30話 ヘタクソな嘘
初の感想を頂きました。
一言だけでも、大きなモチベーションになります。ありがとうございます。
腐臭と体液を撒き散らしながら、倒したはずのオークキングがこちらへ向かってくる。その姿は肉塊をつなげただけのような形で、見る者を萎縮させる。
索敵の担当はフィーアだったのだが、見落としたのだろうか。感知力に長ける彼女にしては大きなミスだ。なにせ、オークキングはすでに目視で捉えられるほどの距離にいるのだ。これでは索敵担当の意味が無いと言える。
「生屍とはの……。妾とは極端に相性が悪い相手じゃ」
なんでも、生屍は生命活動と言える現象のほぼ全てが行われておらず、生前の強い意志や何者かからの力により動いているとのこと。フィーアの索敵では生命反応をその感知力によって捉えているため、生屍に対する索敵能力は皆無と言っていいそうなのである。
「その点あたしはわかるんだけどね。今回は……油断していたとしか言えないね」
死霊術士であるオルタは生屍の索敵には長けていると言ってよい。生を冒涜する者である生屍たちは、死霊がその存在を嫌がり、時に妬み、騒ぎ立てるのだという。今回オルタが発見に遅れた理由としては、こんな場所で生屍が発生するなどと言うことは露程にも考えておらず、死霊たちの騒ぎに気づくのが遅れたためである。
「それにしても、オークキングが生屍化ね……。もしかすると、流行病もこいつが原因かもしれないね」
生屍たちはその在り方からして疫病を蔓延させやすいのだという。生屍はその力によって死体から新たな肉体を形成しようとはするが、それがうまくいっておらず腐り落ち、腐り落ちた肉に生屍の力が働いて再び肉体を形成しようとする。この循環の間に腐った肉が毒性を持ち始め、病を撒き散らすようになるのだ。
「じゃあ、こいつをなんとかしないと薬が作れてもまた病気にかかる人が現れるってことか」
俺がそう尋ねれば、オルタは首肯してさらに続ける。
「それどころか、襲われる人も出るかもねえ。今まで被害が出てなかったのが不思議だよ」
そう、この半年間の間に生屍になっているのなら、目撃情報などがあってしかるべきなのである。それがなぜ今まで無かったのか。考えてみても、その理由が思いつかない。
「とりあえずは、あいつを倒さないとな……。剣の練習はまた後でになりそうだ」
今までの戦闘ではつい魔法を使ってしまったが、魔法剣士にシフトしていくといったばかりでありその練習をする必要があるのだった。
しかし、オークキングを相手にほぼ素人の剣は通用しないだろう。そういうわけで練習は後回しになりそうだった。
「ああ。となると、生屍化しているのがキングだけってのは僥倖だったね。もしもあの大群がみんな蘇っていたら……」
その性質上そういったことはあり得ないと言って良いのだが、こうして生屍を目撃してしまうと最悪のケースを想像してしまう。もしもあの数のオークが蘇っていれば、俺たちだけではどうにもならなかっただろう。
「でも、ちょっと厄介だねえ」
口ぶりとは裏腹に、焦りの表情を覗かせつつオルタが言う。何か問題になることでもあるのだろうか。オークキングとはいえ、肉が腐り落ちてあまり機敏な動きはできなそうだし、対応にそれほど苦労はしないと思うのだが。
思った通りに俺がそう言うと――
「それがそう簡単にいかなくてね。生屍たちは光魔法でないと死なないんだよ。……いや、一度死んではいるから、消滅しないと言うべきかね」
こんなときにやや茶化しつつオルタが言う。その言葉が本当ならば、ちょっとどころかかなり厄介なことになるのではないだろうか。
なにせ、俺たちのパーティで光魔法を使えるのは俺だけだ。それも、ヴェルゼとの契約の副作用で光魔法の火力も出力も安定しない状態である。正直に言えば、火力不足だ。魔力量はあるが光魔法だけは思ったように発動させられないのである。
「嘘だろ……。それ、俺たちだけでなんとかなるのか?」
「ちょっと厳しいかもしれないねえ。一応はヘキサのあんたも、光だけは苦手だしね」
「じゃあ、どうするんだよ」
