幕間3 小さなパン屋の話
すべてが終わった後の話です。本編は自分でも決めてないことばかりなので、下手するとパラレルワールドでの話になる可能性があります。
こんな未来もあるかも知れない、位の気持ちで呼んで頂ければ幸いです。
「今日はあたしの行きつけの店に連れて行ってあげる」
俺の外食好き、ひいては食事に対するこだわりを知ったオルタは、ことあるごとに俺を外食に連れ出すようになった。
これまでに洋風な物を出す店から和風に似たものを出す店、魚貝類を専門にしている店などに連れて行ってもらったが、そのどれもが印象深く、それでいて旨い料理を出す店だった。
「お前とのデート(・・・)は、毎回半ば食べ歩きみたいになってるよな」
「いいじゃないかい。破滅を食い止めるまではそんな暇も無かったんだしね」
「……実際今も、あの頃と同じくらいかそれ以上に忙しいけどな」
「あたしだってあんたが国を興すことになるとは思わなかったさ」
世界の破滅を食い止めてからというもの、何回繰り返したかわからない会話を飽きもせずにしている。
「まあ、今はそれは忘れるとするか。今日はどこに連れてってくれるんだ」
「ふふ、着くまでは内緒だよ」
悪戯っぽく微笑むオルタ。初めて会った頃からは想像も付かないような表情を見せてくれるようになったな、としみじみ思う。
「じゃあ、せいぜい楽しみにしておくか」
そう言ってオルタに手を引かれたまま、戦災復興中であるセントリア王国の街道を歩いていく。
「着いたよ。ここさね」
しばらく手を繋いだまま歩いて行くと、少し細めの路地に入ってすぐにオルタが到着を告げた。
「……お前にしちゃあ、珍しいチョイスだな」
その店の看板らしき物を眺めながら、俺が呟く。
看板には、『バレット・バケット』と書かれていた。
からんころんと扉につけられた大きめの鈴を鳴らしながら店に入ると、パン特有の芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。そこに混じる独特の匂いはバターのものだろう。
立地と相まって、ガラス張りの壁から入った日差しが店内を明るく照らし、なんだかうきうきとしてくるような雰囲気があった。
「名前の通り、パン屋さね」
そんな雰囲気にあてられたのか、オルタがニコニコしながら俺に言う。そう言えば転移してきて一年くらいは、殆ど毎日パンを食べていたな、と懐かしく思いつつ、オルタがパン好きであったことも思い出す。
「にしちゃあ、バレット(弾丸)なんて物騒な響きの名前が付いてるけど」
駄洒落にしてももう少し言いようがあったのではないかと思う。
そんな失礼なことを考えつつ俺が言うと、それに答える声があった。
「それはな、俺が元銃士だったのとかけてるのさ」
このパン屋という場にそぐわないような、重厚さを湛えた男の低い声だ。
驚いてそちらを向けば、左目に眼帯をした屈強な男がこちらに歩み寄ってきていた。
「うおっ!?」
俺が声をあげて驚くと、男は「悪い、驚かせたか」と謝りつつ、自己紹介を始めた。
「この店、『バレット・バケット』の店長の、グラン・ヴァリスタだ」
大きな体に似合わない、花の刺繍が入っているエプロンを着けた男はそう名乗った。
「おお、丁寧にどうも。知ってるかもしれんが俺は相馬八千代。こっちはオルタだ」
「救世の英雄か……! 噂はかねがね聞いてるよ。オルタの嬢ちゃんは、俺の店の数少ない常連だから知り合いだな」
俺も有名になったもんだなあなどと軽く思いつつ、オルタが常連だったことにやや驚く。
「この店のパンは極上だよ? おすすめはなんと言ってもクロワッサンだね。サクサクの食感にバターの香りがたまらないんだ。余計な調味料やジャムを使ってなくて、みんなプレーンなんだよ」
興奮したようにオルタが勧めてくる。彼女がここまで気に入っているのだから、その味は折り紙付きだろう。プレーンばかりというのはこだわりなのだろうか。
