく。少し髪が乱れてなんか、なんか…!
今朝のカシアの言葉が思い出される。
『マイってば細いのに意外と大きいの!!』
ほんとに羨ましいスタイルをしている…。
白い肌は女性らしい形を柔らかく包んでおり、その肌に映える黒の布はその大きな膨らみを優しく支えている。
目線を感じたのか、ふとこちらを見る。私の目線がしっかりお胸に向かっていることを確認し、警戒心を露わにする。
「やっぱり…」
「まって、やっぱりってなに?」
マイは眉間に皺を寄せて、不愉快そうに呟く。
「…変態。」
「いや、まって!だって、マイが凄くスタイルが良いから!ついつい見入っちゃったんだよ!」
「それが変態って言ってるのよ。」
「…ぐぅ。」
ぐうの音も出ないとは言うけど、それはかろうじて出せた自分を褒めてあげたい。
「もどったよーーー!」
カシアが元気に帰ってきてくれた。
「あ、マイお着替え中ジャーン!!たまんないねぇ。」
ありがとう。しっかり変態で居てくれて。
もはやマイは相手すらしない。
そんな事は気ならないのかカシアは構わず話題を変える。
「てか、スィッチ!!第一位なんだねー!すごいねぇ!!」
「あぁ、ありがとう。」
「私なんて、小学校からランクゼータのままだからさー。今日こそは!!って思ったんだけど、ダメだったー!」
あまりにもあっけらかんと元気に言うもんだから慰めるのも違うし、どう答えていいかわからなかった。
「私もランク変わらなかったよぉ。」
アーリアがいつの間にか帰ってきていてカシアの頭に顎を乗っける。
「アーリアはランクガンマだからいいじゃーん!」
カシアは口を尖らせて不満げに抗議する。
「そう?私はカシアの動物と話せる能力羨ましいけどなぁ。ランクガンマだけど動物と話せないもの。」
「そりゃそうだよ!アーリアは動物と会話するアビリティじゃないんだから!」
なに言ってるんだ全くとカシアはプンスカしているが、アーリアはその様子を愛くるしそうに見つめる。その目があまりにもうっとりしていてちょっと危ない気がする。アーリアもなかなかの変態かもしれない…。
そんなわちゃわちゃを繰り広げていたらホームルームが始まり、放課後になった。
昨日教わり損ねた生徒会長の仕事をマイに教えてもらう為、急いで生徒会室に向かう。
アビリティチェックが放送されていたおかげか、昨日のような好奇にまみれた目線は少なくなり、ただ私とマイを認知する視線に変わっていた。
学生棟のエレベーターホールにつき、マイがこちらの様子を見ている。きっと昨日ここでパニックになりかけたから心配してくれてるんだ。そう思いマイに心配ないと伝える。
「昨日はごめんね。今日は大丈夫だから。」
そう安心させようと微笑むとマイがジッと見つめてくる。
「そう。もし何かあれば後ろに隠れて。」
マイは優しい言葉も淡々と伝える。
「うん、ありがとう。」
それがなんだか心地よくて安心する。
生徒会室に着くとイレアがビジョンを広げて忙しなく指を動かしている。
「お疲れ様。まだ準備が終わってないのだけど、二人は昨日やれなかったことがあるわよね?」
「うん、昨日教えてもらうはずだった生徒会長業務をね。」
「そう。全員揃ったら呼ぶからしっかり教えてもらいなさい。」
イレアはこちらをチラッと見て手を止めずに話す。完全お仕事モードだな。邪魔してはいけないと必要以上に話しかけないでおく。
マイはマイで生徒会長室に入り、私を呼ぶ。
「資料とファイルがこっちの部屋にあるから、生徒会長室で教えるわね。」
なんか、しごでき女子たちはテキパキしてるのねぇ。私だけ言われるがままし、ごでき女子についていく。
「今から教えるのは普段やるルーティン作業よ。」
部屋に入るなり荷物を置いて話し始める。それに慌ててメモを取り出し、覚えようと必死に聞く。
「…あとはここを確認して間違ってなかったら印鑑を押すのよ。」
「ふむふむ。」
結構な数のルーティンを教わってる気がするけど、生徒会長って大変なんだなぁ。
「あ、まって?ここの確認ってどの資料を見てやるの?」
マイに質問を投げかけ、同時に顔を上げる。
思ったより顔が近くにあり、息が止まる。
お人形みたいだなぁ、目の前の綺麗な顔を思わず見つめる。透き通るような白い肌は思わず触りたくなるほどきめが細かく、形のいい口はお行儀よく閉じられている。スッと綺麗に通った鼻筋にアーモンド型の綺麗なラベンダー色の瞳は長いまつ毛に囲まれていて、どこを切り取っても麗しい。
彼女は少し驚いたように目をぱちくりさせていた。サラッと彼女の綺麗な黒髪が耳から落ちる。甘く爽やかな香りが動き鼻腔を蕩かす。
同性でもドキッとしてしまうその存在に、今日の熱狂を思い出す。こりゃ熱烈にもなるわな。
でもね男子生徒諸君。君たちは彼女の素敵ボディをまだ知らない。彼女はまだまだ、その、凄いんだぞ。彼らに謎のマウンティングを取ってみる。
「…そこはこの資料のここを見て。」
少し間を置いたが、淡々と説明してくれる。
「ここね。ありがとう。」
そんなことを思っているなんて知られたらまた軽蔑の目で見られてしまう。それを隠すためにお行儀よくしておこう。
「アマミさんて、理解が早いのね。」
突然マイが業務以外のことを話し始め少し戸惑う。
「え?いや、そんなことないよ?」
「これだけの量話しているのにちゃんと的確な質問をしてきたり、メモも綺麗に必要な分だけとってたり。ちゃんと理解できてないとできないことよ。」
褒めてくれてるらしいけど、淡々と話してるもんだから怒られてる気もしなくもない。内容は明確に褒めてくれてるんだけどね。
「なんか、えっと、ありがとう。」
それでも少し照れてしまい、顔がゆるまるのを感じる。
マイは何か思うところがあるのか、こちらをじーっと見つめてくる。
「な、なに?」
「なにが苦手なの?」
「え?」
急になんだ?理解が追いつかないで頭にハテナマークが浮かぶ。
「アビリティはランクアルファで、物事の理解も速い。容姿端麗。何かできないことないのかしらって思ったの。」
「え?それマイにいわれるの?」
マイはマイで私の言葉にハテナマークを浮かべてる。自覚なしなのね。そんな真面目な顔で悩まれるとおかしく思いくすくすと笑いが溢れ出る。
「買い被りすぎだよ。マイの方が綺麗だし、今色々教えてくれてるじゃん。いろんな人から熱烈に愛されてるし。」
その言葉にマイはキョトンとしている。あぁ、この人は自分のこと客観的に見れないのか。本当にこの子は可笑しい。その可笑しさは愛しさをはらんでいた。また、マイの魅力を見つけてしまったなぁ。そう思って笑いすぎて出てきた涙を拭う。
マイはどんどん難しい顔になっていっていた。全く。ほんとに面白い子だなぁ。
「ごめん、ごめん。苦手なのはねぇ料理かなぁ。」
「さっきソメヤさんも言ってたわね。厚焼き卵風オムライスができたって。」
自らの自信作を思い出す。
「いや、あれは立派な厚焼き卵だったよ。」
オムライスというにはあまりにも立派な出来だった。しみじみと思い出す。
それを聞いてマイはふむと考え込むように手を顎のところに持ってくる。
「やはり興味深いわ。」
