17話 魔力の感知
「気を取り直して、魔法の練習と行こうかね」
若干まだ鼻声で鼻の頭が赤くなってはいるが、ひと泣きしてすっきりしたらしい。晴れやかな顔つきでオルタが言う。
涙と鼻水のついてしまった俺の服は、無言でヴェルゼが浄化の魔法――生活魔法のひとつで、物質の汚れを取り除く――で綺麗にしてくれた。オルタを撫でている時に口を出してきたりはしなかったが、思うところはあったようだ。
ちなみに、俺の服はすでにジャージではない。というか、隠れ家に住むようになってからすぐにオルタが何着か買ってきてくれた。靴についても同様だ。
「ああ。今日こそ上手く魔力を引き出せるようにならないとな」
ここに着いてから色々あったが、本来の目的は俺の魔法の練習だ。忘れちゃいない。
「周りに何もないここなら、多少強引な方法も取れるからね」
オルタの言葉に反応し、やる気を見せるヴェルゼ。
今回の練習は、初めて魔法を撃った時のように引き出すところをヴェルゼに補助してもらい、引き出すときに感覚を覚えるというものだ。その際、引き出してもらう量は最低限に抑え、もしものことがあっても大丈夫なようにする。
ならばどこでやってもいいじゃないかと思うだろうが、念には念を入れてここに移動したのだ。
「じゃあまぁ、早速やってみておくれ」
こくり。と頷き、軽く口づけを交わしてから俺の魔力を引き出し始めるヴェルゼ。
何かする前の軽い口づけは、もはや恒例になっていた。この2ヶ月間の経験で、1時間に1回深く交わすよりは、15分から30分に一度くらいの頻度で軽く交わす方が気恥ずかしさやかかる時間の関係で楽だということに気づいたのだ。
人前であまりするものではないことはわかっているし、気恥ずかしさ自体はあるのだが、欧米文化に近いものだと思えば……だめだろうか。
少なくとも深くするよりかは色々な面で負担が少ないため、何かしら問題がなければこの方針で行く予定だ。
まぁ、ゆっくり時間が取れる環境で二人きりならその限りではないのだが。
……と言いつつも一線は越えていない辺り、八千代の意思は固いのかもしれない。ある意味一線を越える以上にバカップルっぽさが際立ってはいるのだが、八千代はそれに気づいていなかった。慣れとは恐ろしいものである。
と、そんなことより今は魔法の練習だろう。丁度ヴェルゼが八千代の魔力をゆっくりと引き出し、八千代がその感覚に集中している。
「今からコントロールをヤチヨに渡す。今の状態を維持してみて」
引き出された少量の魔力が、八千代の掌でくるくると回りながら球体を維持している。
――が、八千代にコントロールが移った瞬間に球が歪になり、数秒で霧散してしまった。
「魔力に指向性を上手く持たせられていない。流れを意識して」
言いつつ、もう一度八千代から魔力を引き出していく。
「流れ……」
呟きつつ、引き出される魔力に集中する。
「ヤチヨならすぐできるようになる。焦らなくていい」
根拠もないことを平然と言うヴェルゼ。彼女にとって俺はどんな存在なんだ、と考えずにはいられないが、もしそれを尋ねたところで素っ頓狂な答えしか返ってこないだろうというのが容易に想像できる。
しかし、期待されているのだからそれに応えたいという気持ちもある。目を瞑り全神経を集中し、魔力の動きを掴もうと感覚を尖らせる。
近いのはホースの中を通る水。もしくは、ペットボトルに入れた水を逆さにして出すような……。
「――――!」
何かを掴みかけた。急速にイメージが固まっていくのを感じる。
ペットボトルに入れた水は、回転を加えると空気の取り込みと水の排出が同時に行われるようになってスムーズに水が落下する。魔力と水は違うものだが、一方向に回転を加えることで動きが纏まり、操作しやすくなる……?
