顔合わせ
「スイ、一回座りましょ。」
イレアが私の呼吸が落ち着くのを待って、ソファへ座るように促す。
ソファに座りイレアが手を握ってくれる。手の震えはまだ止まらない。イレアの体温が私に流れ込むように震える手でその柔らかな体温に触れる。
「スイ、何かあったの?」
イレアが動揺を落ち着かせるように優しく言葉を紡ぐ。その問いかけに、教室で、エレベーターで感じた目線を思い出す。口に溜まってしまった唾をゴクリと飲み込む。
「目線が…」
「目線?」
思い出すと喉がグッと締まり、言葉を紡ぐを妨げる。イレアの手を強く握り言葉を絞り出す。その様子にイレアが心配そうに見つめる。
「目線が、私を見る目線が、あの研究室の人たちの目と似てて、入学式で私が生徒会長ってわかってから、でもみんなあの人たちとは違うってわかって、でも、思い出して…。」
言葉にするのがやっとで、恐怖を抑え込むようにグッと呼吸を飲み込む。
「そう…。思い出したのね。」
イレアが苦く呟く。
返事が言葉にならず、首を縦に振るのが精一杯だった。
イレアが優しく抱き寄せてくれる。イレアの体温と匂い。手の震えが少しずつおさまっていく。
「マイ、早く来たのには理由が?」
イレアがマイに聞く。そうだ、マイがいたんだ。びっくりさせてるだろうな…。マイが呟くように言葉を発する。
「一応、生徒会長のルーティン作業を教えようかと…。」
「だから早く来てくれたのね。助かったわ。」
「いえ…。その…大丈夫なの…?」
マイが聞いてもいいのか戸惑いながら聞いてくる。その言葉に私が応えないと。そう思い、口を開く。
「…大丈夫だよ。」
安心させようとイレアから離れながら答える。
「いや…。」
マイが戸惑うよに言う。
「びっくりさせてごめんね。もう大丈夫だから。ルーティン作業だったよね?今メモ出すから。」
ごめんごめんと笑顔を取り繕う。
マイが鞄を拾って近くに置いてくれていた。メモを出そうと立ち上がったら、イレアに手を強く掴まれた。
条件反射でイレアをみる。イレアの黄色い瞳が私を映している。その瞳は真っ直ぐ私に向けられ鏡のように私の顔を写す。黄金色の瞳には明らかに憔悴している私の姿が映っていた。
「ごめんなさい、マイ、大丈夫じゃないみたいだから、顔合わせまで休ませてもいいかしら?」
私を見たイレアはそう言って隣の生徒会長室につれて行こうとした。体に力を入れて抵抗する。ここで休んだらマイを心配させてしまう。
「イレア、大丈夫だって。」
イレアは何を言っているのと言わんばかりに眉間に皺をよせる。イレアは心配を通り越して、その表情を苦痛に歪ませながら私を説得する。
「スイ、顔酷いわよ。大丈夫って顔じゃない。」
「ひどいなぁ。」
冗談を言われたかのように笑っていなす。
「その状態で顔合わせできるの?ちゃんといつも通り話せるの?」
イレアの言葉に一瞬戸惑う。きっといつも通りは難しいだろう。今も引かない汗にそれを感じる。
イレアがその一瞬を捉えて口を開く。
「できないんじゃない。ほらあっちの部屋で休むわよ。」
イレアは再び私の手を引く。
「でも、生徒会長の…。」
マイの方を見るとマイがこちらを冷静に見つめていた。
「そんなこといつでも教えられるわ。今は休むべきだと思う。」
マイは相変わらず淡々という。なんだかそれがホッとした。急に優しくされても、居心地が悪かったと思うから。
「…ごめん。」
「気にしないで。」
罪悪感の中、マイの言葉を受け止めてイレアに連れられ隣の部屋にいく。
生徒会長室のドアが閉まり、力無くソファに横になる。合皮の冷たさが頬に伝わる。
「…さっきまで、楽しかったのに…。」
「そうなの?」
拗ねるように呟く私にイレアが相槌を打つ。今日の出来事を辿るようにイレアに伝える。
「うん、マイと会えて、クラスメイトと友達になって、また明日ってできて、ユーニスとセストにも会えて、先輩と知り合えて、楽しかったのに…」
「それは良かったわ。」
「なのにこんなになっちゃって、マイ、びっくりしてるよ」
戸惑うように言葉を紡いでいたマイを思い出す。初日なのに申し訳ないことをした。きっと不安を与えているんだろう。罪悪感で胸がガリっと引っ掻かれたように痛む。
「びっくりはしてるかもしれないけど、大丈夫よ。あの子、良い子だし、強いから。それにさっきの事は私から説明するわ。いい?」
「…うん。」
イレアが諭すように言葉を紡ぎ、頭を撫でてくれる。素直に返事をすると、満足そうにイレアが微笑む。
「心配しないで眠りなさい。時間になったら起こすから。」
「うん…イレア、ごめんね。」
「謝ることないわ。ほら、お休み。」
イレアは上着を私にかけてくれる。それからイレアの香りがする。その香りを感じると震え切った胸の底が温もりに包まれるようだった。
「ありがとう、おやすみ…。」
安堵に包まれて、目を閉じるとすぐに眠りにつけた。
遠くで扉の閉まる音が聞こえる。
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「マイ、ごめんなさい、びっくりさせてしまって。」
しばらくするとイレアが生徒会長室から出てきた。さっきまで来ていた上着はなく、きっと彼女に貸してあげたのだろう。
「いえ、びっくりは…したけれど。大丈夫。」
「そう、ありがとう。」
その言葉にイレアが口元を綻ばせる。
さっきまで出来事を思い出す。
明らかに異常な怯え。彼女は研究室を思い出したと言った。
"研究室"それはこのアリストタリアで最高位の研究施設。特例中の特例が入る施設。そうか、彼女は研究室に入っていたのか。だから、これまで姿を見せず、彼女に関する情報も少なかったのか。
「マイには伝えておかないといけない事があるわね。」
イレアがゆっくり言葉を紡ぎまっすぐこちらをみる。
「ええ。」
「スイのことなんだけど…どこまで本人に聞いたのかしら?」
「確か、メンタルアビリティとフィジカルアビリティどちらも持っていて、3年生までメンタルアビリティの存在を隠してたとか…。」
「そう、そこまで話したのね。」
イレアは昔のことを思い返すように、目線を地に這わせ、再びこちらをまっすぐ見つめる。何か決意したようなそんな目だった。その口から紡がれる言葉が誤らないよう丁寧に話し始めた。
「スイは、あの子は、才能に溢れすぎてしまったの。」
「溢れすぎる?」
その疑問にイレアは困ったように微笑み頷く。その瞳には悲しみが揺れていた。
