22話 救済
オルタがフィーアによって助けられ、話をしている頃。八千代たちはと言うと――
「んむっ……ちゅっ」
――未だ、ヴェルゼに貪られているところであった。
オルタが戦争跡地に飛んでからヴェルゼに求められ、そのまま今までヴェルゼに貪られ続けているというわけである。
互いの口はどちらのものともわからない唾液に濡れており、羞恥からか、それとも快楽からか、その頬は熱を持ったように上気している。出発前のオルタとの遣り取りに妬いたようで、普段よりも体を密着させてきており、だぼっとした服に隠されて普段はあまりその存在を主張しない双丘が、これでもかと言わんばかりに押し付けられていた。
オルタがいる間はここまで深くすることなど殆どなかったと言って良い。そのくらいの分別は八千代もヴェルゼも持っているのだ。しかし、遠慮する相手がいなくなったとなれば話は別である。互いの気の済むまで続けられることだろう。
彼らのために一応言っておくが、別にオルタが邪魔だと言っているわけではない。あくまで遠慮する相手が居ないという状況に限り、こういったことになり得るのだ。
全身を襲う柔らかな感触に、鼻腔をくすぐる甘い香り。極めつけはとろんとした瞳で見つめられつつの深い口づけ。これで理性を失わなければ男ではないだろうが、そちらの方面については八千代は臆病なほどに奥手だった。
童貞力とでも言うべきそれは、一度でも決壊すればその固いガードも失われるのだろうが、いかんせんこれまでは訓練に明け暮れる日々。夜は多少密着するが、疲れで眠りにつくのも早くなっていた。ヴェルゼに対する気持ちを受け入れ、八千代の踏ん切りが付くまではもう少しかかりそうなのだった。
そんなこんなで八千代とヴェルゼが組んず解れつしていると、部屋を純白の光が包み始めるのだった。
◇
一段と積極的なヴェルゼにやや困惑しつつもその柔らかさと気持ちよさに身を委ねていると、見慣れた光が部屋を埋め始めた。
「ん、ヴェルゼ……ちょ、まっ」
ヴェルゼに止まるよう言おうとするが、口を塞がれているためになかなか伝わらない。
……仕方がない。ちょっと強引だが、ここまで乱れている状態を誰かに見せるわけにはいかない。
「ふぁっ……んっ」
こちらから積極的に出たことで、ヴェルゼが動きを止めた。その隙に口を離し、落ち着かせる。
「ちょっと待てって。誰か、転移してくるみたいだ」
誰か、と言ってもこの部屋に直接転移してくるのはオルタくらいのものだろう。大仰な別れ方をしたためにやや恥ずかしいが、再開できることの方が嬉しく思う。
「……ん、またあとで」
かれこれ1時間近くはしていたように思うんだが、ヴェルゼはまだ満足していなそうだ。俺としては、これ以上は理性が保たない気がするから、ちょっと複雑だ。
そんなことを思っていると、白い光の中、青白い光が収束していく。やはり誰かが転移してきているようだ。
しかし、収束した光が二人分の人影に見える。心当りがないから、対応に困るな。
青白い光の収束が終わると、そこに立っているのはやはり二人だ。その内一人は予想通りオルタだった。
のだが――
「オルタ……なのか?」
――今までのオルタからは想像もつかないほどに健康的な体つきになっていた。今までの病的な痩せ方が全く見られず、全体的に引き締まった肉体で、筋肉量はありそうだが無駄が無いために細身だ。スレンダーという言葉がしっくりと来る。
また、一番の変化といえばその瞳だ。今までの栗色から打って変わって、今では濃い紅色だ。隣にいる見慣れぬ美少女の真紅の瞳と、今までの栗色の瞳を足して2で割ったような色に変化している。
「それ以外に誰がいるってんだい。あたしだよ」
驚く俺にあっけらかんと言ってのける。いや、誰でもそこまで変化して帰ってきたら驚くだろう。そう思ったが、口にはしなかった。
「そ、そうだな……。それで、隣のは?」
そう、今はオルタのことも気になるが、それ以上にその隣の人物についてが先決だ。恐らく、オルタの変化もこの人物が関係しているのだろう。ヴェルゼが何か言っていたが、その関連だろうか。
「ああ、そうだね。まぁ色々あって……。ほら、自己紹介しな」
「おお、すまんの。お初にお目にかかる。妾はフィーア・ヘイル・ヴァレンハイトと申す」
口を開いた美少女はフィーアというらしい。つやのある長い黒髪の両端を、瞳と同じ色の紅いリボンで結んでいる。そのためヴェルゼのようなロングの髪の両端に長い毛束を追加したような髪型だ。顔立ちはヴェルゼといい勝負ができるほどに整っていて、長い睫毛とつり目がキツい印象を抱かせる。そのくせ声には妙に艷が有り、それでいて凛と響く。服装は黒を基調としたドレス調のものだ。所謂ゴスロリ的な服装と言うやつだろうか。今にもクックックとポーズをとって笑いそうだ。
「本日は、お主に頼みがあって参った」
「頼み?」
綺麗な黒髪と特徴的な出で立ちに気を取られていたが、何やら面倒事の香りがしてきた。しかし、聞いてみないことには始まらない。
「うむ。実は妾は吸血鬼一族の唯一の生き残りなのじゃが――」
吸血鬼だと?どうしてそんなものがオルタと……。
そう思ってオルタの方を見るが、オルタは目を閉じて話を聞いているだけだ。全く、何がどうなってるんだ?
