19話 別れ
「ヤチヨも冒険者になれたことだし、私は少し旅にでようと思うんだ」
「え?」
家に帰って早々、そんなことを言い出すオルタ。最近のオルタは考えこんでいることが多かったように思うが、この事を考えていたのかもしれない。
……もしかしたら、とは思っていたのだが。実際にそうなると、やはりショックではある。
「体の方は大丈夫なのか?」
オルタが旅に出るとなると、残りの寿命のことが気になってしまう。何も看取りたいというわけではないのだが、自分の知らないところで世話になった人がこの世からいなくなってしまうというのは何だか寂しく思えてならなかった。
「大丈夫だよ。何も危険な場所に行くわけじゃあない」
「じゃあ、どこに行くってんだよ」
「……魔法の練習をした場所を覚えているかい」
オルタが行こうとしている場所は、以前魔力の操作を練習していた場所のようだ。昔戦争があった、その跡地だ。
「どうせなら最期くらい、師匠の香りのする場所で……ね」
「……そうか。オルタがそう決めたなら、俺は口出ししない」
ありがとう、と言って笑うオルタ。
その笑みは、今までに見たオルタの笑みの中で一番可憐であり、かつ悲しげであった。
最期なんて、と言いたい気持ちは確かにある。半年間、何も知らない俺の世話をしてくれたんだ。感謝だってしている。しかし、それを言ったところで俺にはオルタを幸せにすることなんてできないし、まして残された時間を引き伸ばすことだってできない。きっと、オルタに残された時間はもう殆ど残っていない。明後日か、明日か……それとも、今日かもしれない。
「出発は、いつにするんだ?」
「そうだねえ。あんた達と別れを済ませたら、すぐ行くつもりではあるよ」
(今日……か)
「そうか。半年間、長いようで短かったが、今まで世話になったな」
「いいんだよ。あたしにできることは全てやったつもりさ。だから、後のことは……任せたよ」
こちらを見つめ、色々な想いを言葉にのせて。しかし簡潔にオルタは言う。その想いを八千代は全て受け取れる。多くはない言葉だったが、八千代はこの半年間でその内容を汲み取れるほどにオルタのことをわかっていたし、オルタも八千代をわかっていた。
「ああ、任せとけ。……オルタも、元気でな」
あくまで旅に出るのだ、という体で答える。もう会うことも適わないだろうが、こう言った方が別れが悲しくないし、オルタが気楽にいけるだろうから。
その意図に気づいているオルタは、嬉しそうな微笑みを湛えつつ言う。
「ヤチヨもね。そうそう、この家はヤチヨのものになるよう契約を変更してあるからね。これからはここを拠点に冒険者としてやっていくといい。せめてもの選別だよ」
「……!」
家を借りるのには結構な金がかかる。この家はオルタの業績で無料で借りられており、その契約者がヤチヨになっても無料で貸してくれるよう交渉してくれたのだそうだ。最後の最後で大きなプレゼントを受け取ってしまった。
「じゃあ、私はそろそろ行くとするよ」
「そうか……。今まで、本当にありがとう」
そう言ってオルタを抱きしめる。少し薬品の香りのする、部屋と同じ香りがその濃度を濃くして鼻腔をくすぐる。
この部屋もきっと時間が経てばこの香りはしなくなるだろう。だからオルタをきつく抱きしめて、この香りを忘れないように脳に刻む。
オルタも一瞬硬直したが、すぐに肩の力を抜いて抱きしめ返してくる。二人の体温が交じり合って、しかし両者の体温が高くなっていくのを感じる。
どれくらいそうしていただろうか。どちらからともなく腕の力を抜き、抱擁を緩める。
「……これは、呪いみたいなものだ。呪術師ではないけどね」
そう言って俺の前髪を手で掬うように持ち上げると、額に柔らかい感触がして、すぐに離れた。
「ふふ、死神様に怒られそうだね」
チラ、と見ると、ヴェルゼはいつも通りの眠たそうな……ジト目だ。
「ヴェルゼのこともあんたが守るんだよ」
「言われなくても、そのつもりだ」
「ヴェルゼも、ヤチヨのことを頼んだからね」
話を振られ、こくりと頷くヴェルゼ。それに安心したように、オルタはまた笑う。
「それじゃ、転移するから離れていておくれ」
言いながら、魔法の種を形成していく。その過程がひどくゆっくりなのは、オルタが別れを惜しんでいるからなのか、それとも……。
しばらくして、魔法の種が完成する。瞳の端に涙を浮かべつつ、オルタが最後の言葉を告げる。
「私がいなくても上手くやるんだよ。……元気でね」
「俺達なら大丈夫だ。安心して行って来い」
その言葉に後押しされるように、オルタは大きく頷いて転移を発動させた。