「スイは、アリストタリアに入る前から研究者や教育関係者の中で話題になっていたの。フィジカルアビリティの高位能力が入ってくるって。だから、この国の研究者は最初のアビリティ開発を作業的に受けさせ、フィジカルアビリティのアビリティチェックを優先された。まさか、メンタルアビリティまで保有しているなんてつゆとも思わずにね。」
「ええ、一人にどちらかのアビリティ。その例外は聞いたことないわ。」
それを聞いたイレアが同意をするように頷きながら続ける。
「スイには親友がいたの。彼女はメンタルアビリティ保持者で初めてのアビリティ開発で得た感覚をスイに話したそうなの。その時に、スイもその感覚があることに気がついたみたい。彼女たちはそれを隠そうと決めた。」
「私にはそれがわからないわ…。わざわざ隠す意味が…。才能があるなら惜しまず使うべきだし、それを伸ばそうとしないなんて…。」
彼女に最初聞いた時から理解できないこと。弱っている彼女に対し否定的に話すのは気が引けたが、それでも放置して進むほど無視できるようなことではなかった。イレアが同意するように頷く。
「そうね、私もそう思うと思う。私たちは自分の能力を伸ばしたい、この能力を活かしたい、特別な力を持って自分の夢を叶えたい。または、純粋に富と名誉をえたいって。それぞれ目的が違えどランクを上げるため、才能を伸ばすため努力をしてる。」
この国でアビリティというのはあらゆる事に関わる。お金、社会的地位、将来の選択肢。そのランクが高ければ高いほど自分の生活は豊かになる。それを自ら小さく見せようとする者はこの国にはいない。
「でもね、スイは違うの。スイはただ、その親友と一緒にいたかった。その親友と学生生活を楽しみたい。楽しく暮らせれば良かったのよ。スイにとってランクなんて大きなことじゃないの。」
「それは、もとから彼女がアルファだったからで…!」
話す声に熱がこもってしまう。きっと、何も持ってなかったらそんな事思わない。持ってる者の言い分だ。つい反論してしまう。
「そうね、そう言われるとそうなのかもしれない。でもね、たとえ、スイがゼータだったとしても、願いは一緒だと思うわ。」
イレアは呆れたように笑う。
「あの子、入学前多くの学校に呼ばれていたのよ。国立の学校じゃなくてもっと施設の整っている優秀で、学生の将来が期待されるような…。例えば、オルネラス学園とかにね。それを、別に興味ありません、大丈夫です。その親友が行く学校に行きますって全部断って国立の、しかも中規模学校に進学したわ。自分のレベルがまだわからないのに大胆よね。」
「オルネラスに誘われてた…?」
「まぁ、入学前から高レベルだろうと推定されるならランクアルファにするのも近道だから。学校してもランクアルファ輩出で補助金の金額も大きく変わるから。」
ま、これは大人の事情なんだけどね…と伏せ目がちに続ける。
「だから、スイは私たちと優先させるものが違うの。生活をどうこうとか、将来の夢とかじゃなくて、今、誰と、どう過ごしたいかの方が優先。だから、能力をかくした。」
「そんな人がこの国にいるなんて…。」
少なくとも私の周りはランクで一喜一憂して、学校での勉強もそのために努力する者が大半だった。それはアルスタリア1の学園所以のことかもしれないが、他の学校でも大きな価値観の違いはないだろう。社会に出るとランクによって自分の扱いが変わるのだから。その驚きにイレアは呆れるように笑い共感していた。
「そうね、私たちからしたら驚きよね。でもあの子の親友も同じような価値観よ。」
彼女の他にもそんな価値観の人がいるのか…。それも驚きだった。
「でも、うまく隠し通せたのは小学校3年生まで。同級生同士の喧嘩で親友が怪我しそうになってしまって、咄嗟にメンタルアビリティを使ったみたい。それを校長に見つかって研究局に連絡されたらしいわ。当時、私も研究局に出入りしていたから大騒ぎだったわ。ダブルアビリティが見つかったそうだ!それが逃走した!ってね。」
「逃走した?」
「そう、その親友と研究室に入れられることは想像してたみたい。二人で逃げようって国相手に逃走を図ったのよ。管理局の執行部隊100人ほど投入されて大トリもの。」
イレアは肩をすくませて冗談みたいでしょうと皮肉る。
「結果、親友は怪我をして、スイはそれを庇いながら戦ったもんだからオーバースキルで瀕死の状態で捕まったわ。」
瀕死の状態になるまで抵抗するなんて…。
彼女の行動が、イレアの言葉を裏付ける。自分の才能を伸ばすことより、圧倒的に普通の学生生活が価値があるのだろう。
「子供2人に執行部隊100人なんて、大袈裟すぎるわ…。それも瀕死まで追い込むなんて…。」
「そう思うでしょ?でもね、確保した時に残ってたのは部隊長と副部隊長と数名だけだったそうよ。」
「子供二人だけで執行部隊をほぼ壊滅させたってことですか?」
「というより、スイが一人で大暴れだったみたいよ。」
信じられない。執行部隊というとこの国の治安維持機能の中枢。それを小学3年生が一人でほぼ壊滅状態に。しかも友人を庇いながらなんて…。
私の表情をみて、イレアがクスクス笑う。
「わかるわ、私も信じられなかったもの。初めて会ったスイは9歳なのに沢山の包帯が巻かれていて、高位アビリティ専用の手錠がされてる状態だったかしら。あぁ、この子が本当にそれをしたんだと思ったわ。」
イレアが懐かしむように遠くを見つめる。
そしてやがて憎むように、悲しむように眉間に皺を寄せて何にもない空間を睨む。その目は激しく燃え、そこにある何かを責めるように。
「でも今思うと、彼女たちの選択は間違っていなかったのよ。」
「間違っていなかった?」
「そう。スイはこの国、建国以来の才女、この国の夢だったのよ。」
「ダブルアビリティね。」
ダブルアビリティ。言葉だけが存在した夢の存在。それが実は存在していた。スイ・アマミという形で。
「そう、スイ・アマミは今までの固定概念を覆した。存在だけで人類の進歩を成し遂げてしまった。」
そういうイレアは苦しそうだった。彼女は若くして研究員の中でも発言力を持ち、多くの研究の発展に寄与してきた。そんな優秀な研究員の彼女が、その研究が発展して喜ばしく思っても、苦々しく思うことがあるのだろうか。
「…何か問題でもあるの?」
その表情に、この質問を投げかけるのは危険だとわかっていても、抑えられなかった。
「自分たちが研究しても、研究してもわからなかった問題の答えが突然降って湧いたらどうする?」
「それは、どうやって答えにたどり着けるか、過程を答えから調べて…。」
そこまで言って、恐ろしいことが浮かんだ。
「そう、過程を答えから調べ尽くしたの。」
その言葉に浅く息を飲む。イレアの放った言葉の意味する事がわかってしまった。
