53話 ウェンティの朝
少しずつ長くなっていく空白期間。
もはや忘れている設定なども多いような気が致します。
「くぁあっ……ふう」
意識の覚醒とともに、大きく伸びをしながら周囲の確認をする。宿の一室を貸し切った、あまり上質とは言えない木造の大部屋に、備え付けのベッドを連結して作った急造の寝床。カーテンを閉め忘れたのか、窓からは朝の日差しが燦々と降り注いでいた。
ベッドにはパーティのメンツが各々好きな格好で寝ている。俺の起床と同時に――むしろそれ以前からかもしれない――左腕にしがみついているヴェルゼを除けば、フィーアが右隣、その奥にオルタとアイティルが転がって、まだ寝息を立てている。オルタにしがみつく様にして眠るアイティルからは、普段隠している幼さのようなものが垣間見えていた。
ヴェルゼを挟んで左側には王国組の二人が眠っている。エンゼリカは仮にも一国の姫であろうに、こんなベッドでも安眠を得られている辺り、変なところで庶民的というべきか。しかしながら育ちを感じさせる姿勢で行儀よく眠る様は、そのまま“眠り姫”と言えるものであり、彼女が高貴な身分であることを感じさせた。
この景色で珍しいのはオルタだろう。俺が起きる頃にはいつも朝食の用意をしているオルタの寝顔を見るのはこれが初めてかもしれない。彼女も慣れないパーティでの行動に疲れているということか。
昨夜はヴェルゼの補給をこの大部屋で行ったため、要らぬ疲労感も与えてしまっているかもしれない。
教育的によくないということで、オルタにはアイティルを連れ出してもらっていたのだが、それはそれで負担になっているだろう。
ちなみにエンゼリカとオリヴィアは、
「「私たちは、今日のところは見学です(の)」」
などと宣い、本当に俺たちのやること(・・・・)を見学していた。
彼女たちのことは嫌いではないしある程度信用もしている。出会いこそ険悪な雰囲気だったものの、現在は一変しており、好ましいものになっている。
しかし、一線を越えようとなれば話は別だ。俺には既にヴェルゼとフィーアがいるし、そもそも彼女たちは王国の中でも強い権力を持つ者だ。深く考えもせず関係を持ってしまえば、やれ国がだの、やれ帰属がだのという面倒なことに巻き込まれることが目に見えている。
……そういったところも含めての「見学」だったのだろうが、今日のところは、という言い回しがどうにも不吉である。
「……いや、今はそれよりも考えるべきことがある、か」
いずれ考えなければならないのだが、今はそれどころではない。――ということにして。
頭を振って、やや強引に意識を切り替える。
――あれから二日が経っていた。
各々が散らばって情報収集をしていたのだが、特にこれといって有用な情報は得られなかった。旧迷宮に魔素が溜め込まれている(とヴェルゼが言う)にも関わらず、内部に魔物が発生していないのも不思議だったのだが、その理由もわからず終いだ。溜め込まれた魔素が漏れ出して新迷宮ができているなら、旧迷宮の内部に魔物が発生してもおかしくないのではないかと思っていたのだが、どこで聞いても旧迷宮はもぬけの殻だという。
何か旧迷宮では魔物が発生しない理由があるのだろうが、いくら考えてもその答えは見つからない。
故に、その理由探しは打ち切ることにして、装備を整えようとなったのが昨日のこと。
そして今日、迷宮に潜るわけである。
「と言っても、回復はアイティル……正確には駄女神任せだし、装備自体は整えてから来てるから、大したことはしなかったけどな……」
そんな俺の呟きが聞こえたのか、たまたま眺めていたアイティルが目を開けた。
「お。お目覚めかな?」
ごしごしと目を擦るアイティルに話しかける。すると――
「だぁれが駄女神ですかあ?」
と、後光が射していると勘違いしそうなとてもいい笑顔で言われてしまった。どうやらアイティルではなく、中の人がお目覚めだったらしい。
「お前だよお前。あ、そうだ」
駄女神に話しかけたことではたと思いついた。あまり期待はできないだろうが、物は試しだ。
ふくれっ面をしている創造神に尋ねる。
