38話 英雄
一人でこの世界を眺め続けるのがいかに暇か、とか、俺の特性のせいでリソースがーとか、女神の愚痴にしばらく付き合わされた後、一方的に話して満足したらしく解放された。
目を閉じている時の状態にもどったことで視界が暗くなり、曖昧だった感覚が戻ってくる。女神によれば、現実世界での時間は数秒しか経っていないとのことだった。
ゆっくりと目を開ければ、瞑る前と変わらない景色が広がっている。辺りを見れば、オルタもフィーアも祈りを終えてこちらへ近づいてきていた。
「祈りは捧げられたかい?」
オルタがそう尋ねてくる。彼女は何を祈ったのだろうか。
「いや、叶えて欲しいこととか祈るべきことがなかったから特には」
「じゃあ、何のためにここに来たんだい……」
呆れたような声を出すオルタに答える。
「一応、自称創造神の女神と話はしてきたけど」
「はあ?」
何を言っているんだこいつは、とでも言わんばかりの表情をされてしまった。嘘はついていないんだけどな。
そこに、見習い神官の少女が近づいてきて俺に問いかける。
「貴方は、創造神デミュル様に選ばれた者なのですか?」
初対面の人間が神に会ったとか嘯いているのを信じてしまう子なのだろうか。いや、本当に会って会話してきているわけだが、一般の反応としてはオルタのようなものが正しいだろう。
女神曰くこの少女は世界の破滅を食い止めるために必要らしく、俺の補助をしてくれるそうだが、今ここで色々と話していいのだろうか。
「あー、女神が何て名前かは知らんが、一応そういうことになる……のか?」
「ということは、世界の破滅を食い止める英雄様なのですね……!」
どうやら信じてくれるらしい。こちらとしては都合が良くてなによりなのだが、この子の将来が少し心配になる。
悪いおじさんとかに連れて行かれたりしないだろうな。
「英雄かどうかはわからないが、一応世界の破滅を食い止めるために動く気ではいるな」
「やはり英雄様なのですね! 神官様にお話しなくては」
何やら雲行きが怪しくなってきた。俺のことをあまり騒がれるのは宜しくないのだ。いずれ話が広がって大きくなるのはわかるのだが、今の時点であまり騒がれると今後の行動に支障をきたす可能性がある。
「あ-。それなんだが、俺のことは内緒にしておいてくれないか?」
「どうしてでしょうか」
怪訝そうな表情で、少女が小首をかしげる。
「なんというか、有名になりすぎると行動がしにくくなるから、というか……」
煮え切らない言葉になってしまうが、少女はなんとなく理解してくれたらしい。
「英雄様は謙虚なのですね。私、感動しました」
理解してくれてはいなかったかもしれない。
それでも、上に報告して話が大きくなるということは避けられたようだ。
一応この少女は俺の仲間にしないといけないらしいので、その関係で神官と話す必要はあるだろうが、その時は俺から神官に口止めしようと思う。なんとかなるだろ。
いずれにせよ、仲間にするためのきっかけは必要だろう。リリティカからのアドバイス通り、回復役を探しているという線で攻めてみようと思う。
「ところで、今俺のパーティには回復役がいないんだ。女神からの言付けで君が適任だと聞いたんだが、どうにかなるか?」
「私がですか? 回復魔法は少し使えますけど、私が得意なのは光魔法なのですが……」
女神の言っていたことは一応正しいらしい。光魔法の適正を上げてあるのは本当のようだ。
「そこはほら、優秀な神官を引き抜くと現場が大変になるだろ? 見習いの君なら、見聞を広めるという点でもいいかなと思って」
もっともらしい理由をつけて勧誘する。
「ええと……、お誘いは嬉しいのですが、私には権限がございませんので……」
やはり上との相談になるようだ。
「そうだよな。では、その権限がある人と話したい。取り次いでくれるか?」
「わかりました。今は巡回に行かれているので、もうしばらくしたら戻ってくるかと思います」
