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54話 封印の扉

ブックマークがじわりじわりと増え、嬉しい限りです。

だいたいキリのいい数字だな、と思うと更新してたりしてなかったり。


今後とも何卒よろしくお願いします。

 迷宮は人目を憚るかのようにして、ウェンティ郊外の乾燥した丘陵の一角にその口を開けていた。

 迷宮の性質として、魔力エサとなる人間をおびき寄せるためには目立つところに出現した方が良いのではないか、と思わなくもないが、この迷宮はそういうわけでもないらしい。


 入口は人が二人並んで入れるくらいの穴がぽっかりと空いている。高さもそこそこあり、一見小さな洞窟に見えなくもない。

 その周りには迷宮が枯れる前の名残か、屋台の骨組みや砂を被って半分しか頭を出していない袋のようなものなどが散らばっていた。


「本当に誰もいないもんだな」


わたくしが以前訪れた時が嘘のようですわね……」


「そういえば、エンゼリカは調査で来たことがあるんだったな」


「ええ。この辺りでは消耗品や迷宮内部の地図、武具を売る人などで賑わっていましたのよ?」


「みんな、新迷宮の方に流れたってことか……。まあ、中に魔物の一匹もいないんじゃしょうがないか」


 ともすれば寂しそうな、それでいてそれが当たり前だった(・・・・・・・)と思わせるようにそこにある入口を眺めつつ呟く。

 他の迷宮をきちんと見たことがあるわけじゃないので本当になんとなくなのだが、この迷宮は本来冒険者を呼び寄せるために作られたものではないような気がする。


 そんなことをぼんやり考えていると、不意にアイティルが口を開いた。


「この迷宮は……守護方陣を守るために造られたために、あまり人目につかなくてもいい……みたいです」


「女神か?」


「はい。そのように仰っています」


「……そうか」


 こっちに送られてくる時も考えを読み取られていたが、こちらでもその力が使えるのだろうか。

 もしかすると指輪にそんな仕組みがあるのかもしれない。

 尤も、奴に考えが読まれていたところで何が変わるわけでなく、どうでもいいことだ。


 それより、守護方陣を守るために造られた迷宮ってことは、女神が造った迷宮ということだろうか。

 それならそれで内部の詳しい話をしてくれてもいいのではないかと思うのだが……。


 まあ、それも今更だ。女神がポンコツなのは今に始まったことではないし、これから中に入って調査、その後は守護方陣を使えるようにならなくてはいけないのだから、さっさと終わらせてしまおう。


 できれば面倒が起きないといいがな……と思いつつ、傍らに寄り添うヴェルゼに尋ねる。


「魔力の流れはどうだ? 俺は特に何も感じないが……」


「ん。やっぱり何かが魔素を溜め込んでいる。魔物が発生しないのは……たぶん魔素が流動しているから」


「流動している?」


「そう。溜め込んだ魔力が漏れ出してはいる……けど、それも含めて吸収している?」


「循環してるみたいな感じか。なんか呼吸してるみたいだな」


「感覚としてはそれが近いと思う」


「……ふむ」


 とすると、迷宮最深部にいるのは魔素を呼吸のように扱うナニカかもしれない、ということだ。

 それが何かは分からないが、気をつけてしかるべきだろう。


「何、ここでごちゃごちゃ言っていても始まらないじゃろう。それに主様は不死の身。それがなくてもこのところ力をつけておるのじゃ。ちょっとやそっとのことでは問題になるまいよ」


