52話 枯れた迷宮
約一ヶ月ぶりです。お久しぶりです。
「さて、と」
コキリ、と首に手を当てて鳴らしつつ獣人の男に向かい合う。ここだけ見れば安い不良漫画のワンシーンに見えなくもないだろう。
「ひっ」
これから何をされるのか想像したのだろう。先程までの威勢が嘘のように鳴りを潜め、なんとも情けない声をあげている。
「別に取って食おうってわけじゃないんだが……」
一応これは非公式とは言え決闘という形を取ったわけであり、男たちにはその落とし前をつける義務がある。
勿論、万が一にもありえないとはいえ、俺が負けることがあればその責務を果たしたことだろう。
尤も、万が一にもありえないとわかっていたからこそ決闘を受けることにしたわけだが。
「か、金だったよな。へへ、わかってるさ兄ちゃん」
男は引きつった笑みを浮かべつつ、決闘を行う際に賭けたものについて慌てたように口にする。
取り決めでは俺が負ければパーティのメンバーを、相手が負ければ全財産を、という話だった。
しかし、俺はそれを否定することにした。
「……いや、それはいい」
「そ、そんなまさか……! やめてくれ、い、命だけは……!」
何を勘違いしたのか、男が慌て始める。セリフも完全に小物臭がするものになっていた。
勿論金は今オルタに借りている状態のため、あって困るものではない。
だが、俺には別の考えが浮かんでいた。
「お前、確かロアとか言ったな」
「あ、ああ。自分で言うのも何だが、この辺じゃそこそこ知れた名前だぜ」
「そんなことはどうでもいい」
「なっ……」
名が知れていることをどうでもいいと一言に付され、少なからずショックを受けた様子を見せる男。
「丁度いいからお前、俺たちを案内しろ」
「はぁ……」
何を言われているのかよくわからないと言いたげにこちらを見やっている。
「俺たちはさっきここについたばかりで、ウェンティについては詳しくないんでな。お前らはこの辺を中心にしてんだろ?」
「それはそうだが……」
「だから丁度いいだろって言ったんだが」
何がわからないのだろうか。むしろこちらがわからない。
そこで、思わぬところから助言が入った。
「あの、ヤチヨさん?」
エンゼリカである。博識かつ気の回る彼女はこういったところでよく役に立つ。
「ん?」
「街の案内は基本的に低ランク冒険者の仕事だったり、スラムに住む飽食の仕事だったりするのですわ」
前者はともかく、後者は仕事に分類していいのか微妙なところだったが、彼女の話からすると街の案内なんてものは普通Aランク冒険者にさせるようなことではないらしい。
つまり、あまりに突拍子もないことを言ったために言葉は理解できてもその内容がすんなりと伝わっているわけではなかった、ということか。
日本で言うならば総理大臣に犬の世話をしてくれと言っているようなものだろう。……多少の違いはあるだろうが。
むしろこの場合俺のさせようとしていることを瞬時に判断して助言を入れられる彼女の機転に驚くべきだろうか。
俺を迷い人であると知っているからこその助言である。
「なるほど」
となると、今の俺の提案はいささか侮辱的な行為だったかもしれない。とはいっても決闘でボコボコにした後なので今更ではあるのだが。
「じゃあ、今のは――」
「ま、待ってくれ! 話はわかった、やらせてくれ」
俺が提案を取り下げようとすると、男は慌てたようにして案内をすると言い出した。
「ん? いいのか?」
「ああ、なんなら金だって出す。流石に全財産とは行かないが……」
普通なら侮辱的な提案をされてこんなことを言い出す奴はいないだろう。一体どういうことだろうか。
「……何を考えてる?」
「変なことは考えちゃいねえ。だが、兄ちゃんみてーに強い奴と何かしら関係があって損なことは滅多にねえんだ。だから、な?」
な、と言われてもはいそうですかと受け入れるのはなかなか難しい。そもそも出会いが出会いである。戦って友情が芽生えるなんてものはそれこそ漫画の中だけの話だろう。
しかし、Aランクの人間(?)に案内してもらえるのであれば、そのメリットは多い。
まず他の冒険者に舐められることがないという点だ。性質からして荒くれ者の多い冒険者界隈では、低ランクの者や普段その街で見かけないような者は肩身の狭い思いをする。しかしここで高ランクの冒険者とのコネやそれに準ずるものがあるならば、そういった面倒事に巻き込まれないのだ。
他にも質のいい装備を売る店を聞いたり、防犯や設備の整った宿もわかるだろう。そういったことも考えて俺は案内を頼もうと思ったのだった。
そんなことを考えていると、しびれを切らしたのか、フィーアが口を出す。
