27話 忘却の女神
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冒険者ギルドを出て少し行くと、武器屋がすぐに見えてくる。道向かいには防具屋があり、利便性が考えられた並びとなっている。
「先にどっちに行くんだ?」
「とりあえずは武器からでいいんじゃないかね」
俺が尋ねると、オルタがそう返答する。残る二人のうち一人は自己主張しないし、もう一人は大して興味なさげだ。
「フィーアは武器とか要らないのか? 一応前衛だろ?」
「妾は武器はあまり使わんの。必要なときは自分で調達するのじゃ」
「調達?」
どういうことだろうか。俺が聞き返すと、フィーアは実演してみせる。
「やって見せた方が早いかの。こうやって手の平を軽く切ったら、そこから溢れる血液を媒介にして、こうじゃ」
そう言いながらフィーアは手の平を自分の爪で軽く切って見せ、そのままぎゅっと握り込む。
「少し離れておくのじゃ。割と鋭利じゃからの」
握った手をそのまま素早く振る。すると、フィーアの手には赤黒いナイフのような形状をした刃物が握られていた。
「魔力が無い故に魔法は使えんが、こうやって血を操る力があるのじゃ。これは血を硬化させて薄くし、刃物として使えるようにしておる」
なかなかに切れ味が良さそうだ。光を吸い込むような色合いが、命を刈り取るという意思を仄めかせているように見える。
「吸血鬼の血を操る力は血戒というのじゃが、吸血鬼でも完全に扱いきれるのは妾だけじゃった。血を与えられた者はおろか、純吸血鬼でも半数は全く使えない始末じゃ」
情けないのう、と言いながら血戒によって作られたナイフを霧散させる。どうやら消えるときは霧のようにとても細かな粒子になって消えるらしい。衣服についたり、血の香りがしたりはしないため、実質消えているのと変わらないそうだ。
「そういうわけで、妾に武器はいらぬ。大きさも形も自由自在じゃしの」
「大きさも形も変えられるなら、武器を持つより便利かもな」
「うむ。まぁ、血を消費してしまうから供給の間隔が短くなってしまうのが欠点かの」
ということらしい。多用しなければそこまで大きく変化するわけではないそうなので、俺が血を供給している今となってはほぼノーリスクだ。
「なるほどな。じゃあ俺の武器選びがメインになるのか」
「そういうことじゃろうな」
いつまでも外で話していても時間の無駄なので、そそくさと武器屋に入っていく。
武器屋の中には剣や槍、弓などが置いてあり、奥のカウンターには筋骨隆々のおっさんが座っていた。
「いらっしゃい。見ねえ顔だな」
「最近冒険者になったところだ。これから世話になると思う」
「見たところまだ15くれえか? ひょろっちい体だが、そんなナリで冒険者やってけんのか?」
「一応サポートしてくれる奴らもいるからな。それに、これから強くなっていくさ」
俺の言葉に反応して、店主であろうおっさんは他のメンツに目をやる。
「この嬢ちゃん達か? 女に守られるとは、情けねえな」
その言葉に、ややカチンとくる。しかしこれから武器を買おうというのに、あまり印象を悪くしても拙いだろう。ここは押さえて、穏便に行きたい。
――と、思っていたのだが。
「主様の力量を見抜けないとは、お主の見る目も大したことなさそうじゃの」
と、フィーアが煽るように言い放つ。
おいおい、やめてくれよ。あんまり怒らせるようなこと言うと、何が起こるかわかったもんじゃない。現に、おっさんは額に青筋を浮かべていい笑顔になっている。
「ほう? なかなか言うじゃねえか嬢ちゃん。そこまで言うならそれなりのもん見せてくれんだろうな」
「当然じゃろう。言われるまでもないのじゃ」
二人でヒートアップしていく。なぜか俺の力量の話からフィーアが力を見せる話になっている気がするが、俺には間に割って入る勇気は無い。
どうしたものかと考えていると、助け船が入った。
「まぁ、落ち着きなって。ヤチヨの力量はあたしが保証するよ」
オルタである。ノスティに馴染み深い者ならば知らぬ者はいないだろう。ましてオルタ自身がこの武器屋を使っていた可能性も高いし、割って入ってくれて助かった。