「うん。だから、失敗作なんだって。興味持たれるほどのものはないのよ。」
「興味深い。」
「どこに興味もってんの?そんなに気になるなら今度作ってあげるよ。」
呆れるように呟いた言葉にマイが、パッと顔を上げ、目を輝かせこちらをみる。
「いいの?」
「うん、オムライスは作れないけどそれでいいなら。」
そんなに興味湧いてるの?マイって変なところあるんだなぁ。少し呆れて表情が緩まる。
「楽しみだわ。」
そう言う彼女は頬を持ち上げ、嬉しそうに目を細める。あまりにも麗しすぎる微笑みに胸が高鳴る。初めてマイの笑顔を見たかも。そう冷静に考えてる裏で頬が熱を帯びるのを感じる。
「…っ。ていうかそんなオムライスよりお手伝いさん?が作るちゃんとしたオムライスのほうがいいでしょ。」
照れ隠しに言葉が次々と出てくる。
「そんなことないわ。」
「絶対そんなことあると思うよ。」
更に呆れる。マイの価値観きになるわぁ。あ、お手伝いさんで思い出した。
「マイって今許婚の家に住んでるんでしょ?」
マイの温度が抜け落ちていく。どうやらあまり聞かない方がいいことだったみたいだ。
「ええ。」
淡々と必要以上は話さない。それがマイの拒絶の方法なんだろう。
「あ、ごめん、イレアに聞いて。お手伝いさんて許嫁の家の人かなぁって。」
「そうよ。」
待って、どうやって自然にこの会話終わらせよう。必死に頭を巡らせる。
「凄いよね!許婚って!さすがお嬢様って感じ!」
「…そう。」
助けてぇ、地雷踏みまくってるよ。絶対。なんなら踏み抜いてるよぉ。泣きそうになってるとドアが開いた。
「スイ?マイ?どう?おわった?」
イレアが入ってくる。グッジョブ!!!そう心の中で歓喜した。
「ええ、終わったわ。」
マイが淡々と答える。
「そう。そしたら全員揃ったので第一回の活動を始めるわよ。」
「はい。」
そういうとマイは生徒会室に移動し、私も釣られて動き出す。
ドアを開けてくれてるイレアにありがとうと泣きそうな顔で口パクする。
「??」
イレアがなんだこいつと言う顔で見てくる。その表情はいただけないけど、恩人ですからね。大目に見ましょう。
生徒会室に戻ると、生徒会メンバーがソファに着席してた。
「エンジェルちゃん!こっちこっち!」
そうソファをバンバン叩いて呼ぶのはやっぱりフィルマンだった。言われるがまま、隣に座ろうとしたら先にマイが着席した。
「え?クィーン?」
「アマミさんはエルネストの隣が空いてるわ。」
「あ、うん。」
ガン無視してエルネストの隣を勧める。フィルマンがなにやら勘繰りはじめた。
「クィーン?もしかして。え?いや…。クィーンあのさ…」
「勘違いしないで。私の役割だから座りたくもない席に座っているの。」
全くフィルマンを見ることもせずに、切り捨てる。
「待って。えっと?隣に座るのもやなの?」
「ええ。申し訳ないとは思っているけど。」
「思ってないよね??」
「…。」
マイの目が死んでいた。それが返答だった、
「めげないんだから!!!」
フィルマンが全身全霊で言い放つ。彼のこういうところ嫌いになれないんだよなぁ。
「ふざけてないで始めるわよ。」
イレアが呆れるように進める。
「今日はアビリティチェックお疲れ様。この機会でお互いの能力を見ることができたと思うわ。早速だけど、今日は第一回目の活動を始めるわ。今後の活動についてと実際に活動を行っていく予定だから、気を引き締めて。」
イレアの話を黙って聞く。
「まずは今後の活動について。手元に資料が入ってると思うわ。」
目の前におかれた資料をみる。
年間スケジュールが簡単に書いてある。
「今期の主な活動は、生徒会お披露目、アリストタリア非加盟国への舞踏会よ。来期は全国体育祭。その次は文化祭が待っているわ。それらの準備をしつつ、日々送られてくるさまざまな施設の使用許可や報告書に目を通して承認を行って行く。」
イレアが資料に沿って淡々と話していく。
「で?それが表向きの活動なのよね。」
エルネストが今日も気だるそうに話を聞いてる。
「そうよ。ここからが本来の活動になるわ。」
イレアが面々を見渡しゆっくりと話し始める。
「顔合わせでも話したけど、中央生徒会はアリストタリアが晒されている脅威に対抗する組織よ。活動が活発になっている魔物の討伐、テロ行為の制圧、国賓の警護が主な活動になっていくわ。」
「国賓?そんな人の警護を私達がするの?」
そんな偉い人の警護なんて私できるかな…話し方とか立ち居振る舞いとか不安でしかない。
「ええ、ランクの高い学生が直接国賓に関わるのはこの国の成果を見せることになるし、何より、1番能力が高い組織が国賓を護衛するのが最善だから。」
そりゃそうなんだけど。そこじゃなくて…。そう言い淀んでいる私にイレアがフッと微笑み優しく語りかける。
「大丈夫よ。そのためにマイとエルネスト、マチルダがいるのよ。」
「え?」
「マナーとかが心配なんでしょう?マイはずっとフィルバーグ家で学んできたし、エルネスト、マチルダは社交界で活躍しているわ。スイは3人の真似をしながらお行儀良くしてればいいの。」
その言葉を聞いて3人を見る。確かにマイはやることなすことに教養の高さが伺える。マチルダに関しては初めて会った時から全ての振る舞いに品があり疑いの余地がない。ただ…。残りの一人をじとーっと見つめる。
「なによ?」
エルネストが私の目線に気がつき不満そうに聞いてくる。
「…エルネスト、社交界でどんな感じなのかなって。」
「あんたね…」
いい度胸してんじゃないと言わんばかりに頬がイラつきで引き攣る。
「だって、エルネストいつも気だるそうに、めんどくさそうにしてるじゃん!」
「それは普段だからよ!ちゃんとしないといけないならちゃんとするわよ!」
「ええー?想像つかない…。」
「こんの…」
握り拳を作り始めたエルネストをマチルダ困った笑顔でなだめる。
「スイさん、こう見えてエルは社交界では有名なんですよ?立ち居振る舞いや意見交換での発言それが素晴らしいと、社交界でエルが顔を出すと社交したい人が後をたたないほどなんです。」
「そうなの?」
「ええ。エルはこう見えてクルーズ家の次期当主ですから、そういう場に慣れていますし、当然心得もあります。」
そういうマチルダは品よく微笑み隣に座っている彼女を惜しげもなく賞賛する。普段エルネストを諌めているマチルダが言うからには本当なんだろう。
「マチルダが言うんならそうなんだろうね。エルネスト疑ってごめんね。」
「なんでマティの言葉は信じんのよ。」
不貞腐れたように呟く。
「いった方がいい?」
普段の振る舞いとか言ったらまた怒るでしょ?
エルネストが顔をひくつかせ結構よと伝えてくる。
さっきまで黙って聞いてたフィルマンがほぉと呟く。
「女神様はやっぱりクルーズ家の次期当主、つまり次期社長ってことかぁ。とんでもない人だなぁ。」
「社長?」
なんのことかとはてなマークを浮かべる私にフィルマンがまさかなと聞いてくる。
「エンジェルちゃん…もしかしてクルーズグループ知らないの…?」
「…え、えっと。」
その圧に知らないとは言えない。私ってやっぱり結構な世間知らずなのかな…?
