46話 剣の訓練
大体三日ぶりでしょうか。サボってすみません。
アイティルたちがパーティに入ってから一ヶ月ほどが経過した。一気に増えたパーティメンバーだが、一応バランスはそこそこ取れているように思うので、これからはそう一気にメンバーが増えることもないだろう。
また、パーティとして正式にアイティルたちを登録したため、今は俺、ヴェルゼ、オルタ、フィーア、アイティル、エンゼリカ、オリヴィアの七人で一つのパーティとなっている。
パーティとして動くのに上限はないそうで、大所帯になっても問題は無いのだとか。尤も、依頼の報酬を頭割りすることになるため、あまり人数が増えると個人の報酬が減ることになるので注意が必要ではあるのだが。
そういうわけでパーティ登録はしたものの、戦力としてはアイティルが不安なところだった。彼女は今まで見習い神官として活動しており、基本的には雑用に加えて簡単な回復魔法による怪我人の治癒などを行なっていた。
余談だが、神官たちは巡回中に怪我人などを診て回るという事も行なっている。病気は回復魔法ではどうにもならないが、怪我はある程度なんとかなるため、慈善活動に近い形で治療しているのだ。
そういった活動が功を奏してか、治療を受けた人が神殿に祈りに訪れるということも珍しくはない。
そのためアイティルも神官にくっついて治療の手助けなどを行っていたが、その経験だけでは冒険者としては些か不安なものがあるというわけだ。
純粋な戦闘力としては期待しているわけではないので、先ずは彼女には戦闘に慣れてもらう必要があった。戦闘になれば安全なところに隠れるなりしてもらい、そこで怪我などがあればすぐに治療してもらう。これを確立するために、二週間ほどは弱い魔物を狩って戦闘に慣れてもらった。
実際に狩りに行ってみると、隠れているだけでは魔物に襲われる心配があった。そこで陣形としてフィーアとオリヴィアが前衛、俺(と一応ヴェルゼ)が中衛、オルタとエンゼリカが後衛という形にし、アイティルも後衛の立ち位置にいて貰うことにした。
前衛に比べれば狙われる可能性が低く、何かあっても実力のある二人が守りに入れるというわけだ。
後衛に敵の攻撃意思が回らないように前・中衛が立ち回る必要があるが、今のところこれが一番安定しそうだった。
背伸びをして実力に見合わない狩りなどをしなければ問題はないだろう。今後いい方策が見つかれば、それにシフトしていくかもしれない。
次は、エンゼリカとオリヴィアのことだ。彼女らにはパーティとしての働きに加え、俺を鍛えてもらうという仕事もしてもらっている。
かく言う今も、ギルドに備え付けられた訓練場でオリヴィアに剣を教えてもらっているところなのだが――。
「また重心がぶれています。それでは次の行動に支障が出ますよ」
オリヴィアが指摘しながら足元に打ち込んでくる。訓練用の木剣のため当たっても大怪我はしないのだが、痣くらいにはなる。それにかなり痛いのだ。
「頭じゃわかってるけど、そう上手くいかねえんだって――」
言いながらこちらも木剣で防御を試みる。本来なら動いて避ける方がいい剣筋なのだが、オリヴィアの言ったように重心がぶれているために上手く回避行動に移れない。
そのぶれを見極めて打ち込むというのが相当な高等技術なのだが、オリヴィアはその程度のことなら朝飯前と言わんばかりに打ち込んで来るのだ。
ギリギリ防御が間に合ったと思ったのも束の間、無理な姿勢での防御になったため、上体のバランスが大きく崩れている。そして打ち合っている相手はそれを見逃してくれるような相手でもなかった。
「防御に切り替える反応はいいですが、体の使い方がなっていません」
冷静に駄目なところを指摘しつつ、オリヴィアは打ち込んで来ていた剣の軌道を変える。それも強引に変えるのではなく、最初からそこに打ち込もうとしていたかのような綺麗な動きでだ。
「うっそ、だろおい!」
大きくバランスを崩している俺はそれ以上対応することができず、あえなくオリヴィアの木剣に意識を奪われるのだった。
しばらくして意識が戻ると、頭の下に柔らかな感触を受けた。どこからあれほどの力が生み出されているのかと思うほど柔らかな脚の感触だ。
「気がつきましたか」
俺を膝枕しているのはオリヴィアだった。初めのうちはヴェルゼが毎度不機嫌になっていたが、最近は慣れてきたのか特に反応を示さなくなった。まあ、彼女にも膝枕してもらう機会が多くなったというのも理由の一つではあるだろうが。
「ああ。にしても、なんとか防御できたと思ったんだけどな」
先ほどの訓練についてだ。指輪の恩恵もあって半ば強引に剣を扱うことはできるのだが、オリヴィアに言わせるとそれでは豆腐も切れないらしい。
「いつも言っていますが、体の使い方がまだまだです。腕力に物を言わせるのではなく、合理的に体を使うように心がけてください」
「言葉では簡単だけどさ。実際やれって言われると難しいんだよな……」
彼女が言うには、効率よく体を使い無駄を減らすことが剣において重要なことだと言う。百の力でも無駄があると三十以下の剣になってしまうそうだ。そのロスをなくすことで、潜在的には百の相手でも五十の力で勝つことが可能になったりすることもあるのだとか。
