25話 因縁
冒険パートまでいきませんでした。
なぜかとても長くなってしまいました……。
「さて、飯も食って準備もしたし、ギルドに行くとするか」
なぜか火照った顔をしているオルタが気になったが、朝食を食べ終える頃にはすっかりいつも通りに戻っていたし、問題ないだろう。
準備といっても特に用意するものもないし、このままギルドに行くだけだ。
「ヴェルゼは言わなくてもついてくるとして……オルタとフィーアはどうするんだ?」
ヴェルゼが俺についてくるのは言わずもがななので置いておくとして、残る二人はどうするのか尋ねる。
「ふむ、ギルドで説明を受けた後はそのまま依頼を受けるんじゃろ? なら、妾もついて行くのじゃ」
「あたしもラウリスに用があるからね。一緒に行こう」
オルタは冒険者証を書き換えるんだったな。俺とヴェルゼだけだと近接戦闘ができる奴がいないし、
フィーアが一緒に来てくれるのは心強い。
まぁ、しばらくは薬草採取とかの収集依頼が主で戦闘はしないんだけどな。
「そうか。んじゃま、行くとしますか」
そう言って俺たちはぞろぞろと家を出て行くのだった。
◇
一昨日ぶりのギルドだ。この町にも少しずつ慣れてきて、ギルドの位置くらいはわかるようになった。この周辺には武器屋やら防具屋やら薬やなんかがあるらしいから、後で見に行ってみるか。前々から気になってはいたんだが、なかなか外に出られなかったからな。
ギルドの扉を開けると、少し行ったところの正面にカウンターが見える。そこまでの通路の左右にはテーブルと椅子が用意してあり、冒険者たちのたむろできるスペースが整えられている。なんでも、そこでパーティの募集をしたり、依頼に対しての計画を練ってから出発したりするのだとか。
カウンターの左側にはアイテムの買い取りをする場所が設置されている。日頃の冒険で狩った獲物の皮や価値のあるものなどを買い取ってくれるそうだ。
対する右側には大きな掲示板が設置されており、そこに依頼の紙が貼ってあるようだ。それをカウンターに持って行くことで依頼が受注できるらしい。
ほかにもカウンターの側には通路があったりもするが、それの説明はいいだろう。
今の俺たちが行くべきはカウンターだな。事務的なことは大体カウンターで処理しているみたいだ。いつまでも入り口で突っ立っているわけにも行かないし、さっさと行って用を済ませよう。
そう思って通路を歩いて行くと、何やら左右から視線を感じる。見ない顔の俺たちを警戒しているというか、狙っているというか。そんな類いの視線だ。
お約束的に絡まれたりするのだろうか、と思っていたがそんなこともなかった。すんなりとカウンターまでたどり着いて、受付のお姉さんに話しかける。
「ギルドと冒険者のことについて詳しく説明してもらうことになっていた相馬八千代です」
「はい。ソーマ・ヤチヨ様ですね。お話は伺っております。ギルドマスターをお呼びしますので、少々お待ちください」
そう言って受付のお姉さんが奥に引っ込む。
ギルドマスター……ラウリスのことだ。細かい説明をしてもらうとは聞いていたが、まさかギルドマスターが直々に教えてくれるのだろうか。
オルタに尋ねてみると、普通はこんなことはないそうだ。俺が迷い人なのが関係しているのだろう。
「やあやあ、昨日来ると思っていたんだけどね。まぁ、時間の指定はしていなかったし仕方ないかな」
そう言いながらラウリスが奥の部屋から出てくる。一応暇ではないとのことなので、悪いことをしたな。
「ああ、それはすまなかった。昨日来ようとしたんだが、いろいろあってな」
「ふむ……それは、後ろのお嬢ちゃん達が関係しているのかな」
急に声質が冷たいものへと変わるラウリス。急激な変化に背筋が凍るような感覚を受ける。
「あ、ああ。そういうことになるな」
なんとかそう返答するがラウリスはこちらを見ておらず、視線はフィーアに注がれていた。
いつもは笑って糸目である切れ長の目が薄く開かれ、完全に敵を見る目だ。
「……ここが、どういう町だかわかっていてやって来たのか? ヴァレンハイトの」
言葉を重ねるごとに、ラウリスの語気が強まっていく。やはり吸血鬼には相当な恨みを持っているのだろう。フィーアを連れてきたのは失敗したかもしれない。
