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48話 迷宮

お久しぶりです。忙しくて更新できませんでした(言い訳)

「迷宮?」


 前世ではファンタジーの中でしか聞かないような単語に、思わず疑問形で繰り返してしまう。


「そうですの。どうしてかと言えば――」


 この言葉の出処はエンゼリカだ。控えめな胸を反らして、どこか偉そうな雰囲気を纏っている。俺たちが今いるのはオルタの家なのだが、なぜ急にそんなことを言い出したかというと、これには理由がある。


 訓練を開始してから三ヶ月程が経った現在、俺の実力はめきめきと伸びていた。定期的に通っている――といっても月に一度くらいだが――神殿で女神から聞いた話によれば、俺に付加されている【限界突破】の加護は経験をより深いものにしてくれる効果もあるそうだ。それぞれの分野に置いて伸びやすいにくいはあるが、どちらにしても通常より伸びがよくなるとのことだった。


 そのおかげもあってか、エンゼリカとオリヴィアから受ける訓練は今ではかなり高度になっている。彼女たちからすればこの短期間でここまで伸びるのは理解不能らしく、事あるごとに俺が本当はもっと実力を持っていたのではないかと疑っている。

 いや、本当に成長しているんだけどな。


 それはさておき、迷宮についてだ。なぜ急に迷宮などと言い出したかというと、それは守護方陣に関係していた。


「――西部獣人連合国。ウェンティ付近にある迷宮に行かなければ、守護方陣は使えるようになりませんのよ。ヤチヨさんの力もついてきましたし、そろそろいいかと思いますの」


 エンゼリカが言う。


 ウェンティは大陸西部にある連合国のことで、いくつかの国がまとまって一つの大きな国のような様相を呈している。故にウェンティというのは正式な名称ではなく、西部獣人連合国の通称ということになる。


 また、獣人連合国などという名前こそついているものの、獣人だけが暮らしているわけではない。冒険者などは依頼や観光、修行などで赴くことがあるし、先ほどエンゼリカの言っていた迷宮が目当てで行く人もいるためだ。


 ではなぜ獣人連合などという名がついているかというと、それは西部の環境の厳しさにある。森や水といった自然の資源が他の地域に比べて少ない上、乾燥した地帯が多く砂漠になっている場所もある。

 獣人は他種族に比べ厳しい環境に強いという特性を持つため、この環境でも苦無く暮らせるので多くなったというのが真相だ。また獣人同士での仲間意識が強いため、こうして連合国とすることで対外的な力も保っているというわけだ。


「わざわざウェンティなんて行かなくても、この辺にも迷宮はあるよ?」


 話を聞いていたオルタが言う。この場にはパーティのメンバーが全員揃っており、皆がエンゼリカの話を聞いているのだ。


 そしてオルタの言うことももっともで、迷宮は大陸各地に点在している。わざわざウェンティなどという過酷な地域の迷宮まで行かずとも、近場の迷宮でいいのではないかと考えるのは当然だ。


「ウェンティでなければなりませんの。あの迷宮にのみ、守護方陣を使えるようになるための仕掛けがあるのですわ」


「ふむ……」


 どうしてウェンティにそんなものがあるのかとか、仕掛けとはなんなのかとか色々と疑問は浮かぶのだが、まずはこの疑問が浮かんだ。


「エンゼリカは守護方陣の構築の仕方を知っているんじゃなかったのか?」


 以前術式について色々と言っていたのを思い出す。


「術式自体は知っているのですわ。でもその知識だけでは例えヘキサでも発動させることはできないんですの」


「なぜだ?」


「詳しい理由はよくわかっていませんけど、その仕掛けの先にあるものを使わないと術式の構築ができないらしいのですわ」


「よくわからんが、多分聞いてもわかんないんだろうな」


 彼女も守護方陣が使えるわけではないのだ。あまり聞いたところで明確な回答は出ないだろう。テーブルに置かれたカップに注がれている茶――今回はカミルだ――で唇を湿らせてから話を続ける。


「じゃあ別の疑問だけど、エンゼリカはなぜそれを知ってるんだ」


「あら、わたくしも守護方陣を使えるようになるために色々していたことは言ったはずですわよ」


 それを聞き、そういえばと思い出す。ここしばらくは訓練ばかりで守護方陣のことをあまり考えていなかったから忘れてしまっていた。


「つまり王家の禁書とか代々伝わる話とか、そんな感じのもので知ったのか」


「まぁ、そんなところですわ。あとは研究もしていましたし、実際にウェンティの迷宮にも行きましたのよ」


 なんと、彼女は既に行ったことがあるという。王女殿下がそんなお転婆でいいのだろうか。


「で、その成果は?」


「王家の騎士団を連れて攻略に向かいましたけれど、封印の扉にたどり着くまでで精一杯でしたわね」


「封印?」


 その先に守護方陣を覚えるための何かがあるということだろうか。というか、そこまでたどり着ける実力があるというのが驚きだ。

 というのも、迷宮には階層があり基本的には地下へ降りていく形になる。浅層なら一般人でも入れるくらいの魔物が出る程度なのだが、深く潜るに連れて魔物は強くなっていく上、場所によっては守護者と呼ばれる格の違う上位の魔物が階段を守っていたりするらしい。