要するにいかに自分の力をその剣に生かすか、ということだ。
彼女の剣を初めて見た時俺には剣が振られている事を認識できなかった。あれもロスを極限まで減らしたために起こりうる事で、無拍子とも言うべき技術だ。
俺の言葉に対してオリヴィアが答える。
「そうは言いますが、この一ヶ月でヤチヨ様は劇的に強くなっています」
実際、自分でもそう思う。初めのうちは構えもろくに取れず、剣を振るというよりは剣に振り回されるという言い方が合っているような感じだった。
それを基本から直してもらい、今では二回目の打ち合いくらいまでは綺麗に体を使えているとオリヴィアは言う。
「ここからは慣れの要素も大きいです。今は二度目までの動きが貴方の中で認識できているのでしょう。それを少しずつ伸ばしていけば、いつかはずっとそれを維持できるようになります」
私もまだ崩れてしまうことがあるのですが、とオリヴィアは照れくさそうに言う。彼女ほどの使い手がまだ到達できていない境地に、俺が辿り着けるとも思えないんだが……。
「一ヶ月でここまで上達する人は滅多にいませんよ。自信を持ってください」
にっこりと微笑みつつオリヴィアが言う。彼女との差がありすぎて、あまり実感できないというのが正直なところだ。まあ、変に自信をつけてしまって傲るよりはいいと考えよう。
一呼吸置いて冷静になってから、オリヴィアに言う。
「焦ってもいいことはない、か。これからもよろしく頼む」
「もちろんです。教えることはまだまだありますしね」
俺が教わっているのはまだ基本的なところだ。上手く体を使えるようになってからが本番らしく、彼女の実力が未だに計り知れない。
「今日はこのくらいにして、お茶にしましょうか。確か、オルタ様がダジルの茶葉を買ってきてくださっていたはずです」
俺が茶を嗜むと知ってから、オルタは色々な茶葉を買ってくるようになった。そのために転移であちこちの国へ行って買ってくるのだから、空間魔法とは便利な物である。
ダジルは日本で言うところのダージリンだ。これぞ紅茶と言わんばかりの香りが特徴で、癖がなく飲みやすい。紅茶と言われてダージリンを思い出す人も少なくないだろう。
「それは楽しみだな。今日の訓練はこれで終わりだし、ゆっくりするか」
この場にはオリヴィアとヴェルゼしかいない。他の面々は買い物に行くとかでオルタにくっついてどこかに行っているためだ。
「皆様もしばらくしたら帰ってくるでしょうし、先に少し寛いでいましょうか」
くすくすと笑うオリヴィア。初めて会った頃はもっとお堅い人間だと思っていたのだが、こうして関わってみると実際は柔らかい雰囲気の女性だった。
特に俺と二人で(一応ヴェルゼもいるのだが)いる時はそれが顕著に感じる。訓練をするうちに打ち解けて来たような感じがして、少しこそばゆい。
「それがいい。……ヴェルゼ、帰るぞ!」
頷いてから、少し離れたところで見学していたヴェルゼを呼ぶ。訓練中は一応離れて見学してもらっていることにしていた。怪我などの心配は無いが、立ち回りで障害になる恐れがあったためだ。
もう少し俺が実力をつけたら、ヴェルゼとも一緒に訓練をする予定だ。意外なことにヴェルゼは魔法だけでなく近接戦闘もできるらしく、その練度にオリヴィアも驚いていた。
武器は魔力で作ったナイフだ。それを使って斬りつけたり、時には投げたりもするらしい。
驚く俺たちにヴェルゼは、
「……淑女の嗜み」
などと言っていた。淑女は魔力で作ったナイフを投げたりしないと思う。
そんなこともあって、俺としては剣の訓練に対するモチベーションはかなり高い。ヴェルゼと一緒に立ち回れると考えればそれは当然だろう。
また、エンゼリカに教えて貰っている魔法もモチベーションは高く保てている。これにも一応理由があるのだが、今は割愛しよう。
とてとてと呼んだヴェルゼが歩いてくるのを待ちつつ、俺は体を起こす。今までずっとオリヴィアの膝の上だったのだ。
打たれたところが地味に痛かったし、急に起き上がると立ちくらみを起こす可能性もあるので、念のためだ。あくまでそういったリスクを減らすためであり、決して膝枕が気持ちよかったとかではない。
起き上がるとオリヴィアがやや残念そうな顔をしていたが、次の訓練でまたしてもらうことになるだろうから今は気にしない。
俺のところまできて、きゅ、と腕を絡めてくるヴェルゼと軽く口づけを交わし、出口へ向かう。訓練場から出た先はギルドだ。
「ナリアさん、今日はこれで帰るから。また明日、今度はエンゼリカと来る」
「今日もお疲れ様でした。明日もお待ちしています」
なぜか俺がギルドに行くといつもいる受付のお姉さん、ナリアさんにいつものように一言声かけてからギルドを後にした。
「スコーンでも買って帰るか」
「いいですね。私も今日はスコーンの気分です」
茶請けになる物を買って帰る算段をつけつつ、そろそろ歩き慣れた道を帰るのだった。
執筆自体のモチベ維持のため、別作品を少し書き始めました。
『精霊世界の逸脱者』まだ1話ですが、宜しければこちらもよろしくお願いします。一応精霊~は不定期更新になる予定です。




