21話 吸血鬼化
フィーアとの自己紹介を終え、これまでのことについて話をする。血晶での吸血鬼化によってオルタの状態はほぼ安定したと言えるほどにまで回復していた。
「一応生命力は補充できた形になるはずじゃ。それにしても上級悪魔に持っていかれるとはの」
「すごいな、吸血鬼化というやつは……。力が湧いてくるようだ」
「いい事ばかりではないがの」
そう言って吸血鬼化について説明を始めるフィーア。
吸血鬼化は、名の通りその者の肉体を吸血鬼に変化させるというものだ。不可逆的な変化のため、人間に戻りたいと言っても戻ることは叶わない。
純粋な吸血鬼と比べると幾分劣るが、それでも人間とは比べ物にならない身体能力を手に入れることができる。また、感知系の能力も上昇する。気配の察知や、魔力の流れなどを汲み取ることができるようになる、と言えばわかりやすいだろうか。
良いことばかりではなく、先程も説明したとおり人間には戻れない。また、吸血鬼化という名の通り生命維持に吸血を必要とするようになる他、血晶を与えた者――この場合はフィーアのことだが――が死亡した場合、それに続く形で吸血鬼化した者も死する事となるらしい。一種の契約のようなものと言えるだろう。
それ以外にも、血晶を作り出すことができないなど細かな制限があるらしいが、概ねそんなところだという。
「なるほど……肉体の強化はされるが、吸血鬼準拠のデメリットを被るといったところか」
「そんなところじゃな。あとは、日光に弱くなるくらいかの」
現在、そこまで強い日差しが当たっているわけではない。このくらいならば問題にはならないが、あまりにも強い日差しが差している場合には十全な力を発揮できなくなるらしい。
「代わりに、夜には強くなるがの。おのことも遊び放題じゃな」
「んなっ……! そ、そんな、あたしには相手なんかいないし……」
軽く冗談を言うフィーアに対して、過剰なほどに狼狽えるオルタ。それを見てフィーアが面白いものを見つけたと言わんばかりの表情でからかう。
「ほう……? その反応からすると、気になっておる相手がおるようじゃのう。……はて、予想するに魔法を教えておったあの者辺りかの」
フィーアが知っているオルタの知り合いなど全くと言っていいほどいない。故にヤチヨのことが挙がるのは当然といえば当然なのだが、それに対してさらに反応してしまうオルタ。
「ヤ、ヤチヨのことなど私はっ……それに、あいつにはヴェルゼがいるし……」
「ふむ。かの者の名はヤチヨというのか……。そうかそうか」
そこで区切り、意地の悪そうな表情を浮かべて、フィーアがさらに続ける。
「お主がヤチヨのことを気にかけていないというのなら、妾が貰ってしまっても良いのじゃな?」
「ふぇっ!? そ、それは……」
ヴェルゼとヤチヨが仲良くしているならまだしも、急に現れたフィーアにヤチヨを取られてしまうのはオルタとしては面白くないことだった。
それが、師弟関係によるものなのか、それともそういった(・・・・・)気持ちによるものなのかは、今のオルタには判断がつかなかったが。
そんなオルタを見て、くくくっと笑っているフィーア。最初からそんなつもりはなかったのだろう。それに気づいて顔をさらに赤くしてオルタは怒り出す。
「か、からかうのも大概にしろ!」
「すまんかった、すまんかった。あまりにお主が可愛らしいもんじゃったから、ついの」
なおも半笑いなフィーアに、ため息を吐きつつ落ち着きを取り戻す。
「それで、これからどうするんだ?」
「おお、そうじゃったの。まぁどうすると言っても、そのヤチヨという者に会わせて欲しいのじゃ」
「血が足りないってことだったよね。ヤチヨに会ってどうするんだい?」
八千代の力があれば血を賄うことは容易いだろう。しかし、それを知らないはずのフィーアは、八千代に会ってどうしようというのか。それがオルタは気になっていた。