「研究者たちのスイに対する情熱は異常だったわ。毎日体をいじくりまわし、数値を測り、何をすればどう反応が返ってくるのか、楽しくて楽しくて仕方がないって様子で。新しいおもちゃを手に入れた子供みたいだったわ。これをしてみたい!あれを受けさせたい!ってね。」
侮蔑するような瞳。その実験の内容を物語る目だった。
「…っ」
「スイはどんどんボロボロにされていったわ。身体も心も。それも6年間かけて。」
6年…。だから彼女はカシアと話してる時、中学の話をするのを躊躇っていたのか。ずっと研究室にいて、通っていないのね。それを説明するのを彼女は躊躇ったんだ。初対面の私たちにそれを伝えるべきでないと。
「…止めなかったの?」
「止めたわよ。でも私程度の制止じゃ、人類の進化という"正義"を止められないわ。止めることもできずに、一緒に研究を続けるしかなかった。私もあの人たちと一緒よ。」
侮蔑の瞳は変わらない。彼女は自分すら軽蔑し、憎んでいるんだ。ギュッと祈るのように握りしめられたイレアの指先は力が入り白くなっていた。怒りを虚しさを逃す場所がどこにもなくただ手を強く握るしかないのだろう。
「でも、止めようとしていたなら、違うと思う。」
その研究を思い出しそんな顔をできるあなたが、その人達と一緒なわけがない。しかし、イレアの表情は崩れない。その場での慰めでは拭いきれないほど彼女中で罪悪感がベットリとこびりついてしまっているのだろう。
「止められる力がない時点で研究に加担してるのと一緒よ。現に今もスイの1番近くで、スイの研究をしているんだから。」
「でも、アマミさんはあなたの事を信頼しているように見えたわ…。」
先ほどの出来事を思い返す。アマミさんはイレアを見て助けを求めるようにすがりついた。イレアの近くでやっと安心して息が吸えるかのように必死に息を吸っていた。
「…スイは優しいのよ。あまりにも優しすぎる。」
その声は慈しみと悲しみが混じっていた。
「あまりにも、実験が、行き過ぎていた。それをする必要はあるのかと抗議はしたの。いくつかは止められたけど、止まらないものがほとんどだった。私は、自分が行った実験で傷ついていく彼女から目を逸らしてはいけないと思ったの。身勝手すぎる罪滅ぼしよ。」
自分を皮肉るように嘲笑う。握られていた手は力無くただ両手が絡み付いているだけだった。
「スイはそれに気づいていた。彼女の狭い部屋に行って、大丈夫なわけない彼女に大丈夫?って聞くの。スイは私が罪滅ぼしで行っていることがわかった上で、笑顔で大丈夫だよっていうのよ。」
その時の彼女を思い出しているのか、顔を歪め酷く辛そうな顔をしていた。この顔に見覚えがあった。教室に向かってる途中、ホームルーム中、エレベーターの中、アマミさんが同じように顔を歪ませていた。彼女たちはお互いに傷を負っているのだ。
「本当に馬鹿げた罪滅ぼしだと思ったわ。ボロボロのスイに無理させて許してもらいに行くのよ。でも、それ以外私にはどう彼女と向き合えばいいのか思い浮かばなかった。」
そういうイレアの表情の温度はなく、罪の意識によって傷つき過ぎてしまったように感じた。
この人は頭が良すぎる。頭のいい彼女は、少女と関わるたびに自分の罪を自分の目で見つけてしまう。
何をやっても自分の力じゃ根本的に解決ができなくて、それでも目の前の少女から目を逸らせなくて。せめて、その少女の近くにいようと、自分を傷つけながら関わり続けた。だから、彼女の中の罪の意識は深くこびりついてしまっているのだろう。
だからなのだろう…。
「なんとなく、アマミさんがイレアを信頼している理由がわかったわ。」
イレアは本当に優しいのだ。その状況でアマミさんにできることを考えて、でもそれが上手くいかないこと、救えてないことそれを責めてきた。でもそれは別にこの人の責任じゃない。本当にいけないのは制止を聞かずアマミさんをおもちゃにしてきた人たち。
きっと、アマミさんはそれがわかっていて、彼女を救たくてボロボロになっても笑顔で大丈夫だと伝えたかったのだ。アマミさん傷つきながらでも関わってくれる彼女を信頼して、信用している。だからさっき必死になって縋りついていたんだ。研究室にいた頃を思い出して、優しい彼女に助けを求めた。
「私は信頼なんてされていい人間じゃないのよ。スイが優しすぎるの。」
生徒会長室を優しく見つめながら話す。
ふぅと息を吐き、ゆっくりこちらを見つめる。その目は先ほどまでの苦しいものではなく、ただまっすぐ私を写していた。きっとこの目の奥には、常にあの眼差しが罪悪感にまみれた目線が隠れているのだろう。
「これがスイに起こったこと。まだ、つい1ヶ月前のことなんだけどね。」
1ヶ月前というと私が彼女に初めて会った頃だ。あの頃の彼女はまだ、外に出たばかりだったのか。思い出されるのは、絵画のようにまとめられた、木の根元で佇む神秘的な彼女とその風景。トラウマになるほどの研究を受けていたばかりとは思えないほど、纏う空気が純粋で触れてはいけないと思うほど神秘的だった。
「これからも、今日みたいなことが起きるかもしれない。マイにはスイの事情を知っていて欲しかったのよ。」
「ええ。」
「パニックになったら、できるだけそばにいてあげてほしいの。近くに味方がいるというだけで、安心するはずだから。」
「私でよければ。」
「ありがとう。頼もしいわ。」
イレアは安心したように口元を綻ばし、目を細める。安堵したその顔は聖母のように美しかった。
過去の話が終わり、時計をみる。時計がそろそろ顔合わせの時間だと伝える。
「そろそろ準備しないとね。マイ、スイを起こしにいってもらえる?」
「ええ。」
生徒会長室に入り、横になっているアマミさんを見つける。
規則正しい寝息が聞こえる。そういえば初めて会った時も寝ていたな。
近くに行くとイレアが着ていた上着を抱きしめていることに気がつく。きっとイレアの匂いがして安心しているのだろう。そう見ると子供みたいだ。不安だからお母さんに抱きつく小さい子。
気持ちよさそうに寝ているのを起こすのは気が引けたが、時間が迫っていたので優しく肩を叩く。
「アマミさん、時間よ。」
「うーーん。」
彼女の長いまつ毛がゆるりと持ち上げられる。
だるそうに上体をおこし眠そうに目を擦る。まだうつろなエメラルドグリーンの瞳に私が映る。私に気付き少し動揺したように目線を下に下げる。
「あ、マイ…。時間かな…?」
「ええ、そろそろ皆さん集まるころよ。」
「ん。わかった。」
そういう彼女は何か悩むように目線を這わす。それを横目に生徒会室に戻ろうとした時、手を掴まれた。少し躊躇いながらアマミさんは言葉を紡ぐ。
