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51話 決闘

 どれほど馬車に揺られていただろうか。目的地についたことを御者が告げる。

 肌を刺すほど殺意の篭った視線に曝されながらも、俺たちはそれを軽く受け流しつつ談笑していた。若干二名はずっと俺に背中をさすってもらっていたが。


 ともかく、目的地であるウェンティ迷宮都市にたどり着いたわけである。


「んー、やはり狭いところに押しくるめられると疲れるの」


 馬車から降りたフィーアが猫を彷彿とさせるような伸びをしていた。彼女は途中から俺に寄りかかっていたために、狭かったのはある意味自業自得と言えなくもない。


「そりゃ悪かったな。俺の胸の中はよほど狭かったみたいで」


「そ、そういう意味で言ったわけじゃないのじゃ! 主様に抱かれるのなら絞め殺されてなお幸福じゃ!」


 フィーアが狂ったことを言っているが、いつものことなので冗談だ、と言って軽くあしらう。続々と降りてくる人の中から、パーティメンバーが降りてくるのを待つ。


「うぅ、ご迷惑をおかけします……」

「やっと開放されるのですね……」


 しばらくすると青い顔をしていた二人がそれぞれオルタとエンゼリカに介抱されながら降りてきた。


「酔いが収まるまではしばらく休憩だな。どうせすぐに行っても門のところで待つことになりそうだ」


 たどり着いたと言ってもウェンティを取り囲むようにそびえる壁の前なのだ。ノスティと同じで、魔物から国を守るためにぐるっと取り囲むようにして石造りの壁がそびえ立っている。

 つまり、正確にはまだ国の外だ。


「馬車酔いは魔法ではどうしようもありませんものね」


 エンゼリカが困ったように言う。魔法でどうにかなるのであれば、彼女の力なら容易かったろう。


「まぁ、どうにもならないことはしょうがないさ。命に関わらないだけマシだと思おう」


「ですわね」


 なにはともあれ、ウェンティにたどり着いたことで各々が感じることを談笑する。


 しかし、唐突にその場にそぐわない低い声が響き渡った。


「てめぇら、散々馬鹿にしやがって……!」


 馬車で絡んできた獣人の男である。実は初めから存在に気づいていたのだが、面倒だったのと何も言わずに立ち去ってくれればいいなという淡い期待から放置していたのだ。

 意図に気づいてか、他のメンバーたちも俺に習っていたため、彼からしたらさぞ虚仮にされているように感じたことだろう。


「あー、なんだ。やっぱり素直に立ち去ってくれたりはしないのか?」


 面倒だなぁという気を隠しもせず、渋々獣人の男に話しかける。


「降りたら覚悟しろと言ったよなぁ!」


 憤慨して叫ぶ男。かなりトサカ……というか猫耳にキているらしかった。


「そうかよ。で、俺は何を覚悟すればいいのかな」


「命に決まってんだろォ!決闘だ!」


 冒険譚なんかにありがちな、お約束のイベントである。手袋を叩きつけるイメージが頭を過ぎった。


「こっちとしてはそれを受ける意味も義理も利益もないんだが……」


「俺たちはAランク冒険者だ。そっちが勝ったら有り金全部くれてやるよ」


 別に金には困っていないのだが、それでもオルタに借りている身。何もないよりはマシだろう。

 尤も、受けるとは一言も言っていないが。


「そうかよ。で、お前が勝ったら?」


「てめぇをぶっ殺したあとはその女共を貰っていく」


 休暇はお楽しみだな、と獣人の男たちが下卑た笑みを浮かべる。


 それに対して反応したのは案の定フィーアだ。


「なんじゃ。結局女なんかと言いつつも、女を侍らす主様が羨ましかったのではないか」


「うるせぇ! てめぇの貧相な体なんかどうでもいいんだよ。それよりも……」


 男はヴェルゼに視線を移して嗤う。


「そっちの女は表情こそねえが、肉付きは良さそうだからな」


 こやつもヴェルゼか!とフィーアは変なところで憤っていたが、自分を貧相と言われたことについてはいいのだろうか。


 それより、ヴェルゼに目を付けられたとなればこちらも黙っているわけにはいかない。俺は死なないし、もし死んだとしてもヴェルゼも一緒に消えるだろう。彼女の心配は何一つ必要ない。しかし、自分の女を下卑た目で見られて黙っている男はいないだろう。


「悪いが、それはさせられないな。ヴェルゼもフィーアも俺の大切な女だ」


「はっ! なら、お前は半殺しにして目の前で女共を犯してやろう」


 どこまでも低俗な男である。ちなみにフィーアは俺の言葉で顔を赤らめて身をくねらせていた。男の言葉はもはや彼女には届いていない様子だ。


「それは俺を倒してから言うんだな」


「威勢のいい奴だな。Aランクである俺、"疾風のロア"に本気で勝てるとでも思ってるのか?」


「むしろ、お前が俺に勝てると思ってるのか」


 実際、Aランクというのは上位数パーセントの少数派だ。それでも、今の俺が劣るとは思えなかった。

 もし俺が不死でなかったとしても、だ。

 それと、"疾風の"とか、自分で言っていて恥ずかしくはないのだろうか。二つ名なんて持ってても俺は恥ずかしくて名乗れないぞ。


「けっ。いけ好かねえ野郎だ。ルールは単純、相手を戦闘不能にするか、殺すか、降参させるかしたほうが勝ちだ」


「それでいい」


 国内であれば殺しは罪に問われる。しかしここは国外であり、その場合高い確率で殺しても不問となる。勿論容認されているわけではないのだが、殺した相手が貴族や国の重要人物でない限り国は動かないそうだ。