「そうは言うが、お前たちは死ぬ可能性だってあるんだからな」


「そんなことは承知の上じゃ。妾だけでなく、みなそれを承知で主様について来ておる。それくらいのことは主様も分かっておると思っておったのじゃが……」


「わかってないわけじゃないけどな……」


「心配してくれておるのか?」


「……当然だ。みんな大切なパーティメンバーだし、何より……」


「何より?」


「俺の女だからな」


 俺の言葉に反応して、黙って嬉しそうな顔をしたのが二人。黙って真っ赤になったのが二人。


 そして黙らなかったのが――


「「とうとう受け入れてくださるのです(わ)ね!」」


 ――二人だった。


「ど、どどどどうしましょうオリヴィア! 今夜私は女になるかもしれませんわ!」


「落ち着いてください。日中の外ですよ。……式はいつ挙げましょうか」


 やいのやいのと騒ぎ始めた二人を宥めるのにしばらく時間がかかったのは言うまでもない。








 迷宮内部は外見と違い、人の手が加えられたような面持ちだった。地面は歩きやすいように均されていて、街の中を歩くのと大差ない。

 いたるところに魔素吸収型の魔道具が設置されており、ある程度の視界も確保されている。幅もそこそこあり、一人ならば大剣も振り回せるくらいはあるだろう。

 まだ浅層ではあるが、多くの人が潜っていたであろうことは想像に難くなかった。


「それにしても、本当に魔物がおりませんのね」


 先ほどの乱心と打って変わって落ち着いている表情でエンゼリカが言う。


「そうだな。ロアや他の冒険者の話によれば、最深層の封印の扉の前まではずっとこうらしい」


「守護者や地龍とやり合わんで済むのは僥倖じゃのう」


「……そうですわね」


 昔の同僚を思い出してか、やや声のトーンを落とすエンゼリカ。


 嫌な記憶の残る場所にいるためか、どことなくいつもの元気がないように見受けられた。もしかすると入口での騒ぎも空元気だったのかもしれない。


 であるならば、ここは一つ元気づけるべきだろう。


 そう考え、歩きながらも二人を呼ぶ。


「エンゼリカ。オリヴィア」


「「……はい?」」


 急に名前を呼ばれて不思議そうな顔をする二人に、またそれを見ている他のメンバーにも聞こえるように言う。


「さっきも言ったように、お前たちは俺の女だ」


「……」


 真面目な顔で話しているのを悟ってか、じっと続きを待つ二人。


「もちろん、他のメンバーについても俺はそう思っている。尤も、嫌なら離れてもらっても恨みはしないが」


 ふるふると一様に首を振るメンバーを見てやや苦笑し、続ける。


「であればこそ、俺はお前たちの身を案じている。俺だけなら何かあっても大丈夫かもしれないが、本当に危険が迫った時、どうなるかはわからない」


 俺の言葉に俯く二人。……やや言葉の選択を間違ったかもしれない。


「でもな、そんな状態になっても、俺はできる限り皆を守ってやりたい。エンゼリカとオリヴィアにはまだ力及ばないところもあるが、それでもだ」


 抱かれた左腕に力が込められるのを感じる。

 ――俺は、じゃなくて俺たちは、だったな。


「正直、俺は皆を失うのが一番怖い。だから敢えて言う」


 他でもない、自分に言い聞かせるために。


「守護者だろうが地龍だろうが、俺たちに危害を加えるモンはみんな俺がぶっ殺してやる」


 自分の命より他人の命を優先することが、俺にはできるのだから。


「だから安心しろ。お前たちは俺が守る」


 だから恐れる必要はない、と。


「わかったか?」


 尊大にふんぞり返って言えば、答えたのはエンゼリカでもオリヴィアでもなかった。


「そんなことは言われんでもわかっておると言うに……。のう?」


 そんなことを言って笑うフィーアにつられてか、二人も微笑みつつ言う。


「ええ、もちろんですわ」


「いざという時はヤチヨ様が守ってくれると、信じております」


「ほらの。だから初めから言っとったじゃろう主様よ」


 フィーアはその紅い双眸をじっと向けて言う。


「みな承知の上じゃ。との」


 ニヤりと笑うフィーアの表情は、それはもうしたり顔だ。


 こくこくと頷いているエンゼリカとオリヴィアも、可笑しそうにしている。

 もしかすると、気負っていたのは俺の方なのかもしれない。


「……お前たちは俺が守る」


 小さく誰かが呟き、カッコイイじゃないかと皆がくすくすと笑う。


 ……まぁなんだ、二人が元気になったようで良かったよ。



 