「……まぁ、話くらいは聞いてやろう。ここで話すのもあまり宜しくない。ついてこい」
普段の優男からは想像もできないような声で、ラウリスがついてくるように促す。怒りを露わにしつつも、他の冒険者に話を聞かれるのは拙いと思ったのだろう。こういった時に冷静になれるというのもギルドマスターとしての優秀さを物語っている。
ラウリスについて行くと、書斎のような部屋についた。部屋の奥には扉に向かって机が置いてあり、書類に埋もれている。感覚的に、ここがラウリスの仕事部屋だということを理解した。
「とりあえず、そのソファに座るといい」
ラウリスは机に備え付けられている高そうな椅子に腰掛けて、こちらを睥睨している。
「じゃあ、失礼して」
そう一言言って、俺たちもラウリスに倣う。空気が張り詰めていて、胃がキリキリと痛む。受験の面接を思い出すような雰囲気だ。
尤も、こちらは下手な答えをすればその場で物理的に首が飛びそうな雰囲気だ。面接なぞ生ぬるいくらいだろう。
「それで、何がどうなって忌々しい吸血鬼がこの町に潜り込んでいるのかな? 見たところ、オルタ君も何やら変わったことになっていそうだ」
言葉の端々に棘のある言い方でラウリスが問う。
「それについては妾から話すのがよかろう。まずは自己紹介からじゃの」
フィーアが対応するようだ。まぁ、これまでの経緯を一番詳しく知っているのはフィーアだろうから、妥当なところだろう。
「妾の名はフィーア。フィーア・ヘイル・ヴァレンハイトじゃ。主の察しの通り、吸血鬼じゃ」
「これはこれはご丁寧に。蛮族でも名乗るという風習はあるんですね」
わざわざ挑発するように返すラウリス。フィーアの出方を伺っているのかもしれないが、これから話をしようというのにそれはないんじゃなかろうかと思う。
「そう言われるのも仕方がないと思うておる。妾の一族が迷惑をかけた。先ずは謝罪しよう」
挑発を意に介さず、フィーアが立ち上がって深々と頭を下げる。
それに対し、訝しげな表情でフィーアを眺めるラウリス。
「済まなかった。妾は保守派であったとはいえ、一族を止めることができなかったのも真実じゃ。命は主様に捧げている故差し出すことはできぬが、命に関わらないのならばどんな処罰でも甘んじて受けよう。気の済むまで切り刻むなり、剥いて衆目に晒すなり、何とでもして欲しいのじゃ」
頭を下げたままそう続けるフィーア。俺の時もそうだったが、自分のことをもう少し大切にして欲しいと思うのは俺だけだろうか。少なくとも俺はフィーアのそんな姿を見たくはない。
「……頭を上げろ」
静かにラウリスが言う。それに従って、フィーアが頭を上げようとする。
と、その瞬間――
「……風刃」
ラウリスが小さく何かを呟いたかと思えば、顔の前で組んでいた手を解き、そのまま振り払うように右手を振り抜く。
俺は半ば反射で行動していた。顔を上げようとしているフィーアの前に、庇うようにして躍り出た。
不可視の刃が俺の体を襲う。刃物が皮膚を裂き、肉を削ぐ時のざらりとした感触が左の肩口に広がった。切れた服の隙間に血が染みこんでいくのがわかる。幸いそこまで傷は深くないようで、失血で死んだりはしない程度だろう。
「主様!? なぜ庇ったりなぞするのじゃ! これは妾とあ奴との問題じゃろう!」
庇った、という言葉を使う辺り何をされようとしていたのか理解しているのだろう。あのまま行けば風刃はフィーアの体を切り裂いていた。それをわかった上で、フィーアは何もせずにいたのだ。
「……驚いたな。常人なら切られたこともわからずに腕が落ちている位の威力の筈だが」
放ったラウリスはそんなことをぬかしている。俺の中でラウリスに対する怒りが沸々と沸き上がるのを感じ、その激情に任せて魔法を放った相手を咎めようと大きく口を開き、叫びかける。
「てめえ――」
「――よい。よいのじゃ」
しかし、それはフィーアによって止められてしまった。
後ろから抱き留められ、優しい声色で諭すように俺に語りかける。
「庇ってくれてありがとうの。じゃが、先にも言ったがこれはあ奴と妾との問題なのじゃ。少しだけ、我慢してたもれ」
フィーアの言葉に怒りが収まっていく。ラウリスもこちらを眺めるばかりで、これ以上何かする気はなさそうだった。