だが、そこで疑問が浮かんだ。
「じゃあ、なんであんまり繁盛してなさそうなんだ?」
今は丁度昼ちょっと前。食い物屋はどこも溢れんばかりの人でいっぱいになっている時間だ。特に戦災復興中のこの国は人が多いし、体を動かして腹が減っている人々が多い。
「それは……」
オルタが言いにくそうに口ごもっている。すると、グランが自嘲気味な笑みを浮かべつつ代わりに答えた。
「俺がこんなナリだからさ。一部の人以外は、怖がって店に入ってすら来ない」
どうやら、グランのことを怖がって人が寄りつかないようだ。
言われてみれば当然かもしれない。筋骨隆々で身長が二メートルに届くかというような巨体。強面なことに加えて左目の眼帯に、極めつけは頬の傷だ。いくら可愛らしいエプロンをしているとはいえ、まともな感性をしていれば普通の人は寄りつかないだろう。
店の壁がガラス張りなのも、この場合に限っては良くなかったかも知れない。外からグランの姿を見た人は、この店に入ってみようとは思えないだろう。
「なるほど、言われてみればそうかもな」
俺は納得して頷く。悲壮な表情を漂わせるグランは、その身長に似合わず肩を落として小さくなっていた。
「ま、まあ先ずはパンを買おうよ」
そんな雰囲気に気圧されてか、オルタが慌てたように提案する。腹は減っているので、特に反対する理由もなくパンを選ぶことにした。
「クロワッサンがおすすめって言ってたよな。とりあえずそれは食べるとして、他におすすめは?」
俺が質問すると、グランが嬉しそうに答える。よほどパンが好きなのだろう。
「俺の焼くパンはどれもおすすめと言える力作だが、強いて言うならベーグルだな。訳あって俺はプレーンしか出さないが、その中でもベーグルは工夫を重ねて作った物なんだ」
オルタに負けず劣らずの興奮した説明をしてくれる。本当はもっと細かく説明していたのだが、旨い物が食えればいい俺としては、右から左へ聞き流していた。
「――そこで俺は考えたんだ。茹でる時間を調整してやれば、問題になっていた――」
「力説してるとこ悪いな、会計頼む」
グランの力説をBGMに、俺はパンを選び終えていた。クロワッサンとプレーンのベーグル、それにラスクだ。
「ん、ああ、悪い。どうも癖でな」
そう言いながらグランが値段を言う。その値段に俺は驚きを隠せなかった。
「おい、一桁間違ってんじゃないのか?」
「いや、それで正しい値だ。うちは安さも売りの一つだからな」
「いくら何でも安すぎるとは思うんだが……」
正直、採算が取れるのか怪しいレベルだ。というか、客入りが良くないという話からして確実に赤字であろう事が予想できた。
薄利多売ってのは、多く売れてるからこそ利益が出るんだ。
「一応、金自体には困ってないんだ。兵として働いて稼いだ貯金がいっぱいあるからな」
「じゃあ、ここは趣味の店か」
「そういうことになる。尤も、これ以上売れない日が続くと流石に店を畳まざるを得ないんだけどな」
「ふむ……」
その話を聞きつつ、渡された袋の中からクロワッサンを取りだして囓る。
「おおっ」
思わず声が漏れる。オルタの言っていたようにサクサクとした生地が食感で楽しませてくれる。次に丁度いい分量のバターの香りが鼻を抜け、幸せな気分をもたらしてくれる。そして最後に濃厚な、それでいてしつこくないパン自体の味が口いっぱいに広がっていく。正真正銘、今まで食べたクロワッサンの中で一番旨いと思えるクロワッサンだった。
「これは、旨いな」
すぐにクロワッサンを平らげると、ベーグルにも手を出す。こちらもクロワッサンに負けない美味しさだ。実はどのパンもプレーンばかりで味気なさそうに思っていたが、全くそんなことはなかった。むしろ、このプレーンの味を知ってしまったら、ジャムや調味料なんて絶対に使えないと思わせるほどの美味しさだった。