「本人がやると言っておるのじゃ。させれば良いではないか」
「そうですね、私もそう思います。不穏な動きを見せたら斬り伏せればいいだけのことでしょう」
オリヴィアまでもがフィーアに同調する。彼女も男に思う所があったのか、不穏な言葉を放っていた。
「ま、それもそうか」
「兄ちゃん!?」
「……冗談だ」
実際のところは冗談半分、本気半分といったところか。決闘のことからして、後先考えていないタイプにも見えるので腹に一物抱えているということは考え難くはあるが、警戒しておいて悪いことはない。
しかし、やはりメリットもある。彼女たちを待たせるのも悪いし、ここは任せていいだろう。
「じゃあ、頼むぞ」
「おう! そういうわけで、お前ら、しばらく休暇だ」
男は自分のパーティに向けて指示を出す。決闘を見ていた彼らは、青い顔をしながらこくこくと頷いていた。
「俺のことはロアと呼んでくれていい。こっちは今のまま兄ちゃんと呼ばせてもらうが?」
ちゃっかり自分を名前で呼ばせようとしているらしい。いつまでも獣人の男などと呼んでいるのも面倒だし、丁度良くはあるか。
「構わないぞ。ただ……」
そんなロアに向けて殺意を込めつつ言う。
「俺の女たちにちょっかいの一つでもかけてみろ。その瞬間にお前の頭は体とお別れすることになるからな」
「そんな馬鹿なことするわけねぇだろ……」
「ヤチヨ様が斬り飛ばす前に私がそうしますので。わざわざお手を煩わせることもありませんよ」
答えたロアに向かってニッコリと微笑みを携えつつオリヴィアが言う。
「ひっ……」
俺の時より堪えているのだろう、情けない声を上げつつ一歩後ずさるロア。
「あんまり脅かしてやるなって。これからは一応協力者だぞ」
「兄ちゃんが最初に脅かしてンだけどな……」
「ツッコミを入れられる元気があれば十分だな。そろそろ行くぞ」
「さっきから思ってたけど、兄ちゃんかなり自由人だよな……」
愚痴をこぼすロアを引き連れつつ、俺たちはウェンティの門に向かうのだった。
「ああ、そうだ」
「ん? 急にどうした兄ちゃん」
「宿代は当然お前持ちだからな」
「……へい」
◇
迷宮都市の中は人で溢れかえっていた。そのほとんどが冒険者と、それを取引相手とする商人たちだ。
迷宮都市周辺ではこういった冒険者対商人での取引が盛んに行われている。
というのも、迷宮から産出される素材や魔法道具、希少な鉱石などがその対象となっているためだ。
迷宮の魔物は強力なものが多く、それから取れる革や骨などの素材も比例して高品質のものとなる。また迷宮に自然発生するという宝箱からは時に希少なアイテムや装備が手に入ることもあるらしい。
宝箱が自然発生するというのもおかしな話だが、それについては迷宮が冒険者を引き寄せるために創り出しているという説が有力らしい。
なんでも、迷宮自体が一つの魔物であり、人間をその内部に引き入れ殺し、魔素に変えることでエネルギーとするのだとか。そのためにはおびき寄せるための餌が必要なため、強力な魔物を素材としての餌兼人間を殺すための武器とし、さらに希少なアイテムなどで多くの人間を引き入れようとしている……らしい。
とにかく、貴重なものが産出される場所の周囲では取引も盛んになる、ということだろう。実際にこの盛況ぶりを見れば、その効果がわかるというものだ。
「――とまぁ、この辺の説明はこんなところだ」
そんなことを考えているうちに、ロアの説明が大方終わったらしい。これまでに装備の類を取り扱っている場所と、宿の中で良さそうなところは見繕うことができた。
そんなやり取りを見ている周囲の人々は狐につままれたかのような顔をして通り過ぎていく。こいつがAランクだというのが本当であることが証明されると同時に、やはり今の状況が特異であることをありありと物語っていた。
「……大体わかった。残るは迷宮についてだな」
しかし敢えてそれについては言及せず、本来の目的である迷宮自体についての説明を求める。
「おう、と言うよりはそっちがメインだろ?」
俺たちも迷宮探索がメインだからな、と言いつつロアが言う。
「といっても、旧迷宮がもぬけの殻になると同時に新迷宮が沸いたのがつい最近だから、俺もそんなに詳しいことはわからねぇんだけどよ」
「……どういうことだ?」
「おお? 兄ちゃん知らねぇでウェンティに来たってのかよ。まあいい、今までウェンティの迷宮と呼ばれてたところは全く魔物が沸かなくなってな」
どうやら俺たちの目的地である迷宮は魔物がいなくなっているらしい。
「それは最深部まで探索されたということか?」
俺の抱いた疑問にエンゼリカが答える。
