20話 邂逅
いつもの倍近い量です。分け所を見失いました。
辺りを眩い光が照らす。真っ白の光の中に、ぼんやりとした青白い光が収束して人型を取り、その輪郭が少しずつはっきりしていく。
転移魔法の転移先では、このような光景が見られる。今回は言うまでもなく、発動主はオルタである。
「くっ……はぁ、はぁ……っ」
転移した先の戦場跡地で膝をつき、全身で息をする。転移魔法自体はそれほど負荷のかかる魔法ではない。しかし、現在のオルタの状況は、そんな魔法ですら体に大きな負担を強いるほどのものだった。
(種を作るのに随分かかったからね……、多少は覚悟していたけど、これほどとはね)
歯を食いしばって、必死に息を整える。魔力はまだ残っているはずなのに、枯渇寸前のように体が重い。しばらくは動けそうにないと判断して、近くの岩に背を預ける。空気によって少し冷やされた岩肌が、全力疾走後のように火照った体を冷やしていく。
この世界に四季はない。八千代の住んでいた世界とは摂理が違うために、その理由を説明するのは難しく、そういうものだと思ってもらう他にないだろう。
四季がないと言っても、場所によって温度差がないわけではない。標高が高くなればその分気温は下がるし、世界の北端か南端に向かって行っても同じことだ。
それはノスティよりも更に北に位置するこの場所でも例外ではなく、ノスティに比べて気温が下がっている。
(ヤチヨは、これから大丈夫かね……)
岩にもたれかかったまま、ヤチヨについて思いを馳せる。
教えるべきことは教えたつもりだ。不死性も相まって、きっと私の望みを叶えてくれるだろう。でも、こんな役目を押し付けてしまったことに罪悪感がないわけじゃない。本当なら危険な目に遭わずに過ごすこともできていたかもしれないし、ヤチヨの選択肢を狭めてしまったのではないか……。
きっとヤチヨは私を恨んだりしていないだろう。でも、もっと上手くやることはできなかったのだろうか……。誰にも迷惑をかけずに、もっと上手く……。
(師匠、貴方なら……)
自分を庇って逝ってしまった師ならば、こんな事にはならなかったろうと想像する。自分に絶対の自信を持ち、その自信を裏付けるような強さの力を持った師ならば……。
(……愚問だな)
そんなことを考えたところで、何かが変わるわけでもない。そもそもこうなっているのは、焦って召喚を失敗した自分に責任があるのだ。少し調べれば、既存の召喚術で死神が召喚できるわけがないことなどわかったはずなのに。
(いけないな……どうしても後悔ばかりが蘇る)
既に体に力など入らず、少しずつ思考も霞がかかったように覚束ないものになっていく。
(そろそろかね……。ろくでもない人生だったけど、この半年はそこそこ充実していたね)
この半年間を、彼らとの記憶を思い出しながら、ゆっくりと目を瞑る。土の香りも薄れ、飄々とした風の音も小さく遠くなっていく。
そこに、ザリ、ザリ、という音が含まれる。死間際のノイズかと一瞬思ったが、これは固めの靴が土を踏む音だ。心地よく眠りにつこうと思っていたのに、邪魔が入ったことに小さな苛立ちを覚えつつ、薄く目を開く。視界は既にぼやけていたが、足音の主はこちらに近づいてきているようだった。
「……ふむ。いつぞやの転移魔法を感じて来てみれば、いつぞやの女子が瀕死とな」
岩にもたれかかるオルタを見て、そんなことを呟いている。その声は凛とした、弦楽器のような綺麗な声質だが、どこか艶かしさを感じる。
「見たところ二十歳くらいかの。死ぬにはまだ早いと思うのじゃが……ふむ、生命力を持って行かれておるのか」
見ただけでオルタの状態を分析していく。一体何者だと聞きたいが、オルタにはもはやその気力すら残されていなかった。
「妾もそう長くはないのじゃが……。彼の知り合いのようじゃったし、きっかけくらいにはなるかの」
などと言いつつ、オルタの顔を覗きこむようにして目線を合わせてくる。ぼやけた視界の中に広がった真紅の双眸が、血液を、生を彷彿とさせる。
「のう、お前さんや。お前さんは、人であることを捨ててでも生きたいと願うか?」
長いこと死霊を扱ってきたオルタだ。人であるかそうでないか、ということは生きていく上でさほど重要なことではないと考えている。つまり、答えは簡単だ。
そう簡単に寿命が伸びれば苦労はしない……と思いつつも、心の奥底では生きたいと願っている。言葉を発する力もないオルタは、気力を振り絞って、小さく頷く。