「エルネストの家、クルーズ家はクルーズグループと言う大手流通企業グループを運営していまして、みなさんの生活の至る所にクルーズグループが関わってたりするのですけれど…。」
品のいい笑顔が少し困り顔になってきていて、申し訳ない…。
「そーそー!最近は美容機器とか医療機器に力入れてて、肌を再生する?とかの機械が大ヒットしてるらしいよ?」
フィルマンが補足で教えてくれる。
「よくご存知ですね!あれはグループ内で新たに立ち上げた企業が出していて、その社長がエルネストなんですよ?その成功をおさめて、エルネストは正式に次期当主に選ばれたんです。」
マチルダが嬉しそうに微笑み、自慢げに話をする。マチルダってエルネストのこと好きだよなぁ。
「ええ!?もう社長してんの!?」
素直に驚くフィルマンにマチルダは嬉しそうだ。当の本人はどうでも良さそうだけど。
「マチルダはエルネストのこと大好きなんだね。」
その様子にしみじみしてしまう。
「ええ。エルは私の自慢ですから。」
その言葉は恥ずかしげもなく上品な微笑みとともに紡がれ、敬愛の色に染まっていた。
「いいね。」
なんだかすごく微笑ましく、私とマチルダの間に座っている本人をみると流石に恥ずかしいのか少し顔を赤らめ、そっぽ向いていた。
「いい機会だから言っておくと、マチルダさんはそのクルーズグループ副社長の娘でクルーズグループ次期幹部候補よ。」
イレアが補足するように話す。エルネストとマチルダが引っ張るグループ。安泰な予感しかしない。
「で、ご存知だと思うけど、マイはこのオルネラスの次期理事長。」
「え、なんか、みんな、凄いんだね。」
肩書きに少し気圧される。そんな私にフィルマンが爽やかな笑顔で話し始める。
「エンジェルちゃん!大丈夫!俺とマリウスは特に何にもない一般ピーポーだから!」
グッと親指を突き立て、マリウスの肩を組む。フィルマンって変態だけど、憎めないんだよねぇ。
「なんか、みんな凄くて気圧されちゃうよね。」
「わかるわかる。俺らは俺らで頑張って生きようぜ!!」
「うん!そうだね!」
同盟の握手を求められ、手を伸ばそうとした時。
「いや、それ、人類初のダブルアビリティよ?」
エルネストが釘を刺す。フィルマンの笑顔が固まる。
「…。」
「フィルマン…?」
「この裏切り者っ!!!」
「ちょっ!」
手をバッと引っ込めマリウスに抱きつく。
「やっぱり、俺にはマリウスしかいない!!」
「勘弁してくれ。」
マリウスが死んだ目で訴える。
「随分話が逸れてしまったわね。」
イレアが気を取り直して話を進める。
「だから、国賓が来ても大丈夫よ。来る前に私もマナーを教えるし、スイ、そういうの割と覚えが早いから問題ないと思うわ。」
「そうかなぁ?」
「覚えられなかったら覚えるまで教えるしかないわよ。」
ニッコリと笑うイレアに思わずあははと苦笑いがこぼれる。
スパルタ教育が始まるのか…。研究室で勉強を教えてくれてた時のことを思い出し、すでに心が折れそう。
その様子をマイがじっと観察している。
「で、今日の活動は原因不明に"減っている"魔物の調査よ。東の森の魔物が不自然に減っているそうでそれの調査を依頼されたわ。」
「減っているんだったらいーんでねーの?」
フィルマンが不思議そうに眉を顰める。その疑問に私がうんうんと同意する。
「原因不明なのがまずいんだろ。不自然に減ってるには必ず理由がある。それが魔物の都合なのか、人の都合なのか、それを調べるんじゃないか?」
マリウスが真剣にイレアを見つめて答えを求める。
「そうよ。魔物の都合であればほっとくけど、もしそれが人為的であれば、何のためにそれを行なっているのかさらに調査が必要になるわ。」
「テロの可能性も出てくるのね。」
マイが久々に口を開く。
その一言にイレアが頷き、一同が静まり返る。
「ま、なんにしても、調査しないと始まらないってことだね!」
静まり返った空気に居心地悪くなり、明るく言ってみる。イレアが力が抜けるよに微笑む。
「そういうことね。そうしたら全員これをつけて。」
イレアから渡されたのは長方形の形をしたシルバーのバッチだった。
「これが中央生徒会の証になるものよ。これで通信をしたり、通常は入れないところも入れるようになるわ。」
「へぇ、これがねぇ。」
受け取りブレザーにつけると名札みたいだなぁと思い、目の前のマイを見ると違いに気づく。
「あれ?マイのはゴールドなの?」
キョトンとしているとイレアが少し躊躇いながら口をひらく。
「逆にあなたのだけがシルバーなのよ。」
そう言われてみんなの名札をみると確かに全員ゴールドだった。
「おっと?」
「…スイは一部権限が制限されてるの。前にアリストタリアを許可なく脱国しようとしたのが尾を引いているみたい。」
「あー、あの時の。まだ気にしてるのかぁ。」
6年前のあれか。じゃあ、もし奈月が生徒会だったら奈月もシルバーだったんだなぁなんて意味のないことを考えてみる。
マイが私の名札をジッと見つめる。
「脱国って…。あんた結構過激なのね。」
エルネストが呆れるように言ってきて、気まずくて曖昧な笑顔を取り繕う。
「まぁ、色々とね」
「…とりあえず、生徒会の活動をする時は必ずこれをつけること。つけてないと権限のない学生が暴れてることになるから拘束されるわよ。」
「おーこわ。」
フィルマンが大袈裟に怖がる。
「準備できたら東の森に向かうわよ。」
イレアがビジョンを閉じて準備をし始める。
「私はここにいるわね。」
エルネストが気だるそうに伝え、立とうとしない。イレアが当たり前のように否定する。
「ダメよ?」
「なんでよ?魔物の調査なんでしょう?私のアビリティじゃ特に役に立たないじゃない。」
「エル、ダメですよ!ちゃんと活動に参加しないと!」
マチルダがいつもの如く諌める。
「誰かが怪我した時あなたが必要になるわ。」
「このメンバーで怪我することなんてあるの?」
呆れるように聞き返すエルネストにイレアがまっすぐ見つめ返答をする。
「…ないなんて言い切れない。中央生徒会は不確定な仕事が多いの。今回も何が起きるかわからないわ。」
その目の奥に悲しみに似た色が滲んでいた。イレアのその目に気づいたのは私だけだろう。一同がまた静かにその言葉を噛み締める。
「何が起きてもみんなは私が守るよ。」
大丈夫だよと微笑む。それを聞いてイレアがこちらに目を向けてその色を濃くする。あぁ、また、この目をさせてしまうのか。私を研究に送り出す時も同じ目をしていた。この目はイレアがイレアを責め立てる目。
どうしたらその目が安心してくれるのか、責めるのをやめてくれるのかわからず困ったような表情をしてしまう。
「じゃあ、エンジェルちゃんは俺が守る!!」
フィルマンの突き抜けた明るい声が響く。虚をつかれたように思わず目を見開き、あまりにも明るすぎるその声に笑いが溢れた。
「あはは!ありがとう!」
そういうとフィルマンがニコッと笑う。きっと、この空気を吹き飛ばすために明るく言ってくれたのだろう。この人変態だけど良い人なんだなぁ。変態だけど。
「エルネストも私が守るから。だから一緒に行こう?エルネストがいてくれると安心だから。」
エルネストの方をみて、手を伸ばす。
「あんたが守るならますます私要らないじゃない…。」
そう呟くとエルネストは手を一瞥し、拗ねるように顔を背ける。形のいい耳がほんのり赤くなっているのを見ていたら、仕方ないわねと手を握ってくれた。
その手を引っ張りエルネストをグッと立ち上がらせる。エルネストが立ち上がり、勢いが抑えられず私に飛び込む。それを受け入れるようにもう片方の手でよっと支える。
ふわっと女性らしい甘い花の香りがした。なに?可愛い子ってみんないい匂いするの?
