33話 騒動翌日
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窓から暖かな陽光が差しているのを感じる。心地よい気だるさに包まれながら、俺は朝になったことを肌で感じていた。
結局眠りについたのは明け方近くだった。ヴェルゼはいくらでも受け止めてくれていたし、俺もなかなか萎えることがなかったからな。睡眠時間的にはあまり取れていないはずだが、不思議と寝不足な感じはしなかった。
目を擦りながら隣を見れば、一糸まとわぬ姿でヴェルゼがこちらを眺めていた。どうやら、俺の寝顔を観察していたらしい。フィーアも似たようなことをやっていた気がするな。
朝から刺激的なものを見せられて俺の中の獣が首をもたげそうだったが、どうにか押さえつける。日差しからして普段起きる時間はとうに過ぎているようだったからだ。
「ん……オルタは朝食に呼びに来たか?」
ほぼ習慣と化している朝の口づけを軽くしつつ、ヴェルゼに尋ねる。
「時間は過ぎてるけど、今日は来ていない。多分気を遣っている」
恐らくだが、昨夜俺たちが何をしていたかということは、オルタにもフィーアにも筒抜けだろう。
なぜならば、この家の壁はそこまで厚くないからだ。ベッドも軋むし、ヴェルゼの嬌声だって最後の方は遠慮なしだった。
そういうわけもあって、俺が寝たのが遅いことを知っているのではないか、と推測しているわけだ。そしてその推測は恐らく正しい。
「あー、ちょっと悪いことしたかな。気を遣わせることになっちまってるな」
「大丈夫。二人とも興味津々」
ヴェルゼが言うには、二人して聞き耳を立てていたとかなんとか。俺は全く気づかなかったが、ヴェルゼにはそれがわかるらしい。なぜだ。
「とりあえず、服着て飯食うか。流石に腹減ったわ」
「寝る前にいい運動したから。ある意味当然」
生々しいことを言うヴェルゼ。二人でいるときは、こういった軽口もよく言うのだ。
それに対して苦笑して、俺たちは着替えてから居間へ移動した。
「おや、起きてきたね。もう少し遅くなると思ってたよ」
部屋から出てきた俺たちに声を掛けてきたのはオルタだ。やはり朝食の準備はできていた。
「遅くなるってどういうことだよ」
「いやね。起き抜けの一回というものが――」
「あーはいはい、しないからな」
やはり獣を押さえつけて正解だったようだ。その時にはまた聞き耳を立てられていたかもしれない。聞いて面白い物だとも思わないが、かといって聞かれて嬉しい物でもないからな。
そう言ってオルタの言葉を遮りつつ食卓に着く。すると、今度はフィーアが何やら話しかけてきた。
「のう、主様よ。ヴェルゼとのナニはどうじゃったのじゃ?」
直球のセクハラ発言である。仮にも俺を主と言って仕えていることになっているのだから、この発言はどうなのだろうか。しかし、ここで変に装ってもそれをつつかれて面白くないことになりそうだったので、敢えてこちらも直球で返すことにする。
「ああ。最高だったぞ。天にも昇るとはあの事だな。まぁ、ちょっと腰が痛くなるのが大変と言えば大変だが」
「ほう、それはそれは。主様も男になって逞しくなったようじゃの」
俺の返答が気に入ったのか、フィーアはニヤニヤしながらそんなことをのたまっている。奇をてらって直球で返したが、フィーアには効果なしだったようだ。
しかし、俺の直球は別の所に直撃していたらしい。
「て、天に昇る……。それで腰が……腰……」
オルタである。先ほどの軽い冗談は何処へやら、顔を真っ赤にしてうわごとのように何か呟いている。免疫がないのなら自分から話を振るのやめたらいいのにな。
そこに、珍しくヴェルゼが話に参加する。
「ヤチヨ、疲れるのなら次の時は私が上に――」
「あーはいはい、食事中だからなー」
オルタはさらに顔を赤くしてあわあわと何か言っているし、フィーアは何やらしきりに頷いている。こんな朝から下世話な話で盛り上がるのもどうなのかと思うので、強引に止めに入る。