「…マイ、さっきはびっくりしたよね…?驚かせてごめん…」
その歯切れの悪さに彼女の負い目を感じる。パニックの原因を聞いた今、そのお門違いな負い目を否定する。
「正直驚きはしたけど、謝ることじゃないわ。私こそ、様子がおかしいと教室から気づいていたのに何もできなくてごめんなさい。」
スイは目を見開いた後、ブンブン頭を振って否定した。
「マイは悪くないよ!私が勝手にいっぱいいっぱいなっただけだから…。」
歯切れが悪くまだ何か言いたそうな彼女を見つめる。その姿はあまりに普通でどこにでもいる同い年の女の子だった。やがて彼女はイレアの上着をキュッと抱きしめて、おずおずと口を開く。
「私の話聞いた…?」
「…ええ。」
「そっか…。その、実験の内容も…?」
彼女の顔には不安な色が滲み出ていた。過去の話とその事は彼女の中で線引きがされているのだろう。
「それは聞いてないわ。過去にどんなことが起きて、研究室でどう過ごしていたかの話を聞いただけよ。」
その言葉に若干の安堵が広がったようだった。
「そう…。」
ただ、不安な色は拭えていなかった。きっと色んなことがありすぎて、どう思われているか不安なのだろう。
まるで今にも消えてしまいそうなぐらい弱々しく儚くみえた。これがアリストタリア第1位。才能に溢れてしまったが故に多くの傷を負った存在。
朝の僻みがあまりにも見当違いだと自分を責めてしまう。
「…これから、今日みたいな目線を感じれば、私の後ろに隠れればいいわ。」
「え…。」
「私の役目はあなたのサポートよ。あなたが全力を出せるように私が支えるわ。」
「…マイ、ありがとう。」
そういう彼女は笑顔だった。取り繕ったものではない、自然体な表情。初めて会ったあの日以来、初めて彼女にちゃんと笑顔を向けてもらえた。そう思うと胸の奥に柔らかい熱を感じた。
「そろそろ戻らないとね!イレアが待ってる。」
そういう彼女はすっかり元気になったようだった。すくっと立ち上がり、行こうと私の手を引く。
その手は私の手を包み込むように大きく、心地いい暖かさだった。
生徒会室に戻るとイレアが資料を並べてる最中だった。アマミさんに気付き目線を送る。彼女の顔色をみて安心したように頬を緩める。
「もう大丈夫なの?」
「うん!寝たらすっかり元通りだよ!」
その言葉にイレアが呆れるように微笑む。
「なによそれ。まぁ、良かったわ。」
「これ、上着ありがとう。」
そういうとアマミさんは私の手を離し、イレアに近寄った。
それがなんだか置いていかれたようで、胸の熱が急速に冷めて温度差で割れてしまいそうだった。今まで感じたことのない感覚に戸惑う。
手はまだ彼女の暖かさを覚えており、その熱が胸にうつるようそっと胸に手を当てる。
「マイ?」
名前を呼ばれハッとする。
「今日教えてもらう予定だったルーティン業務明日、アビリティチェックの後教え欲しいんだけど…予定大丈夫?」
申し訳なさそうに聞いてくる彼女に先ほどの熱を隠すように、いつものように応える。
「ええ、問題ないわ。」
「そう、ありがとう!」
嬉しそうに感謝を述べるとイレアの手伝いをし始めた。
胸の違和感を感じながら、私も手伝わなければとこの違和感を突き止めるのはやめにした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「もーそろそろ来るかな??」
「まだ、約束の時間までちょっとあるわ。」
すっかり先ほどの動揺がおさまり、これから会う生徒会のメンバーたちに心を弾ませる。
どんな子たちが来るんだろう!これから生徒会として一緒にやっていく面々を想像し、期待に胸が弾みっぱなしだった。
コンコンと礼儀正しいノック音が聞こえイレアが答える。
「どうぞ。」
ガチャっと扉が開く。柔らかいベージュの髪を緩く三つ編みにまとめた少女が、上品な微笑みを湛えお手本のようにお辞儀をして入ってくる。
その後に続いて、金髪を腰のところまで伸ばした少女が気だるそうに入ってくる。あまりにギャップのある2人に呆気に取られながらその姿を見つめる。
二人とも明るいブラウンのセーラー服を見に纏い、同じ学校なんだとわかった。
微笑みを崩さず三つ編みの少女が口を開く。
「失礼します。こちらが中央生徒会室で間違えなかったでしょうか?」
「ええ、そうよ。」
その言葉に上品に微笑む。
「初めまして、ルミリア女学園高等部1-A、マチルダ・メイウッドと申します。これから中央生徒会としてお世話になります。よろしくお願いいたします。」
これまたお手本のようにお辞儀をする。
あまりに丁寧なので、つられてぺこっとしてしまう。
「こちらが、同じくルミリア女学園高等部1-A、エルネスト・クルースです。彼女も中央生徒会役員に任命されております。」
紹介されてるエルネストさんはこちらを向かずめんどくさそうに立っていた。
「…ほらエル、挨拶。」
「…。」
マチルダさんが小声で挨拶を促すが、エルネストさんは無視を決め込む。
「エル。」
「…。」
「エル!」
「…何よもう、うっさいわね。」
「挨拶しないと!」
「わかったわよ!エルネスト・クルーズです、よろしくお願いしますー。」
エルネストさんは言わされてる感満載で挨拶してくれた。
「ふつつかものですがよろしくお願いします。」
マチルダさんがお手本のようなお辞儀をする。ふつつか。初めて生で言ってる人見たよ。凄いこの人。凄い人だ。謎の感動が広がる。
「私はふつつかじゃないけどね。」
不貞腐れたようにエルネストさんが呟く。
「で?そちらは名乗らないわけ?」
やばい、突っかかってきた。そう思ったが目線はマイの方に向いていた。私も名乗ってないんですけど…。眼中にないって感じですかね?そう思っていたらエルネストさんがこちらを横目で確認する。その目にドキッと身構えるとふと目線を逸らされた。その目線に違和感を感じたが、とてもじゃないけど聞けなかった。
マチルダさんがエルネストさんを諌める。
「エル!失礼ですよ!」
「失礼なのはあちらでしょ?有名人のマイ・フェルバーク。中央生徒会の役職になってるなら名乗らなくてもいいと思ってんじゃない?」
マイ、目の敵にされてるなぁ。ていうかやっぱりマイって有名人なんだ。
「エルネスト!生徒会長に失礼ですよ!」
…生徒会長?あ、そうですよね。まさか、得体の知らない私が生徒会長なわけないと思いますよね。
悪意なく全くもう!と怒っているマチルダさんに生暖かい目線を送る。
その様子にイレアが顔を逸らして笑いを噛み殺している。うん、イレアが一番失礼だよ?