「ちょ、力強すぎよ!」
そういうエルネストは私を睨みつけ抗議する。その顔は耳の色が移ったのか赤く色づいていた。ごめんごめんと離れようとすると静止の声が上がった。
「まって!エンジェルちゃん!」
何事かと私とエルネストは近距離で固まる。
「…いい。この絵もいい!!金髪ロングヘアの女神さまと銀髪ショートのエンジェルちゃん!!最高だよ!!!」
なんだまた変態の発作か。それに気がつきエルネストと死んだ目をしながら何事もなかったかのように距離を置く。
「エルネスト、なんか、ごめんね。」
「いいわ。あなたも大変ね。」
お互い死んだ目でわかりあう。
「あぁ、ちょっと!もうちょっとみてたかった!!」
変態を二人でガン無視する。その様子をイレアとマリウスはため息をつき、マチルダはなぜか嬉しそうにしていた。
マイだけ、じっとこちらを見つめて感情が読み取れなかった。
「ほら、早く行くわよ。暗くなったら危ないもの。」
イレアが気を取り直して、全員に準備するよう促す。
東の森に向かうには東門を出る必要がある。そこまではイレアの運転で向かうことになった。
東門か…。6年前を思い出す。私たちが通っていた小学生の1番近くの門。つまり私が大暴れしたところだ。決していい思い出ではないあの場所に行くのが少し気が進まない。
勢いよくすぎていく木々に懐かしさとあの日のことを思い出す。感傷に浸っていると目線を感じた。
その方向を見るとマイがこちらをジッとみていた。
「ん?どうしたの?」
「いえ、静かだったから、何かあったのかと。」
「えー?私そんなにいつもうるさいかな?」
「うるさいとは違うけど、前も口数が少なくなった時に様子がおかしくなったから。」
あぁ、昨日のことか。あれがあって、マイは事あるごとに心配してくれてる。まぁ、初日にあれ見せられたら心配にもなるか。
「あぁ、そういんじゃなくて、ここ私が通ってた小学校の近くなの。」
「ここが?」
少し信じられないという顔をする。
「そうそう、めっちゃ人里離れてるよね。オルネラスとかルミリアとかいい学校は都会にあるから信じられないでしょ。」
「なんと言えばいいかわからないわ。」
表現するのを悩んでる姿に笑いが込み上げてくる。
「いいよ、いいよ、田舎だねとかこんなところに学校があるなんてとか素直に言ってくれて。」
その言葉にマイはさらに苦悩するように眉間に皺を寄せる。
「まぁ、うちの国お金ないみたいだから、敷地を買うのにこういうところじゃないと無理だったんだよ。」
「その、自然が豊かでいいところだと思うわ。」
やっといい言葉が思い浮かんだのかなんとか言葉を紡ぐ姿に彼女の優しさを感じる。やはりおかしくって愛しくって再び笑いが込み上げてくる。
「なにかおかしかったかしら…?」
「ううん!なんでもない!」
不思議そうなマイに笑顔で答える。
体が後ろに引っ張られるのを感じ、車が停止したのを理解する。
「ついたわよ。」
イレアの言葉に次々と車を降りる。
あぁ、この場所か。あの時と比べてところどころ修繕がされてるらしく少し違うその場所は、あの時と変わらず高い壁が聳え立っていた。
「ここで管理局の執行部隊と落ち合うことになってるわ。今までの調査結果の報告を受けるわ。」
イレアがそう言って周りを見渡す。その執行部隊の人を探しているのだろう。
「おー久しぶりだなぁ、才女。こんなに大きくなっちゃって。おっさん感慨深いよ。」
突然後ろから声が聞こえた。
その聞き覚えのある声に咄嗟に足を出し、蹴り飛ばし距離を取ろうとする。
当てるつもりで出した蹴りは宙を虚しく蹴り上げ、相手は一歩後ろに避けていた。こいつ…!無性にイラつきを覚え氷柱を刀のように作り追い立てる。
「ちょ、ちょ、まって!!感動の再会じゃない!!」
「うっさい!!」
その様子にイレアを含めた生徒会メンバーは理解が追いつかないようだった。ハッと一番最初に動き出したのはイレアだった。
「スイ!やめなさい!その人は調査報告をしにきてくれたのよ!」
その言葉に体の動きがピタッと止まる。
イレアが焦った顔をしている。…腹が立つけどやめておこう。イレアを困らせたくない。穴が開くほど睨みつけ、氷の刀を気体に戻す。
「やーやー、ありがとうね。お姉さん。」
ヘラとイレアに笑いかける。こちらを再びみて力無く笑い、困ったなぁと頭を掻く。
「そんなに怒らないでよ、才女。おっさん、会えるの楽しみにしてたんだよ?」
「…。」
なんだか腹が立って目線を合わせたくなかった。
「ちょっと無視?ちゃんとお友達にお手紙渡してあげたのに。」
奈月に出した最後の手紙、確かにそのことは感謝して…あ、そうだ、コイツ…!思い出した…!
「おっさん!奈月にあの日のこといったでしょ!」
「え?あの日のこと?」
すっとぼけやがって…!
