32話 長い一日
ブックマークが100を超えました。嬉しさに小躍りしております。
これからも頑張っていきたいです。
睡眠から目覚めるときのように、ふっと意識を取り戻す。どうやら、気を失っていたらしく、俺の体は横たえられていて頭の下に柔らかな感触を受ける。
気絶する前の壮絶な苦しみは完全に消えており、どうやら死に至ったのだと理解する。自分の感覚が取り戻されたことで死んだと理解するのもどこか矛盾しているけどな。
ともあれ、状況を確認しなければならない。オークキングは倒せたのだろうか。そう考えて、閉じていた目を開ける。
日の光が眩しく顔を顰めながらも最初に見えたものは、例によって俺の顔をのぞき込むヴェルゼであった。
「……気づいた」
俺が目を覚ましたことに対して、ヴェルゼが反応する。俺はヴェルゼに膝枕される形で横になっており、髪を撫でられていた。
普段は俺が撫でる方なのでたまには悪くないかな、と思う。
「しばらくかかったね。大丈夫かい、ヤチヨ」
ヴェルゼの声を聞き、心配そうにオルタが話しかけてくる。どうやら俺はしばらくの間死なずに気絶していたらしい。
「ああ、今はもうなんともないぞ。属性剣を放ってすぐ気絶したから、痛みもそんなに長くはなかったな」
名残惜しいがいつまでも横になっている訳にはいかなかったので、体を起しつつ答える。俺の返答を痛々しそうな表情で聞いていたのはフィーアだ。目尻に涙すら浮かべている。
「主様よ、本当に大丈夫なのじゃな?」
一応フィーアにも殺された経験はあるのだが、あのときは苦痛のないようにしてもらっていたし、今回のようにややスプラッタ気味な状態にもなっていなかった。恐らく俺の体はあらぬ方向へひしゃげていただろうから、それを見ていて心配になったのだろう。
というか、そんな状態の俺をヴェルゼは再生するまで膝枕していたのだろうか……。
「大丈夫だって。生き返ったときには全快の状態になるからな」
つくづく便利な力だと思うが、死ぬのは変わりないのだ。それに伴う恐怖や痛み、苦しみは軽減されないため、率先してこの力による回復はしたくない。
「むぅ……ならばよいのじゃが」
そうは言いつつもフィーアはまだ心配そうだ。安心させてやるために、近づいて軽く頭を撫でてやる。
目を細め、気持ちよさそうに撫でられているフィーアは猫のようで非常にかわいい。以前こんな感想をどこかで抱いたような気もするが、はて。
「それよりも、オークキングはどうなったんだ?」
今の状況からしてなんとかなったのだろうが、きちんと確認しておく。手はフィーアを撫でたままだ。
「奴なら、光に飲まれて完全に消滅したよ。死霊たちももう騒いでないね」
これが残ったけどね、とオルタが何かを差し出してくる。正八面体というのだろうか、角張った石というかガラスというか、赤みがかった色の結晶だ。大きさはピンポン球より少し大きいくらいだろうか。
「これは?」
「魔石だね。恐らく、オークキングの強い意志がこれに宿っていたんだろう。それが原因で生屍化したんだと思うよ」
強い魔物はこのような魔石を体内に持っていることがあるそうだ。冒険者ギルドで買い取りもしていて、大きさや貯蓄魔力量で値段が変化するらしい。
「オークが襲撃してきたときに回収しなかったのか?」
「あの時は、あんたの放った魔法が強力すぎてあの周辺にしばらく近づけなかったんだよ。魔素溜まりもできて、魔物が出現しやすくもなっていたしね」
それらが収まるのに一週間ほどかかったそうだ。その頃には生屍化が済んでいたのではないか、というのがオルタの推測だ。実際、ギルドの人が確認しに行ったそうだが何も見つからなかったんだとか。
「一週間で生屍の出来上がりか……。結構早いんだな」
「普通ならもう少しかかるんだろうけどね。魔素が濃くなっていたのも一因だと思うよ」
普通は長らく放置した死体が主に生屍化するらしいので、今回のようなことは本当に珍しいそうだ。
「そんなものなのか。まぁ一応退治はできたんだし、よしとするか」
「そうだねえ。それに、予想してなかった収穫もありそうだよ」
