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チートだったら神さまになれるって本当ですか?  作者: 上野史華
チートだったら生徒会長になれるって本当ですか?
12/33

アビリティチェック

登校2日目、今日は大規模アビリティチェックの日だった。大規模アビリティチェックはそれぞれ学期始めに行われ、今のランクを知る実力テストのようなもの。朝イレアに言われたことをあくびをしながら思い出す。確かランクで会場が変わって、それぞれ学校で着替えてから移動するとかだった。ランクアルファ、ベータはオルネラスでやるみたいだから移動しなくていいらしいけど。


そんなことを考えながら登校していると、校門のところにマイの姿を見つけた。誰かを待っているようで、小さな本を読みながら待っていた。その姿は様になっていて、まるで綺麗な絵を見ているかのような錯覚を覚えた。


小さい本を集中して読んでいるのか、マイの長いまつ毛がゆったりと上下を繰り返す。

「マイ、おはよう。誰か待ってるの?」

凪いでる湖のような瞳が静かに私を映す。

「おはよう。アマミさんを待っていたのよ。」

「あ、私?約束してたっけ?」

「し忘れたから朝から待っていたの。」

「朝から?私を?なんで?」

朝からたくさんの疑問が浮かぶもんだ。その様子に本をぱたんと閉じながら、淡々と言葉を紡ぐ。

「…昨日みたいになったら大変でしょ。」

昨日みたい…。必死になってイレアに縋りついた事を思い出す。あれを見てマイはまたパニックにならないように一緒にいてくれようとしたんだ。優しいなぁ。その優しさに絆される一方で申し訳なさも感じてしまう。出会ったばかりの子にそんなに気を遣わせてしまうなんて。

「ごめん、気を遣わせて。」

「別に謝られることはないわ。言ったでしょ、今の私の役割はあなたをサポートすることだって。」

業務のように淡々と話す彼女は、特別な事はしてないように伝える。役割か…。

「でも、朝から待ってもらって…」

「それも私が約束を忘れてしまったからいけないの。」

「でも…」

「いいから行くわよ。着替えなきゃいけないんだから。」

私の言葉を遮ってスタスタとマイが歩き出す。謝罪はもういらないと言うようなその後ろ姿を慌てて追いかける。なら、言うことはこっちだった。

「マイ、ありがとう。」

「…別に、たいしたことしてないわ。」

すこしできた間に、感謝の言葉を受け入れてくれたのだと解釈する。役目だからって朝から待ってくれたんだ。せめて彼女の役割の負担にならないように提案をする。

「今日みたいなことがあったらまた申し訳ないし連絡先交換しない?」

「…そうね。」

マイが手のひらを上に向け開くと、画面がでてくる。

私もスマビを写し、連絡先を交換する。

登録が終わり、ふとマイの方を見るとマイのスマビに「アマミさん」の文字が見えた。

…ちょっとこれは見逃せない。

「マイ、私、スイでいいよ?」

「大丈夫よ。」

その表情は崩れることなく私の提案を却下する。それに不服そうに口を尖らせ抗議してみる。

「いや私が気になるんだけど。」

「私はアマミさんでしっくりきてるから。」

私の抗議ではびくともしなかった。頑なだなぁ。私、やっぱり、嫌われてる?そんなことを思いながら歩いていると、周りからコソコソ声が聞こえた。


「あれって…」

「中央生徒会長のアマミさんと、マイさんだよね?」

「今日のアビリティチェックどうなるんだろ。」

「そもそもアマミさんのランクわかってないよね?」

気づくとまたあの目線が周りから送られてきていた。体をベタベタ執拗に触られる感覚。探るようなあの目線。好奇に溢れた目線。

綺麗に結ばれたネクタイを軽く掴み、気持ち悪さに耐えようとする。


「アマミさん?」

私の様子がおかしいと気づきマイが声をかけてくれた。

じんわり汗が肌に絡みつくのを感じる。

何か話さないと…そう思うけど喉に唾が詰まって口を開けない。その様子をみてマイが私の手を握る。その長く細い指を、指まで綺麗なんだなんて他人事のように思った時、マイが言葉を発する。


「ちょっと飛ぶわよ。」


「え?」


そういうと体の周りの風が力強く渦巻き、マイと私の体を浮かせる。


「うぇ!?」

初めての感覚に驚きを隠さず変な声がでた。

そのまま学生棟、24階の中央生徒会室のベランダに着地する。取り巻いていた風はあの気持ち悪い感覚を拭うように頬を撫で私のそばを離れていった。その風の行方を追うように目線を隣に移す。風を纏って立っているマイは凛としていて孤高の存在のようだった。確かマイの二つ名はクイーン。ぴったりだな、そう感心していた。


「大丈夫?」


そう聞くマイの声はいつもと変わらず淡々としていた。髪を風に弄ばれながらそれを気にする事なくこちらをまっすぐ見つめる。その瞳に、その姿に目を奪われて、何のことを聞かれたのか一瞬わからなかった。

「あ、うん!もう大丈夫!ちょっと気持ち悪くなっちゃってたけど、もう平気。」

私の目をじっと見て本当だろうか確認している。そのラベンダー色の瞳がこちらを覗き込み、納得したように目線を逸らす。

「…大丈夫そうね。」

「うん、ありがとう。それにしても、今のマイのアビリティ?」

「そうよ。」

淡々と答えながら少し荒れた黒髪を手櫛でなおし、横の髪を耳にかける。先ほどの風を纏う感覚を思い出し、胸が高まるのを感じる。久々に他の人のアビリティを見た。先ほどの動揺が嘘のように興奮が止まらない。

「凄いね!風がブワーッで渦巻いたと思ったら飛んでたんだもん!」

「そんなことないわ、あなたの方がきっとよっぽど凄いんでしょ。」

淡々と否定するマイに、顔をブンブン振ってそんなことないと伝える。

「いや、私、風とか形のないものは扱えないもん!それになんだか気持ち悪いのも一緒に運んでいってくれて、気持ちが楽になった。ありがとう!」

私の言葉にチラッと目線をおくり、淡々と答える。

「なんだかよくわからないけど、大丈夫になったなら良かったわ。教室に向かいましょう。」

スタスタとベランダからエレベーターへ向かう。その後ろ姿を見ながら、胸がゆっくり暖かくなる。私のこと好きじゃないのかもしれないけど、朝から待ってくれてたり、目線から守ってくれたり、役目だからって助けてくれる。

私の周りの人は優しい人ばかりだな…。そう思うと頬が緩んでしまう。


「どうしたの?」

マイがついてこない私を不思議そうに見つめている。そのラベンダーの瞳は温度を感じさせないものだったが、その瞳に自分が写っているのが嬉しくてついニヤついてしまう。

「なんでもない!」

そう言ってエレベーターに乗り込み、学生棟から教室に向かった。

教室に着くと女の子しかいなかった。

どうやら、一斉に着替えるため、中等部と高等部を男子女子それぞれの更衣室にしているらしい。


「あ、おっはよー!マイー!スイー!」

カシアが下着姿で抱きついてくる。昨日は私スイッチじゃなかった?いつのまにか戻ってる呼び方にツッコミつつも挨拶を返す。

「おはよう、カシア。今日も元気だね。」

「今日は特に元気だよ!なんたってアビリティチェックだからね!!」

そういうカシアは腰に手をつけえっへんと得意げにアピールする。その仕草まで可愛らしく同い年とは思えない幼さを彼女に感じる。

「こら、カシア体操服、早く着ないとダメよ」

アーリアが体操服に着替えてやってくる。

オルネラスの体操服は制服と同様で学年ごとにカラー分けされている。私たちの体操服は白地に首元がエメラルドグリーンで縁取られていて、ハーフパンツは黒地にエメラルドグリーンのラインが入っている。ジャージに関しては胸の辺りで色が切り替えられており、上がブラック、下がエメラルドグリーンになっていてフード付きだ。

私はこの体操服がカッコよくて好きだ。


「あ、忘れてた!!」

忘れることある?苦笑いをしているとアーリアが仕方ないなぁと体操服を着せてあげていた。姉妹を通り越して、母と娘のようだった。

「私たちも早く着替えましょう。」

「そうだね。」

制服を脱ぎ、シワにならないように畳んでいたら、何らや目線を感じた。ふと前を見るとカシアがこちらを凝視していた。

「え?何?」

「いや、スイッチ、体も綺麗だなぁって。程よい筋肉程よいお胸で。」

ジロジロ体を見つめられ、ふむふむと何かを理解しているようだった。…いや、多分何にも理解してないんだろう。同性でもこんなに見つめられると少し抵抗がある。カシアだから許されるところはあるけど…。てかまたスイッチになったのね。

「変なところそんなに見ないでよ…。てか、程よいって失礼じゃない?」

「褒めてる褒めてる!」

カシアが真剣に言うもんだからあ、そうなの?と受け入れてしまった。

「でもね、スイッチ、隣みてご覧。」

そうにやつくカシアに促され隣を見ると上半身シャツを脱ぎかけてるマイがいた。


シャツから覗くその華奢な肩は白く、彼女の黒髪が流れるようにその肩に触れる。全てのボタンが外され、あらわになった細く柔らかな腹部は上へ緩やかに曲線を描いていた。彼女の細い手足からは想像がつかない豊満な膨らみは彼女の白い肌に映える黒い布で包まれていた。


「え、意外と大きい。」

ぽろっと言葉が出てしまった。


それを聞いたマイがこちらの目線に気がつき、脱ぎかけのシャツを羽織直し、怪訝そうな顔で見てくる。昨日のフィルマンへの目線と一緒で焦った。

「そうなんだよ!!マイってば細いのに意外と大きいの!!小さい時は背もお胸も小さかったのに、今となっては腰回りとかは小さいままで、背もお胸も大きくなっちゃったの!!!」

凄い熱弁するカシアはもうただのおっさんだった。熱弁のおかげでマイのいつもより冷ややかな目線はカシアの独占状態になった。

「カシアそろそろやめておこう?マイに嫌われるよ?」

アーリアがカシアを止める。カシアが何かアーリアに抗議をしていたけれど、その間に着替えを済ませようと我関せずで着替え終えた。

「スィッチ、体操服になるとまた雰囲気変わるねぇ。」

カシアはまだおっさんモードらしくジロジロ見てくる。

「確かに、なんだかかっこいいね。」

うんうん、とアーリアまで乗ってくる。

「中性的な顔立ちだもんねぇ、いいねぇ、ダブルで美味しいねぇ。」

何がダブルなのか意味不明だったけど、それを明瞭にするのはなんだか徒労な気がしてそっとしておいた。

マイも着替え終わったらしく、長くサラサラな黒髪をポニーテールにしていた。彼女の白く細い首筋があらわになっていた。なんとなくレアなもののような気がしてぼーっと見つめていたらマイがこちらを向いた。

「お待たせ、移動しましょうか。」

「あ、うん。」

慌てて笑顔を作り、あの冷ややかな目線を貰わないように平常心を保つ。アーリアとカシアにまた、と告げ私たちの会場を目指す。半ズボンから出る足は風に撫でられ、若干暖かくなっているそれに春を感じる。