「そうじゃ、主様よ」
話を仕切り直すようにして、フィーアが真面目な顔をして俺に話しかけてくる。
「なんだ?」
「主様の最初の伽はヴェルゼが、という約束での。それが済んだのじゃから、今夜は妾と――あうっ」
「食事中だって言ってるだろうがこの駄吸血鬼が!」
全く仕切り直されていない内容に、俺の右手から高速のデコピンが炸裂するのだった。
主様に仕置きされるのもまたよいかもしれぬ……。などと言って額をさすりつつ新たな道を開きかけているフィーアは放置して、さっさと朝食であるパンとベーコンを胃に収め、今日の予定を話し合う。
「ギルドからの恩賞の受け取りはまだかかるらしいし、武器が仕上がるのも明日か明後日だろ? 今日はどうする?」
「そうだねえ。とりあえずはリリィの所に行って進捗でも聞きに行ったらどうだろうかね」
「あー、納品はギルドだったもんな。急ぎの案件だし、確認の意味も込めて行ってみるか」
冒険者ギルドも近いから、薬の状況を確認できたらその後は簡単な依頼でも受ければいいだろう。それと、おっさんから受け取った剣を潰してしまったから、それの報告にも行くべきか。
そうと決まれば、行動するのみだ。家にいても特にやることがないからな。
家を出て、見慣れた道を四人で歩いて行く。ギルドや薬屋がある中央街まではそう遠くはないが、徒歩だと多少の時間はかかるため、会話しつつだ。
「それで、さっきの話の続きなのじゃがな」
「まだ言うか」
フィーアはなぜかそこに執着しているようだった。
「当然じゃろう。なにせ、妾は助けられた身であるというのに、その恩をまだこれっぽっちも返せておらんのじゃ。むしろ、昨日の生屍なぞは斥候だと言うのに察知もできず……」
「そんなこと気にしてたのか。生屍については相性が悪かったんだろ? 気にすることないって」
「じゃが、それでは妾の存在価値がないではないか……」
何やらひどく落ち込んでいる様子だ。まだ活躍の場がないだけで、俺としてはこれからの動きに期待しているのだが。
「まだ二日くらいだろ。これからに期待してるから、そう落ち込むなよ」
「ヴェルゼもオルタも、主様に貢献しておるのじゃ。それを見ておるとのう……」
だからといって、夜の相手でそれを補おうというのも違う気がするのだが。彼女としてはそれも貢献の一つなのだろうか。
「まぁ、妾が主様と寝たいだけと言うのも半分くらいあるのじゃがな。正直、ヴェルゼが羨ましいのじゃ」
「ぶっちゃけたな、おい」
なぜかフィーアの好感度もヴェルゼの時と同じく振り切っているようで、もしかするとそう時間が経たないうちにヴェルゼと似たような関係になるのではないか、という考えが浮かんだりもしているのだが、今のところ見て見ぬふりをしている。
俺の勘違いということもあるだろうし、まぁなるようになるだろうというのが大きい。
「主様とヴェルゼはらぶらぶじゃもんなー。今だって手とか繋いでおるもんなー」
落ち込んでいたのではなかったのか、俺とヴェルゼの仲について言及し始めるフィーア。
「まぁ、半年ずっとこうだった上に想いも伝えたからな。……今更という感もあるけどな」
「惚気か! 羨ましいのじゃ!」
そう言いつつ、空いている側の腕を取るフィーア。ヴェルゼが怒るかと思ったのだが、何やら受け入れている様子なので放っておく。別にフィーアが嫌いなわけではないし、好意を寄せられて嫌な訳もない。
ヴェルゼに対して不誠実ではないかと思われそうだが、当のヴェルゼが許容しているのだからいいだろう。
我ながら謎の理屈だが、男なんてそんなものである。もちろんヴェルゼが嫌がっていたら、俺はしっかりと拒絶するつもりだが。
そんな光景を眺めているオルタが何やら言いたそうだったが、結局何も言わなかった。そうこうしているうちにリリティカの営む薬屋に到着したということもある。
「着いたな」
「そうだね。薬ができあがってるといいけど」