 それらを攻略して進んでいったというのだから、エンゼリカと王家の騎士団の実力が伺える。


「封印ですの。その先に守護方陣を覚えるために必要なものがあると言われているのですけれど、私たちにはその封印の扉を開けることができませんでしたの」


 彼女ほどの実力があっても封印を解けなかったらしい。彼女で駄目なら、正直ここにいるメンバーに解ける気がしない。


「じゃあ、行ったところで無駄足にならないか?」


「そんなことはありませんわ。後に調べたところ、ヘキサであれば封印は簡単に解けるそうですのよ」


「本当かよ……」


 使うのにヘキサでなければいけない守護方陣を覚えるための封印を解くのにヘキサでなければならないって、それは封印の意味があるのだろうか。


 その疑問を見透かしたようにエンゼリカが言う。


「封印を解くだけならヘキサであればいいんですの。でも守護方陣を使うにはそれに加えて繊細なコントロールと膨大な魔力量が必要ですわ。なのできちんと二重に守られていることにはなりますわよ」


「なるほど」


「ならば、すぐにウェンティへ向かうのかの?」


 フィーアがややワクワクしたように言う。それに対してエンゼリカは首を振って答えた。


「龍種ですの」


「へ?」


 急に言われて、オリヴィアを除く全員が呆けてしまう。


「ウェンティの迷宮の下層には地龍種が出るんですのよ」


 龍種。同じ読みに竜があるが、竜と書くのは翼を持ち空を飛ぶものを指している。口頭では龍と区別がつかないため、飛竜と呼ばれる。それに対して龍は翼を持たず、大地を踏みしめて生活する。飛竜と対比して地龍と呼ばれる。

 いずれにしても龍種である事に変わりはなく、生態系の頂点に立つとも言われる魔物だ。どちらかと言えば三次元的な機動のできる飛竜の方がタチが悪いとされるが、迷宮内部のような天井がさほど高くなく、狭い空間では地龍の方が危険だ。

 特に地龍は飛竜よりも高性能なブレス攻撃を備えていることがほとんどで、閉鎖された空間でブレスなど吐かれた日にはひとたまりもない。

 そんな生物の覇者が出るとエンゼリカは言っている。


「そんなところにエンゼリカは行ったってのか」


「そうですわ。そこにいるオリヴィアもその時同行してましたのよ」


 オリヴィアの実力なら攻略のために同行するのも頷ける。視線を向けると騎士らしいお辞儀をしてオリヴィアは語りだした。


「私が同行したあの時は、おそらく老齢であろう地龍が出現しました」


 当時を思い出しているのか、虚空を眺めつつオリヴィアが言う。


「王家の騎士団は腕の立つ者ばかりです。迷宮攻略にはその中でも上位の者が選抜されました」


 曰く、階層は封印前までで二十九階層だった。十階層くらいから魔物が強くなり始めたが、手練の騎士達を追い詰めるほどではなかったらしい。迷宮都市――ウェンティの中でも迷宮と隣接した、迷宮探索者を主層とした商売により繁盛している都市――で宿泊しつつ、数日かけてマッピングなども行って攻略していったそうだ。

 幸いトラップの類はほとんどなく、あっても簡単に解除が可能なレベルで、攻略は比較的容易に進んでいったらしい。それでも途中に現れる守護者などには苦戦し、数日を要することもあったのだとか。


「そして、二十八階層に辿り着いた時でした」


 話すオリヴィアは体を震わせている。隣にいるエンゼリカがそっと支えていた。


「今までと明らかに雰囲気の違う階層で、これは今までのようには行かないことを直感しました。なので総意で一旦戻ろうということになったのですが――」


 二十八階層は今までよりも広めの空間が広がっていた。マッピングも必要ないほどに通路というものが見当たらず、闘技場のようになっている。魔素の濃度が濃く、皮膚がピリピリと痛むほどだ。

 実力があるためにこの異常さを全員が直感していた。誰が言うでもなく一旦戻ろうと振り返る。

 するとそこには存在するはずの階段が無く、色の変化した壁があるのみだった。


 迷宮のトラップであることはすぐに気づいた。故にパニックに陥らなかったのは流石実力者であると言えよう。しかし、これで退避することはできなくなってしまった。また、楽に地上へ戻るための転移石や転移魔法も効果がない。完全に閉じ込められたということだ。


