23話 吸血
5/29 誤字修正
「ふむ、不死身というのは本当のようじゃな」
呆気にとられていたフィーアに詳しく説明し、俺が不死身だということについて理解してもらう。普通信じられないだろうが、フィーアはなぜかすんなり信じてくれた。勘で嘘をついていないのがわかるらしいが、その言い分がわからん。
「まぁ、そういうことだ。一応、互いの差し出すものについておさらいしておくぞ」
「うむ。交渉事の基本じゃの」
「と言ってもそんなに複雑なこともないがな。俺はお前が満足するだけの血を提供する。しばらくしたらまた必要になるんだろうから、お前が必要とする限り半永久的か」
「おお、一度限りじゃと思っておったが、ありがたいのう」
どうやら今回だけだと思っていたようだ。一度餌をやった野良猫は飼う主義だからな。……飼ったことはなかったけどさ。どこかで野垂れ死にされても夢見が悪いし、戦力が増えるのだからいいだろう。
「それで、お前の方だが」
「うむ。妾は妾自身をお主……いや、主様に捧げよう」
「ちょっと待て、あ、主様ってそんな大仰な……」
「間違ってなどおるまい? 妾は余生を主様に捧ぐつもりじゃ。主様は冒険者なのじゃろ? 戦力にでも、慰み者でも構わん。傍において欲しいのじゃ。ああ、それとも呼び方が気に食わんかったかの? ご主人様のほうが良いじゃろうか」
畳み掛けるように言葉を連ねていく。呼び方とかそういうことじゃなくて、俺はフィーアを従えるようなことをするつもりはないんだが……。
「いや、俺としてはお前の主になるとかそういうつもりはないん――」
そう俺が言いかけると、瞳に目一杯涙を溜めて震える声でフィーアが言う。
「わ、妾は……、主様には必要ない存在なのじゃろうか……」
「い、いや、別にそういう訳じゃ……」
慌てて俺が否定すると、ごしごしと眼を擦りながらこちらを見上げてくる。潤んだ目で上目づかいは卑怯だぞ。
「……ほんとか?」
「お、おう」
「なら、主様で問題はないな!」
「それとこれとは別のような気がするが……もう好きにしてくれ」
という俺の言葉を聞いてフィーアは満足顔だ。ころころと表情の変わる奴だな。
「そういう訳で、妾は主様の所有物になる。異論はないじゃろ?」
譲る気はないらしい。本人がそれでいいなら、もうそれでいいか……。
「わかったよ。それでいい」
「くふふ、主様は押しに弱いんじゃの。覚えておくのじゃ」
何やら良からぬことを考えているような気がするが、あえて指摘しないことにする。これ以上は墓穴を掘るだけになってしまう気がするからな。
「……確認はもういいな?」
「うむ。後で何かあればその時に決めればよかろ」
特に決めていなくて重要な事もないだろう。さっさと血を吸わせてやるとしよう。……と、その前に。
「一応更新しておくか。契約切れで死にましたじゃあまりに間抜けだからな」
俺の考えを察してか、ヴェルゼがこちらに向き直る。やや期待している目な気がするが、すぐ終わらせるからな?
