47話 スパルタ王女
「魔法のコントロールを上達させるためには、何よりも魔力を感じ取ることですわ」
今日も今日とてギルドの訓練場で特訓だ。昨日がオリヴィアによる剣の指導だったので、今日はエンゼリカが魔法を教えてくれている。
「もう何回も聞いた事だな。こっちは剣と違ってそこそこ上達してる感じがする」
エンゼリカには魔法のコントロールについてのことをメインに教えて貰っていた。何でも、守護方陣を展開できるようにするためには精密な魔力のコントロールが必要らしく、この訓練は必須だとのこと。
個人的にもエンゼリカの魔法の展開速度などは目を見張るものがあったので、教えて貰えるというのは何よりだ。
エンゼリカの言う魔力を感じ取るというのは、体に流れる魔力を意識して、その流れに集中することだそうだ。魔力を操ったりするのではなく、ただひたすらに感じ取るのだという。
「見た目は瞑想しているだけに見えるのですけれどね。でも、続ければコントロールする力がつくのですわ」
言葉通り、外見的には瞑想しているだけに見える。今も訓練場の床に胡座をかいて座り、目を瞑って自分の魔力の流れに集中していた。
体の中心に魔力の多くが、そこから細い管を通るようにして全身に巡っているのが感じ取れる。また、剣の訓練の成果か、この訓練を始めた時よりも全身を巡る魔力の管が少し太くなったような感じがする。
これについてオリヴィアは、
「体を鍛えることによって魔力の流れが変化することはあります。また、綺麗な体の使い方をすればそこに通る魔力も流れやすくなりますので、結果的に多くの魔力が流れるようになります」
と説明していた。意図していなかったが、剣の訓練も魔法に精通するところがあるらしい。
オリヴィアは属性剣の使い手でもあるそうだから、魔力や魔法についてのことも多少は考えているのだろう。
「この訓練はこの先ずっと続けることになりますわ。魔力のコントロールなんて、いくらでも上達するものですから」
エンゼリカも寝る前などに毎日欠かさずこの訓練をしているらしい。俺も見習って毎日続ける所存だ。
「まあ、ウォーミングアップはこのくらいにして」
次のメニューに移る旨を伝えてくる。流石に瞑想だけで終わってしまうならわざわざここまで来る必要もないからな。
「今日もいつものやつか?」
「そうですわね」
「わかった」
そう言いつつ、エンゼリカと適度な距離を取る。近めでキャッチボールをするくらいの距離だ。
「じゃ、いつも通り初めはゆっくり行きますわよ」
そう言いつつエンゼリカは手の平に魔力を集中させると、球状となった魔力をそのまま(・・・・)飛ばしてくる。
「ゆっくりと言いつつ、形成速度は爆速なんだよな……っと!」
こちらも同じようにして魔力球を形成し、エンゼリカの飛ばした魔力に対してぶつけるようにして飛ばす。
丁度同じくらいの魔力量で放たれたそれは、エンゼリカの魔力と溶け合うようにして対消滅する。
「そうは言っても、ヤチヨさんもかなり早くなりましたわよね」
魔力の消滅する様子を眺めつつエンゼリカが微笑む。これも最初の頃は俺にぶつかるかどうか位のところでやっと形成が終わるほどの実力差があったのだ。それから考えるとかなり上達したと言えるだろう。
だが、決してそれだけでエンゼリカに追いついたとは言えない。
「……一発ずつ(・・・・)ならな」
「ふふ、そう拗ねないでくださいまし」
やや不機嫌そうに呟いた俺に対して、エンゼリカが笑いながら言う。拗ねるなと言いつつも、今度は両手に魔力球を形成して放ってくる。
「言ってる傍から……!」
先ほどより一瞬の遅れはあるが、こちらも両手に魔力球を形成する。これだけでかなりの集中力が要るのだが、話しながら易々とこれを放ってくるエンゼリカは流石と言えるだろう。
両手でこれをやるというのは、右手で丸を、左手で四角を書くような感じだ。実際はもっと複雑なのだが、感覚としては似たようなものだ。
やや焦りつつも、両方の魔力球を相殺することに成功する。
「一ヶ月でここまでできる人も珍しいのですから、そう落ち込むことはありませんのよ?」
オリヴィアと同じような事を言われていた。いずれにせよ、相手との差が大きすぎてそこまで自信に繋がらないのだが。
エンゼリカは話しつつも次々と魔力球を形成していく。今度は二発撃った後に間髪入れずもう二発飛ばしてくる。
「これだけ見せつけておいてそのセリフかよ!」
四発は今の俺にはギリギリの数だ。魔力球は体に当たっても特に害を及ぼしたりはしないため危険は無いのだが、これが実戦だと考えれば魔法を受けてしまったと置き換わることになる。自分の持てる力を振り絞って対処しなければ上達もしないだろうし、今できる最大限の努力をする。
ちなみに、ここ一ヶ月で四発を凌ぎ切れた事はなかった。
しかし、日々の努力が確実に実を結んでいることは体感できているのだ。今日は行ける気がしていた。
(二発まではいい。問題は放った後……一、二発目の残滓のせいで次が遅れるんだ)
思考をフル加速させて成功させる糸口を探る。
(なら、そこに気をつけるまで。一瞬魔力を散らしてすぐに形成すれば……!)
すでに二発を撃ち終え、手の平に残った魔力の残滓を散らしてから次を形成する。
(……来た!)