「あの日っていったら、ここでの事しかないでしょ!」
「あぁ、お友達が俺におもっきり蹴られて気絶した後のこと?」
頭に血が昇るのを感じる。このおっさんはどうしてこう、人を逆撫でするような言い方をするのか。本気で一回やってやろうか、そう思い再び氷の刀を作ろうとする。
「ごめん!ごめんて!いや、だって、本人がどうしてもっていうし、そりゃ手にベットリ血がついてたら何事かってなるじゃない?」
…っ。そうだけど…!なんだろ、このおっさんの言うことをそうですねって受け入れられない自分がいる。
「そんなに睨まないでよぉ。今日のアビリティチェックみたよ?才女もあのお友達もランクアルファでしかも第1位と第2位になってるんだもん。おっさん夜も落ち落ち眠れないよ?」
誰のせいで奈月が一人で努力しなきゃ行けなくなったと思って…!言葉なく睨みつける私にヒィ!と大袈裟に怯える。
「スイ?この方と知り合いなの?」
イレアが私の両肩に手を乗せて落ち着くように促す。
「知り合いってほどじゃないよ。」
おっさんから目線を外さず、イレアの質問に答える。
「えぇ、おっさん悲しいなぁ。流れる涙を拭いてあげた仲じゃない!」
「拭いてもらってない。」
ピシャリと否定する。
あれ?違ったっけ?ととぼける。
イレアが不思議そうに私たちを見つめるが、置いてけぼりになっている生徒会メンバーにおっさんの説明を始める。
「この方は、管理局執行部隊連隊長のイヴァン・ウルキオラさん。今回中央生徒会設立に伴って、管理局を代表して挨拶と調査の報告をしてもらうことになってるわ。」
「イヴァン・ウルキオラってあの戦場のコンダクターの?」
フィルマンが目を爛々とさせておっさんをみる。何その映画のタイトルみたいな肩書き。
「おーおー見所のある若者もいるもんだね!」
フィルマンの様子に気をよくしたのかはつらつと笑う。
「国立学校の出で執行隊連隊長になった方にお会いできるなんて光栄です。」
マリウスも心なしか浮き足だってる気がする。
「おーおー!少年たちは国立学校なのかい?」
「はい!」
「素晴らしいね、中央生徒会に選ばれているなんて。おっさん感動しちゃうよ!」
お互いがお互いのことを称賛しキラキラな空間を作り出しているメンズたち。
「6年前、連隊長になったと聞いた時は興奮しました!俺もあなたみたいになりたいとおもって!将来は執行部隊に入りたいと思います!」
フィルマンが無邪気に言う。その言葉におっさんが少し考えるように目線をさげ、そっかぁと力無い笑顔でつぶやく。
イレアとマイが6年前という言葉にハッとする。おそらく私がこのおっさんにイラついてる理由がわかったんだろう。私は変わらずこのおっさんを睨みつける。
それを知ってか知らずかおっさんが悪びれもせずに笑顔で言葉を放つ。
「そーそー6年前ここでね、人類の宝、アリストタリア史上最高の才女を命がけでとっ捕まえたからね。」
その言葉にフィルマンがえ?と言葉を漏らす。
「そこの才女が国外逃亡を友達と図ったからとっ捕まえたの。俺の部隊はほぼ壊滅だったけど。」
やれやれと困ったように話し続ける。
「人類の宝をよく捕まえてくれた!つって連隊長に任命されたわけよ。」
全力で睨む私を困り果てたように見つめる。
「おかげさまで、とんでもない二人に恨まれてるんだけどね。」
勘弁してよと肩を落とすおっさんにエルネストが少し引きながら言葉を発する。
「よくその二人相手に捕まえられたわね…。」
「まぁ、その時はお友達は大したランクじゃなかったぽいし、そこの才女はメンタルアビリティを使い慣れてない様子で結果オーバースキルでぶっ倒れてくれたから。9歳の子が鼻血だして、血吐くんだもんヒヤヒヤしたよ?この子殺したら俺この国に殺されるって思って必死に助けたんだから。」
その言葉にイレアの両手に力が込められるのがわかった。聞いたエルネストは引きを通り越して軽蔑の目を向け、マチルダは警戒するようにエルネストの前に立つ。
これ以上この話を聞かせて、変な空気にしたくない。
「おっさん、これ以上無駄話するなら6年前のかり、返すよ?」
「ごめんな。少しだけ。」
珍しく真面目な顔で謝ってくる。
おっさんがフィルマンの方を向き直り諭すように話しかける。
「執行部ってこーゆーところ。仕事であれば9歳のいたいけな少女を蹴り飛ばして、自分の昇進のためにボロボロにしてとっ捕まえる。俺はお勧めしないよ?」
フィルマンが傷ついたように顔を歪める。マリウスが一拍置いて代わりに応える。
「それでもあなたが僕たちの地位を上げてくれたことには変わりありません。まだ、世間のこと、知らないこと多いですけど、僕たちも僕たちに続く国立学校の生徒が生活しやすくなるようにしたい。だから、この憧れは変わりません。」
その言葉に驚いたように目を見開き困ったように笑う。
「買い被りすぎだよ、後輩くん。世間のこととか、ね…。それならそのおねぇさんに聞けばわかるんでない?」
おっさんがフっとイレアを見る。その視線にイレアの表情が曇り、またあの目をする。自分を責める目だった。
嫌だった。イレアがあの目をするのが。させられる姿を見るのが。一歩前に出てイレアを隠すように立つ。
「おっさんとイレアを一緒にしないで。」
「してないさ。でも、彼女も世間の残酷さをしってるでしょ?」
おっさんがまっすぐこちらを見てくる。負けじと目線を送る。
おっさんがフハ!と突然笑い始め、壊れたのかと思い眉がよる。
「才女は変わらないなぁ。大切なものを背中で隠して一人で戦おうとして。」
一言、似合わない優しい目をして言い放つ。
「無茶すんなよ、才女。」
「…。」
不満そうに目を逸らす私の頭をポンポンと手をのせる。
「ま、いい挨拶ができたところで、仕事の話をしようか!」
どこがだよ。そう思ったけどいちいち突っ込んでると夜になってしまう。
「では改めて。」
おっさんの目が閉じられ、ゆっくりと瞼が開かれる。その目は先ほどのおちゃらけたおっさんとは似つかず、連隊長の目なのだろう。
「初めまして。管理局執行部連隊長イヴァン・ウルキオラであります。この度は中央生徒会設立おめでとうございます。治安維持の中枢を担っています、管理局としても中央生徒会の設立を大変喜ばしく思っております。ぜひ我々もみなさんの活動を支援し、手と手を取り合いこのアリストタリアの安全を守っていく所存です。皆様のご活躍を心より祈っております。」
その変貌ぶりに少し引く。やっぱりこのおっさんの事は信用しちゃいけないな、そう改めて思った。
「ではご報告いたします。現在起こっている魔物の減少ですが、詳しくは調べきれていないというのが現状です。」
「調べきれてない?」
私が怪訝そうに聞くと、あぁ、とフランクな様子に戻った。
「正直ね、そこを調べるほど人員が足りてないのよ。みなさんご存知の通り、最近魔物の活動が活発になりそっちの討伐が優先されていて、減ってるなんてわけのわからない状況を調べる余裕、おっさんたちにはないわけよ。」
やれやれと疲れたように手を広げもういっぱいいっぱいなんよと伝える。
「確かに、減った理由を調べるのは増えてる理由を調べるより難しいものね。」
イレアが悩むように呟く。
「そーそー。増えた理由なら今までも調査されてなんとなく理由の目星がつくんだけど、減ってるとなるとなぁ、想像がつかないわけで。」
大人二人がうむと悩ましげに手を顎のところに添える。イレアとおっさんが同じように悩んでるのが気に食わなくて、太々しく話す。
「魔物同士が争い合ったり、食糧がなくなったりしたんじゃないの?」
その様子を全く気にしないようにおっさんが話す。
「そうそう、それは想定して調べたんだけど、争った跡も食糧となる植物や動物も特に変化がないんよ。」
ため息をついて困ったもんだろ?とおっさんは続ける。
「しかも東の森って元々魔物が多くないところだからさ、調べるにも手掛かりが少ないのよ。ま、そこで君たち優秀なアビリティ集団にお願いしよう!ってことになったわけよ!」
それって、つまり…。
「大人で探すの面倒だから子供に押し付けようってことね。」
エルネストが皮肉たっぷりにおっさんに伝える。
「おーおーずいぶんスッパリ切るじゃない。ま、ほんとのことだけどね。」
悪びれもせずにいってしまうあたり、ほんとこのおっさんいい性格してんだよな。
エルネストも呆れたように見つめる。
「ま、そういうことだから、正直何もわかってないのよ。だから、諸君らに全てお願いしようと思って!」