「カシアちゃんたちは違う会場なの?」

「カシアはランクデルタ、アーリアはランクガンマだからそれぞれ違う学校に向かうはずよ。」

マイはまっすぐ前を向いたまま答える。

「あ、そうなんだ」

「私たちはランクアルファ、ベータの合同会場。毎年オルネラスで開かれてるからそこよ。」

「じゃあ、そこに昨日のみんなもいるんだね。」

昨日の個性豊かな面々を思い出す。口では説明してくれたけど、みんなどんなアビリティなんだろう。楽しみで頬が緩む。

付け加えるようにマイが言う。

「あと多分イレアも。」

「あ、朝そんなこと言ってたなぁ。」

朝、イレアが「あなたのアビリティチェックは私の担当だから。」とか言ってのを思い出す。

マイがこちらを見て不思議そうに聞いてくる。

「朝、あったの?」

「あったっていうか、毎朝メディカルチェックとトレーニング見てくれるから隣に住んでるんだよ。」

「そう…。毎朝…。大変なのね。」

何か重いものを受け取るようにマイの目線が下に向く。

「ね、いつも早起きして準備してくれてるんだよね。」

「…。」

マイは何か言いたげだったけど、目線だけがこちらを向き、その口が開かれることはなかった。


「ついたわよ。」

オルネラスの端、一際でかい建物についた。

「ここがアビリティチェック会場。アルストタラスでも数少ない高位アビリティチェック会場よ。」

「おっきいね!」

「このくらい大きくないとランクアルファのテストはできないわ。」

「へぇー」

「へぇって、あなたいつもどんなところでアビリティチェックしてたのよ。」

マイが呆れたように呟く。なんだか知らないことが少し恥ずかしくて笑って誤魔化す。

「小学校の頃は校庭だったし、研究室に入ってからはずっと同じ施設のなかで生活してたから。外から見たことなかったから、大きさとかあんまりわからなかったんだよね。」

「施設の中で暮らしてたの?」

マイが少し驚いたようにこちらに視線をむけた。

「え?そうだよ?研究室にいたって言わなかったっけ?」

「言ってたけど…所属してたってことかと…。」

「まぁ、所属になるのかな?自分の部屋もそこにあったし、小3からはそこでしか生活してなかったよ。」

「それって…。」

マイが眉をひそめて、言いづらそうに口をつぐむ。

あぁ、気を遣ってくれてるのか。

「ま、そうだね、監禁されてたっていうのかな?」

マイの言葉の続きを代弁する。

なんとなしに発した言葉に、マイの表情が曇る。

「…。」

「私は人類の進歩の重要な手がかりだから、人類の宝に何か起きたら大変だ!24時間管理します!って過保護にも程があるよねぇ。」

監禁。重すぎるそのワードを冗談で包み込み、呆れたようにほんと過保護だわぁと笑う。

「笑い事じゃないわ…。」

マイが眉間に皺を寄せて表情をさらに曇らせる。

マイの表情になんだか胸がこそばゆく感じる。それが表情に溢れてしまい、笑いが漏れ出る。

「ふふふっ」

マイが眉間の皺をさらに深くして怪訝そうにこちらを見る。

「何を笑ってるの?」

「いや、だって、マイがそんな顔しなくていいのに。凄い険しい顔で…。ふふっふふふっ」

「そんな話聞いて普通にへーそうなのとはならないわよ。」

「そっか、そうだよね。だからってそんなに険しい顔しなくていいのに…。」

まだ笑いが止まらない私に、マイが拗ねるように私から目線を外し、不愉快そうに呟く。

「同情したのが馬鹿みたいじゃない…。だいたい、そんな過去を無理に笑い話みたいに言うの、どうなの?無理して軽い感じに話す必要もないと思うけど。」

その表情も、その想いもなんだか愛おしくて、笑いで持ち上げられていた頬が自然と微笑みに変わる。

「気遣ってくれてありがとう。でもね、笑い話でいいんだ。」

マイの視線がまたこちらに向けられるのを感じる。その言葉の意味を静かに待ってくれていた。それに応えるようにゆっくり言葉を紡ぐ。

「…あの時は確かに外に出たかったし、友達に会いたかった。でもね、あの研究室の人たちの言ってることも少しわかるんだ。ダブルアビリティって今まで存在しなくて、どんなに頑張ってもそれに辿り着けなかったんでしょ?それが突然出てきて、調べたい!ってなるのは当然だし、それが無くなったり、壊れたりしたら怖いからそばに置いておきます!ってなるのもわかる。ま、行きすぎてない?って思うこともあったけど、イレアがいてくれたから大丈夫だったし。それに何より…」


頬を風が撫でる。冷えた風が太陽に温められ、春の匂いを感じる。見上げると、空には小さな雲が浮かぶだけで青が広がっていた。息を吸うと、空が私の中に入ってくるくるようで、晴れやかな気持ちが広がる。久しぶりに外に出た時のことを思い出す。

あの時から私の中で風と空は自由の象徴になった。


「何より?」

マイがじっと私の言葉を待っていてくれた。


「今、私は外にいる。」


「それが全てだと思う。今私は、外にいて、引っ越して、オルネラスに通い始めて、たくさんの人と知り合った。こんなに望んでた事がたくさん起きているのに、過去を重いものとして持っていたくない。その過去で今の日常を暗くしたくない。だから笑い話にしたいんだ。」

マイを見るとまっすぐこちらを見てくれていた。そのラベンダーの瞳に私がはっきり写されていて、真剣に私を見つめてくれてるのがわかった。


「まぁ、まだちょっと思い出したくないこととか、怖いこととかあるけどね。でも、それもいつか笑い話にしたいなって思うんだ。」


「…そうなの。」

マイが呟く。きっとどう言っていいかわからないんだろう。表情は曇ってもなく、不機嫌そうでもなく、ただ言葉を受け止めてくれていた。


「うん、それまで迷惑かけちゃうかもだけど…。早くそうなれるように頑張るよ。」

「無理しないでいいわ。私の役割だもの。」

「やっぱり、マイは優しいね。ありがとう。」

「役割だからよ。そんなんじゃないわ。」

いつもの様子を取り戻したのか淡々と話す。


「もう行かないと、入りましょう。」

「うん!」

マイはそう言ってスタスタ歩きはじめた。



「うっわーーやっぱり広いねぇ。」

アビリティチェック会場は学校に入ってると思えないほど大きな会場だった。会場となるフィールドをぐるっとスタンド席がかこっていた。


「そうね、アリストタリアでもこの規模はなかなかないわね。フィールドは縦140メートル、横90メートル。地面はアビリティチェック用に土になってるけど、用途に合わせてタータントラックになったり、芝生に変更することもできるわ。」

「さすが、よく知ってるね。」

「このぐらい、当たり前よ。」

それが当たり前なのはマイぐらいじゃないかな?そう思ったけど、怒られそうだったから言うのやめておいた。

「タイムテーブル見に行くわよ。」

「あ、うん。」

流れが全然わからず、とりあえずマイについていく。


向かったのはスタンド席の外側、室内通路になっているところだった。アビリティチェックを受けにきた学生がもう集まっていた。学校なのに服装がみんなバラバラで、違和感を覚えた。

「そっか、いろんな学校が集まってるんだもんね。」

「そうだよ、エンジェルちゃん。」

後ろから声が聞こえて振り返ると、体操服姿のフィルマンさんとマリウスさんが歩いてきていた。二人の体操服はネイビーとライトグレーが基調になっていて、なかなかカッコよかった。体操服ってかっこいいよねぇ、そんな取り留めのないことを思った。そんな二人に挨拶をする。

「あ、おはようございます。フィルマンさん、マリウスさん。」

「ちょっとぉ、固いよ、エンジェルちゃん。俺のこと呼び捨てにしてくれていいって。なんなら敬語もいらないから。」

「でも、先輩だし…。」

「いいの、いいの、俺らそういうの気にしないから。」

「あぁ、気にしないでくれていい。こちらも気を遣ってしまうからな。」

マリウスさんが付け加えて言う。マリウスさんまで言うのなら…そう思い、改めて挨拶をする。

「そっか、ありがとう。よろしくねフィルマン、マリウス。」

「あぁ、よろ…」

マリウスが答えようとしていたときフィルマンがガッツポーズをしながら騒ぎ始める。

「くぁーー!!いいね!!やっぱ、呼び捨ていいね!!たまんないよね!!!」


「…。」


なんだか詐欺にあったような気持ちでいっぱいになった。

「アマミさん、あんまり人を簡単に信用しちゃダメよ。」

マイが冷たくいい放つ。その目は昨日のように冷ややかで軽蔑を表していた。

「うん…。そうみたいだね。」

「すまない。変態で。」

マリウスが死んだ目でフィルマンをみる。

「ちょっと、クィーン!エンジェルに変なこと言うのやめてよ!マリウスも!」

「失礼しました。行きましょうアマミさん。では、また後ほど、マリウス、フィルマンさん。」

マイが高く大きな壁をフィルマンに作りその場を離れた。

それに慌ててついていく。


「ちょっと!クィーン!酷いんじゃない?!」

「フィルマン、お前が悪い。」

この二人はいつもこうなんだろうなぁ。

流石に挨拶なしで離れるのも憚られたのでペコっと軽くお辞儀をして離れる。

「じゃーねー!エンジェルちゃんー!俺のアビリティチェック見てくれよーー!」

「大きな声をだすな。」

フィルマンがマリウスに絞められてる。フィルマンが少し暴れて活動を停止した。あ、落ちた。



人だかりができているところにマイがスタスタと向かう。

どうやらタイムテーブルが書いてあるようで多くの学生がそれを見ようと集まっていた。


上から順に

10:00〜 ランクベータ フィジカルアビリティ

11:00〜 ランクベータ メンタルアビリティ

と記載されていた。


10:00〜のフィジカルアビリティの下に細かく人の名前が書いてあり、その順番でやっていくのだろうと予想がついた。ただ重要な自分たちのタイムテーブルは下の方は人だかりで見えなくなっている。


「見えないね。」

「そうね、待つしかないわ。」

仕方なく後ろの方ですくのを待っていたら、横からゾロゾロと同じ落ち着いたピンクの体操服をきた女の子たちが歩いてきた。先頭を歩いている女の子に見覚えがあった。


「あら、おはようございます。スイさん、マイさん。」

「あ、おはようマチルダ、エルネスト。」

エルネストが同じルミリアの子達を連れて歩いていたのだ。その脇にマチルダがたっていた。大名行列ってこんなんだったのかなぁ、その愛想よく笑うお嬢様たちを見つめる。

「お二人もタイムテーブルを?」

「そうそう、でも人だかりがすごくて、見えないんだよねぇ」

「そうでしたか、では、少々お待ちください。」

マチルダが上品に微笑み、後ろの女の子に何やら話し始める。

女の子がタイムテーブルの方をみて、手元にメモをし始める。何してるんだろう。そう思って見つめていたが、手元のメモは見えなかったので何しているかわからなかった。

エルネストに目を向けると、今日も気だるそうにしていた。

「何よ?」

エルネストが不機嫌に聞いてくる。

「いや、なんか、めんどくさそうだなって思って。」

「そりゃめんどくさいわよ。アビリティチェックよ?ただ検査のために能力を使うなんてめんどくさくってたまらないわ。」

心底だるそうにいうエルネストが少し面白かった。

「ダメですよ!エル!ちゃんと測定して、もしかしたら順位上がるかもしれないですし!」

マチルダがもう!という具合に注意する。

「わかってるわよ。でも、私のアビリティは治癒だから、今の測定方法だったら順位上がるわけないわ。もしかしなくても順位は変わらないわよ。」

「…今の測定方法?」

「出たわね。世間知らず。」

私がキョトンとしてるとエルネストが呆れたように呟く。

「…ランクアルファは実戦測定をするのよ。やらなかった?魔物を50体何分で倒せるかとか。」

今で黙っていたマイが説明するように口を開く。

「あー!やった!それが順位になってるんだ!」

なるほどと納得しているとエルネストがジトーと見てくる。はぁ、とため息をつき疲れたように話し始める。

「本当にあんた、バカにしてるわよね」

「え?そんなつもりないけど…」

「そんなことも知らないで1位になってるんでしょ?そこにいる副会長さんとかその順位を上げるために一生懸命努力してるのに、あんたはしれっと1位になっちゃって…バカにしてるじゃない。」