「よい、よい。ならばその願いを叶えよう」
そう言って彼女は自らの手の平に鋭く尖った牙を突き立て、目を瞑って集中する。自らの両手を絡め合い、祈るようにして力を込める。
しばらくして手を解くと、そこには小さな宝石のようなものが乗せられていた。血のように紅いそれを摘み、オルタの口元へ差し出してくる。
「血晶じゃ。口に含むがよい」
血晶。吸血鬼族がその数を増やすために使うことのあるという、自らの血液を魔力によって水晶のように固めたものだ。これを体内に取り入れた者は、身体を書き換えられるようにして吸血鬼族の一員となると言われる。完全に吸血鬼化することはできず劣化コピーのような状態になってしまうのだが、それでも人間に血晶を使用した場合は、比較にならない身体能力を手に入れられると伝わっている。
吸血鬼は、オルタにとって宿命の相手と言って過言でない。なにせ、自らの師の命を奪ったものなのだから。自分の手で滅ぼせなかったことを悔しく思うくらいには憎く思っているし、今すぐにでもこの女を殺してやりたい。
しかし、復讐も生きていなければできない。自分が吸血鬼を憎んでいることなど知らないだろうが、助けたことを後悔させてやろう。尤も、吸血鬼化したからと言って寿命が伸びると決まったわけでもない。まずはこの生命を、少しでも伸ばすことを考える。
たった今まで諦めていた命を、目の前の憎き相手によって諦められなくなっていた。どんな手を使っても生き長らえて、こいつをこの手で殺さなければと思った。
そうして、オルタは差し出された血晶を口に含んだ。血独特の鉄と肉の混じった味がして、口の中を切ってしまった時のような不快感が生まれる。
「くっ……う……ぁああああああああっ!」
直後、全身の血液が沸騰したかのように熱くなる。視界までもが真っ赤に染まり、いつかの大魔法が脳裏に蘇る。全身を掻きむしりたくなる衝動を抑え、ただひたすら、その熱さをこらえる。
「お前さんもそこそこの魔力量があるようじゃからの。ちと辛いかもしれんが、死ぬよりはマシじゃろう」
吸血鬼が言う。
「妾が血晶を与えるのは二度目じゃの。一度目は……お前さんのような魔術師だったのう」
オルタが収まるまでの時間を、会話で埋めることにしたらしい。オルタには返答するほどの余裕はなかったが。
「もう5年ほど前になるかの。ここで妾の一族と、他の種族らが阿呆なことに戦争をしておっての」
自嘲を含んだ声で続ける。語りだした吸血鬼に恨みがましい視線を向けるが、彼女はどこ吹く風だ。
「妾は止めたのじゃ。そんなことをして何になるとな。しかし、血気盛んな者共は耳を貸さんかった。これでも、一族の姫じゃったのじゃぞ?」
一枚岩ではなかったらしい、と言われる吸血鬼一族の、保守派ということか。姫ということは、一族の中でもそこそこ地位が高かったらしい。
「戦争が激化して、妾も繰り出されることになっての。負け戦なのは瞭然だったろうに、阿呆共が暗殺を企ておった」
私の暗殺のことだ。と直感的に理解する。
「強力な魔術師と聞いておったから大丈夫じゃろうと思っていたんじゃが、何かあってはいかんと思っての、そいつらについて行ったのじゃ」
あの時の暗殺者の中に、この女は含まれていたのだろう。なんとなく話が読めてきたが、まだわからない。
「そうしたら、暗殺対象は戦闘はあまり戦闘が得意でなかったようでの。我らがそういったことに長けていることもあるじゃろうが、阿呆共に気づく素振りもなかった」
一気に喋って疲れたのだろう、一呼吸置いて彼女は続ける。
「その時じゃ。近くにいた男がそれを察知して、阿呆共を迎撃していったのじゃ」
強い人間じゃったのう、と言いながらその様子を再現してか、ぴょんぴょんと飛び回っている。
「しかし、他人を庇いながらの戦闘は大変じゃったのじゃろう。最後の一人を迎撃する際に、その男は致命傷を受けてしもうたのじゃ」
吸血鬼の爪が、師匠の脇腹を深く突き刺しているところがフラッシュバックする。オルタはその後すぐに気を失ってしまっていた。
「どう考えても助からない出血量じゃったからの。誰も見ていないのを確認して、その男に血晶を飲ませたのじゃ」
話の内容から少し察しがついていたが、本当にそんなことがあったとしたら。もしあの時、師匠が死んでいなかったとしたら……?