後に残されたのは、静かになってしまった部屋に2人。急な別れで淡白にも感じるものだったが、オルタらしいと言えばオルタらしいものだった。
それに、言葉数が少なくてもオルタの言わんとしていることは大体伝わっていた。それを胸にしまって、任された役目を忘れないように、日々頑張っていこう。そう思う八千代。
目を瞑ってその大役を心に刻みつけていると、くいくいと袖を引っ張られる。
「ん、どうした。契約か?」
別れの後の雰囲気などぶち壊しだが、ヴェルゼはそんなことお構いなしだろう。さっきのオルタのお呪いのこともあるし、嫉妬したのだろうか。そう思って八千代が問う。
「……違う」
どうやら違うらしい。ふるふる、と首を振りつつ返答するヴェルゼ。頭の動きに合わせてふわりと広がる髪が綺麗だなと思うが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「違うのか。じゃあ、何だ?」
「ヤチヨは、オルタが心配」
俺の考えを代弁しているのだろうか、ヴェルゼがそんなことを言う。
心配というよりは、もう会えないであろうことに対して悲しみを覚えているというのが正しいだろうが、ニュアンス的にはそう間違っていないだろう。
「まぁ、そんなところだな。もう、長くはないみたいだったからな……」
「なら、心配いらない」
「……は?」
心配いらないとはどういうことだろうか。どう転んでもオルタが助かるような道は無いように思うが……。
「オルタが行ったあの場所、とても珍しい者がいつも来ていた」
言っていることが全く分からないが、いつもということは、魔法の練習で何度か訪れる度にということだろうか。
「初めは居ることに気付かなかった。何度目かの時にその存在に気がついた。恐らくヤチヨに惹かれて来ていたのだと思う。オルタのことも覚えているはず。だから大丈夫」
やはり言っている意味がよくわからないが、まとめるとこうだ。
俺の魔法の練習のため、何度かあの戦争跡地を訪れた。その際にそれをどこからか見ている者がいた。そいつは何やら力を持っているもので、恐らく俺に引かれて(・・・・)来ていた。そいつがオルタのことを覚えているだろうから、飛んだ今は助けられているだろう……。と。
なんとなく読めてきたが、上級悪魔に生命力を持って行かれた者を助けられるのだろうか。もし出来るのだとすれば、相当力を持っている奴だと思うんだが……。
にわかに信じがたいことだが、ヴェルゼは大丈夫だと言っている。それだけで、心にのしかかっていた重りのようなものが、少しだけ軽くなったように思えるのだから皮肉なものだ。たとえそれが気休めであったとしても効果があるほどに、俺にとってオルタという存在は大きかったらしい。
兎に角、今はそれを確認することはできない。オルタが生きていられるのならまた会うこともあるだろうし、俺は俺のできることをやっていくだけだ。
「まぁ、教えてくれてありがとうな。少し気が楽になった」
俺の言葉に、嬉しそうにするヴェルゼ。またしても袖を引いてくる。今度こそ契約もとい、ご褒美のおねだりだろう。オルタを除け者にするわけではないが、見られていると恥ずかしいのは確かだった。これからは家にいる時はこういったことが増えるだろうと思う。
「延ばし延ばしになっちゃったけど、お前のことも考えないといけないしな」
俺の言葉に首をかしげているヴェルゼ。可愛らしくて、ぐりぐりと撫でてやる。やや乱暴だが、それでも気持ち良さ気に目を細めているのが更にかわいい。
「まぁ、まだ俺の気持ちの整理がついてないからさ。悪いけど気長に待っててくれよ」
なんとなく俺の心情を察してくれたのだろう、撫でられつつもこくりと首肯する。
「でも、それとこれとは別」
そう言ってせがむヴェルゼ。まぁ、こちらとしても悪い気はしていないし、この所はヴェルゼに対して好意を抱いていることを自覚し始めてもいた。いや、気づいていて気づかない振りをしていたというのが正しいだろう。
自分でも不誠実なことをやっている気がするな、と思いつつ、ヴェルゼに口づけする。
2人の生活は始まったばかりだし、世界の破滅までにできることをやっていこう。まずはヴェルゼのことから……。と、決意する八千代であった。
まさかのオルタ生存ルート。どうしてこうなった。
ヴェルゼを話に無理やりねじ込もうとしている感が出ていないか心配です。
二人目の方に評価をいただけました。ありがとうございます。
依然こんなペースですが、今後ともお付き合いいただけると嬉しく思います。