「あ…。」

「エル!」

その言葉にマチルダがエルネストを強めに注意していた。

チラッとマイをみる。確かにそうだ。そもそも私はマイにとって腹だたしい存在なはずだ。初日にそう理解したのに、ついマイが優しくて忘れてしまっていた。

その視線に気付いたのかマイが言葉を紡ぐ。

「良いのよ。あなたがそういうつもりで言ってないことはなんとなくわかるわ。それにあなたの才能を恨んでも仕方ないから。」

淡々と言っていたが、その瞳に何か揺れる影が見えたようだった。

「うん、ごめん。」

その正体がわからず、ただ謝るしかできなかった。

「あら、心が広いのね第4位さまは。」

エルネストがまたマイに突っかかり、マイは無視を決め込む。止めないとと二人をオロオロと見ていたらマチルダがゆっくり口を開く。

「エル。いい加減にしないとイレアさんに報告しますよ。」

マチルダが微笑みながら言うが、明らかに怒っていた。

マチルダみたいなのが怒ると一番怖いんだよなぁ。

「わかったわよ…。あんたは気を遣いすぎなのよ、マティ。」

エルネストはやれやれと呟く。

「エルは気を遣わなすぎです。将来クルース家を背負って立つ方がこのような事だと困ります。」

真剣にな表情でマチルダはエルネストに諭す。

「そう?じゃあずっと隣で困っていなさい。」

エルネストは悪びれもせずにしれっと言う。

もう…とマチルダが疲れたように注意もしなくなってしまった。

「マチルダ様、出来上がりました。」

先ほどからメモを書いていた女の子がマチルダにメモを渡す。

ありがとうと受けるとマチルダがそのメモ目を通し、満足そうに頷くとマチルダはマイにメモを渡す。どうやらタイムテーブルを書き写してくれたようだった。

どうやったんだろう?アビリティかな?そう思い先ほどの女の子に目をやる。


女の子は先ほどよりなんだか顔が赤くなっていて、目がうっとりしてる気がする。どうしたんだろうと思っていると鼻からツーっと血がでてきた。

「!ちょっと大丈夫?!」

驚いて駆け寄る。

女の子は鼻を抑えながら私を片手で制止する。

「大丈夫です。軽い発作がでただけなので。」

「発作?!大丈夫じゃないでしょ!」

鼻血なんて…思い出されるのは小3のアビリティチェックの日。能力を使いすぎて倒れてしまったあの時、最初に症状が出てきたのは鼻血だった。

マチルダも慌てて自分のハンカチで女の子の鼻を軽く抑えてあげる。

「サラ!すみません、無理をさせてしまいましたね…」

「っ!」

サラと呼ばれた女の子はマチルダを凝視して、また目をうっとりさせた。突然ハッとして慌ててマチルダに伝える。

「お気になさらず!これは、ちょっと、違いますから…!」

「ですが…」

「マティ、そのままおさえてなさい。」

エルネストがその子の鼻の上にそっと手を添える。

緑の柔らかな光がエルネストの手から放たれている。この光…どこかで…?

「いいわよ。」

そういうとマティはおさえていたハンカチを外した。

彼女からもう血は垂れておらず、治ったようだった。

「エル、さすがです。」

マチルダが優しく微笑む。エルネストの事を信頼している目だった。

「こんなのどうってことないわ。」

エルネストが気にせずに答え、サラと呼ばれた女の子の頭に手を乗せて撫でる。

「無理するんじゃないわよ?部下の体調管理は私の仕事なんだから。」

そういうエルネストの目は優しく細められていた。先ほどまでの気だるそうな姿からは想像がつかないような表情だった。

言われた本人はさっきより紅潮した頬に、うるうるとした瞳。なんだかやな予感がする。

「…はぃ。」

予感は的中した。

返事をした彼女は、両方の穴から血を垂れ流した。

また慌ててマチルダがハンカチで抑える。

「どうしたのですか?!」

他の取り巻きの子達がサラと呼ばれる女の子をマチルダから離す。

「マチルダ様!!もうご勘弁ください!!」

「え!?」

「サラはもう限界です!!」

「なんのことですか?!」

マチルダはわからないと驚きを隠せない様子だった。

その様子に彼女たちの取り巻きが次々と話し始める。

「マチルダ様とエルネスト様のいちゃつきを近くで見させられた上に、お二人に介抱されるなんて!!」

「なんですか!さっきの、エルネスト様のずっと隣で困っていなさいって!一生隣にいてくれってことですか!プロポーズじゃないですか!!」

「マチルダ様もいつもはエルネスト様を注意ばっかりしているのに…!エル、さすがですって…!!あんな優しい目でエルネスト様を見て!!」

「挙げ句の果てにエルネスト様!!」

エルネストは凄い勢いで名前を呼ばれて少しびっくりしたように、肩をびくつかせた。

「頭を撫でながら、無理するんじゃないわよなんて…!!あなたたちのためならなんだってさせていただきますよ!!無理なんて何度だってさせてください!!!」

そう言い放った取り巻きの女の子に他の子達がよく言ったと賞賛を送っている。

ひとしきり称賛が終わると冷静さを取り戻し、淡々と話し始める。

「では、サラは医務室に連れて行きます。」

「…あ、はい。お願いします。」

圧倒されていたマチルダが慌てて返事をする。

数名に連れて行かれている姿を見て目をぱちくりさせるマチルダに対し、ジトーと死んだ目で見送りまだ残っている取り巻きをチラッと見てため息を吐くエルネストだった。


あまりの出来事に処理がうまくできないけど、とりあえず、あの二人は愛されてるんだなぁ。とりあえずそれに落ち着こうとしたら、後ろから話しかけられた。



「スイ?あんた何してんの?」

聞き慣れた声に思わず、勢いよく振り向く。まさかいると思っていなかった。

「奈月!!」

怪訝そうな顔をした奈月がたっていた。思わぬ出会いに勢いよく飛びつく。


「凄い騒ぎになってたからのぞいてみたら、あんたが近くにいてびっくりしたわよ。」

「あぁ、ちょっと色々あるみたいで…」

苦笑いで誤魔化す。マイが目を見開いてびっくりしたような顔をしていた。きっと私に知り合いがいてびっくりしたのかな?さっき研究室の話してたし。それになんだかみんなざわついている気がするけど、奈月に会えたのが嬉しくてあんまり気にならなかった。

「それにしてもまさか奈月がいると思ってなかったから、びっくりしたよー!」


「「「はぁ?」」」


周りから一斉に声があがった。

え?なに?こわっ。

その声に怯え、周りを見渡す。それを奈月が苦笑いで言葉を紡ぐ。

「あはは…。スイに言ってなかったっけ?私もこの会場で…」

「ていうか、ソメヤさんがここの会場じゃなくでどこに行くのよ。」

エルネストが奈月の言葉を遮り、またか…と呆れる。

「え?そうなの?じゃあ、あの時からランクアップしたんだ!だってあの時ランク3だったもんね。さすが奈月だなぁ。」

「いやあんたねぇ」

エルネストは怪訝そうに目を細める。

「あ、そうか、エルネストさんたちは奈月と同じ学校だから知ってるのかぁ。」

「…別に同じ学校がなくても知ってるわよ…」

「あ、そうなの?」

「あんたもうしゃべんないほうが良いわよ?」

エルネストはため息をつきながら制止する。

奈月有名人なのかな?でも、確かに奈月は最初ランク1だった。そこからこの会場にいるってことは4つもランクをあげたんだ。大体、ランクアルファ〜5高位アビリティ保持者は入学時にランク3以上で最初から能力が比較的高いものがほとんどだ。頑張ったんだ奈月…。そんな努力ができる自分の親友がさらに誇らしくなった。


気づくと周りのシラーとした目が痛いほど刺さってきた。気まずそうに笑っているのは奈月だけだった。

「あの方は、うちのナイトを知らないのでしょうか?」

「ソメヤ様を知らないなんてこのアリストタリアにいるとは思えませんが…」

「でもソメヤ様を下の名前で呼ぶくらい親しげでしたよ?」


コソコソ聞こえるが、なんのことかわからない。助けて欲しくてマイの方を見ると、仕方ないと言うふうに口を開く。


「…アマミさん、ナツキ・ソメヤさんはアリストタリア第2位のランクアルファよ。」


奈月がランクアルファ?

「え?奈月最初ランクゼータだったんだよ?」

マイに確かめるように問いかける。だってアルファで第2位ってことは、この国で2番目に強いアビリティで…。理解が追いつかなかった。

「ええ、有名よね。」

「高位ランク保持者って大体最初からランク高くないとって…?」

「それを壊したのがソメヤさんよ。」

「…え?」

本当かと奈月の方を向く。

照れたように笑う奈月が皮肉を言ってくる。

「なによ、そんなに信じられないの?」

「いや、だって…」

「言ったじゃない、あんたがいなくなってから頑張ったって」

頬を掻きながら、微笑む奈月に目の奥が熱くなり、その言葉に胸が空気で張り詰められたようにいっぱいになった。


あぁ、本当に、本当に…私の親友は凄いなぁ。世界のあらゆる人に自慢したい。私の親友は凄いだよ、かっこいいんだよって。


「何、泣いてんのよ。」

気づくと涙が頬を伝っていた。困ったように笑う奈月にもっと胸が張り裂けそうになった。一人でどれだけの努力をしたんだろう。本気で私をあそこから連れ出そうとしていたんだ。その事実があまりにも私には贅沢すぎて受け止めるのに両手では足りないと感じた。