「いえ、それはありませんわ。最深部まで到達、攻略されたとして、迷宮が枯れるなんてことはありませんもの。迷宮が枯れるなんてことは、その土地の魔素が薄くなりすぎて迷宮が維持できなくなった時くらいのものですわ」
「とすると、その旧迷宮周辺は魔素が薄くなったと?」
「それも考えづらいですわね……。なにせ、新しい迷宮が発生しているのでしょう?」
「お、おう。嬢ちゃん詳しいんだな。嬢ちゃんの言うとおり、新しい迷宮が少し離れた所に発生してる。距離的にはどっちに行くにもこの町からなら変わらないくらいのところだ」
「おかしいですわ……。迷宮が枯れるほど魔素が薄いのなら、この辺りもほとんど魔素が知覚できないくらいになるはずですのよ」
「なのに新しい迷宮が発生してる……か」
「一応旧迷宮の方も奥まで潜った奴がいるみてぇだが、でかい扉みたいなやつがどうにもこうにも開かなくて結局そのままらしい」
どうやら封印の扉はそのままらしい。下手すればそれすら意味を成さなくなっているかもしれないと思ったが、杞憂だったようだ。
ただ、その扉の奥がどうなっているかは開けてみないとどうにもならない。守護方陣を覚えるための何かが機能しなくなっていたりなんてことがあれば、俺の計画は頓挫することになってしまう。
「新迷宮ができてそんなに時間が経ってないから、そっちはまだ探索もほとんど進んでなくてな。一応浅層の魔物はD~Cランクくらいのが沸いてるって話だ」
「新迷宮ねぇ……」
「ヤチヨ」
俺が呟くと、ヴェルゼが袖を引っ張ってくる。
「ん、どうした?」
「迷宮は枯れていない」
「……何かわかるのか?」
「迷宮内部がどうなっているか、ここからではわからない。……けど」
群青の瞳は動揺もなく、ただありのままを告げる。
「旧迷宮と呼ばれてる迷宮の方が、内包する魔素が濃い」
「何……?」
どうにもキナ臭い話になってきているような気がする。ヴェルゼにしかわからないので今のところ確かめようがないが、彼女がこんなところで変な嘘をつく意味もないし、言っていることは本当だろう。
「ヴェルゼさんの仰っていることが本当だとすれば、新迷宮の発生も説明がつきますわ」
神妙な顔で言うのはエンゼリカだ。迷宮について調べていたことがあるとはいえ、本当に詳しいな。
「旧迷宮が魔素を溜め込んでいる(・・・・・・・)のなら、その周囲の魔素も必然的に濃くなるはずですの。溜めきれずに漏れ出している、と言っても差し支えないですわ」
流石にここまで言われれば想像はつく。
「その漏れ出した魔素によって新しく迷宮が発生した……か」
「そうですの。けれど、迷宮が新しく発生するほどの魔素濃度となると……ちょっと想像がつきませんの」
「流石に何が起こってるのかはエンゼリカにもわからない、か」
「申し訳ありませんの」
「いや、いい。むしろ有益な情報をよく話してくれたな」
軽く褒めつつ、今後のことを考える。
「とりあえずすぐに向かうのは得策じゃない……と思う。幸いすぐに何かが起こるってわけでもなさそうだから、準備を整えてから向かおうと思うんだが」
一応メンバーたちに確認を取る。
「それでいいと思うよ」
「妾も同じく、じゃ」
「「「私(わたし/わたくし)たちも」」」
聞きに徹していたオルタを始め、他の面々も同意してくれた。
「よくわからねえが、俺の知ってることはこんなもんだぜ」
「ああ、ロアも助かったぞ」
一応礼を言ってから、ロアの行動について尋ねることにする。
「俺たちは何日か準備に充ててから行動する。また何かあればお前に聞くことになると思うが……」
「じゃあ、昼間は酒場にでもいることにするぜ。さっき勧めたとこだ」
「わかった。付き合わせて悪いな」
「何、こんくらいのことは今の俺の立場上当然のことだ」
良くも悪くも、彼は冒険者だということだろう。強きに従うことも、時には必要なことなのかもしれない。
情報は何をするにおいても重要な部分だ。それを比較的容易に、かつ無料で手に入れることができたのだから、今回の決闘騒動も考えようによっては拾い物だったかもしれない。
かといってロアの言うことが全て真実とも限らないため、この準備期間に別の場所で入手した情報のすり合わせなども行うべきだろう。
「幸先いいとは言えないかもしれないが、まぁやることをやるだけってのは変わらないしな」
「守護者と戦わずに済むかもしれんしの」
フィーアの言うとおり、道中何もいないのなら最深部にのみ気をつければいいためにその分楽かもしれない。
「鬼が出るか蛇が出るか……。俺の体質からして、碌なことにはならなそうだが」
励ますように抱えた腕に力を入れるヴェルゼを撫でて癒されつつ、内心ため息をつくのだった。