「雑だ。」
「雑ね。」
私とエルネストが批判する。
「そういうなよー。信頼してるってこと!素晴らしい才能をお持ちの皆様とオルネラスの天才ともてはやされた保護者様がいればこの問題もすぐ解決でしょ?」
ちらっとイレアの事をみる。オルネラスの天才…?そんなこと言われてたんだ、イレア。その様子をイレアが感情なく見つめている。
「ずいぶん昔の事を言われても困りますが、わかりました。あとはこちらで調査を行います。」
「えぇ、よろしくお願いするかね。」
そう最後まで適当に締めくくりおっさんは移動しようとしていた。
「じゃあ、俺は可愛い部下たちの元にいくから、後は頼んだ。」
「ええ。」
イレアが返事をすると満足そうに笑いかける。
「少年。」
おっさんが真剣な顔でフィルマンの事を見つめる。その様子に慌ててフィルマンが姿勢を正す。
「さっきはごめんな、憧れてるって俺としちゃ嬉しかったんだけど、あまりに希望たっぷりに言うもんだから。ちょっと警告してやらんと後輩のためにならんかと思ってさ。だから、色々わかった上でまだ、希望するなら俺も応援するさ。」
フィルマンの肩に手を置いて困ったように笑いかける。
「…っ!はい!」
フィルマンは勢いよく返事を返す。
「はは!いい返事だなぁ。頑張って悩みたまえよ少年達。」
「「はい!」」
フィルマンとマリウスが仲良く返事をする。熱いなぁ。
「あ、後、才女。」
思い出したように呼ばれ、特に返事をせずにおっさんの方を向く。
「できれば、もう逃げないでくれよ。俺お前捕まえるのもう懲り懲りだから。」
「逃げないよ。」
「そうか。」
少し間を空けて再びおっさんが口を開く。
「すまなかったな。お前らの人生狂わせて。」
知っている。このおっさんは悪いやつじゃない。ただ能力があって、任務を遂行しただけ。このおっさんに当たるのも、腹を立てるのもお門違いだと知ってる。
「別におっさんが悪くないのは知ってる。それに、人生狂わされてない。謝られる必要はないから。」
「そうか。」
その顔は安堵に満ちていた。きっとこの人もイレアと奈月と一緒だ。あの出来事で自分を傷つけるようになった人。
「そんな心優しい才女さまは特別!今度おっさんが稽古つけてやる!」
突然明るく話し始めてなんだこいつと眉間に皺を寄せて睨みつけた。
「結構です。」
「そういうなよー!じゃ、おっさん行くわ!無茶すんなよ!」
「ん。」
そのやりとりをイレアが、顔を歪ませ少し傷ついたように見つめていた。おっさんが言った人生を狂わせてってとこに引っかかってるのかな…。おっさんもイレアも悪くないのに責任を感じて、過ごしている。その事実に胸がいたんだ。
おっさんが去り、気を取り直して今回の件をまとめると
「結局なんもわかってないってことだね。」
「そうね。」
イレアがビジョンを出して東の森の地図を映し出す。
「今日はとりあえず森の視察をする予定よ。二手に分かれて様子を見てきて。魔物がいたらその度に報告して、その周辺にチェックをするわ。スイとマイ、フィルマンとマリウスに分かれて北と南の両方から調査していって。エルネストとマチルダは私のところで待機。もし怪我人が出たらそっちに向かってもらうわ。」
「えぇ、俺エンジェルちゃんと一緒がいいーー。」
フィルマンが駄々をこねはじめた。
「ダメよ。基本このバディでこれからも活動していくから。何か理由がなければ変えないわ。」
イレアがサッパリとお断りする。
「理由?理由なんて愛が…」
マリウスがフィルマンの首を固め、余計なことを言わせないようにする。
「すみません。始めましょう。」
マリウスは偉いなぁ。イレアの目が冷めていくのを感じて首を締め始めるなんて、よくできた子だ。
「ありがとう、マリウス。じゃあ、準備ができた二人から行ってちょうだい。」
その言葉に、マイに確認しようと振り返るとバッチリ目が合った。
「あ、えっと?マイ?行けそう?」
「ええ。大丈夫よ。」
いつも通り淡々と答えてくれる。
「そう?じゃあ行こうか。」
門のところに立ち、門番にバッチを見せて通らせてもらう。
「中央生徒会のスイ・アマミとマイ・フェルバークです。中央生徒会の活動で東の森へ向かいます。」
イレアに教わった通り伝える。門番はバッチを見比べて頷く。
「シルバーの方はゴールドの方から離れないようにしてください。ゴールドの方の監視下のみ活動が許されます。」
あ、そういう感じなのね。マイが私の保護者みたいなね。
「あ、はい。気をつけます…。」
なんか情けなくて縮こまる。我、生徒会長ぞ!!なんて言えなかった。申し訳なさそうに門を潜る。
無事、東の森に辿り着き、バッチを押さえイレアに連絡をする。
「東の森についたよー。活動を始めます。」
「ええ、気をつけて。」
イレアからの返答がバッチを通して聞こえる。結構はっきり聞こえるもんだなぁ。
「さて、行こうか!」
「ええ。」
私たちは北の方を進み周りを見渡すが魔物の気配はない。
「んーいないもんだねぇ。」
「そうね。」
…やっぱり勘違いじゃないと思う。さっきからずっとマイに見られている。あれかな?監視下にって話を忠実に守ってるとか?…でも学校からずっとだからなぁ。
「…マイ?なにかあった?」
「え?」
「凄い視線感じるから。」
どうすればいいのかわからず頬を掻きながら苦笑いがでる。
「…アマミさんは怒らないのかしらと思って。」
「怒る?」
「ええ、話を聞くだけでも壮絶な事ばかりで。捕まった時のこと、研究室に何年もいたこと。それに初日に起きた事だったり、アビリティチェックの直前の様子とか、話してみると知らない事が多かったり。聞いていた話と今の様子を見ると私には想像つかないほどの過去だったんだろうと思ったの。」
そう言うマイは目線を地に這わせながら、丁寧に言葉を紡ごうとする。
「あぁ、ごめん、気を遣わせちゃったね。」
パッとマイがこちらに目線を向ける。
「違うわ。そうじゃなくて。そんな過去があるのにアマミさんは誰にも怒ってないじゃない。」
「うん?」
「私の感覚が間違ってないなら、それだけのことをされたら誰かを恨んでもいいと思うの。研究者なのか、国なのか、それともさっきの隊長なのか。でもあなたは誰にも怒ってない。それが不思議なの。」
ああ、そういうことか。
「怒るかぁ。確かに怒っていいんだろうね。」
考えるように空を見る。夕暮れが空を染め1日の終わりを予告する。もう少ししたら空は夜色に染まるんだ。今日も一日いろんな事があったなぁ。
「んー。でもなぁ。私はラッキーだから。」
「ラッキー?」
「そうそう。」
またマイが理解できなそうに難しい顔をしている。
「私、物心ついた頃から奈月がそばにいてくれて、捕まったらイレアがいてくれた。いつだって大切に思ってくれる人がそばにいたの。それは凄くラッキーでしょ?それにあのおっさんも研究者も私が嫌で悪意を持って傷つけてきたわけじゃない。彼らを取り巻く環境が私を追い込んできた。だから、この辛さを誰かに押し付けるのは違うかなぁって。」
マイがまっすぐ私の目を見てくる。理解しようとしてくれてるんだ。
「あ、でも、あのおっさんには腹立ったり、こいつ!って思ったりするよ?」
あのおっさんの顔を思い浮かべてイラっとする。
「それは、ソメヤさんを傷つけたから?」
「…そう。」
でも、あれは私が素直に捕まってればよかったんだけどね。傷だらけの奈月を思い出して胸がガリっと引っ掻かれたような痛みを感じる。
「でも、まぁ、研究室に入ったからイレアに会えたし、今は奈月とも会える。それにマイ達と知り合えてるわけだから割と上々じゃない?あのおっさんは人生狂わせたって言ってたけど、私からしたらアレがあっての今だからさ!」
「強いのね。」
マイが澱みなくその言葉を私に投げかける。その真っ直ぐすぎる澄んだ言葉が私には綺麗すぎて、マイから目を逸らしてしまう。
「どうだろ?思い出すと取り乱しちゃうこともあるし強くはないんじゃないかな?」
「そんなことないわ。そんな事があっても誰も恨まず前を向けるアマミさんは強い人なんだと思う。」
彼女の言葉があまりにもまっすぐすぎて、受け止めるには胸がいっぱいになりすぎてしまう。いっぱいになった胸が熱を発し頬を温める。
「えへへ、照れるなぁ。」
恥ずかしくなって頬を掻いてしまう。
ガサッ
突然横から何かが動く音がした。
今までそんな気配がなかったのに、またおっさん?
