41話 厄介事からは逃げられない
ゴブリン狩りは、拍子抜けと言っていいレベルの難易度だった。
それもそのはずで、ラウリスに言わせれば俺たちの力自体は最低でもCランク以上。それに対して、ゴブリンの討伐はDランクの初歩レベルの依頼なのだ。これで手こずっているようでは、今後の依頼に支障が出るのは間違いない。
そんなことを思いつつ、俺たちに気づいて陣形を組みながら突進してくるゴブリン三匹を火炎の魔法でまとめて焼き払う。
狩猟系のクエストは討伐証明が必要なので、ゴブリンの耳だけを切り取りオルタがずた袋に入れていく。俺の袋に入れても良かったのだが、入れる際に汚れると面倒だろうと言って、オルタが請け負ったのだった。
魔法の袋の中は別の時空間につながっており、そこでは時間の経過がない。簡単に言えば、生ものは鮮度を保ったまま、物なら経年劣化しないまま保存できるということだ。ファンタジーな機能だとは思うが、その恩恵を受けられるのだから文句もない。
当然収納した物から液体が染み出したりということもないのだが、それは収納した物に限る。オルタの袋は血まみれなのだが、それは収納する際に袋の外側に血液が付着してしまっているためだという。
生活魔法に浄化という魔法――前にしれっとヴェルゼが使っている――があるが、魔法の袋は特殊な材質でできているために魔法の効果を受け付けず、浄化も効果を成さないために一度汚れるとなかなか落ちないのだそうだ。
そういうわけで、討伐証明部位は基本的にオルタが管理することとなった。
「にしても、ゴブリンくらいなら大したことないな」
「そりゃあ、あたしたちはすでにそんなレベルじゃないからねえ」
「妾の察知も機能しておるしの。ここであれば不覚を取ることはそうそうないのじゃ」
オルタとフィーアが俺の言葉に反応する。どちらの言葉も全くもって正しい。
特にフィーアの察知がとても便利だった。今まで日の目を浴びていなかったが、期待していた以上の成果を見せてくれた。
「む、今の戦闘で別のゴブリンが様子を見に正面から近づいてきておる。数は……五匹じゃな」
このように、大体の方向と敵の種類、数を把握できているのだ。距離もある程度わかっているようで、これまでの戦闘は出てきたところを魔法で狙い撃つだけの作業と化していた。
「ちょっと数が多いか?」
「中級魔法を使うほどではないけど、初級だけだと狩り逃しが出るかもね」
今までは大体二から三匹で行動しているようだったが、今度は五匹だ。範囲の小さい初級魔法では倒しきれないものが出るだろう。
「ならば、妾が魔法で減らした残りを請け負うのじゃ」
フィーアはそう言うと、血戒によって短刀くらいの長さに血液を固めていた。赤黒く、光を反射しないそれは相変わらず薄く、それでいて強度を持っているのがわかる。
「なんやかんやで、妾の戦闘のお披露目じゃの。とくと見るが良いのじゃ」
そう言ってフィーアが構えると、ゴブリンたちが正面の木々の間から姿を見せた。
魔法の種はすでにできあがっており、出てきたところを火炎で消し炭にする。同時に出てきた二匹を俺が、木の逆側から出てきた一匹をオルタが倒していた。
「やっぱり、時間差で出てこられると狩り残すよな」
「だねえ。にしても、本当に数の把握が正確だね」
仲間がやられたことに激昂してか、残る二匹のゴブリンが同時に突っ込んでくる。手にはこん棒の様な物を持っていて、道具を使う知能があることが窺える。
そこに、体を縮こまらせて力を溜めていたフィーアが飛び出していく。常人には到底出せないような初速でゴブリンの元まで一息に近づくと、持っている短刀を横一線に薙ぐ。
「ふっ――」
フィーアから短く息が吐かれると、右側から出てきていたゴブリンがドシャっと言う音とともに崩れ落ち、慣性で頭が転がっていく。
あの速度で動きながらも的確に首を狙い、硬い首の骨も物ともせずに刈り取ったらしい。
「――はあっ!」
フィーアはそのまま体重の乗った右足に力を込め、横っ飛びで左側のゴブリンに急接近すると返す刀でまたしてもゴブリンの首を刎ねていた。
「身体能力が高いとは聞いてたが、すごいな」
「そうさね。それに、いくら硬いとはいってもあの薄さじゃ上手く扱わなきゃ折れるだろうし、戦闘技術もかなりの物だと思うよ」
俺たちはただただフィーアの動きに圧倒されていた。今まで魔法中心に見てきたために、高次の近接戦闘など間近で見る機会がなかったのだ。どこかで大した物でもないだろうと思っていた俺は、その考えを完全に打ち消されていた。
「どうじゃった、妾の剣技は」
戦闘を終えたフィーアがゴブリンの耳をさくっと落として持ってきながら言う。
「ああ。血戒で作られたアレが剣なのかは微妙なところだけど、凄かったよ」
俺の言葉にフィーアが照れた様に頬を染めつつ、言葉を返す。
「そ、そうかの? じゃが、ギルドで会った者の剣筋を見てしまった手前、あまり偉そうにもできんのじゃ」
「俺も今のゴブリンみたいに首を刎ねられたからな。ほんと、災難だったよな」
「主様でなければ問題になっておった所じゃの。王女とか言われておった女もピーピーと煩かったのじゃ」
妾も一応姫じゃが、あの態度は無いのじゃ。などと言いつつフィーアが愚痴を言う。
「今頃ラウリスが忙しなく働いてるだろ。いい気味だな」