「あぁ? ……ん? 誰かと思えば、オルタ嬢か?」
やはり見た目が多少変化していても、知り合いならばわかるのだろう。自信はなさそうだが、オルタだと認識している。
「そうだよ。いろいろあって、今はオルタナだけどね」
「おお、やっぱりか! こないだのオークを蹴散らしたって聞いたけど、その後の話を聞いてねえからな」
あの後オルタはここには来ていなかったみたいだ。オークの襲来ももう半年も前になるのか。ずっと訓練ばかりしていたからか、割と最近に感じる。
「まぁ、オルタ嬢が言うなら実力はあるのか。前衛には見えねえから、魔術師か?」
「今のところは魔法がメインだね。でもこれから魔法剣士にシフトしていこうかって話していたところさ」
「俺は魔力には疎いからな。見た目で判断して悪かったな。えーと……」
そう言いながら俺の方を見て言葉を詰まらせる店主。
「八千代だ。そんなに力が無いのは間違ってないし、気にするな」
「おう、そう言ってくれると助かるぜ。俺はこの店の店主で、アギトだ。よろしくな、ヤチヨ」
そう言って豪快に笑うアギト。気のいいおっさんという感じが全身から出ている。
「よろしく。それで、剣を見せてもらいたいんだが……」
「あー、魔法剣士っつったか。悪いことは言わねえから、やめておいた方がいいんじゃねえか? お前がどのくらいの魔術師かわかんねえけどよ、魔法剣士は響きこそいいが、実際は器用貧乏だぜ?」
オルタと同じことを言っている。やはり魔法剣士は器用貧乏というのがこの世界の常識のようだ。
「それを知った上での選択だ。何でも、オルタは俺ならいい線行くと踏んでるらしい」
「オルタ嬢の提案か……。まぁ、後で後悔しねぇようにな」
「忠告はありがたく受け取っておく。それで、剣だが」
「ああ、悪い悪い。お前くらいの体型だと……この辺か」
そう言っておっさんは1本の剣を取り出し、俺に手渡す。
「初心者でも扱えるように、軽めにしてあるロングソードだな。持ち上がるか?」
体型からして、重過ぎる武器は無理だと踏んだのだろう。俺もそう思うしな。
しかし、手渡されたロングソードはあまりにも軽すぎる。下手すれば木刀なんかより軽いんじゃないだろうか。
「持ち上がるか……っていうか、軽すぎないか? これじゃあまるで木製だぞ」
「そんなはず無いんだが……。お前、試しにこっちも持ってみろ」
そう言っておっさんは別の剣を取り出す。先ほどのものよりもやや大きく、見ただけで重厚感が伝わるような逸品だ。明らかに質が違うものだった。
手渡されたそれを軽く握り、重さを確かめるように上下に揺する。
「さっきのよりは重いな。それでも、持ち上げるのに苦労するほどじゃない」
そう、重いのは重いのだが、持ち上がらないほどではない。むしろ、最初に渡されたものよりもしっくりと来るような感じだ。
プラスチックのカラーバットから、ちょうどいい重さの金属バットになったと言えばわかりやすいだろうか。
「嘘だろ……。その剣は漆黒鉄ってぇ鉄よりも硬くて粘りがあるが重いっつー希少鉱石から造ってるもんだ。最近冒険者になったような奴には持ち上げることすら不可能な業物だぞ」
どうやらこの剣は結構いい品らしい。しかし、なぜそんな重い剣を俺は軽く持てているのだろうか。
そう思いながらも剣を上下に振っていると、左手の指輪に目が留まる。
「……あ」
この半年間、完全に存在を忘れていたが女神にもらった指輪にはステータスが強化される力があるとかなんとか言っていたような気がする。どれくらい強化されてるのかがわからなかったから気にしていなかったが、もしかすると尋常ではない強化がされているのではないだろうか……。
試しに、一度剣を置いて指輪を外した後、もう一度持ち上げてみようとする。
「……やっぱり、全く持ち上がらんな」
そう、びくともしないのである。さっきまであんなに軽々と振り回せていた剣が、まるで置いた机に接着されたかのように動かない。
そして、指輪を嵌めれば……。
「こりゃあ、確定だな」
軽々と持ち上がるのであった。どうするんだこれ。ちょっと強力すぎて扱いに困るぞ。