訂正すべきかな…いや、わざわざだし、なんて言えばいいかもわからないし…。
そんなことうだうだ考えているとマイが先に口を開いた。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。オルネラス学園高等部1-1マイ・フェルバークです。中央生徒会"副"会長を仰せつかりました。」
淡々と自己紹介をしてるかのようにみせて、副の部分を強調させ間違いを指摘している。
「え?マイさんが生徒会長では?」
はて?とマチルダさんか頭いっぱいにクエッションマークを並べる。
「違うわ。」
言葉に温度がない。淡々と呟かれた言葉に情報が少なすぎてマチルダさんが戸惑っている。
「ウチの第二位様は中央生徒会を辞退したようよ。」
エルネストさんがまるでヒントを与えるかのようにマチルダさんに伝える。様付けなところに皮肉を感じるけど。
「そこの有名人の第四位様は副会長。」
またもやマイに突っかかるように言葉を発する。その挑発に自分は関係ないというようにマイが冷ややかに見つめる。
エルネストさんが急かすようにこちらをみる。
あ、やばい、早く自己紹介しないとキレられる。
「はじめまして。オルネラス学園高等部1-1、スイ・アマミです。中央生徒会長を仰せつかりま、し、た…。」
今日たくさん自己紹介してきたけど、この自己紹介が1番やりづらかった。“オルネラス学園”あたりでエルネストさんが近寄ってまじまじと見つめてきた。あまりに近くに来すぎて、言葉が詰まった。顔から腕やら、脚やら至近距離で見つめられて居心地悪く体を捻らせる。
近いゆえにこちらからもエルネストさんがよく見えた。
うっわぁー肌きれぇー。
潤いがこちらにも伝わるぐらい張りのある頬。長くたゆやかなまつ毛は綺麗に上がり、そのローズピンクの瞳をより美しく縁取っていた。綺麗なブロンドヘアは地毛らしく、痛みの少ないその艶やかな髪に目を奪われる。
あれ…?なんかその髪…。
頭の隅がモヤっとした。思い出すように手がエルネストさんの髪に伸びる。艶のあるその黄金の髪の毛に触れる。何だか既視感があった。
「スイ?」
「…え?」
急に名前を呼ばれ、振り返るとイレアが怪訝そうな顔で見ていた。
「何してるの?」
「ん?」
イレアの目線が私の手に向かっていた。
あ、本当だ何してんだろぉ。初対面の人の髪の毛を触るなんて随分な距離の詰め方するじゃない私。
「あら、やだ!ごめんなさい!」
動揺で突然50代の奥様に早変わりしてしまった。
イレアとマイが眉間に皺を作ってこちらを見つめる。なんかその二人になんだこいつって顔されると威力が強いな。あは、あははと伸ばした手を引っ込める。
エルネストさんは私の様子を観察終えたのか、ふーんと言って離れていく。
「えっと?生徒会長のアマミさん?」
マチルダさんがまだ困惑してるように頬に手を当てはて?という顔をしている。困惑する仕草も上品でルミリアの品格が窺える。
あ、いや、エルネストさんもルミリアだったか。これはマチルダさんの性格なのかな?うん、そうかな?そんな失礼なことを思いながら一人で納得しているとエルネストさんが言葉を放つ。
「で?アンタ何者?ってマティが言ってるわよ。」
うん、言い方ね。そんな言い方じゃないと思うけど、意図はそうだよね。絶対そんな言い方じゃないけどね。
「何者と言われましても…。」
正直何を言えばご納得していただけるかわからず戸惑っているとマイがサラッと答える。
「今日オルネラスに入学してきた、スイ・アマミさん。アリストタリアの第一位よ。」
マチルダさんが目を見開き、上から下までまじまじと見つめる。
「この方が…!!」
まぁ!と言う表情で、マチルダさんが素直に驚いていた。少し驚きすぎてる気がする。
え、なんか、ちょっと、なんか、え、私そんなにオーラないでしょうか?
