二面性
「こいつらを殺せ!」
「取り押さえろ!」
ミサキがヒステリックにそう叫ぶのと、撫子が命じたのはほぼ同時だった。
店内に、男達の怒号が入り乱れる。静かな喫茶店の中は、一瞬で暴力が支配する空間に変貌した。
みのる達が用意したシチュエーションが、これだった。
信仰を判別するためには、信仰の影響を受けていない人の中に放り込んで、様子を見るのがいい。だが、全員がまっさらな状態だと、完全に敵地になると光は判断した。
だから、「光の信仰の影響下の人物」が、「まっさらで腕力の弱い知人を1人連れて」、「光の協力者のマスターが経営する喫茶店」に集まったのだ。
店から出て行った4人組も協力者だ。協力者を使って、常に満席を維持し、予定していた人員だけを店に入れていた。
こうすれば、反応を見ることもでき、しかも敵に回ったときの鎮圧も容易。前日に駆け回り、これだけの状況を作り出した光の手柄だ。
「撫子先輩は、鎮圧の手伝いを。怪我はさせないようにお願いします」
「わかってる」
喫茶店のマスターが素早く動く。ドアを施錠し、店の照明を薄暗くした。ドアについた窓には、「CLOSED」の看板をぶら下げる。
これで水槽と看板が邪魔になり、外から店内の様子は見えなくなる。
撫子も、その身体能力をフルに活かし、暴れる男性客の鎮圧に動き出した。
「周囲の人間を魅了し、操る。強力な力です。が、こうなった以上は、貴女はただのか弱い女性でしかない」
みのるは立ち上がり、ミサキを見下ろす。
ミサキは目を吊り上げ、歯を剥き出しにした。
「私を誰だと思ってるの!? 私をそんな目で見るなァッ!」
ミサキはテーブルの上のカトラリーセットからテーブルナイフを掴みながら立ち上がり、逆手に振り下ろした。
鈍い刃が、前に突き出したみのるの手のひらを突き破る。
手のひらの真ん中を食い破った、小さな刃物ごと、ミサキの手を掴んだ。
肉を打つ音がした。
掴んだ方と反対側の手で、ミサキの顔を殴りつける。
よろめくミサキを引き寄せ、みのるはもう一度顔の真ん中を殴った。
「ぶ、ぶべっ」
「種は割れたんですよ……。あなたは、笑顔の状態で視線が合った人間を魅了する能力を持っただけの、ただの箕田ミサキでしかない」
鼻血を流しながら睨みあげるミサキの顔に、もう一度、拳が叩き込まれた。
みのるはナイフごと握っていた手を離し、ミサキの髪を掴んだ。
「マスター、奥借ります」
暴れるミサキを引きずり、小さなロッカールームに投げ込む。鍵をかけ、2人だけの密室が出来た。
地面に横たわったミサキは髪を振り乱し、金切り声で叫んだ。
「なんで、なんであんたなんかに! あんたみたいに、何の魅力もない男なんかが!」
みのるは手のひらに突き立った銀色を眺めながら、言う。
「さぞ、ちやほやされて生きてきたんだろうな。人に愛されて当たり前。人に尽くされて当たり前。甘やかされて当たり前。求めることは全て叶えられて当たり前。辛いことは他人に背負わせて当たり前。対価は払わなくて当たり前」
みのるはぐっとナイフを握り、それを引き抜いた。
「僕は、そう思えるほどの何かを与えられたことなんて、一度もなかった」
ひどく冷たい視線が、ミサキに注がれる。
ミサキは肩を震わせた。
「だから、それで刺そうって?」
ミサキが返したのは、怯えでも許しを請うものでもなかった。嘲笑を含んだ、挑発的な声。
「教えてあげるわ。私の力は『魅了』なんかじゃない。『共依存』。私は愛されて当然で、愛されていなければいけない。でも、周りの人も同じ。私を愛して当然で、私に尽くしていなければいけない。私を愛し、甘やかすことが生きがいになってる」
ミサキはケタケタと嗤った。
「どうせ四葉ちゃんのお願いでしょう? 中村さんと来たものねぇ? 覚えているわよ。あの子だけ私に懐かなかったもの。あーーーーあ、可哀想な四葉ちゃん。だって、だってねぇ」
ミサキはふらりと立ち上がる。その目には狂気が宿っていた。
「自分が助けを求めたせいで、自分の親が廃人になるんだから! 私がいなくなれば、みんな生きがいを失って廃人になる! 私の力はそういうものなのに。そんなナイフ1本で勝った気になって。ぶぁぁぁぁぁかじゃない?」
嗤い続けるミサキに、みのるは。
「そうか。だから、どうした」
と。淡々と返事をし。前蹴りを入れた。
「ぐぇっ」
何が起きたのかわからない、とでも言うように、ミサキは目を白黒させながら横たわった。
「あ、あんた……自分がどういう状況か……わかってないんじゃないの……」
息も絶え絶えになりながら、ミサキは言う。
「わかっていないのはお前だ、馬鹿。今から、教えてやるよ」
みのるは、今まで誰も見たことがない、酷薄な表情を浮かべていた。