「あんまり期待してないが、あんたに理由はわからないのか?」
「理由、ですか?」
「旧迷宮に魔物が発生しない理由だよ。そんなんでも一応神様だろ?」
「そんなんとは失礼な! れっきとした神様ですぅー」
ぶーぶーとブーイングしている様は、明らかに神とは言い難いのだが……。初めて会った時はもう少し神様っぽかったような気がするのだが、はてさて。
「それよりも、理由はわからないのか?」
「そうですねぇ……」
自称神様は頬に手を当て、肘を支えるというさも考えていますというポーズでしばらく黙り込むと、
「わからないですね」
といい笑顔で仰ってくださった。
「ほんとに神かあんたは」
「神と言いましても、私はこの世界の基礎を作っただけでして……。ですので、作った駒たちがその後どんな動きをするのかまでは予測できないんですよ」
駒……ね。他意はないのだろうが、やや不快な表現だ。
「じゃあ、今回の迷宮もその駒とやらが勝手に動いたせいで異常なことが起こっていると?」
「その可能性が高いですね。それと、駒の動きは誰にも予測できませんから、私からしたら異常というわけではないですよ?」
今回が初のケースだったというだけで、神の作った駒がもたらした結果というのはあくまで異常ではないらしい。
「そうかよ。ほんとに使えん神様だ」
「ひどいです!」
うぅ……と涙を流す(フリをする)女神に、もう一つ尋ねる。
「じゃあ、扉の奥の守護方陣関係の何かは問題ないと見ていいんだな?」
「何やら不機嫌ですか……? そうですねぇ、迷宮の動きが人為的なものであるとしても、扉が開かれていないならば大丈夫じゃないでしょうか」
「曖昧だな」
「私はあくまで土台を作っただけなので……。一応扉の先には記録媒体のようなものを設置しておりまして、そこで守護方陣についての知識を流し込む(・・・・)ような形になるはずです」
「知識を流し込む……。脳に直接ってことか?」
「そうなりますね」
「ふーん……」
やや怖い気はするのだが、何度も死んでいるせいかあまり抵抗する気は起きなかった。
「つーか、その情報ももっと早く教えろよ」
「いずれわかることでしたので……。申し訳ないです」
女神の返答に嘆息しつつも、思考を巡らせる。
扉は開かれた痕跡がないとのことだったから、守護方陣関係の記録装置だったか、それは大丈夫そうだとして、だ。
そうなると、迷宮が魔素を溜め込んでいる理由はなんだ……?
単純に考えれば、何か魔物のようなものがいて、それが溜め込んでいるのだろう。しかし迷宮には魔物がいないし、扉は開けられていない。
と、するならば。
「扉を開けずに侵入させる……例えば転移魔法のようなもので、扉の向こうに移動することは可能か?」
「扉自体が強固な結界ですからね……難しいとは思います。それこそ魔法にとても精通した人が束になってやっと、といったところでしょうか」
「できなくはないんだな?」
「まぁ、それなりにコストがかかるでしょうけど……。それに、転移したとしても出られなくて死んでしまいますから、無意味かと思いますよ?」
「高度な魔術師が束になって一人送るのがやっと、ということか」
「はい。一人では脱出用の転移魔法が使えないので、死んでしまいます」
「なら侵入しても意味がないか……。なら、記録装置を壊すのが目的、とか」
「あれが壊されれば流石に私も気づきますね。守護方陣の記録は保たれていますので、それはないでしょう」
「いい線いってると思ったけど、こうなるとわかんねぇや」
「あまり考えすぎなくてもいいのではないでしょうか。どうせあなたは不死身ですし」
「他人事だと思って簡単に言ってくれるよな……まったく」
俺だけが死ななくても、パーティのメンバーはそんなことないのだから。それとも、パーティとは形式ばかりで、女神にとってはただの駒なのだろうか。
それを問うべきか迷っていると、話し声のためか他のメンツも起きようとして、もぞもぞと動き始めた。
「さて、この子もそろそろ目が覚めるようですし、私は退散します。迷宮攻略頑張ってくださいね」
「あ、おい!」