言いつつ、オルタは徐にしゃがみ込むと、足下に生えていた草を引き抜きこちらに見せてくる。
「ここらに生えてた魔力草の若いやつ。ヤチヨの魔法の残滓でみんな使えるレベルになってるよ」
「本当か?」
なんでも、光属性魔法と魔力草とは相性がいいらしく、その成長を促すことがあるのだとか。この周辺は俺の放った魔法によって魔素が他の場所よりは濃いこともあって、その吸収率がよかったらしい。
「これで森の方まで行かなくても良くなったね。戦闘はあって大変だったけど、思わぬ収穫もあった」
オルタはそんなことを言っている。正直、リスクとリターンが全く見合っていないわけだが。それでも何もないよりはマシなので、素直に喜ぶべきだろうか。
「とりあえずは採集して、リリティカの所に持って行かないとな」
流行病の原因は絶たれたが、感染した患者はまだ多くいるはずである。そこから別の人に伝染らないとも限らないし、早く持って行くに超したことはないだろう。
そうして、俺たちは規定量になるまで魔力草を採集して冒険者ギルドへ持って行くのであった。
◇
「はい。リリティカ様より依頼されていた量の魔力草の納品を確認しました。こちらが報酬になります」
魔力草の納品は、採集の依頼にしてはそこそこの金額の報酬を貰えるようだ。採りに行くのが大変だということもあるが、急なことだったと言うこともあってリリティカが色をつけてくれたようだ。
その報酬は、金額にして千五百ドルグ。日本円換算で一万五千円ほどだろうか。普通の採集依頼は相場が七百ドルグ前後なことを考えると、倍以上の報酬だ。
「それと、これの買い取りもお願いしたい」
そう言って、オルタが魔石をカウンターに置く。それを見た受付のお姉さんは、やや訝しげな表情でオルタに問う。
「結構上質な魔石ですが……これをどこで?」
「森に行くまでの草原でだねえ。と言うのも、オークキングが生屍化してたんだよ。魔石の回収が遅れたせいだろうね」
オルタが答えると、お姉さんは焦ったようにして質問を続ける。
「そ、そうでしたか。では、この魔石はその生屍化したオークキングから?」
「そういうことだね」
オルタが肯定すれば、お姉さんは少しずつ青ざめていく。拙いことでもあったのだろうか。
「しょ、少々お待ち下さい」
そう言って奥に引っ込んでしまった。慌てた様子から、ギルドマスターを呼びに行ったのではないかと推測する。
しばらくして出てきたのは、予想通りギルドマスターであるラウリスだ。見慣れ始めた胡散臭い眼鏡男である。
「生屍化したオークキングが出たとのことだけど、詳しく話を聞かせて貰えるかな?」
開口一番、珍しく真剣な口調でラウリスが尋ねてくる。それに対して頷いて、オルタが起こった出来事を順に話していく。
「――というわけで、オークキングを倒してから魔力草を採ってきたってわけさね」
「そうだったのか……。町にそのオークキングが来ていれば、大被害は免れなかったろう。感謝するよ」
一通りの話を聞いたラウリスは、心底安心したように例を述べる。それもそのはずで、光魔法の効かない生屍である。それもオークキング級の魔物の。町が襲われたときの被害を考えれば、誰だって青ざめるだろう。対処のしようがないのだから。
「ひとまずは、その魔石の査定だね。その後、町を守ってくれたということで恩賞が出るだろう」
とラウリス。魔石の査定はすぐ終わるそうだが、恩賞については偉い人と話すことがあるとかで、しばらくかかるそうだ。恩賞とは言っても依頼の報酬のようにお金をくれるだけだそうなので、あまり構えなくてもいいとのことだった。
結局、魔石の買取額は五万ドルグだった。本日だけで五万千五百ドルグの稼ぎである。
ちなみに、この世界での貨幣としては硬貨が主だ。銭貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨が主に流通している硬貨であり、それぞれ一、十、百、千、万、十万、百万ドルグとして扱うそうだ。その上の桁の硬貨もあるらしいが、滅多にお目にかかることはないそうなので割愛する。