「ふむ、妾は感が良い方なのじゃがな。……感度ではないぞ? いや、感度も良いのじゃがな」
すぐに脇道に逸れそうになる話を、なんとかオルタが修正する。
「すまぬて。あまり怒らんでたもう。それでじゃ。妾の感が、ヤチヨとやらに会えばこの問題は解決するだろうと告げているのじゃ」
ジト目になるオルタ。何か隠している風には見えないが、それでも感だけに命を賭けるというのはあまりに常識から外れた行動であった。
「妾の行動がおかしいと思っていそうじゃな」
「っ!」
考えていたことをズバリ当てられて、目を見開くオルタ。それに満足そうに頷いて、フィーアが言う。
「やはりそうじゃったか。今のも感といえば感じゃが、妾自身もおかしいことをしているという意識はあるのじゃ」
目を閉じ、何かを思い出すようにしながら続ける。
「じゃがの、それくらいしか仕様のないくらい、他の手は尽くし尽くしたのじゃ」
今になって慌てているわけではなく、ずっと前からこの問題に対処してきていて、それでもどうしようもなかったが故の行動らしい。フィーアからすれば、駄目で元々、といったところか。
「じゃからの、これでダメだったら諦めようと思うておる。……お主には悪いがの」
八千代とのコネ作りのきっかけを作るという打算の元救われた命だ。それがなければ今頃命はなかっただろうと考えれば、惜しくなどない。
「元より我ら一族の起こした戦争がきっかけでこうなっておる。覚悟はできておるのじゃよ」
「……そうか。ヤチヨに会わせるのはいいだろう。しかし、そこからどうするかはヤチヨ次第だ。私は口出ししないぞ」
吸血鬼化のことについて、八千代は知らない。だからオルタが帰ってきたとして、フィーアが死んでしまうことがオルタの死に繋がるとは考えないだろう。
であるならば、八千代がフィーアをどう思い、どうするのか。それで今後のことが決まるだろう。ただでさえ自分のことで大役を押し付けてしまっているのだ。これ以上負担を強いるわけにはいかない。自分の命が半ば人質のようになっている今、尚更八千代の負担になるわけにはいかなかった。
「うむ、それでよい。転移用の魔力は回復したか? 妾は魔法が使えんでのう」
ここに来て驚くべきことを口にするフィーア。魔法が使えない者は少なくないが、フィーアほどの力を持っていて魔法が使えないというのはにわかに信じがたいことだった。
「うん? 魔法が使えないことが気になるか? なに、妾はこの感知力と引き換えに魔力が全く備わっていないというだけのことよ」
魔力が備わらない。感知力と引き換えという言葉から、恐らく後天的なものだろうと推測するが、聞いたことが無いために詳しくはわからない。
「お主も妾の血晶で吸血鬼化したために、これ以上は魔力が育たんが……お主ほどの使い手ならば問題なかろ。ま、これについては追々じゃ」
オルタにもその影響はあるらしい。研究者としての血が騒ぐのを感じるが、今はそれどころではないために抑える。追々とのことなので、全てが上手く行った暁には説明してもらおう。
「わかった。後で、必ず説明してもらうからな」
「くく、興味津々じゃな」
噛み殺したような笑いが、彼女の雰囲気とよく合う。人をおちょくるのが得意そうな者の雰囲気だろうか。
「とりあえず、魔力は大丈夫だ。すぐに飛ぶか?」
「うむ。こう見えても、そこそこ体に来ておってのう……。準備出来しだい飛んでよいぞ」
「わかった」
そう言ってオルタは本日二度目の転移魔法を形成していく。吸血鬼化によって高められた感覚が、魔法の操作を楽にしているのが感じられた。
いつもより10秒は早く魔法が完成し、二人を光が包んでいく。
(あたしが帰ってきたことに、ヤチヨは驚くだろうな)
そんなことを思ってフィーアには見えない角度でにやけつつ、白に染まっていく戦場跡を眺めながら魔法の発動を待つのだった。
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