引き止めるよりも早く、アイティルの体が脱力する。このままだと顔からベッドにダイブしそうだったので慌てて抱きとめた。
「っと。まったく、あんにゃろ……」
「ん……」
女神の言うとおり、アイティルも覚醒するところだったのだろう、俺の腕の中でゆっくりと目を開ける。
「……あ、おはようございま……え? ふぇえっ!?」
目が覚めると男に抱きしめられる形になっていれば驚くだろう。あわあわとし始めたアイティルをまずは落ち着かせる。
「おう、おはよう。とりあえず落ち着け。深呼吸だ」
すーはーすーはーと言われるがままに深呼吸するアイティルは中の人と違って素直でいい子だなあとしみじみ感じる。
「す、すみません。取り乱して……」
「いや、起きたらこの状況だ。しょうがないだろ。さっきまで女神と話してたからな」
「あ、そうなんですか」
すっかり落ち着きを取り戻したアイティルは、俺に尋ねる。
「何を話されたんですか?」
「ああ、迷宮についてのことを少しな。結局新しいことはわからなかったよ」
女神がポンコツであるということは再確認できたがな。言う必要もないので心に留めておく。
「そうでしたか……」
「ああ」
残念そうな顔をするアイティルを見ていると、なんだかこちらが悪いような気になってしまう。
なんと声をかければいいか考えていると、彼女が先に口を開いた。
「……あの」
「なんだ?」
「大丈夫、でしょうか」
「迷宮に潜るのが怖いか?」
「怖くない……と言えば嘘になります。でも、ヤチヨ様も女神様もいらっしゃいますし、私は皆様に守っていただくことしかできないので……」
「何言ってんだ。アイティルも大切なパーティメンバーだよ。回復はパーティに欠かせないからな」
「そう言っていただけると、心強いです」
遠慮がちに笑うアイティルだが、その表情はどこか硬かった。
「前も言ったと思うが、アイティルはパーティに欠かせない。特に光って属性は、俺にはうまく扱えない」
それをなんとかしたくて、彼女の持つ金色の双眸を覗き込むようにして語りかける。
「それを補ってくれるのがアイティルだ。他の誰にもその役割は果たせないし、させたくない」
だから、と付け加え、ひと呼吸。
「――ついてきてくれるか?」
「ふぇっ、ふぁ、……はいっ!」
目を逸らさずに聞いてくれた彼女は、顔を真っ赤にしながらも力強い返事をしてくれた。
「そうか、よかったよ。その分俺も頑張るからな」
笑いながら彼女の髪を撫でてやれば、俺の言葉に頷き、気持ちよさげに目を細めている。
しばらくそうしていると、急に逆側の腕を強く引かれた。
「うぉあっ!? 急に何を……ヴェルゼ?」
振り向いた先にいたのは当然ヴェルゼである。無表情を心なしかムスっとさせているような気がしなくもない。
「……ヤチヨは私の」
嫉妬だろうか、メンバーが増えてからヴェルゼのこういった面を見ることが増えたと思う。
オルタと三人で生活していたときは、ほぼ独り占めされる形だったからな……。
そんなヴェルゼの言葉に反応したのは俺でもアイティルでもなかった。
「妾も仲間に入れて欲しいのう」
くぁぁ、と可愛く欠伸をしながらフィーアが言う。
「朝からイチャイチャと……。昨夜あれだけ盛っておいて、よく飽きませんわね」
「そんなこと言って、羨ましそうに見ていましたよね」
「オリヴィア!」
エンゼリカとオリヴィアも起きたようだ。朝の強いオルタ・オリヴィアの寝顔は貴重だったので、すこぶるいい朝である。
朝の低血圧は何処へやら、顔を真っ赤にさせたエンゼリカはオリヴィアと言い合いをしているが、それ以上に気になる点があった。
「なあ、エンゼリカ」
「なんですの!」
「……髪の毛、すごいことになってるぞ」
「……セット、手伝ってくださいませ」
いつも綺麗に巻いているドリルは、寝る際には解かれている。それがどうして起きるとここまで絡まってしまうのか分からないが、確かにこれを毎朝セットするのは大変時間がかかるだろう。
指で梳くとはらはらと流れ落ちていくのに、頭を振るくらいではその絡まりは解けず、魔法なんかよりずっと不思議な髪のセットを手伝うべく、エンゼリカ愛用の櫛を探すために腰を浮かすのであった。