 このままでいても仕方がないと、意を決して進むことにする。するとその先に現れたのは――


「紅い龍でした。気性が荒いと言われる地龍にしては大人しく、老体であることを察しました」


 地龍はその奥に続くたった一本の通路を守るようにして陣取っていた。積極的に襲ってこないのなら通常であれば問題なかったのだが、今は閉じ込められてしまった形のため地龍をなんとかするしかなかった。


「地龍の力は恐ろしいものでした。高熱のブレスは魔法障壁をものともせず、当たれば骨も残らない有様で……」


 目の前で消えてなくなってしまった同僚を思い出し、更に体を震わせる。


「ある程度空間があるとは言え、迷宮内は外に比べて狭い。そんなところでブレスを吐かれたら避けるのは困難でした」


 結局、攻略組で生き残ったのは二十名のうちオリヴィアとエンゼリカを含めたった五名。彼女ら以外の三名は騎士団のトップ付近に就く者たちだった。

 それでも全員が満身創痍で、老齢の地龍が多発したブレスによって息切れしていなければ全員が骸も残らなかったのは言うまでもなかった。


「結局私達が生き残ったのは運によるものです。多数の仲間の犠牲と、地龍が老齢だったという運に」


 犠牲と運の結果、地龍は排除することができた。そしてそれと同時に帰るための階段も出現したという。本来このトラップは魔物部屋と呼ばれる魔物が多数配置された部屋に入った時に発動するものだ。そしてそれは部屋の中の魔物を全て排除すれば解除される。

 尤も、魔物が排除されるよりも入った人間が死んで解除されることの方が圧倒的に多いのだが。


「通路の先には階段があり、そこが二十九階層。封印の扉がありました」


「そこからは私が説明しますのよ。オリヴィアには辛いことを思い出させてしまいましたわね」


「いえ、それは姫様も同じ事です」


 互いに気遣っている姿を見ながら、オリヴィアの口調が戻っていることに気づく。彼女は最近姫様ではなくエンゼリカと呼んでいることが多かったように記憶していたのだが、昔の話をしたことで影響されたのだろう。


「……それで、封印の扉を前に私たちは試行錯誤してその扉を開けようとしましたの」


 気を取り直してエンゼリカが説明を始める。


「ですけれど、結局開けることは叶いませんでしたのよ。ならばせめてと思って、扉に施された術式を図面に起こして、王宮に持って帰りましたのよ」


 ここでもエンゼリカの実力が遺憾なく発揮されている。普通は術式を見て図面に起こすなんていう芸当はできないのだ。それこそ魔術専門の研究はでもなければ。


「そしてそれを解析した結果、ヘキサならば開けられることが判明しましたのよ。ふう、一気に話して疲れましたわね」


 そう言って彼女はカミルティーに口をつけた。


 それにしても、地龍が出るとは。二十名もの手練が壊滅するような場所に、俺たち七人で行けるとは到底思えないのだが。

 いや、だからすぐに行くのかと言ったフィーアに対してこの話を始めたのだった。


「つまりは、龍種を倒せるくらい実力をつけないといけないってことだな」


「そういうことです」


 カミルティーを楽しんでいるエンゼリカの代わりにオリヴィアが答える。


「まあ、今のヤチヨ様の力ならばそこまで苦戦しないかとは思いますが」


「冗談言うなよ。流石にそこまで傲っちゃいないぞ」


 俺にも実力がついているのは実感できている。剣も今は漆黒鉄の剣を使って訓練しているし、属性剣のコントロールも少しずつできるようになっている。

 魔法についても同時発動ができるようになったりしてエンゼリカが驚いていたし、魔法の構成速度も威力も燃費も格段に上がった。


「まぁヤチヨだけなら倒して帰ってくるかもね」


 そう言ったのはオルタだ。実際、俺だけなら死ぬことはないだろう。いや、死んではしまうだろうが。しかし不死身を利用したゾンビアタックならあるいは、ということだ。


「まぁそうかもしれんが……」


 あまり気乗りがしないことは確かだ。普通に考えて死ぬのは嫌だろう。


 俺が否定しなかったことに驚くのはエンゼリカとオリヴィアだ。


「否定しませんのね。傲っていないのではなかったんですの?」


「ああ、まぁ……いろいろあってな」


 彼女たちに不死身のことについてはまだ話していないのだ。いい機会だし、今教えてしまってもいいかもしれない。

 ヴェルゼが信用している二人だし、大丈夫だろう。


「今から話すことは他言無用だぞ。実は――」


 その後、二人が狂人を見る目で俺を見た後にそれを証明したら今までで一番の驚きを見せたのは言うまでもない。

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