そう言いつつ俺たちは扉につけられた鈴を鳴らしつつ店に入っていく。すると、リリティカが鈴に反応して店の奥から出迎えてくれた。
「これはこれは皆様。その節は助かりました」
どうやらその言い方からして、魔力草の納品は済んでいるようだった。
「その口ぶりから察するに、納品は終えてるみたいだね。薬の方はどうだい?」
「ええ。薬も流行病用の物は昨日のうちにほとんど作り終えまして、すぐに必要な人達には行き渡ったはずです」
「相変わらず仕事が早いね」
どうやら流行病に対する薬は作り終えて、病に苦しむ人達に行き渡ったようだ。防具屋のミシュレイもこれでひとまず安心か。
「必要な物を優先しただけですよ。他の薬が後回しになっていますので」
謙虚な態度だが、実際その仕事は早い。薬を作るのもなかなかに大変で、下処理やら調合やら、気を遣う作業が多くあるそうなので、一つ作るだけでも相応の時間がかかるはずなのだ。
「それでもすごいとは思うけどな。あと、報酬に色をつけてくれてありがとうな」
相場の倍ほどの報酬を出してくれたことにもお礼を言っておかねばならない。依頼主と受けた側は対等な立場ではあるが、今回は俺たちが多めに得をした形だ。
「いえ、困ったときはお互い様です。急な依頼だったので、それも加味しているんですよ。正直に申しますと、受けて下さる方が少ない依頼ですので、あれでも足りないくらいだと思っております」
「ああ、ランク云々でか……。大変だな」
「はい。ですので、足りない分の報酬は私がヤチヨ様のパーティに入ってお返ししようかと」
「え?」
「冗談ですよ。見たところ、皆様かなり優秀なようですしね。回復魔法を使える方がいらっしゃらなそうなのがネックでしょうか?」
急に言われてかなり驚いた。どうやら彼女なりの冗談だったらしい。というか、メンバーを見ただけで回復魔法持ちがいないとわかる辺り、やはりこの人は相当の手練れだと思う。
「私が入ればそれこそ回復役として適任かもしれませんが、いかんせん私にはこの店がありますので。自分で言っておいて申し訳ありませんが……」
「いやいや、本気にしてないからいいって。それに、報酬も十分貰ってるから」
慌ててフォローする。この人は本当にいい人みたいだ。
「助言と言うのもお粗末ですが、神殿に行ってみてはいかがでしょうか。神官は無理でしょうが、見習いくらいならば経験を積むという名目でパーティに入って下さるかもしれませんよ」
そう言えば女神が神殿でどうたらこうたら言っていたような気もする。この半年間まるで思い出さなかった。いや、正確には指輪の辺りで一度思い出したのだが、またすぐに忘れてしまっていたのだ。
いい機会だし、神殿に行ってみるのもいいかもしれないな。
「ああ、ありがとう。前から行こうとは思ってたんだが、忘れてた。丁度いいから行ってみるよ」
「回復は大切ですからね。もし入って頂けなければ、その時は私の店の薬を使って下さいね」
うまいこと自分の店の宣伝も入れてくる辺り侮れない。とりあえず確認は終わったので、おっさんに剣のことを話したら神殿に行ってみるとするか。
「あ、もし宜しければミシュレイの所に様子見に行って頂けると嬉しいです。一応薬は渡したので大丈夫でしょうが、私は薬を作らなくちゃで店を出られなくて」
「わかった。ついでだし確認してみるよ」
俺も地味に気になっていたところだ。いや、変な意味ではなく。
「ありがとうございます」
「じゃ、また何かあれば来るよ」
「お待ちしております」
そう言って店を後にする。頼まれてしまったし、ミシュレイの所に先に行くか。
そう思って、斜め向かいの防具屋に入る。すると出迎えてくれたのは――
「はいはーい! いらっしゃいませ! ミシュレイ防具店へようこそ!」
初めて出会った時のぐったりした姿からは想像もできないほどの快活な挨拶でこちらへ駆け寄る、頭にバンダナを巻いた女性――ミシュレイであった。
忘れ去られた女神様。正直作者自身忘れておりました。