神殿に見習い一人になっている理由は、やはり巡回だったようだ。それほどかからないとのことだったので、ここで待つことにする。
「お茶を淹れますね。掛けてお待ち下さい」
そう言って少女は神殿の中の一角を指差す。そこは休めるスペースになっていて、ベンチとテーブルが備え付けられている。そこで待っていろということらしい。
「じゃあ、遠慮なく」
そう言って俺たちは四人で並んでベンチに座る。しばらくすると、少女がお茶を淹れてきてくれた。
「あまり良い茶葉ではないのですが、私たちがいつも飲んでいるものです」
そう言って差し出されたお茶は、日本で言う紅茶のようなものだった。一口含むと、鼻に抜ける香りが心を落ち着かせてくれる。味も紅茶と変わらないようだった。
「カミルティーじゃの。香りも良くてリラックスできるのじゃ」
フィーアがそんな言葉を漏らす。一応一族の姫だったそうだから、紅茶にも詳しかったりするのだろうか。
「お茶にお詳しいのですね。この周辺ではよく取れるので、ノスティではよく飲まれているお茶ですね」
カモミールをもじったような名前だ。味と香りもそれに近いだろう。仄かに甘い香りで、穏やかな味わいの紅茶だ。
日本に住んでいた頃は、色々と飲み比べてみたものだ。尤も、素人に毛が生えたくらいの知識しかなかったが。
「まぁ、家柄の。茶に触れる機会は多かったのじゃ」
そんな会話を皮切りに、お互いの話をする。いつものように自己紹介からだ。今まで名前を聞いていなかったからな。
アイティルと名乗った少女は、元々孤児であったそうだ。オルタも孤児だったと言っていたし、この世界にはそう珍しいものではないようだ。
幼くして光魔法の才があったのをこの町の神官の一人であるルコタに発見され、神官の資質があるとして拾われたらしい。
神殿の教えを受けつつ生活して今に至るそうで、回復魔法もその生活の中で使えるようになったらしい。
そんな話をしていると、神殿の入り口から人が入ってくる。
「戻りましたよ」
「ルコタ様」
アイティルが立ち上がって声をかける。どうやら、神官が帰ってきたようだ。
丁度話に出ていたルコタという神官のようで、眼鏡をかけた男性であった。
「おや、どうしました? アイティル」
落ち着いた口調でルコタが問う。それに対して、お客様ですと答えてアイティルは俺たちを紹介した。
「これはこれは。ノスティ神殿の第一神官、ルコタと申します。私にご用でしょうか」
「相馬八千代だ。ちょっと、そこのアイティルのことで相談がある」
「ふむ?」
内容が想像できないというような表情で続きを促すルコタ。まずは何から話すべきだろうか。
そう俺が迷っていると、アイティルが話し始める。
「ルコタ様。ヤチヨ様は破滅を食い止める英雄様です。祈りの際に、創造神様のお告げを聞いたと」
「英雄」
今までの落ち着いた態度を一変させ、訝しげにこちらを見やるルコタ。やはり普通に考えれば妄言であり、信用などできないのだろう。
「アイティルの言っていることは本当だ。面倒を起こしたくないから、あまりこのことは言いふらさないで欲しいんだが、俺は迷い人という奴でな」
「はあ、それで?」
「女神……創造神か。それによって俺はこの世界に送られた。で、世界の破滅を食い止めるようにその創造神に頼まれた」
信じて貰えないだろうが、まずは言ってみる。これで信じられても逆にこっちが困りそうではあるが。
「たまにそういった方がいらっしゃいますね」
やはり信じて貰えていないようだ。迷い人と証明する必要があるだろう。
「やはり信じて貰えていないみたいだな」
「それはそうでしょうとも。そもそも貴方は、破滅を食い止める方法をご存じなのですか?」
何やら、この男はそれを知っているような口ぶりだ。
あとで知ったのだが、食い止める方法として守護方陣自体は知っている人もいるのだとか。発動者がヘキサである必要があるために、机上の空論や妄言であると言われることの方が多いそうだが。