 その後、地味に効く精神攻撃を受けつつも歩みを進めれば、さほど時間もかからずに封印の扉までたどり着いた。

 つまり、地龍がいたという大広間のある階層だ。

 この階層は他の階層と違い、造りが強固に見えた。地面も今までのように土ではなく、何かの石でできているような感触だ。以前聞いた話では、この階層では転移の類ができないと言っていたから、その辺りに関係しているのかもしれない。


 封印の扉は大広間から伸びる通路の先にあった。振り返れば降りてきた階段が奥に見えることだろう。

 扉は青銅をさらに深く青にしたような色で、見ただけで重厚さが伝わってくるものだ。

 よく見ればその表面には幾何学的な模様と、解読のできない文章が彫られている。


「……これが封印の扉か。何かわかるか?」


「私たちには何も……。研究で解明されたことしかわかりませんわね」


「ヴェルゼは?」


「……この奥に魔素が溜め込まれていることくらい」


「やっぱそうか……」


「フィーアとオルタは?」


「分厚い扉だねえってことくらいかね」


「妾もじゃな。そもそも妾は魔力を扱うこともできんしの」


「だよなぁ」


 アイティルもこれは初めて見るだろうし、やはり封印を解いて奥に進まなければ何も解決しないか……。


 と、そこに声がかかった。


「あの……」


 アイティルである。女神からの伝言は期待していなかったのだが、もしかすると何かあるのかもしれない。


「あ、わかりました。直接ですね――」


 どうしたのか尋ねる前にアイティルが言えば、急に彼女の雰囲気がガラッと変化する。


「……なぜアレがまだ……」


 今回は出てこないのかと思っていたが、何やら深刻そうな面持ちで女神様が降臨なされた。


「急にどうした?」


「これはもしかすると……由々しき自体が発生しているかもしれません」


「どういうことだ」


 情報を特にくれるわけでもなく、急に出てきたと思えばこれだ。もう少し先を見据える目があってもいいのではないだろうか。仮にも創造神だろう。


「ここに来るまで感知できなかったのですが……」


「勿体ぶらずにさっさと結論を話せ」


「この先にいるのは、恐らくですが、兵器です」


「兵器?」


「はい。この感じは恐らく、エルフの作り出した生物兵器……」


「エルフ?」


 エルフと聞いて思い出されたのはリリティカだ。ノスティの薬屋のお姉さんである。彼女の種族が生物兵器を作っているというのだろうか。


「あれはこの世界を維持する上で危険だったので、守護方陣を創って保管する際に全てこの世界から抹消したはずなのです」


 つまり、この場所に守護方陣を置いた時か。しかし、その生物兵器とやらを全て抹消したのなら、なぜここに存在するのだろうか。


「わかりません。確かに地上に存在する全てのアレを根本から抹消したはずなのですが……」


「お前のことだから、地上全てとか言って地下のこの場所を指定しなかった、とか言うオチじゃないだろうな。あとナチュラルに人の考えを読むな」


「いえ、あの時はこの場所を造ってすぐにアレを抹消したわけですから……」


「ここに運ばれるはずがないと」


「はい……」


 まあ、さすがにこのポンコツでもそんなミスはしないか。であるならば、なぜ消したはずの物がまだ存在し、かつ封印された扉の向こうにいるのだろうか。


「考えてもしょうがないし、どうする?」


「どうする、とは」


「俺たちが取れる行動は二つだ。一つはこのまま扉を開けずに帰る。その場合は守護方陣は手に入らんわけだな」


「それは困りますね……」


「もう一つは行き当たりばったりだが扉を開ける。その場合はその生物兵器とやらとご対面だな」


「そ、それも困りますね……」


「じゃあどうするってんだ?」


「それは……」


 女神が困ったように眉尻を下げる。見た目はアイティルなのだが、纏う雰囲気が全くの別物の為、美人を困らせているような錯覚に陥ってしまう。


 そこに声をかけたのはエンゼリカだった。


「少しよろしいでしょうか」


「何か手立てか?」


「いえ、手立てというほどのことではありませんけれど、一つ疑問が」


「疑問?」