「だって…。奈月が、カッコ良すぎるから…。」

「意味わかんないわよ。」

あやすように頭をぐりぐりと撫でてくる。

あたまがボサボサになると思い、奈月の手を押さえてやめてよと目で訴える。


いたずらっ子のようにニッと笑う姿は小さい頃の奈月のままだった。私のヒーローは変わらずヒーローでいてくれたんだ。

それが嬉しくて、愛おしくてたまらず奈月に抱きつく。


「あんたは、小さい頃と本当変わんないわね…」

奈月が呟く。

「奈月も人のこと言えないよ。」

カッコ良すぎるこの親友をそっと抱き寄せる。その優しさを強さを少しでも近くで感じたかった。それに応えるように奈月の腕が背中に回るのを感じる。


奈月を抱きしめていたら人だかりがタイムテーブルの方じゃなくて私たちを囲ってる事に気がついた。

「うぉ、熱烈。」

「あれ、ソメヤさま?」

「え、あの子ずるい、私もソメヤ様に抱きしめてもらいたい。」


奈月と抱き合ってるといつもこうじゃない??まあ、そんなに頻繁に抱き合うなよってことか。

奈月がそれに気がつきアハハハハと下手な作り笑いをして、わたしの手を引っ張る。

「失礼しましたぁ。」

またこのパターンだな。マイとはぐれちゃうと思いとっさにマイの手を握って一緒に人だかりから逃げる。



3人でスタンド席に逃げ込み目線から逃れられたのを確認する。

「今回は翠からだからね。」

奈月がジトっと睨んでくる。

「ごめんて、なんか、感極まっちゃって。」

思い出すと恥ずかしくなり、エヘヘと笑って誤魔化す。向き直り、咄嗟に掴んだ手を離しマイヘ謝罪する。

「マイも巻き込んでごめんね。」

「いえ、大丈夫よ。」

いつものように淡々と応えてくれ、チラッと奈月をみる。

「アマミさん、ソメヤさんと知り合いだったのね。」

「うん!奈月は生まれた時から一緒だから。」

「そうなのね。同郷が一位と二位なんて才能に溢れた国なのね。」

「えへへー照れるなぁ」

マイに褒められて照れていると奈月が呆れたように溜息をついていた。


「で?あなたたちタイムテーブルはもう見れたの?見に行ったら翠がいたから見損なっちゃったんだけど。」

「あぁ、大丈夫だよ。マイ、マチルダさんにメモもらってたよね?」

「ええ、私たちは後半。現在の順位順にやっていくから私、ソメヤさん、アマミさんの順でよばれるみたいよ。」

「じゃあ奈月の見てからってことだね!楽しみだなぁ。」

からかうように奈月をみると頬をひくつかせおもっきり嫌そうな顔をしていた。

「変なプレッシャーかけるのやめなさいよ…。」

クスクス笑っていると、会場にアナウンスが流れる。

「これよりランクベータ フィジカルアビリティのアビリティチェックを行います。グループ1の生徒はフィールドに集まってください。」

そのアナウンスに、期待が膨らむ。楽しみでたまらなく奈月とマイに話しかける。

「お、始まるみたいだよ!!」

「なんでそんなに嬉しそうなのよ…。」

呆れ気味の奈月に、私の様子をじっと見つめるマイがいた。テンションが上がっていない二人に興奮気味に伝える。

「だって!高位ランクのアビリティチェックなんて初めてなんだもん!」

ショーを観にきた感覚だった。一体どんなアビリティがあるのか、どんな強さなのか。胸が高鳴り、頬が紅潮するのがわかった。手すりに身を乗り出し、始まるのを待っていた。

「だからって、ちょっと落ち着きなさいよ…!目立ってるわよ…!」

奈月が小声でなだめる。そう言われてハッと周りを見渡す。

「なにあの子、ランクベータになったばかりかしら…」

「あんなに目をキラキラさせて、かわいー。」

頬の熱が耳に移るのを感じる。

「…ごめん。」

「…まったく…ふふっ」

奈月が仕方ないなと困ったように笑っていた。そんな奈月の様子をマイが意外そうにみていた。

「マイ?どうしたの?」

「あ…いえ…なんでもないわ。」

「そう?」

「ええ、始まるわよ。」

マイの言葉に急いでフィールドをみる。

フィールドではフィジカルアビリティのアビリティチェックが行われていた。

フィジカルアビリティのアビリティチェックは単純でスピード、体力、身体の使い方を確認する。その後にそれぞれの得意な分野を測定、総合的なランクをだす。

まずは、スピード。これは単純に100m先にあるゴールをどれだけ早くきれるかだ。発射音とともに一斉にスタート。確かランクベータだと8秒以内だったはず…。

ランクベータのフィジカルアビリティ保持者がずらっと横に並ぶ。そこにマリウスを見つけた。

「あ、マイ、マリウスがいるよ!」

「ええ、ほんとね。」

興味なさそうに答える。ちらっとマイの方を見るとその瞳はただ感情なくその風景を映し出しているものだった。

「何?知り合い?」

奈月が聞いてくる。

「そうそう、中央生徒会のメンバーでマリウスって言うんだー。」

「へー。」

こちらも興味なさそう。二人とも、もっと他の人に関心持とう?

二人の分まで私が応援するよ。マリウス。頑張れ。

流石にこれ以上目立ちたくないので心の中で応援する。


会場が静まり返り、ただその音が鳴るのを待っている。息が詰まりそうなぐらい空気が張っている。


ビーッ。


電子音が静寂を不恰好に切り裂く。


1番初めに動いたのはマリウスだった。確か彼は聴覚の特性を持っていた。音が他の人よりよく聞こえるのだろう、その反応が誰よりも良かった。


あっという間にゴールし、それぞれタイムが伝えられていく。

「おぉ、圧巻だね。」

「そうね、こうも一斉にあのスピードで走られると迫力があるわよね。」

奈月が同意してくれる。


その後もアビリティチェックは順調に進み、少し早いぐらいでランクベータのアビリティチェックは終了した。

「いやーー、本当にショーを見てるみたいだったよ!!」

女の子が自分の体を超える岩を軽々と持ち上げたり、手から花火を出したり、魔物を操ったり、小学生の時には見れなかった風景がたくさんあった。

「ショーね…。確かにいろんな能力があるんだなぁとは思うわよね。」

「うん!次はランクアルファ?もっと凄いんだろうなぁ…!」

ランクベータがこんだけすごいとランクアルファはどうなっちゃうんだろう…!ワクワクが止まらない。

「ワクワクしてるところ悪いけど、そろそろご飯食べない?」

「ご飯?」

「もう昼よ?」

奈月に言われ時計を見ると12時をとっくに回っていた。

「…うん?ご飯?」

「…そう言えばあんた手ぶらだったわね…。」

嫌な予感がすると奈月がジーッと見てくる。

「忘れちゃった☆」

「何してんのよ…。」

「え?マイは?」

「ゼリー持ってるわ。」

パウチ型のエネルギーの吸収を早めるタイプのゼリーを見せてきた。

「え?それだけ?お腹すかない?」

「ええ、大丈夫よ。」

「少食なんだね…」


さっきまで興奮でお腹が空いてるなんて気づかなかったけど、目の前にご飯を持ってこられると胃がそれを求めてしまう。


「あ、いたわね。」

後ろから、いつもの声がした。


「あ、イレア。」


そこにはイレアが立っていた。今日は白衣をきて、研究モードだった。その手には紙袋が握られていた。

「あんたに昼ごはん渡し忘れて。」

「イーレーアーー!」

「何よ?」

「大好き。」

心から、いや、胃から愛を伝える。

「イレアが作ってくれたの?」

「んなわけないじゃない。」

「ですよねぇ。」

「なによ?」

イレアが持ってきてくれた紙袋を私から遠ざける。

「いいえ。ありがとうございます。お腹ぺこぺこでした。」

「…まぁ、いいわ。」

イレアから昼ごはんを受け取り、大切に腕で抱え込む。それにしてもこんなに大きな会場でよく見つけられたものだなぁ。

「良くここがわかったね。」

「まぁ、目立ってたから。」

「え?私騒ぎすぎてた?」

「スイじゃないわ。」

「じゃあ奈月か。だめだよ静かにしてないと。」

奈月にまったくもーとふざけてみる。

「しばくわよ。」

奈月がギロリと睨みつけてくる。それにくすくすと笑いを漏らす。

「まぁ、ルミリアのナイトとオルネラスのクィーンが仲良く並んでたら注目の的にもなるわ。」

「あぁ、二人とも有名人だからか。」

「そういうことね。」

当の本人たちは気にしていなそうだったけど。

「じゃあ、私は行くわね。ちょっと抜けるって言ってきただけだから。3人ともアビリティチェック頑張って。」

イレアはそういうと、フィールドの方に戻って行った。

もらった昼ごはんを開けると美味しそうなサンドイッチが入っていた。

「うまそー!」

「あんたあれから料理の練習してるの?」

奈月がお弁当を開けながら聞いてくる。

あれからというのは、オムライス(厚焼き&スクランブルエッグ)のことかな?

「…。まぁ、スーパーの企業努力をね。お借りしてるって感じではあります。」

「してないのね…。」

「チャレンジしたんだけど、よく焼きの厚焼き卵が完成して、厚焼き卵のクオリティばかり上がるんだもん。」

「あんた、他のことはそつなくこなすのに、料理はほんとダメね。」

くそぅ。この話題は部が悪い。話を逸らさないと。

「マイは料理するの?」

「私は普段お手伝いさんが作ってくれるわ。」

「お手伝いさん…!」

「でも、自分でもするのは好きよ。最近はできてないけど。」

「お手伝いさんもいて、自分でもできるのですか…!」

なんと贅沢な子…!

「アマミさんはしないの?」

「翠は前、オムライスを作ろうとしてスクランブルエッグになったり、すごく立派な厚焼き卵が出来上がったり逆にセンスに溢れてるんじゃないかなって感じよ?」

私の代わりに奈月が答える。終わりの方は声が震えていた。あのチキンライスに鎮座する厚焼き卵を思い出しているのか笑いを堪えていた。もはや堪えきれてないけど。

マイが手を軽く握って口のところに持ってくる。何かを考えるような仕草をして、真面目な顔で呟く。

「厚焼き卵…。興味深いわね。」

「いや、全然興味深くないよ。ただの失敗だからね?」

興味深いの一言に奈月がぷふっと笑いを漏らす。

「もう、この話は…」


ドゴォン!!!!


そう言いかけた時、フィールド上から衝撃音がした。


「え?何?」

突然の爆音に驚き目を見開く。

フィールドを見たら砂煙が視界を塞いでいた。

「ランクアルファのアビリティチェックが始まったのよ。」

奈月がお弁当を開きながら、何事もなかったかのように教えてくれる。

「これがランクアルファ…」

初めて自分以外のランクアルファの実力を知る。その威力に本当に自分が第一位なのか自信がなくなる。

「これは多分セイント・ルカ学園のフィジカルアビリティね。」

奈月は今朝作ったであろう卵焼きを頬張りながら話す。

「…奈月?よく平然としてられるね。」

「ん?まぁ、毎回のことだから。そのうちなれるわよ。ほら、隣もそうじゃない。」

そう言われてマイの方を見ると、フィールドを関心なく瞳に映しながらちゅーちゅーゼリーを吸っていた。

本当だ…私も慣れるとそうなるのかな…

少し先の未来を想像したが、視界に多くの学生が興奮し爛々と目を輝かせて、フィールドの方を見ているのが入った。

いや、二人がおかしいんじゃん。


「翠、卵焼き食べる?」

まるで普通の昼休みを過ごす奈月にため息が出る。

差し出された箸の先に卵焼きが器用に挟まれていた。

…いただきますけど…。パクッと口に入れると卵と出汁とお砂糖の優しい味がした。染谷家の卵焼きの味だ。優しい温もりの味。


「…うま…。」

「でしょ。」

ニッと笑う。奈月のこの笑顔は照れてる時のものだった。

「おばさんの卵焼きの味だ。」

「お、さすがにわかるのね。教えてもらったんだ。あんたこれ好きだったでしょ。」

「うん。これ好き。」

「これならあんたでも作れそうだね。立派な厚焼き卵作れたんだし。」

「いや、まぁ、そうだけど…」

厚焼きの話もう出さないで欲しいなぁぁ。あれ失敗だからぁ。そういうとまたいじられるから言わないけど。

「ま、レシピ教えないけどね。」

「突然意地悪じゃん。」

「翠に何かして欲しい時に、取引材料として使えるじゃない?」

「そんなことしなくても、お願いされればなんでもするよ。」

奈月がコロコロと喉を鳴らしながら笑う。

その姿をマイがまた意外そうに見つめていた。

さっきからなんだろう…なんだか聞いちゃいけないような気もするし…

そんなことを思っていたら今度はスタンド席から大きな音がでた。


きゃーーーー!!!


