43話 捨て駒
「のう、主様よ。そこは護衛を引き受けるところではないのかの?」
いち早く驚愕から復帰したフィーアが俺に尋ねる。
「あたしもそう思うよ。今の流れで断るってのは、なかなかに空気が読めてないんじゃないかい」
オルタもそれに賛成し、やや批難を含んだ事を言う。
「まあ、そう焦るなよ。何も護衛をしないとは言ってないんだ」
俺が断ったのには理由がある。といっても、そんなに大した理由ではないのだが。
「護衛って事は、俺たちの行動がエンゼリカたちの行動に左右されるって事だろ?」
「まあ、そうなりますわね」
護衛という性質上、エンゼリカたちの行動に合わせて俺たちも動かなければならない。俺にとってはそれが嫌だったのだ。
ただでさえアイティルが明日からパーティに加わって慣れるまで大変なことが予想されるのに、それに加えて行動が制限されるとなると、かなり面倒なのだ。
「じゃあ、どうするってのさ」
俺の考えを聞いたオルタがどうするのかを聞いてくる。このまま断っておしまいとは考えていない様子だ。
「簡単な事だろ。二人が俺のパーティに入ればいい」
そうすれば、俺たちの行動に重きを置きつつも視察に必要なことはできる。基本的には森での狩りが今後しばらくのメインになってくるだろうからな。
「じゃが、立場的に難しいのではないのかの?」
フィーアが重要な事に視点を当てる。普通の王族であればその通りなのだが、今回はそこまで気にしなくてもいいのではないか、というのが俺の考えだ。
「エンゼリカは王に疎まれてるって話だったからな。視察の内容にそこまで期待してはいないんじゃないかと思うんだ。実際、大体の報告はラウリスがしてるだろ?」
「まあ、起こったこととその原因、これからどう推移していくかの考察くらいは……」
「というわけだ。今回の視察だって森に入ってその状況を見てくる位のことだろ? となれば、ギルドからの報告でも十分のはずだ」
俺の考えに、頷きながら聞いていたオリヴィアが同調する。
「ソーマ様の言うことは強ち間違っていません。視察で求められているのは大したことではありませんし、それこそギルド経由でも得られるような情報です」
「今になって冷静に考えれば、私は捨て駒に近い扱いだったのかもしれませんわね……」
悲壮さすら滲ませて、エンゼリカが呟く。彼女には悪いが、実際その考えで間違っていないとも思う。
聞けば、王の態度などからもエンゼリカを表面上は持ち上げつつも、具体的な支援などは特に無かったという。見聞を広めてこいという名目で、オリヴィアと二人でこの町まで飛ばされてきたのだ。
王国には空間術師がいるため移動はさほど苦労しなかったそうだが、これからを考えると溜め息もつきたくなるというものだった。
「側室の子が邪魔になった……か。貴族は怖いね。オリヴィア君の扱いはどうなんだい?」
ラウリスが独りごち、オリヴィアに質問する。
「私は騎士団でも有力な方ではありましたが、いかんせん女ですので。騎士団の中には私の力を羨み、失脚させようという動きをする者も少なからずいましたね」
なんでも、軍隊や騎士などは男性上位のところが多いらしい。貴族も跡継ぎは男子優先であったり、女性は住みにくい世界かもしれない。
「私がエンゼリカと仲がいいというのも理由にはあるでしょうが、いつまで視察を続けるのか明確になっていない辺り、私も消えることが前提かもしれませんね」
こちらは悲観的ではなく、状況を客観的に見ることができている。常に冷静で、物事の取捨選択が上手いのだろう。
故に今は騎士団に戻ることよりも、この現状でどうやって生活していくかに重点を置く方向で視点を定めたようだ。
「私は騎士団に拾われる前は冒険者でしたから、多少の心得はあります。パーティに入っても、何かと役立つかと思います」
どうやら、オリヴィアは俺の提案を飲んでくれるようだ。
「エンゼリカはどうするんだ?」
「私も、オリヴィアがパーティに入るのであれば一緒に行動しますわ」
これで一応話はまとまった。彼女たちの視察も考えての行動はするが、それありきにはならずに済んだというところだろう。
「じゃ、決まりって事で。それとオリヴィア」
「はい?」
急に呼ばれたオリヴィアは何事かと首をかしげている。
「俺のことはソーマ様なんてよそよそしく呼ばなくていいからな。ヤチヨでいい」
ずっと気になっていたのだ。彼女の立場というか、癖のようなものではあるのだろうが、フィーアに主様と呼ばれているだけでも実のところむず痒い気持ちになっていたりするのだ。