本日の稼ぎを硬貨に直せば、大銀貨五枚、銀貨一枚、大銅貨五枚だ。結構かさばるが仕方ないだろう。
納品した魔力草はすぐにリリティカに届けられるとのことだったので、薬もすぐ出回るようになるだろう。あとで薬屋に行って確認したい。
魔石については、そこそこ良質な物だったとのことで、魔道具用になるのだとか。前世で言う電池のような役割を果たしてくれるそうで、魔石には一定の需要が常にあるそうだ。
そんな話を聞いた後は、特にすることもなかったのでラウリスに挨拶してオルタの家に帰ったのだった。
とまあ色々あったが、初の依頼が無事終わったわけである。今は夕食もすでに食べ、オルタの家でベッドに転がっている。
本当に長い一日だったと思う。主にオークキングのせいだろう。フィーアとラウリスのあれこれに始まり、武器を見繕ったらすごい値段で、防具屋に言ったら人が倒れていて。なんやかんやあって、そこまで大変じゃない採取依頼を受けたはずが、気づけば町を守るための決死の戦闘だからな。実際死んだし。
それに、ヴェルゼに対する気持ちも自覚した。というか、自覚はしていたがそれをヴェルゼに伝えるタイミングがなかったというか、難しかったというか。
それも戦闘中に告白じみたことをして、ヴェルゼに気持ちは伝わったと思う。思い出すと恥ずかしくて顔から火が出そうだったので、記憶の隅に追いやる。
俺がなぜこんな一日を振り返るようなことをしているのかと言えばだ。
「んぅ……ヤチヨ、好きぃ」
ヴェルゼがいつにもましてべったりなのである。人がいればそこまで大胆にならないヴェルゼだが、今はなぜかフィーアもいない。
勘だが、ヴェルゼとフィーアの話し合いは今のような状況のために行われていたような気がする。
横になっている俺に覆い被さるようにして、ヴェルゼがくっついている。両手で俺の両肩を持つようにして体をすりつけてきているのだ。体半分くらいが乗っているだけなので重さは感じないのだが、いかんせん柔らかなものがこれでもかと言わんばかりに押しつけられている。
それに加え、好きだ好きだと言われながら、首筋に吸い付かれているのである。ヴェルゼに対する好意を自覚している今、俺はもう止まれる気がしないのだが、いいのだろうか……。
「なぁヴェルゼ。その、俺も一応男であってだな、何というか……」
俺がそう話しかけると、ヴェルゼは俺の顔を覗き込みながら言う。
「私はヤチヨが好き。ヤチヨも私が好き。なら、することは一つ」
「あー……ほんとに、いいのか?」
こくり。といつもの仕草で肯定した後、何かに気づいたように付け足す。
「心配いらない。全部契約用に回せば、新たな生命が宿ることはない」
「そういう心配をしてるわけじゃないんだが……」
実際子供ができても困るのだが。死神様的にはその心配はないそうだ。
「ずっと待ってた。だから……ね?」
群青の瞳が期待に揺れている。その中には羞恥心も見え隠れしており、彼女がやや無理をして誘っているのがなんとなくわかった。お互いの吐息は熱くなっており、その心情がわかるというものだ。
そして、そんな可愛らしく誘われて黙っていられる男がいるだろうか。いや、いまい。
「ああもうっ! 急にやめてっつっても止まれんからな!」
俺がそう言えば彼女は嬉しそうに頷き、抱っこをせがむように両腕を広げる。俺はその体を抱えて位置を入れ替え、彼女に口づけしつつ、衣服に手をかけていく。
陶器のような肌は熱を帯びてほんのりと上気しており、しっとりとかいた汗が妖しく光っている。顔を離せば互いの口を細い糸が結び、それを絡め取るようにまた口づけする。
触れれば壊れてしまいそうだと思っていた肌も、確かな存在と柔らかさを伝えてくれる。それが妙に嬉しくて、口だけでなく全身に跡を残していく。
そうして、長い一日の夜はどこまでも更けていくのだった。
そそる文章を書きたいのですが、難しいですね。
直接的な表現を使わずに、想像が掻き立てられるような文章を書けるようになりたいです。アレなシーンに限らず。