「……わかったよ。でも、なるべく穏便に済ませてくれよ」
俺の言葉に頷き、ラウリスとの会話を再開する。
「お主の怒りもわかろうというもの。妾の一族は、それこそ出会い頭に殺されても文句の言えぬような所行をしてきた」
「同情など要りませんよ。そんなことをされても、亡くなった人々は戻りません」
「……そうじゃの。ならば、端的に言わせてもらうのじゃ」
そこで一呼吸置き、フィーアは告げる。
「吸血鬼と……いや、妾と。友好関係を結んで欲しいのじゃ……」
真紅の瞳に瞳に涙を湛えつつ、フィーアが続ける。罪人の、独白のように。
「妾は後悔しておる。一族の阿呆どもの蛮行を止められなかったことを。それまで協力関係にあった者達との縁が切れてしまったことを。……それが引き金となり、一族が妾一人を残して、皆死に絶えてしまったことを」
――保守派であったフィーアにとって、戦争はどう考えても利のない行為だった。しかし一族の多くは過激派に与し、一族の姫であろうとそれを止めることは適わなかった。数の前には貴賤など意味を成さず、いくらフィーアが声を荒げようと、それに耳を貸す者は一人を除いていなかった。
それを知っている者ならば、誰一人彼女を咎めることはしないだろう。しかし、彼女は彼女自身を許すことができなかった。一族を滅びに追いやってしまったのは、自分が過激派を止められなかったからだと、本気でそう思っているのだった。
そんな彼女を支えていたのがセバスであった。彼はフィーアによって救われ、その命を最後まで彼女に費やし、朽ちていった。
どうか、姫だけでも。そんな言葉を残して。
支えを失ったフィーアは憔悴しきっていた。血液の供給が途絶えて長く、自らの命もまさに朽ちようとしている。しかし、自分で一族を途絶えさせるわけにはいかない。死の恐怖と生への渇望。板挟みの感情の中、彼女はセバスの残した言葉だけを頼りに、生きたいと願った。どんな手を使ってでも、生き延びねばならぬと思った。
その一心で、最後の賭に出たのだった。それが、八千代との出会いである――。
「妾は、主様に出会えて本当によかったと思うておる。命を助けてもらったからというのもあるが、それだけではないのじゃ。主様はこんな妾にも分け隔て無く接してくれる。人間という種をここまで近くに感じたのは初めてじゃった」
ついに、ぽろぽろと大粒の涙を零しながら続ける。
「じゃから、妾は主様を愛すと誓った。対等な立場でなくてもよい。側にいられるだけでいいのじゃ。……じゃが、妾は吸血鬼じゃ。主様の近くにいれば、主様を困らせてしまうじゃろう。今のように」
特にこの町は吸血鬼に対して敏感だろう。戦争の傷は、そう簡単にはふさがらないのだ。
「これは妾のわがままのようなものじゃ。主様の側にいるため、ひいては、人間という種と親睦を深めるため。どうか、妾と友好関係を結んで欲しいのじゃ」
そこまで言うと、フィーアは嗚咽を漏らし始めた。えぐえぐとしゃくり上げる彼女に、これ以上何か言わせるのも酷だろう。お疲れ。と声をかけて、頭を撫でてやる。
それに続くようにして、オルタが口を開く。
「フィーアの言っていたセバスというのは、師匠のことだ。あの人は、フィーアによって助けられていた」
「……本当、か?」
普段の糸目からは想像もつかないほど目を見開き、ラウリスが驚愕する。
「ああ、間違いない。私もフィーアに救われて吸血鬼化したのだが、師匠も同じだったらしい。憎んでいた相手に救われるというのも、皮肉な話だよ」
「……そうか、生きていたのか……」
そう言ってラウリスは眼鏡を執務机に置き、目頭を揉むようにして一度だけ溜め息をつく。
そして、重たげに口を開き、フィーアに告げる。
「急に魔法を放ったことについては謝ろう。そして、君との友好関係についてだが――」
躊躇うように、しかししっかりとした口調でラウリスは言うのだった。
「――受けようじゃないか。僕はラウリス。この町のギルドマスターをやっている。これからよろしく頼むよ、フィーア君」
この日を境に、ノスティと吸血鬼との縺れた糸はほんの少しずつ、されど確実に解けていくのだった。
ラウリスとオルタは同期という設定があったり無かったり。
師匠は二人の面倒を見ていたとかいなかったとか。