「ヤチヨ……様」
「……まあ、名字に様付けよりはマシか」
彼女はどうしても様をつけたいらしい。ここまで来ると無理に直すのも彼女の負担になるかもしれない。
そう考えていると、くいくいと袖を引かれる。
見れば、ヴェルゼがこちらを向いて何か言いたげだった。
「どうした?」
「……私も、ヤチヨ様って呼ぶ?」
「なぜそういう発想になったのかはわからんが、お前は今まで通りでいてくれ」
苦笑しつつ頭を撫でてやると、ヴェルゼは気持ちよさげに目を細める。周りに身内しか居なければもっと愛でていたのだろうが、生憎とここには部外者が多すぎた。
「仲が宜しいのですわね」
俺の行動を見ていたエンゼリカが、意外なことに羨ましそうに言う。
「お前も撫でて欲しいのか?」
俺が問うと、またしても顔を赤くして慌てたようにそっぽを向く。ゆさゆさと揺れるドリルは、猫でもいれば飛びついていただろう。
「ぶ、無礼ですわよ。……私には、恋仲の人なんて居りませんでしたもの」
「王族だろ? 婚約者とかいたんじゃないのか」
「居りましたけど、所詮は政略結婚の相手ですわ。恋仲とはほど遠いものでしたもの」
それに、と続けてエンゼリカは言う。
「その方、政界では有力者でしたけれど、汚職が発覚して失権、一族郎党が底辺の地位になりましたわ」
「それはなんというか、ご愁傷様としか……」
王族だということで色々気負わなければならなかったり、恋愛もままならなかったり。彼女も苦労しているのかもしれない。
ずいぶんとしおらしくなったエンゼリカは、改めて見ると王族なだけあって美人ではあると思う。手入れのされた金髪は丁寧に巻かれているし、翡翠色をした目は見る者を魅了する。高慢ちきな性格さえないのなら、相当に魅力的な女性だろう。
立場というものに邪魔されて、その魅力が誰かに伝わることはなかったのだろうが。
「まあ、これも私の運命ですわ。今更気にしてなんていませんの」
半分くらいは強がりだろうが、もう半分は本音だろう。
「エンゼリカも昔は『私の事をわかってくれて、大切にしてくれる王子様と結婚するの!』なんて言っていたものです。王女なのですから、王子とは結婚できないのに」
「過去の話を持ち出すのは禁止ですの!」
「それがわかった後は英雄様に憧れていましたもんね」
「ちょ、それ以上はやめなさい!」
オリヴィアの暴露に、エンゼリカが慌てて黙らせようとするが間に合っていなかった。
そんな彼女たちを見ていると、自然と言葉が零れる。
「お前らも、本当に仲がいいんだな」
「「ええ。当然です(でしてよ)」」
ハモった彼女たちはお互いの顔を見合わせ、ぱちくりとまばたきしてから笑い合っていた。
なんだかんだで俺のパーティに二人が加入することになり、厄介事の香りがしつつも一応は落ち着いたと思う。
オリヴィアが俺の剣を指導してくれるのに加え、エンゼリカも魔法の事なら教えてくれるそうだ。主にコントロールの面でお世話になることだろう。
オリヴィアは属性剣も使えるそうで魔法剣士として一種の完成形に近いらしく、身近なところに目標ができるということで、俺のモチベーションもかなり上がった。
代わりに俺たちは一緒に森に入って視察という名の狩りをするわけだが、彼女たちの実力ならなんの問題も起こらないだろう。
まずは俺の実力を上げることと、明日からのアイティルの参加によるごたごたを片付けるところからだ。
ちなみにだが――
「そう言えば、二人はどこで暮らすんだ? パーティで行動するとなると、どこかで待ち合わせる必要があるよな」
「それが、まだ決まってませんの。本来ならギルドに紹介してもらうつもりでしたので」
「ふむ。今から手配となると、ちょっと厳しいかもね。悪いけど、今日のところはオルタナ君のところでもいいかな」
「あたしの家は空き部屋がまだいくつかあるからいいけど……。お偉いさんを泊めて平気かい?」
「私たちなら気にしませんのよ。それに、身分なんて今更ではなくて?」
「まあ、ヤチヨは途中からタメ口だし、今更と言えば今更なんだけどね……」
「夜はちと家鳴りがするかも知れぬが、そこは承知しておいて欲しいのじゃ」
「その忠告をお前がするのか、フィーア」
「今日は妾の番じゃからの」
「ヤ、ヤチヨ様は、皆様とそういう関係なので……?」
「いや、ヴェルゼとだけだから……って何言わすんだよ!」
ということがあったとか無かったとか。
王女様、特徴的な口調のお陰でしゃべらせやすい




