15話 変化
オークの襲撃から数日が経った。現在の時間は昼ちょっと前くらいか。ギルドへの報告はオルタがうまいことやってくれたようで、あまり大きな騒ぎにはなっていないそうだ。コネというのが何によるものなのかが気になるところではあったが、
オルタがあまり話したがらないので深く考えないことにした。
ここ数日の俺は、オルタの隠れ家からほとんど出ない生活をしていた。食料品などの必要不可欠なものはオルタが調達してきてくれている。なんでも、昔に稼いだ金がたくさんあるとかでその辺りの心配はする必要ない、とのことだ。
となれば俺のやることは専ら勉強だ。主に文字の勉強と魔法の勉強が中心になっている。教えてくれるのは基本的にオルタだ。ヴェルゼは俺にくっついてはいるが、積極的に何かを教えてくれる気はないらしい。頼めば教えてくれるのだが、長時間話をすると精神的に疲れるらしく、その後しばらくは俺に対して甘えるようにベタベタとくっつきたがるので、今は頼んでいない。俺の心臓がもたないしな。
文字の勉強は難航することが予想された――元々英語の授業とか苦手だったし――が、こちらの言語は文法的に日本語に近いようで、五十音的なものをまず覚えて、次に単語を覚えてしまえばそれほど苦労はしなさそうだという印象だ。既に五十音は覚えており、今は単語を少しずつ覚えている。
ちなみに、文字の解読については最終手段としてヴェルゼに読んでもらうという半チート的な解決方法があるのだが、常にヴェルゼがそばにいるとは限らないだろうし、そもそも俺のプライド的なこともあるためなるべく自分で習得しようと思う。
逆に魔法については一度撃っているし簡単になんとかなると思っていたのだが、実はこれが難航している。なんでも、俺の持つ魔力量が大きすぎて簡単な魔法も魔力をきちんと制御できるようになるまでは危険すぎて練習できないらしい。
ヴェルゼが前に言っていたように、魔法にせず魔力を垂れ流すだけでも周囲に影響を齎すようなので、うかつに魔力を意識することも禁じられているような状態だ。今はオルタやヴェルゼの魔力を見たり、魔法についての理論を聞いたりして魔力に慣れ親しむことから初めている状況だ。
オルタの寿命まであと半年。それまでにはいろいろなことをマスターして、俺とヴェルゼだけでも暮らしていけるようにしなければならない。
オルタには申し訳ないことをしているように思う。残された時間くらい自分のために使いたいんじゃないのかと思うのだが――。
「――であるからして、魔力を用いるには魔力自体の感知が欠かせないということだな。……おい、ちゃんと聞いてたか?」
勉強中なのに考え事をしていたのがバレたらしい。一応話の内容は頭に入っているから大丈夫のはずだ。文字の勉強も兼ねてメモもとっている。
「ああ、魔力感知についてのことは大体わかったよ。……それより、ほんとに良かったのか?」
俺の言わんとしていることがわかったのだろう。オルタはまたか、というような表情をする。
「……ここ数日で何度も言っているが、特に趣味があるわけでもないしね。気にする必要ないんだよ」
事あるごとに俺が言うため、オルタも慣れたものだ。
「強いて言うなら、自分の意思を継いでくれる奴をきちんと育ててやるのが唯一の暇つぶしさ。今更冒険者として働く気にもならないしね」
オルタの目的は俺が背負うことになった。それが成し遂げられるように、最大限の協力をしてやりたいのだそうだ。
「だから、さっさと成長してくれよ? 覚えることはまだまだたくさんあるからね」
「わかったよ。もうこの話はしない。俺が成長して報いればいいんだろ?」
俺の返答にオルタは満足気に頷く。こういう時に思うんだが、オルタも痩せていなければなかなかの美人だろう。やや褐色の肌は健康体ならば映えるだろうし、つり目ではあるが、栗色の瞳は素直に綺麗だと思うし、本人の性格ともマッチしているように思う。歳だって俺とそこまで離れているわけではなさそうだし、尚更その肉付きの悪さがもったいない。
本人曰く、生命力を持っていかれるまでは普通の人と変わらない肉付きだったそうだ。決して太っていたわけではないと念を押された。持っていかれてからというもの、食が細くなってしまい急激に痩せていったらしい。
じっくりとオルタを観察しすぎたのだろう、横長のソファのため隣に座っているヴェルゼが袖を引っ張る。ここ数日での感触だが、ヴェルゼはどうも嫉妬深いようである。あまり怒らせると毎時行われるアレ(・・)でかなりの時間貪られることになるので、精神衛生上よろしくない。しかも長くしていても次の更新はきっかり1時間なのだから詐欺である。