「神殿に応援を求めるしかないかね。幸いそこまで町から離れてる訳じゃないし、そう時間はかからないはずさね」
神官は回復魔法だけでなく光魔法も扱える。故にオルタの判断は正しいと言えよう。
しかし、誰かが呼びに行って神官が到着するまで残されたメンバーはオークキングの相手をしていなければならない。
オルタ以外のメンバーは神殿の位置を知らないため、呼びに行けるのは実質オルタだけだ。
「まぁ、それも神殿に神官がいればの話だけどねぇ」
そう。その問題もあるのだ。この町には神官が3名いるが、いつも神殿に神官がいるわけではない。その3名をローテーションで回しており、神官が全員休みでいない日というものはないものの、布教活動ということで町中に神官が出ていることがあるのだ。その際出向く場所は決まっていないため、そうなってくるとすぐに呼んで来ることは難しくなる。神殿に見習いの神官が留守番させられてはいるが今の状況で当てにすることはできないため、神官の到着までかなりの時間を耐えなければならないことになるだろう。
そして最悪なパターンが、オークキングが俺たちの火力に気づいた場合だ。
今回のオークキングが生屍化する際、町への襲撃を強い意志として持っている。つまり、俺たちの火力が足りないと判断されれば、俺たちを放置して町へ向かう可能性があるということなのだ。
そうなってしまえば、俺たちでは時間を稼ぐことすら難しくなるだろう。町を襲撃された場合、機敏さはないにしてもその力は健在であり、大きな被害が予想される。
「本当にどうするんだ? 賭けでオルタだけ神官を呼びに行くか?」
「ヤチヨの不死性を考慮すれば、それが一番可能性が高いかもしれないねえ」
「ならグズグズしてないでさっさと行くべきだろ!」
まだ距離はあるし、オークキングの足も遅いため、多少時間はある。それでも、一歩一歩迫ってくるオークキングに大して焦りが生じて声を荒げてしまった。申し訳なさそうな顔をしつつも、オルタは神官がいなかった場合を考えてなかなか踏み出せずにいるようだ。
そんな中、こういう状況で普段はあまり聞かない声が割って入る。
「策が全くないわけじゃ……ない」
ヴェルゼである。こういった時に率先して話に入ってくるのは珍しいが、今はどんな案でも聞きたい。
続きを促すと、ヴェルゼはやや言いにくそうにしながら言葉を紡いでいく。
「ヤチヨの光魔法の制限は、私との契約によるもの。つまり、私との契約が切れている間はその限りじゃない」
普段は契約最優先のヴェルゼが、らしくないことを言う。彼女が何を考えているのかがわからず――いや、内容はわかっているのだが――戸惑ってしまう。
そんな俺を余所に、ヴェルゼが続ける。
「幸い、契約切れまで後3分ほど。そこで更新しなければ、光魔法は正常威力で放てる」
「その間、俺は死ぬリスクがある……か。それに、もしそれでも倒しきれなくて戦闘が長引いたら、ヴェルゼの魔力の供給はどうするんだよ」
「……この体は供給が無くても1日くらいは保っていられる。……大丈夫」
目を伏せ(・・・・)、小さく(・・・)大丈夫だと口にするヴェルゼ。口調自体はいつもと変わらない。
契約を一時中断することで死のリスクは負うが、それは普通の人であれば当然なことだ。それに、光魔法を通常威力で放てるのならば、身の危険を感じる前にオークキングを葬れるかもしれない。
オルタが神殿に行っても、神官がいないかもしれず、到着までに時間がかかるかもしれない。その場合は俺たちがオークキングの相手をし続けねばならず、不死性を考慮しても危険なのは変わらない。なぜなら、1時間ごとの契約の更新は必要であり、戦闘中にその余裕があるとは限らないのだから。
それらを考慮すれば、ヴェルゼの言うように契約を一時中断し、俺が正常威力でオークキングを葬るのが正しい選択だろう。
……しかし。
「却下だ」
「「なっ……!?」」
俺はその案を取り下げた。ヴェルゼ以外の二人が声を上げる。ヴェルゼは顔を上げ、目を見開いて俺を見ている。きっとその瞳には、静かに、しかし今までになく怒っている俺の姿が映っていることだろう。
