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家族とはなんだろう

 はっきりとひるんだミサキの髪を掴み上げ、その根元に、鈍いテーブルナイフの刃を押し当てる。


「本当はハサミを使うつもりだった。けど、せっかくあんたがくれたんだから、これを使ったほうがいいんだろう。人を傷つけるのに使ったんだから、自分が使われる覚悟は出来ているんだろ?」


 ギザギザの刃が、強引に髪の毛を引きちぎった。


「痛い痛い痛い痛い」


 ミサキがもがくが、殴られ蹴られたあとだ。その抵抗は弱い。


「愛されて当然。その思い込みが、あんたの力を支えているのであれば、その自信の元を奪ってやるよ」


 恐怖の色を目に浮かべたミサキの前に、無残に切り取られた髪の毛がバサリと落とされる。


「い、いや! やめて」

「うるさい。歯を折ってやろうか」


 顔をさらに一発殴ってから、残りの髪の毛も切り落としていく。


「痛い……やめて、なんでもするから!」


 必死の形相でミサキは叫ぶ。対照的に、みのるは無表情で手を動かし続けた。

 あっという間に、乱雑に頭頂部を刈り取られた落ち武者が出来上がった。横髪だけが長く、上はちんちくりん。まばらに残った長い毛が、妙に哀愁あいしゅうを誘う。


「ほら、鏡を見てみろよ」


 ロッカールームの壁にかけられた鏡を手にとり、みのるはミサキに、落ち武者姿を見せ付けた。


「な、なにこれ……」


 ミサキは変わり果てた自分の姿に、呆然と呟いた。

 頭は落ち武者。鼻血が垂れ、涙のせいか目元の化粧はパンダになっている。


「これが、今のお前の姿だ。滑稽こっけいだな? 惨めだな?」


 ミサキの耳元で囁く。


「こんな姿で、まだ言えるのか? 本当に――――愛されて当たり前なのか?」


 かちかちと歯を鳴らす音がした。

 震える手が、まるで自分の姿を拒むように鏡を押しのけようとする。だが、みのるの手にがっちり押さえつけられた鏡は動かない。


「やだ、やめて、いや、なにこれ、認めない。こんなの認めない」

「ちゃんと見ろ。受け入れろ。これが今の箕田みだミサキだ。これがお前の姿だ。つまらない宴会芸の一発ギャグみたいな姿をした、痛々しい女。それが今のお前だ」

「いや、いや」


 ミサキは目をつぶり、耳をふさごうとする。その手をこじ開け、耳元で言い続ける。


「誰もお前を愛さない。所詮は外付けの魅力しか持たないお前だ。今、それも奪った。惨めな格好で、わがままで、愛されて当然だと思い込んでいる、そんな女を、誰も愛さない」


「やめて、お願いだからやめて」


 自分の声でかき消そうとでもいうのか。叫ぶミサキの頭には、それでも、みのるの低い声がどろりと入り込んでいく。


「誰も愛さない。誰にも愛されない。ちやほやされることもない。魅了なんかできない。人はお前から離れていく。今までが幻だったように。愛されるお前はもう存在しない。誰もお前に尽くさない。お前の当たり前はなくなったんだ。お前は切り捨てられる。お前が親の愛を奪った子ども達のように。今度はお前が奪われた。お前への愛はどこにもない。誰にも残っていない。お前を愛する人間など、もういないんだよ」


 ミサキの抵抗がなくなった。目から光が消えている。


「わ、私は……」

「誰にも愛されない、ただの箕田ミサキだ」


 きっぱりと言い切られ、ミサキはかくんとうな垂れた。

 ロッカールームのドアが叩かれる。


「みのる君! 影響が解けたぞ!」


 鍵を開き、みのるは大きく息を吐いた。


「大丈夫か?」


 ロッカールームに入ってきた撫子が、みのるを抱き寄せる。ふらり、と体勢を崩したみのるは、そのまますっぽりと撫子の腕におさまった。


「少し……いえ、かなり疲れました」


 みのるは力なく笑う。


「慣れないことをさせてすまなかった。こういうのは、男がやった方が効果的というのはわかるんだが……」

「平凡な僕がやったから、意味があったんです。『特別』な人がやっても、心は折れませんから」


 見るからに美しく、特別な撫子に屈しても、それは致命的な敗北にならない。

 なにも持っていないような、見下されるみのるだからこそ。そんなみのるに敗北するからこそ、致命的に心が折れる。


 撫子は糸の切れた人形のように力を失ったミサキを、哀れむように見下ろした。


「可哀想なやつだ。いっそ、信仰の素質さえなければ、ここまでゆがむこともなければ、折られることもなかっただろうに」


 みのるは小さく首を振った。


「力なんてなくても、人は歪みますよ」


 それはどこか、確信めいた響きをともなっていた。


「……それもそうか。さて、光を呼ぼう。巻き込んでしまった人たちに謝罪と説得もしなければいけない。それに」


 撫子は遠くを眺めるような目をした。


「きっと、今は家族だけの時間が必要だろう」


 誰の、とは言わなかった。それでも、みのるには伝わった。


「傷は残っても、癒えるといいですね」

「そう願う。きっとやり直せるさ。家族なのだから」


 撫子が電話で光を呼ぶ短い時間の間だけ、みのるは目を閉じた。

これにて、1話にあたる部分はおしまいです。

まだまだ田中君は続きます。

これからもカフェインじゃぶじゃぶ入れながら、鋭意更新して参りますので、今後もどうぞよろしくお願いします。

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