「――5年前の戦争の弊害で、血の供給が途絶えての。いかんせん大量の血を必要とする故、妾以外の者は皆死に絶えてしもうた」
「戦争のことならオルタから大体聞いた。弊害だ? 自業自得だろ」
「そうじゃ。事の発端は我ら一族にある。妾はそのような阿呆なことやめるよう言っていたのじゃが……今となっては過ぎてしまったこと、言い訳はすまいよ」
目を閉じて、吸血鬼――フィーアが言う。
「それで、無理を承知で頼みがあるのじゃ。妾を救って欲しい。この通りじゃ」
床に膝をつき、次いで両手を、更には頭までを床につけ懇願してくる。急にこんなことをされても、困惑するばかりだ。それに、救ってこちらに何があるのかわからないし、どうすれば助けることになるのかもわからない。
意地悪をするわけではないが、ここは断った時のことも聞くべきだろう。暴れられても困るしな。
「……断る、と言ったら?」
その言葉に頭を下げたままびくっと震え、吸血鬼は言う。
「その時は、潔くこの生を諦めるのじゃ。我らは死すれば灰となる故、お主が気にすることもない」
断ったところで人が死ぬとは考えなくてもいい、と言いたいのだろう。関わって間もないし、俺もそこまで長く気にすることはないと思う。
しかし、ひとつ気になることがある。顔を上げるように言ってから、更に言葉をかける。
「……オルタを助けたのは、お前か?」
「そうじゃ。助ければお主と関わるきっかけになると思うての。血晶によって吸血鬼化させておる」
吸血鬼化。恐らく言葉の通りだろう。力が強くなる代わりに血を吸わないと生きていけなくなるってところか……?
関わるきっかけに、などと打算があったように言っているのは誠意のつもりだろうか。まぁ、オルタを助けて貰ったことについては礼を言わねばならないだろう。
「そうか。経緯はわからないが、それはありがとう」
しかし、これとそれとは話は別だ。気軽に要求を飲んで、俺にできないことをさせられてはたまらない。
「救って欲しいと言ったが、どうすれば助かるんだ」
まずは助かる条件を聞かねばならない。
「そうじゃの。定期的に一定量の血を供給してくれる人間を用意してもらう、というのが現実的じゃろうか。一度の提供で体に差し障りない量を提供してもらうとして、10人いればギリギリといったところじゃ」
その要求には答えられない。そもそも俺にはそんなことを頼める人望も友好関係もない。しかし、血の供給だけで救われるというのなら、解決する方法は恐らくある。
「……一人の人間から必要量を吸うとしたら?」
「一応足りるが、確実にその者は死ぬじゃろうな。尤も、そこまでして妾一人が生き永らえようとは思わぬ」
やはり、俺ならば解決できるらしい。そのことをこの吸血鬼は知らないようだが、俺に頼んで来る辺り、なにか心当たりがあるのだろう。
「その要求を俺が飲んだとして、俺に何のメリットがある?」
この事についても触れておかねばならない。正直、助けてもいいかもしれないとは思うが、利用されるだけというのも気に食わないからな。
「ふむ、何やら助けて貰えそうな雰囲気じゃのう。……そうじゃな。助けてもらった暁には、妾の全てをお主に捧げよう。一応見てくれには自身があるのでな。お主の隣におる娘には敵わぬにしても、慰み者くらいにはなるじゃろう。吸血鬼の力もあるでの。いざとなれば、多少の労働もできよう」
自分を好きにしろということらしい。そこまでするほどの何かが、彼女にはあるのだろうか。それを尋ねる。
「妾が死ねば一族が滅びるでの。そうならないための最後の機会なのじゃ。それに……なんじゃ。いきなりこんなことを言うのも何じゃが、どうやら妾はお主に一目惚れしたようでの」
急に告白されてしまった。隣にいるヴェルゼの視線が痛い。今のところ俺はヴェルゼ一筋だから、腕をつねるのはやめて欲しい。そう思いつつ答える。
「他人を隷属させる趣味はないぞ……。それに、急にそんなことを言われても俺はお前のことを知らないし、それが嘘だとも限らないからな」
「嘘は吐いておらんよ。もし不安じゃというなら、奴隷契約でも何でもするが良い。そのくらいの覚悟はしておるでの」
どうやら、本気で言っているようだ。一応戦力にもなるとのことだし、助けてもいいのかもしれない。慰み者云々はなしにしても、純粋にパーティの強化になるのが嬉しい。
「お前の覚悟はわかった。……オルタを助けてもらったこともあるし、お前を助けることにする」
「本当か! して、どのように妾を救ってくれるのじゃ?」
ぱああっと、表情を輝かせている。可愛いのでつい眺めていたくなるが、ヴェルゼの機嫌が怖いのでほどほどにしておく。
そして理由を聞いてきたフィーアには、何でもないように答えてやる。
「ああ。満足するまで俺の血を吸えばいい」
「……は?」
今までどこか余裕があったように思う彼女の意表を突くには十分な威力を持っていたようだ。企みが上手く行ったことにほくそ笑む。
「ここだけの話、俺、不死身だから」
追加のダメ押しだ。この時のフィーアのなんとも言えぬ表情を、俺はずっと忘れないだろう。
かくして、吸血姫が俺のパーティに入ることが決定した。
最後のフィーアの表情は驚きか呆れか……後者の気がします。
友人から、視点が変わる頻度が高くて読みにくくなっているのでは?と指摘を頂いたので、今回から少し意識して書いております。
読んでくださっている方もお気づきの点などあれば、感想などでお気軽にお願いします。




