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お姫様とクマノミ

 表情筋が壊死えししそうな、短いようで長い時間を過ごし終え。15時過ぎに幼稚園児たちは帰宅していく。

 案の定、幼稚園が閉まる時間になっても、ミサキの周りにも人が集まっていたが、「この後、予定があるので」の一言で、さっと人の波が引いた。


 幼稚園から出て行く人の群れの中には、四葉と光の姿もある。

 心配そうに振り返った四葉に、みのるは拳を向け、こつんとぶつける仕草をした。四葉はほっとした表情を浮かべ、小さなぐーをみのるに向ける。

 光も小さく頷き、四葉の手を引いて、中村夫妻と出て行った。


「用事あるのでー。お疲れ様です、お先に失礼します」


 さも当然のことのように、他の職員に仕事を押し付け、退勤の挨拶をしているミサキを横目に。


「思いのほか、強力な信仰に見えるな」

「そうですね。光さんの信仰に近い影響力かもしれません。条件の複雑さの判断基準を、少し引き上げた方がいいかもしれません」


 ――もしかしたら、条件を満たしていないのに影響を受けたフリをした、ということで、怪しまれた可能性もある。


 みのるの胸に、小さな不安がよぎる。


 ――いや、それもここまできたら関係ない。そのときは、僕らが頑張ればいいだけのことだ。


「お待たせ」


 玄関で待っていたみのる達のもとに、エプロンを外し、私服になったミサキがやってきた。


 フェミニンな濃い目のペールオレンジのワンピースで、肩の部分はくり抜かれたようになっていて、肌が露出している。肘や太ももにかかる部分は、ひだのように縫われており、ふんわりとした質感だ。

 下は薄手のタイツ。靴箱から出したのは、足の甲全体を覆うようなデザインの、厚底のサンダルだ。


 どう見ても、アクティブな幼稚園児の面倒を見る格好じゃない。

 一緒に体を動かして遊ぶことを、一切考えていない服装だ。


「タクシーで行こ?」

「けっこう近いですよ?」

「どれくらい?」

「徒歩5分くらいですね」

「ちょっと疲れちゃうわ」

「タクシー呼びますね」


 みのるが素早くスマホを取り出し、なんとなく頭に残る語呂合わせのタクシー会社に電話し、呼んだ。近場を流している車があったのか、さほど待たずに到着したタクシーに乗り込む。


「どちらまで?」

「メーター、止めて走ってもらえるかしら?」


 行き先を聞いた運転手に、ミサキが非常識な言葉を返す。

 メーターを止めろというのは、つまり、金を払う気はないということだ。それなのに運転手はバックミラーに笑いかけ、「もちろんです」と言った。


「それじゃあ、この場所までお願いします」


 みのるは喫茶店のホームページを開き、住所を見せると、覚えがあったのか運転手は「ああ、そこですね」と答えた。

 もともと、歩いてもすぐの距離だ。さして会話する時間もなく、タクシーは止まる。先に降りた撫子が、ミサキの手をとり、エスコートする紳士のように降りるのを手助けした。


 喫茶店、クマノミコーヒー。

 個人経営の喫茶店で、住宅街と駅前通りの中間にひっそりと佇んでいる。全席禁煙で、カウンター8席と、4人がけのテーブルが2席。

 窓際は大きな水槽が占領しており、熱帯魚を見ながらコーヒーを楽しむことが出来る。また、その水槽のおかげで、外の通行人の視線を気にならないのがウリだ。


「ここです」


 お店は満席だったが、4人で座っていた客がちょうど立ち上がり、席があいた。

 マスターがテーブルをささっと拭き、お冷のコップを置く。ミサキは童女のような無邪気な笑みで店内を見回した。


「どうですか? お気に召しましたか?」

「……え、ええ。素敵なお店だけど、ちょーっと合わない気がするかなー」


 みのるが訊ねると、ミサキは一瞬言い淀んでから、暗に店から出たいと告げた。


「そうですか? でもここのコーヒーはすっごく美味しいんですよ。ぜひ、飲んでみてください」

「こ、コーヒーはあんまり好きじゃなくて」

「紅茶も絶品です」

「そ、そうなの」


 ミサキの視線は、忙しなく店内を行き来する。

 店内の視線はミサキに集まっている。が、ミサキに笑顔を向けるのは、ちょうど半分だけだ。


 店内にいるのは、全て男性の2人組。そのうち半分だけが、ミサキに笑顔を向けている。綺麗に反応が分かれているのだ。


「どうしましたか? 何かおかしなことでも?」

「い、いいえ? 別に……」


 店内に動きがあった。

 ミサキに笑顔を向けていない方の男達が、相方をせかし、店から出て行こうとしたのだ。ミサキの表情が凍りついた。


「み、みんなでお茶したいなーって」


 苦し紛れの様子でミサキが放った言葉は、劇的な効果をもたらした。

 正常な相方を振り払うようにし、みのる達3人が座っているテーブルを囲むように集まった。

 その状況に安堵あんどの息をついてから、ミサキは憎しみに歪んだ顔をみのると撫子に向けた。


「あんたら、ハメたわね」

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