「その生物兵器というものが本当に危険なら、どうして今も扉の向こうで大人しくしておりますの?」


「だそうだぞ、女神様」


 これの回答は俺にはできないからな。


「そうですね……。理由はわかりませんが、操作されていないのでしょうか」


「生物ってくらいだから自律行動するんじゃないのか?」


「基本はそうですが、初めにこうしろと決められた行動しか取らないようなので……」


「何らかの理由で決められた行動から外れたか、もしくは壊れたとか、燃料切れか」


「そう考えられるかもしれません。燃料は……大気中の魔素ですね」


「扉の向こうは何か特殊な仕掛けはありませんの? 攻撃行動が取れない、みたいに」


「特には……。守護方陣の情報が失われたらそれがわかるようになっているくらいですね」


 肝心の部屋の内部は守られていないらしい。それだけ封印に自信があったのか、それとも……。


「であるならば、ここは扉を開けるのも手かもしれませんわね」


「その理由は?」


「今までの話を総合しますと、最近になってこの迷宮がおかしな動きを始めましたわよね」


「そう言われてるな」


「あくまで私の考えですけれど、その兵器は今まで休眠状態か何かで、最近になって活動を再開しようとしているのではありませんか?」


「それで魔素が溜められて、魔物が沸かなくなったと」


「ええ。ですから、今ならばまだ開けても大丈夫かもしれません」


「まあ、一理あるな」


 放置して帰ったらその兵器が再起動して取り返しがつかなくなりました、じゃ目も当てられない。


「その可能性を考えると、ここで開けるのが得策か」


「あくまでその可能性がある、ですけれど」


「まぁ他に手立てもないんだ。なあ?」


 女神に尋ねるように目を向ければ、難しい顔をしつつも彼女も肯定のようだった。


「お前らはどう思う?」


 他のメンバーにも意見を聞けば、


「妾はいつも通り主様の決定に従うだけじゃな」

「私もエンゼリカの案に賛成です」

「あたしも特に異論はないね」

「ん」


 と、だいたいいつもと変わらない返答だ。


「じゃあ、満員一致ということで。開けるとしようか」


「……わかりました。では私と手をつないでください」


 女神が右手を差し出す。左腕はヴェルゼが抱いているので、俺も右手を出す。


 つまり握手である。


「そうじゃないです! もうっ……」


 女神は手を解くと、自身の差し出す手を左手に替えて指を絡めてくる。


「そうしたら、扉の真ん中あたりに手を添えてください」


 仕方がないのでヴェルゼに放してもらう。不服そうな彼女に苦笑しつつも、言われた通り扉に手を当てる。


 すると――


「おあっ!?」


 扉の幾何学模様に沿って眩い光が瞬時に奔り、通路全体を埋め尽くさんとばかりに輝く。


 幸い目を灼くような光量ではないようだったが、魔道具によって齎される光に慣れていた目にはきついものがあった。


「くそっ……こうなるなら初めから言っておけよ……」


「すみません、失念していました……」


 女神に小言を言いつつ、徐々に慣れてきた目をしばたたかせる。隣で女神も自らの目を擦っていた。


 扉を確認すれば音もなく沈んでいるところで、半分位が地面に吸い込まれていた。


「どんな技術だよ……」


「企業秘密です♪」


「それにしても、呆気なく開きましたわね……」


 完全に沈みきった扉を眺めながらエンゼリカが言う。何をしても開かなかった扉が、こうもあっけなく開いてしまった彼女の心情はいかなるものだろうか。


「まあ、そうなるように造ってますからね」


 女神は得意顔だが、今はそれよりも扉の向こうに気を配るべきだろう。


「何か変化はないか?」


 傍らのヴェルゼに尋ねる。


「……先ほどと変わらない」


「そうか」


 俺たちにの正面に見えているのは階段だった。つまりこれを降りるまでは何もないか、もしくは降りてからも何もないか、だ。

 できれば後者であって欲しい。


 そう都合よくいかないんだろうな……。と思いつつ、俺たちは最下層へ続く階段を下りていくのだった。

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