36話 信仰
神殿と呼ばれる場所は、ノスティの南に位置していた。これは人の出入りが南に多いことが理由している。
実質最北端の町であるノスティは、別の町との交流となると自動的に南側が中心となる。小さな町とはいえ、町と言える程度の大きさはあるノスティなので、利便性の面から北側は主に狩りや防衛などの戦闘行動を生業とするものが多く、行商や観光などの一時滞在が中心の人々は南側に多く立てられた宿屋などを中心に行動している。
神殿の位置もそれを考慮した配置になっており、信仰深い者が町に入ってすぐに祈りを捧げられるようにと南側の配置となっている。
神殿は名の通り神を奉り、人々が祈りを捧げたり信仰を深めたりする場所という認識で間違いないのだが、布教を積極的に行うものではないことが教会との違いである。
この世界にはいくつかの神を主神とした宗派がある。といっても宗教を巡って争いが起こるような物ではなく、神を信仰する中でもどの神を特に重視しているかという程度のもので、農夫ならば豊穣の神、鍛冶師ならば炎と技術の神といったように、自分の職業に合わせた信仰を持つ者がほとんどである。
神殿はこれらの神を奉り、教会はそれぞれの神に基づいた教えを布教しているわけである。
王国には大神殿と教会の両方があるそうだが、小さな町ではどちらか一方のみというのが主で、どちらもないという所もないわけではない。多くの献金をするほどの信者が少ない地域ではそういった傾向が強くなっていくらしい。神殿も教会も、神を信仰する人がいなければやっていけないというのは同じなのである。
前置きが長くなったが、ノスティの神殿はそこそこの規模を持っている。なぜかと言えば、ノスティは魔物の住む森が近くにあり、その被害が度々あるためだ。
オークキング級のものは今まで出てきたことはなかったが、狼型の魔物が群れで町付近まで出てきたりということは年に数回くらいの頻度で起こっているのである。
ともすれば、人々がそういった脅威に対して信仰という形での救いを求めようとするのはさほど間違った行動ではないのかも知れない。実際に救われているかは別として。
いずれにせよ、八千代たちは神殿に到着したのだった。
◇
「ここが神殿か。結構大きいな」
「ヤチヨたちは来るのが初めてだからね。あたしは見慣れてるけど、初めて見る人には大きくみえるかもね」
俺たちは神殿に着いていた。おっさんが気をつけろなんて言うから何かあるかと思ったのだが、そんなことは全くなかった。
神殿の外観は、白い立派な建物だという印象だ。大理石というのだろうか、真っ白な石膏を思わせるような色の支柱が幾つもそびえ、そこが神聖な場所であるということを強調していた。
「信仰する人が多いみたいで、そこそこの規模の神殿になってるそうだよ。他の町や国じゃここまで大きくはないね」
オルタの解説を聞きつつ、中に入る。中は天井が高く、奥に数体の像が見える。これも真っ白な石でできているようで、最奥に嵌められた青を基調としたステンドグラス越しの光がそれらを照らし、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
ふと目を隅にやると、まさしくファンタジーの神官といった服装の少女が一人、箒を持って清掃していた。その立ち振る舞いから見て、正式な神官ではなく見習いだろうとあたりをつける。
「で、来たは良いものの何をすればいいんだ」
前世では宗教など全く興味なかったし、せいぜい初詣でお参りするくらいだった。その時も人が多いと死にかけるようなイベントがままあったので、数日遅らせてお参りするのが常だった。
故にこういった場所での作法などに詳しくなく、オルタに尋ねたのだ。
「とりあえずはいくらかの献金をして、自分の信じる神の像の前で祈るのが一般的かね」
と、この世界での一般的な神殿での作法をさらっと説明するオルタ。俺としてはお布施という言葉がしっくりくるのだが、どうやら献金と言うらしい。
すると、俺たちの声に気づいたのか、見習い神官の少女がこちらへ近づいてくる。
「気づかずすみません。ご用件は何でしょうか?」
小さな声だが、しかしはっきりと聞こえるのはここが静かなためだろう。髪は神官服に隠れているので確認できないが、黄金色の瞳がこちらを捉えていて色素の薄さを感じさせた。
「ああ、お祈り……ってことでいいのかな」
いかんせん初めてなため、曖昧な返答になってしまう。それに対して少女は頷くと、両手の平の上に布を乗せ、こちらに差しだす。
「お心を……」
どうやら献金のことを指すらしい。"心付け"にちなんでいるのだろうか。そのまま献金とか募金とか言わないのは、金品の無心をしているように思わせないようにという配慮だろう。
献金の金額は人それぞれらしく、それこそ自分の心に基づいてとのことらしい。オルタは百ドルグほどを布の上に置いていたので、それに倣って俺も百ドルグを寄付する。大銅貨一枚だ。
少女は無言で礼をした後器用にそれらを包んで、腰に下げた袋のようなものにしまうと、スッと一歩下がり、
「神々の信徒に、その祝福の在らんことを」
一言、そう告げるのだった。
ヴェルゼとフィーアはいいのだろうかと思ったのだが、どうやら俺とオルタの二百ドルグで十分らしい。むしろ、百ドルグだけで四人分でも普通なくらいだとオルタにあとから聞いた。
前世では一人一人が賽銭を投げていたような気がするので全員が献金する必要があると思ったのだが、この世界では代表者が一人献金すればそれで済んでしまうのだとか。
尤も、神殿側としてはくれるものは貰っておきたいというのがあるため、無理に止めることもなかったようである。逆に言えば無理に払わせることもないらしく、貧困層でも祈ることはできるのだそうだ。
「そんじゃ、とりあえずお祈りしとこうかね」
そう言いつつ、オルタは迷いなく一体の像の前まで歩いて行く。彼女なりに信仰している神なのだろう。
像の前に置かれた神の名と説明を見てみると、
『タルタロス――地獄・奈落の神』
と書かれていた。死霊術師であるオルタとしては馴染み深いのかもしれない。信仰されるような神なのだろうかと疑問を抱いたが、考えてもわからなかったのでそういうものだと強引に納得する。
「入り口からだとあんまり見えなかったけど、結構な数の神様が奉られてるんだな」
改めて見ると、十以上の像があることにやや驚く。この中から自分に合った神を見つけるのだろうか。
そう思っていると、俺の言葉を聞きつけたのか見習い神官の少女が近づいてきて言う。
「この世界は各神の存在によって成り立っています。森羅万象には神の存在が不可欠であり、どんな断りにも神は存在しているのです。故に、多くの神が奉られております。それこそ、ここに奉られている神以外にも沢山の神が」
どうやらここに奉られているのも一部の神だけらしい。自分の信仰している神像がない場合は、代わりにステンドグラスの上に掘られた壁画に祈るそうだ。
枯れた花と咲いている花が絡み合っている壁画で、生死や盛衰、ひいては輪廻を象徴しているらしい。
一通り神像を眺めて、よさげな神様がいなかったら壁画に祈ることにしようと決めて、神像を軽く見て回る。
豊穣の女神やら、戦の神、酒の神なんてのもいたが、その中でも一つの像に目が留まった。
『ペルセポネ――死を司る神』
そう説明された像は、どこかヴェルゼに似た感じを受けた。
隣で俺の腕を取っているヴェルゼを見れば、何やらこの像をくまなく眺めている。
そして――
「私の方がかわいい」
と、罰当たりなことを言うのであった。
ペルセポネは冥界の女王というのが本来の位置づけのようですが、そこはご都合主義ファンタジーということでひとつ。
ヴェルゼの名前の由来は"ペルセ"ポネから来ております。安直。