「オルネラスも考えたわよね。第二位と第八位がいるルミリア、第三位と第七位がいるオルネラス。アリストタリア1の教育機関の名誉を守るために第一位を入学させて、中央生徒会の設置までしたわけね。一体いくら国に積んだのかしら?」
エルネストが皮肉るように言う。それに対して不愉快そうに顔をしかめてマイが初めて反論した。
「ランクアルファの輩出はオルネラスがトップよ。アリストタリア1の教育機関は揺らがないわ。」
お互い何も言わずに睨み合う。
「二人ともやめなさい。」
イレアが呆れたように制する。
「エルネスト、いちいちマイに突っかかるのやめなさい。マイも、挑発にのらない。」
「別に、突っかかってないわ」
イレアの制止に不服そうに呟く。
「エルネスト。」
イレアが諌めるように名前を呼ぶ。
「…わかったわよ。」
「マイは?」
「…はい、すみませんでした。」
イレアは子供をあやすように二人の頭を撫でる。
初めて、イレアが私以外の人と親しくしているのを見た。今まで、研究室でイレアが誰かと楽しげに話している姿なんて見たことなかった。
なんだかイレアが違うところにいるみたいだった。
「あの2人はイレアさん大学卒業まで、アビリティチェックを一緒に受けたりイレアさんにお世話になったみたいですよ?」
ただ見つめるだけしかできない私にマチルダさんが説明してくれる。
ハッとして返事をする。
「ああ、そうなんですね!」
「それにしても光栄です。あの伝説の第一位にお目にかかれるなんて。」
マチルダは上品な微笑みを浮かべて言う。
「あ、いや、そんな…。え?伝説?」
「ええ、色んな伝説を聞きましたよ?大人相手にバッタバッタとちぎっては投げ、ちぎっては投げ一つの部隊をほぼ壊滅状態にさせたとか。何もせずともランクアルファになったとか。」
「いや、そんな、尾鰭が…!」
あまりにも凄い事のように言われてつい否定をしたくなった。
「ついてないわね。」
マイが言葉を遮りピシャリという。
「ええ、ついてないわ。」
イレアがそれを肯定する。
「まぁ!やはり都市伝説は本当だったのですね!」
興奮気味にマチルダが私の手を握る。その目はキラキラとすごいものを見たかのように輝いていた。
その様子にエルネストが不服そうに呟く。
「マティ?浮気?」
マチルダをジトーと睨みつける。きっとマチルダさんが感動したように私を見ていたのが気に食わなかったのだろう。
「浮気?何がですか?」
マチルダがはて?と首を傾げる。
はぁとため息をつき、いいからこっちきなさいとマチルダの手を引っ張る。
「これ、私の秘書兼部下だから、手出したらゆるさないわよ?」
エルネストに睨みつけられながら警告される。
私は何もしてないんだけど…。
「…はい。」
イレアがうんうんと頷いてるのが横目で見えた。え?なんで?なんの頷き?
イレアが時計をみて、時刻を確認する。
「そろそろ時間ね。」
本来の顔合わせの約束の時間だ。
「イレア、中央生徒会って4人なの?」
「いいえ、あと2人いるわ。」
「あ、そうなんだ、まよっ…」
話している途中で乱暴にドアが開いた。
「セーフ!!これはさすがセーフでしょ!」
深い青髪の青年が騒ぎながら勢いよく入ってきた。
「遅れました。すみません。」
黒髪を短く切ったガタイのいい青年が部屋に入るなり謝罪を始めた。
「いや、遅れてないから!!遅れてたとしてもこの学校が広すぎだから、俺ら悪くないから!!」
騒々しいのが入ってきたな…。
マイとエルネストさんが同時に邪険な顔をした。
そういうところは息ぴったりなのね。
「時間はぴったりよ。」
イレアが伝える。
水を得た魚のように青髪の青年がはしゃぐ。
「ほら!!遅れてなかった!いったろマリウス!」
「5分前行動できてなければ、遅刻だろ。」
「おいおい、硬いこと言うなよー。」
「そうね、マリウス君が正しいわ。もう顔合わせが始まっている時間なんだから。」
イレアが注意する。スパルタイレアが炸裂してるなぁ。
それにマリウスと呼ばれる方は素直に謝り、もう一人の男の子はゲッという顔をしていた。
イレア、スパルタの時こわいんだよね、わかるよぉ、わかる。言い方も表情も怖いんだよねぇ。ちょっと同情する。可哀想だからフォローをしてあげよう。
「まぁ、イレア、この学校広いし、迷っちゃったんじゃないかな?」
「スイ、そんなことじゃ…」
イレアの冷たい目がこちらに向けられ、説教が始まろうとしていた。あ、フォローするんじゃなかった…後悔し始めている時、両手が誰かに握られた。
先ほどから騒がしかった青年が私の両手を包み込むように握っていた。
「…天使。」
「え?」
「ああ、あなたは、この卑しい下界に舞い降りた天使ですか?」
「は?」
「美しい髪、透明な肌、そして何より大きく輝きを放つそのエメラルドの瞳は宝石のよう…。あぁ、神よ!!この卑しく混沌としている地上に救いの天使を遣わせてくださったのですね!!」
あまりに凄い勢いと、熱烈な目線をもらい、身体が硬直してしまった。
「あぁ、あなたと出会うために私は生まれてきたのでしょう!!」
待ってこの人怖い。何言ってるか全然わからないよ?
びっくりして目を見開くことしかできなかった。
彼の世界観に驚いていると、彼の手がはたかれ、私は後ろに引っ張られた。
サッとマイが前に割ってはいる。
誰かの腕が私を抱きしめるように回されてる。この手の主に引っ張られ、彼と距離ができたのかと理解する。
「やめなさい。」
頭上からイレアの声がする。この低い声は怒ってる時のだ。
どうやら引き剥がしたのはイレアだったらしい。
二人のコンビネーションすごいな。他人事のように思った。
「この運命の出逢いを邪魔するのですか!!」
あ、まだそれできるの?この二人を前に?凄いメンタルだなこの人。
「でも、待って!その絵もいい!!天使を守るクール美女二人!!それも良い!!」
いや、メンタル強すぎ。
予想を遥かに超えるメンタルの強さ。変態をちゃんとやれるメンタルの強さにドン引きだよ。
ほら、マイなんて汚物を見る目をしてるし、イレアは私をさらに引き寄せてもっと距離を取らせようとしてるし。
エルネストたちはこの突然の変態にどんな顔してるんだろう。なんか凄すぎて他人事のように思えてきた。
エルネストはシラーと時が過ぎるのを待ってるようで、マチルダはなんだか興奮しているようだった。
マチルダ?何に興奮してるの?あなたもあっち側なの?
「やめろ、フィルマン」
マリウスと呼ばれていた青年が変態の首を絞める。
「あ、まって、マリウス、死んじゃう。」
マイはゴミを見る目で死ねって顔してたよ。私見逃さなかったよ?
「すみません、こいつ、変態なんです。」
マリウスが申し訳なさそうに謝る。
「ええ、そうみたいね。」
イレアが軽蔑するようにいう。
「マ、マリ…ホントに…。」
フィルマンの命の灯火が消えようとしている。
あぁ、とマリウスが腕を緩めた。
ゴホゴホとむせこむ、ファルマン。
マイがチッと舌打ちしたのが聞こえた。
マイ?あって5分ぐらいの人にそんなことしちゃダメだよ?