女の子の悲鳴?歓喜?だった。


「え?!今度は何?」

アビリティチェック中に人の悲鳴なんて…

「あんたんところのプリンスじゃない?」

奈月が興味ないを通り越して太々しく言い放つ。

「プリンス??」

私のところのプリンス?オルネラスのプリンスってこと?そんな人いたっけ…いや、いたわ。

「アルよ。」

そう言ったマイはさっきより平べったい目でフィールドを見ていた。その手には食べ終わったのか同じく平べったくなったパウチが掴まれていた。


やっぱり。王子って感じするもんねアルバードさん。

「アルバードさんもランクアルファなんだ。」

「そうよ。アルはアルスタリア第7位のメンタルアビリティ保持者よ。」

「あの見た目でランクアルファなんてほんとに王子様だねぇ。」

「…。」

奈月もマイも返事をしない。二人の目を見てみると心底どうでもいいという感情が読み取れた。

この二人にこの話題はどうやらダメらしい。フィールドに目をやるとどうやら検査測定は終わったらしく、実践測定が始まろうとしていた。


「では、これよりランクアルファ、アルバード・ブラッツの実践測定を始めます。」

アナウンスが流れると再びスタンド席から黄色い声援が送られる。


「アル様ぁ!頑張ってくださいー!」

「カッコいいーー!こっち見てー!」


その言葉にアルが感じの良い笑顔を作り手を振って応える。


きゃーーーー!!


再び悲鳴に近い歓声がきこえる。


もうアイドルだな…。そう思って見ていると自分の目もシラーとしていることに気がついた。これに関しては二人と同意見かもしれない…。


フィールド上に魔物が放たれる。

まるで地面から突然魔物が出てきたようだった。何かがパキッと割れる音がしたあと、縮小されていた魔物が通常の大きさになって現れた。

「え?なにあれ?」

私の疑問に奈月がキョトンとこちらを見る。

「…翠知らないの?」

「え?うん、アビリティチェックの時、全部用意された後に行っていたから。」

「小学校の時も?」

「あの時は檻に入ってる魔物が放たれてたと思うけど…。」

「…まぁ、うちの国の規模だとそうなるのか…。」

少し残念そうにため息を吐く。いまだに疑問が晴れてない私を見てマイが口を開く。

「あれは魔物捕獲用の縮小ボールよ。外壁の外から魔物をボール状の檻に捕まえて、持ち運びやすいように縮小できるの。管理局の執行部隊が管理してるから、要請できる学校が限られているわ。」

「あ、そうなんだ。確かに一人につき50体、どうやって準備するんだろうとは思ってたけど…。」

なるほど、最近の技術はすごいなぁ。フィールドを眺めていた時ふと静かになった奈月を見る。次は奈月がマイをじっと見つめていた。なんだこの二人??どうしたの?と聞こうとした時、魔物の叫び声にかき消される。


再びフィールドに目線を戻すと3種類のお馴染みの魔物が雄叫びを上げていた。

力の強い猪型の魔物、スピードのある狼型の魔物、飛行ができる鳥型の魔物が合計49体。最後の一体は魔物ではなく耐久に優れた大型のロボットだ。一応モチーフは魔物も入っているらしく、どことなくおどろおどろしい気がする。準備ができたのかアナウンスが入る。


「では、実践測定開始まで5.4.3.2.1。スタートです。」


その言葉と同時にアルバードは両手をかがげ、何かを押さえつけるように振り落とす。

同時に魔物たちが動きを鈍らせる。体が押さえ付けられてるように体を歪ませる。


「これ…何が起こってるの?」

私の疑問にマイが答える。

「アルのメンタルアビリティは重力。今は全体の重力を強くして魔物をおさえつけているのよ。」

確かに鳥型の魔物は徐々に地面に落ち、狼型はスピードが鈍くなり思うように身動きが取れなくなっている。力の強い猪型の魔物だけは、アルバードの方へ足を動かしており、大きな変化は見られない。


ここからどうするんだろ…。少し心配になりながら見つめる。


アルバードは何がを宙に放り投げた。小さい1センチほどの鉄の玉だろうか。綺麗な曲線を描いていた鉄の玉は突然スピードを上げ、鳥型と狼型の魔物へ弾丸のように飛んでいく。身動きが取れず、ただ撃たれるだけになった魔物は次々と活動をやめる。

猪型は重力の負荷をものともせずに着々とアルバードに近づいていた。突然猪型の魔物が信じられないスピードを出しアルバードを通り過ぎ、フィールドの壁へ直撃する。


「え?」

「…魔物の重力を0に等しくしたのよ。全力で走っていた魔物は自らの一歩で壁に叩きつけるられたの。」


猪型の魔物が身悶えている間にあの鉄の球を無数に撃ちつけトドメを指す。


残されたのは大型のロボットだけだった。

アルバードは地面を円を作るように撫でる。その形に地面が割れ、アルバードが軽々と持ち上げる。ヒョイっと軽いものを投げるように天高く投げる。大型のロボットの遥か50メートルほど上まで上がると、その塊はロボットの頭上へ勢いよく落下していった。

大きな衝撃音と共にロボットが傾く。それを逃すまいと次々と地面がロボットの方へ飛んでいく。


無数の地面に押しつぶされたロボットは原型を留めずガラクタになって崩れ落ちた。


「ランクアルファ、アルバード・ブラッツ実践測定終了、タイムは5分24秒です。」


きぃっゃぁぁぁ!!!


破裂するように黄色歓声が飛び出る。


「カッコ良すぎる!!!」

「オルネラスの絶対王子!!!」

「好きーーーー!」


最後のはただの告白だったよね?


王子様はその爽やかスマイルを惜しみなくファンへむける。


「…なんか、凄いね。」

「毎回よ。」

奈月が呆れたように遠くを見つめていた。

マイがおもむろに立ち上がり荷物をおく。

「あ、次、マイの番?」

「そう。行ってくるわね。」

「うん!頑張って!」

ええ、というとスタスタとフィールドへ向かう。


「意外と仲良くやれてるじゃない。」

頬を手のひらに乗せて気だるそうに奈月が話し始める。

「え?」

「マイ・ファルバークよ。」

奈月は特にこちらを見ることもせず、過去を辿るように話す。

「あの子、なんだかいつも、関心なさそうに、私は興味ありません、勝手にやってくださいって感じなのよ。翠、あの施設に長く入っていて知らないことも多いし、ほったらかしにされてんじゃないかと思ってたけど、ちゃんと相手してもらってんのね。」

「相手してもらってるとは随分な言い方をするなぁ。」

不満そうに呟くと、奈月はクスクスと笑う。

「だって、何かと説明してもらってたじゃない。何も知らない子供が大人に聞いてるみたいだったわよ。」

「そんなんじゃなかったよ。」

ジーっと抗議の目線を送る。確かにわからない事マイがなんでも教えてくれるからさ…。

その様子が満足なのかさらにクスクス笑う。こちらを向き、頬を緩めて優しく微笑む。

「そんなに怒らないの。安心したのよ。違う学校でちゃんとやれてるみたいで。」

頬を手で支えたまま、もう片方の手でピンと私の眉間を弾く。

弾かれた眉間は少し痛かったが、むず痒いようなそんな甘い痛みだった。



話している間にマイの検査測定は終わったらしく、実施測定にうつっていた。


「では、これよりランクアルファ、マイ・フェルバークの実践測定を始めます。」


アナウンスが流れる。


「マイ様ーー!素敵ですーーー!」

「うぉぉぉ!マイさん今日もお美しい!!!」

「クィーン!!愛してます!!!」


黄色い声援の中に図太い茶色い声援も入ってるきがする…。マイって男女問わず人気者なんだ。まぁ、綺麗だし、かっこいいしね。


「では、実践測定開始まで5.4.3.2.1。スタートです。」


その言葉を合図に、会場の風がビュゥっとマイの方は集まって行った。マイはただ前を見つめ、その風を身に纏う。徐々に風が大きく吹き荒れる。


「うわ、凄いね。」

自分の髪も風に遊ばれ毛先があちらこちらに向いていく。

「…こんなもんじゃないわよ。このアリストタリア、風のアビリティのトップ、オルネラスのクィーンは嵐を起こすわよ。」

その言葉は比喩でもなんでもなく、フィールド上に竜巻が巻き起こっていた。

魔物たちは次々と巻き上げられ、嵐が止む頃には全ての魔物が活動できなくなっていた。残すは大型のみ。測定開始からやっとマイが動く。開始から握っていた刀のようなものを構え、横に一線振り抜く。それは風の刃になり距離を追うごとに大きな一閃になっていく。その一閃は大型を軽々切り裂き上部が地面にドンっと落ちる。


「ランクアルファ、マイ・フェルバーグ実践測定終了、タイムは3分36秒です。」


例の如く歓喜。


「マイ様ーー!一生ついていきますーー!!」

「クィーン結婚してくれー!!!」

「愛してるーーー!!!」


マイのはなんか、アルバードさんのとテイストが違うんだよなぁ。なんか、崇拝っていうか、ガチっていうか、熱烈なんだよね。まぁ、本人は耳に入ってないみたいだけど…。



「じゃあ、行くわね。」

奈月が立ち上がり、座り疲れたというように背伸びをする。

「あ、まって。奈月。」

さっきのマイの風でボサボサになった髪を整えてあげる。

「ん。ありがと!じゃ!行ってくる!」

奈月がニッと笑う。

「うん!奈月!頑張って!」

「任せなさい!」

そういうと奈月は嬉しそうにフィールドへ駆けて行った。

入れ違いでマイが戻ってきた。奈月の様子をすれ違いざまで見つめる。

「マイ、お疲れ様!凄かったねぇ。かっこよかったよ。」

「ありがとう。前回とタイムは大きく変わってないのだけれど。」

称賛の言葉に喜ぶそぶりを見せずに返事をする。

「そうなんだ。でもあんなに凄い風のアビリティ初めて見たよ!」

「そう、それはよかったわ。」

淡々と答える視線の先はフィールドで準備している奈月だった。先ほどから気になっていたことをぶつける。


「奈月の何か気になるの?」

「え?」

マイが不意をつかれたように目を見開く。

「ほら今日ずっと奈月のことみてたから。」

「あぁ、そうだったかしら。」

少し悩むように目線を下げたが、ゆっくりと目線を持ち上げこちらを見る。

「意外だったの。彼女があんな風に笑ったり、嬉しそうにしたり、誰かと気軽に話したりしてたのが。」

「え?奈月の事?」

「そうよ。彼女はアビリティチェックでしか一緒にならないけど、いつだって何か気に入らなそうにしていたり、ずっと張り詰めてるような緊張感があったり。とにかく誰かと楽しそうに笑ってる姿なんて見たことなかったから。」