マイと一緒にその音から距離を取る。
ボギっ!!!
何か大きなものが折れる音。なんだと目を凝らしていると二メートルはある大型の魔物が木を薙ぎ倒して現れた。
「ゴォぉぉぉ!!」
凄く荒ぶっている様子で目につく全てを攻撃していた。
「マイ!」
「ええ!後ろに飛ぶわ!」
マイが風を操り宙を舞う。
「イレア!魔物を発見したよ!2メートルぐらいの熊っぽいやつ!なんか凄い怒ってるんだけど!」
バッチを起動しイレアに報告をする。
「わかったわ。退治できる?」
「問題ないと思うよ!」
「そしたらそのまま退治をお願い。無理はしないで。」
「かしこまったよ!」
着地と同時に地面を強く蹴り前に出る。
「援護するわ。」
「うん!」
氷の刀を作り握りしめ、熊型の魔物との距離を詰める。
熊型の魔物が周りに散らかった木を投げつけてくる。後ろから猛スピードで風が来るのを感じ、スピードを緩めず進む。向かってくる木は風に切り捨てられ私を避けて地面にズドンと着地する。熊型の魔物はさらに怒ったようにこちらに向かって吠える。
「グォぉぉぉ!!!!!」
その声の圧にスピードが緩まり、目を細めてしまう。微かに熊型が腕を振るうのを見る。
「アマミさん!飛んで!」
マイのその言葉に思いっきり地面を蹴り上げジャンプする。私がいた所は熊型の魔物の爪によって抉られていた。全力でジャンプしたためか熊型が私の姿を見失って、マイを見つけ出し、そいつは一直線に走り出す。
でかい図体の割に早いな。
そう思っていると突風が吹き熊型の動きを阻害する。マイが短剣ような棒を構え、一線を描く。
風がなぎ、その一線のみが動き出す。周りの木々を綺麗に切り捨てながら進むそれは熊型に当たり、一線の傷を与える。
熊型が痛みに動きを鈍せる。
ここ!!
熊型の周りを囲むように氷柱を作り出し、中心に向かって突き刺す。
無数の氷柱に突き刺され熊型は動きを止める。
鼓動が小さくなり生命が終わっていくのを感じる。
「終わったね。」
「ええ。」
マイが近くに来て、熊型の魔物を観察する。滅多刺しになってるのを気味悪かずに顔を近づける。
「気配がしなかった。」
私がぼそっと言う。
「気配?」
「うん。私のアビリティって物質のアビリティだからさ、無意識でも10メートル先まで物でも人でも魔物でもなんとなくどこにあるか感じ取れるんだけど、全然わからなかったんだよね。」
「そうなの。おかしいわね…」
マイが眉を顰めて考えるように軽く握った拳を顎に当てる。
「とりあえず、イレアに報告するね。」
「ええ、お願い。」
再びバッチのボタンを押してイレアに報告する。
「イレア、魔物退治できたよー。」
「よかった!二人ともフィルマンとマリウスの所に急いで!魔物に囲まれた見たいで、今エルネストとマチルダが応援に行ったわ!」
慌てた声でイレアが状況を説明する。バッとマイと顔をあせ、マイが手を握る。
「わかった!今行く!」
イレアに返事をするとマイが風を巻き起こし、森を一望できる高さまで舞い上がる。
「南東の方角よ!」
イレアがバッチ越しに場所を教えてくれる。
「おーけー。」
目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。南東の方角で多くの物質が動いているところ。
「見つけた。」
目を開き瞬発的に視力を上げる。マチルダがオレンジの障壁を作って魔物の攻撃を防いで、フィルマンが鉄の刃で魔物を攻撃している。奥にはエルネスト。その隣にマリウスが顔を歪めて片膝をついている。マリウスの方から赤色が滲んでいる。
マリウス怪我してる。
「マイ!あっち!!急いで!」
「わかったわ!」
背中に強い風を感じる。ものすごい勢いで森を越え、空を飛ぶ。
「そこ!マイ捕まって!風無くしてくれていいよ!」
マイは頷くと無言で私に捕まり、マイの背中と足を持って抱き抱える。風が止み重力に従いスピードを持って落ちていく。地面と距離を縮め、ゼロ距離になった瞬間地面を柔らかくしてクッションにする。
突然降ってきた私たちに魔物がたちが注目し、声をあげて向かってくる。
マイが手をかざし無数の風の刃を繰り出す。何体かはそれで活動をやめたが当たらなかった魔物は近くの者を襲おうと身構える。
「ダメだよ。」
地面を液状化させる。足を泥に埋らせ身動きができなくなった魔物たちは思い思いに吠え叫ぶ。
「ねぇ、何してくれたの?」
腹の奥がふつふつと音を立てて熱をあげる。全力の敵意を持って魔物たちは私に吠える。
「ごめん、何言ってるかわからないや。」
それぞれの魔物の下から泥の剣山を作り、貫く。
魔物たちは一斉に動かなくなる。
急いでマリウスの側に行く。
「マリウス!大丈夫?!」
近くに駆け寄り、赤く染まった肩を見る。服が破れ血で染まっているが肩に傷はない。
「あぁ、エルネストが治してくれた。」
「よかったぁ。」
ほっとして頬が緩まる。
「エルネスト、ありがとう。」
「このぐらいどうってことないわ。」
エルネストは少し驚いたように目を見開き、目を逸らしながらぶっきらぼうに答える。
「ていうかあんたいつまでそれお姫様抱っこしてんのよ?」
「あ…」
腕の中を見るとこちらをじっと見つめるマイがいた。綺麗なラベンダーの瞳が真っ直ぐこちらを見てるもんで少し頬が熱くなるのを感じた。マイも言ってよ…!