「それは良かった。作った甲斐があるってもんだ」
嬉しそうにグランが言う。その間にも俺はベーグルの攻略をやめない。
後で食べようと思って買ったラスクまで食べ尽くすのに、そう時間はかからなかった。何せ、いくらでも食べられると思えるほどの美味しさだったのだから。
「こうなると、勿体ないな」
「何がだ?」
俺の呟きにグランが反応する。
「このパンの旨さを人々が知らないことだ」
当然だろ、と付け足して俺が言う。
「そうは言っても、人が入ってくれないんじゃ仕方がないだろ」
半ば諦めているのか、グランが弱音を吐く。そんな彼の姿を見て、俺はやや怒りのようなものを覚えていた。
「なあグラン。お前のパンにかける情熱は、その程度のことで諦められるようなもんだったのか」
俺の言葉に、グランが薄ら涙を浮かべながら言う。
「そんなわけねえだろ……。 パン屋を開くのはな、ずっと俺とエリシェの夢だったんだぞ……!」
「エリシェ?」
ここにはいない人物の名が出てきたことに、俺が疑問を投げかける。
「エリシェは俺の恋人の、恋人だった人の名前だ」
グランは零れ落ちる涙も拭かずに話し始めた。
グランは王国に生まれた平民の次男坊だった。兄は親の仕事を継ぐため将来は安泰だったが、次男として生まれたグランは自分で稼がなければならなかった。
幸いなことに、小さい頃から体格がよく、腕っ節に自信があったグランは冒険者となった。冒険者としてしばらく活動していると、その実力を王国軍に認められ、王国軍に仕官することとなった。
その時一緒に冒険者として活動していたのがエリシェで、魔法使いであった彼女も一緒に軍に仕官することになった。
軍に入ってからは大きな問題も無く、平和な時間が続いていた。冒険者よりも安定した収入に、訓練の毎日。晴れて両想いとなったエリシェとは、金が貯まったら結婚する事も約束していた。そして、退役したら一緒にパン屋を営もうとも。そのために休日は二人でパンを焼いて過ごした。
エプロンなんかもエリシェが作って、グランに似合わない事に笑い合った。
心から幸せな日々だった。
そんな平和な時間を過ごしていた彼らに、悲劇が襲った。
三国同時戦争である。
大陸有数の力を持っていた王国と、その南に位置していた帝国。それに加え独自に発展を続けていた東の国が三つ巴で戦争になったのだ。
平和を享受していたグランたちにとって、まさに青天の霹靂と言えた。
その激しさに大陸を焼き尽くすかのように思われた戦争も、一人の男によって三年という戦争としては短い期間で呆気なく終結を迎えることとなった。
しかしそれでも、それぞれの国が多くの物を失った。
物資だけで無く、技術や信用、そして人だ。
グランはその戦争によって左目を、そして何よりも大切にしていた恋人を失った。
戦争が終結した後は、それぞれの国は復興に力を裂くことになる。グランは負傷によって軍務は続けられないと判断され、退役金を貰って軍から外されていた。
それからしばらく、グランは抜け殻のようにして過ごした。食事もろくに取らず、毎日寝ているのか起きているのかもわからない状態で家に引きこもっていた。
そんな時、一通の手紙と小さな荷物が届いたのだという。
それは、エリシェからのものだった。
手紙には、愛しいグランへ。との言葉に始まり、まず自分が生きていないのだろうと言うことが綴られた後、自分がいなくなった後のグランを心配するような事が沢山沢山書かれていたそうだ。
戦争では何が起こるかわからないと言うことを、彼女は知っていたのだ。
手紙を最後まで読んだグランは、それはもう泣いた。体の水分が全て涙になるのではないかと言うほど泣いた。そしてその涙も枯れ尽くしたころ、グランは吹っ切れた表情をしていた。
そして、退役金を元手に、このパン屋をオープンしたのだった。