そういうマイは奈月の事をじっと見つめていた。


奈月が。少し信じられなかった。私に映る奈月はエネルギーに溢れていて、話しかけるとクスクス笑って、私をいじってふざけて、何かすると爛々とした目で誉めてくれる。

今日の奈月は私にとって普通の奈月だったけど、マイからしたら変な奈月だったってことか。


きっと奈月はあの事件があって、この国の人たちを信用できなくなったんだろう。アビリティチェックはこの国の研究者が集まる機会でもある。きっとその人達に不信感と不満を抱いていたんだ。


そんな事を考えていたらマイから声をかけられた。

「実践測定始まるわ。」

フィールドを見ると軽く体を動かしている奈月がいた。


「では、これよりランクアルファ、ナツキ・ソメヤの実践測定を始めます。」


アナウンスが流れる。


アルバードの時に負けないぐらいの黄色い声援が飛ぶ。


「ナイト様ぁぁ!!今日もかっこいいですー!!」

「ナツキさまぁ!!こっち見てー!!」


その声援に奈月が苦笑いをしてぎこちなく手を振る。


「そんなところも好きーー!」


奈月のファンは女の子の方が圧倒的に多そうだ。まぁ、確かにかっこいいもんね。て言うか気になったいたんだけど、奈月、ナイトって言われてるんだ。…なんか、確かにあってるかも。クィーンだったり、プリンスだったり二つ名を付けてる人なかなかのセンスをお持ちのようだ。そんなくだらないことを考えていたらアナウンスが入る。


「では、実践測定開始まで5.4.3.2.1。スタートです。」


暑い。開始のアナウンスとともに会場の熱は一気に上がった。

そう思うと奈月の頭上にいくつもの火の球が浮かんでいた。それが次々に魔物へ飛んでいき、瞬く間に地上にいた魔物は吹き飛ばされ、地形は大きく変わっていった。

奈月が両手を上下に構えると、鳥型の魔物を上下で挟むように火の網が発生し、奈月の手の動きに合わせて動き出す。

パンッ。

奈月の両手が合わさり逃げ場を失った魔物はドンドン焼けて落ちていく。

銃のようなものを大型のロボットに向かい構える。熱が発射こうから溢れんばかりにこもり、打ち出されるのを今か今かと待っている。

熱の動きが少し止まった瞬間、奈月が引き金を引く。巨大な銃弾は大型ロボットを包み込み、焼き消した。その存在がいた形跡は地面に触れていた足部分しか残らなかった。


「ランクアルファ、ナツキ・ソメヤ実践測定終了、タイムは1分42秒です。」


圧倒されて、いつのまにか終了になっていた。

「…凄い…。」

言葉が口から滑り落ちる。


ふぅと奈月が息をつく。

その瞬間会場から黄色い声援が降ってくる。


「ナイト様ーー!!私を守ってぇぇ!」

「俺も守ってぇぇ!!」

「一生かけて守ってぇぇ!!」


奈月頼りすぎだろ。何から守って欲しいんだよ…。声援の内容に苦笑いをする。


奈月も同じように苦笑いをしていた。


「どう?久々のソメヤさんのアビリティ。」

「あの頃と全然違いすぎて、久々っていうより初めて見た感覚に近いかな。」

「そうなの?」

思い出すと凄すぎて笑えてくる。

てか、研究室この攻撃を退けてたの…?どんな防衛機能もってるのよ…


あの時は手から炎を出すのが精一杯だったのに。一体どれだけのことをしたらこんなになるのだろうか。奈月は頑張ったの一言で済ませるけど、言葉で足りないぐらいの努力を積み重ねてきたのだろう。そんな人の隣に私が立っていていいのだろうか。なにもせずこの力を手に入れた私が。そう思うと胸がガリッと引っ掻かれるような痛みを感じ、その痛みに耐えるように唇を噛む。


「戻ったわよー。」

地形を変えるほど大暴れした本人は何事もなかったかのように帰ってきた。

「奈月…凄すぎだよ。」

奈月を見つめ、その痛みが鮮烈になる。声が上手く張れない。

「なんでそんなにテンション下がってんのよ。」

「いや、奈月が凄すぎて…。どんな努力をしたらここまでになるんだろうって…。」

奈月は眉尻を下げ呆れたように微笑む。

「そんなんでテンション下がんないでくんない?」

「…だって…。」

奈月はふふっと笑い、私の頭をわしゃわしゃ撫でる。私の顔を覗き込み、息を吐くように微笑む。

「変なこと考えてるんじゃないでしょうね。私がここまで成長できたのはあんたのおかげなんだから。」

「私?」

「言ったでしょ?親友を取り戻したくて必死に努力して、努力して、結果本人はしれっと戻ってきたけど。」

奈月がクスクス笑う。

その笑顔に、その言葉に胸が詰まる。私はただ、あの施設にいただけ。その時奈月はずっと努力してくれてた…。申し訳なさと、嬉しさと色んな感情が渦巻いて、どうすればいいのかわからない。奈月を見ていられなくなり下を向く。


奈月の手が頭から離れる。ただそれだけが心細くなり、見放されたように感じた。


突然、奈月の両手が私の頬を持ち上げ、上を向かせる。

「下向かない!なに落ち込んでんのよ。」

いつのまにかぼやけてしまった視界は奈月の輪郭だけをとらえる。


「…っ…。だって…奈月が…かっこよすぎて…。」

「またそれ?わけわかんないこと言ってんじゃないわよ。」

瞳に溜めれなかった涙が頬を伝い、奈月が親指で撫でるようにすくう。熱くなった自分の頬が奈月の手に溶けてしまいそうだった。


「あんたを助けたいと思ったのも、能力を伸ばしたいって思ったのも全部私が決めたこと。あんたのためじゃなくて、私があんたと一緒にいたかったからやったこと。それを訳わからない理由で泣いてんじゃないわよ。あんたは、いつも通り一緒にふざけて、遊んで、勉強して、私の隣で私を見てくれてればいいの。だから、そんな顔してんじゃないわよ。」

私たちがずっと望んでいたこと。奈月は今も変わらずそれを望んでくれる。奈月の熱が頬をつたい、胸に入ってくるようで、たまらなかった。


「奈月、ありがとう。」

友達になってくれて、親友で居てくれて。胸に伝った熱を大切に、そのまま閉じ込めておけるように、胸を手で押さえる。嬉しさと目の前の友人への愛しさでくしゃくしゃになった顔で精一杯の感謝を伝える。きっと不格好な笑顔になってるんだろうなぁ。

「どういたしまして。」

奈月がニッと笑う。あぁ、この笑顔が近くにいてくれる。それだけで怖くない。


「スイ?」

遅かったのか、イレアが呼びに来てくれた。

急いで目を拭い、それに応える。

「うん!今行く!」

奈月が私の頬から手を離す。

「翠、頑張って。」

そう柔らかく笑い送り出してくれる。

「見てて。私、奈月の隣にいても恥ずかしくないように頑張るから。」

これは私の決意。この言葉がまっすぐあなたに届くように、その茶色の瞳を見つめる。

「ええ。」

奈月が目を細め返事をする。その返事をしっかり受け止めてイレアの方に駆け寄る。


「お待たせ!」

「大丈夫?」

イレアが心配そうに見つめてくる。

「うん!」

頑張ろう。奈月が一人で頑張ってきたように。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ナツキ・ソメヤ。私の中で彼女の印象がガラリと変わった1日だった。私の知っている彼女はいつだって不満そうで、とてもじゃないけど楽しそうにしている印象はなかった。

それが、楽しそうに笑ったり、恥ずかしそうに照れたり、慈しむように慰めたり。彼女は私と似ていると思っていた。それらの感情が表に出ない、私と一緒で色の少ない人種。


それは違った。今日の彼女はたくさんの色彩あり、とてもじゃないが私とはかけ離れていた。


「…さっきは悪かったわね。」

ナツキ・ソメヤが突然言葉を紡ぐ。

「スイとのやりとり。変な空気にさせて。」

どうやら先程の事を謝罪しているらしい。アマミさんが彼女の成長を驚いていた。はじめの彼女を知っているからこそ、あそこまで驚いたのだろう。

「いえ、かまわないわ。」

彼女はその言葉を聞き、口をつぐんだ。

アマミさんと話している彼女と、今の彼女が同じ人間には思えないほど表情が違っていた。

「アマミさんと一緒に逃げようとした親友ってあなただったのね。」

いつもとは違う彼女を知りたくて、問いかける。それに目をぴくっと反応させる。その目には警戒の色が浮かぶ。

「知ってるのね。」

「ええ、イレアから少し。」

「もう?そんなことまで話したの?」

ナツキ・ソメヤが訝しげに聞いてくる。

「アマミさん、初日にちょっとあってその説明のために聞いたのよ。」

「ちょっとってなによ?」

寄っていた眉間の皺がさらに深くなる。あの才能に溢れる親友を心配しているんだろう。その目には心配な色があまりに濃く、不快感すら映し出していた。

「少しパニックになったのよ。イレアが居たから大丈夫だったけど。彼女曰く探るような目線?好奇の目が怖いって言っていたわ。研究室を思い出すって。」

「…っ…!」

その言葉を聞いたナツキ・ソメヤの瞳は激しく燃え、唇は忌々しく歪んでいた。その目線は、怒りの矛先は、ここではないどこかに向いていた。ナツキ・ソメヤは怒りを抑えつけるように手を強く握り、言葉を紡ぐ。

「スイは…。元はあんなに不安定じゃなかった。いつも天真爛漫で、楽しそうに笑って、天使みたいだった。いつだって世界が好きで、愛に溢れて、スイも世界に愛されていた。たくさんの才能も世界がスイを愛しているからだと思っていた…!」

彼女は苦しそうに、憎むように言葉を紡ぐ。ずっと胸の内にあった感情が言葉によって吐き出される。

「でも違った。スイの才能はスイを傷つけるものだった。スイはその才能がバレて自由を奪われて、尊厳を踏み躙った。あの研究室はスイを深く傷つけた。」

あぁ、この話をする人はひどく辛そうで、苦しそうで、イレアの時もそうだった。

「…私はこの国を許さない。次、この国がスイを奪おうとしたら今度は私がこの国を壊す。」

その表情は怒りを通り過ぎて憎しみに色を変え、その瞳の奥は消えることのない焔で揺らめいていた。

「…アマミさんは研究室でどんなことを?」

彼女をそこまで傷つける事、イレアとナツキ・ソメヤをここまで憤らせること。その正体を私は掴めずにいた。

「…。それは言えない。私が言っていいことじゃない。」

俯き、辛そうに言い放つ彼女の顔はやらせなさと後悔で歪んでいた。そんな簡単に踏み込んでいかない内容だった。わかっていたけれど聞かずには居られなかった。


「そう…。無神経なことを聞いたわ。ごめんなさい。」


ナツキ・ソメヤは驚いたように目を見開き顔を上げた。

「何か?」

「あ、いや、意外だったから…。」

「意外?」

「…謝ってきたのが。教えてくれないと困るとか言ってくるかと思っていたから。」

言いづらそうに呟くソメヤさんを見て、あぁ、私は他人から見たらそう写っているのかと反省した。

「あなたのこと勘違いしてたみたい。ごめんなさい。」

ソメヤさんは頭をさげ、まっすぐに謝罪の言葉を紡ぐ。本来この人はまっすぐな人なのだろう。だからこそ、アマミさんを心配して、傷つける人を許せない。なんとなく彼女がわかってきた気がした。