「ごめん!忘れてた!」
「いや、どうやったら人一人抱えて忘られんのよ。」
ジト目でエルネストが呆れる。エヘヘとマイを下ろすと、スカートやらブレザーやらを伸ばして身だしなみを整え始めた。
「いやーエンジェルちゃん、クィーンありがとうー!助かったよー!」
フィルマンが吐き出すように伝えてくる。
「お二人とも凄く息があっていて素敵でした!」
マチルダが感動したように手を握る。確かにさっきもそうだけど、凄い楽だったな。マイ人と合わさるの上手いんだなぁ。
「あ、ありがとう。ていうか、全然魔物いるじゃんね。」
振り返り、倒した魔物たちを見る。ざっと20体はいるだろうか。
「そうなんだよー!いねーなって思ってマリウスと歩いてたらいつのまにか囲まれててさ!なんとか逃げようとしてる間にマリウスが怪我しちゃってまじびびったよ!」
「悪い。」
マリウスが申し訳なさそうに目を逸らす。
「お前は悪くないだろ!」
あっけらかんと伝えるフィルマンにマリウスが気を抜けたように微笑む。なんだかんだ言って仲良しなんだね。
「あ、イレアに報告しないと。」
「そうでした!私がお伝えしておきます!」
マチルダがイレアにテキパキと要点を報告する。
「そう。みんな無事でよかったわ。今日はもう戻りましょう。」
「はい、かしこまりました。」
「気をつけて固まって帰ってくるのよ。」
「はい、それでは。」
イレアとの話が終わりマチルダかみんなに向かって話す。
「気をつけて帰ってくるようにとのことです。」
「はーい。じゃあみんな帰ろっか。」
さすがにこの人数マイの風では帰れないのことなので、みんなで仲良く歩いて帰る。
隣を歩くマリウスにさっきから感じてた疑問を投げかける。
「いつのまにか囲まれたって、マリウス聴覚が特化だったよね?気づかない事なんてあるの?」
マリウスが考え込むように、眉間に皺を寄せる。
「普段はない。大体近くの音は拾えるし、囲まれてることに気づかないなんてこと起きないんだ…。」
「なのに気づかなかったんだよね?」
「あぁ、攻撃を受けた時もいないと思っていたところに魔物がいて避けきれなかった。戦闘中だったから集中して聞いていたはずなんだ。少なくとも10メートルは後ろにいたと思ったんだけどな…」
私の時と一緒だ。あんなでかい魔物気づかないなんてこと今までなかった。二人してむむむと悩んで歩いていた。
バッとマリウスと一緒の方向を向いた。
魔物のけは…。
そう思った時にはマイのすぐ横に狼型の魔物が飛びかかっていた。
「マイっ!!!」
咄嗟にマイを物質として捉えて引き寄せる。
遅かった。
マイが魔物に爪で切りつけられ、血が吹き出す。マイを抱き抱えるように受け止める。その粘着質の液体が頬にあたり、全身に寒気が走る。6年前のことを思い出す。
フィルマンが狼型を叩き切るのを横目で確認して、マイを見る。
「マイ!!」
痛みに耐えるように、目を固く閉じ、白い肌にはうっすらと汗が出てきている。
傷の場所を確認し、手をかざす。
エルネストが焦ったように何かを言ってる。
心臓の音が大きくなって耳に入ってこない。
傷を治さないと。マイの体を捉えて体の働きを、細胞を操る。
傷を塞ぐように細かく刺激する。ーーー。よし。
目を開いてマイの傷を見る。そこには切られた布と血だけが残っており、マイの白く陶器のような肌がのぞいていた。
「アマミさん…?」
「マイ!良かった!もう痛くない?」
「え、ええ。」
戸惑うようにマイが返事をする。
「ちょっと、あんた、そんなこともできるの?」
怪訝そうにエルネストが私の顔をのぞいてくる。
「え?あ、ごめんさっき、なんか言ってたの慌ててて聞こえなくて…」
「治すからどきなさいって言ってんのに、あんたが治しちゃってびっくりしてんのよ!こっちは!」
怒るようにエルネストが詰め寄る。
「あぁ、そっか。いや、自分の体は何度かやったことあるんだけど人の体は初めてで無我夢中だった…。」
「自分の体って…!」
その言葉にエルネストが何かを思い出すかのように、苦々しく目線をそらす。
「物とちがって生体の物質を刺激するのは結構疲れるから、あんまり使わないように言われてるんだけど。人の体だと余計に疲れるね。エルネスト凄いわ。」
「あんたねぇ…。」
疲れたようにエルネストが額に手を当てる。
「もうあんたがとんでもないってことは今日1日でわかったわ。」
はぁとため息をついてゆっくりこちらをみつめる。
「で?だからいつまで抱き抱えてんのよ?」
「あ…。」
腕の中を見るとマイがパチクリとこちらを見つめていた。だから、マイも教えてよ…!
「ご、ごめん!」
「いえ、大丈夫よ。」
腕の力を緩め、マイが立ち上がるのを見て、自分も立ち上がろうとすると足が思ったように力が入らずふらつく。
マイがそっと支えてくれる。気づけば自分の肌に汗がうっすら滲んでいた。
「おっと、ごめん、ごめん。」
「大丈夫?」
「初めてやったから思ったより疲れたのかも。」
心配してくれてるマイを安心させようとおどけたようにえへへと答える。
「無理させたのね。ごめんなさい。」
マイが申し訳なさそうに目を伏せる。
「マイのせいじゃないよ!私がエルネストにお願いすれば良かったのに…」
「いちゃついてんじゃないわよ。」
ピシャリとエルネストが言い放つ。
「いちゃっ!?」
その言葉に頬がカッと熱くなるのを感じる。
「こら!エル!」
「そうだぞ!エルネスト!」
「「いいところだったのに!!」」
マチルダとフィルマンが声を揃えて言う。
この二人、わかり合っちゃってんの?フィルマンはいいとしてマチルダは大丈夫??将来的によろしくないんじゃない??
エルネストが死んだ目で交互に二人をみつめ、はぁーっと大きなため息をつく。エルネストに同情しながら提案する。
「…帰ろっか。」
「…そうね。」
エルネストが疲れたように賛成してくれた。
その後私とマリウスで前方後方で警戒しながら塀までつき、イレアの元へ帰った。その頃には二人ともヘトヘトでつくなり座り込んだ。
「お疲れ様、みんな無事で良かったわ。」
イレアが安心したように表情を緩める。
「ええ、何度かヒヤッとしたけどね。」
エルネストがイレアにことのあらましを伝えてる。
「大丈夫?」
マイが心配そうに顔を覗いてくる。
「うん。ちょっと気を張って疲れちゃっただけだから。」
「そう…。」
まだ心配そうな目線を向けてるマイにニコリと笑って大丈夫と伝える。
「マリウスもお疲れ!」
「あぁ、疲れた。」
フィルマンがマリウスの肩を叩き労ってる。うん、なんだかんだ言って良いコンビだな。
報告が終わったのかイレアとエルネスト、マチルダはこちらに向かう。
「二人ともお疲れ様。報告聞いたわ。二人が魔物の存在を気づかないなんて違和感を感じるけど、今日は一旦帰りましょう。明日また生徒会室に集まってお互い感じた違和感を教えて。」
イレアが私とマリウスを労う。
「うん、わかったよ。」
イレアが頭を撫でて、こちらを慈しむように見つめる。
「全く、聞いたわよ?マイの怪我治したんですって?自分のでも疲れるのに他人なんてもっと疲れるに決まってるじゃない。」
「うん、疲れた。」
力が抜けたように微笑みかける。
「そういう時はエルネストにお願いしなさい。」
「うん、そうするよ。」
ボソボソとフィルマンがエルネストに話しかける。
「なぁ、あれは良いの?いちゃついてんじゃとか言わなくて。」
「…あれは、なんか、いちゃつきっていうよりも子供と親みたいで、遮れないわよ。」
「確かに。」
「フィルマン、無駄話してると置いてくわよ。」
イレアが全く見ずに制する。
「なんで俺だけなの?!」
フィルマンの虚しい叫び声が響き、その日は帰ることになった。