イレアがため息を吐き、口を開く。
「時間もあるから、とりあえず席に着いてちょうだい。」
気を取り直して顔合わせを再開させる。
ソファに私を挟むようにイレアとマイが座り、対面のソファにはエルネストとマチルダ、お誕生日席に椅子を持ってきてフィルマンとマリウスが腰掛けている。
ちなみに座る時もフィルマンが隣にこようとしてマイとイレアが割って入り、マリウスが遠ざけた。きっとこの瞬間フィルマンの立ち位置が決定したんだと思う。
「じゃあ、全員揃ったので顔合わせを始めましょう。名前、学校、自分のアビリティをそれぞれ自己紹介をお願い。マリウスからお願いできる?」
「はい。」
イレアにそう言われてマリウスさんはこちらに向き直り自己紹介を始めた。
「初めまして、マリウス・バウド、ナサリア高校2年です。フィジカルアビリティランクベータ、特化は聴覚です。よろしくお願いします。」
「聴覚?すごく耳がいいってこと?」
小学生以来のアビリティ紹介なので、正直わからないことがたくさんある。小学校の頃は高くてランクデルタ、下から3番目とかだった。だから高位レベルのアビリティに関してはほぼ知らないに等しい。
「そうよ。マリウスは身体能力、筋肉の活動量としてはランクベータ。聴覚に関しては単独でランクアルファと言っていいぐらいのアビリティを保持してるわ。」
フィジカルアビリティは全体的な運動能力でレベル分けされる。その中でも特化と言われるそれぞれ得意分野があるのだが彼の場合聴覚が高い数値で出ているのだろう。
「へぇ、そうなんだ。」
「お互いの実力は明日のアビリティチェックで確認すれば良いわ。各々スケジュールがズレてるはずだから見に行けると思うわよ。」
「あ、そうなの?というか、みんな一緒にやるの?」
イレアとマイ以外の面々に?が浮かんでいる。エルネストさんだけは興味なさげにしてたけど。
「ん?エンジェルちゃんは天然なのかな?ランクアルファ、ベータの学生は少ないから毎年中高合同でやってるじゃん。」
「フィルマン、まだみんなの自己紹介終わってないからランクガンマ以下もいるかと思ったんだろ。」
マリウスさんがフォローしてくれる。とりあえずそういうことにして微笑んでおく。
「あ、なるほどね、そういう意味だったのか!ごめんねエンジェルちゃん!確かにエンジェルちゃんアビリティチェックで見たことないな。エンジェルちゃんがいたら俺絶対覚えてるし。」
その言葉にイレアとマイが警戒し、少し身を乗り出す。
「いや、そんなに?」
フィルマンさんは二人の警戒心に顔が引き攣っていた。
「フィルマンが悪い。」
マリウスが呆れたように呟く。
「次、フィルマンお願い。」
イレアが冷たい目線を向けなが言う。
「怖いなぁ…。ファルマン・エルナンド、マリウスと一緒でナサリア高校2年です!鉄メンタルアビリティ、ランクベータです!」
「鉄??」
「なになに、エンジェルちゃん俺に興味深々?もし何かあったら俺のアビリティで守ってやるからなっ。」
キラッと器用にウインクを放たれ、その勢いに圧倒される。
「あ、いや…」
「興味ないわ。」
イレアがピシャリと言い放つ。横顔を覗くとイレアの表情は氷のように冷たいものだった。イレアを見慣れている私でもこわっと思うほど。美人が無表情になると恐ろしいなとしみじみ感じる。
「え、ちょっと、やだ、酷くない?」
「フィルマンが悪い。」
マリウスが呆れたように呟く。
イレアがテキパキ次に進む。マチルダさんの方に目線を向けて柔らかく伝える。温度差凄いな。
「マチルダ、お願いできるかしら?」
「はい。」
マチルダがにっこりと微笑む。
「初めまして。マチルダ・メイウッドと申します。ルミリア女学園高等部1年です。アビリティは障壁のメンタルアビリティ、ランクベータです。」
「おお!ルミリア女学園のお嬢様って感じするね!」
「ありがとうございます。光栄です。」
フィルマンさんにマチルダさんは上品な笑顔を向ける。その様子を見て気だるそうにエルネストさんが口を開く。
「マティ、あんまりこの変態に優しくしてはダメよ。」
エルネストさんがマチルダさんに注意する。
「ちょっと、誰が」
「お前だ、フィルマン」
マリウスさんはフィルマンさんの扱いがわかっているのだろう。長くなりそうなのはシャットアウトしてくれる。
「エルネスト、自己紹介を。」
「エルネスト・クルース。ルミリア女学園1年。光のメンタルアビリティ、ランクアルファ。」
エルネストさんが箇条書きを読み上げるように自己紹介を終える。この子もランクアルファなんだ。ていうか光のメンタルアビリティとは??その疑問を投げかける前に先ほどから興奮しっぱなしの彼が口を開く。
「ルミリアの女神様にお目にかかれるなんて!光栄です!」
フィルマンさんが嬉しそうに言う。ほんとこの人はずっと喋ってるなぁ。て、いうか女神様?って?世間はわからないことだらけだなぁ。やっとのことで質問をする。
「女神?」
「エルはルミリアの誇りですから、尊敬を込めて女神と呼ばれてるんですよ。光のメンタルアビリティは治癒に使われることがほとんどですから、その姿を女神と。」
マチルダさんが優しく教えてくれる。二つ名的なやつね。女神本人は特に気にしてないようだけど。
光は治癒なのか。
なるほどと一人で納得しているとエルネストさんがさりげなくこちらを見ていたことに気づく。その視線に、ん?と見つめ返すとサッと目線を逸らされた。やだ、なに、ちょっと傷つくわぁ。
「マイ。」
「はい。」
イレアに促され、マイが自己紹介を始める。
「初めまして。マイ・フェルバークです。オルネラス学園高等部1年、風のメンタルアビリティランクアルファです。」
淡々と温度を感じさせない言い方。マイは大体この喋り方になるんだろう。
「マイも何かあるの?女神みたいな。」
「クイーンだよ。エンジェルちゃん。冷静沈着、何者も寄せ付けない孤高のトップ。オルネラスのクイーンことマイ・フェルバーク。超絶有名だよ?」
おお、クイーン。なんだかマイにピッタリな感じがして興奮する。若干テンション上がりながらマイに伝える。
「そうなんだ。クイーン…かっこいいね、マイ!」
「そんなことないわ。周りが言ってるだけだもの。」
エルネスト同様、本人は興味無さそうに言う。こういうのは本人別に興味ないもんなのかな?