「勘違いは私もよ。あなたをもっと感情の少ない人かと思っていたから。」

「え?私そんなふうに思われてたの?」

目を丸め、驚いたように聞いてくる。

「ええ、アビリティチェックのとき、順位が上がっても不満気でつまらなそうだったから。」

ナツキ・ソメヤはあぁ、と納得する。

「アビリティチェックはそうね。スイの一件があってこの国の研究者を恨んでいたし、それにどれだけランクが上がっても、順位が上がってもスイを助けることができなかったから。それじゃ努力している意味がないのよ。」

この人は順位のため、ランクのためじゃなくて親友を助けるためにここまで努力していたのか。そう言えばイレアがスイの親友もランクに特に重きを置いてないって言ってた気がする。

「…そう。アマミさんのためにここまでできるのね。」

「さっきもスイに言ったけど、スイのためじゃないわ。私がスイと一緒にいたいから。私は私のために努力したの。」

親友と一緒にいたいだけ。そんな普通の願いを叶えるためにこの人はどれだけ努力してきたのだろう。

「それにスイに能力を使わせたのは私。スイがあの施設に入るきっかけになったのは私なの。」

その顔に影ができ、自分の努力を否定するように言葉を紡ぐ。

「それなのに私はスイの力にならないで、守られていた。施設に入ってからも助けることができずにいた。いつかスイを救えるように努力した。それだけのことで、全然美談ではないわ。」

そう吐き捨て、強い後悔が滲み出る。きっとその言葉で何度も自分を責めたのだろう。この言葉をつぶやく彼女は傷つききっていた。

「そう。それでもあなたが努力でここまで力をつけたのは事実よ。」

この人たちは、その傷を治さないまま、許せないまま進んでいる。確かな努力も、支える決意も、彼女たちの強さと優しさの証なのに。それなのに、こんなに傷を負って…。その姿が見ていられなくて、自然と言葉が紡がれていた。その言葉に再び驚くように目を見開き、クスクス笑う。

「ほんとに、あなたの事を勘違いしてたみたい。優しいのね。」

「そんなんじゃないわ。」

優しい…。あの人も私をそう評価する。本当に優しいのはあなた達みたいな人だと思うけれど。その返答にまた、おかしいと笑う。ひとしきり笑い終えたあとフゥと息を吐きこちらをまっすぐ見つめる。


「マイ・フェルバークさん、スイのことよろしくね。」

そういう彼女の微笑みは慈しみに溢れていて、あぁ本当の彼女はこっちなのかと理解する。


「ええ、私ができる限り。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

奈月がボコボコにしたフィールド整備に時間がかかっているらしく実践測定はまだ始められなそうだった。こりゃ凄まじいなぁとフィールドをぼーっと見つめていたら、後ろから聞き慣れた声が耳に届く。

「スイ。体調は?」

イレアが白衣のポケットに手を突っ込みながら歩み寄って聞いてくる。

「バッチリ!いやーほんとみんな凄いんだねぇ。」

今日一日の出来事を振り返って満足感に満たされる。

スタンド席にいる学生を見渡し、世界にはこんなにもたくさんの才能に溢れているのかぁと感心する。

イレアはフッっと微笑み口を開く。

「そうね。それぞれ沢山の可能性と才能があるのよ。」

そういうイレアは研究者というよりも先生のような、才能を慈しむような目をしていた。その目があまりにも綺麗で、フッと頬が緩む。

「私も負けてらんないねぇ。」

体を伸ばし軽く準備する。

「そうね。特にソメヤさんは今までのアビリティチェックの中で最高記録を出してるから。」

「あ、そうなの?」

「ええ、初手のスピード、二番手の細かな調整、最後の威力全てにおいてベストのパフォーマンスだったと言えるわね。」

「そうなんだ。凄かったもんね!感動しちゃったもん!」

奈月の実践測定を思い出し、うんうんと頷く。

「だから泣いていたの?」

イレアがなんとなしに聞いてくる。あれを見られていたのは少し恥ずかしい。頬の熱が上がるのを感じ、ついつい頬を持ち上げてしまう。

「だからってわけじゃないけど…。ただ奈月の努力を考えたら私ってなんだろうなぁって」

イレアがそんなことかと困った子供を見るように微笑む。


「なんだろうでもなんでもないでしょう。スイはスイ。才能に恵まれて、親友に愛されてるただの女の子よ。」


その言葉に胸が満たされる。その言葉を自分の中に入れてぎゅっと抱きしめたくなる。

「…ありがと…。」

こんなに幸せでいいのだろうか。会いたかった人に会えて、大切にしてもらえる。つい1ヶ月前では考えられない幸せだった。

「よぉーし、頑張るぞぉ!」

もうここはあの研究室じゃない。奈月がいて、イレアがいて、新たな出会いがあって。大丈夫。頑張れる。



「張り切ってますね。スイ・アマミ。」



その声に息が、体が、思考が止まる。柔らかな熱を持って動き出していた日常が静止させられるような冷たさ。


固まった体を無理矢理振り向かせて声の主をみる。細身で、でも男性らしい筋肉を感じさせる高身長な50代ほどの男性。


「パトルシオ室長…。」

その名前を怯えが、恐怖が包み込み、口から出たその名前は震えていた。それに反応するようにイレアが私を隠すようにその人との間に入る。

「イレア君、お疲れ様。どうですか?スイ・アマミの調子は。」

その笑顔はイレアを労り、私を心配するもの。

「…ええ、問題なく。先ほどの検査測定値もとてもいいものでした。」

「そうか。それはよかった。」

その声は優しく響いていた。愛するモノが傷ついてない事を確認できたように。

その温もりのある響きは私の耳に入り、優しく反響する。私の背中からは相反する寒気を感じた。


怖い。


この愛は私に向けたものではない。私の才能へのとめどない愛情。この愛情は私にたくさんのことを要求してきた。研究室での…実…研…。


フラッシュバックするあの日々。


ダメだ。思い出しちゃダメだ。また…。昨日みたいに…。


そう思うと余計に鮮明に思い出されてしまう。手が震え、目を見開き、呼吸が乱れる。全身から何か出てきてしまいそうで、自分の腕でその何かが出て行かないように抱きしめる。


イレアがそれに気がつき。私を背で隠す。


「パトルシオ室長、なぜここに?」

イレアが温度をもたず聞く。その言葉には拒絶がはらまれていた。

「スイ・アマミの初めての大規模アビリティチェックですから。責任者として様子を見に。」

パトルシオは変わらず優しく答える。

「そうですか。今スイは集中しているところですのでそっとしていただけると嬉しいです。」

関わるな。イレアの言葉の裏にはそう含まれていた。

それを理解してもなお、優しく話す。

「それは失礼しました。今回の長期外出許可は彼女のアビリティ成長のためですから、それがもし損なわれるようであればまた研究室で成長のカリキュラムを探さなければいけませんので。それだけは忘れないようにしてくださいね。」

幼い子供を諭すかのように語るその口調は、実態とあまりにもかけ離れていて余計歪に聞こえた。いつでもあの施設に戻すことができる。その意味をはらんだ言葉は私の胸を突き刺す。


「はい。わかっています。」

イレアが淡々と答えるがその言葉の端には、イラつきが滲み出ていた。

「イレアくんは優秀ですから心配してませんよ。では、これで失礼しますね。」

最後まで温もりをはらんだ言葉をこちらに向けながら、あの人は去っていった。


彼が去ったあと、慌てたようにイレアが振り向く。

「スイ!!」

イレアの酷く焦った声。久々に聞いたなぁ。どこか他人事の自分がいた。

体は恐怖による拒絶で上手く動かない。視界は揺れるように地面を写すだけだった。恐怖の対象がいなくなり、足から力が抜ける。息が上手くできない。

「っ…ハァっ!ハッハァっ…」


「…っ!スイ…!ごめんなさい…!」

なんでイレアが謝るの?そうききたいのに体が言うことを聞かない。

イレアが私を外から守るように抱きしめる。イレアの匂いに包まれてやっとのことで腕が動き、すがるようにイレアの白衣を握る。その白い布に深い皺ができる。

「スイ・アマミさん?実践測定の準備ができましたが…?」

別の研究員が呼びに来る。

あぁ、タイミング悪いなぁ。あともう少し前だったらやる気に満ち溢れてたのに。

「…っ!少し待ってください…。トラブルが起きたので…。」

イレアが焦ったように伝える。また、イレアに迷惑をかけてるな。早くちゃんとしないと…。そう思い大きく息を吸い、肺を大きく膨らませ、呼吸を整える。


「わかりました。用意ができたら教えてください。」

「はい…。すみません。」

イレアが謝ることじゃないのに。早く、実践測定しないと。

「…ィレア…。ごめん…。」

まだ整ってない呼吸で話すもんだから声が上ずる。

「スイが謝ることないの、私が把握してたら合わせることなんてしなかったのに…!本当にごめんなさい…!」

イレアのせいじゃないよ。そう伝えたくて頭を横に振る。

今は早く立てるように、普通の状態になるように。呼吸をすることだけ集中する。こうすれば治ることをあの研究室で学んだ。


大丈夫。大丈夫。自分に言い聞かせる。

呼吸を整え、イレアの温もりを感じる。

大丈夫、もう安心、イレアがいてくれる。


手の震えが和らぎ、身体がゆっくり動きだす。よし、大丈夫。


顔を上げると、酷く心配そうに私を見つめるイレアがいた。目の奥がざわめき、罪悪感に押し潰されそうなイレアに微笑みかける。

「ごめん、ごめん。もう大丈夫だよ。」

縋りついていた両手を離し、両手を祈るように握り、震えを抑える。


イレアの顔が苦しそうに歪み、私を強く抱きしめる。

その力強さが私にうつるように、強く抱きしめてくれる。

その力に全く見合わない力で抱きしめかえす。


「みんな待たせてるから。始めよう。」

そう微笑むと、イレアは辛そうにそうねと呟く。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ちょっと遅くない?」

ナツキ・ソメヤは不審がって呟く。


確かに、彼女がえぐったフィールドは整地され、後は最後の一人を待っているだけだった。

ナツキ・ソメヤは手すりから身を乗り出し、その一人を探す。それにつられ、私も手すりに手をかけ、前のめりになる。


居た。


彼女は座り込み、白衣を着たイレアに抱きしめられている。彼女の顔は見えず、その銀髪が揺れてように見える。


「あれ、なにしてんのかしら?」

ナツキ・ソメヤが怪訝そうに呟く。私は最近あれを見た。胸の奥が騒つく。

「…きっと、パニックになったのかもしれないわ。」

「え…?」

「昨日もパニックになってイレアさんに縋りついてたから。」

でも、あの時は目線を感じたと言っていた。まだ、彼女は呼ばれていない。ナツキ・ソメヤの測定が終わりタイムテーブルをちゃんと見ていない学生は自らの学校に戻ったり、残っている学生も終了の合図を待っているだけだった。昨日とは違うことが起こったのだろうか…?


