50話 乗合馬車と獣人の男
お久しぶりです(小声)
久々の感覚に懐かしさを覚えつつ、眩い光が収まると、そこには見知らぬ景色が広がっていた。
「うん、前に来た時と全然変わってないね」
そう呟くのはオルタだ。ノスティよりやや乾燥した、暖かい風に吹かれながら辺りを見回している。
俺たちはオルタの転移でウェンティの迷宮都市近郊に来ていた。勿論、迷宮攻略のためだ。
「やはり西部だけあって乾燥しておるの。気温も高いのじゃ」
ゴスロリチックな服装のフィーアは、黒が基調となっているために日光を吸収して暑そうだ。それに忘れがちではあるが、彼女は吸血鬼であるために日光にはそもそもそれほど強くない。体感的には30度くらいの気温だろうと思うが、ノスティの気温が体感20度を下回っていることを考えれば、彼女たちには厳しいのかもしれない。
「やはり中央にある王国は過ごしやすい気候だったのですわね」
「そうですね。ノスティは寒く、こちらは暑い。ノスティ以北やウェンティ以西はもっと極端な気温なのでしょうか」
王国出身組もぼやいている。王国は大陸中央に属しているため、かなり過ごしやすい気温のようだ。
「まだ乾燥してるだけマシだろ。日本の夏は湿度が高いうえに暑くて最悪だったぞ」
「ニホン……のナツですの?」
エンゼリカが首をかしげている。生粋のお姫様がこの仕草をするとやはり様になるな。
……じゃなくて、俺が迷い人だってこと言ってなかったか?
「俺は別の世界からこっちに来てるからな。前に住んでたところが日本だ」
「そうでしたのね。まぁ、今更そんなことで驚きもしないですわ」
なんだか適当に流されてしまった。いちいち大仰な反応をされるのも困りものだけどな。
「というか、その反応だとこの世界には四季ってのがないのか?」
前世でも四季がある国とそうでない国があったような気はするが、この世界だとそもそも四季自体がなさそうだ。
「……デミュル様が、『作るのが面倒だった』と仰っています」
「……あのポンコツ」
そういうところで手を抜くから世界にバグが出るんじゃないのか。森羅万象に神を創ったんじゃないのか。というか、概念がなければ神を創る必要もないから、その概念自体を創らなかったのか?
なんだか、卵が先か鶏が先かみたいな話になりそうだ。
「まぁいい。とするとこの世界の気温は地方ごとに大体いつも同じってことか」
「そうですわね。北は寒く、西と南は暑く。東は閉鎖的ですのであまり様子が知られていませんけど、森が多いせいか比較的過ごしやすいそうですわ」
「この大陸は確か菱形だったよな。海とかはどうなってるんだ」
「南はほとんどが海ですわね。そこに大きな島がいくつか浮かんでいる感じですの。他の地方は大陸の端の方にはあるそうですわよ」
ポンコツ女神はかなり大雑把にこの世界を創ったみたいだ。こんなことで世界の水事情やそれ以外の循環が成り立っているのだろうか。……魔法とかあるし、意外と何とかなっているのかもしれないな。
「海ね……あそこは海生種が蔓延る危険地帯だから、あまり行きたがる人はいないさね」
オルタがそんなことを言う。暇になれば海水浴にでも、などと思ってみたが難しいかも知れない。
「まあ、今はいいだろ。とりあえず迷宮都市を目指すぞ」
話し込んでしまったが、ここは迷宮都市の隣にあるという小さな町だ。ここから迷宮都市までは歩いて一日、馬車で数刻ほどだと言う。
「小さい町ですし、あまり観光向きでもなさげですものね」
フィーアが観光などと言っていたことを覚えていたのか、エンゼリカが言う。彼女はなんだかんだ言って気配りができ、人の話をよく聞いている。
先程も俺の質問に率先して答えてくれていたしな。最初の高慢な姿はすっかり鳴りを潜めている。
「どうする?歩いても一日だし、この辺の魔物を狩りながら移動するか?」
「迷宮とは出る魔物が違うだろうし、経験にはなるだろうねえ」
「かと言って、短縮できる時間を敢えて伸ばすほどの効果が見込めるかといえばそうでもないかと」
俺の発言にオルタとオリヴィアが反応する。
「宿泊する場所も決めなければなりませんし、今回は馬車にしては?」
エンゼリカがまとめる。向こうに着いてからのことも考えれば、馬車の方がいいだろう。
「じゃあ、馬車だな。移動中の護衛も一応あるし、これも経験にはなるだろ」
ちなみに、ヴェルゼとフィーアに訊かないのは二人共俺の判断に従うというのが目に見えているからだ。今も全く文句はなさそうで、フィーアはどちらに決まっても面白そうだという顔をしていた。
「それに……」
若干一名、あからさまにホッとしているのがいた。アイティルである。
「アイティルにも聞くべきだったな。体力的に丸一日歩くのは辛いだろ」
「い、いえ私は皆様の決めたことに従いますので……」
「ヴェルゼとフィーアは置いておくとして、今はお前もパーティの一員なんだから自分の意見を言っていいんだぞ」
「は、はいっ」
置いておくとはなんじゃーとわめくフィーアはさらりと放置して、アイティルも一応分かってはくれた様子だ。
「じゃ、乗合馬車でも探すか」
「ですわね」
各々が頷いたのを確認して、俺たちは馬車乗り場まで歩いていくのだった。
◇
ゴトゴトと道の凹凸を拾いながら走る馬車に若干名がダウンしていた。
「ほら、水だ。多少気分転換になるだろ」
そう言いつつ彼女らに水を渡す。
「す、すみません……」
一人はアイティルだ。馬車に乗るのも初めてだと言っていたからこうなるだろうとは思った。徒歩でも馬車でも彼女の苦労はあまり変わらなかったかもしれないな。
そしてもう一人はというと――
「……ありがとうございます」
驚いたことにオリヴィアだった。取り繕ってはいるが、青い顔をして今にも素敵な物質を口から出してくれそうな感じだ。
「にしても、オリヴィアが馬車酔いするとはな」
「騎士団では……馬に直接乗るので。この振動が……うっ」
「あーあー、無理して喋らなくていいから」
言いつつ背中をさすってやる。どうやら馬の振動は良くても馬車の振動はダメみたいだな。しかし、冒険者時代はどうしていたのだろうか。あまり遠くに行かなかったのか?