 互いに適度な距離を取って構える。俺の後ろにはヴェルゼたちが、男の後ろには男のパーティメンバーたちがやや離れて見守っている。


 互いに獲物は大剣だ。期せずして、同じ武器で戦うこととなっていた。


「勝負はこの金貨が地面に落ちたら開始だ」


 男のパーティメンバーの一人が出てきて言う。銅貨や銀貨でない辺り、金のあるランカーだというのは本当らしい。


「いつでもいいぞ」


 俺が言うと、頷いて男が金貨を指で高く弾いた。


 ピィィィィィン――と弾かれた金貨が音を立て、その高さが頂点に達しようかという時。


 獣人の男が動いた。


「卑怯ですわ!」


 エンゼリカが叫んでいるのが背後で聞こえる。


「何とでも言え。非公式の決闘なぞ、やったもん勝ちなんだよ!」


 獣人の脚力から生み出される爆発的な加速で間合いを詰めてくる。大剣の重量をものともしないような動きは賞賛に値するだろう。


 しかし――、


「――遅い、な」


 男の動きは終始一貫して筋肉にものを言わせた速攻だ。逆に言えば、直線的で動きが読みやすく、緩急がない。


 しっかりと剣筋を見極めて、最小の動きで躱す。オリヴィアから放たれる剣に比べれば、こんなことは児戯にも等しかった。


「くっ、やるじゃ、ねえか!」


 二度、三度。男が力づくで剣に急制動をかけ、通常あり得ない軌道で斬りかかってくる。


 それでも一刀一刀が直線的であることには変わらず、横薙ぎの一閃を完璧なタイミングのバックステップで躱す。


「そろそろ、か」


「あぁ?」


 小さく呟いた言葉に男が反応し、不思議そうな表情を作っていた。


 次の瞬間、


 ――キンッ!


 硬化の落ちる音が鳴り響く。


 この時、男が犯した失敗は三つだ。


 一つ、防戦一方の八千代に対して攻撃することしか頭になかったこと。

 一つ、八千代の言葉に反応し、意識を逸らしてしまったこと。

 一つ、落ちてきた金貨の音に気を取られてしまったこと。


 男がそれに気づいた時、勝負は決していた。


 バックステップにより距離を取っていたはずの八千代が、大剣の切先を男の喉元に突きつけていたのである。


「な、おま、何が……」


 男が喋ろうとするが、切先はぴったりと喉に押し付けられ、小さな雫を作っている。


「勝負は金貨が落ちてから、だったろ?」


 そう、八千代はその条件を守るために防御に回っていたのだ。今の八千代の実力であれば、男が動き出した瞬間の後の先を取ってこの状況を作り出すことも可能だった。

 それをしなかったのは、八千代が敢えてルールを守ったためである。


「ま、参った……」


 ここまでの実力を見せられてなお食ってかかる気概を男は持ち合わせていなかった。


 スッと剣を引き、先端の血を払うように一振りした後に納める。


「まぁ、弱くはなかったな。ただ相手が悪かった」


 いたわるでもなく、事実のみを八千代は言う。


「ああ、それと」


 疑問符を浮かべる男に加えて言う。


「馬車で青い顔してたあっちの彼女と、黒髪の女と、銀髪のと……っていうか、あのちっこいの以外は下手すりゃ俺よりずっと強い」


 アイティル以外を示して告げる。アイティルも女神モードなら光魔法が段違いだし、ぶっちゃけみんな規格外だ。


「は……?いや、そんなわけ」


「信じられないか? まぁしょうがないだろうな」


 否定しようとする男に苦笑しつつ、それを証明するべく行動する。


「オリヴィア」


「はい」


「少し胸を借りるぞ」


「仰せのままに」


 先ほど納めたばかりの剣を再び抜く。カツカツと音を鳴らしてオリヴィアが近づいて、ちょうどいい間合いで止まる。


「獣人のおっさんは離れて見てな」


 男は言われた通りに後ずさる。それを確認した後、八千代は全力で(・・・)オリヴィアに向かっていった。


 ――キンッ!キンッ!ギャリッ!


 緩やかな踏み込みから、無駄の無い、かつ体重の乗った初撃。それを軽く弾くオリヴィアに対し、弾かれた勢いすらも利用して二撃目。それに対しても冷静に対処され、勢いを殺される。そのままだと反撃を受けると察知した八千代が鍔迫り合いに持ち込んだ――。

 と、ここまでが一瞬の出来事である。ある程度の実力がなければ視認すら不可能なそれは、獣人の男に辛うじて認識することができるかというレベルであった。


 並みの剣士であれば一刀目で真っ二つになっていることだろう。常人には初動時のゆっくりとした動きと斬撃の疾さとの緩急によって、その動きを見切ることは難しいのだ。


「ふう、やっぱまだオリヴィアには敵いそうもないな」


「いえ、本気でやればいい勝負かと思いますよ」


 そんな会話を交わしながら、剣を打ち合わせていく。


「まあ、こんなもんでいいだろ」


「わかりました」


 二人共有効打は決まらず、切りのいいところで中止する。


「さて、これでわかってくれたかな?」


 問うているのは勿論、獣人の男に対してだ。


「……こんなの、勝てる訳ねえじゃねえか」



 小さく呟いた男の言葉は、風に流されて消えていった。

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