別に俺もラウリスが嫌いなわけではないのだが、どうにも食えない男が苦しんでいるのを想像すると少し胸がスカッとする。悪い奴じゃないんだけどな、ラウリス。
「でも、きっと後でギルドからお呼びがかかるだろうからね……。王国とはあんまり関係を持ちたくないんだけどねえ」
オルタは過去のことも相まって王国にいい印象がないようだ。一応指名手配については心配する必要は無くなったはずだが、それでも気にはなってしまうのだろう。
「ま、その辺は考えてても仕方ないだろ。それより、ゴブリンは今ので十五匹狩ったことになるけど、どうする?」
どうする、というのはこのまま狩りを続けるか、それとも戻るかということだ。森の中での戦闘という面で見ればそこそこ数をこなせており、慣れてきたように感じる。依頼としても最低討伐数が十匹からなので、すでに完了条件は達成しているのだ。
「そうだねえ。今日の依頼での目的の中心は狩猟系の依頼に慣れるってことだったし、それは十分に達成できたんじゃないかい?」
「うむ、妾としても森の魔物の特性はつかめてきたのじゃ。ゴブリン以外の反応も一応見ることができたわけじゃしの」
どうやらフィーアはゴブリン以外も見分けられているようだ。その中でゴブリンだけと戦闘になるよう移動を考えていたのだ。
これは一般人には到底できるわけがないことで、感覚の鋭いフィーアだからこそできる芸当であった。
「ヴェルゼは……聞くまでもないか」
傍らのヴェルゼを見れば、いつもの眠たげな目で俺を眺めているばかりだった。こういう時は大体俺に任せるということだ。
ヴェルゼも一応魔法を使えるのだが、積極的に使おうとはしない。俺の実力を上げることに傾倒しているというか、俺に何かしらのことがあった場合か、俺が頼んだときしか普段は使おうとしないのだ。基本は俺任せ、ということでもある。
ちなみに、現在では一時間事の口づけをしなくても契約は持続するが、もはや癖となったことを急にやめるのもなんだか落ち着かず、ハイタッチくらいの感覚でキスを交わしているのは変わっていない。
それを見ているオルタは呆れ顔だし、フィーアは羨ましそうに眺めているのだが、俺は見えていないフリをしている。身内以外がいるところではしないように心がけているが、身内の前でならさほど気になるわけでもなくなっていた。
そういうわけで目が合ったヴェルゼと軽く唇を合わせてから顔を上げると、フィーアが言葉を発する。
「主様よ。妾にも頑張ったらご褒美の接吻が欲しいのじゃ!」
「そのうちな」
このところ、と言ってもフィーアと会って数日も経っていないからこのところも何もないのだが、それでもごく直近のフィーアはこういった要求が増えている。
というか、今朝から明らかに増えていると思う。あまりぐいぐい来られると、俺の理性がいつまで保つか怪しい。
なので、なるべく簡単に受け流している。俺はこう見えても恋愛には時間をかけたいタイプだからな。ハーレムも悪くないとは思うけど、今の俺には手に余るのが目に見えている。
「で、結局町に戻るってことでいいか?」
半ば強引に話を変える。いや、話を戻す。
「そうだね、それでいいんじゃないかい?」
「妾も良いと思うのじゃ。しかし、ギルドへの報告は今日はやめておいた方が良いと思うのじゃ」
「それについては同感だ。討伐証明部位も魔法の袋に入れておけば腐らないし、明日以降でいいか」
今日受けた依頼は報酬が目当てでもないし、依頼の内容は一週間以内の討伐になっているから今日持って行く必要も無い。
そういうわけで、俺たちは町に戻ることにしたのだった。
◇
「初の討伐依頼だったけど、何事もなく終えられたな」
帰りに迷うなどということもなく、フィーアの先導で何の問題も無く帰ってくることができた。昼過ぎに北門を出て森に入った訳だが、現在は時刻にして午後五時頃だ。それほど大変だったわけではないが、そこそこの時間が経過していた。
森という性質上、太陽光から時刻を予測するのが難しくなっているというのもあるだろう。
「まあ、あたしは元Aランクだしね。フィーアの感知力も効いてたね」
「ああ、あれが無ければもう少し大変なんだろうな」
そんな話をしながら北門の門番に軽く挨拶をして町に入る。冒険者証を見せるだけなので、町の出入りも楽なものだ。
と、そこでこのところよく出会うヤツ(・・)が待ち伏せていた。
「やあ、お帰り。結構早かったんだね」
ギルドマスター直々のお迎えとは、俺たちも偉くなったものだ。
というのは冗談で、きっとあの王女と騎士の関係だろう。心なしか、ギルドを出発する時よりやつれているような気がする。
「ああ。出迎えてもらった手前で悪いが、俺たちはこのまま家に帰って休もうと思ってるんだ。初めての狩猟系依頼で疲れてるんでな」
心にも思っていないことをラウリスに言う。それに対してラウリスは手を広げて大げさに反応して、
「それはそれは。心苦しいけど、偉い人たちのお呼びでね。悪いけど同行してもらうよ」
逃げられはしないよとその糸目を薄く開いて、悪い笑みを浮かべる。こういう所がいけ好かない奴だ。かといって、本当に逃走を試みるわけにも行かないだろう。
俺たちは後回しにしようとしていた厄介事に、早速直面することとなったのだった。
しかし まわりこまれてしまった!