思った通りに三、四発目を形成できた。エンゼリカの魔力球は目の前まで迫っているが、ギリギリで間に合うタイミングだ。
俺の手から放たれた魔力球は、予定通りエンゼリカの魔力球を打ち消してくれた。
「あら、もう四発に対応できるようになられてしまったのですわね」
エンゼリカの驚いたような声が聞こえる。
「なんとなくコツは掴んだ気がするからな。次からはもう少し早くできると思うぞ」
「本当に、流石ですわ」
エンゼリカは素直に褒めてくれている。俺としてもできなかったことができるようになったため、内心かなり喜んでいた。
しかし、続くの言葉で俺はまた絶望することになった。
「四発ができるようになれば、それ以降は要領は同じですの。ですから、次からは数は増やしませんわ」
「じゃあ、どうするってんだ?」
「こうですのよ」
そう言ってエンゼリカは右と左で大きさの違う(・・・・・・)魔力球を生み出した。
「初めの頃に言いましたけれど、同じ量で打ち消さなければなりませんからね。多すぎても、少なすぎてもいけませんわよ」
今までは一定量の魔力球を飛ばしていたのだが、その量と同じ量の魔力球を形成するのにもしばらく時間がかかったのだ。今回はそう時間はかからないだろうが、大きさの違う二つの魔力球を同時に作らないといけないとなると、難易度は跳ね上がる。
さらに、エンゼリカの作る魔力球の大きさを見極めてこちらも同じ大きさにしなければいけないのだ。またしばらくは辛酸を舐めることになるのは間違いないだろう。
「……そんなこともできるんだな」
「これができたら、次は魔力球を動かす予定ですのよ?」
できれば聞きたくない情報だった。恐らく放った魔力球を自在に動かすんだろうということがはっきりと予想できてしまったためだ。
「まあ、やるっきゃねえからな……」
半ば諦めたように、しかし前向きに考える。今までも少しずつできるようになってきたのだから、これからも努力を続ければいいだけのことだ。
「その意気ですの」
いいながら大きさの違う二つを放ってくるエンゼリカ。本質は優しい彼女だが、こういうところは結構エグかったりもするのだ。
当然魔力量を見極めることも、形成が間に合うこともなく、あえなくその魔力を体で受け止めることになるのだった。
その後訓練終了まで、大小二つの魔力球を両方相殺することは叶わないのだった。
訓練を終えると、エンゼリカが歩いて近づいてくる。
「ふう。魔力球は消費が少ないとはいえ、これだけやると流石に堪えますわね」
彼女は軽く汗を流しながら、体を重そうにしている。
「俺はこのくらいならなんともないな」
「……本当に、その魔力量はどうなってますの……」
まさか死んで増えたと答えるわけにも行かず、苦笑いで誤魔化す。
「はは。じゃあ、少し休憩したら帰るか」
「そうですわね」
そう言ってエンゼリカは背をこちらに向けて座り込む。合わせて、俺も同じく座り込んだ。
この一ヶ月で恒例となっているのだが、彼女は俺を背もたれ代わりにして休憩する。端から見れば、俺が伸ばした脚の間にエンゼリカが座って、俺に体を預けているように見えるだろう。
実際何も間違っていないから、言い訳のしようもないのだが。
これで俺が腕をまわせばカップルがいちゃついているようにしか見えないだろうが、生憎俺の両手はつっかえ棒の役割を果たすために地面と仲良くしている。
ちらちらとエンゼリカがこちらを見てくるのだが、何をしているのか全くわからないのでいつも放置だ。そしてそのまましばらくすると、
「……すぅ、すぅ」
彼女は小さく寝息を立て始める。いつも三十分しないくらいで起きるので、それまでは俺もこのまま休憩だ。
先ほどまでの復習をしつつ、瞑想に時間を当てたりもする。小さなことをコツコツとやるのだ。
そしてそれを察知したヴェルゼがいつものように寄ってくる。オリヴィアの時と同じで、初めのうちはエンゼリカに対しても嫉妬のような反応を示していたが、今はそんなこともなくなった。
フィーアの時もそうだったが、ヴェルゼとしては対象が俺に一定の好感を持っていて、それなりの実力があることを示したら受け入れているらしい。
となるとエンゼリカやオリヴィアが俺に好感を抱いているということになるのだが、その辺の実感はあまりない。今のような状態を見て何を、と思うかも知れないが、こういう事をするのは訓練の時だけなのだ。
変に勘違いしても恥ずかしいし、俺としてはヴェルゼもフィーアもいるからあまりそういうことにがっつこうとは思っていないため、まあなるようになるか、くらいの気持ちだ。
そういえば、フィーアとキスをするようになってから、彼女に対しても特別な気持ちを抱くようになった。我ながらちょろい男だと思うが、自分を好いてくれているのだから、流されないはずも無いと思うんだ。
まだフィーアとは致していないが、俺の理性はもう長くはないような気がしている。
ひとまずそのことは置いておいて、今は隣に座ったヴェルゼとキスしたら、さっきの復習と瞑想をしよう。
で、エンゼリカが目を覚ましたら帰ってお茶だ。昨日のスコーンは結構美味しかったから、機会があればまた買いに行くのもいいだろう。
そんなことを考えつつ、俺は目を瞑るのだった。
しばらく紅茶を飲んでなかったのですが、最近また飲みたくなってきました。
個人的にはプリンスオブヴェールズという銘柄の紅茶が特徴的な香りがして好きです。
尤も、そんなに詳しいわけでも強いこだわりがあるわけでもないのですが。