ともあれ、俺も知っているためにそれを答える。これで多少信憑性が出るといいのだが。
「知っているさ。守護方陣だ」
「ふむ、方法自体は知っているのですね。なら、その最低条件があるでしょう」
「全属性の魔法が使える必要があるんだろ? 俺はヘキサだ」
「ふふっ。では、その証拠を見せて頂けますか?」
まだ疑っているのだろう。どうせ無理だと高をくくっているようなので、わからせてやる。
俺はラウリスに見せたように、火から順に初級魔法を発動していく。飛ばす訳にいかないから、手の平で構成してから散らしてだ。これをやるのもそこそこ魔力がコントロールできないといけなくて、初めのうちは苦労したのを思い出す。
「む、これは……」
二種類まではにやついていたルコタも、五種類目を発動した頃には顔を青くしていた。
相変わらず光魔法の出力が安定していなかったが、こればかりは仕方ないだろう。発動しているだけよしとしたい。
全てを見せ終えると、ルコタは冷や汗を流して頭を下げていた。
「大変失礼いたしました。まさか本当に英雄がいらっしゃるとは露程も思わず……」
謝罪の言葉を並べるルコタだったが、俺としては信じて貰えればそれでいい。頭を上げるように促すと、本題に入る。
「それで、俺の光魔法は今見たところだな?」
「はい。ヘキサという時点で何者も及ばぬほどの力ですが、強いて言えば光魔法は安定していませんでしたね」
「そうだ。ちょっとした理由があってな。それでだ。創造神のお告げで、俺の光魔法を補助してくれる存在を教えて貰った」
本当は女神が創ったのだが。まぁそこまで真実を話す必要もないだろう。
「それが、アイティルだと?」
「話が早くて助かる。彼女は光魔法の才があって、創造神にも選ばれているというわけだ。加えて、今の俺のパーティには回復役が不足しているというのもある」
これも信じて貰えなければ意味がないことだったが、先のインパクトからか、ルコタは信じてくれているようだ。
「そうですか……。私としては構いませんが、アイティルはどう思っているんだい?」
「はい。英雄様に選ばれるなんて光栄は、先にも後にも今回のみでしょう。私にできることがあるのならば、そのつとめを果たしたいと思います」
「そうか。なら、私が言うことはない。存分に働いてきなさい」
どうやら、話はまとまったようだ。思ったよりもすんなりと受け入れて貰えてよかった。
「ああ、そうだ。俺が破滅を食い止めるために動いてるってのは、口外しないでほしい。目立って動きづらくなるのはごめんだからな」
釘を刺しておくのも忘れない。どれほどの効果があるかはわからないが、言わないよりはいいだろう。
「わかりました。水面下で動くおつもりなのですね。私としても、できる限りの協力をしましょう」
また勘違いされている気がしなくもなかったが、神殿の協力を得ることに成功していた。そこまで大きな組織でもないが、後ろ盾があるというのは心強い。
「しばらくはノスティにいるが、ある程度アイティルが馴染んだらまずは王国を目指す予定だ。いつ世話になるかはわからないが、その時はよろしく頼む」
こうして、女神の創った補助役が俺の仲間となった。先ずは王国に行って、守護方陣を習得しなければいけないと女神が言っていたので、明日から一緒に行動するというアイティルが馴染んだら移動する予定だ。
初めての旅になるから準備もしないといけないし、その前に剣の練習も必要だろう。アイティルが馴染むまでにどれほど剣が上達するかわからないが、やれるだけやってみようと思う。
世界の破滅を食い止めるなんて大役を任されたが、なんだかんだでなんとかなるような気がしてきた。
このまま順調にいけばいいが、順調じゃなくなったときのために、できることはやっておこう。
そう心に決めて、俺たちは帰路につくのだった。
ハーレム要因が増えました。多分。