「人もいるんだし、軽くだぞ?」
こくりと頷き、小さく口づけを交わす。これで少なくとも15分は大丈夫だろう。
「ほう……なんとも羨ましいことじゃの」
俺とヴェルゼ、どちらに対しての言葉かわからないがフィーアが何やら言っている。これからこういうのを見られる場面もあるだろうから、後で説明しておかないとな……。
「ふう。待たせたな。存分に血を吸うといい。ただし、あまり痛くしないでくれよ」
「心得ておる。では、遠慮なく」
俺の傍にスッと寄ってくると、押し倒されるようにソファに座らされる。立ってたら貧血で倒れそうだもんな。
フィーアはそのまま顔を寄せると、俺の唇を――
「――え? んむっ」
隣でヴェルゼがガタッと立ち上がったのがわかる。急なことに目を白黒させていると、何やら甘い液体を口移しされる。……飲めということだろうか。
どうしようか迷っていると、フィーアが離れていく。互いの間を透明な糸が……って、前もこんなことがあったような。
「それは痛覚を麻痺させるものじゃ。これで痛みを感じぬじゃろう。なんとも役得なことじゃな」
ケラケラと笑っているが、隣のヴェルゼが本当に怖い。やるならやるで一言くれればいいものを……。
そう思いつつ、しぶしぶ口の中の甘い液体を飲み下す。すると、すぐに体の感覚が鈍くなる。近い表現で言えば、歯医者で麻酔をされた時に似ているか。痛覚が遮断されるってのは、こういう感じなんだな。
「では、頂くとするかの。そんなに時間はかからんから安心して良い」
そう言ってフィーアは俺の首筋をぺろぺろと2回ほど舐めた後、カプっと噛み付いた。上の犬歯だろう、牙が首筋にズズッと刺さるのを感じる。かなり深くいっているので、液体を飲んでいなければかなり痛かったろうと思う。
そのままフィーアは牙を抜いて、できた穴から血を飲んでいく。いや、吸っているというのが正しいだろう。自然に流れるにはおかしい量の血液が自分の体から抜けていくのを感じる。
「んくっんくっんくっ――」
息継ぎもせずに血を飲み下していくフィーア。ぼーっとしてきた頭で、いい飲みっぷりだなと思う。既に頭が殆ど回っておらず、どのくらいの量を飲まれたのかもわからない。
貧血特有の、視界を暗幕が覆っていく感じが俺を襲う。激しい倦怠感で、すでに腕をあげることもままならないだろう。意識を少しずつ刈り取られ、気持ち悪さが気持ちよさに変わっていく。
そのまま、俺は気を失ったのだった。
◇
気が付くと、ソファに横にされていた。怠さや痛みなどは既に全くなく、吸血が終わったのだろうと判断して体を起こそうとする。
すると、
「ヤチヨ、起きた?」
頭上からヴェルゼに声をかけられる。どうやら膝枕されていたようだ。ソファにしては随分と頭の下が柔らかいと思ったんだ。
「ああ。もう終わったのか?」
俺が尋ねると、ヴェルゼが説明してくれる。
「吸血時には死に至るほどの血液は失われなかった。でも、人が生きるには血液量が足りない状態になって、そのまま失血で死亡。その瞬間に再生して、今」
どうやら人ひとりいれば1回量は足りるらしい。吸われた人は確実に死に至る量のようだが。
吸った当人を見れば――
「けぷ。主様の血液は誠に美味であった。これでひと月は持つじゃろう」
と、可愛く曖気しつつ、唇を舐めていた。その仕草が妙に様になっていて、艶っぽい。
「とまぁ、これで妾は主様のものじゃ。どんなことでも命令して良いからの」
「だから、そんなことはしないっての。とりあえず、吸血鬼のことについて教えてもらうのと、今後の方針を話していくか。オルタのこともあるしな」
そう言いつつオルタの方を向けば、どこかホッとしたような表情をしている。何か緊張するようなことでもあったろうか。
「そうじゃな。結果的にオルタも助かったことじゃし、全てを話そうかの」
何やら不穏な言葉が聞こえ、半眼になってフィーアを見る。フィーアは瞳に涙を溜め始め、ぷるぷると震えながら口を開く。……そんなに俺の顔が怖いだろうか。
「そんな顔しないで欲しいのじゃ。悪気はなかったのじゃ。オルタの意思で言っておらぬだけだったのじゃあああ」
そう言って泣き出すフィーアに俺は説明を求める。そしてそれを宥めるオルタに、眺めているヴェルゼ。
騒がしくはあるが、こういうのもそんなに悪くないかな、と思った。
その後。
結局、フィーアに全ての説明をさせ、ひと通りの話が終わる頃には夕方になっていた。
本当は今日、ギルドに冒険者についてのことを聞きに行こうと思っていたのだが、この分だと明日だな。
フィーアから守るように体を密着させて契約の更新をせがむヴェルゼに苦笑しつつ、俺は明日の予定を立てるのだった。
累計PVが1万アクセスを超えました。
ほぼ毎日くらいのペースで書き続けられているのも、こうやって見てくださる方々がいるお陰です。
今後も頑張っていきますので、どうか暖かく見守っていただけると嬉しいです。