なんとなく掴んだ感覚を忘れないうちに試してみる。
横の回転を加えて、その上で流れを作るようイメージする。
「ほら、やっぱり」
嬉しそうなヴェルゼの声が聞こえる。目を開けば、ヴェルゼが作っていたような球体が手の平に創りだされていた。
「おお……意外とできるもんだな」
イメージによるところが大きかったが、思ったよりもあっさりとできるようになってしまった。
「いや、普通はそんな簡単に行くもんじゃあないんだがね……」
と、呆れたような関心したような声でオルタが話しかけてくる。
「とりあえず、その感覚を忘れないうちに自分のものにするんだね。何回か繰り返してごらん」
「わかった」
そう言って手の平に形成されていた魔力を霧散させる。一度取り出した魔力は体に戻せないため、少々勿体無い気がするがしょうがない。
「取り出すところからもできるような気がするんだ。ちょっと試してみてもいいか?」
ヴェルゼに問えば、彼女は滅多なことでは断らない。いつものように肯定が返ってきたのを確認して、自分の体に内包される魔力を感じ取る。
自分の体を器に見立て、そこから少しだけ魔力を引き出しにかかる。一方向に回転をつけ安定させたら、そのまま……!
「……うおっ!」
多く引き出しすぎたらしい。制御が全くできないほどではないが、手の平で指向性を持たせるのに手間取る。
「落ち着いて。量が変わっても、やることは変わらない」
ヴェルゼが俺の腕に触れつつ言う。それだけで何故か安心でき、魔力の操作に集中できる。
無意識下で、危険な時はヴェルゼが手伝ってくれる、そんな思考が働いたのだろう。この2ヶ月間で、八千代はヴェルゼに対して大きな信頼を寄せるようになっていた。
「ふう……、全体の流れを汲み取りつつ自分の思った方向へ流れを作ってやれば……!」
暴れようとしていた魔力が落ち着きを取り戻す。先程よりも大きめの球体が手の平で渦巻いていた。
「これ、霧散させても大丈夫なのか?」
やや大きな魔法の種を見て、そう漏らす八千代。
純粋な魔力でも周囲への影響を及ぼすことがある。それは小さな風となる場合もあれば、量によっては中級の魔法以上の破壊を齎すこともある。自分の総魔力から、八千代はそれを懸念した。
「そうだね……そのくらいなら大したことにはならないだろうけど、八千代が火魔法を使えるのは実証済みだからね。人のいない方へ火球にでもして撃ってみてもいいんじゃないかい?」
オルタからのお許しが出たので、種に形を与えて魔法にする。
「……火球っ!」
二人のいない方へ向けて放たれた火球は、大気を燃やす音を発しつつまっすぐに飛び大岩にぶつかって爆ぜた。岩を砕くほどの威力はなかったが、空気の焼けた臭いと、大岩の焦げ付いた跡が確かな熱量を持っていたことを伝えてくれる。
「……あんたって奴は、どうしてこう安々と魔法を発動させるかねぇ」
自分で撃ってみろと言っておいてひどい言い分である。
しかしオルタの言っていることももっともで、魔法の種がつくれても、そこに形を与えることはそれ以上に難しいというのが魔術師達の認識だ。魔法名を聞いただけで発動を成功させるなど、普通に考えればあり得ない。
この場合、火球というもののイメージを八千代ができていたことが成功に結びついているのだが、それを加味してもオルタにとっては驚くべきことであった。
手の平をニギニギとして魔法を撃った感触を確かめている八千代。そこにヴェルゼが近づいてくる。
「ヤチヨなら当然。私にはわかっていた」
ご褒美、とでも言わんばかりに体を寄せてくる。これは催促されていると見て間違いない。
「ああ、ありがとう。ヴェルゼのお陰だよ」
言いながら、軽く口づけを交わす。急な桃色空間にオルタはまたしても呆れ顔だ。
「んっ……じゃあ、もう少し練習」
そう言ってヴェルゼがまた八千代の腕を取る。一人でやらせて少しだが危険であったことが気になったらしい。魔力を取り出すところは手伝ってくれるようだ。
こうして、今回の練習によって八千代は魔力を扱う基礎を習得した。
そんな八千代の魔力に興味を示し、大岩の陰で様子を見ていた者に、八千代達一行は終ぞ気づくことはなかった。
何やら卒論なるものを書かねばならぬそうで、しばらく更新頻度が落ちるかもしれません。
それでも1日1話はキープして行ければと思います。