それからというもの、グランはエリシェと作ったことを思い出しながらいろいろなパンを作っていった。あまり多くの練習ができたわけではないので、その内容はプレーンばかりだった。味に変化のないプレーンのパンは、飽きられてしまう可能性が高い。
それでもグランは自信を持ってプレーンのパンを焼き続けた。彼はプレーンしか焼かないと誓っているかのように。
オープンしてから今まで、この店は繁盛する素振りを見せなかった。味は一級品なのに、グランの見た目が怖すぎたためだ。
オルタのようなリピーターは幾人かついたが、それでも繁盛しているとは言いがたかった。
このままでは店を畳むことになってしまう……そんなことを考えていた矢先に、救世の英雄とも言われる男が尋ねて来た……。
グランは一気にそこまで話すと、ふうっと息をついていた。オルタは隣で号泣している。
「グ、グラン。あんた、辛かったね……」
見た目に寄らず情に厚く、人一倍涙もろいオルタは完全にグランに同情していた。
「戦争で恋人を失った、か」
俺が呟く。よくある話だと思った。この世界では命が軽い。本当に簡単な事で人は死んでしまう。
不死の俺が言うのもなんではあるが、こういった話はどこでも転がっているものだ。
だからと言って、何も思わないわけではない。
「お前の見た目が駄目だってなら、俺にいい案がある」
「どういうことだ?」
理解できない、というように首を傾げるグラン。それに対して俺は笑いかけながら返す。
「簡単な事さ。可愛い子たちに客引きをさせればいい」
呆けるグランを尻目に、俺はまた明日来ると声かけて自分の家に帰るのだった。
次の日、グランの店は人で溢れかえっていた。
何のことはない。俺の嫁たち(・・・)に客引きとビラ撒きを頼んだだけだ。
その効果もあり、客足は爆発的に増えた。やはり可愛い子は正義だ。
そして、パンを口に運んだ人々は口を揃えてこう言う。
「こんなに美味しいパンを作る店があったなんて!」
所詮店主の見た目なんてのは第一印象に過ぎない。一度この味を知ってしまえば、絶対にまた食べたくなるのだ。
それにグラン自体も見た目は怖いが、話してみれば気前のいいおっさんだ。以外と涙もろいところもあるしな。
一週間も客引きをすると、『バレット・バケット』は毎日売り切れで買えない人が出るほどに人気の店となった。噂が噂を呼び、今では女の子目当てでなくパンの味に惹かれてくる客が殆どになった。
こうなれば、俺たちはお役御免だ。グランは足りない人手を補うために、アルバイトの募集も始めると言っていた。
「ずいぶん人気になったねえ。売り切れであたしが買えないなんてことにならないといいけど」
「その時は、グランが追加で焼いてくれるだろ。繁盛するきっかけを作ってやったんだしな」
「逆に言えば、きっかけさえあればここまで繁盛する店だったってことさね」
「まあ、あれだけ旨ければなあ。……にしても、どうやったらプレーンであそこまで旨くなるんだか」
「意外と、愛情とかが隠し味だったりしてね」
「そんな莫迦な」
俺たちの会話など聞こえていないのだろう。グランは嬉しい悲鳴を上げている。
この店は『バレット・バケット』。王国一有名で、王国一旨いパンを焼くと言われる店。
戦争が残した傷跡と一緒に、思い出を届けるパン屋さん。
手紙の最後には、こう綴られていた。
『私はもういないのだろうけど、貴方の作ったパンには私との思い出が詰まってるでしょ? それはどんなものにも代えられない調味料となって、貴方のパンに味をつけてくれるはずよ。だからお願い。ずっと私たちの夢だったパン屋さんを、どうか、どうか貴方の手で。
エリシェ・ヴァリスタ』
こういう話を書いてみたかった。
お分かりかも知れませんが、よければ小さな荷物がなんだったのかも想像してみて下さい。