尤も、ヴェルゼと二人きりであるという状況に限定すれば頻度はあまり気にならなくなっているのだが。自分を慕ってくれる美少女との絡みである。八千代としても嫌なはずはないのだった。誰かがいるところでは躊躇われるが、当然というものである。
「……悪かったよ」
言いながらヴェルゼの頭を撫でる。サラサラの髪は撫でていて気持ちいい。ヴェルゼは何度かされるうちに撫でられるのが気に入ったようで、何かにつけてこうやってスキンシップを要求する。
毎日最低でも24回は契約更新していることに加え、こういったスキンシップによって八千代とヴェルゼの距離はかなり縮まっていた。むしろ、毎日これだけ一緒にいて毎時キスしているのだから、意識しないほうがおかしいし距離も縮まるというものだろう。
ちなみに眠っている時はどうしているかというと、特にどうもしていない。時間を察知したヴェルゼが寝ている八千代から補給する。それだけだ。
最初の何日かは1時間ごとに起きるという半ば拷問に近い状態だったが、慣れというものは恐ろしい物で、ヴェルゼが起こさないように気を遣ってくれるのも相まって睡眠はきちんと取れるようになった。
ヴェルゼと相思相愛か、と言われれば疑問が残るところだが、八千代としても悪い気はしておらず、ヴェルゼとは運命共同体という認識もある。もうひと押し何かあれば案外コロっと行くのではないか。とはオルタの言である。
「……んっんん!」
急に桃色な空間が出来始めたのを遮るようにオルタが咳払いをする。
「とりあえず、午前はここまでにしようか。昼食を買ってくるよ」
食事はだいたい硬いパンにちょっとした野菜スープやベーコン、串焼きなどが主だ。この世界の食事情はあまり分からないが、この辺りではそれらが中心となっているようだ。
「ああ、わかった。気をつけてな」
隣の死神様がにわかに色めきだっているような気がしないでもないが、俺は屈しないからな。
「ヤチヨに心配されるようじゃあ私もおしまいさ」
快活に笑いつつオルタは部屋から出て行く。即座にヴェルゼが俺の正面に回り、こちらを向いて上に乗ってくる。
ソファのスプリングがギシっと音を立て、俺の体がやや深く沈む。吐息がかかるほど近く、心臓の鼓動が早まるのを感じる。潤んだ目はどこか虚ろで、淫靡な印象を受ける。
我慢できないと言わんばかりに軽く口が開き、チロチロと動く舌から目が離せなくなる。二人きりになると積極的なのはこれまでの経験でわかっているが、まだまだ慣れそうにはない。
俺がやめろとかダメだとか言わないのを許可と取り――やめろと言ったことは絶対にしない――ヴェルゼの顔が近づく。
「んぅ……ふ。ちゅっ…れろ」
いきなり遠慮なく侵入してくる。お互いの舌を絡ませ、時に吸い付くようにし、唾液を交換する。
「ん……ヤチヨ、ちょっと上手くなった」
一瞬口を離し、ヴェルゼがそんなことを言う。それはまぁ流石に回数をこなせば上手くなったりもするだろう。とうまく機能しない脳で考える。というか、上手い下手がわかるってことはヴェルゼは俺以外としたことがあるのだろうか……。考えて、思い切りイラッとする。
「安心……して。んっ……ヤチヨが初めて」
態度に出ていただろうか。考えを読み取ったようにヴェルゼが言う。
自分のものでもないのに独占欲が湧いていることに驚く八千代。……いや、独占欲が湧いていることにさほど驚かなかったことに驚いている、と言ったほうが正確か。
「でも、嫉妬……してくれて、嬉しい」
心底嬉しそうに言うヴェルゼ。
これじゃあオルタが言うもうひと押しすらなくコロっと行くんじゃないか……と自分で思う八千代。好きと言われてその人を好きになるなんてことが世間ではあるらしいが、そんなことで好きになってしまっていいのかという葛藤が八千代の中にはあった。
しかしもう戻れそうにないことも八千代にはわかっていた。たった数日一緒にいただけだが、自分の中でヴェルゼの存在がかなり大きくなっているように思う。
自分の気持ちにもう少し素直になってもいいかもしれない……。そう思う程度には。
恐れか遠慮か、きまり悪く宙ぶらりんだった腕をヴェルゼの腰に回して抱き寄せる。んっと一瞬吐息を漏らすが、ヴェルゼは嬉しそうに更に体を寄せてくる。
一線を越えるほどの勇気は八千代にはまだ(・・・・・・・)ないが、今はこうしてお互いの仲を深められればいいか……と勝手に結論付け、口腔と舌から伝わる快楽に集中するのであった。
――結局、今回の契約の更新はオルタが買い物から帰ってくる直前まで続いたという。
二人の絡みを書いている時が一番楽しいです。
怒られない程度にそっち方面も頑張る所存。むしろメイン?