しばらく背中をさすっていると、それを見ていた人間の呟きが聞こえた。
「……軟弱な。女なぞ侍らせてくるからそういうことになるのだ」
そちらを見ると、見るからに冒険者という姿の男だった。大きな大剣を背負っていることから、前衛なのだろう。その男の周囲にはパーティメンバーと思われる男が三人ほど固まっていた。
その男たちのどれもが頭の上にネコ科の耳を生やしていることを除けば、普通の冒険者パーティだ。
つまり、男たちは獣人のようだ。西部には獣人が多くいるとは聞いていたが、こうも早く遭遇するとは。
そして恐らくリーダーであろう呟いた男に対して反応を示したのはフィーアだ。こういう時彼女は喧嘩早いというか、神経質というか。放っておけばいいだけなんだけどな。
「ほう。そちらは男ばかりでむさ苦しいからの。主様が羨ましいのかえ?」
言いつつ俺の体に身を寄せる。アイティルとオリヴィアの背をさすっているため、正面から擦り寄る形だ。
なぜかヴェルゼもそれに便乗しており、ただでさえ広いとは言えない乗合馬車内での人口密度が急上昇する。
「なんだと?男に仕えるしか能のない女の身で俺たちを馬鹿にするのか!」
フィーアは馬鹿にしているわけではないだろうが、彼らは女性を格下に見ているのが今の言葉で明らかになったな。
「主様に仕えられることこそこの世における至上の幸せ。それがわからぬ男という生き物は可哀想なものよの。それに、お主らには侍らせる女もいない様子じゃが」
そう言いながらフィーアは更にしなだれかかる。こっちはいつ喧嘩になるか気が気じゃない。むしろすでに喧嘩になってる気はするが。
「冒険者としての行動に女など不要だ!大した筋力もない無能などはな!」
膂力で言えば女性は男性に劣るところもあるだろうが、この世界には強い女性なんて沢山いるだろうに。筋力だけじゃなくて魔法もあるしな。少なくとも四人は俺以上の力を持ってる女性が存在するって知ってる。
「女じゃからと下に見て、その本質も見抜けないとなるとお主の実力もたかが知れるの」
「言わせておけば……!」
まさに一触即発。いや、フィーアの方はやり合う気はあまりなさそうだが。相手を一方的にヒートアップさせてしまっている。
どうしたものかとエンゼリカを見やると、彼女は心得た、と言わんばかりに頷いた。
何をするかは分からないが、ひとまずこれで安心だろう。あとは事が収まるのを見守るだけだ。
と、思ったのだが――
「フィーアさんの言うことは正しくてよ。私たちがこの方に仕えているのは自らの意思。そこに実力の有無は関係ありませんのよ?」
火に油を注ぐことになってしまった。あの自信満々の頷きは俺の意思を汲んでくれたからではなかったんだな。
「次から次へと……!おい、てめぇも何か言ったらどうなんだ、あぁ?」
何やらこちらに飛び火してしまった。正直あまりかかわり合いになりたくなかったのだが、こうなってしまったら黙って背中をさすり続けるわけにもいかないだろう。
「あー、なんだ。すまんな、俺の女たちが(・・・・・・)」
一応喧嘩を売るきっかけになったフィーアのことも考えて謝ってみた。
が、それは相手からしたら皮肉にしか聞こえなかったらしい。
ビキッと音がするほどに額に青筋を立て、こちらを射殺さんばかりに睨みつけて言った。
「お前らも迷宮都市行きだったな。……降りたら覚悟しろよ」
さすがにここでやり合おうとするほど冷静さを欠いてはいないようだったが、完全に面倒なことに巻き込まれたみたいだ。
迷宮攻略は始まる前から前途多難な香りが漂うのだった。
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