「なあ、ヴェルゼ。この半年ちょっとで、俺はお前のことを多少わかってきたつもりなんだ」
俺の言葉に、申し訳なさそうな表情を浮かべるヴェルゼ。俺が何を言いたいのかはもうわかっているようだ。
「お前が俺の利益を最優先に考えてくれてるのはわかってる。俺がお前に大切にされてることもわかってる」
俺は爪が食い込んで血が滲むほど拳を握りしめて、今にも爆発しそうな怒りを抑え込みつつ言う。
「多少の嘘だってそんなに気にしたりはしない。フィーアと何やら話してたこともあったけど、それだって別に気にしちゃいない」
あれは嘘についての話ではないだろうけれど。俺に話せないようなことを彼女らが話していたとして、俺はそれを咎めようとは思わない。
彼女は俺を害さないという信頼が、心からの信用があるからだ。
「でもな、今の嘘だけは見逃せない」
だからこそ。
「お前は、俺にとってお前がどれだけ大切な存在かをわかってない」
信頼しているからこそ。
「今みたいな嘘は、見過ごすわけにはいかない」
大切な存在だからこそ。
「お前が消えるようなことは(・・・・・・・・・・・・)、絶対にあって欲しくない(・・・・・・・・・・・)」
――愛しているからこそ。
初めて彼女に会ったとき、契約が切れた時のことについても尋ねた。その時、ヴェルゼは特に何も起こらない(・・・・・・・・・)と答えている。
あの時は会って間もなかったし、一気にいろんなことがあって気にする暇もなかった。
しかし、今ならわかる。
契約が切れたとき、彼女は――
「――数分も待たずに、消滅する。……違うか?」
いつの間にか閉じてしまっていた目をゆっくりと開きつつ、彼女をしっかりと見つめて言う。
当のヴェルゼは、捨てられる直前の子犬のようにふるふると震えながら、俺の顔色を伺いつつこくりと頷く。
「やっぱりな。本当、馬鹿な死神様だよ」
そう言いながら、ゆっくりとヴェルゼに近づいていく俺。怒られると思ったのか、彼女はぎゅっと目を瞑って体を強ばらせている。
そんな彼女を心から愛おしく思いつつ肩を抱き、徐に唇を奪う。舌を絡ませ、これでもかと言わんばかりに口腔内を蹂躙する。
急な口づけに驚いて目を見開くヴェルゼ。いつぞやのお返しだ。と、内心でほくそ笑む。
しばらくその仄かに甘く感じる舌触り(・・・)を楽しんだ後、惜しみながらも口を離して言う。
「一度しか言わないからな。……大好きだ。愛してる。絶対にお前を失いたくない」
格好つけることも忘れ、彼女を抱きしめたままベタもベタなセリフを吐く。
小っ恥ずかしくなるセリフだが、それは俺の紛う方ない本心であり、これ以上に言うべき言葉が見つからなかった。
「今まで一瞬だって契約が途切れたことはないんだ。これからもそうでありたい。……傍に、居てくれるか?」
そう俺が尋ねると、ヴェルゼは珍しく顔を真っ赤に染めながら、頬に一筋の光を残して腕の中で頷いたのだった。
勢いで告白じみたことをしてしまったが、断られなくて良かった。そんなことになっていたら羞恥で死んでしまうところだった。不死だけど。
「よかった。じゃあ、これからもよろしくな。ヴェルゼ」
「……うんっ」
満面の笑みで答える彼女を見て、こちらも和んでしまう。しかし、いつまでもそうしているわけにはいかないのだ。
「さあ、長らく放置されて豚の王様がお怒りだ」
オークキングだけでなく、オルタとフィーアもジト目な気がするのは気のせいだろう。
未だ打つ手はないが、よくよく考えれば俺は不死だ。同じ不死同士ならば、それが突破口にもなろう。
そんなことを思いつつ、俺は未だ振るわれたことのない剣の柄に手をかけるのだった。
もっと書きたいことはあったはずなのに、忘れてしまったりうまく表現できなかったり。力不足です……。
恐らく今回で10万字を突破しました。
すぐに更新停止すると思っていたのですが、意外にも続けられております。これも読んで下さる皆様のおかげです。
今後とも、どうぞよろしくお願いします。