「それがかっこいいんじゃん!」
「…ありがとう?」
マイはよくからないという顔をしているけど、お礼を言われたから満足だ。
「じゃあ、最後、スイ。」
「あ、うん!」
今日自己紹介何回目だろう。その分沢山の出会いがあったってことだ。嬉しくなり、頬が緩む。
「初めまして!スイ・アマミです。オルネラス学園高等部1年です。アビリティは物質のメンタルアビリティと瞬発のフィジカルアビリティでどちらもランクアルファです。これからよろしくお願いします!」
こういうのは元気が大切だからね。みんなの方を見るとイレアとマイ以外は!?でいっぱいの顔をしていた。これまたエルネストは興味なさそうだったけど。
「は?メンタルアビリティとフィジカルアビリティ?」
フィルマンが動揺を隠せないというように、口をあんぐり開けている。
「アリストタリア第1位はどんなアビリティかと思いましたが…まさか二つ…ダブルアビリティということですか?」
マチルダが考えるように聞いてくる。
「そうよ。スイはこのアリストタリア初のダブルアビリティ保持者よ。」
あまりの動揺にイレアが捕捉してくれる。
「本当に都市伝説のままじゃないですか!」
驚きと興奮でマチルダの目が見開かれている。
フィルマンさんが呆気に取られたように言葉を放つ。
「え、しかもどっちもランクアルファなの?エンジェルちゃん。」
「あ、はい。」
「なぁ、マリウス、俺、守ってやるって言ってた?」
「あぁ。」
「え、もしかして、守ってくださいの間違えだった?」
「…あぁ。」
一同に沈黙が走る。
「でもエンジェルちゃん、今までアビリティチェックいなかったよね?」
エルネストが言う。
「えっと、それは…。」
イレアの方を向く。言っていいのかな?イレアが私の様子をみて汲み取るように言葉を続けてくれる。
「スイは研究室にいたの小3からついこの間まで。」
マチルダがまぁ!と上品に驚く。
「研究室といったら研究特区アリストタリアでも最高位の研究施設ですよね?さすが第1位ですね!」
「なるほど、ずっと特別扱いだったわけか!」
マチルダとフィルマンが興奮するようにキャッキャ騒いでる。
特別扱いか…まぁ間違ってないけど。苦笑いが漏れる。
研究室の光景が思い出される。ほぼ監禁でしたけどね。
「小3からこの間までってことは、研究で忙しくて知らないこともたくさんあるわけか。」
マリウスがボソボソと呟く。
「なるほど、だから、アビリティチェックのこととか、女神、クイーンの事とか知らなかったわけだ!」
フィルマンがなるほどな!と納得している様子だった。
「そうそう、実はまだわからないことだらけなんだよね。」
えへへと笑って誤魔化す。
その時フィルマンの深い海のような瞳に光が差し込んだようだった。
「マイエンジェル…。いや…スイちゃん。わからないこと、知りたいことあったら俺がなんでも教えてあげるよ。」
凄い透かし顔で決めてくる。背中がザラっと撫でられたようだった。あ、このセリフ。前にイレアがそんなやつやめとけって言ってたやつだ。なんか、確かに実際言われると、なんか、その、きもいね。
「結構よ。」
イレアが冷たく言い放つ。
エルネストが意外なものを見るようにイレアを見ていた。
「えぇぇ、おねぇさん過保護すぎない??ダメだよ、可愛い子には旅をさせよっていうでしょ?」
やれやれとフィルマンが言う。
「不幸への旅だとわかって送り出す気はないわ。」
イレアがキッパリとお断りをする。
「ひど!最高にハッピーなハネムーンの予定だよ!」
「認めないわよ。」
あ、出た私の鬼門。まぁ、これに関しては鬼門というより保護って感じだけど。
「絶対、認めさせてやる!!」
謎のやる気を見せるフィルマンをその場の全員が冷ややかな目線で見ている。
そこから、生徒会の活動目的やこれからの活動についてイレアから説明を受けてその日は解散になった。校門をでて、みんなに挨拶をして別れる。エルネストとマチルダが黒いリムジンに乗り込むのをみて、お嬢様って計り知れないわぁなんて思った。
そんな中、ふと気になったことがあった。
「あれ?マイってオルネラスの寮じゃないの?」
オルネラスの寮は私たちと方向が一緒だったはずなのに違う方向に行ってしまった。疑問に思いイレアに聞く。
「彼女は今許婚の家に住んでるみたいよ。」
「凄い!本当にそんなのがあるんだ!」
「割と名門校にはまだ根付いている文化よ。前みたいな強制力はないみたいだけど。」
「へー!まだまだたくさん知らないことあるなぁ。」
イレアが突然沈黙する。反応がなく、私の放った言葉は宙を舞って行った。考えが纏まったようにイレアがゆっくり口を開いて言葉を発する。
「フィルマンは、やめておきなさいよ?」
「いや、急になんの話??」
突然なんのこと?脈略のない制止に戸惑う。
「知らないこと、教えてもらおうって、フィルマンに頼るのだけはやめなさい。」
「あぁ、さっきのやりとりね!」
「ええ。」
「凄いフィルマンを目の敵にしてたね」
思い出すと笑えてきてしまう。あんなに冷たく言い放つイレアなかなか見たことなかった。レアな瞬間だったなぁ。
「あれはスイの外見だけで好きって言ってんのよ。きっとあれはスイに変なことさせて喜ぶタイプの人間よ。」
「なっ!!」
「変な格好させて、興奮を覚えるタイプの…。」
「ちょっと!ちょっと!!何言ってるの!!」
真面目に考えながら言うのやめてよ!顔がカッと熱くなるのを感じた。
私が動揺しているのがおかしいのか、イレアがクスクス笑い始める。
「もう…変なこと言うのやめてよ。」
不貞腐れながら文句を言う。
「まぁ、スイは見た目だけじゃなくて中身も可愛いんだから、そこを見てくれる人を選びなさいってことよ。」
そう微笑むイレアは夕日に照らされて優しいオレンジ色に染まっていた。その光がイレアの綺麗な黄色の瞳に映りキラキラと輝いていた。春の夕日をビー玉に詰めたらこんな色になるのだろうか。そんなことをおもいながら、また、顔が熱くなってきた。
「見た目も中身も普通だよ…。」
気恥ずかしくなりつい小声で話してしまう。
イレアはまたクスッとわらって、頭を撫でる。
なんだか、イレアにずっと敵わないような気がした。それでいい。それでいてほしい。敵わないまま、このままの関係が続くように、この時間を瓶で閉じ込めてしまいたくなった。