そんなことをしていたせいか、おっさんが不思議そうな目でこちらを見ていた。
「ああ、悪い。ちょっと実験してたんだ。気にしないでくれ」
「お、おう……?」
まさかこの指輪にそんな力があるとは思わないだろうし、適当にごまかしておく。
「とりあえず、重い剣でも何とかなりそうだってのはわかった。あとはオルタの予算と相談だな」
「弓はともかく、槍とか斧とかの選択肢もあるぞ?」
おっさんがそう言うが、俺としては全く触ったことのない槍や斧よりは、授業の一環として剣道をやったことがあるため、イメージしやすい剣の方が取っつきやすい。
そういう理由で今は槍とかはいいかな、と思っている。そう話すと、
「まぁ、ケンドーとやらはわからんが、似たものを触ったことがあるならそれに近い方がいいかもな」
とのことだったので、剣で行くことにする。……が、どんなのを買えばいいのかわからんな。
金を出してくれるのはオルタだから、オルタに選んでもらってもいいかもしれない。
「あたしが選ぶのかい? そうだねぇ……。アギトさん、一ついいかい」
「ん、なんだい嬢ちゃん」
「半年ほど前に来たときは、漆黒鉄の剣なんて無かった気がするけど、あれはそうそう手に入るもんじゃないよね?」
「ああ、そうだな。そもそも漆黒鉄の採れる量が極小でな。たまたま伝手があって触る機会があったが、普通は手に入らん代物だな」
「だよねぇ。今逃すといつ手に入るやらわからない……か。それ、いくらだい?」
驚いたことに、オルタは漆黒鉄の剣を買う気でいるようだ。正直、身に余るような気がするのだが、いいのだろうか……。
「そうだな、嬢ちゃんなら70万ってところか。ホントは100位で売るつもりだったんだけどな。特別だぞ?」
量産品の剣なら5000ドルグ前後――この世界の通貨単位はドルグという――なことを考えると、漆黒鉄の剣の希少さがわかるというものだろう。
というか、70万もするような剣をプレゼントされるというのも忍びない。これは遠慮するべきだろう。
そう思い、オルタに声をかけようと口を開いたところで、オルタがとんでもないことを言うのだった。
「なんだ、意外と安いんだな。買った。」
あまりにさらっと言うので、耳を疑ってしまった。が、おっさんの反応を見るに聞き間違えではないようだ。
「はっはっは! 流石だねえ嬢ちゃんは。Aランクにもなると羽振りが違うね」
「今はいろいろあってEランクだから、しばらくは控えめに行くけどね。これはヤチヨへの餞別さね」
「ほう? まぁ、事情があるみてぇだし、詳しくは聞かん。一応、これに合う鞘も造らないとだからな、しばらくは代用でこっちを使っててくれ」
そう言って量産品の剣を渡してくる。やはり軽く感じることに、戸惑ってしまう。
「鞘の完成は3日もありゃ十分だろ。それと、武器ってのは使っていくうちにガタがくるもんだから、こまめに整備に来いよ」
漆黒の剣の受け取りは3日後になるようだ。代金は受け取るときに払ってくれとのことだ。
「じゃ、俺は早速鞘の制作にはいるからよ、防具もまだなんだろ? あっちもいろいろあるだろうし、さっさと行きな」
用が済んだならとっとと帰れと言わんばかりに追い出されてしまった。防具屋に行く前に、オルタに礼を言うべきだろう。
「ありがとうオルタ。おかげでいい剣が手に入りそうだ。……けど、あんな高価な剣買ってもらってよかったのか?」
「どういたしまして。いいんだよ。どうせ金は有り余ってるんだし、使わないと景気も悪くなるってもんだろ?」
そう言って笑うオルタ。本当に貯蓄は多くあるようだ。……どれだけ稼いでいたのだろうか。
「防具はあたし以外揃えなくっちゃだろうからね。みんなちゃんと考えて選ぶんだよ?」
それは値段のことなのか、それとも性能のことなのか……。とりあえず、防具屋に入ろう。
そう思って、防具屋の扉を開ける。すると目に飛び込んできたのは――
「――女の人が倒れてる?」
防具屋に入ってすぐ目に入ったのは鎧のような防具ではなく、職人であることがわかるようなバンダナを頭に巻いた女性が、店の床に赤い顔で息苦しそうに倒れ込んでいる姿なのであった。