「その後戦争は終結して、妾の一族が大敗した。その時助けた男は妾についてくると言って、身の回りの世話をするようになっていたのう」
――やはり、生きていた。師匠はあの時死んでいなかったのだ。
体への負荷も忘れて、オルタが半ば叫ぶように問う。
「――師匠は、師匠はどこにいるんだ!」
「うん……? ああ。お主、あの男――セバスの弟子か」
師匠の名前は教えてもらっていない。だからセバスというのが師匠の名かはわからない。しかし、師匠が生きている、それだけで良かった。
「どこにいると聞いている! 教えろ!」
半狂乱でオルタが問う。しかし、帰ってきたのはオルタの求めたような答えではなかった。
「――死んだよ」
「……は?」
この女は、死んだと言ったか?
「死んだ。……つい最近じゃ。戦争に負けた影響で、血液の提供が途絶えての……。なんとかやりくりしておったのじゃが、それもとうとう立ち行かなくなっての」
「そん、な……」
生きていると、会えると思ったらこれだ。どうしようもない怒りと虚無感が同時にオルタを襲う。
「名乗る名などないと言いおったから妾がセバスと名づけたが……、お主はその弟子じゃったのじゃな」
先程も言ったことを、もう一度聞いてくる。全てがどうでも良くなったオルタは、投げやりに返答する。
「……ああ」
「道理で、な」
何やら一人で納得している風な彼女に、オルタが胡乱な目つきを向ける。
「お主、何ヶ月か前にここいらで男に魔法を教えておったろう」
「……それがどうした」
「妾は……いや、妾とセバスは、その様子を岩の陰から見ておった。その時に何やらセバスが感動しておっての。やっとその意味がわかったのじゃ」
「……!」
私は会っていないが、師匠は私の姿を見ていた……?
「成長したお主を見て、よくぞ。と言っておったぞ」
その一言に、どれだけの意味が込められていただろうか。それを想像して、オルタは胸がいっぱいになるのを感じた。
ぽろぽろと、大粒の涙が零れる。なんだか、最近は泣いてばかりだ。と他人事のように思う。
「会わせてやれんですまんのう……なんと言えば良いやら」
「……いい。その言葉だけで十分だ」
長らく胸につっかかっていたものが、ストンと落ちたような気がした。
「セバスは妾の唯一の味方での。家族のようなもんじゃった……。今度は、お主が家族じゃ。なにせ、吸血鬼はもう妾とお主しかおらんからの」
「そう……か。宜しく頼む」
やはり滅びかけていたのか、と話を聞いて思う。いつの間にか体の熱は消えており、力が戻っているのを感じる。
「うむ。と言っても、血の供給がもう全くなくての。早いうちになんとかせんと、二人して餓え死にじゃがの」
ほっほ、と言って笑う彼女をジト目で見つめる。
「なぁに、助けた恩でかの男に接触してくれればよい。直感じゃが、それで解決すると思うておる」
その直感は恐らく外れていない。オルタの状態を把握していたことと言い、感覚に優れているのだろう。
「そうじゃ、自己紹介がまだじゃったの。妾はフィーア。フィーア・ヘイル・ヴァレンハイト。吸血姫じゃ」
笑いながら自己紹介する彼女は、女性であるオルタからしても魅力的で、かつ妖艶さを振りまいているのだった。
フィーアはFearともかけていたり。言葉遊びというよりは駄洒落のような。
フィアにしようと思ったのですが拷問器具的な彼女と被るかな、と伸ばしました。
結局他作品のキャラ名と被っているだろうとは思うのですが、ありがちな名前ということでどうかひとつ。