「スイ…!」

今にも走り出して行きそうな彼女の腕を掴み引き止める。

「あなたが行ったらほんとに注目されるわ。」

その言葉にナツキ・ソメヤはもどかしそうに唇を噛み、その瞳は彼女の元に行きたがっていた。


スイ・アマミの方に目線を戻すと、顔を上げ、イレアに何か伝えてるようだった。イレアもナツキ・ソメヤと同じ表情をしていた。守りたいのに守れないもどかしい、そんな表情だった。


少しして、スイ・アマミが立ち上がり、イレアが他の研究員に何かを伝えている。


「これより最終測定、ランクアルファ、スイ・アマミの実践測定を始めます。」


アナウンスが流れ、会場がざわつく。


「え?ソメヤさんが終わって終わりじゃないの?」

「てかランクアルファ?スイ・アマミ?って誰?」

「オルネラスの入学式で中央生徒会長って紹介された人らしいよ?」


会場の目線が一斉にスイ・アマミへ集められる。

それに気づいたのか、スイ・アマミが体操服の胸のところをギュッと握りしめる。明らかに顔色が悪い昨日と一緒だ。


「まずいかもしれないわ。」

「なにが?」

ナツキ・ソメヤが深刻そうに聞いてくる。

「昨日みたいになってる。変に注目を浴びて、パニックになりかけてるのよ。」

「…っ!」

ナツキ・ソメヤが眉間に皺を寄せて、熱く真っ直ぐな目線を親友に向ける。それには心配と、どうにかできないかという彼女の思いがのっていた。

スイ・アマミの奥に立っているイレアも、両手を下の方で握りしめ、同じ目線を送っていた。


「…昨日は目線が怖いって言ってたのよね?」

ナツキ・ソメヤが何か思いついたように、確認をしてきた。

「ええ、そう言ってたわ。」

「そう、悪いけど、逃げないで隣にいてくれる?」

その目は何かを決意した目だった。その口元は挑発するように持ち上げられ、不安と焦りを隠そうとしているように映った。

「…わかったわ。」

「ありがと。」

苦しそうに笑う彼女は、とてもこの国の第2位には見えず、ただ友達を心配している女の子だった。

「では、実せ…」

開始のアナウンスが流れ始める。それと同時ににナツキ・ソメヤは大きく息を吸う。

手すりから落ちてしまうのではないかと思うほど身を乗り出し、口を開く。


「スイー!!!!!頑張りなさいよーー!!!!」


その大声に反応して一斉に会場中の目線がこちらに向く。


「え?ナツキ様?」

「隣はマイ様よ!」

「あの二人って仲良かったの?」

「てか、あの二人の組み合わせもいいよね。媚びない二人っていうか、クールっていうか。」


なるほど。逃げないでってこういうことね。私たちが揃うと珍しいらしく目線がこちらに集まる。


スイ・アマミはこちらをみて目を見開いている。ナツキ・ソメヤと目線がバッチリ合い、親友のエールに力が抜けるように微笑む。


何かを落ち着かせるようにゆっくり目を閉じ、静かに目を開く。

その目はただ前を向いていた。


「…3.2.1。スタートです。」


開始の合図とともに地鳴りが起こる。

地面が割れ魔物が落ちていき、落ちずに残った魔物も剣山のように地面が隆起し串刺しになる。

同時に上空には無数の氷柱が作り上げられており、一斉に降り注ぎ、鳥型の魔物はその氷の雨に地に落ちていく。


既に活動している魔物おらず、大型のロボットのみになっていた。


アマミさんを見てみると巨大な氷柱を握り投擲の体制をとっていた。

綺麗なフォームから投げられたそれはその身体から想像できないスピードで一線の光になり大型ロボットを確実に貫く。


次々に起こる事を理解しようとしているうちにそれは終了していた。


「ランクアルファ、スイ・アマミ、実践測定終了、タイムは51秒です。」


静まり返っていた。

あまりの出来事に理解が追いついてない。


「え?なにこれ?」

その言葉を皮切りに会場がざわつく。


「メンタルアビリティだよね?」

「でも、最後の投擲ってフィジカルアビリティじゃない…?」

「メンタルアビリティにしても何のアビリティ?水?土?」

「ていうかこのタイム、ナツキ様より早いよね?」

「それに最後にやってるってことは、ナツキ様より順位が上ってことだよね…?」


「アリストタリア幻の第1位があの子ってこと…?」


その答えに会場全体がたどり着いた。


会場のざわめきが大きな歓声になる。


「なんだよあれ!!!凄すぎだろ!!」

「初めて見ちゃった!!第一位様!!」

「あの子女の子?男の子?どっちにしろかっこよすぎる!!!」

「エンジェルちゃぁぁん!!!」

「名前なんだっけ?スイ?!?!」

「スイ様ぁぁぁ!!!」


今日1番の歓声。もはやパニックに近い盛り上がりだった。一人見知った声が聞こえた気がするけれど、気が付かなかったことにする。


騒がれてる当の本人はその歓声に驚き、顔を引き攣らせている。最初は慣れないけど、きっとすぐに気にならなくなるわ。帰ってきたらそう伝えてあげよう。そう思った。


「やったわね。」

隣にいた、今回の立役者が安堵と喜びの表情で微笑みかけてくる。彼女は手のひらを顔の横に構えている。

「そうね。」

そう答えるがその手の意味がわからず彼女の手を凝視する。

「察しなさいよ…」

呆れたように笑い、私の手を取りパチンと手と手を叩き合う。

いわゆるハイタッチだった。右手が衝撃でジンっとしたがその痛みは甘く、無くならないように握りしめた。



「これでランクアルファ、ベータの合同アビリティチェックを終わります。各自気をつけて学校へ戻ってください。」


そうアナウンスがあると生徒たちは興奮冷めやらぬ様子でゾロゾロと会場を後にする。


私とソメヤさんはアマミさんの帰りを待っていたが、なかなか帰ってこない。


「ちょっと、遅くない?」

ついさっき聞いたセリフだった。

二人の間に沈黙が流れる。おそらく二人とも同じことを想像したのだろう。さっきみたいにトラブルがあったのだろうか?


「ちょっと、フィールド見に行ってみるわ。」

ソメヤさんがバッと立ちあがる。

「私も行くわ。」

それにつられて立ち上がる。

駆け足でアマミさんが先ほどまでいたであろうフィールドへ向かう。


そこには人だかりができていた。


「スイ様!写真撮ってください!」

「私も!」

「綺麗な髪の毛ですね!目も宝石みたいで素敵です!!」

「おいおい!俺のエンジェルちゃんだぞ!!」

「スイさん!一目惚れです!!付き合ってください!!」

「おい!!俺のエンジェルちゃんだって言っただろう!!」


…。心配して損した。

横を見ると死んだ目でその集団を見ているソメヤさんがいた。


「凄いわよね。」

後ろからイレアの声が聞こえた。

「終わってあなたたちのところに帰ろうとしたらこれで。身動きが取れなくなったのよ。」

イレアは呆れたように笑う。


「そう…。これは凄いわね。」

変わらず死んだ目でソメヤさんは言う。

人だかりに埋もれているアマミさんはその綺麗な髪の毛がぴょんぴょんといろんな方向に向いてるのだけわかる。話しかけられるたびにその方向を向いているんだろう。


「よかった。何かあったのかと思ったわよ。」

ソメヤさんはふぅと息をつき、安心したように口元が緩む。


「で?さっきなにがあったの?」

ソメヤさんがイレアに問いかける。

その問いにイレアが目線を落とし、地面を睨みつけるように話す。

「…研究室の室長が来たのよ。」

「ーッ!どこにいんのよ!!そいつ!!!」

今にも襲い掛かりそうな勢いでソメヤさんがイレアに問いかける。

「スイの測定が終わって満足そうに帰ったわ。スイの最短記録だったから。」

「…っ!」

固く拳を握り、悔しさを滲ませる。

「話しかけられて、研究室の事を思い出したのよ。それで酷く怯えて。」

そういうイレアの顔は苦痛に歪んでいた。合わせてしまったことに責任を感じているんだろう。

…あれだけのことができる彼女を怯えさせるもの。いや、怯えさせるほどの出来事。一体研究室でなにが起きていたのか。それを私が知ることはあるのだろうか。そう思い人だかりの中心にいる彼女をみる。


そろそろ助けてあげないと、ぴょんぴょんしている髪の毛が絡まってしまいそうだ。

「アマミさん。」


そう呼びかけると集団がこちらを一斉にみる。

「マイ様とナツキ様よ…!」

「うぉ、生で見ると余計に可愛い…!」


当の本人はそのエメラルドグリーンの瞳を潤ませながらこちらを見つめる。助かった…表情だけでそう言っていた。

「教室に戻るわよ。」

「うん!!」

すみません、ごめんなさいと人をかき分けこちらにくる。

スイ様!また!という声に反応して、またねと微笑みかける。

至近距離の笑顔に撃ち抜かれたのか、スイ・アマミが通り過ぎた後、女子生徒はフラッと後ろに倒れる。


ソメヤさんがそれを見て顔を引き攣らせる。

「ナツキ?どうしたの?」

本人はそれに気づかず、ソメヤさんにキョトンとした顔で質問する。

「…なんでもないわ…。」

「そう?」

不思議そうな顔をしていたがすぐに、帰ろうと言って歩き出した。

「…スイは小さい頃からああなの。気をつけなさいよ。急に私のスイちゃん取らないで!!とか言ってくるやつ出てくるわよ。」

ソメヤさんが遠い目をして彼女に聞こえないように呟く。その目は疲労に染まっていた。彼女も大変なのね。

「スイ、無自覚でたらしこむのよね。あんな天使みたいな顔して悪魔なのよ。」

イレアも同意する。保護者二人がそういうのであれば彼女の人間関係に気をつけたほうがいいのだろう。


「みんな?行かないの?」

その言葉にイレアとソメヤさんが深いため息をつく。

「え?なに?」

まずいことした?と顔を引き攣らせる彼女に、二人はもういいわよ。とスタスタと歩き出す。

「なんなのさ!二人とも!」

二人の間に割ってはいるが、二人からはため息しか出ない。

「あんた、マイさんにあんまり迷惑かけんじゃないわよ。」

「同意見だわ。」

二人をみて、不満そうな顔をしてぶつくさ文句を垂れる。

「なんだよぉ。二人して仲良くなっちゃって…」

文句の矛先はそこなのね。そんな3人の背中を見ていると、なんだか自分だけちがう場所にいるかのようだった。明確に引かれた、優しい色彩の世界と彩りのない私の世界。


そんな距離を感じていると突然スイ・アマミが振り返り口を開く。


「マイ、これからよろしくね。二人がなに言ってるかよくわからないけど…。できるだけ迷惑かけないように頑張るから!」

まるで、遠くの世界から話しかけられたような感覚だった。私もこの人たちと同じ場所にいるのかと当たり前のことに気がつく。


「ええ、こちらこそ。」

そう答えるとアマミさんは満足そうに微笑み、私の手を掴んで二人のところまで走る。


ふと、その握られた手を見つめる。女の子にしては大きな手が私の手を優しく包み込んでいる。


わたしも同じ所に居れるのだろうか。この優しく色づく世界に。お互いを思い合っているこの場所に。この人が、この手が連れて行ってくれるのだろうか。


わからない。でもこの手の温もりは手放したくない。そう思った。

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